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18 :起承転『結』 ◆BAPV5D72zs :2010/02/14(日) 14:04:05 ID:fq+su5n6
 前回までのあらすじ。
 俺を拉致った裸エプロン(平坂睦美容疑者)に事情聴取中。後頭部が痛い理由が判明。


「別に嫌いになりはしないけどさ、これって前々から計画しててやったのか?」
 平坂は俯いていた顔を少し上げて、潤んだ瞳で上目づかいに俺を見る。しかし俺は動じない。反則的に可愛くても動じない。
 なんせ瞳が濁ってるからね! 死人の目みたいだからね! むしろ恐いだけです。
「……ううん、昨日辰巳君の部屋に雌ブ……あの女が来たでしょ? それを見て我慢できなくなって……」
 メスブタって言いかけたよな? あえてツッコまないけど。
「我慢できなくなってってことは計画的にしたことじゃないんだな。でもスタンガンなんて普通持ってないぞ」
「女の子の一人暮らしは危険だからって義父さんが護身用に買ってくれたの」
 おいコラ、平坂のダディよ。アンタの娘さんはアンタのプレゼントで俺に酷いことしやがったぞ。今度俺に謝れ。
 平坂は清村が俺のアパートに遊びに来たのを見て我慢の限界がきたのか。清村よ、今度飯でも奢れ。
「にしてもだ、普通に話しかけてくるなりすればよかったのに、なんでこんな事をした?」
 そうなのだ。別にこんな事しなくても普通に会いにくればいいのだ。それが普通だろ。運命的な再会とか求めんな。
 こんな強引に拉致ったりして後のことを考えなかったのか。
「……怖かったの」
「怖かったって、何が?」
「あの女と付き合ってるんじゃないかって考えるのが怖かったの。あの女と何かしてるんじゃないかって毎日考えるのが怖かったの。
ううん、あの女だけじゃない。もう一人の女も怖かった。辰巳君の側に近付くあいつらが怖くて、憎くて……。
普通に会うのも怖かった。辰巳君が忘れてたらって考えるとどうやって会えばいいのか分からなくて怖くて、会いたいのに会えなくて……」
 そこまで思い詰めてたんだなあ。積もりに積もった感情が爆発したってわけだ。
 平坂は再び俯き、泣声混じりで懺悔をするように告白した。刑事ドラマの取り調べ中みたいだと思ったのは内緒だ。
 俯いた平坂の顔から雫が落ちる。泣いているということに俺が気付いたのは手の甲で目を拭ったからだ。鈍いとか言うな。
 慌ててティッシュはないかと部屋を見渡して、近くに置いてあったティッシュ箱から数枚抜き取って平坂に渡す。日本男児は女の涙に弱いのだ。




19 :起承転『結』 ◆BAPV5D72zs :2010/02/14(日) 14:05:57 ID:fq+su5n6
 ティッシュを渡そうと差し出すと、平坂が顔を上げて見つめ合う形になる。泣いている平坂は俺を見て、驚いた顔に変わる。
 こんな時に俺はなんて言ってやればいいのか分からない。女が泣くのは苦手なのだ。慰めてやればいいのだろうがやり方なんて分からん。
 肩に手を置いて慰めの言葉をかけるのか? 頭を撫でてやるのか? それとも抱きしめてやるのか? こんなことなら将臣の話をもっと聞いとけばよかった!
 どうしたもんかと黙って考えていると、平坂が突然抱きついてきた。体勢が不安定だったのと、平坂の勢いで押し倒されかけるような形になってしまう。
 しかしそこは俺。慌てて自分の上半身と平坂を支え、なんとか踏ん張った。押し倒されてたら後頭部を床にぶつけて悶絶してただろう。
 平坂は俺の胸に顔をうずめて泣きだした。おお、美女が俺の胸で泣く日が来ようとは……。
 溜まりに溜まっていたものが堰を切って溢れ出したのか、平坂は長い間泣き続けた。それはもう俺のシャツがぐっしょり濡れるくらい。
 その間の俺はというと、全知能を総動員フル回転して考えた結果、子供をあやすみたいに背中と頭を撫でていた。男前やで!
平坂のおっぱいがどうとか尻がどうとか勃起してんの気付かれてないよなとかそんな事を考えてたりしてたのだが、それは男の業である。
 素数を数えるのに飽きてきた頃、俺はある程度泣き止んできた平坂にぽつりと聞いてみた。
「なあ平坂、一番不思議だったんだけどさ、どうして裸エプロンなんだ?」
 裸エプロンでカレーってソニンのマネ? とかそんな冗談を言うほど空気が読めない男じゃない。だが聞くタイミングが分かるほど空気が読める男でもない。
 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、平坂が至近距離から上目づかいで見上げてくる。くそっ、泣いた後の上目づかいは反則だぞッ!
「ぐすっ、だって、男の人は裸エプロンって好きなんでしょ? お母さんも「これで男はイチコロだ」って言ってたし。
恥ずかしかったけど、裸エプロンでいたら辰巳君が興奮して襲ってきてくれるって思って……」
 おいコラ、平坂のママンよ。アンタ娘になに吹き込んでんだ。おかげさまで眼福でしたけどね!
 そうか、一歩間違えたら性犯罪者になると踏みとどまっていたが、実は襲ってよかったんだな。そうだと思ってたんだよ! ああなんとなく気付いてたさッ!




20 :起承転『結』 ◆BAPV5D72zs :2010/02/14(日) 14:07:40 ID:fq+su5n6
 でも紳士な俺がそんなことするわけないんですけどねー。それに縛られてたし。平坂怖いし。
「……辰巳君は、その……わたしの体って、どう思う?」
 ……いや、どう思うって言われたらエロいですよ。エロいですね。超やらしいです。
「……いやぁ、そりゃまあ、良い体してるし、興奮するよ」
 ね。ですから正直に話しますよ。なんか雰囲気的にあれなんでね。なんといいますか、こう、大人の夜の雰囲気なんでね。
 すると、平坂は少し嬉しそうに笑うと、なんとエプロンを脱ぎだして一肢纏わぬ姿になった。キタコレ! 予想通りの展開キタコレ!
 太古より女体の神秘は宇宙の可能性よりも男が追い求め続けてきたロマン。そのロマンが眼前に姿を現している。なんたる至福! 恐悦至極にござる!!
 恥ずかしそうに、嬉しそうに平坂は俺の目の前にしゃがみこむ。胸と股関を隠そうともしないで、その両手で俺の顔を包む。
「辰巳君、わたしのこと、好きにしていいのよ。いいえ、わたしが辰巳君のものになりたいの。好きよ、愛してる」
 アドレナリンとドーパミンがサンバを踊り、エンドルフィンが褌一枚で和太鼓を叩きまくる。御先祖様、ありがとう。父さん母さんありがとう!
 大人の階段と天国の階段って同じなんですかね? やっぱ天国ならキリスト教? トチ狂ったように意味の分からない疑問が脳内を縦横無尽に駆け抜ける。

 ――だがしかし。だがしかしなのだ。

 目の前にニンジンをぶら下げられた馬の如く、マタドールがはためかせる赤マントを前にした闘牛の如く興奮していた脳が急速に冷めていく。
 決して童貞だから緊張してとかじゃない。うっかり出しちゃって賢者になったからでもない。
 据え膳食わぬは男の恥というが、膳の中は猛毒だったりボッタクリ料金が請求されたりするのが平成の世である。
 頭の片隅に僅かにこびりついて残っていた理性が「冷静になれ!」と叫んでいるのだ。
 すでに片方の乳を揉んでいた手を引っ込めて(指が埋まるほど柔らかいし大きい!)、不思議そうに俺を見る平坂を見つめ返す。
「なあ平坂、俺の気持ちをまだ言ってないよな?」
「それがどうかしたの?」
「俺ってこういう事には頭固いんだよ。こういうのは付き合って恋人同士になってからしたいんだ。
で、俺はお前にまだ返事をしてない。それに、肉体関係から入る恋愛とかってのは嫌なんだ」




21 :起承転『結』 ◆BAPV5D72zs :2010/02/14(日) 14:09:39 ID:fq+su5n6
 なんとでも言うがいい。いつの時代の人間なんだとか堅物とか豚野郎とか好きに蔑むがいいさ。
 だがな、曲げられない曲げたくないポリシーってのは誰にでもあるだろ? 俺の場合はこれがそうなんだ。純情で純愛派なんだ。
 正直平坂のことは美人だと思うし抱きたい。ヤリたいさ。なんせ極上の美女だ。貪るように思う存分したい。だが恋愛感情はまだない。
 時間をかけていけばそういう目で見れるかもしれないが、今はまだ無理だ。もったいないがね。本当にもったいないけどさぁ!
「なんで?」
 ぽかんとした顔で平坂が不思議そうに聞いてくる。ううむ、恋愛観が違うのか。
「だからさ、言っただろ。まだお前とは」
「だってわたしは辰巳君の彼女なんだよ? わたしは辰巳君のもので、辰巳君はわたしのものだよ?」
 …………はい?
「わたしは辰巳君の彼女だよ? 辰巳君のことを世界で一番愛してる。誰よりも好きだし辰巳君のことは何でも知ってる。
好きなものも嫌いなものも趣味も全部知ってるよ。ずっと側に居たしこれからもずっと隣にいて良いのはわたしだけよ」
 え~っと、あの、……あれぇ~?
 すいません、なんか思考が追いつかないんですけど。言ってる意味が分かりません。
「辰巳君はカレーが好きで椎茸が嫌い。得意な料理は肉じゃがで趣味は旅行と地酒巡り。毎週近くのコンビニで立ち読みをするよね。
大学ではよく居眠りをしてるけど単位は大丈夫? よくバイトのシフトが変わって大変だろうけど無理しちゃ駄目よ」
 わーぉ。本当に何でも知ってるんだね。ゾッとして背筋凍りついちゃうくらい。ねえ平坂、見てよこの鳥肌。原因はお前だ。
 つーかオイ! 完璧ストーカーレベルじゃねーか。しかも病んでるっぽくてマジ怖ェ!!
 そうだよ、最大の謎についてまだ聞いてないんだよ。なんだよ平坂レベル高ぇなあちくしょう。
「あ、あのさ、平坂」
「睦美って呼んでほしいな♪」
 いやー、もうすでに恋人気分ですねキミ。
「じゃあ、睦美。あのさ、俺を見つけたのは一年前なんだよな?」
「そうよ」
「……じゃあ、一年間どこから俺を見てたんだ? 俺は今日初めて5年ぶりのお前を見たんだぞ」
「ずっと側にいたよ。化粧を変えて、服装も変えて帽子被ったりサングラスかけたりして変装してたもの」
 お前はスパイかっつーの! 直で来い直で! 奥ゆかしいってレベルじゃねーぞこんにゃろう。
「……まさかとは思うけどさ、この部屋って」




22 :起承転『結』 ◆BAPV5D72zs :2010/02/14(日) 14:12:07 ID:fq+su5n6
「うん、隣だよ。一年前に引っ越してきたの」
 どうりで俺の部屋の間取りと同じな気がしたわけだ。しかしこれで謎の隣人がようやく判明した。今まで一度も会ったことなかったんだよ。
 まさか俺をずっと間近で観察してたとはな。うん、完全にストーカーだ。確定です。
 っていやいや、いかんですよ。平坂ってば尋常じゃねえ。こんな美人なのにぶっ飛んでやがる。やべーどうしよう。据え膳食わなくて良かった!
「ねえ辰巳君、どうしたの?」
 平坂は俺の手に負えない。百歩譲ってこれを究極の純愛だと別視点で見ても難易度が高すぎる。
 本能が逃げるべきだと訴えてる。しかしどうやって逃げれば良いのだろう?
 俺の顔を両手でガッチリ掴んだまま、平坂は俺の目を見据える。ヤバイ、指が食い込んでる。目が鬼怖い。
「……もしかして、あの女が邪魔なの?」
「……は?」
「どっち? 雌豚と泥棒猫、両方ともなのかな? あいつらとやっぱり何かあるのかな?」
 オイオイオイオイ! ヘイ、ストップ! ちょっと待て落ち着け。冷静になれ。雌豚と泥棒猫ってどっちが清村でどっちが瀬名さんだ?
 やっぱあれか? 首だけ振り返って見てるあのバットは凶器なのか? 頼むから草野球用ペンキ付きバットって言ってくれ!
「どっちも関係ないし何にもないって。まだ誤解してんのかよ!?」
「関係ないなら、もう喋る必要も関わる必要もないわよね?」
 あーまた話が戻ったよ。どうしろってんだよどちくしょう。今夜の俺は考えさせられっぱなしだなぁ。
 相変わらず平坂の瞳は濁っている。大きく綺麗な瞳は暗い海の底のようだ。どうしたらそんな目になるんだろう。
「じゃあ今度、いえ、明日にでも会いましょ。わたしと辰巳君の仲を見せつけて恋人に近寄らないでってわたしが言うわ」
「だからまだ俺とお前は付き合って……」
「ねえ、辰巳君。5年間を埋めるのって大変よね。でも辰巳君と一緒ならわたしは世界一幸せになれるわ」
 平坂睦美は囁くように言う。嬉しそうに、幸せそうに言う。ちくしょうやっぱ可愛いなぁ。
 広くもなく狭くもない七畳間の中心で、俺は今人生で一番悩んでいる。どうしてこうなったんだろうか。
 平坂の顔が近付いてくる。顔は両手で掴まれて逃げられない。決断するにはあまりに短い。

 ――ああ、長い夜になりそうだ。