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296 :後編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/08(月) 00:40:13 ID:rXM8PRWd
 一瞬で全身に鳥肌が立った。血の気が一気に引いていき、背筋が凍りつく。
 国東の手には鈍く光るフォールディングナイフ。やたら凝ったデザインだがアマ○ンで買ったのかそれ? つーか銃刀法違反でしょっぴかれるぞ。
 なんで国東がこんなもん持ってんだよと一瞬考えたが、謎はすぐに解ける。国東は“変なもの収集家”なのだ。だから不思議じゃない。
 なんとこのバカは南米の部族御用達の仮面とかチリの珍しい呪い人形とかどこぞの国のブーメランとかを通販で買うのが趣味なのだ。
 河童のミイラの手で喜ぶようなアホの子だから良い友達付き合いができていたのに、しかしここでナイフは反則だろ。そりゃオレだってビビるわ!
 表情を強ばらせるオレと優花。ここで平然とできる人間なんているわけがない。いたら今すぐ飛んでこい。そして助けろ。
 どんな軍人でも格闘家でも、丸腰でナイフ持った相手(しかも様子が尋常じゃない)を前にしたら笑ってなんかいられない。(オレは普通の素人だけど)

 ボロアパートの一室はデンジャーゾーンと化した。国東が右手に持つナイフを振り回しただけで血の雨が降ることうけあいである。
 優花は固まったまま動けない。悲鳴を上げないだけ立派だ。下手に騒いだり動いたりしては国東がどうなるか分からない。
「ちょっと待っててね、尚哉くん。すぐに始末して洗脳を解いてあげるから」
 笑った能面のまま、国東が言う。ヤバイ、国東は本当にターミネーターだった。ガチで殺す気満々だ。
 脅迫でもなんでもない、本気で“殺る”って気配がビシバシ伝わってくる。つーか洗脳を解くって何するつもりだ?
 ナイフを持った手が動き出そうとした時、瞬間的にオレは立ち上がっていた。こう、本能的に動かなきゃヤバイと思ったのだ。
「ちょっと待て! 落ち着け国東、そんなもん持ちだして何考えてんだこのバカ!」
「邪魔しないで尚哉くん、すぐに終わるから」
 なに言っちゃってんのこのバカターミネーター。邪魔するに決まってんだろうがボケ。
「トチ狂ってんじゃねーよバカタレ! この部屋を殺害現場にしてブタ小屋旅行に行くつもりか。ちったぁ後先とオレの迷惑考えろ!」
 ここで優花の名前は出さない。優花を殺すなとか、オレの彼女になんたらかんたらなんて言えば余計に火に油をぶっかけるだけだ。これ死亡フラグね。
 言い方は悪いかもしれないが、今の国東を止めるには下手な言い方が一番だと思う。




297 :後編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/08(月) 00:42:43 ID:rXM8PRWd
 国東は少し迷ったのか、眉を寄せて少し黙ったあと――
「大丈夫だよ。部屋はあたしが綺麗にするし、死体の始末なら知ってるから。絶対バレないし尚哉くんには迷惑かけないよ」
 正気じゃねえッ! つーか平然とエグいことサラッと言うな。お前はどこまで突き進むつもりなんだ。
「だからそういう問題じゃ――」
 そこまで言いかけたところで――不意に、横から押されてよろめいた。
 国東の少し驚いた顔が視界から離れる。カメラアングルが移動するように、視界が真横にズレていく。
 何が起きたのか分からずにそのまま倒れ、ベッドの角に頭をぶつける。柔らかい部分と固い部分がこめかみに鈍い衝撃を伝えた。

「あがっ!」とオレが呻き声を出したすぐ後に、近くで激しい音が聞こえた。人が倒れた音、カップが割れた音、乾いた音、小さな悲鳴。
 オレが倒れていたすぐ後の一瞬で何が起きたのか――目を瞑って痛みを堪えること十秒後、なんとか薄目を開いて振り返る。
 そこにはとんでもない光景が広がっていた。
 優花に組み伏せられて倒れている国東と、馬乗りになって国東の右手と首を掴んでいる優花。ほんの僅かな時間で状況は逆転していた。

 状況を確認するに、おそらくオレを突き飛ばしたのは優花だろう。そして国東の顔と服がコーヒーで濡れている。
 ――察するに、突き飛ばされたオレに注意を逸らせ、その隙に手元のコーヒーを国東の顔にかける。
 突然の奇襲で視界が見えなくなった隙に、優花はナイフを持った右手を掴み、そして足を引っ掛けるなりなんなりで押し倒したのだ。
 そしてそのまま馬乗りになって国東の首を絞めている。多分こんな感じだろう。正解は後で優花に聞けばいい。問題は今の現状だ。

 マウントを取った優花と取られた国東。普通に見れば優花が圧倒的に有利。ポジション的にも体格的にも優花の優勢は明らかだ。
「先にヤッパ(刃物)出したのはあなたよ。油断したわね、でもこれで終わりよ」
 氷のような冷たい声で優花は言う。なんかそっち筋の専門用語が聞こえた気がするが気のせいだ。
 国東は足をバタバタとして足掻いている。しかし上に乗られた状態では蹴り上げることもできないし、もがけば無駄に体力を消費するだけだ。
 ってか、これは見てる場合じゃない。状況的にも止めないとヤバイ。
 優花の目には明らかに殺意が籠もっている。怒りながら笑うという般若の表情は完全に“ブチギレてますよ”のサインだ。




298 :後編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/08(月) 00:45:29 ID:rXM8PRWd
 慌てて立ち上がり優花を止めに入る。なんせ掴んでいるのは首だ。優花の握力を忘れちゃいけない。
「ストップ! 止めろ優花。今度はお前が殺す気か!」
 後ろから引っ張って止めようとするがビクともしない。スゲー、岩のようである。
 優花は首だけ振り返り、
「邪魔しないで。……大丈夫よ、殺っても正当防衛って認められるわ」
 なんてとんでもないことを言う。殺す気満々である。うん、これは全力で止めねばなるまい。
 ……っていうかですね、優花の目って国東に似てるよね。なんか真っ黒っつーかさー。危なく見えるよねー。デンジャーデンジャー。
 国東の顔は既に土気色だ。コーヒーまみれもあるだろうが、首を絞められて意識を失う寸前だろう。苦悶の表情がそれを物語っている。
「おい! 止めろって優花! それ以上やって本気で殺す気か!? 頼むから止めろ!」
「ちょっと待ってて尚哉、もうすぐ終わるから。首へし折っちゃ変に疑われるけど絞殺なら大丈夫よ」
 だからなんでそう一直線なんだよ!? 完全に殺すこと前提に喋ってんじゃねーよ。会話が成立してねーよ。笑顔で言うな笑顔で。
 首を絞め続ける優花。それを全力で引っ張って引き離そうとするオレ。左手だけ動いている国東。……左手だけ? んん?
 一瞬、国東と目が合う。国東の目が『離れて』と伝えている。いわゆるアイコンタクト。何故かオレと国東は練習したことがあるのだ。
 嫌な予感――瞬間的に離れると同時に国東の左手が動き、その手に持っている黒い物が優花の脇腹に当てられる。
 バチバチバチバチバチッ! と音が鳴り、優花がショックを受けたように仰け反り痙攣した。

「ぅあ゛ッ――!」
 優花は小さな呻き声を上げると、全身から力が抜けたように、ぐにゃりと横に倒れる。
 ショックを受けたように、じゃない。実際に受けたのだ。初めて生で見たが、見れば分かる。国東が持っているのはスタンガンだ。
 ……もうさ、ツッコミたいけどどうでもいいや。優花も優花だしさ。
「げほっげほっ、ごほっ……はぁ、はぁっ……こ、この怪力ゴリラ女……」
 苦しそうに咳き込みながら、国東は喉を抑えながら優花とは反対に横向きになる。
 優花は気絶しているのか、揺すっても起きない。死んでいないから良しとしよう。ある意味しばらくは眠っていてほしい。
「だ、大丈夫か国東?」
「ごほっごほっ……だ、大丈夫だよ、尚哉くん。嬉しいな、心配し、してくれて……」




299 :後編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/08(月) 00:47:03 ID:rXM8PRWd
 そりゃ良かったな。でもな、殺される寸前まで首絞められたら誰だって心配するっての。
 背中をさすってやりながら、さりげなくナイフとスタンガンを回収しておく。
「ああ、嬉しいな、嬉しいなぁ……。尚哉くん、やっぱりあたしに優しくしてくれた。あたしを心配してくれた。好き。大好きだよ」
「分かった、分かったから黙ってろ恥ずかしい。あと人の胸に頬ずりすんな」
 ペシッと頭を軽くひっぱたく。国東はえへへっと笑うと、そのまま眠るように意識を失った。



「テクマクマヤコンテクマクマヤコン、薄汚いボロ雑巾になーれ!!」
 魔法のセリフと同時にサリーさんのコンパクトメリケンが鈍く光り、美少女女子高生の左頬に突き刺さる。口元からキラリと白い歯が飛び出た。
 膝が崩れかけた女子高生の胸ぐらを掴み、倒れるのを阻止してサリーさんは鳩尾にボディブローを入れた。
「ぐぇっ!」
 カエルのような呻き声を出す美少女女子高生。既に戦意は喪失しているが、サリーさんは止まらない。
「テクマクマヤコンテクマクマヤコン、オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!」
 ストレート、ボディブロー、アッパー、ボディブロー、ショートフック、ジャブ、アッパー、ストレート、レバーブロー、アッパー。
 ダース単位の攻撃を受けた女子高生が、トドメのアッパーで吹き飛んでいく。
 生き延びていると面倒なので、秘密のコンパクトを使った必殺の『サリーフラッシュ』が炸裂する。
 哀れ無惨にも上空で星となった女子高生に、サリーさんは決めゼリフを呟く。
「あたしの旦那に擦り寄ってきた罰よ。地獄で反省しなさい」
 はるか上空で粉微塵になった女子高生。その先を見ながらサリーさんはアンニュイな溜め息を吐く。
「いけない、タイムセールに間に合うかしら……?」
 オレンジ色に染まる夕焼け空にパトカーのサイレンが響き渡る。誰かが通報したようだ。
 サリーさんはバッグを拾い上げ、商店街の方へ小走りで走り去った。
 戦えサリーさん、負けるなサリーさん。旦那を狙う町内女性達の魔の手から幸せを掴み取れッ!!
 次回・『サリーさん、初めての監禁プレイ』お楽しみに!



「……ねえ尚哉、そろそろ解いてほしいんだけど。それに、どうしてわたしが縛られてるの?」
「尚哉くーん、さすがにこれは酷いんじゃないかなー? でもあたしならまだまだ大丈夫だよー」




300 :後編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/08(月) 00:48:52 ID:rXM8PRWd
「死ね、この変態マゾ女」
「そっちが死ね、怪力ゴリラ女」
 部屋の右端と左端からステレオのように声が聞こえてくる。右が優花、左が国東である。
 二人を無視してオレはテレビを見続ける。この『魔法使い人妻サリー』はエンディングテーマが珍しくデスメタルでそれがまた良いのだ。
 毎週土曜日は欠かさずこの番組を観ているのだ。この時間だけは譲れない。
「チビ、ペチャパイ、キチガイ、ブス、泥棒猫、勘違いバカ女!」
「ゴリラ、ブス、雌豚、鼻クソ、性悪、くたばれ凶悪害虫!」
 あらあらうふふ、すっかり打ち解けちゃって。殺伐としてるが随分低レベルになったなあ。戦国武将の守護霊もいつの間にか犬と猫になってるし。
 床に寝転がった状態で二人はギャーギャーと口汚く罵りあっている。格好が笑えるだけに威勢が良くても迫力がまるでない。

 二人には悪いが、眠っている間に縛らせてもらった。ちょうど二人分縛れるロープがあったのだ。SM用じゃなくて引っ越し用な。
 両手と両足を縛ってから、それを背後で繋げて海老反りの状態になった二人がゴロリンコと転がっている姿はなかなかにシュールである。
 これは仕方ないのだ。拘束しておかないと再び血生臭い修羅場が起きるに決まっている。いつの世も平和的な解決方法は話し合いだ。
 未だにギャーギャーと罵りあう二人だが、先程に比べれば幾分はマシになった。あとは二人を納得させて鎮めるだけだ。

 あれから大変だった。部屋の掃除とか両隣と真下の住人の苦情に謝りに行ったりとか縛ったりとか。特に板倉さんなんか恨めしそうだったし。
 しかしさすがはご近所付き合いの希薄な世の中。あんな騒ぎでも通報がなかったのは幸いである。現代人の無関心さって時には素敵。
 お巡りさんが来たらどう説明すればいいのか分からなかったし、騒ぎが大きくなったら口うるさい大家さんに追い出される可能性もあったのだ。
 しかしまあそれはそれとして。とにかく頑張ったよオレ。
 後はなんとかなるだろう。間違っても殺し合いにはならないだろうし、一晩話し合えばきっと分かってくれるさ。
 こんな事さえなければ今頃は童貞なんか燃えるゴミと一緒に捨ててたのになあと思うと涙が出そうになるが、ここは男らしく我慢だ。男は我慢。
 きっと次があるさ。とにかく今はこの仁義無き戦いを終わらせることに専念しよう。オレ、もう少し頑張るよ。




301 :後編 ◆BAPV5D72zs :2010/03/08(月) 00:50:28 ID:rXM8PRWd
「そんなわけで、今から二人と話し合いをしようと思うんだけど――」
 人が話しだそうとした矢先だというのに、それを邪魔するかのように携帯の着信音が鳴り響く。どうも今日は邪魔されてばかりだ。
 珍しく鳴った着信音はジョーズのテーマ。あの海で泳いでる女性にジョーズが近づく時のあれだ。ちなみに優花はエマニエル婦人、国東はターミネーターだ。
 放っておこうかと思ったが、二人の怪訝そうな視線が痛いので仕方なく出ることにする。嫌な予感がひしひしとする。
「はいもしもし……」

『ヤッホー! 久しぶりー! 元気してたー?』

 鼓膜を破りそうなほど大きな声が携帯からこんばんは。それはもう離れた二人に聞こえるくらいの大きな声なわけで。
 このバカでかいうるさい声は久しぶりな女の声なわけで。両隣の二人の視線が揃って痛く突き刺さるわけで。嫌な予感とは当たるわけで――
「この声は――五月(さつき)か?」
『ぴーんぽーん! 正解者にはサプライズとして、今夜愛しいアタシが一晩泊まってやる権利を与えよう!』
「――はっ!? ちょっ、なに言って――」

 言い終わる前に、不意に両肩を掴まれた。背筋が凍りつき、全身が硬直する。やだなあ、けっこう強く縛ったんだけどなあ……。
「……ねえ尚哉、その話し相手、誰?」
「……尚哉くん、ちょっとその携帯、貸してくれない?」

 耳元で、二つの冷たい声が囁かれる。部屋の室温はシベリア海峡に逆戻り。遠くで法螺貝の音が聞こえ、犬と猫が戦国武将に大変身。
「ち、違うぞ。五月は二人が考えるようなやつじゃ……っつうか、二人ともどうやって縄を解いたんですか……?」
「五月、ねえ……。ずいぶん親しそうな関係みたいだけど? 初めて聞く名前よね?」
「尚哉くん、怒ってないから、ね? ちょっと携帯貸してくれないかな?」
 優花は静かに笑い、国東は口元だけを歪めて笑う。二人の目は黒く、暗く、奈落の底みたいに深い闇。
 般若と能面に挟まれて、携帯からは第三の悪魔(すっとこどっこい)の声が喧しく聞こえてくる。
 そして予想外にも早いインターフォンの音が室内に鳴り響いて――オレは全てを諦めた。