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663 :名無しさん@ピンキー:2010/05/04(火) 19:41:32 ID:b3zXkqNs
次の日、木村千華は注目を集めていた。
髪の短くなった彼女に、クラスメイトの全員の視線が集まっていたと言ってもいい。まあそりゃあそうだ、髪の長い奴がばっさり切ったら誰だって気になる。昨日の夜に遭遇していなければ、同じく衝撃的な事件と思ったに違いない。
「髪切ったんだね。理由知ってる?」
当然の疑問をこちらに投げてきたのは、クラスメイトの松本尋。今は真っ黒な肩ほどのソバージュの髪だが、一年くらい前までは見事な金髪だった女。
中学時代に仲の良かった連中の一人だが、その仲間のうち、同じ高校に進んだのは自分を含めて二人だけ。入学して同じクラスになれたので、中学時代そのままに仲良くやっている相手だ。
ただ、この見た目可愛い女子であるところの松本と入学直後から仲が良かったせいで、クラスの男子から若干距離を置かれていた気はする。それも今では別になんてこともなく、みんなと程よく仲がいいわけだが。
前の席の奴がよく遅刻するからか、松本はいつも前の席の椅子に横に座り、正面に陣取って会話を始める。ちなみに木村千華の席は窓際であり、廊下側のここは正反対なので、噂話が彼女に聞こえることはない。


664 :名無しさん@ピンキー:2010/05/04(火) 19:42:24 ID:b3zXkqNs
「俺が知るわけねーだろ」
そう返したが、本当は少しだけ知っている。長い髪が嫌いになったからだと言っていた。とは言え、肝心の嫌いになった理由のほうがわからないのでは、その他野次馬たちと大差ないのだった。
「まあ、そうだよね。大須賀が知るわけないよね」
にやついた、シニカルな表情を浮かべる松本。こいつはこういう奴なのだ。いつだってローテンションで、いつだって不機嫌そうで、いつだって口が悪い。調子がいいときは人を馬鹿にしてるときとくる。
しかし、嬉しそうなことそれ自体が大変珍しい。普段は馬鹿にしたりさえしない。
「どうしたお前。なんかいいことでもあったのか」
「……ちょっとね。教えないけど」
教えないとはっきり言われたら、聞き返すこともできない。実に会話を切る奴である。
「そういう大須賀こそ、いいことあったでしょう。顔が楽しそうだよ」
「顔が楽しそうて。俺どんな顔してんだよ」
とりあえず乗ってみたが、見てわかるほど露骨に緩んでいたりするんだろうか。いや実際、松本に見破られている以上、間違いないのでは。
「何があったか言いなさい」
やはり、今日の松本は機嫌がいい。いつもはもっとだるそうだし、正面に陣取るくせに特に会話がないなんてのもよくある。
それは置いておくとして、まず昨日の出来事を他人に話していいものか、まったく判断ができない自分がいた。傷心のクラスメイトを慰めただけで、それほど特別なことをしたのではないように思えるし、誰にも教えられない秘密を共有したような気もしていた。
「お前が言ったらな」
今言わなくても別にいいか、と軽く決断し、適当に返答すると、松本はそれについてもう触れず、別の話題に移行した。そうして、ホームルームまで松本とだらだらと過ごす。いつも通りの朝だった。


665 :名無しさん@ピンキー:2010/05/04(火) 19:43:35 ID:b3zXkqNs
そんな感じでよくつるんでいる松本だが、放課後まで一緒なことはあまりない。
話は単純で、松本の交友関係が意外と広いからだ。あの嫌味ばかりのコミュニケーションでよく友達を増やせるもんだと思うが、大事なのは付き合いのよさと聞き上手なことらしい。
今日は友人と遊ぶと言っていた。そういう理由があるときは、突然呼び出され、買い物に付き合わされたりといったことは起こらないので、放課後は完全に暇になりそうだった。
昨日のこともあり、今日は少し店で練習でもしようかな、などと思いながら迎えた帰りのホームルームも終わり、各々ばらけだしたクラスメイトたちと適当に挨拶を交わし、帰路に着く。

バス停は少しだけ学校から離れている。歩いて五分強くらいだろうか。
学校の前にもバス停はあるが、残念ながら路線が違い、自宅の近くを通るバスは学校の裏手の、少し開けた二車線の道路を走っている。ほとんどの生徒が学校前のバス停を使用していて、こちらを使うのは極少数だった。
他の利用者と噛み合わなければ、一人でバスを待つこともたまにある。が、今日は先客がいた。遠くの後姿でも木村千華だとわかるのは、先客がいるときは大体が彼女だからだった。
髪が短くなり、特徴がなくなってもわかるものだな、と思いながら彼女の横に立つと、こちらに気付いた彼女が振り向く。なんと話しかけたものか迷うと、彼女のほうから声を掛けてきた。


666 :名無しさん@ピンキー:2010/05/04(火) 19:44:33 ID:b3zXkqNs
「大須賀君、今日はこれから、暇?」
「ん?」
完全に暇だ。これから自宅に帰るだけで、帰った後の予定も特に決まっていない。
「暇だよ。帰るだけ」
木村は、と聞き返し、何となく会話を続けようと思ったが、彼女のほうは違った。
「じゃあ、これから私の家に来て」
明確な目的があっての質問だった。自宅に招待するつもりで、予定を聞いてきたのだ。
「……え?」
しかし、その内容にはどう反応していいのかわからなかった。それにしたって突然すぎるだろう。クラスメイトとは言っても、まともな会話をしたのは昨日が初めてなのだ。
「なんで急に」
やっぱり何を考えているのかわからない。戸惑いのままに疑問を口にすると、彼女はまた、昨日の夜のように笑顔を見せる。
「昨日のお礼がしたいから」