430 :名無しさん@ピンキー:2010/04/25(日) 22:28:25 ID:shuH750N
 「修二、おはよう。」
 靴に足を入れようとして驚いた。
 後ろから綾が声をかけてきた。
 通路から玄関まで向かうと死角ができる。
 そこにいた。気配も無く。
 「び・・びっくりさせんなよ・・。心臓に悪いだろ・・」
 心拍数が急上昇し、心音が全身に響いている。
 「三国さん、おはようございます。」
 咲良は全く動じてない。
 それどころか爽やかなあいさつを返す。
 笑顔なのに瞳だけ濁っているのは気になるが。
 対して綾は沈黙する。
 ・・・・咲良よ、もしやお前らグルだった?
 ・・名付けて「朝から修二の度肝を抜こう・作戦」
 ・・・・嫌すぎるぞ両名。
 しかし作戦ならこれだけで終わるまい。
 警戒網を強化せねば・・・
 
 そんな妄想はどうでもいい。
 またグラヴィティエリアが発生する。
 ・・・あれ?
 いつもの精神的にキツい重圧感が全く無い。
 「・・・・・・・・・・・・・」
 咲良もいい加減、諦めたか慣れたのか?
 ・・・前言撤回。
 二人そろって静かな笑みを浮かべてるのに、瞳だけ濁って虚ろな感じになってる。
 すごく怖い。
 慣れるどころか嫌悪が怨嗟にレベルUPしてる。
 重圧から狂気の笑みって感じになってる。
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い・・・
 トラウマになるのも時間の問題だ。
 


432 :名無しさん@ピンキー:2010/04/25(日) 22:28:50 ID:shuH750N
「よぅ、向坂。」
 「あぁ、おはよ。」
 朝からグッタリしてる俺に、崎本(サキモト)が寄ってきた。
 「どうした?やけに疲れてるみたいだが・・」
 「あぁ・・・」
 今日はもう疲れた。
 原因は無論、綾と咲良だ。
 重圧が無い代わりに今度は笑顔。
 表情だけで相手を恐怖のどん底に陥れる人がいるのだと生まれて初めて知った。
 なのに通行人には爽やかにあいさつしてやがる。
 表情豊か・・ってか切り替え速い。
 内心ガタガタと怯えまくってて、外面で平静装うのに全力だった。
 教室に辿り着き、綾と咲良は別クラス。
 やっと開放された・・・
 ・・・・なんて事 言える訳も無く、
 適当に誤魔化した。
 「徹夜でゲームをフルコンプかぁ・・・意外とゲーマーなんだな。」
 フルコンプしたのは嘘ではない。ただ日付が違う。
 徹夜したのは土曜の夜だ。
 「あぁ、だから今日は疲れてるんだ。静かにしてくれ。」
 「Ok 俺もこのあと逃げないといけないのでな。」
 「・・・・健闘を祈る。」
 崎本の逃走劇は結構有名だ。
 体育教師やら時には生徒会。あるときは空手部主将だ。
 最終的に掘られてしまったという噂もある。まぁ、噂だろう。
 ・・・・あれ?主将ってそっちの趣味なの!?
 今更気付いたが、とんでもない事だ。
 で、ヤツは陸上部短距離の生徒とも余裕でタメを張れる人間に成った。
 習慣ってすごいな。


433 :名無しさん@ピンキー:2010/04/25(日) 22:29:27 ID:shuH750N
結局、崎本は1~3時限をサボって担任に大目玉をくらってた。
 そして昼休み、咲良からもらった弁当を広げる。
 咲良は委員会があるので居ない。
 おお・・人前で広げても平気な、男性向け仕様の配色だ・・・
 これで可愛らしいデザインだったら食べるのを本気で躊躇っていたトコだ。
 購買部のパンでも良かったんだけどな。
 某・海賊映画のBGMが鳴り、メール着信を知らせる。
 綾からだった。
 
 『修二、一緒にお昼食べようよ。屋上に来て。』
 ・・・タイミング悪いな。
 返信『スマン。もう済ませた。』
 再び海賊BGM。
 『いいからいいから。来てよ。』
 俺に彼女いるの知っててコレか?
 このまま流されると凄惨な末路をたどりそうだ。
 返信『彼女持ちなので無理です。浮気疑惑は嫌です。』
 またも海賊BGM。
 早いな・・まだ返信してから一分経ってないぞ?
 『なんで来ないの!さっさと来なさいよ!なんで!なんで!なんで来ないの!
  私よりあの女がいいの!?来てよ!来なさいよ!!』
 ・・・声をそのまま文章に変えるプログラムでも使ってるのか?
 そんな事を考えたがどうでもいい。
 文章で恐怖を感じたのは初めてだ。
 まるですぐ目の前に綾本人がいるかのようだ。
 ここは従うか。
 返信『行くから待ってろ。』
 食べかけの弁当を仕舞い込んで屋上へダッシュ!
 


434 :名無しさん@ピンキー:2010/04/25(日) 22:30:27 ID:shuH750N
階段を上っていざ屋上へ。
 錆付いた扉を開いて屋上に出る。
 気持ちの良い風が吹き抜け、直射日光が眼を直撃する。
 手のひらで陰を作り、視界を確保。
 屋上にポツンと一人、綾が居た。
 「待ってたよ。」
 「あぁ。でも本当に腹いっぱいなんだが・・」
 「別にいいでしょ。さ、一緒に食べよ?」
 本当は食べかけだったが、あまり食べ過ぎても午後の授業に支障が出る。
 具体的には眠くなる。
 しかしそんなことはお構いなしに綾は明らかに一人分じゃない弁当を広げていく。
 「修二の好きなメニューだよ。」
 輝かしい笑顔なのに瞳だけは相変わらずだった。
 なし崩しに座らされ、箸をつける。
 旨かったが、そんな事に感心する余裕は無い。
 次第に腹も限界になる。
 「綾、スマンこれ以上は無理。」
 「・・しかたないなぁ。」
 口調だけはいつもの綾だ。
 手際よく片付ける。
 「・・修二ぃ、川上さんのこと、好き?」
 「あぁ。」
 突然だったが冷静に答えることができた。
 「私のことは・・好き?」
 「あぁ。」
 「Love?Like?どっち?」
 「Like」
 風が強くなってきた。
 そろそろ戻らなくちゃいけない。
 淡々と答えることに徹しているが、綾が怖くて気が気じゃない。
 「アハハハハハ・・そっかぁ・・・修二は判ってくれないんだね・・アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
 突然笑いを止め、俯き加減になる。
 綾が動いた・・そう思った時には遅かった。
 一瞬ですぐ目の前まで迫った綾に、俺は反応できず押し倒される。



435 :名無しさん@ピンキー:2010/04/25(日) 22:30:55 ID:shuH750N
綾は俺が倒れるのに合わせて馬乗りになる。
 「修二、好きだよ。昔から。小さい頃から。引っ越して来た頃から。」
 綾の顔が近い。
 吐息が顔に当たる。
 「愛してる。あの女よりもずっと修二のことを愛してる。」
 虚ろな瞳に見据えられ、蛇に睨まれた蛙のように瞬き一つできない。
 声が出ない。
 「すぐに答えてって言っても困っちゃうよね?・・アハハ。顔が真っ赤だよ?」
 「ぁ・・な・・何でだ?・・何で・・今更・・・」
 無理やり心を落ち着かせ、声を絞り出す。
 「なんでそんなこと言うの?」
 「無理を・・言うな。・・・・俺には咲良がいる。」
 マウントポジションをとられ、腹部に重圧がかかる。
 息苦しい。
 だがそれ以上に綾のことが怖い。
 何されるか判らない。
 何するか判らない。そんな恐怖。
 「そうなんだ・・・あの女がいるからか・・・いなくなればいいんだよね・・・」
 「綾ッ・・!?」
 立ち上がり、どこかへ向かおうとする綾を呼び止める。
 先行き不安は最高潮だ。
 
 ドスッ・・・

 打ち込まれた場所で言えば、ボディブロー。
 だがそれは拳ではなく、綾の細い足だった。
 つま先を僅かに上に持ち上げ、踵を突き出した状態での強烈なスタンプ。
 的確に俺の鳩尾を捕らえた一撃は十秒足らずで俺の意識を奪い去っていった。
 「待っててね・・・もう少ししたら・・終わるから。」


436 :名無しさん@ピンキー:2010/04/25(日) 22:31:33 ID:shuH750N
 夕暮れ・保健室

 目が覚めたのは夕暮れ時。
 真っ白なベッドに横たわり、いまだに痛みの残る腹を押さえながら起き上がる。
 保険医・川内(センダイ)先生の話によると、
 昼休みも逃走中だった崎本が屋上へ逃げ込んだら、俺が倒れていたのを発見。
 で、川内先生に報告し、崎本は再び逃走を再開したらしい。
 今度ジュースでも奢ってやらないと。
 まぁ、それだけで恩を返しきったつもりにはならないが、とりあえずだ。
 「綾のヤツ・・何を『終わらせる』んだよ・・・。」
 「例えばお前の人生を『終わらせる』・・とか?」
 「・・ぅあっ!!?」
 突然誰かが独り言に相槌打ってきた。
 声のした方をみるとそこには、長い髪を後頭部で一纏めにした女子生徒。
 「・・・・・会長でしたか。」
 「声がしたのでな・・。アイツがいるとも期待してたが。」
 「崎本なら一所に留まるワケないじゃないですか。」
 崎本が逃げる対象として生徒会だが、具体的にはこの生徒会長様だ。
 何を怨み買われるようなことしたんだか・・
 一時期、俺は会長に頼まれ(命令)て崎本の事を教えたりした。
 なんでも、「性格などから逃走経路を絞れる」らしい。全く解らない会長様である。
 「まぁ、それもそうだな。向坂、もしアイツが来たらバレないように呼んでくれ。」
 「・・・ハァ、拒否権の行使は?」
 「させないつもりだが?」
 「・・・了解。」
 会長は仕切りのカーテンを閉めてどこかへ行った。
 


437 :名無しさん@ピンキー:2010/04/25(日) 22:33:29 ID:shuH750N
突然、某・海賊BGMが鳴り響く。
 メール着信。咲良だ。
 『・・ねぇ、修二くん。今の女、誰?』
 ・・・どこから見てたの?
 じゃなくて、会長のことか。
 だとしたら完全なる誤解で、こんな昼ドラ的な文章を送られても困る。
 返信『生徒会長のことか?なら誤解だ。あの人はある生徒を探してて、偶然ここに辿り着いただけだ。心配はしなくていい。』
 ふぅ、所要時間9分。メールは慣れないと時間かかる。
 咲良からメールが返ってきた。
 綾もそうだが、早いな。
 『本当に?嘘じゃないよね?嘘ついたらお仕置だよ?』
 ・・・お仕置きがどの程度のものなのか、想像も付かず少し怖い。
  メールを読み終えるタイミングを見計らったかのように、再び携帯が鳴る。
 綾か・・・息継ぐ間もないな。
 「もしもs・・
 『修二ぃ・・・ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい 
ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい・・』


438 :名無しさん@ピンキー:2010/04/25(日) 22:34:16 ID:shuH750N
「えっ?ちょっと待て!何のことか判らん!」
 『ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい
 ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい・・・』
 綾はただひたすらに『ごめんなさい』と繰り返した。
 心当たりは・・・昼休み? 
 「はぁ・・綾、昼休みの事ならもう気にしてないからさ、謝るのやめてくれ。」
 『うん。わかった!』
 「・・・・・・・・・・うわぁ、すごく殴りたくなってきた。」
 『気にしてないって言わなかった!!?・・でも修二になら・・うふふふふふふふふふふふふふふふふふ』
 どうしよう。綾が壊れた。もしくは変なものに目覚めてしまった。
 『ところでさ修二、明日家に来ない?』
 何を言いますかこの電話越しの小娘は。
 男子なら喜ぶべきか、いやしかしここは鉄壁にして不屈の理性と節度を。
 「無理。」
 『やっぱり・・あいつが・・・いるから・・・』
 すごく不穏当なのは気のせいじゃない筈だ。
 「分かった、分かった。行くから。落ち着け。」


439 :名無しさん@ピンキー:2010/04/25(日) 22:35:07 ID:shuH750N
アフターサービスが必要か。
 ってか彼女持ちがこんな約束したら刺し殺される覚悟をしないとだな。
 仕方ない。わが生涯を賭して恩義を返す・・・って格好つけすぎか。
 まぁ、覚悟しよう。
 もし刺されたら「わが生涯に一片の悔い無し!」とでも言うか。
 さぁ頑張ろう・・・腹が復活したら。
 うぅぅ・・・腹がまだ痛い。
 メール着信。
 咲良だった。嫌な予感が・・・・
 『明日デートしよう!YesかNoでタイムリミットは一分!』
 予感は当たった。タイミング悪すぎる。
 時間は無くなってゆく。
 カップ麺食べるときは一分が長く思えるのに今は一分がとても速く感じる。
 返信『No。都合が合わない。』
 すぐに咲良から返事が来た。
 『嘘。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。あの女のところへ行くの?
私のこと捨てるの?いやだよ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌』
 バレてる。いや決して浮気ではない。
 それよりアイツらのメール怖いな。未来からの死亡予告と良い勝負だ。
 ヤバイ。危い。怖い。恐い。命の危機だ。
 返信『Yes。やっぱり行ける。安心してくれ。』
 本ッッ当に情けねぇな。俺。クズ男筆頭に名を連ねるな。
 言い訳・・どうしよう・・・
 『11時になったら図書館に来てね!』
 図書館か・・・
 迷子になった嫌な思い出が蘇ってきた・・が、どうでもいい。


440 :名無しさん@ピンキー:2010/04/25(日) 22:35:37 ID:shuH750N
バイト探すよりも先に、人生の岐路が来たみたい・・だな。
 家路についても考えは纏まらず、夜はろくに眠れなかった。
 ・・・明日、どうしよう。
最終更新:2010年08月22日 14:42