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337 :少年 桐島真司の場合 5 ◆BaopYMYofQ :2010/03/11(木) 19:35:56 ID:6kNQ8o+I
五年前の夏のある日、母さんが事故に遭ったと聞かされた。
その日僕はお祖父さんに体術を教わりに、家から二駅離れた道場に通っていて、報せを受けて病院へ着いたころには既に息を引き取っていた。
この頃父さんは海外へ出張に行っており、病室に訪れたのは僕と祖父母。あとは見知らぬ女の子が一人。
そして、その日から僕は体術を習うのをやめた。

僕が五年前と聞いて真っ先に思い出すのは、このことだ。

「そう、そのことで間違いないわよ。…やっぱり真司くんは覚えてないんだ、私のこと」秋津は長いかつらの髪を掻き分けながら、がっかりしたように言った。
…いや、まだ続きがあるんだ。僕の脳裏にさらに記憶が呼び起こされる。

病室にいた女の子は、当時の僕と大して変わらない年頃だった。女の子は母さんの遺体が横たわるベッドにすがるように泣き、許しを乞うていた。
お祖父さんとお祖母さんは"あの娘は誰だ?"と囁き、病室に入るのを躊躇っていた。けれど僕はそんなことはお構いなしに病室に入り、母さんの傍へ寄る。
そうすると、女の子が何と言っているのか、何を乞うていたのかが聞こえた。

「わたしがしねばよかったんだ」

泣きじゃくり、声も小さく、何を言っているのか解りかねるほどだが、その一言だけははっきりと聞き取れた。
そばにいた医師は僕にだけ聞こえるように囁いた。お母さんはあの娘を庇って車に轢かれたんだ、と。

気がついたら僕は女の子の襟元を掴み、吊るし上げていた。怒っている? それはそうだ。
けど僕が許せなかったのは、この娘を庇って母さんが死んだという事よりも、母さんが救った命を"私が死ねば"と言われた事だった。
僕はその思いを女の子にまくし立て、逃げるように病室を出た。…今思えば、大人げなさすぎたか。
思い返してみれば、この頃の僕は自暴自棄になっていたんだ。事故の日の一月前、この病院でとある診断を受けたから。
僕は何のために生まれたんだ? と自答したことも一度や二度じゃない。普通に考えれば、11歳で性や子孫について悩むのは早いだろう。
だが今でこそある種の諦観がついたが、当時の僕にはまだ無理な話で。
たぶん、あの女の子の言葉が…いや、あの姿がどことなく自分と重なって、許せなかったんだと思う。

僕はそのまま病院の屋上に出た。いつの間にか空は暗雲が立ち込め、雨がぽつぽつと降り始めている。しかし身体が冷えようと構わなかった。
一人になりたかったんだ。暗い空をぼうっと眺めながら、ただ無機質につっ立っていた。
なのに、女の子は僕の後を追ってきたのか屋上に上がってきて、息を切らせながら僕の傍へ寄って来る。

「ごめんなさい。もうあんなこといわないから、ゆるしてください」

雨なのか涙なのか。もはや判別は困難になっていた。身体は大分冷えている。かすかに震えているのは寒さからか、それとも…。
僕は女の子の手を引き、屋上から室内へと戻った。

「…僕も悪かったよ。けど、母さんが救った命なんだ。…無駄にはするなよ」
「…………うん」

ずぶ濡れで母さんの病室へと戻る僕ら。途中、僕は女の子に名前を尋ねてみた。
女の子は少し言葉に詰まったが、こう答えた。

"あきやま りおん"と。


338 :少年 桐島真司の場合 5 ◆BaopYMYofQ :2010/03/11(木) 19:38:08 ID:6kNQ8o+I

#####

「そんな…あんた、あの時の…?」

秋津…いや、秋山は僕のうろたえる様子を見てようやく満足げに微笑んだ。

「そうよ。ずっと、ずぅーっと待ってた。思い出してくれるのを」

どうして忘れていたのだろう。こいつは、五年前の秋山理遠で、芸能人としても秋山理遠を名乗っていた。だが僕はまったく思い出さなかった。
今の今まで、"まさか"という深層心理がそれを邪魔したのだろうか。
秋山は今度は僕の手をとり、僕の家へと引っ張ろうとしていた。

「おい、今度はなんだ」
「こんなとこ、歌音ちゃんに見つかるわけにはいかないわ。早く家に入れて」
「そう思うんなら…」帰れよ、とは言えなかった。まだ僕は肝心なことを何一つとして聞き出せていなかったから。


秋山は僕の家に上がり込むとまっすぐ台所に向かい、勝手に湯を沸かし、お茶の準備をし始めた。
それは僕の役目だろう、と言おうと思ったが、別に秋山は僕が招いたわけでもない。客というよりは重要参考人だ。僕は開きかけた口を閉じた。

「秋津理緒って名前はね」食器棚からカップを厳選しながら秋山は言った。
「マネージャーがいくつか挙げた、芸名の候補のひとつなの。でも私は逆に、自分を隠すためにその名前を偽名として使うことにして、本名でデビューした」

逆転の発想か。芸能人としての自分をベールで覆うのではなく、本来の自分を変えて注目を反らす。

「誰にもバレなかったのよ、今まで。でも歌音ちゃんは初めて出会ってその瞬間に見抜いた。ま、その後は気がついたら友達になっていましたってとこね」

しゅうしゅう、と蒸気の漏れるような音がする。湯が沸いたのだろう。秋山はその湯をポッドに移し、カップ二つと合わせてリビングに運んできた。
僕はそれらを受け取り、紅茶のティーバッグをカップにひとつずつ、そこに湯を適量注ぐ。
たちまち紅茶のいい香りが漂う。その香りは僕の心を落ち着かせるのに一役買っただろうか。



339 :少年 桐島真司の場合 5 ◆BaopYMYofQ :2010/03/11(木) 19:40:46 ID:6kNQ8o+I

「本当はね、歌音ちゃんにだったら真司くんを譲ってあげてもよかったのよ。…でも、そうもいかなくなったの」
「どういう意味だ」僕は紅茶のティーバッグを出し、カップの中身を口に運びながら尋ねた。
秋山は角砂糖を五つ紅茶に入れ、スプーンで混ぜながら答える。

「我慢できなくなったの。真司くんの横で歌音ちゃんが笑ってるのが。必死に自分に言い利かせてきたけど、だめだった。やっぱり…真司くんは誰にも渡したくない」
「そんなこと、…っ?」

なんだ? 急に頭がくらくらしてきた。カップを持つ手にも力が入らない。

「あら、早いわね」
「秋山…な、にをした…?」

朦朧とする意識のなか秋山の顔を睨むように見る。だが答えは得られず…僕の意識は暗闇に落ちた。

「………ごめんね、歌音ちゃん」


#####



―――少しずつ、意識が覚醒してくる。ぐらぐらする頭を軽く横に振ってみると、どうやらベッドに寝かされているようだ、とわかった。
うっすらと目を開ける。飛び込んできたのは僕の部屋の天井。状況を把握できない僕は、ベッドから起き上がろうとした。だが、起きれない。
手足に違和感を感じる。よく見ると…両手は手錠でベッドに固定されている。見えないが、おそらく足も同様だろう。…余計に状況が把握できない。
肝心の秋山の姿は、この部屋には見えない。耳を澄ますとかすかにシャワーの音がした。あいつ、なんなんだ。
と思った瞬間キュッ、と湯が止められる音がした。それから一分弱、バスタオルを胸元に巻いた秋山が、髪から水滴をわずかに落としながら部屋にやって来た。

「目が醒める頃だと思ったわ」

眼鏡もかつらもつけていないそいつは、まさにTVで見たまんまの秋山理遠その人だ。

「これは何の真似だ。今すぐこれを解け」と僕は静かに言った。だが秋山は聞き入れる様子もなく、

「だめよ? 真司くんはこれから私のものになるんだもの」と言ってバスタオルを床に落とした。白く透き通るような素肌があらわになる。


340 :少年 桐島真司の場合 5 ◆BaopYMYofQ :2010/03/11(木) 19:45:56 ID:6kNQ8o+I
僕はつい目を背けるがそのまま秋山はベッドにあがり、僕の上に乗り、顔をぐいと真正面に向かせてゆっくりと唇を近づけてきた。
接触。唇を舌でこじ開けられ、侵入を許してしまう。秋山の舌は僕の咥内をこれでもか、と蹂躙する。唾液がぴちゃぴちゃと音を立て、口のまわりを濡らす。

「んっ、ん…………んぁ…」

気持ち悪い、はずなのに抗えない。手足の拘束は問題ではない。精神的にも抗えない。今の僕は色々な意味で抵抗力を奪われていた。

「ん………ふぅっ…」秋山は満足したのか唇を離す。透明な糸が唇から垂れ、なんとも言い表しがたい雰囲気を醸し出す。

「…あら? 真司くん、女性経験はないわよね? なのに今ので"反応"しないなんて…なら、こういうのはどう?」
秋山は上から僕を一瞥した後反対向きに跨がりなおし、僕のズボンのベルトに手をかけはじめた。やめろ、と叫んだが聞く耳を持つ様子はまったくない。

「すぐ…気持ちよくしてあげる」

とうとう局部がさらけ出される。秋山はそれを最初、手で弄り出す。
適度な硬度を得るまで触り、それから突然生温かい何かがソレを包んだ。

「くっ……!?」

どうやら口のようだ。秋山は僕の下半身に顔をうずめ、先端の敏感な部分に恐らく舌を這わせている。
元々性的な行為に関心が薄く、自慰行為もろくにしていない僕がその感覚に耐えるのはすさまじい苦痛だった。

「やめ…やめ、ろ…っはあ、っ…!」
「らしたかっはら、いひゅへも(出したかったら、いつでも)」

喋るな。そう言いたかったが、余裕はなかった。

ずずっ…ぴちゃ…ぴちゃ……

秋山はわざとらしく音を立てながらなおも行為を続ける。僕は既に限界にきていた。手足を動かしもがいて、堪えようとするが拘束のせいでままならない。
唯一、手錠の痛みが気をわずかにそらす程度だが、直後に秋山が快感を送り込んでくるので気休めにもならない。

「っ、もう…だめ、だ…!」

僕はついに白濁を放った。
秋山は一瞬身体をびくん、とさせたがすぐに迸りを舐めとりだす。ごくん、と嚥下する音がした。



341 :少年 桐島真司の場合 5 ◆BaopYMYofQ :2010/03/11(木) 19:50:06 ID:6kNQ8o+I

「ふふ、いっぱい出たわね。…おいしい」

再び、硬度を失いぎみのモノに舌を這わせる秋山。中のモノをすべて吸い出すように、しゃぶり出した。

「あっ、くぁぁぁぁっ…よせ、やめろ…っ」

敏感になっていた局部はその刺激に、あっという間に硬度を取り戻す。そのまま、達してしまいそうになった。だが…

「ふぅ…」

秋山は直前で、計ったように口を離した。

「ふふ…真司くん、かわいい。女の子みたいな声出してやめろ、やめろ、って。…欲しく、ない?」

そう言って秋山は体勢を変え、今度は僕にしっかり見えるように自らの恥部をさらけ出した。
ソコは真っ白で、隠すものが毛一つもなかった。

「習慣になってるのよね、剃るの。もともと薄かったけど、仕事で水着着たときに剃って以来、ずっと白牌。男の人は好きらしいわね? よく見えるから、って」

秋山は僕に見せびらかすように、ゆっくりと指で恥部を開いてみせ、秘肉の中に指の先端をゆっくりと、出し入れする。
くちゃ、といやらしい音と共に、分泌液が垂れてきた。それを数回繰り返すと秋山は指を止め、机の上に手を伸ばし、鍵をとる。
その鍵で僕の手の拘束だけを解いて言った。

「挿れて、いいよ。」

そして秋山は、僕の憤りに恥部をなすりつけるように腰を動かす。だんだんと、互いの分泌液で濡れてきているのが感じられた。
僕はそのいざないに負けてしまいそうだった。けれど、不意に歌音の顔が思い浮かぶ。
観覧車の中での、歌音の哀しそうな顔。それが僕を思い止まらせた。

「だめよ、何も考えちゃ」秋山は、僕の心を的確に読んだような台詞を言った。
「君は何も考えなくていい。ただ私に身を委ねればいいの」
「身…委ね……?」
「そうよ。いっぱい愛してあげる」

そう言って秋山は、僕に優しくキスをした。触れるだけの、温かさだけが伝わるキスを。

「あなたを精一杯慈しんであげるし、あなたの望む限りの愛を注いであげる。だから…来て?」


一本の糸が、僕の中で切れた。



342 :少年 桐島真司の場合 5 ◆BaopYMYofQ :2010/03/11(木) 19:53:46 ID:6kNQ8o+I

僕は自由になった両手で、秋山を力いっぱい抱きしめる。

「ふふっ…そう、もっと強く抱いて? 壊れちゃいそうなくらい、強く」

秋山に言われるままに、腕の力を込める。その肢体は滑らかで温かく、石鹸の香りが心地よい。
ふくよかな胸は押し潰れ、僕の身体に当たる。その柔らかさはよりいっそう僕を刺激した。
そして僕は秋山を抱きしめたまま、憤りを秘肉にあてがい…ゆっくりと突き入れた。

「んぁっ……きた、きたぁ…あっ」

秋山のナカはかなり狭く、奥に進むだけで相当締め付けられる。加えて、襲い掛かる未知の感覚。
秋山を気遣う余裕もなく、僕は激しく腰を動かした。

結合部を見ると、泡立った分泌液とともに、かすかに赤いものが確認できた。つまり…秋山は初めてだった。
だが、止められそうにない。僕の身体はもはや意志とは無関係に動いていたのだ。

「そう、よ…もっと、乱暴、にいっ! 壊して! ぜんぶ、うけとめるから、ああっ!」

秋山も、僕の背中に手を回ししっかりと抱き着いて腰を振る。指を立てて食いしばってるようだが、背中に爪の痛みを感じないのは秋山の気遣いだろうか。
僕はすでに二度目の限界を感じた。背中に寒気が走り、何かがこみ上げてくる。
だがそれよりも早く、秋山の身体が痙攣しだした。
ぷしゃ、と結合部から水分が吹き出てきた。粗相したのとは違う、透明な水分だ。

「~~~~~っ!!」

少し遅れて、僕も限界を迎え、秋山のナカにすべてを注ぎ込んだ。膣壁は一滴残らず搾ろうとせんと、締めつけてくる。

「はぁっ、はぁっ……あき、やま…」
「いっぱいでたね…お腹のなか…熱い…」

けれど、秋山は絶対に妊娠しない。僕は"種無し"だから。
言おうとしたが、僕はやはり黙っておくことに決めた。
身体の熱も冷め、萎えたモノを引き抜く。秋山の中からは白濁した液がたらり、と流れ出てくる。
秋山はそれを指ですくい、舐めながら言った。


343 :少年 桐島真司の場合 5 ◆BaopYMYofQ :2010/03/11(木) 19:55:19 ID:6kNQ8o+I

「これであなたは…私の事が忘れられなくなる。歌音ちゃんと、あるいは他の誰と寝たとしても私を思い出すの」
「………!!」
「ふふっ…今の君に、歌音ちゃんの顔まともに見れるかな?」

身も心も絡み取られた、そう感じた。
歌音を裏切り、最初は無理矢理ながらも秋山とセックスをしてしまった。
きっと秋山の言葉通り、セックスをするたびに…いや、歌音の顔を見る度に思い出すだろう。脳裏に焼き付けられた記憶は、消えない。

歌音……僕は……


#####

事後。僕たちはそれぞれ別々にシャワーを済ませ、リビングのソファに座っていた。
秋山は相変わらずタオルを胸元に巻いただけだ。僕はちゃんと家着を着ている。
暖房こそ効かせてはいるが、髪も乾かさずにいる秋山。風邪引くぞ?

「平気よ」
「歌手だろう、体調管理くらいしっかりやっておけ」

秋山はくすっ、と笑いながら僕の顔を見る。

「歌音ちゃんの言う通り…いえ、五年前からそうね。真司くんは優しい」
「心外だ」
「けど事実よ。…その優しさに惹かれた娘が、三人もいるんだもの」

三人と聞いて僕は秋山、歌音…そしてのえるの名前を連想した。

「…のえるは何処に行ったんだ?」と僕は秋山に尋ねた。
「ふふ…大丈夫よ、マネージャーの家で預かってもらってる。あ、マネージャーって、女よ?」
「…そうだったのか」

胸のつかえが一つ消えたような気がした。実際はつかえどころか十字架を二、三本背負わされた気分なのだが、のえるの所在を知れただけでもましだった。
だが…のえるは帰るつもりはない、と秋山は言っていた。そのこともまた、胸につかえる。

「ふふ…今日、泊まっていっていいかな?」秋山は僕に寄り掛かり、肩に頭を置いて尋ねる。
「馬鹿いうな」本当なら今すぐ帰ってくれ、と言いたいのに。
「冗談よ。私明日からまたレコーディングだから、あと少ししたら帰らなきゃ」

時計の針は20時を指している。カーテン越しに窓の外を見るが、すっかり夜は更け、暗くなっている。


344 :少年 桐島真司の場合 5 ◆BaopYMYofQ :2010/03/11(木) 19:58:20 ID:6kNQ8o+I

「ひとつだけ、聞くわ」と秋山は再び口を開いた。
「真司くんは、歌音ちゃんが好き?」
「何をいきなり…ああ」
「それって、本心?」
「なに…?」

一瞬、返答に困った。そして気づく。なぜ言い淀んだ。はっきり言えば良かったじゃないか。好きだ、と。けれど…?

「…なるほど」

秋山は一人納得したようにふっ、と微笑んだ。
なにを自己完結しているんだ、おまえは。
そもそもおまえがあんな事をしなければ……自己嫌悪。

「いずれわかるわよ、あなたにも。私の言ったことの意味が」

そう言い残し、秋山は服を着はじめた。最初に会ったときに着ていたシャツにスカートとコート、それとかつら。
すべて着終わると秋山理遠は姿を消し、秋津理緒へと変わっていた。
秋津はそのまま玄関へと向かう。僕も、一応は見送りに行く。
靴を履き、ドアノブに手をかける秋津は、振り返り最後にこう言った。

「ふたりのときは、理遠って呼んで」


345 :少年 桐島真司の場合 5 ◆BaopYMYofQ :2010/03/11(木) 20:01:19 ID:6kNQ8o+I

#####


10日ぶりにひとりで迎えた朝は寒く、いやに寝覚めが悪かった。
6時半に眼を覚まし、自分用の弁当を作り、ひとりで朝飯を食べる。リビングには僕一人の生活音しかしない。
のえるはなぜ突然出て行ったのか…考えずともわかる。
あのメモには"貴方の幸せを願っています"と書かれていた。歌音がいたから、のえるは出て行ったんだ。
べつに歌音が悪いわけじゃない。むしろ、悪いのは僕だ。それなのに、あまつさえ秋山と……

深くため息をつき、制服を着る。
7時16分。今から出れば7時42分の電車に乗ることになる。恐らく歌音は、今日も待っているだろう。
学校を休みたい気分になった。だが、そんな事をしてもあのコトがなかったことになるわけではない。僕は重い足を踏み出し、家を出た。

駅に着くとやはり歌音がいて、満面の笑みを浮かべながら僕のそばにやってきた。

「おはよー☆」
「ん、ああ」

僕は平静を装うが…嫌でも昨日のことが思い出される。歌音の笑顔から眼を背けたい。
秋山の言ったとおりだ。僕は、歌音の顔すらまともに見れない。僕はどうしたら…

ばんっ!

突然、僕の身体は壁に押し付けられた。一瞬何が起きたかわからなかったが…歌音だ。
歌音は僕を壁に押し付けたまま、僕の頬に手を添えて、無言で唇を重ねてきた。

「かの、ん…なにを…っ?」
「……………真司は誰にも渡さないよ」

歌音はそう言って唇を離し、にこり、と微笑んだ。
ぞくり、と背筋に悪寒が走った。歌音の微笑みは無邪気に見えて、氷のような冷たさを感じた。すべて見抜かれている?

「だから真司も、私だけを見てね」
「あっ…ああ」
「行こ? 電車乗り遅れちゃうよ」

僕は歌音に手を引かれて改札へと向かう。その手は力が込められていて、僕の手をぎゅっと掴んで離さなかった。

僕は、その行動の中に歌音の本質を垣間見たような気がした。