※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

258 :群青が染まる 04 ◆ci6GRnf0Mo [sage] :2010/04/03(土) 18:55:57 ID:yKVal2nh

 ………
 ……
 …

「彼の竜は悪しき竜でした」
 竜は言った、生まれは己が命を若きに転じて成し、代から代へ、生から生へ
と命を連鎖させていくと。
「田畑を焼き尽くし、家屋を壊し、人を踏み潰しました」
 そうであるとするなら、どれほどの時間を独りで生きてきたというのだろうか。
「そんなある日のことでした」
 もしかすると、耐えがたき孤独が竜の精神を壊しかけていたのかもしれない。
 リズムよく釘を打つ音、木材の組み立てる音、そして話し声、色んな音が潮
の匂いの風に運ばれて聞こえてくる。
「人々を困らせる悪しき竜を退治するために勇者が村へとやって来ました」
 先のとは全く違ったタッチで描かれているのは、少女かと間違えるほどに身
の丈が低くあどけない顔をした勇者。そして勇者は刃渡り七十センチほどの一
振りの剣を携えていた。
 だからなのだろうか、竜と勇者が終ぞ相容れなかったのは。
「そんな竜を倒すために立ち上がった勇者に」
 そんな竜が何を想い何を得たかったのか、嘘で塗り固められた絵本からはき
っと、わかるはずもないことだろう。
「神々は力を授けるべく試練を与えました」
 もし、勇者と竜が巡り合わなければ、と考えて自然と首の痣を服の上から撫
でていた。
 ……そんなことは有り得ない、か。
「彼の勇者の名を、」
 不意に聞こえてきた汽笛。
「……彼の勇者の名を“トオヤ”と言った」
 その哀愁漂う音の中、わざわざ名を捨て義理の弟とよく似た名前をつけた少
女が頭から離れなかった。

 ………
 ……
 …

「よおく、聞いてね? こんな所抜けれないから!」
「そんなことあらへんって、最初っから疑いすぎやで」
「いやいや! 名前からしておかしいって!」
 大体“最果ての森”って、怪しすぎると思うのだけど。
「あかんで、ここはマリンはんにも聞いて公平に多数決やないと! 勿論、わ
いはここを通り抜けるに賛成やけど」
 しかし、そんな事は関係ないと言わんばかりのハルに頭を抱えた。
「だって聞いた話だと誰も帰ってこないって森じゃないか!」
「そうは言うても、平然と通り抜けてるって一緒に聞いたやないか」
「それは十年以上前じゃないか!」
 どうしても引き下がらないハルに荷車の横壁を叩いて抗議する。

259 :群青が染まる 04 ◆ci6GRnf0Mo [sage] :2010/04/03(土) 18:58:09 ID:yKVal2nh

「うるさい」
 と、マリンがお気に入りの時間を壊された少女のように呟いた。事実、彼女
の手元には街で買ったのか、いつのまにか持っていた羊皮紙と羽ペンがあった。
 羊皮紙にはインクで線を描いて絵を成していた。その絵はお世辞にも上手だ
とは言えなかったが、目を引く何かがあった。
「それは何?」
 さっきまでの話の流れは全てかなぐり捨てて、マリンに尋ねる。勿論、まだ
聞こえてくる叫びは全部無視をして。
「祭りだ」
「ああ、ブリードの……」
 古びた祠はとても特徴が捉えられ、奉納されている竜の爪もしっかりと描か
れていた。
「いい絵だね」
 きっと彼女には自分とは違うモノが見えているんだなと、描かれたその絵で
納得する。
 ああ、そうか。あの時に彼女が尋ねたのは……。
「トモヤはん! まだ話は終わってないねん!」
 痺れを切らしたハルが、馬を止め荷車へと勢いよく身を乗り出した。
「だ、から、行かないって!」
「何がだ?」
 今まで我関せずだったマリンが、遂に口を出してくる。
 ……瞬間、嫌な予感が容赦なく湧き上がった。
「マリンはん、あの森見てや。どうや立派な道やろ?」
 興味を持たないように祈ってしまう自分とはまさに反対に笑みを浮かべてハ
ルが森を指差した。
 それに連られて、彼女の顔が上がる。
「あれは何だ?」
「い、いや、何で 「最果ての森って呼ばれてるねん! たぶん、中は奇想天
外やと思うで!」 」
 何でもない、と言おうとしたのに狙ったように被せてきたハルを思わず睨み
つける。
 ……安全な道じゃなかったのかよ。
「なんと、ここ十年は誰も帰ってきてないという森や!」
 それも何のそのハルが大きな動作を含ませて言い切ると、途端にうるさいと
拗ねていたはずの彼女はもう少年のように目を輝かせていた……ようにも見え
るほど森を凝視していた。
「行くぞ」
 考えるまでもないと即答した彼女に、逆らえるわけもなく、一層笑みを浮か
べた男が森へと手綱を目一杯引いた。

 森は木々が鬱蒼と茂っていて陽を遮って、昼間だというのに薄暗く生命の息
吹が感じられなかった。木々がねじれて行き先さえ見えないその森へと馬が足
を踏み入れた瞬間に空気が一変する。
 背筋を這うこの感触は、マリンに持った違和感と酷似していた。
 そんなことはお構いなしに、昔に整備されていた名残なのだろうか、わずか
に残った草木が生えてない場所を強引に掻き分けて進む。
「やっぱり、引き返そう!」
 車輪が一回りするごとに、募っていくばかりの気配に堪えれきれなくなった。
 そうだ、迂回できるというのに、わざわざこんな危険な場所を通る必要なん
てどこにもない。
「そうは言うてもな」
 そんな自分の案に止めでも刺さんばかりの勢いでハルが背後を指差した。
「なっ?!」
「もう、戻れへんで。ははっ、どないしようか」
 それにつられるまま振り返った背中に投げかけられたハルの言葉通り、逃が
さないという意思を木々持ったのではないかとばかりに道を隠し遮る。

260 :群青が染まる 04 ◆ci6GRnf0Mo [sage] :2010/04/03(土) 19:01:26 ID:yKVal2nh

 想像だにしていなかった事態に、
「どういう、っ?!」
「座っておけ」
 思わず立って確かめようとした頭をマリンに押さえつけられる。拍子に噛み
そうになった舌はなんとか無事だった。
「ど、どうするつもりなの?!」
「どうするって、そりゃ、決まってるやないか。進むしかあらへんやろ、当た
り前やないかー」
 誰のせいだよ! と言おうとした言葉を飲み込むと共に、こんな時にでも暢
気なハルに助かったような、おかげで怖い思いをしているような複雑な気持ち
が沸き起こってくる。

 馬は止まる事なく今にも消えてしまいそうなか細い道を走り続ける。
 ……身体を両手で抱きしめても震えが止まらない。
 ある探求者がここを買い取った時点では商品の流通もあり、よく食料や薬を
届けていたと言ってたはず。
 確か続きは……ある日いつものように配達に行った人が戻って来ず、おかし
いと思い探しに行った人達も残らずに帰ってこなかった。
 そして、二度と森から帰ってきたものはいない、と。
 何度思い返しても街で聞いた話はまるで御伽噺のようだった。そんな御伽噺
が頭の中であつれきを生みながら回転する。
 少しずつ少しずつ背後から詰め寄ってくる言い知れぬ圧迫感、振り返る度に
自分達の帰りを妨げて木々が茂っていく。
 まるで助けすら来ない孤島にでも入ったような気分になってやっと、こんな
大陸の内側にあるはずの森なのに最果てのと呼ばれているのかがわかった。
「突っ込むで!」
 そんな意思を持った木々に気を取られた瞬間、綿のような感触と共に音を立
てて何かに突っ込んだ。

「な、何これ?!」
 声を出した途端に、あちらこちらに反響して何度も跳ね返る。その音に軋む
耳を慌てて塞いだ。
 すぐに、前方にいるはずのハルどころか真横にいるはずのマリンすら見えな
いほどの濃い霧だと気付く。
 そんな霧の中の寒さはひどく、何回も何回も抱いた身体を両手で擦り付けて
熱を作っても、何かが体中の熱を奪っていく速度はもっと早かった。
「一度、止まったほうがいいよ」
 喋る度に、寒さが白い息が形となって宙を舞う。
「ねぇ……」
 不自然に思いながら再度話かけても、依然として返事はない。
 ……もしかして、聞こえていない? そんな馬鹿な! こんなにも声は響き
渡っているというのに。
「ハル?! マリン! どこにいるの?!!」
 堪えきれなくなった言葉が衝動的に大きく飛び出した。それは恐怖に飲み込
まれないために張り上げた声、なのに虚しく耳が痛むだけだった。
「ハル、馬を止めてよ!」
 届かない声に苛立って、止めようと身を乗り出してやっと、馬車にすら乗っ
ていない事に気付いた。
「なんで……?」
 ……ここはどこ? 落ち着け、と必死に何度も自分に言い聞かせる。
 動く? 止まる? どこに行けばいい? 
 それでも、ごちゃごちゃに混ざりあった思考はまとまることがなかった。

261 :群青が染まる 04 ◆ci6GRnf0Mo [sage] :2010/04/03(土) 19:03:42 ID:yKVal2nh

「約束」
 そんな思考を遮るように、不意に聞こえた声に悲鳴を押し殺す。だけど、恐
怖は音を立てながら背筋を通って這い上がってくる。
「約束したよね」
 ……ねえ、さん。
 辺り一面白い濁った霧の中を一箇所だけ食べたかのように入り込んだ黒いも
やに、心があれは全然違うものだと、銅鑼を叩くかの如く警笛を上げる。
「忘れたの?」
 思い出そうとするのを邪魔するようにその肢体を引きずりながら近寄ってく
る黒い何かに合わせて後ろへと下がった、はずだった、なのに蛇に睨まれた蛙
のように思い通り逃げようとしない足。
『なんで、……なんでっ?!』
 そして、動かしても動かしても出てこない声。
「もう辛いことは終わり」
『く、来るな! 来ないでっ!!』
「大丈夫、守ってあげる」
 怖くて泣きたくて、なのに、なのにもやの側は、まるで全ての安心があるか
のようにとても温かく見えた。
「だから、おいで」
 黒いもやがさらに暗がりを広げながら、手を差し出した。引き寄せられるよ
うに、その手を取ろうと操られたように足が距離を一つずつ埋めていく。その
意思とは無関係に動く足を叩いても止まることはなかった。

「い、い……」
 嫌だと喉まで出かかっているはずなのに、何も出てこない声。
「あの化物が怖いのよね? だから、ここにおいで。いつでもあなたを守って
あげるから」
 言葉が自分を支配するように纏わりついていくる。嫌だと思っているはずな
のに、誰かが、自分自身がそこは安全だと、安全なんだと、強く背中を押し続
ける。
 心の中に溜まっていくのは安全と恐怖という相反した感情。
 そうして一歩、また一歩、砂漠で水を求める人のように勝手に足が近づいて
いく。
「だから、……ずっと一緒にいよう? ずっとね」
 無意識に助けてと、楽しいときは少しだけ目尻が下がる彼女に求めていた。
「嫌だ!! 俺はマリンと……!」
 そっとひんやりとしたそれでも暖かい何かが触れた感触に飛び出た声も、す
ぐに尻すぼみとなった、と同時に何をしても止まらぬ足に抗う事もどうするこ
ともできなくて、足を叩く手を止めた。
 ……呆気なかったな。
 走馬灯のように思い返すのは彼女の事ばかり。笑ってしまうぐらいに一目惚
れだったのかもしれない。
 抱き寄せるように両手を前に出した安全で恐怖を抱かせる何かに止まること
なく近づいていく。
『……もっと一緒に居たかったな』

 ……終わりを覚悟した瞬間に、何かを見ないようにと両目を覆った瞬間に、
強い力に引っ張られた。

262 :群青が染まる 04 ◆ci6GRnf0Mo [sage] :2010/04/03(土) 19:06:03 ID:yKVal2nh

「どうやら食われていないようだな、……世話がやける」
 まるで寝ぼけた直後のように重い頭、視点がぼやける。
 ……まだ震えを残す身体を痛む足で持ち上げた。
 やがて、ぼやけた視界がはっきりして来ると思わず目の前にいた彼女の、マ
リンの手を握ったことさえ気付けないほどに混乱していた。
 あれは夢? 考えれば考えるほど夢という言葉がしっくり来る。
 彼女が近くにいるからなのか、壊れそうなほど跳ねていた鼓動が次第に落ち
着きだした。
「そなたは、」
 何かを言い淀んだマリンの言葉に現実に引き戻される。
 噛み締めた歯と歯の音が歯軋りとなって聞こえてやっと、彼女の手を握しめ
ている事に気付いた。
「ご、ごめん!!」
 同時にすぐ、手を離す。
 これほど苛立っている彼女を見たせいなのか、喉がつっかえたように何も出
て来ない。

「いやー、参ったわ!」
 声が突然割り込んできたのは、そんな彼女がまさに口を開きかけた寸前だった。
「ハ、ハル?! 今まで一体どこに?!」
 ……それに助かったと感じながらも、
「そんなん気にしたらあかんで! せやけど、トモヤはんもよう無事やったな。
てっきり飲み込まれてしまったかと思ったわ。わいもな、気付いたら皆いなく
てどうしたらいいんか迷ってたんや。まぁ、しょうがないから、てきとうに歩
いてたら丁度いいところに――」
 煙のように突然現れたハルより、背中を向けるマリンから目がどうしても離
れなかった。
 そんな全てを拒絶するような背中を凝視していたからなのだろう、不意に走
りだしたマリンに釣られて走り出だしたのは。
 背後から聞こえる「待ってぇな」という惚けたような声よりも、ただ彼女の
事だけが気になった。
 何を言おうとしたのか、何が言いたかったのか、どうして走っているのか。
 疑問は山ほど浮かんできても、痛む足が動かなくて転びそうになっても、そ
れでも見失わないように、ただ追いかけた……違和感に気付くことなく。