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108 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 04:50:14 ID:4B4bPZJ5
*****

 目が覚めた時、私の手は温もりに包まれていた。
 いえ、その温もりがあったから私は目を覚ましたのかしら。
 よく、わからない。

「ね、姉さん」
 頭がぼんやりしたままで、誰かに声をかけられたことに気付くのに時間が掛かった。
「よかった、目を覚ましたんだ、姉さん……」
 私の手を握っていたのは、私の弟だった。
 妹と一緒に行方不明になっていたはずの。
 言いたいことはたくさんあった。
 けれど、何を言いたかったのか、今は思い出せない。
 七……いえ、八ぐらいかしら。弟に言いたかったこと。
 数は数えていたけど、内容までは思い出せないわ。

 ところで、私は生きているのね。
 てっきり死ぬのかと思っていたわ。――死ぬつもりだったんだから。
 とにかく高いところへ。
 天まで届きそうな高い場所へ移動して、そして飛び降りた。
 自殺するために。
 お父さんのいるところへ逝くために。

 頭の中に空きがいっぱいあって、考えがまとまらない。
 どれぐらい私は眠っていたんだろう。
「もう目を覚まさないのかと思ってたよ」
「……そう」
「姉さん、一ヶ月近く眠りっぱなしだったんだから」
「あら、そんなに……」
 どうりで頭がぼうっとするわけだわ。
 というか、まだ眠りたい気分。
 眠りすぎると余計に眠くなるっていうけど、なるほど、こういうことなのね。

 微睡みながら、弟の顔を見つめてみる。
 ――あら、なんだか大人びて見える。
 久しぶりに見たからじゃないけど、どこかが変わったわけじゃないけど、違う。
 ああ、そうそう。
「そうだったわ。妹」
「え、何?」
「妹とあなた、セックスしてたんだった。
 同級生の女の子は、エッチとか言う、あれ」
 弟がびっくりしてた。
「……ごめん、姉さん」

 脈絡もなしに、弟が謝った。
 謝る理由がわかんない。
 なんだか、すっごく、可笑しい。おかしくって、耐えられない。 



109 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 04:51:14 ID:4B4bPZJ5

「あは、あははははっ、あっはははははははははは!」
「姉さん? 大丈夫、姉さん!」
 おかしいわ。笑わずにいられるもんですか。
 謝るってことは何? 反省しているって言いたいの? アピール?
「はは、あっはははは……おっっかしいの! ない、ナイ、無いわ!」
 ねえ――弟?
 格好良くて、いつだって優しくて、頭が良くて、人気者で、良い子の、私の弟。
 謝って済むとでも思ったわけ?
 謝ればどんなことをやっても許されると思った?
 謝れば、たくさん謝れば、謝り疲れれば、あなたは許されるの?
 私は許さない。
 あなたと妹がしたこと、家族がバラバラになった原因を作ったこと、私の気持ちを裏切ったこと。
 
 私を犯せばよかったんじゃない?
 妹のカラダじゃなくて、私のカラダを。
 欲求不満が募ってあんなことになったんなら、私に相談すればよかったのよ。
 妹よりお姉ちゃんのおっぱいの方が大きいって、知ってるでしょ。
 私はお姉ちゃんだもの。
 あなたに甘えられようが、貫かれて処女を奪われようが、変態みたいなことされようが、許してあげる。
 お姉ちゃんはね、初めてをあなたに捧げてもいいぐらい、夜通しあなたに犯されたって平気なぐらい、あなたを愛してるのよ。
 妹も馬鹿よねえ。
 姉妹愛が欲しいんなら、私がたっぷり可愛がって、愛で身も心も満たしてあげたのに。

 そうよ。
 あなたたち二人が馬鹿だったから、こんなことになってしまったのよ。
 弟が悪い。妹も悪い。
 二人とも悪い子。お姉ちゃんの気持ちを裏切った共犯者。
「今ナースさん呼んだから! すぐに治してもらうから、しっかり!」 
 優しいのねえ。
 こんなことを考えている私の身まで心配してくれるなんて。

 ――でも、とっくに時間切れ。

 これから、壊してあげる。
 あなたの幸せを壊してあげる。
 絶対に幸せになんてさせないわ。
 お父さん、お母さん、私。みんな悲しんだ。不幸になった。
 家族なのに、同じ目に遭わないなんて――可哀想だから、ね。



110 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 04:53:01 ID:4B4bPZJ5
*****

 まあまあ、落ち着いて。
 たしかに澄子ちゃんと藍川の目から見れば俺が玲子ちゃんにひどい悪戯をしているように見えたかもしれない。
 信じて欲しい。俺は理由があってあんな行動をとっていたんだ。
 うちの妹が前例なんだ。
 妹が弟にべったりひっつきだし、俺を嫌うようになったのは、俺も一枚噛んでいるある事件からなんだ。
 その事件は語り出したら長くなりそうだからここでは言わない。
 玲子ちゃんの件とは全然関係ないから。
 ここで俺が言いたいのは、だ。
 小さい女の子がその行動と性格を変えるには、なにかきっかけがあるということなんだ。
 妹の場合は、俺が中学校にあがったことがそれにあたる。
 澄子ちゃんなら知っているだろうけど、俺には弟と妹がいる。
 弟の方は一つ下、妹の方は二つ下だ。
 すると、俺が中学校にあがると自動的に弟と妹は小学校六年生と五年生になる。
 小学校の登下校は二人で一緒にするようになった。
 夏になる頃には、妹はほとんど俺と口をきかなり、家でも俺との関わりを絶つようになっていた。
 妹の性格が今のようになったのもそれからだ。
 可愛くないだろ? さすがに露骨すぎるだろう。仮にも兄に対して。
 もちろん仮じゃないさ。俺と妹は、両親が同じ人間だから。
 話がちょっと長くなったけど、つまり、俺が玲子ちゃんにあんなことを言ったのは、玲子ちゃんのためを思ってなんだ。
 服装が変わっただけで性格が変わるなんて、一種の精神的な病みたいなものだろう?
 それを治してあげたいと思うのは、年上として当然じゃないか。
 なにかおかしいかい? 俺が言っていること。

 ――と、いい感じの台詞がすらすらと思い浮かんだのは、目隠しをされて猿ぐつわを噛まされて椅子に縛りつけられて、
ぐったりと疲れ果てた状態になってから、ようやくのことであった。
 てっきり取り調べ、もしくは裁判じみた尋問が行われるかと思っていた。
 しかし、伯母の病室に入った俺を待っていたのは、問答無用の身柄取り押さえであった。
 首を振って意志を伝えるしかできない俺に対して、澄子ちゃんは無慈悲にも拷問を開始した。
 自由な左手のツボを、ペンを使って刺激しだしたのだ。
 ここは心臓です、ここを刺激したら肺に、生殖器のツボってこの辺なんですよー、とか解説しながら、
左手を貫けそうなぐらいの強さで刺し続けてきた。
 甘く見ていた。ツボを刺激する程度ならと高をくくっていた。
 まさか手だけでほぼ全身のツボを刺激することができるなんて。
 猿ぐつわが無かったら、俺のみっともない悲鳴が同じ階の病室すべてに響き渡っていただろう。

 反省しました。
 自分の考えがどうあれ、他人から見ればあの言動は変態そのものであると理解しました。
 こんなに痛いのなら、苦しいのなら、もう玲子ちゃんに悪戯なんかしないよ。



111 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 04:55:07 ID:4B4bPZJ5
 しばらくして、藍川が俺を解放してくれた。ただし、猿ぐつわと目隠しのみ。
 両手と両足と腰はパイプ椅子と繋がったままである。
「反省したかい、ジミー君」
「……したとも。ああ、しまくったとも。
 俺、ここまでされるほどしたんだな。悪かったよ」
「私に謝ってもらっても困るな。許す、許さないは私が決める事じゃない。
 玲子が決めることだろう。謝るなら玲子にするべきだ」
「ああ、そうだな……」
 椅子に縛り付けられたまま、玲子ちゃんの方を見る。
 ベッドの上で、伯母の腕にしがみつきながら必死に笑いを噛み殺していた。
「ごめんな、玲子ちゃん」
「……ぷっ、くふふふふ、ぷぷぷぷぷ……。
 い、いや、も……いいから…………ぷふっ!」
「そんなに可笑しいかい、今の俺は」
 返事はなかった。
 しかし堰が切れたように大きな声で笑い出したことからして、腹がよじれるくらい面白く見えているらしかった。

 病室の窓側を見る。
 澄子ちゃんはそこで手持ちぶさたにペンをくるくると回していた。
「澄子ちゃん、聞いての通りだ。
 もういいから、ってことなんで、この拘束を解いてくれないかな」
「あれあれ、何か忘れてやしませんか?
 玲子ちゃんと京子には謝って、アタシには無しですか?
 それじゃあ、拘束を解く訳にはいきません」
「……ごめん、澄子ちゃん」
「それで? どうして欲しいんですか?」
「この縄を解いて欲しいと思ってるんだけど、駄目かな」
「ダメですよ」
 ホワイ?
 あれだけツボを刺激しても、まだ気が済まないのか? そこまで怒らせてしまったのだろうか。
「まあ、さっきの変態行動についてはいいです。今は反省しているみたいなので。
 言っておきますけど、今の先輩にだけですからね。
 罰を受けた後なら誰だって大人しくしてます。
 後日、先輩がまたしても変態行動にでたときは」
「でたときは?」
「もう一度、あの体育館でお話しましょうかね。今度は情け無用で」
 ……ちょう、怖い。



112 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 04:56:59 ID:4B4bPZJ5

「まあ、今は先輩に対して怒っているわけじゃないんですよ。
 解いてあげてもいいかなー、ってぐらいにはなってます」
「ほ、ほんとに?」
「と言っても、たまにはです」
「たまに、って!」
 たまに解くって、もう一度結び治すってことじゃないの?
「あの、すでに手とか足とか痺れてきてるから、勘弁して欲しいんだけど」
「大丈夫ですよ、たぶん。先輩ならやればできます」
「妙な信頼しないでくれ!」
「そんなことより、先輩を解放しない理由について」
 突然話を進め出す澄子ちゃん。
 そういう話の仕方って、明らかに優位に立っている人間しかできないよな。

「ちょっと先輩にお聞きしたいことがいくつかあるんですよ」
 ああ、そういうこと。
 俺が嘘をつけないように、拘束したままで話をしようってか。
 あれ。最後に澄子ちゃんと話をした時も俺はこんな状態だったような。
 体育館の地下か、病室かの違いはあるけども、拘束されてるのは同じだ。
 この子はフェアな状態で俺と話をする気はないのか。
「えー、まず……先輩はなんで右腕を怪我してるんですか?
 金髪の悪魔にでも出会いましたか? それとも喧嘩でもしましたか?」
「……前者だよ」
「へえ……ふうん。そうなると、あいつが邪魔しに来た理由も……なるほど」
 澄子ちゃんがちらりと横を見る。
 視線の先には玲子ちゃんと、伯母が居た。
「先輩はオオカミを部屋に入れてしまい、命の代わりにオオカミの知りたいことを教えてしまったわけですね」
 年齢制限にひっかかることを心配したのか、言葉をオブラートに包んでいた。
 オブラートに包まないで言うと、『先輩は葵紋花火に詰め寄られて腕を折られ、命が惜しくて奴の知りたいことを教えてしまったんですね』となる。
 先日の弟誘拐事件で、花火は犯人をずっと捜していた。
 そう、犯人は澄子ちゃんである。
 そのことを花火に教えたのは、俺だ。
 弟救出の役目を花火に託すために。妹をこれ以上傷つけないために。

「ありがとう……って言っておくよ」
 9歳児の教育に配慮してくれて。
「でもちょっと違うな。この怪我はオオカミとは直接の関係、無いよ」
「そうですか。それなら興味ありません」
「助かるよ」
 ベッドの下敷きになって腕が折れたなんて、恥ずかしくて言えないからな。



113 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 04:58:38 ID:4B4bPZJ5

「次の質問です。先輩の弟さん……と、葵紋花火。
 この二人が今どうしてるのか聞きたいんですけど」
「……いいのか? 包み隠さず、本当のこと言って」
「もちろん。というか、包み隠したりしたらどうなるか、言わなくてもわかりますよね?」
「オーケー。嘘含有率ゼロパーセントで」
 逃げられないもんな、この状態。
 俺だってまだ命が惜しい。こんなところで危険にさらされるなんて御免だ。

「ではまず、二人の親密度について、どうぞ」
「あの一件からこっち、さらに仲良くなってるよ。
 弟の登校を花火が正門前で待ってたりとか、してる。
 それ以外の具体的なことは知らない。聞いてないから」
「……ふうん。そうなんですか。
 では次。葵紋花火の状態について教えてください」
「状態って、たとえばどんな?」
「あの女の様子に変わったところがあるでしょう。何か一つぐらい」
 変わったところ? 花火に?
 あった……か? 
 それこそ、弟とまた仲良くなったぐらいしかないんだが。
「先輩、もしかしてあの女……問題なく動き回ってるんですか」
「そうだけど、それが?」
 澄子ちゃんがため息を吐き出した。首がうなだれ、肩が落ちる。
「ホントに、葉月さんといい、葵紋といい……凡人の私には荷が勝ちすぎてますよ。
 あの女の弱点とか知りませんか、先輩」
「さあ? それこそ、弟ぐらいのもんじゃないか」
「ですよねえ。ああ、しんどい」
 実にめんどくさそうな顔を澄子ちゃんが浮かべた。
 それはまるで、プラモデルのデカールの段差を埋めるためにクリアスプレーを吹いてからペーパーで研ぎ出しをする作業中、
誤って300番のペーパーを使用してしまい、デカールごと削ってしまったときの俺の顔のようであった。
 あのミスで投げ出したスケールモデルがどれほど封印されてしまったことか。
 澄子ちゃんがどれほど気が滅入っているか、自分のことのようにわかる。



114 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 05:00:11 ID:4B4bPZJ5

「……もういいです、先輩」
 澄子ちゃんが壁から離れ、出口へ向けて歩き出した。
「私、帰ります。京子、あんたも帰るわよ」
「ジミー君の縄は解かないのか?」
「どうでもいいわよ、そんなこと」
 ついさっき義妹とか名乗っていた人間の台詞じゃないな。
 澄子ちゃんがもっと普通の女の子で、こんな暴言を吐いたとしたら、俺は弟との交際を認めないね。
「そうか? うーん、まあいいか」
「待て藍川! お前までそんなこと言うな!」
「ジミー君。私から君に言えることは一つだけだ。
 しばらくそのままで、自分の犯した罪の深さを知り、悔いるがいい」
「見捨てられてしまった……」
 そうか。藍川は玲子ちゃんのお姉さんみたいなものだもんな。
 妹のことなら、真剣に怒るのは当たり前だ。
 俺だって、道の往来で、妹に向かって「服を脱げ」とか言っている男を見たら、激怒しているに違いない。
 ……いっぱい反省しやがれ、俺。

「玲子、あなたも今日は藍川さんに送ってもらいなさい。とっくにお外は真っ暗よ」
 伯母の声だった。
 しかしそれは、俺のイメージの中にある伯母の声ではなかった。
 ただの優しい母親。それ以外の印象を覚えない。
「うー、今日は泊まっていく……」
「駄目よ。前もそれをやって、お医者さんに怒られちゃったでしょう?
 明日ならお医者さんもいいって言ってくれるはずだから、明日二人で一緒に寝ましょう?」
「うん……わかった」
 渋々といった感じに、玲子ちゃんがベッドから飛び降りる。
 その小さな背中にランドセルを背負い、俺の前にやってきた。
 脛を蹴ってきた。
「痛え!」
「こっちも……てりゃ!」
「アウチ!」
 このガキ、両足とも蹴ってきやがった!
「なにしやがる!」
「はんせいしろ! 自分のおかし……えと、たつみのおっかさんを知り、くいるがよい!」
 こ、こいつ……!
 今度会ったら全力でパンツの色を確かめてやるからな!



115 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 05:01:29 ID:4B4bPZJ5

 澄子ちゃん、藍川、玲子ちゃんの三人が立ち去り、後に残されたのは俺と伯母だけであった。
 伯母。父の姉であり、母の姉である。だから伯母。
 名前は冴子。
 今頃気付いたが、ついさっきまでいた女性は、全員名前が『子』で終わっている。
 統一感があって実に覚えやすい。
 担任教師の篤子女史も同じだ。例外は葉月さんと妹ぐらいか?
 伯母の名前なんかさっさと忘れたいのに。

「あの、ジミーさん。いえ――」
 伯母が俺の名前を呼ぶ。
 返事するか、無視するか。
 考えるのも馬鹿らしい。伯母に気遣う必要なんかない。
「なんですか」
「……ごめんなさい。あなたを、いいえ、あなたたち兄妹を傷つけてしまって、ごめんなさい」
 謝るなよ。
 そうやって、昔のことをほじくり返すことこそが、傷つける行為だっていうのに。

「あなたと会って、思い出したわ。自分がやってきたこと。
 あんな恐ろしいことをしていたのに、全て忘れてしまっていた。
 忘れて、自分は子供を産んで幸せを掴んで……私に母親の資格なんてないのに」
 あの頃を忘れていたのは俺と同じか。
 なるほど。伯母が病室にやってきた妹を見ても何も反応がなかったのはそういう理由か。
 忘れてんじゃねーよ、なんて俺が言えた義理じゃない。
 黙っていると、伯母は独白を続けた。
「考えていたわ。どうすれば、罪を償えるのか。
 お父さん――あなたにとってはお祖父さんの時は、罪を償えなかった。
 だから今回、同じことをしてもまた同じ結果が待っていると思っていた」
 なんで祖父の話をする?
 祖父はたしか、通り魔に遭い命を落としたのだと聞いている。
 関係、ないだろ?
 それとも、あんたが祖父を殺したっていうのか、伯母さん。

「誰にも知られずに罪を償っても、意味はない。
 でも今は、あなたがいる。私が傷つけた本人が目の前にいる」
「伯母さん、あんた何を言ってる」
「……あなたの前で死ねば、私の罪は償われる。
 だからこうして、あなたと二人きりになれるのを待ってた。
 よかった、あなたが動けないままで。
 私の最期をしっかり見てもらえる」
 ――死ぬつもりか、こいつ!
「おい、ふざけるな! 待て!」
「死んだらいけない人間と、死んでもいい人間と、死ななきゃ行けない人間。
 私は三番目の、死ななきゃ行けない人間なの。
 ……お父さんとお母さんに、言っておいてね。
 伯母さんは罪を償って死んだんだって」
「死ねなんて言ってないだろ!
 そりゃ昔の俺はあんたが殺したいほど憎くて、大嫌いだったさ!
 でも今のあんたが、あんたは――」
「玲子のことお願いね、ジミーさん」

 こいつ――――この、馬鹿がっ!



116 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 05:03:41 ID:4B4bPZJ5

 バン、という荒々しい音が響いてきたのは、まさに叫ぼうという時だった。
 振り返る。扉が開いていた。
 勢いよく扉を開けて、そこに立っていたのは、藍川だった。
「藍川、お前」
「……ジミー君が可哀想になった私は玲子の母、冴子さんの病室へ戻っていた。
 扉の前でノックをしようとしたら、中から話し声が聞こえてきた。
 悪いとは思っていたものの、黙っていればわからない、という悪魔の声に惑わされ、私は聞き耳を立てた」
 ……脳内モノローグを語り始めるとか、お前は俺か。
「全て聞いた後で闖入し、二人の説得を試みる役を演じるため、説得の手順を組み立てていた。
 しかし、そんな努力は、とある人物の名前が出てきたせいで、無駄に終わった。
 私は勢いよく扉を開けた。そこには、ジミー君と冴子さんがいた。
 もはや説得などする気分ではない。
 今の私に出来るのは、感情に任せて弁舌を振るうことだけである。
 それほどに、今の私は激怒しているのだ!」
 藍川が扉を閉め、鍵をかけた。
 伯母の方へ向かう藍川の眉間にはシワが寄り、怒りをわかりやすく表現していた。
 まあ、さっきのモノローグで怒っていることはわかってたけど。

 藍川登場のインパクトで俺の怒りは引いてしまった。
 俺の怒りが伝播したみたいに、藍川は伯母に怒りの矛先を向けている。
 藍川が、伯母の服の襟を締め上げる。
「京子ちゃん……」
「……許されようなんて考えるな。
 お前がやったことは、お前が死んだことぐらいでどうにかなるものじゃない。
 許さないし、忘れない。
 被害を受けた人間は、絶望を味わった人間は、もう元通りにはなれないんだよ!」
 藍川が怒っている。
 俺の代わりじゃなくて――自分のことみたいに。
 ここまで怒るなんて、もしかして藍川も昔に辛い目に遭ったことが?
「だから私は、死んで罪を償おうと」
「償いだって? 逃げの間違いじゃないのか?
 死んで元通りになるならそれもいいさ。
 でもそんなことは、あり得ない。絶対にあり得ない。
 私は、澄子みたいに甘くない。死刑になればいいなんて思わない。
 苦しんで、嫌になるぐらい苦しんで、絶望を味わって、寿命が尽きるまで苦しむ――そんな刑を望む。
 誰よりも苦しめ。それが贖罪だ」
「……苦しんだわよ」



117 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 05:05:38 ID:4B4bPZJ5

 伯母の目から、涙が流れていた。
 伯母に死ねと念じたことは何度もあったけど、泣けと念じたことは無い。
 鬼は泣かないもの。伯母は泣かない。
 目前に居るか、居ないか。どちらかでしか伯母の存在を捉えたことはない。
 けれど、伯母は泣いていた。
 藍川の腕にすがって泣いていた。
「苦しんできたわ! お父さんが死んだときもそう、今回だってそう!
 でも、私が苦しんだって、弟の子供は、妹の子供は! お父さんは!
 そんなこと知りもしないし、ざまあみろとも思ってくれないじゃない!
 私に罰を下してよ! ねえ、ねえ! 殺してちょうだいよお!
 恨みを晴らして! あなたが、私を苦しめて殺してちょうだい!」
 伯母の声は俺に向けられていた。
 俺は、何を言わなきゃいけない? 何を言いたい?
 かねてから、俺と関わらないでほしいとだけ思っていた。
 もうずっと昔のことで、俺は今の生活を乱したくない。
 伯母には俺に関わるな、と言いたい。
 ――そして、絶対に死なないでくれ、と言いたい。
 たった一人の女の子のために、伯母には生きて欲しい。
 でも、それを伝える言葉が咄嗟に出てこない。

 藍川が言葉を続ける。
 感情のこもらない、抑揚のない声で。
「お前は死ぬな。
 さっき、言ったな。自分は、死ななきゃ行けない人間だと。
 あんたはそうじゃない。死んだらいけない人間だよ。
 ……それも違うのかな。死ぬことの許されない人間、かな」
「そんなことない! 私は、死ななきゃいけな――」

 どんどんどん。
 後ろの扉が音を立てる。
「こらーっ! 開けろ―! お母さんに何するつもりだ、ジミー!
 お母さんのパンツまで見るなんて、ボクが許さないぞ!」
 鬼の子供が母親を助けにやってきた。
 子鬼は力強くて、扉はもう破壊されそう。
「玲子……どうして、来ちゃったの。どうして」
 泣いていた鬼は母の顔になる。
 突然の子鬼の乱入によって、母鬼は助かった。
「わかっただろう。あの子が――玲子がいる限り、あんたは死ぬことが許されない。
 誰よりも苦しめ。そして、玲子と共に生きろ。
 あんたにはそれが相応しいし、何よりも、お似合いだよ」
 母鬼は再び泣きはじめた。
 助かったのに、激しく泣き始めた。

 茶番である。とんだ茶番だ。
 でも、こんな茶番だからこそ、俺や伯母には相応しい。
 頭の悪い俺らには、これぐらいわかりやすくなければ理解も納得できないのだから。



118 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 05:08:25 ID:4B4bPZJ5

 玲子ちゃんが伯母を泣き止ませようとしたり、藍川が俺の拘束を解いたり、俺の脛が玲子ちゃんに蹴られたりして、
ようやく帰路につくことができた。
 澄子ちゃんは藍川を待っていられなかったのか、とっとと帰ってしまったようである。
 玲子ちゃんは今晩だけは病院にお願いして、宿泊させてもらうことにしたらしい。
 そんなわけで、帰り道は藍川とふたりきりということになった。
 交通手段は徒歩ではなく、藍川の車である。
 狭い車中に女の子と二人きり。
 しかしドキドキしたりはしない。
 藍川はモデラー仲間で、友達だ。それ以上の関係はない。
 ……というかこの女、色気ないんだよな。
 色気を殺している雰囲気さえ感じさせるぐらい、色気なし。

「悪かったな、藍川。本当は俺が言わなきゃいけないことだったのに」
「礼はいらないよ。私は自分の感情をぶちまけただけだから。
 むしろジミー君に謝らなければいけないとも思ってるよ」
「いいって。結果として肩の荷が下りたから。結果オーライだ」
 伯母は今後俺と関わることはないだろう。
 もし出会っても、過去の事件をほじくり返すような真似はすまい。
 俺の望んだ通りの結末だ。
「ところで藍川。お前澄子ちゃんと友達だったんだな」
「うん。昔色々あってね……その時の繋がりだよ。
 澄子とジミー君が繋がっているのには驚いた。
 澄子の好きな男がジミー君の弟だったことにはもっと驚いた。
 ジミー君の弟か。もしよければ今度会わせてくれるかな」
「いいぞ。別に減るもんじゃなし」

 小さな約束をしたり、例の白い奴はいつ完全変形のキットと化すのかという予想を語り合ううちに、我が家に到着した。
 藍川にお別れを言い、我が家の玄関を開けた時、とても安堵した。
「やっと、終わった……」
 この家で起こった辛い出来事は、忘れ去られる過去と化した。
 いや、ちょっと違うな。
 これでようやく、思い出になった。
 俺たち兄妹は忘れない。伯母も忘れない。
 記憶に刻みつけられたまま、あの事件は過去という箱の中に収まったのだ。
 今日の出来事のおかげで、成長したわけじゃない。
 ただの心の掃除だ。
 散らかってバラバラになっていたものが整理されただけ。

 でも、部屋は綺麗な方がいい。すっきりした気持ちになれる。
 心だって、そうに違いない。