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第十五話


「そんなこんなで放課後だよ。」

「ああ。」

 誰に向かって叫んでいるか分からない太めの友人1の言葉に頷いて、教室を出る。
 ポケットに手を突っ込んで、嫌に軽い財布を取り出して中身を眺める。
 残金1500円。
 ……小学生の小遣いでももう少し多いのではないだろうかという惨状である。
 同時に腕時計を見れば20日。給料日の25日まではあと5日もあるという訳だ。
 1日300円。バイトの賄いを考えてあるからその日はガッツリ食べられる。
 ちなみに野菜炒め定食は450円だ。量の割にリーズナブルで気に入っている。
 学食で一番安いのはすうどん。150円だ。
 つまりこれから毎日昼飯はすうどん。夕飯は抜くという生活をすれば実に750円で過ごせるという訳だ。
 ……嫌になる。飽食の日本に生れ、育ってきた高校生が食という面で追い詰められるとは思わなかった。
 溜息と同時にお腹が悲鳴を上げる。なんて我慢のない奴だろう。昼飯は普通に食べただろうが。

「ばいほー、近衛!ハバナイスデイ、ヒュー!」

「ああ。また明日な。」

 やはり踊るように女友達と話しながら歩く友人2に手を振ってから溜息をつく。
 霞を食べて生きていけるという仙人を、今から目指すべきだろうか。

「楊。帰るの?」

「死ね近衛。」

 やはり後ろから話しかけてくる椎名と百乃に頷き、先んじて歩き始める。
 プライドというのは厄介な物だ。もしも俺がプライドを捨てられれば椎名に土下座して飯を頼みこめるだろう。
 だが俺にはつまらない意地がある。もしもここで折れてしまえば俺は、永遠に折れてしまう気がする。
 食では誰にも頼らないと決めた高校1年のあの日から、結構破っている気がするがなんとなくは守ってきた誓い。
 それをどうして今になって反故に出来るだろうか。いや、出来ない。

 ぐー。

 今、俺が直面しているのは古来から存在した人間の尊厳と、人間の本能との戦いだ。
 石槍をもってマンモスを追いかけていたころから存在した、誇り。

 ぐー。

 武士は食わねど高楊枝。そういう言葉もあるように……

 ぐー。

「……誇りじゃ、腹は膨れない。」

「楊、お腹すいたの?」

「飢え死ね。」

 こちらの前に回って首を傾げる椎名と後ろで呪いの言葉を吐く百乃。
 人の度量は優しさで測るものだと俺は少し思ってしまう。

「いや。」

「なら家で食べるの!私が作るの!」

「椎名の手料理……。うっ!……ふぅ。最高っ……!」

 だんだん変態が極まってきた百乃と、軽くそれを流す椎名。
 友達は選びなさいってお兄さん教えてあげたでしょ!もう!

「それには及ばん。」

「楊の好きな肉じゃが作るの!帰りにスーパー寄るの!」

「椎名の肉じゃがは私のだから。おめぇの肉じゃがねぇから!」

 俺は別に肉じゃが好きではない。そもそも肉は好きじゃないのだ。
 師父が昔、自分は肉を食べたことがない。肉は邪悪なものだ、と教えてくれた時から一度も口にはしていない。
 ちなみに数年後フイねぇが教えてくれたが、あれはエイプリルフールのウソだったらしい。
 それはともかく俺はそれ以来肉を食べないように生きてきて、その結果あまり好きではなくなったのだ。
 しかし俺のせいで椎名に勘違いさせてしまったのだ。それを今さら訂正などできるだろうか。
 子犬のように上目使いでこちらを見つめる人間に、あれは嘘ですとか云える人間はいないはずだ。
 少なくともいたらそいつは外道だ。少し尊敬してしまう。

「いや、いい。」

「遠慮しないの!食ーべーるーの!」

「遠慮しろ。そして死ね。」

 親しき仲にも礼儀あり。例え椎名とどれほど仲良くしようとも俺は世話になるわけにはいかない。
 ……飯を後輩にくわせてもらうって、その……ヒモみたいだろ。
 それだけは何とか避けたい。俺は自分の尊厳を切り売りするほどまだ追い詰められていないのだから。

「椎名。気持だけで、嬉しい。」

「……うー。どうして分かってくれないの。」

「近衛。椎名を悲しませるとか死ね。」

 百乃、お前はどっちにせよ俺を殺したいのか。それほど俺が憎いのか。
 思わず目頭が熱くなって、上を向いてしまう。
 上を向いて歩こう。涙がこぼれないように……ッ!

「あらあら、前すら見て歩けないんですか?近衛さんは。」

 突然前から聞こえてきた声に目線を移すと、珍しく先輩がいた。
 いつも放課後は習い事とかで忙しいらしく、ホームルームが終わるや否や帰ってしまうらしい。
 それがどうして今日はのんびりとウチの教室の前の廊下にいるのだろうか。

「今日はお花の教室がお休みでしたので久住さんをおうちに招待したいと思いまして。」

 なるほど、とうなづいて椎名を盗み見る。
 椎名は椎名で何を考えているか知らないが相変わらずのほほんと首を傾げてこちらを見上げてくる。
 百乃は……怖い。なにその表情。一介の女子高生がしていい表情じゃありませんよ。目線入れられますよ。

「姫先輩。楊も?」

「いえいえ。そんな木偶の坊のお邪魔虫は呼んでおりません。ついでに百乃さんもゲラウヒアーですわ。」

 やけに流暢な英語を使う先輩。ちなみに言ってることが段々酷くなってないでしょうか。
 百乃。やめて、鞄おろして!その広辞苑が詰まった鞄は凶器だから!危ないから!

「なら止めておきますの。楊の夕飯作らなきゃですの!」

「……近衛さん?覚悟はよろしいですか?」

 なんの覚悟だろうか。ちなみに殺される覚悟は一切できていない。

「家じゃなくて、外で遊べばいいんじゃないか?百乃と先輩と椎名で。」

 俺の提案に明らかに渋い顔をする先輩とこちらを睨みつける百乃。
 どっちも椎名を独占したいと考えている二人だ。仲好くするなんて考えないのだろう。
 椎名は椎名で何故かこっちをじっと見つめている。子犬のような目をしないでくれ。

「まあ、それで妥協します。」
「近衛にしてはマシ。あと近衛死ね。」

 二人の同意を得たところで椎名の背を押し、二人に押し付ける。
 寂しそうにこちらをじっと見ている椎名に罪悪感を覚えたが、先輩の気持ちを考えると無碍にはできない。 
 自分の空いた少しの時間ですら椎名と一緒にいたいと思う一途さを、どうして邪魔できるだろうか。
 ちなみに百乃はついでだ。少なくともあの3人でいれば性質の悪いナンパもこれないだろう。
 なにせ遠くからSPが見守り、かつ百乃という百戦錬磨の豪傑もいるのだ。
 椎名に手を出そうとした男達が何人沈んだだろうか。数えるだに恐ろしい。

「今日は夕方も修練出来るな。」

 そして何より、俺の邪魔されない時間が増えるのが一番うれしかったりする。

 ぐー。

「……武士は食わないと、爪楊枝。」

 南無南無と呟きながら、久しぶりの一人下校を楽しむのであった。