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35 :起承転結・後日談 ◆BAPV5D72zs :2010/02/15(月) 00:11:13 ID:sM5yTToV
「――遠見に彼女ができたんだって?」
「ああ、しかもすんげー美女。いきなりですよいきなり」
「ぐぁっ、マジかちくしょう! アイツに遅れを取るとは!」
「……う~ん」
 ハンバーガーをパクついて、摘みにポテトを食べてコーラで流しこむ。店内は昼間なのに若者で賑わっている。
 大学の近くにできたハンバーガーショップは、やはりというか大学生御用達の店となる。
 そこそこ安く、そこそこ早くてそこそこの味のそこそこな店ならそこそこの身分の学生も通えやすいのだ。
そんなそこそこの店内の一角にあるテーブル席に、4人の男女が座っている。男2人と女2人で向き合う形だ。
 テーブルには4つのトレイと4人分のセットメニュー、そして灰皿。大学構内は禁煙で、この店で喫煙をする生徒は多い。
 4人の内1人を残して、3人は楽しそうに語っている。会話の内容は友人に彼女ができたという話題。
 朴念仁で固いアイツには彼女なんて百年早い。美人なら紹介しろ。とりあえず記念にゴチれなどと好き勝手に言っている。
 そんな中、1人だけあまり喋らない者がいた。普段は明るくてムードメイカーな存在である女だ。
清村真希(しむら まき)は、ストローをくわえたまま、ポテトを指先で転がしている。不格好なポテトは上手く転がらない。
「でもさぁ、あたし遠見は真希と付き合うもんだと思ってたよ」
「あ、それは俺も思ってた。っつーか隠れて付き合ってるもんだと思ってた」
「いっつも2人は一緒に見るの多かったし、実際この中で一番仲良かったろ?」
「んー……そーなんだけどねェー。一番仲良かったはずなんだけどねェー……」
 清村真希はぼんやりとした表情でコーラを下品にズズーっと音を立てて啜りながら、まだポテトで遊んでいる。
「遠見にそんな相手がいるって知らなかったの?」
「うんにゃ、まったく。一昨日会ったらできたって言われてさァー……」
「なんだ清村、アイツが取られてそんなにショックなのか?」
 いつもと反応が違う友人の様子に、片方の男がおどけて言う。その空気も読めない気遣いの欠片もない一言に、本人と真希を覗く2人は怒った。
「アンタさ、その言い方はないでしょ?」
「ああ、今のは俺もどうかと思うわ」
「おいおい、なんだよお前ら」
 真希を庇うように怒る2人に少したじろぎながら、男は吸っていた煙草を揉み消した。




36 :起承転結・後日談 ◆BAPV5D72zs :2010/02/15(月) 00:13:48 ID:sM5yTToV
「あのな、清村は遠見と一番仲良かったってだけなんだろ。それは親友かそれ以上かどっちだ?
清村は恋愛感情はないって言ってたじゃねーか。なら親友だろ。親友に恋人が出来たら祝ってやるもんだろ?」
 男の言う事に間違いはない。ただ、それは時と場合、そして言い方というものがある。
 2人も言っていることに納得はしても、その言い方に納得ができないからか食い下がった。
「それでもさあ、アンタにはデリカシーってもんがないの? 自分が相手の立場だったらって考えない?」
「そうだぞ。少なくともお前の言い方は悪い。清村に謝れよ」
 4人のテーブル席一帯の雰囲気が変わり、重苦しくなる。周囲の席に座っている者達は面白そうに様子を窺っている。
 気まずい空気に堪えきれなくなったのか、それとも言い過ぎたと思ったのか。男は素直に真希に頭を下げた。
「確かに言い方は悪かったな。ゴメンな、清村……清村?」
「……真希? ねえ、何やってんの?」
 真希のトレイには潰れたポテトが幾つも落ちていた。そのポテトは押し潰されていて、路上に捨てられたガムのようになっている。
 真希は黙々と人差し指でポテトを押し潰している。トレイの上にポテトの残骸が一つ一つ増えていく。
 ストローをくわえたまま、真希は黙々と残骸を増やしていく。
「そーなんだよねー。取られちゃったんだよねェー。なんでだろォー? ずっと一緒にいたのになァー……。
ってゆーかアイツ、どっから沸いてきたのかなァー? せっかく一生懸命こっちがアピールしてたってのに横からかっさらいやがってさァー……」
 3人はぶつぶつと小さく呟きながら奇行を繰り広げる真希に異様さを感じたが、それを止めることはできなかった。
 真希の視線は定まっていない。どこか虚ろな視線は、宙の粒子を見ているかのようだ。
 ストローの端を八重歯で噛みしめながら、潰れきったポテトの残骸の上で新しい一本を擦り潰す。
「ねェ、アイツなんなのかなァー? 人のもの取っちゃいけませんって学校で教えられなかったのかなァー?
せっかく遠見の隣にいれたってのにさァー、なんで遠見はいないのかなァー? 遠見はあたしのだよ? それをさァ~~……。
遠見も遠見だよねェー。あんな女のどこが良いのかなァー? あっ、そうか。弱み握られてるとかあるかなァァ~~……」
「ね、ねぇ真希。どうしたの? ちょっと落ち着きなよ……」




37 :起承転結・後日談 ◆BAPV5D72zs :2010/02/15(月) 00:16:45 ID:sM5yTToV
「清村、ショックなのは分かるけどさ、冷静になろうぜ」
 ようやく真希の異常さにただならぬ様子を感じた2人は真希を宥めるように説得する。普段とはあまりにかけ離れた真希に、2人は恐怖を感じていた。
 それでも真希はポテトを何度も指で押し潰して擦り潰すのを止めない。
 ようやくトレイの上のポテトを全部擦り潰すと、真希は虚ろ気な表情のまま立ち上がった。
 ポテトを潰して油と塩にまみれた指をぺろりと舐めながら、真希はうっすらと微笑んだ。
「ねェ、ユズ。午後の代返お願いしてもいいかなァー?」
「え? べ、別に良いけど、真希どこか行くの?」
 ユズと呼ばれた女友達は、声を震わせながら真希にそう聞くと、
「うん、ちょっと奪り返しに。あとポテト作ってくる」
「ちょっ、奪り返すって、ポテトってどういうことなの? ねぇ、真希!」
 友人の質問に何も答えずに、うっすらと笑いながら、真希はそう言って店から出て行った。
 残された3人の視線は、揃って潰されたフライドポテトの残骸に集まっていた。



「そうなの。遠見くんに彼女がね」
「いやぁ~、マジびっくりしましたよ。まさかアイツにあんな美人の彼女ができるなんてね。こりゃ宇宙の法則が乱れた証拠ッスよ!」
「その美人の彼女なら私のところにも来たわよ」
「マジッスか? 瀬名さんとしてはどうでした? やっぱ点数高かったッスか?」
 まだ客の居ない居酒屋の小さなホールは、2人の声が離れててもよく通って聞こえた。
 男のアルバイトはテーブルを拭きながら、レジのチェックをしている女性に話しかけている。
 店内でかかる小さなBGMのボリュームに霞みそうな声で、瀬名と呼ばれた女性は小さく、
「そうね……0点かしら」
 と答えた。
「え? 何点ッスか?」
「う~ん、92点ね」
 再び聞いてきた男の店員に、瀬名翠(せな みどり)は何事もなかったように点数を言い変えて伝えた。
「おお~レベル高ェ~! 瀬名さんが言うなら間違ぇねえな。ちっくしょー遠見の野郎、今度全員に奢り決定ッスよ」
 男は悔しさと羨ましさの混じった声で、それでも笑いながら言う。
「そうね、でもその前に今日の仕事はキッチリやってね。遠見くん今日は休みだから」
「ウィ~ッス。くっそー、ゼッテー遠見のやろう、あの彼女といちゃついてんだろなぁー」
 瀬名は男にそう伝えると、男を見ることなく更衣室の中に入っていった。





38 :起承転結・後日談 ◆BAPV5D72zs :2010/02/15(月) 00:19:38 ID:sM5yTToV
「『わたしの彼氏に二度と関わらないでください』ですって? ふざけんじゃないわよ、あの女……」
 更衣室の壁を殴りつけて、瀬名は忌々しげに吐き捨てた。固い壁を殴りつけた拳は微かに血が滲んだ。
「チッ、せっかくコツコツ距離縮めてきてもう少しだったってのに、いきなり現れて奪って……油断したわ」
 瀬名は突如現れた敵の顔を思い出し、顔を怒りで歪める。悔しさと怒り、嫌悪と苛立ちが整った綺麗な顔を般若に変貌させている。
「どうして上手くいかないのよ……。あの真希って女だけ消せば安心だと思ってたのに、毎回逃げられるし。
レズなんて不名誉な設定にして男遠ざけてなかったら、もっと早く簡単に付き合えてたのに……」
 瀬名は心の底から後悔していた。
 瀬名は異性にモテる。その整った容姿と周囲に慕われる性格の良さで、過去から数えきれないほど男から言い寄られてきた。
 女子校に行ったのは男に言い寄られるのが嫌だからという、長年染み付いた男性への嫌悪感からだ。しかし女子校に入っても同性からも言い寄られていたが。
 女子校を卒業して大学に入り、居酒屋にバイトに入ってから、最初は彼氏がいるからと告白を断っていた。それでもしょっちゅう言い寄られるのが鬱陶しかった。
 この居酒屋のバイトを始めた時、当時の先輩に告白された時に、強引だった先輩を諦めさせようとしてレズだと嘘をついたのが不幸の始まりだ。
 先輩は諦めたものの、悔し紛れに言いふらすことまでは考えが及ばなかった。おかげでレズという嘘はバイト仲間に伝えられ、未だ根付いたままなのだ。
 いい加減レズに見られるのも嫌になり、貯金も貯まったし新しいバイトにくら替えしようと思っていた。そんな時に遠見が入ってきた。
 偏見もなく今までにない接し方をしてきた遠見に瀬名はすぐに恋に落ちた。そして、自分の置かれた状況を呪うことになる。
 おかげで今現在まで瀬名は人知れず苦労を重ね、やっとそれが実を結びつつあると実感してきた矢先にこれである。
 一年間側で片思いをしていた相手は突然現れた女にあっさり奪われてしまった。これほど悔しい思いはない。
「なんなのよ、なんなのよ、なんんなのよ、なんなのよ、なんなのよ、なんなのよ、なんなのよ、なんなのよあの女……」




40 :起承転結・後日談 ◆BAPV5D72zs :2010/02/15(月) 00:25:41 ID:sM5yTToV
 誤解されたままでも近くに居れれば良いと思ってた。いつか振り向かせようと努力した。敵は全て排除してきた。
 ようやく仲良くなってもうすぐだというのに――
「なんなのよ、あの勝ち誇った顔は。なんなのよ、あの幸せそうな顔は。なんなのよ、あの忌々しい顔は。なんなのよ、アイツは!
私がどれだけ苦労してきたか分かってんの? わたしの彼氏? 二度と関わらないで? ふざけてんじゃないわよ。
遠見くんは私の彼になるの。いえ、“私の彼氏”なの。もう決まってることなの。彼の隣にいる女はアイツじゃなくて私なのよ……」
 ダンッダンッと壁を殴りつけながら、瀬名は壁に向かって呟き続ける。
 瀬名の表情は般若の如く怒りに満ちている。それなのに不思議と怒りや悔しさ、悲しさといった感情が抜け落ちているように見える。
 “感情の抜け落ちた般若”という言い方が一番表現しやすいかもしれない。瀬名はまさにそんな顔をしていた。
 蒼白になった顔で瀬名は呟き続ける。狭い更衣室の中での瀬名の声は呪詛のようにこもり、床に沈殿していく。
「遠見くん、遠見くん、遠見くん、遠見くん……遠見くんは私のもの、遠見くんは私のもの、遠見くんは私のもの、遠見くんは私の――」
 繰り返し繰り返し呼ばれる一人の名前。その名の男のことを考えながら、瀬名はひたすら繰り返す。
「私のもの、遠見くんは私のもの。こんなの間違ってる、間違ってるわ。だって遠見くんは私の彼氏でアイツのじゃない。
だって一番愛してるのは私なの。彼は私じゃないとダメなの、ダメなの、ダメなの……そう、ダメなのよ……」
 呟き続けた呪詛が小さくなり、更衣室のドアを叩かれる音でピタリと止んだ。
「瀬名さーん、どーしたんスかぁー? 中で何かあったんスかぁー?」
「なんでもないわ。ちょっとロッカーが締まりにくかったの」
 ドアの鍵を開け、更衣室から瀬名が顔を出した。瀬名は何事もなかったように笑顔に戻っている。
「そうッスか。店長に言っといた方がいいッスよ。っつーか瀬名さん、顔色悪くないッスか?」
「ええ、ちょっと体調が悪いみたい。風邪かもしれないから、今日の団体客が引いたら早退させてもらうかも」
「あんま無理しちゃダメッスよ。瀬名さんシフト多いし長いんだから。店長来たら俺から伝えときまスよ」
「ありがとう」
 再びドアを締め、瀬名はドアノブを掴んで見つめたまま、ぼそりと呟いた。

「――厨房の包丁、よく研がなきゃ」