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55 :少年 桐島真司の場合 2 ◆BaopYMYofQ :2010/02/16(火) 15:39:06 ID:+GmEAEwq
朝―――外から聞こえる小鳥の囀りで…などと洒落た目覚めではなく、ふと意識が覚醒した。
壁の時計を見ると、午前11時を指している。14~5時間ほど寝た計算になるな、そんなに寝たのは久々だ。よほど疲れていたのだろう。
………ん? なんか、布団の中がやけに温かい。体を起こそうと手をつくと、何やらふにっ、とした手触りが感じられた。

「ん………っ」

…おいまさか。僕は慌てて掛け布団をめくってみた。すると、のえるが丸まって潜り込んでいるではないか。

「んぁ……おはようございます」
「おはよう、っておいこら」

のえるは眠気眼をこすり、ぼうっとしながら何事もないかのように朝のあいさつをした。

「なぜ僕の布団の中にいる」
「いや、その…ベッドって使ったことないから、逆に寝付けなくて…」
「……わかったよ、今夜からは布団を使ってくれ」
「はいっ」

およそ27歳とは思えない、明るい笑みを浮かべてのえるは返事した。
僕はさっさと布団から出て、カーテンをさっと開けて外を眺めてみた。
昨日の悪天候、いや異常気象が嘘のように空は晴れやかで、路面の雪もわずかに隅っこに残っているだけだ。
ただ、空気はすでに真冬のそれに近く冷たい。今年は暖冬と予測されていたが、見事に予測を裏切る結果となったようだ。
ぐぅ、と腹が鳴る。そういえば時間的にも昼飯時だ。そう思ったのはのえるも同じようで、こんな提案をしてきた。

「あの…ご迷惑でなければ、お昼ご飯作りましょうか? 昨日ごちそうになったので、そのお礼にというか」
「ふむ、有り難いけど…冷蔵庫にはろくな食材がないぞ。昨日の夜に買い出しに行くつもりだったからな」

だがそれも突然の降雪と、のえるの件でパァになってしまった。とは言わなかったのだが、のえるは自分のせいだと思ったみたいだ。

「……すみません。ご迷惑かけてばかりですよね、私」
「あんたは悪くない。そうだな、強いて言えば…僕のクラスメイトのせいだ、とでも言っておこう」とりあえず、水城のせいにしておいた。あながち間違いでもないだろう。

「クラスメイト…ですか。失礼ですが、真司さんは大学生さんですか?」
「…僕はそんなに老けて見えるのか。僕は高校一年生だ」
「はわっ! す、すみません! すごく大人っぽいし、料理も上手だったからつい…」
「あんたがガキっぽいだけだ。27歳とは思えんな。精神年齢も止まってるのかと思ったぞ」
「…また、見ます? 傷が治るところ」のえるは微妙に邪悪な笑みを浮かべながら物騒なことを言った。右手はチョキを作り、カットする仕草をとっている。
「やめんか。僕の精神衛生によろしくない」
「ふふっ、冗談ですよー」
「……冗談でも、やめろ」僕はのえるの目を見ながら、ゆっくりと言いきかせた。



56 :少年 桐島真司の場合 2 ◆BaopYMYofQ :2010/02/16(火) 15:41:10 ID:+GmEAEwq
「そうやって今まで何回自分を傷つけた? 僕の家にいる限りは、もう絶対そんなことさせないからな。覚えておけ」
「………っ、はい。優しいんですね、真司さん。うっかりときめいてしまいましたよ」
「冗談はよせ」
「本当ですよー」

そんな他愛ない話を30分は続けてただろうか。さすがに空腹もピークに達したのでまず買い出しに行こうと思ったのだが…

「面倒だな。ファミレスにでも行くか? 買い出しはその後で」
「え…私、持ち合わせありませんよ?」
「心配するな、生活費から出す。あんたは今同居人なんだからな」

しかし、いつまでも父さんの金に頼り切りというのも後味が悪いな。特に、今後しばらくのえると暮らすなら尚更。…バイトでも探すか。

#####

自宅から徒歩10分ほどの距離にあるファミレスにやってきた。
ここは最近喫煙席を完全に廃し、禁煙で統一したことで地元では良くも悪くも有名になっている。
日曜の昼間となると混んでいるだろうと思ったのだが、案外そうでもなかった。
僕らはドリンクバーが近い席に座ることにした。のえるは早速メニューと睨めっこをスタートしている。

「はわわ…こんなの、贅沢ですぅ…」
「…ファミレスごときでそこまで目を輝かせるやつは初めて見たよ」まるでクリスマスの夜にサンタを目撃した子供のようだ。僕は会ったことないからわからんが、その表現がしっくりきた。
「わ、私…これにします」のえるが指をぷるぷる震わせながら指したのは、このファミレスで(メインディッシュ類の中では)一番安価な、普通のハンバーグ(390円)だ。
「今日ぐらい遠慮するな。僕の金じゃないが、財布の中には諭吉さんがいるからな」
「でも…390円もあったら、三日は食いつなげるんですよ!? それをたった一回の食事で使うなんて…」のえるは涙目でなんとも切ない気分にさせられることを言った。…帰ったら、父さんに電話で感謝の言葉を送ろうかな。

「そうか…なら、僕も同じものにしよう」間髪入れずに僕はテーブルの上の呼び鈴を押した。
ピンポーンと軽快な電子音が店内に鳴り響き、すぐにウェイトレスさんがやってきた。
僕は無言で、しかし何か言いたげに口をぱくぱくさせているのえるを尻目に、ハンバーグを二つ注文した。

「真司さんはいじわるです…私に気を遣わなくてもよかったのに」
「何を言う、僕もたまたまシンプルなハンバーグを食べたいと思っただけだ」
「…やっぱりいじわるですよ。でも…優しいです」
「気のせいだ。ところで、390円で三日って…何を食ってたんだ?」僕はうまく話を反らせようと質問した。するとのえるはここでも哀しいことを言った。

「100いくらで五つ入りのあんぱんとかクリームパンとかあるじゃないですか。お金がないときはそれを一日一袋食べてました。あとは公園の水ですね」

………とりあえず、フライドポテトとライスを追加で注文しよう。


57 :少年 桐島真司の場合 2 ◆BaopYMYofQ :2010/02/16(火) 15:42:45 ID:+GmEAEwq

「……あの。真司さんって、私になにも聞かないんですね」ふと、のえるが喋りだした。
「昨日から私の方から話してばっかりで、真司さんからは…」
「聞きたいことなら山ほどあるぞ。けど、僕はそこまでデリカシーのない人間じゃないつもりだ。あんたが話したいと思ったら、その時話せばいい」なんて、本当のところはあまり深入りしないようにしているだけなんだが。
「それに、質問ならしたじゃないか。100円ちょいで五個入りのパンのこと。まさか、小学生の頃の僕と同じ発想で実際に食いつないでいたなんてな」

皆さんも、一度は考えたことあるだろう。朝一個、昼と夜で二個ずつ、と。実際、小学生ですらそんなんじゃ保たないだろうが。

「あー、あんぱんを馬鹿にしないで下さいよ。私の命の恩人なんですからね。まあ、私死なないんですけど」
「死ななくても腹は減るだろ?」食欲は、人間の三大欲求のひとつと言われているしな。

#####

「し、幸せです…私いますごい贅沢してます…。天国のお父さんお母さん…うぅ、幸せすぎて怖いです…」
「…泣きながらハンバーグを食べるやつも初めて見た」
「だって、ごはんがお皿一杯で150円だなんて…お芋さんまで…」
「……米に塩、かけすぎじゃないか?」

テーブルに並ぶほかほかのランチ。のえるは感涙しながら一口ずつ噛み締めるようにそれらを食べていた。
僕はというと、ひたすらのえるのペースに合わせて食を進めることに努めていた。また余計な気を遣わせたくはないからな。

「真司さんにはいくら感謝してもし足りません……私にできる事があったら、何でもおっしゃってくださいね…? 夜のお相手でも何でも、喜んで引き受けますから」
「そういう事はもう少し育ってから言ってくれ………」

あどけない顔で夜の相手、などと恥ずかしげもなく言えるあたりは、大人なんだろうか。はたまた、ませたガキなのだろうか。少なくとも、それを頼むことだけはしないがな。

「はむっ…うぅ、おいしいです…ぐすっ」

とりあえず、のえるにはもう少し人並みの感覚(主に金銭的な)を思い出してもらわないとな、と僕は思いながらハンバーグを口に運ぶのだった。


58 :少年 桐島真司の場合 2 ◆BaopYMYofQ :2010/02/16(火) 15:45:33 ID:+GmEAEwq

#####

「そうだ…僕は肝心なことを忘れていた」
「どうしましたか?」

ファミレスで何とも奇妙なランチタイムを過ごした僕は、店を出てからソレに気づいた。

「あんた、着替えは今どのくらい持ってるんだ? 下着類も含めて」
「はっ…まさか真司さん、私の下着で性欲処理を?」
「断じて違う。そこ、顔を赤らめるな頬を手で隠すな」
「私なら、喜んでお貸ししますよ? むしろ、私がいるとしづらいでしょうから、その間お散歩に行っても…」
「…そういった気遣いはもっと健全な方向に発揮してくれ」

こいつ…さりげなくさっきから爆弾発言が目立つぞ。本来こんなキャラなのか?
こいつに気にされるようなことではない。それよりも、

「いつまでも僕の服を着てるわけにもいかないだろう? 足りないなら、今から買いに行くぞ」

何しろ、今のえるが着ているのは僕のTシャツに上着、下に至っては僕が中学生のときに着ていたスウェットなのだ。

「足りてますよ。昨日着てた服と、もう二、三枚枚長袖のシャツ。下着は昨日のと合わせて…」
「ストップ。これ以上は読者様のあんたに対するイメージが台なしになるから言うな」
「は、はぁ…」

そして僕らは、近所の衣料店に向かった。
普段あまり行ったことのないその店の空気は、僕は苦手だった。服が大量にあるせいか妙に息苦しいし、圧迫感がある。
私的な感想だが、とても落ち着いて服を選んだりなどできない。だがのえるは数々の服を目の当たりにして、

「真司さん…ここ、いいところですねぇ…ぐへへ」と言い出した。
「変な声を出すな、僕の人格も疑われるだろう。それに、そんなにいいか? 眺めてるだけで」
「それはもうっ! あそこにある服着たらどうなるかなー、とか可愛くなるかなーとかもっと大人っぽくなるかなーとか、想像しただけでお腹いっぱいですよぉ!」
「はは……そうかい」全く、僕には理解しがたい。
「とりあえず…今日のところは普段着と下着を選んでくれ」
「はいっ」

なんとなく思ったが…今までののえるの言動から考察すると、かなりのド貧乏根性が染み付いてるようだ。すると、のえるに選ばせたら果てしなくケチる可能性がある。
不安になった僕はのえるに内緒でカウンターに行き、店員にアドバイスをお願いすることにした。


59 :少年 桐島真司の場合 2 ◆BaopYMYofQ :2010/02/16(火) 15:46:55 ID:+GmEAEwq

「いらっしゃいませー」
「あの…僕の妹がかくかくじかじかで…」
「わかりましたー。えっと、お予算はどのくらいで」
「そうですね…5000円以内で」
「かしこまりましたー」

店員はのえるの元へさりげなく向かって行った。
女性用衣類の値段の相場なんか知らないが…5000円で足りるのか?
…のえるがやたら商品カゴにたくさんの衣類を入れて店員を連れてレジへ戻ってきた。
もう少し持ち出してくればよかったかもしれないと思ったのだが、値段を確認してみるとなんとか予算以内だったので、ほっとした。店員さんにも感謝だな。

店を出て帰路につく。時刻は午後3時過ぎ。一旦帰ってから買い出しに行けば、ちょうどスーパーの品揃えも豊富なはずだ。

「えへへ…ありがとうございます、"兄さん"」

…兄さん? ああ、そういえば店員に、"兄妹"とごまかしたんだった。

「これからは、毎日違う下着を穿けるんですね。これも真司さんのおかげです」
「………今度、なにか可愛い服でも買ってやるよ」あまりに不敏過ぎて、気がついたらそんなことを口走っていた。

「いいんですよ。私…今すごく幸せですから。昨日真司さんに出会ったばかりなのに、私の世界はこんなにも変わったんですよ?」のえるは無垢な笑顔でそう僕に言った。
「買い被りすぎだ。あんたは、ただ"僕"というチャンスに巡り会ったにすぎない。世界が変わったとしたら、それはあんた自身のおかげだ」
「真司さん………」
「…なんてな。」

それに、僕自身も悪くないもんだと思っている。実際、休日なんて家に篭りっきりでとても有意義だとは言いがたい過ごしかたをしていた。
だが、今日の出来事を楽しいと思っている自分がいる。…今まで一人だったからだろうか。
妹ができたような、そんな気分だ。まあのえるは自称27歳で、年齢的には姉に相当するのだが。

「真司さん、ここで問題です」
「?」

いきなりのえるが立ち止まり、質問を投げかけてきた。

「人を好きになるのに理由はない、とよく言いますけど…真司さんはどう思いますか」
「…いきなりなんだ」
「たっ、例えですよ。ほら、よくテレビで言ってるじゃないですか」
「…わからんな。僕は今まで誰かを好きになったことがないんだ」

これは真実だ。僕にとってそれは必ずしも必要なことではない。
"恋愛は一種の精神病"と、どっかの団長様みたいなことは言わないが、所詮男が女を好きになるのは性欲から由来しているに過ぎない。
そして、女が男に積極的に性欲を抱くことなどありえない、というのが僕の持論だった。


60 :少年 桐島真司の場合 2 ◆BaopYMYofQ :2010/02/16(火) 15:49:28 ID:+GmEAEwq

「だから僕に聞くのはあまり意味はないぞ。むしろあんたの方が、恋愛経験は多いと思うが」
「…私には、まともな恋愛なんて無理ですよ。こんな体になってから、ろくな思い出がありません」のえるは再びゆっくりと歩きはじめながら、語り出した。

「私が中学生の時、両親と私を乗せた車が事故に遭ったんです。車はぐしゃぐしゃになって、両親は死にました。私も、全身が痛くて死を覚悟しました。
 けどお察しのとおり、怪我はすぐ治りました。いえ…その時に、こんな体になったようなんです。
 私は"奇跡的に"無傷だったということになり、そのまま養護施設に入れられました。けれど、その施設で虐待されたんです。
 毎日暗がりの中殴られましたよ。それでも次の日には怪我一つないものですから、今度は気味悪がられて、手出しされなくなりました。そのうち食事も出されなくなってから、私は施設を逃げ出しました。
 それからは必死に働きながら公園で寝泊まりして、二年前にバイト先の店長さんの家に住まわせてもらうまではずっとそんな暮らしをしてました。あ、でも体だけは売りませんでした。私、今でも処女ですよ」
「……………」

なにも言えなかった。あまりに壮絶な人生に。そして、それでも笑顔を絶やさずに語るのえるは、どこか痛々しいと思った。

「私、最初真司さんのこと警戒してました。だから、ハサミであんなことしたんです。大抵の人は気味悪がるか、好奇の目でみるようになりますから。
 …でも真司さんは違いました。真司さんはほんと、平気で人のことガキ呼ばわりして、言動もぶっきらぼうで、容赦ないですよね」
「……それはよく言われるよ」主に水城にだが。
「けど、私感じましたよ。真司さんのさりげない優しさ。さっきだって、私のために店員さんを呼んでくれましたよね? ううん、こんな私を拾ってくれたんですもの」
「…あそこで捨て置けるほど人で無しじゃないってだけだ」
「またー、真司さんは素直じゃないですね。…私、そんな真司さんが好きですよ」
「…そうかい」

はた迷惑な話だ。勝手に人の気遣いを誇大解釈して、挙げ句出会った次の日に"好き"だなんて。

「…本気ですよ? そのうち、夜這いかけますからね? 寝てる間にキスしたり、既成事実作ったりしちゃいますよ?」
「…好きにしろよ」もはや溜息しか出ない。

のえるはどこまで本気なのだろうか、イマイチ計りかねる。爆弾発言が目立つが、もしかしたら逆にのえるは恋愛経験がないのかもしれない。いわゆる背伸び、というやつか。
…わからない。それでも、のえるの笑顔は悪くない、と思った。