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262 :前編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/06(土) 23:13:00 ID:JZQ7v+z4
 不動産屋には築二十年と言われたが、実際のところは築三十年の間違いじゃねーのってなボロアパートの一室で、ようやく彼女と初めての
イチャコラチュッチュをしようとしてたらば、ボロアパートに相応しいボロいドアを激しく叩く音に邪魔された。

 ダダッダンダダン! ダダッダンダダン!

 どこぞの未来からやってきたターミネーターの登場音がドアで鳴らされる。ボロいドアが軋み、今にも破壊されそうだ。つーか壊す気だろ。

 ダダッダンダダン! ダダッダンダダン!

 なんて遠慮のない力強いノックなんだ。ドアの向こう側にはきっとサングラスをかけたマッチョが居るに違いない。
 人間関係の少ないオレにはそんな知り合いになんかいないので早々にお引き取り願いたい。何より迷惑だ。
 俺も彼女も半裸になって、いざ鎌倉という時なのだ。愚息はすでにはちきれんばかり。ほうれん草を食ったポパイ状態だ。
 彼女に入れるか入れないかの瀬戸際って時に邪魔者を入れるかっつうの。脱☆童貞まであと一歩なんだっつうの! だから悪魔よ去れッ!
 ドアを見ながら不安げな様子の彼女を心配させまいと肩を抱き、オレは男前な顔で優しく「ほっとけよ」と言ってやる。
 なんせ彼女もオレも半裸の状態だ。ここまで来ておいてあとに引けるか。ここで白けて彼女が服を着だしたら俺はどうする。
 何かを言おうとした彼女を抱き寄せて、キスをするため顔を近付けようとすると、再びドアが激しく叩かれた。

 ダダッダンダダン! ダダッダンダダン! ダダッダンダダン! ダダッダンダダン!

 お前空気読めよ。ここはハリウッドじゃねーっつうの。お前はとっとと溶鉱炉にでも落ちてろ邪魔すんな。叩くなら隣の板倉さん(42歳独身)のドアを叩け。
 ようやくここまで辿り着いたんだよ。周りが次々と卒業していく中、我慢して耐えて堪えてやっとゴールは目の前なんだよッ!
 今日ばかりは親が死のうと世界が滅びようとオレには関係ない。目の前の彼女とチュッチュすることだけが俺の全てなんだ。

 ダダッダンダダン! ダダッダンダダン! ダダッダンダダン!! ダダッダンダダンッ!!

 しつっけーよッ! なに? なんなの? オレに恨みでもあんの? 喧嘩売ってんの? バカなの? 死ぬの?

 ダダッダンダダン! ダダッダンダダン!




263 :前編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/06(土) 23:14:28 ID:JZQ7v+z4
「なーおーやく~ん! 居るんでしょー? 居るよねー? 居るの知ってるんだよー? どーして開けてくれないのー?」

 ドアの向こう側から聞こえてきたターミネーターの声は野太く低い声ではなく、甘ったるい可愛らしい声。予想外も甚だしいではないか。
 しかも散々聞き慣れた変声期を知らなそうな声である。最近のターミネーターはどうやら女子版も生産されているらしい。というか――
「この声ってまさか……国東か? なんであいつがここに!?」
「ねー開けてよー、いるんでしょー? 尚哉くんのあたしが来たんだよー。尚哉くんの彼女ですよー」
「ばっ、バカヤローッ! 誰が彼女だ!」
 言い返してしまってからハッとする。刑事に言い逃れのできない一言を発してしまった容疑者の気分が少しだけ分かった気がする。
 ドアから隣の彼女に視線だけ恐る恐る戻すと、彼女はやはり恐ろしい形相で俺を睨んでいた。
「……誰、あの女?」
「いや、ただの大学の知り合いでだな……」
「やっぱりいたー。ねー開けてよー、ねーってばぁー!」

 ダダッダンダダン! ダダッダンダダン!

「……入れてあげたら? わたしも彼女と話がしてみたいし」

 ダダッダンダダン! ダダッダンダダン!

「いや、優花……」
「なーおーやくーん」

 ダダッダンダダン! ダダッダンダダン! ダダッダンダダン! ダダッダンダダン!

 彼女――優花が服を着はじめた。それはつまり、イチャコラチュッチュはもう無理ってわけである。残念無念。



 前門の虎、後門の狼ならぬ、前門の優花、後門の国東。
 二人がテーブル越しに向かい合って俺が間にいるって形だ。ぱっと見は裁判か修羅場。最悪である。ちなみに出口は二人とテーブルに阻まれて逃げ場はない。
 背中まである黒髪ロングの日本人形みたいなスレンダー美人が優花、肩までの長さの栗色ヘアーの西洋人形みたいな見た目(美)少女が国東だ。
 にこにこと笑っている二人だが、会話は一切ない。部屋の空気は冬のシベリア海峡にまで低下している。
 関ヶ原ランデブー、桶狭間超ファンキー。二人の背後から戦国武将が睨み合っているのが見えるのはオレだけだろうか。
 コーヒーカップが二人分しかないので男らしく我慢して二人に出したのに、二人は口をつけようともしない。おもてなしの心は踏みにじられた。




264 :前編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/06(土) 23:15:56 ID:JZQ7v+z4
 ――というか、だ。おもてなしはどうでもいいとして、だ。
 何故に国東がオレのアパートに来たのだろうか。しかも連絡もなしに突然だ。つーかなんでここを知っている? だいたい何の用がある?

 そういえば国東はここ最近様子がおかしかった。オレに彼女ができたと自慢してやった後くらいからだが、どうにも塞ぎこんでいたのだ。
 しばらくそっとしておこうと距離を置いていたのだが、半月ぶりくらいに見る目の前の国東は明らかにおかしい。笑っているのに目が笑ってない。
 大きな瞳は生気がなく、そのくせ妙に力強さと危なさを感じさせる。今まで生き生きとした瞳をしていた国東の目とは正反対だ。
 なんだがダイエットに失敗した後に徹夜したような感じだな。年頃の娘は健康に気を配れよ。というか帰れ。ぶぶ漬け食わせるぞ。

 一方の優花も表面上は笑っているのだが、やっぱり目だけ笑ってない。間違いなく怒ってる。
 優花は静かな女だ。怒るときも静かに怒る。名前のとおり優しい彼女だが、怒ると恐いのだ。そりゃもう泣きたくなるくらい。
 言っちゃあれだが優花は嫉妬深い。怒るときは大抵が女絡みで、テレビに映ってる女優の話題をしたり女友達の話題をしただけで怒る。
 一緒に外を歩いてる時なんかは通りすがりの他の女性を見ただけで手を握り潰されそうになる。ちなみに優花はリンゴを片手で握り潰せる。
 そんな優花がこんな状況で怒らないはずがない。きっと内心ではマスクメロンを握り潰せるくらい怒っているだろう。

 重苦しくも殺伐とした空気の中、俺の脱☆童貞を邪魔したターミネーター女こと、国東がようやく口を開いた。
「尚哉くんの正妻の国東望(くにさき のぞみ)です」
 なにすっとぼけた発言してやがんだコラ。お前は俺をとことん不幸にしたいのか、この悪魔め!
「優花、違うぞ。コイツの発言は、」
「尚哉の“本妻”の周防優花(すおう ゆうか)です。あ、もうすぐ籍入れるから赤城(あかぎ)優花になるわね」
 ……なに張り合っちゃってんのキミ。見栄張らなくていいから。付き合ってまだ1ヶ月ちょいだから。でも愛してるぜ。
 二人とも落ち着け。戦国武将が後ろで刀抜いてんのが見えるぞ。なんて力強い守護霊抱えてんだよ。
「あのな、お前らさ……」
「へぇ~、籍入れるんだ~。でも間違いなんじゃないの? “籍を入れる”じゃなくて“籍に入る”んでしょ? “鬼籍”っていう籍に」




265 :前編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/06(土) 23:18:07 ID:JZQ7v+z4
「面白いこと言うわね。鬼籍に入りたいなら入れてあげましょうか? 落ちたい階段ってある? 背中押してあげるわよ」
「あはははー……ぶっ殺すわよ」
「うふふふ……挽き肉になりたいの?」
 あらあらうふふ。なんて邪悪な会話を笑顔でしてやがんだ。こいつら一触即発すぎる。前世からの因縁でもあるのか?
 口を挟もうにも恐くて二人の間には入れない。これは止めるべき状況なのだろうが無理だ。誰だって死にたくない。オレだって死にたくない。
 オレごとき若僧は黙って部屋のオブジェと一体化しているしかない。呼吸をする珍しい置物となるのが一番なのだ。
というかね、オレは女同士の会話に男が入り込むってのは野暮だと思うんですよ。別にチキン野郎じゃないよ。いやホント、マジでマジで。

「ところでさ、えーと、“周防”さんだっけ? “周防”さん、悪いけど尚哉くんとは縁を切ってくれないかな?」
 なぜ周防って呼び方を強調する? そしてオレの彼女になんてこと言いやがりますか? やっぱりオレに恨みがあんだろお前。
「言ってる意味が分からないわね。なんで他人のあなたにわたしと尚哉のことを言われなきゃならないの?」
 二人とも底冷えのする冷たい声ですね。外は夏なのに部屋の中は真冬ですね。置物なオレだけど逃げ出したい気持ちでいっぱいですよ。
 しかし、国東の要求は意味がさっぱり分からない。オレの彼女だとか自称するなんて何を考えている? 本気でオレを不幸にしたいのか?
 まさか自分が彼氏できないのにオレが彼女できたってことがそんなに許せないのだろうか。国東に彼氏ができないのはオレのせいじゃないぞ。
 だいたい二十歳で中学生高校生に間違えられる子供っぽさが悪いんだ。女っつうより妹的に見られるのは仕方ないだろ。まあ可愛いけどな。
 気の合う女友達だと思ってたのに残念だ。今日が無事に終わる前に、コイツとの付き合いかたを考えないとな。無事生き延びれたらの話だが。
「周防さんは尚哉くんに相応しくないよ。だって尚哉くんのこと何にも知らないでしょ?」
「ふざけたこと言うわね。わたしが尚哉のことを何にも知らない? 分かった風に言ってるあなたはどうなのよ?」
 ……まさか、オレの隠れた趣味である『ストッキングの似合うエロい女性の画像集め」のことを言ってるんじゃなかろうな?
 それともあれか? 秘蔵の『団地妻・若奥様シリーズ』コレクションのことなのか?




266 :前編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/06(土) 23:20:13 ID:JZQ7v+z4
「周防さん、あたしは周防さんより尚哉くんとずっと長く一緒にいたんだよ? 少なくとも周防さんよりは尚哉くんのことは理解してるよ。
趣味も性格も特技も口癖も寝る時間も性癖も愛読してる雑誌も良いとこから悪いとこまで全部知ってるよ。周防さん、全部知ってる?」
 いやちょっと待て。なんか聞き捨てならないこと言わなかったか? なんで国東が俺の寝る時間や性癖や毎月こっそり愛読してる雑誌まで知ってるんだ?
 はっ! そういや国東はよく薄地の黒ストッキングを履いている。俺の好みを理解してんなあと思いきやマジで知ってたのか!?
「笑わせないで。そんなの全部知ってるに決まってるじゃない。仮に知らない部分があってもこれから知っていけばいいわ。
ねえ、分かってると思うけど、私は尚哉の“彼女”なの。あなたは尚哉のただの“友達”よ。どっちがより深い関係かなんて理解できるわよね?」
 ……あの、優花さん? オレたち付き合って1ヶ月ちょいだけど? オレ優花に自分のこととかそんな話してないよね?
「ただの友達じゃないわ。あたしが尚哉くんの彼女なの。あたしが一番尚哉くんのこと知ってるし愛してるわ」
「分からない人ね。悪いけど尚哉の彼女はわたしなの。もう決まってるの。なんなら尚哉からハッキリ言ってもらう?」
 優花さん? なにとんでもないキラーパスをいきなりカマしてくれやがるんですか?
 余裕の笑みで静かにこちらに目線を向ける優花、そして今まで見たことのない真剣な表情でこちらを見る国東。
「尚哉くん、尚哉くんはこの女に騙されてるんだよ。お願いだからあたしを見て。あたしを選んで!」
「尚哉、可哀想だけどハッキリ言ってあげたほうがいいわよ。自分の彼女が誰なのかって。彼女の目を覚ましてあげて」
 嗚呼……せっかくの記念日がどうしてこんな事になったんだ。厄年仏滅天中殺のトリプル役満か? 俺が何をしたってんだよ誰か教えてくれ。
 ……つーかハッキリ国東に言ってやればいいだけの話なんだがな。オレが付き合ってるのは優花なんだし。たった一言で済む話だ。
 明らかに国東はおかしい。オレを本気で好きなのは分かったが、それでもオレの彼女は優花なのだ。国東はただの友達だ。
 しかし、これは慎重に言葉を選ばなければいけない。言い方を間違えると国東を傷つけてしまう。うーむ、まいった。




267 :前編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/06(土) 23:21:54 ID:JZQ7v+z4
 ゆっくりと、静かに深呼吸をする。目の前では二人が息を飲んでオレを見つめている。
 考えても良い言葉なんて思いつかない。言葉を選ぼうにも結局意味は同じなのだ。女の子をフった事なんか一度もないだけに難しすぎる。
それにこんな短時間で良い言葉が思いつく脳みそなんか持ち合わせちゃいないんだなオレは。せめて三日は欲しいところだ。
 なので、自分に正直に、かつ誠実に優しく柔らかく真摯に真面目に素直にオレらしく言うことにした。

「国東、悪いけどオレの彼女はお前じゃなく優花なんだ」
 その瞬間、目の前の二人にハッキリと明暗が分かれた。
 愕然とした表情の国東、勝ち誇った表情の優花。やはりというか、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 つーか優花さ、その「計画どおり!!」って顔やめようよ。なんかすごく悪人顔っぽく見えるぞ。ちょっと考え方変わっちゃう顔だよ?
 国東は口を開いたまま呆然としている。まるで信じていた者に裏切られたような顔で非常に心苦しい。
 ――だが、オレは続けなければならない。言ってしまったからには最後まで言わなければならないのだ。

「お前がオレのことを好きだってのは正直驚いた。でも嬉しいよ。多分これが優花と出逢う前だったら考えも違ってた。
だけどさ、オレはもう優花と付き合っているし、国東のことは友達としか思えない。オレも国東は好きだよ。でも“友達”としてで恋愛感情はないんだ」
 できるだけ柔らかく、一息でそこまで言い切る。国東は俯いたまま微かに震えている。
 息苦しい重たい空気――沈黙が一秒毎にその密度を増していく。まるで棺に押し込まれて密閉されたみたいだ。
「どう? 分かったかしら? 誰が尚哉の彼女なのか、本人が言ったんだから認めるしかないわよね?」
 おい優花、ちょっと黙れ。なんで追い討ちかけてトドメ刺すようなこと言いやがんだ。さすがにそれはねーわ。
 だけど事実は事実だけに何も言いようがない。オレは優花を選び、すでに付き合っているのだ。
 言ってしまってから後悔する。もっと良い言い方があったんじゃないか。もっと柔らかく言えなかったのか。
 一番正しい答えなんてのはきっと無いんだろう。でも、多分自分が最も納得できる後悔しない答えこそが一番正しい答えなのだと思う。




268 :前編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/06(土) 23:23:48 ID:JZQ7v+z4
 オレは「これからも良い友達でいよう」なんてふざけたことは言わない。それは自分の無責任で我が儘な願望なだけだって分かってるからだ。
 例えば、自分が仲の良い女友達に告白してそんなこと言われても絶対無理だ。恋愛感情の混じった友情なんか上手くいくわけがない。
しかも相手には自分の気持ちが知られているのだ。こういうのは絶対に溝ができて、告白前の付き合い方はきっと無理だろう。
 他に好きな相手が現れて、好きという感情が薄れてきたならなんとかなるかもしれないが、しこりってのは必ずある。
 だから、オレはそれだけは言わない。例え今日限りで国東との関係が断ち切られようとも、そんな相手の気持ちを踏みにじる言葉だけは吐かない。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。体感的には一分にも五分にも十分にも感じられた沈黙。
 ゆっくりと顔を上げた国東の表情を見て、今度はオレが愕然とした。
 国東の表情からは感情が欠落しているように見えた。まるで能面のような表情。それなのに――国東は笑っていた。
 笑った顔の能面。目は生気が完全に消え、口元だけが歪に三日月のように歪んでいる。凄絶なまでに異常な人間の能面がそこにあった。

 言葉を失ったオレに、国東は能面のまま口を動かす。
「あはは、あははは……尚哉くんったらこの女に洗脳されてるんだね。こんな女のことなんか好きじゃないのにね。
可哀想な尚哉くん……この女が消えれば目が覚めるよね――あたしが助けてあげるね。だって尚哉くんの彼女なんだから……」
 そう言って国東は顔だけを優花に向けて、ゆっくりと立ち上がる。その手には――いつの間にかナイフが握られていた。

 つーかさ、どこから出したんだよ、国東……。