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485 :サトリビト ◆8jnT/g1A3Q :2010/05/26(水) 21:00:28 ID:uBfwq/qX
「・・・え?」
「こんなことをしておいて言うセリフではないけど・・・もう恭子ちゃんとはキスできない。いや、したくない」
あの占い師が言っていた4回の選択のうちの一つが今だったのかもしれない。
そうだとしても・・・自分の選択に後悔はしていない。
「ごめん、陽菜・・・俺に何か用があったんだろうけど、それは明日でもいいかな?これから恭子ちゃんと話し合いたいから」
少しの間を経た後、陽菜が返答を返した。
「・・・慶太が言ったこと全部本当なの?それに嘘偽りは絶対ないの?」
「あぁ。キスしたことも、恭子ちゃんに恋愛感情がないことも」
「・・・他に好きな人がいることも?」
陽菜が好きなことも、
「本当だ」
「・・・分かった。私、慶太を信じるから」
その言葉を最後に電話が切れた。
陽菜には申し訳なかったが、僕にはこれからしなければいけないことがある。
目の前には放心状態の恭子ちゃん。先ほどからピクリとも動いていない。
キスをしていた相手から突然に拒絶されたんだ。そうなって当然だろう。
「恭子ちゃん、俺の言う事を聞いてくれないか?俺は―――」
「い、いやぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
僕の言葉にようやく意識を取り戻した恭子ちゃんは、頭を振り乱して錯乱し始めた。
「嫌っ!!嫌だよ、聞きたくない!!どうして!?私の何がダメなの!?直すから!!お兄ちゃんが嫌いなところ全部直すから!!だから好きになってよ!!私だけを好きに
なってよぉぉぉぉ!!!!」
恭子ちゃんは全力で抱き、いやいやと懇願してきた。その目には沢山の涙が見える。
「ごめん・・・直すとか直さないとかの問題じゃないんだ・・・ただ純粋にその人の事が好きなんだ。その人以上に他の女の人は好きになれないだけなんだ」
「誰!?お兄ちゃんの好きな人って誰!?陽菜さん!?結衣さん!?」
「・・・陽菜だよ。昔から、7年前から俺は陽菜一筋だ」
「あ・・・ぁ・・・」
僕にしがみついていた恭子ちゃんの手が離れた。その足はまるで泥酔してるかのごとくおぼついていない。
「どうした恭子!!」
先ほどの叫び声を聞きつけたのだろう、恭子ちゃんのお父さんとお母さんが部屋にやってきた。
だが二人はこの部屋の惨状と漂っている不穏な空気に言葉を失った。
この沈黙はしばらく続いたが、最初に恭子ちゃんがそれを打破した。
「アハ・・・アハハハ・・・そっか・・・そう言う事か・・・」
(きっとお兄ちゃんは私を試しているんだ・・・私がどれだけお兄ちゃんの事を愛しているか・・・何処まで信じていられるか・・・)
恭子ちゃんの藁にでもすがりつくような考えに心が痛くなる。でも・・・
「恭子ちゃんを試しているんじゃない。これは紛れもない事実だ」
「え?」
僕の言葉に恭子ちゃんは目を丸くして驚いた。
もう心の声に反応した事は問題ではない。それよりも恭子ちゃんに真実を伝えるんだ。
「恭子ちゃんはかわいいし、頭もいい。ちょっと甘えん坊のところがあるけど、心だって優しい・・・」
そう、恭子ちゃんはものすごくいい子なんだ。そんな子が・・・
「だから・・・俺なんかを好きだなんて言っちゃダメだ!俺は恭子ちゃんの思っているような男じゃない!」
この場面には恭子ちゃんの両親だっている。本当はそんなところで言いたくないんだけど、今言わないときっと恭子ちゃんは僕という人間を勘違いしたままになる。
それだけは避けなければいけない。
「だってそうだろ!?口では陽菜が好きだって言ってる割に、岡田と付き合っている!それに・・・恭子ちゃんにもキスをしたんだぞ!」
僕の言葉に恭子ちゃんの両親が驚こうが今は関係ない。大事なのは恭子ちゃん本人なんだ。
「誰にでも手を出すような最低男なんかを好きになっちゃダメだ!絶対に後で後悔する羽目になるよ!」


486 :サトリビト ◆8jnT/g1A3Q :2010/05/26(水) 21:01:03 ID:uBfwq/qX
つらいかもしれないが、これが現実だ。
僕はいつも誰かに嫌われることを恐れて、誰にでもいい顔を作ろうとしてきた。例えそれが恭子ちゃんや岡田、姉ちゃんたちを苦しめる結果になったとしても。
恭子ちゃんにとっては優しくていいお兄ちゃんに見えたかもしれないが、優柔不断で八方美人、おまけに無節操なのが本当の僕なんだ。
「俺の事殴りたいなら殴ってもいい、カッターで切りつけたいならそうしてもいいよ。だから・・・もう俺の事なんか好きだって言わないで!」
言ったからにはもう後戻りはできない。
例え恭子ちゃんに嫌われようとも・・・例えお兄ちゃんともう思ってくれなくても・・・すべては自分のまいた種が原因なのだから。
再び沈黙が訪れる。
その後、しばらくして恭子ちゃんのお母さんが口を開いた。
「・・・今言ったことは全部本当なの?好きな子がいることも・・・その子とは別に付き合ってる子がいることも・・・そして・・・恭子とキスしたことも・・・」
きっと恭子ちゃんのお母さんも僕の事を信頼していたんだろう。その目には隠しきれてないほどの戸惑いが浮かんでいた。
「全部本当です」
次の瞬間、恭子ちゃんのお父さんが僕に向かってきた。そして、

バチーーーーン!!

「何て奴なんだ君は!黙って聞いてれば・・・よくもぬけぬけと・・・!!」
(よくも恭子の心を踏みにじったな!あの子は君を本当の兄と慕っていたのに・・・!)
思いっきりぶたれたのに痛みを感じない。いや、感じないというよりは足りないと言った方が正確だ。
恭子ちゃんの負った痛みに比べたらこれくらい・・・
「帰ってくれ・・・今すぐ帰ってくれ!!」
容赦のない言葉を突きつけられる。だがそれに反して僕の足は動かなかった。
当たり前だ。この世の中に好きな人から嫌われることを簡単に容認できる人などいるのだろうか?
さっきまでは嫌ってくれと言っていたのに、心の底ではやっぱり嫌われたくないと思っている。元の関係に戻りたいと願っている。
「ごめんね恭子ちゃん・・・本当にごめん・・・もう二度と恭子ちゃんの前に現れないよ・・・」
でも消えなければいけない。納得しなくても、本当はもっと一緒にいたいと思っても・・・恭子ちゃんのために消えないといけない。
僕は俯いたまま部屋を出ていこうとした。そのとき―――
「嫌っっ!!」
ものすごい力を背中に感じた。
視線を下ろすと小さな手が僕のお腹に回されていた。振り返ると小さな頭も見える。
「どこにも行かないで!何しててもいいから!陽菜さんが好きでも構わないからっっ!!」
恭子ちゃんは泣きじゃくりながらも、僕の歩みを止めようと必死だった。
「だから私の前からいなくならないでよぉぉ!!ずっとそばにいてよぉぉ!!」
「・・・ごめん・・・」
「そんなのズルイよっっ!!私をこんなに好きにさせておいて、後でいなくなるなんて・・・そんなのズルいよっっ!!」
僕もそう思う。サトリの癖に恭子ちゃんの事をまるで理解していなかった。挙句、土壇場で期待を裏切ってしまうなんて・・・
「・・・死んでやるから・・・お兄ちゃんがいなくなるなら死んでやるからぁぁぁぁ!!!」
そう言って恭子ちゃんはカッターのあるところまで走り出した。一瞬の出来事に両親たちは対応が遅れる。
だが僕はこうなるかもとひそかに予感していた。
「・・・絶対に死なせないよ」
恭子ちゃんはカッターを拾い上げると、一気に自分の手首めがけて引いた。

ブシュッ!!

「!」
辺りに血が飛び散る。だが刃物がカッターだったこと、そして切ったのが掌だったことで血はそれほど吹き出ることはなかった。
「あ・・・あぁ・・・」
「言ったでしょ?絶対に恭子ちゃんは死なせないって」


487 :サトリビト ◆8jnT/g1A3Q :2010/05/26(水) 21:01:41 ID:uBfwq/qX
「ご・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
「恭子ちゃんが謝ることは何もないよ。俺が勝手にやったことなんだから」
僕は激痛の走る手でカッターナイフをひったくる。
「でもこれは危ないから没収ね」
刃を元に戻しポケットに入れる。これでこの部屋にはもう恭子ちゃんを傷つけるものはない。・・・唯一人を除いては。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」
(お兄ちゃんを傷つけたお兄ちゃんを傷つけたお兄ちゃんを傷つけたお兄ちゃんを傷つけたお兄ちゃんを傷つけたお兄ちゃんを傷つけた・・・)
恭子ちゃんが謝る必要は何処にもないよ。だって恭子ちゃんは何も悪くないんだから。
「・・・最後に少しだけいいかな?」
恭子ちゃんは僕を切りつけたことに動揺していた。腰が抜けて、うつろな目を地面に向けながらずっと謝り続けている。
・・・多分これから話すことも聞いてくれないだろう。
でも逆に都合がいいかもしれない。
「・・・本当はね?初めて恭子ちゃんと逢ったのって、病院の先生に頼まれたからなんだ。恭子ちゃんの悩みを聴いてあげてって」
そういえば恭子ちゃんと出会ってから、もう3年が経ったのか。
「それで最初、俺はなんて考えたと思う?無理です、俺にはできませんって」
僕はあの時から少しも変わっていないんだな。
「でもね?恭子ちゃんと会って、たくさん話をするうちに、やっぱり引きうけて正解だったと思ったよ」
恭子ちゃんは本当に素直でかわいくて、なによりこんな僕に懐いてくれて・・・
「俺の事をお兄ちゃんと呼んでくれたときなんか、あまりの愛くるしさに意識が吹っ飛ぶかと思ったよ」
確か何でもお願いを聞いてあげるって言ったらそう呼んだんだっけ。本当に欲のない子だよね。
「この前作ってくれたカレー、次の日もおいしく食べたよ。二日連続だったのにおかわりまでしちゃっで・・・ざ・・・」
僕は何をやっているんだ・・・泣きたいのは恭子ちゃんのはずなのに・・・
「最近は夢にまで出でぎでざ・・・実はざ・・・俺の方が重症だっだり・・・ずるん・・・だよね・・・」
これが最後なんだ・・・今日でお別れなんだ・・・もう恭子ちゃんには会えないんだ・・・!!
「今までありがどう!!ぼんどうにだのじがっだよ!!」
僕の悲痛な叫びにも恭子ちゃんは全く反応を示さなかった。やはり聞こえていなかったのだろう。
そのまま部屋の外に向かって歩いていく。
ドアの近くには恭子ちゃんの両親がいたが、さっきまでの怒りは完全に消沈しており、なんと声をかけていいのかわからないという表情をしていた。
そんな彼らに僕はゆっくりと近づいていき、あるものを手渡す。
「これ・・・お返ししますね」
僕の汚い血で汚れたカッターナイフ。
「本当にご迷惑をおかけしました。謝っても済まないことは重々承知していますが・・・」
「そ、そんなことより早く病院に電話―――」
「いえ、それは絶対にしたくありません。もし病院に行くと傷の事を聞かれてしまいます。もう、これ以上恭子ちゃんに迷惑はかけたくないのです」
それでもお父さんは渋ったが、僕の熱意に負け、ついに折れた。
「・・・一つ聞いてもいいかね?君は恭子の事をどう思っているんだ?正直に答えてくれ」
「大好きですよ。命をかけれるくらいに」
僕にとってこの世で唯一のかわいい妹なのだから。
「・・・こんな奴のお願いなんて虫唾が走ると思いますが、それを承知でお願いがあります。今日は恭子ちゃんのそばにずっといてあげて下さい」
「君に言われなくともそのつもりだ」
「ありがとうございます」
部屋を出ていく前にもう一度だけ恭子ちゃんを見る。
僕とは似ても似つかないかわいい女の子。それでも・・・確かに僕の妹なんだ。
「バイバイ、恭子ちゃん」
その言葉を最後に僕は恭子ちゃんの家を出た。


488 :サトリビト ◆8jnT/g1A3Q :2010/05/26(水) 21:03:41 ID:uBfwq/qX
「ただいま・・・」
返事はない。理由は明かりの消えている家が物語っていた。
・・・誰もいなくてよかったよ・・・
今は誰にも会いたくない。誰とも話したくない。
たった一人の人間との別れに、僕は今までで一番の絶望を感じさせられた。
そのまま暗い廊下を電気もつけずにとぼとぼと歩く。

『絶対においしいカレーを作るから・・・待っててね///』

リビングに入ると、そんな声が聴こえた気がした。
でも、もうその声は聞くことはない。もう二度と。
僕はここでの思い出を振り払うかのように頭を大きく振り、部屋へと向かった。
だが、その間も色々な事が走馬灯のように思い出される。
この玄関では恭子ちゃんに抱きつかれて、それが原因で次の日から姉ちゃんが冷たくなったこと。
この廊下では恭子ちゃんが一生懸命に雑巾がけをしていたこと。
この階段では恭子ちゃんが滑り落ちて、僕がその下敷きになったこと。
普段は気にも留めないはずなのに、今日はどの場所を見ても涙が出そうになる。
やっとのことで部屋にたどり着く。そしてドアを開けると、

「ん~・・・どうしたのぉ~、お兄ちゃん?」

僕のベッドに今一番会いたい人が横たわっていた。
「!な、なんでここ―――」
だがその人は一瞬で僕の目の前から姿を消した。いや、最初っからこの部屋にはいなかったのだ。
・・・ついに幻覚まで見てしまうなんて・・・っ!
こらえていたはずの涙が堰を切ったようにあふれだす。
誰か教えてくれ!僕は一体どうすればいい!?どうすれば恭子ちゃんの事をあきらめきれる!?
僕は布団にしがみついて泣き続けた。
今からでも間に合うんじゃないか?今からでも必死に謝れば、また一緒に遊んだりできるんじゃないか?
そんなことを何度も考えてしまう。
そのたびに携帯を握ってしまうが・・・あと一歩が踏み出せない。
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
恭子ちゃんは今頃どうしているのだろうか?
信じていた人に裏切られて、泣いているんじゃないだろうか?苦しんでいるんじゃないだろうか?
そう思うと申し訳ない気持ちよりも、恭子ちゃんにしてしまったことに対する怒りの方が溢れていった。
「くそっ!くそっっ!!くそぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
何度も壁を殴る。そのたびに右手は悲鳴をあげ、掌の傷からはこれでもかというくらいの血が流れ出てきた。
でも僕はこの行為をやめなかった。
この痛みはこれまでに恭子ちゃんを傷つけた分、そしてそれに対しての戒めとして。
この晩、僕は意識を失うまで壁を殴り続けた。
これが夢だったらいいのにと思いながら・・・


489 :サトリビト ◆8jnT/g1A3Q :2010/05/26(水) 21:04:23 ID:uBfwq/qX
次の日の朝、僕の儚い夢はかなう事はなかった。
学校の制服を来ている僕、鏡を見なくても分かる腫れぼったい目、そして真っ赤な右手。
これらの事から昨日の事が現実だと突きつけられる。
時計を見ると午前5時。起きるにはまだ早い時間だったが、右手に残る痛みのせいでこれ以上寝られそうにもなかった。
「・・・起きるか」
昨日の事で重くなっていた足を無理に動かせて部屋をでる。
この時間なら母さんがいるはずのリビングには誰一人いなかった。あるのは机の上に置かれた手紙が一通だけ。

『お母さんとお父さんは急に親戚のお手伝いに行かなければいけなくなったので、しばらくは家に帰りません。だから後の事は祥子と慶太にまかせるね』

昨日までの僕だったらこの手紙を見た瞬間、姉ちゃんとの生活を想像して、恐怖から鳥肌が浮き出ていたかもしれない。
だが今は何も感じない。ただ父さんたちはしばらくいないのか、くらいにしか思わなかった。
そのとき背後に人の気配を感じた。
「け、慶太!?」
姉ちゃんの目の下にはクマができていた。
「な、何でこんな朝っぱらから!?」
それはこちらのセリフでもあったが、クマができていることから、多分今の今まで眠っていないのだろう。
「それに昨日は恭子の家に泊ってくるんじゃなかったのか?」
その一言が僕を再び奈落の底へとつき堕とす。
「・・・そのつもりだったんだけどね」
「?まさか喧嘩でもしたのか?」
喧嘩なんて生易しいものじゃない。だってこれは・・・
「・・・恭子ちゃんに別れを告げてきた。ただそれだけの事だよ」
「・・・は?今なんて―――」
「ごめん、今日は一人にして」
今は誰にも慰められたくないし、こんな自分を見てほしくもない。
そう言い残して僕は再び部屋へと向かおうとした。
姉ちゃんは一瞬あっけにとられていたが、数秒後には僕を追いかけてきた。
「待てって!!」
むりやりに僕の肩を掴んで振り向かせてくる。
「恭子に別れを告げたってどういう事だよ!」
・・・なんで姉ちゃんはしつこいんだ?一人にしてと言っただろ?
「・・・そのままの意味だよ。もう金輪際、恭子ちゃんと会うのをやめたんだ」
「な・・・っ!」
(あれだけ仲が良かったのにもう会わない!?一体何があったっていうんだよ!)
言いたくない。これ以上思い出したくもない。だからもうほっておいてくれ。
だが姉ちゃんは諦めるどころか、さらに追及してきた。
「何があったのか言えよ!お前がそんな風に考えるなんておかしいだろ!?」
・・・姉ちゃんに僕の何が分かるって言うの?実は私もサトリです、とでも言いたいのか?
「・・・」
「黙ってちゃ分かんねえだろ!」
これは僕の問題だ。それなのに何でかまってくるんだ?
姉ちゃんに対して怒りをぶつけるのはお門違いだと分かってはいたが、口は止められなかった。

「うるさいな・・・姉ちゃんには関係ないだろ」

「っ!・・・」
(ウチが関係ない・・・慶太が悩んでいるのに・・・関係ない・・・関係ない関係ない関係ない関係ない関係ない関係ない・・・)
それっきり姉ちゃんは追及の手をやめた。その様子に強烈な後悔を感じたが、言葉は素直には出なかった。
「もう俺にかまわないでくれ・・・」
姉ちゃんとの会話を終わらせて、もう一度部屋へと向かう。その際、姉ちゃんがどんな顔をしていたか見向きもしないで。
部屋に戻った僕は痛みに耐えながらも無理矢理に眠った。


490 :サトリビト ◆8jnT/g1A3Q :2010/05/26(水) 21:05:22 ID:uBfwq/qX
目が覚めると夜になっていた。
一体昨日の夜から僕はどれだけの時間を睡眠に費やしたのだろうか?
しかし睡眠時間に反比例するように、心労の方は回復する兆しが見えなかった。
「こんな状態でも・・・腹は減るんだな・・・」
ずっと眠っていたからと言って、丸一日何も食べていないとさすがにお腹は減る。
何か食べようと思い、起き上がると、机の上に今朝はなかったものが置かれていた。
不格好で大きさがそれぞれ違うおにぎり。その横にはメモも残されていた。
[もし迷惑じゃなければ食べて下さい]
それには普段は傲慢で決して人に弱いところを見せない姉が、たった一人の男に対して不安を感じ、けれども心配してやまない気持ちが込められていた。
メモを読みながら痛みのないほうの手でおにぎりを掴む。それだけでもご飯がぽろぽろ崩れた。
「・・・全然握ってないだろ」
なんとか口に運ぶことができた僕は、一口一口ゆっくりと噛む。
「・・・中身、何も入ってないのかよ」
塩加減も悪く、食べ続けると腎臓でも痛めそうな味だ。
けれど・・・初めて姉ちゃんの料理がおいしいと思えた。
きっと僕の事をこの世で一番心配してくれる人。普段は口にしないけど、心の中では僕の事を一番に考えてくれる人。
そんな人に対して僕はまた裏切るような行為をとってしまった。
「何処まで堕ちれば気が済むつもりだよ・・・」
今からでも遅くはない。恭子ちゃんのときと同じ過ちは繰り返したくない。
思い立ったが吉日、僕はすぐに姉ちゃんに電話をかけた。電話なのはさすがに面と向かって話すのには心の準備が足りなかったからだ。
「・・・なんか用か?」
電話をかけたはいいが、いざ謝ろうと思うとなかなか言葉が出てこない。
「・・・」
「・・・ウチの作ったおにぎりは・・・その・・・食べたのか?」
僕の沈黙に何かを感じ取ったのか、姉ちゃんの方から話を振ってきた。
「あ・・・うん・・・おいしかったよ」
「ほ、ほんとか!?」
その声に活気が戻ったのが分かる。それだけなのに、なぜか気持ちを素直に言える気がした。
「本当だよ。今まで食べたおにぎりの中でも最高だったよ・・・それと・・・さっきはごめん。俺ときたら、姉ちゃんにあたるような真似をしてしまって・・・」
やっぱり姉ちゃんには僕の事がよくわかるのだろう。いつもとは違う、まるで母親のような雰囲気で話し始めた。
「・・・慶太と恭子の間に何があったのかはもう聞かない。だけど・・・ちゃんと話はつけたのか?」
その言葉に一瞬思考が止まる。
「もしそうなら別にいい・・・だけど、もしそうじゃないなら今からでもちゃんと話をつけてこい。今すぐにだ」
・・・僕だってそうしたい・・・でもできない・・・だって僕は最低な人間なのだから・・・
「でも・・・」
「でももクソもあるか!話をつけもしないままで二度と会わないなんて恭子がかわいそうだろ!」
「恭子ちゃんがかわいそう・・・?」
「当たり前だ!!恭子の気持ちをもっと考えてやれよ!!」
僕が別れを告げた時、恭子ちゃんは泣いてすがった。別れたくない、そばにいてほしいと。
その後どうした?恭子ちゃんが納得するまできちんと話し合ったのか?僕は自分の意見ばかりを押し付けて、肝心の恭子ちゃんの気持ちを無視して帰ってきたんじゃないのか
?本当にそれが・・・良かったと言えるのか?
違う。いくら僕が最低な人間だったとしても、それが恭子ちゃんから勝手に身を引いていい理由にはならない。
「・・・ありがとう、姉ちゃん・・・俺、もう一度恭子ちゃんと話をつけてくるよ!」
「がんばれよ」
最後にそう言われて電話を切られた。
時計を見ると8時。まだ伺っても許される時間だ。
僕は着替えもせずに恭子ちゃんの家に直行した。


491 :サトリビト ◆8jnT/g1A3Q :2010/05/26(水) 21:06:17 ID:uBfwq/qX
「・・・まだなにか用があるのか?」
恭子ちゃんの家についてそうそう、お父さんから容赦のない言葉を浴びせられた。
「確か昨晩はもう二度と姿を現さないと聞いたが?」
「えぇ、確かにそう言いました」
けど不思議と、心の中は落ち着いていた。
「・・・」
僕の表情を見てお父さんは諦めたのか、もう一度家に入れてくれた。
「その・・・右手の方は大丈夫なのか?やっぱり病院に―――」
「いえ、もう痛みもだいぶ収まりましたし、血だってもうでません」
右手をひらひらと振りながら大丈夫たと言う事を示す。
「それより・・・もう一度恭子ちゃんと話をさせて下さい」
僕の言葉にお父さんのこめかみがピクッ!と反応する。
「・・・あの子はやっと落ち着いたんだ」
(君は自分のしたことが分かっているのかね!?)
「自分のしたことは分かっているつもりです。それでも・・・もう一度会って話をしたいんです!」
お父さんが驚いた表情をこちらに向けた。
「え・・・今・・・私の考えていることを・・・」
あんなことをしたにもかかわらず、図々しいお願いをするんだ。こちらも誠意というものを見せないといけない。
「僕はサトリといって人の思考が心の声となって聴こえてくるんです。まぁ全部が全部聴こえるわけではないんですが」
「・・・冗談を言ってるのか?」
「これは真剣に言ってるんです。この能力のおかげで3年前に原因を突き止めることができたんです」
お父さんに三年前の事を思い出させるのは酷だったが、そうでもしないと信じてもらえる気がしなかった。
「もし、このことが世間にばれたら僕は終わりです。どこかの国が僕を利用しようと捕まえに来るかもしれませんし、生体実験と称して生きたまま解剖させられるかもしれま
せん。それで・・・もし恭子ちゃんに何かあったら、このことを誰かに話してもらってもかまいません。だから・・・」
一端言葉を区切り、これでもかというくらい真剣な目を向ける。
「もう一度だけ恭子ちゃんと話をする機会をもらえませんか!?お願いします!」
そう言って頭を下げる。これが僕にできる精一杯のお願いだった。
「・・・恭子は自分の部屋で妻と一緒にいる。くれぐれも昨日みたいなことはせんでくれよ」
「っ!あ、ありがとうございますっ!!」
心の声は聴こえなかったが、きっと僕を恭子ちゃんに会わせるのは嫌なはずに違いない。
それでもこうして認めてくれたお父さんに、少しだけ恭子ちゃんの面影を感じた。
自分の意見よりも他人の事を考える性分、そして他人を信じる性格。
(きっと恭子ちゃんもこの人の様に、世界を股に掛ける立派な人になるんだろうな)
そんなことを考えながら、恭子ちゃんの部屋に向かった。


492 :サトリビト ◆8jnT/g1A3Q :2010/05/26(水) 21:07:05 ID:uBfwq/qX
このドアの向こう側に恭子ちゃんがいる。
むこうもさっきのチャイムや、お父さんと会話をした声からも僕がここにいることは気付いているだろう。
もしかしたら部屋に入った瞬間に泣き付かれるかもしれない。泣いて、叫ばれて、また死んでやると言われるかもしれない。
それでも僕はノブを握った。恭子ちゃんと話をしたい、その一心で。
ノブを回してドアを開ける。

やっぱり僕が入ってくるのが分かっていたのだろう。中にいた二人は僕の入室にさして驚きは見せなかった。
「じゃあお母さんは下に戻ってるね」
そう言ってお母さんは部屋を出て行った。
恭子ちゃんを見ると、昨日の状態が嘘のように落ち着いている。
「・・・ごめんね?もう会わないって言ったばかりなのに」
「・・・なんで謝るの?慶太さんに迷惑をかけて、怪我までさせて・・・謝るのは私の方なのに・・・」
昨日聞いたはずなのに、恭子ちゃんの声がとても懐かしく感じられた。
「いや、やっぱり謝るのは俺の方だよ。恭子ちゃんをこんなに苦しめて・・・気付いていたはずなのに・・・」
今朝までの僕だったら泣いていただろう。でも今はそんなことはない。
「恭子ちゃんをこれ以上苦しめたくない。だから・・・もう一度はっきり言うよ。恭子ちゃんにはもう会えない。今日はそれをきちんと伝えに来た」
その結果後悔したとしても、今日で本当にお別れだ。
恭子ちゃんは視線を一度も外すことなく、昨日とは違い真剣に聞いてくれた。
「・・・実は私も昨日からそのことを考えていたんです」
ポツリと小さな声で恭子ちゃんが語り始めた。
「慶太さんに昨日言われたこと・・・もう私のそばにはいられないってこと・・・確かにその方がお互いのためになると思います・・・」
(慶太さんに迷惑ばかりをかけて・・・好きだという事も無理やり押し付けて・・・傷まで負わせて・・・)
恭子ちゃんはやっぱり勘違いをしていた。僕は迷惑をかけられた記憶などない。むしろ僕の存在が迷惑をかけていたのに。
でもここでは何も言い返さなかった。恭子ちゃんの話を最後まで聞いていたかったからだ。
「それで、今日そのことをお父さんとお母さんに相談したんです。そして・・・」
(やっぱりそうするしか他にないよね?そうするのが一番慶太さんをあきらめられるよね?)

「私・・・引越しすることにしました」

「・・・え?」
口を挟まないつもりが無意識に出してしまった。それほど恭子ちゃんの言葉は衝撃的だった。
「どこに引っ越すかはまだ決まっていないんですけど、とりあえず最初はおじいちゃんのところに行くことになりました」
恭子ちゃんのおじいちゃんの家がどこにあるかなんて僕は知らない。ただここから簡単にはいけない距離なんだと雰囲気で分かる。
「・・・いつおじいちゃんのところに行くの?」
「明日の朝です」
明日の朝・・・そうすると数時間後には恭子ちゃんはいなくなるということか。
「・・・その前にもう一度慶太さんに会えて嬉しかったです」
その言葉をかわきりに、恭子ちゃんが僕に歩み寄ってきた。
「・・・一つお願いをしてもいいですか?」
「何?」
「・・・もし気持ちの整理がついたら・・・その時は・・・もう一度会ってもらえますか?」
恭子ちゃんは期待と恐怖が入り混じったような表情を浮かべていた。それほど僕に断れるのが恐いのだろうか?
これほどまでに恭子ちゃんに慕われている僕は・・・世界一幸せかもしれないな。
多分そのときが来たら恭子ちゃんは僕の事を軽蔑しているだろう。恭子ちゃんは賢い子だ。大人になるにつれて僕と言う人間が、いかに最低だったか気付くに違いない。
「もちろん!その時までには少しくらいマシな人間になるよう努力するよ!」
でも、この先もずっと慕っていてほしい。
そう思う僕はやっぱり最低なんだろうな。


493 :サトリビト ◆8jnT/g1A3Q :2010/05/26(水) 21:09:16 ID:uBfwq/qX
「・・・右手・・・まだ痛いですよね・・・」
本題を話し終えた恭子ちゃんが、そっと僕の右手をその小さな両手で包みこんだ。
「当たり前ですよね・・・あれだけ深く切りつけたんだから・・・」
「もう大丈夫だよ。痛みだってだいぶ―――」

・・・ペロッ・・・

「っ!?」
突然、掌に生温かい感触がした。反射的に手を引こうとしたが、恭子ちゃんによって止められる。
「・・・お願いします・・・最後に、慶太さんの傷を少しでも癒してあげたいんです・・・」
そのセリフに僕は悩んたが、恭子ちゃんの最後という言葉に容認してしまった。
・・・ペロッ・・・ペロッ・・・
(・・・お兄ちゃんとは今日でお別れなんだ・・・次はずっと先まで会えないんだ・・・)
・・・ペロッ・・・ペロッ・・・
(・・・さびしいな・・・納得したはずなのに・・・さびしいな・・・)
・・・ペロッ・・・ペロッ・・・
(・・・そろそろ離れないといけない・・・もうやめないと・・・でも・・・)
・・・ペロッ・・・ペロッ・・・
(・・・できない・・・やめられない・・・やっぱり好きなんだ・・・どうしようもないくらい・・・諦められないくらい・・・大好きなんだ・・・)
・・・ペロッ・・・ペロッ・・・
(・・・こんなに好きなのに・・・なんでもう会えないんだろう?なんで会っちゃいけないんだろう?)
その速度が徐々に上がる。
ペロッ、ペロッ、ペロッ・・・
(・・・別れたくないよぉ・・・ずっと一緒にいたいよぉ・・・)
恭子ちゃんの舌が掌を伝って、段々上の方に上がってきた。
「ちょ、ちょっと!?」
ペロッ、ペロッ、ペロッ、ペロッ、ペロッ、ペロッ、ペロッ、ペロッ、ペロッ、ペロッ、・・・
(嫌だ・・・嫌だ・・・嫌だ・・・!)
それが限界だったのだろう。恭子ちゃんは僕の手を舐めるのをやめてしがみついてきた。
「恭子ちゃん!?」
「~っ!!」
(やっぱり嫌だ!なんで兄妹なのに離れなければいけないの!?そんなのおかしいよ!)
やっぱり恭子ちゃんは納得していなかった。
そうだよな、僕ですら納得していないんだ。それよりも小さい恭子ちゃんだって・・・
「恭子ちゃん・・・」
もう一度声をかけると、恭子ちゃんはビクッと体を震わせて僕から離れた。
「ご、ごめんなさい!私ったらまた・・・」
恭子ちゃんの気持ちが痛いほどわかる。離れたくないのに離れなければいけないジレンマ。
・・・せめて最後くらいはお兄ちゃんらしいことをしないとな。
そっと恭子ちゃんに近付き、その頭に優しく手を置く。
「明日からは会えなくなるけど・・・でも俺たちが兄妹なのは変わらないからな!だから、またいつか絶対に会おうな!」
笑顔を浮かべて、そっと頭をなでる。ゆっくりと・・・恭子ちゃんの不安を取り除くように、ゆっくりと・・・
恭子ちゃんはよほど気持ち良かったのか、しばらくその感触に浸った後、涙をこぼしながらもとびっきりの笑顔で返事を返してくれた。

「はいっっ!!」

こうして僕たちは別れた。