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第十四話


 あの日から俺達の中で何かが変わるということは別段なかった。
 相変わらず俺は修練ばかりで、椎名は俺をずっと後ろから眺め続けている。
 ただ俺は、微かに違和感を覚えていたのは確かな話だった。
 感覚を研ぎ澄ましてみると、いつでも誰かに見られている感覚を覚える。
 その視線の先はあやふやだけれども、ほぼいつでも存在した。
 敵意も殺意も存在しない、ただ俺を見つめているだけの気分が悪くなる視線。
 バイトの時も、修練の時も、授業の合間の休憩のときも。
 それが俺の神経を蝕むことはない。ただ、不愉快さは募るばかりだった。
 なぜ俺を監視するのか、なんの目的があるのか。何も分からない視線。

「視線?」

 つい、昼飯時に愚痴ともとれる言葉をいつもの面々に零してしまった。
 椎名は首を傾げ、先輩は相変わらずニコニコと。百乃に至っては耳を小指で穿っている。

「何?自意識過剰なんじゃない。鏡見たことある?」

 百乃の言葉は無視して残り2人の顔を交互に見つめる。
 先輩はニコニコしながら食事の手を止めない。これはたぶん俺の話なんて聞く気もないという意思の表れだ。
 頼りは椎名だけ、とじっと椎名を見るとなぜか頬に手を当ててうねうねと上半身で奇妙な動きを演出しだす。
 どんな儀式だ、と思わず突っ込みそうになったが、これで雨乞いの儀式だ。とか言われたら立ち直れなくなる。
 何も聞かずに野菜炒めを頬張り、食堂を見渡す。
 数多く人がいるが、ここでは一切視線は感じない。
 俺の妄想であればこれほど馬鹿馬鹿しい話はないが、こと五感に関しては人並み以上である自信はある。
 師父であれば気配を読んで完璧に相手の気を把握することもできるらしいが、俺にはそこまでの能力はない。

「近衛さん。」

 食事を終えたのだろう。カツカレーの皿は何故か米一粒も残っておらず、完食されていた。
 先輩は相変わらずニコニコした顔でナプキンを口に当て、上品に周りの汚れをとる。

「妄想は寝てから喋ってください。」

「……聞いた俺がバカでした。」

 先輩もまた一言で切り捨て、あとはニコニコと椎名の鑑賞に戻る。
 一生懸命から揚げ定食を頬張る椎名はそれはそれはハムスターのような愛くるしさである。
 思わず頬を突いて頬張っている唐揚げを噴き出させたくなるほどの小動物っぷりだ。

「椎名可愛いよ、椎名……。かわいすぐるでしょう、これは。裸に剥きたいよぅ……。」
「久住さん……首輪つけて家で飼って、毎日奉仕させたいですわ。」

 ……まあ、この二人も椎名の小動物のような姿を愛でているのだろう。多分。
 ふむ。と呟いてピーマンを飲み込むともう一度だけ辺りを見渡す。
 するときょろきょろとラーメンを手に持ちながら席を探す友人2が目についた。
 幸いなことに今座っているのは6人席。2人分の容量はまだある。

「おい、三咲!」

 周りの声に消されない程度の大きさで呼びかけると、友人2は俺に気づいたのだろう。
 目を輝かせながら人をかき分け、俺の席の隣にラーメンを置いた。

「座っていいってことだよね?答えは聞かないよ。」

「座って悪いなら呼びかけん。」

 それもそうだね、と友人2は頷いて割り箸を割ってラーメンを啜り始める。
 しかしどうして人が食べているものというのはこうも旨そうなんだろうか。永遠の謎である。

「珍しいな、食堂とは。」

「お母さんが寝坊したのさ。24時間耐久ドラマレースを家でやっててね。ボクは速攻寝たから大丈夫だったけど。」

 にひひ、と笑いながらチャーシューを頬張る友人2。実にうまそうに食べる奴だ。

「面白かったんだけど中ダレがよくないよ、あれは。トラックに轢かれて記憶喪失はナンセンスさ。」

「ほう。」

 頷く俺に顔を近づける友人2。お前意外と睫毛長いのな。

「興味あるなら見る?ボクもまだ途中だから一緒に見ようか。」

 ドラマ、という奴はここ10年ばかり見てはいない。最後に見たのは再放送の西部警察だ。
 だから少しばかし今時のドラマという奴を見てみたいという気持ちはあった。

「そうだな。今度見るか。」

「オッケー!ウチでいい?どーせキミの家にはDVDはないだろ?」

 俺が頷くと友人2は何故か俺から顔を反らし、明後日の方向を見つめて髪を掻き始めた。
 何故かガッツポーズをする友人2。何かいいことでもあったのか。

「楊。」

 ぞくり、とした。
 いつかの声と同じように、平淡で冷たい声。
 今度は止まることなく振り返ると、予想とは反して優しく笑っている椎名がいた。
 それでも俺の胸の中に埋まった疑心は消えてはくれない。
 その薄目の下にはあのガラスのような目が隠されているのでは。そう思うと落ち着かない気持ちにさせられる。

「なん、だ。」

 平常心を欠かさない。そう心に語りかけていたにもかかわらず詰まってしまった言葉。
 先輩も百乃も、何も言わずに俺達を見つめ続ける。

「……とっても仲のイイ、友達なの?」

 邪気の見えない言葉に、頷くことで答える。
 椎名が俺に何を求めているのかは、わからない。
 ただ椎名が、何かを俺に警告しているということだけは分かった。
 俺は今ギリギリのラインに立っている。そのラインを越えればどうなるかは分からない。
 何をどうすることがラインを超える動作なのか分からない以上、俺には椎名をどう扱えばいいか見当もつかなかった。

「……近衛死ね。」
「近衛さんは最低ですね。」

 そしてなぜか俺を貶してくる2人も、俺にはよくわからなかった。

「……あれ?ボク蚊帳の外?」

 寂しそうにつぶやく友人2。お前が悪い訳じゃない。多分タイミングが悪かったんだろう。