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202 : ◆/JZvv6pDUV8b :2010/06/11(金) 13:12:23 ID:XfAuM+yJ
 朝。僕は深夜の宣言通り、警察署に向かうはずだった。
 僕の知るすべてを告白するために。
 集団頭痛事件の影に隠れてしまったけど、僕が立ち会ったあの事件も、市町間通行所襲撃事件として調査が行われている。
 僕は実際にそこにいたのだから、事件の参考人としては十分な人間だ。
 警察は僕の情報提供を断る理由がない。
 そう思い、警察署に向かうはずだっのに。

 明け方。僕は窓側からなるコツコツという音に目を覚まさせられた。
 薄めを開けてポケギアを見ると、まだ夜と言っても差し支えのない時間だ。
 窓の外からは薄紫色の光が差し込んでいる。
 何だろうと窓を見ていると、小石が窓ガラスに当たっていた。
 やどりさんは隣ですやすやと眠っている。
 僕のせいで疲労が溜まっていたんだろう。
 彼女には大怪我をさせてしまったのに、そこに鞭打つような真似をしてしまった。
 本当に申し訳ない。
 ポポはまだ治療中のはずだし、やどりさんは眠っているとなったらこれは一体なんだろう。
 悪戯だろうか。こんな朝早くに?
 ベッドを抜け出し、不用意に確認しにいったのがいけなかった。
 窓の外には誰も見えない。
 おかしいな、と思って窓を開け、身を乗り出した瞬間。
 僕は何かに引っ張られ、窓の外に放り出された。
 咄嗟に出そうになった叫び声を、口に入れられた何かで防がれる。
 地面に叩きつけられる、と慌てたが、僕の体は地面にぶつかる前に止まった。
 半ばパニックに陥り、全身を激しく動かすが、縄のようなものに絡め取られてすぐに身動きが取れなくなった。
「騒がないで!」
 やどりさんに気づいてもらおうと必死に呻き声を漏らそうとしていた僕の耳に、よく聞き覚えのある声が入ってきた。
 慌てて声のしたほうに顔を向ける。
 首は自由だったので向けることが出来た。
「ゴールド」
 僕の目の前には、数日振りにみる、ずっと会いたかった顔があった。
「んんんんん!?」
 名前を呼ぼうとしたけど、口には蔦が入っているのでそんな声しか出ない。
「しっ! 気づかれるとまずいわ。向こうで話しましょ」
 彼女はそう小声で言うと、縛りを解いて、僕の手を取った。
 その手を強く握り返し、立ち上がった。
 事情を聞くまでは、この手は離さない。
 彼女に引かれるままに、無言で歩くこと十分。
 僕はずっと話しかけたくてたまらなかったのだけれど、彼女の後姿はそれを許してくれなかった。
「ここなら大丈夫かしら」
 彼女はそう言って、とある公園のベンチに座った。
 僕も隣に並んで腰を降ろす。
 そしてようやく口を開いた。
「一体今まで何してたのさ、香草さん!」
 数日振りに呼ぶその名前。
 僕の目の前には、溌剌とした香草さんの姿があった。
 僕が最後に目にしたときと今の香草さんとでは、若干風貌が変わっていた。
 思い出される壮絶な記憶。
 アレだけやどりさんにボロボロにされたにも関わらず、今の香草さんには傷一つ見えない。
 衣服も新しいものになっていた。
 そして何より、彼女のトレードマークでもあった頭の上の葉っぱが無くなっていて、代わりというわけではないだろうけど、二本の触覚のようなものが頭から突き出している。
 首には花飾りがぴったりと巻かれていた。
 これは大怪我のせいではない……よね。
 進化したのだろうか。


203 :ぽけもん 黒  23話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/06/11(金) 13:13:11 ID:XfAuM+yJ
 一瞬間に色んなことが脳裏を駆け巡る。
 僕に話しかけられた途端、彼女は頬を染め、全身を震わせた。
「……っあ、ゴールドに名前呼んでもらうのも、久しぶりね」
 感極まった様子でそう答えた。
 彼女の表情はここ最近のものとはうってかわって、まるでつき物が落ちたかのように穏やか?だ。
 あれから数日、香草さんにいったい何があったんだ?
「香草さん、質問に答えてよ!」
 少し強めに発した僕の言葉に、彼女は溶けたような瞳を僕に向けた。
 彼女は全身から蔦を伸ばし、全身で僕に抱きついた。
「……はぁ、会いたかった。会いたかったよ、ゴールド」
 暖かく柔らかな感触が伝わり、鼻腔一杯甘い香りが広がるが、僕が抱いたのは悪寒だった。
 何だ!? この……何だ!?
 香草さんの様子が明らかにおかしい。
 いや、おかしいのかな。
 おかしいよな。うん、おかしい。おかしい。
 しかし内心でいくらそんなことをかみ締めてもしょうがない。
「か、香草さん!? 一体どうしたのさ! あれから何があったの?」
「……ぁあ、ゴールド、ゴールドゴールドゴールドぉ!!」
 しかし香草さんは感極まった様子でブルブル震えるばかりだ。
 振りほどこうにも、蔦は痛くは無く、しかしびくとも動かない絶妙な力加減で僕と香草さんを密着させている。
 朝の散歩だろうか、公園を通りかかったおばさんが、僕達を見て眉をひそめて足早に過ぎ去っていった。
 違うんです。これは多分そういうのじゃないんです。
 そんなことを分かってくれるはずも無く。
 そのまま僕が香草さんに何を呼びかけても答えてくれないのが数分続いただろうか。
 満足したのか、ようやく香草さんは僕から少し離れた。
「あ、あの、これは違うんだからね!」
 一体何と違うんでしょうか。
「その、これはゴールドのことが好きだからってわけじゃなくて、いや好きなんだけど、とにかくそういうわけじゃなくて……」
 ちょっと待ってください。今なんとおっしゃいました?
「……あーもう! 好き! 大好き! 毎秒毎分毎時間毎日毎月毎年ずっと会いたかった! 好き好き好き好き好き好き好き好き……っはぁ! ごーるどぉ!」
 いやあなた僕と会ってからそんなにたってませんよね?
 毎月毎年思うのは不可能ではないんですか?
 再び抱きついてくる彼女の前で、僕はただひたすら混乱していた。
 好き? 香草さんが? 僕のことを?
 これは何の冗談だろうか。
 彼女は重度の錯乱状態にでも陥っているのかな。
 いやでもこんな錯乱だったら大歓迎っていうか……
 ってそうじゃない!
「香草さん!」
「んー? なぁにぃ?」
 僕が言うと彼女は少し僕から離れ、僕と見つめあう形になった。
 微笑む彼女は、ちょっとびっくりするくらい可愛かった。
「あ、あの、一体どうしたの?」
「どうしたのって、どういうことー?」
 相変わらず彼女はにまにまとご機嫌だ。
「ど、どういうことって、変というか……」
 が、僕がそれを言ったことで彼女の様子は一変した。
「へ、へへへ変!? ど、どこが!? どこが変なの!?」
 彼女の顔から笑みと紅が消え、青ざめた顔で必死に僕に問いかける。
 両手で握られた僕の肩が瞬時に悲鳴を上げた。
「わ、私おかしい? おか、おかしくないよ、おかしくなんか……」
 ……おかしい。
「そういう意味じゃなくて、随分様子が変わったみたいだから!」
 肩の痛みを何とかごまかし、早口に言った。
「そ、な、私変わった?」
 まずい、また別の地雷を踏んだのだろうか。
「い、いやどうだろうか」
「あ、あのね! 私ね、自分の気持ちに素直になることにしたの」


204 :ぽけもん 黒  23話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/06/11(金) 13:13:58 ID:XfAuM+yJ
「素直に?」
「うん。……私、ゴールドのことが好きだったの」
 彼女はそう言いながら視線を少し僕から外し、恥ずかしげに、少し体をよじる。
「でも、恥ずかしくて、素直になれなくて、それであんなことになっちゃって……それで私決めたの。素直に自分の気持ち伝えようって!」
 そういう香草さんの顔は朗らかだけど、どこか違和感を覚える。何かよくないものを感じる。
 なんというか、突き抜けた明るさというか……越えてはいけない一線を越えてしまったような……いや、それは言いすぎか。
 でも、今の香草さんが自分に素直になった結果だとしたら。
「じゃ、じゃあ、僕のことを好きっていうのは本当なの?」
 香草さんの顔が一瞬で真っ赤になった。
「あ、あああのね、その……うん、好き。私、ゴールドのことが好き! すきなの! ゴールドと離れたくない。いっしょにいたい。……ダメ、かな」
 信じられなかった。
 まさか香草さんから告白されるだなんて。
「ダ、ダメジャナイ! ダメジャナイヨ!」
「本当に?」
「うん、僕も香草さんのことが前から気になってて……僕でよければ、僕と付き合ってください」
 言った瞬間、香草さんの双眸に涙が溢れた。
 顔を真っ赤にして、両手を口に当てている。
「夢じゃないよね。夢じゃないよね、ゴールド」
 そういわれると急に夢のように思えてきた。
「う……ん夢じゃないと思う」
「ゴールド、私信じていいんだよね? 嘘じゃないんだよね?」
 これには自信を持って答えられる。
「うん。嘘じゃない。僕は香草さんのことが好きだ」
「ごーるどぉ!」
 再び抱きつかれた。
 時々しゃくりあげる音で、彼女が泣いているのが分かる。
「ずっと不安だった。ゴールドは私のこと好きでもなんでも無いんじゃないかって。……ううん、ゴールドは私のこと、嫌いなんじゃないかって」
「そ、そんなわけ……」
「だって、私、今までゴールドに随分酷いことしてきたもん。嫌われても文句言えないようなこと……ああゴールド、本当に嘘じゃないのよね?」
「香草さん」
 僕はそう言って彼女から少し離れた。
「ゴールド?」
 瞳を滲ませ、不安げに僕を見る彼女の桜色の唇に、僕は口付けた。
 香草さんの唇は温かくて、とても柔らかくて、目をつぶっていても、彼女が慌てているのが伝わってくる。
 ほんの一瞬か、それとも数秒の間か。
 分からないけど、とにかく、僕にとっては長大に感じられる口付けをやめ、少し退いて彼女を見る。
 彼女は目を大きく見開いて、顔を真っ赤にしていた。
「これが僕の気持ちだよ」
 努めて平静を装いそう言ったが、内心は僕もかなり照れて、自ら行った行為にも関わらず、軽く混乱していた。
 顔が熱い。胸の鼓動が頭の中までガンガン響く。
 少し離れたことで、むしろ彼女と抱き合っているという事実がまざまざと実感させられ、余計恥ずかしくなってくる。
 少しの間、彼女はそのまま固まっていた。
 が、はひゅ、という空気の漏れるような音を発した。
 同時に、全身の力が抜け、崩れ落ちそうになるのを、僕は咄嗟に支える。
 蔦が緩み、拘束が解かれ、抱きしめられるのは終わったけど、今度は逆に僕が抱きしめ返している。
「香草さん!?」
「ひゃあぁ……ごぉるどぉ……」
 僕の問いかけに、彼女は寝言のような力の無い声で答える。
 いや、多分これは僕の声に答えたんじゃないだろう。
 彼女の正気はここではないどこかを遊泳中のようだ。
 もしかして僕のキスが原因なのだろうか。
 僕も相当に緊張したけど、それでもここまでじゃない。
 なんだかこっちまで恥ずかしさが増してくる。
 結局、彼女が正気を取り戻すまで数分かかった。
「……ぁ……ゴールド……」
 彼女は僕の腕の中でまた呆けたような声を上げたと思うと、急に僕を突き飛ばして起き上がった。
「うわぁ!」
 不意を突かれた僕はそのままベンチから落ち、体を打った。


205 :ぽけもん 黒  23話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/06/11(金) 13:18:21 ID:XfAuM+yJ
 彼女は起き上がったまま暫し呆然としていた。
 僕は地面に倒れたままそんな彼女を呆然と見ていた。
「……あ、ご、ゴールド、あの、これは違、違うの! 不可抗力っていうか……」
「大丈夫、分かってるよ」
 彼女が慌てて弁明を始めると、僕は起き上がってそれを止めた。
「僕のほうこそ、ごめんね。急にキスなんてしちゃって。嫌だったかな」
「そ、ち、違、そんなわけ……ないじゃない! すごく嬉し、嬉しくなんか……嬉しくて、それで、あの、その……」
 彼女は一人でしどろもどろになっている。
 可愛いような、可笑しいような、少し怖いような。
「……もっとキスした、したい……べ、べべべ別にもっとゴールドとキスしたいとか、そういうんじゃ……な……い……わけでも……な、い……」
 しどろもどろ過ぎてもう何がなんだか分からなくなっている。
 素直になることにしたというけど、まだそれに慣れていない……のかな。
「あ! だからって軽い女だと思わないでよ! そ、その、私の唇は安くないんだからね! あ、でもキスはもっとして欲しいっていうか……」
 なんだかすごく微笑ましい気持ちになってきた。
 少し落ち着きを取り戻し、元の話題を思い出した。
「そうだ、それで、今まで何があったの? 教えてよ」
「……どうしてもキ、キスしたいっていうなら、させてあげなくも無いっていうか……って、え? な、何?」
 どうやらまたトリップしていたらしい。
 ちょっと呆れて、変な笑いが出る。
「あ、何笑ってんのよ! 私何かおかしなこと……もしかして、私とキスするの、いや、とか……」
「ち、違うよ! そうじゃなくて、僕が香草さんは今まで何してたのか聞いたのに、上の空だったのが可笑しかったから」


206 :ぽけもん 黒  23話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/06/11(金) 13:19:37 ID:XfAuM+yJ
「なんだ、そうよね、嫌なわけないわよね。だってゴールドは私のことがす、すっ、……なんだから……。そ、それで、私が何してたかだっけ? 私はあの糞女に……ちょっと戦略的撤退してから、当ても無く街をさまよってたの。
自分でも考えがまとまらなくて、どんな道を通ったかも覚えてないわ。なんだか全部が背景って感じで……それで、多分、どうしてこんなことになったのか考えてたの、私はゴールドのことが好きなのに、どうして……って。
それで、気がついたら男の人と女の人の二人組みがいて、それで二人して好き好き言い合ってたの。とても幸せそうで……よく見たらそ、それがわ、わた、私と、ゴールドで……それで、私も素直に好きって言えたら、幸せになれるのかなって……
ホントに幸せになれた。夢みたい……夢じゃないよね、ね、ゴールド。あ、それで、そんなことを考えていたら、気がついたら今度は真っ暗な道に、自分だけが立っていたの。
いつの間にかゴールドと私は消えてて、なんでこんなところにいるのかわからなくて、急に怖くなって、そしたら体中が急に痛くなって、血まみれて、寂しくて息がつまりそうで……何度もゴールドのことを呼んだの。
でも、私は一人のままで……それで私はようやく気づいた。私はゴールドのことが好きだって。あの胸の苦しさは好きが原因だったんだって。そしたら急におかしくなってきて。馬鹿なことだって笑ったわ。私、そのときまで自分の気持ちも分かってなかったの。
くだらない意地を張って、つまらない見得を張って……そうして残ったのはだあれもいない真っ暗な道に一人蹲るボロボロの私。悲しくて、可笑しくて、泣きながら笑ったわ。それで、決めたの。今度は、きっと素直になろうって。
正直に自分の気持ちをゴールドに伝えようって。こんな寂しい道に一人でいるなんて耐えられなかった。ゴールドがいなきゃ駄目だって。そう思った瞬間だったわ。目の前に光が見えたの。体が温かくて、気持ちよくて、気がついたら、体が楽になってた。
そして、道の先に光が見えたの。あれはゴールドだって。あの光の先にいるのはゴールドだって。私は確信した。そして、その光の方向に歩いたの。ただゴールドに会うことだけを考えて、ひたすらに歩いたわ。どんな道を通ったかなんて覚えてない。
私が覚えてるのはあの光と、あの光に辿りついたとき、どうするかっていう想像だけ。光に向かって歩きながら、何度も何度も考えて……気がついたらこの街にいて、それでふと自分の格好を見たらすごくボロボロでみすぼらしくて、
こんな姿を見せたらゴールドに幻滅されちゃうんじゃないかって怖くなって、新しい服を買って、ゴールドに会いに行こうと思ったの。でも、いざとなったらやっぱり怖くて……ポケモンセンターの裏でずっと震えてた。
でもやらなきゃって、やらなかったら一生私はこの暗い道で独りぼっちなんだって。あの部屋にゴールドがいるんだ、って。そこからはシミュレーションどおりに行動して、そしてゴールドに告白されて……ああ、ゴールドぉ、会いたかったよう」
 彼女はそれを一息に話し終えると、僕の胸に飛び込んだ。
 僕が彼女をしっかりと抱きとめたが、内心は複雑だった。
 夢みたいな話だ。
 彼女が僕を好きということに対してではなく、彼女が語った話の内容が。
 幻覚を見て、まるで夢遊病者のように振舞って、そして気がついたら僕のところに辿り付いていたなんて。
 行動もそうだけど、話の内容も夢を見ているような感じで、現実感に乏しい。
 しかし実際に彼女が目の前にいるという結果がここにある。
 僕は正規のルートからは大幅に外れていて、とても自然に会えるような場所にいなかったのにも関わらず。
 ちょっと気が変になりそうだ。
「あぁ、ゴールド、ゴールド」
 僕に体をこすり付ける香草さんから漂う甘い匂いが、僕の正気を繋いでいた。
 それで、一つおかしなことに気づいた。
「香草さん、そういえば一昨日、酷い頭痛がしなかった?」
 そうだ、彼女もあの頭痛を体験しているはずなんだ。だけど彼女の話には一言も出てこなかった。
「頭痛……?」
 香草さんは不安げな、不思議気な表情で答えた。
「うん。立ってもいられないくらいの本当に酷い頭痛。どうもポケモンは皆それを体感したみたいなんだけど……」
「ごめんなさい……分からない……」
 香草さんは本当に申し訳なさそうに答える。


207 :ぽけもん 黒  23話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/06/11(金) 13:20:36 ID:XfAuM+yJ
「すごく煩くなったのだったら……多分……分かるんだけど」
「うるさくなった?」
「う、うん。ポケモンセンターの裏で蹲ってたら、急に騒がしくなって……でも、酷い頭痛は無かった……と思う……」
 ……ちょっと待て、騒がしくなってって、それがもしかして例の頭痛騒動なんじゃないか。
 それだとおかしい。辻褄が合わない。
 僕がこの丁子町のポケモンセンターにたどり着いたのは多分一昨日の昼過ぎから夕方までの間だ。
 頭痛騒動が起こったのはどこでも同時と考えればここでも昼頃起こってた。
 同時じゃなくても、どの道僕がこの町に着く前にはこの町に騒動が起こってた。
 だとすると、僕を頼りにここにきたのは、僕がここに来る前ということになる。
 いない僕を目印にここにきた。
 ……まるで、僕がここに来ることを予知していたみたいに……。
 ますます頭がこんがらかってきた。
 同時に、気分が悪くなってくる。
 なんだこれは。
 そもそも、香草さんが僕を頼りにってところからおかしな話といえばおかしな話だ。
 だからこれは最初から荒唐無稽なただの偶然と片付けることもできる。
 でも、偶然にしては出来すぎていないだろうか。
 いや、出来すぎてるから偶然に思えないだけなのか?
「ご、ゴールド、どうしたの?」
 香草さんの呼びかけで思考の坩堝から現実に戻される。
「あ、ああ、ごめん。なんでもない」
 不安げに僕の顔を覗き込む彼女に、笑顔を作りながら答える。
 しかし僕の顔は引き攣って、それは笑顔とはとてもいえない歪んだものになっていただろう。
 それがますます香草さんの不安を煽った様だ。
「や、やっぱり、変、よね? 私気持ち悪いかな?」
「え?」
 呆気に取られる僕の前で、彼女の暴走はますます加速する。
「気持ち悪い、私、ゴールド、いや、私、わ、私おかしくないよね? 気持ち悪くないよね?」
 彼女自身、若干おかしいという自覚があるのだろう。それがますます彼女の平静を失わせる。
「い、いや、かな。ゴールド、嫌なのかな。変なのは嫌い……いや、いや! 嫌いにならないで! 嫌わないで! やだ、やだやだやだゴールドゴールドゴールド……」
 力なく垂れ下がっていた蔦が力を取り戻し、俊敏に全身に絡みついた。
 そのまま、彼女の息がかかるまでに引きよせられる。
「ゴー、ルド、私、だ、駄目なの、ゴールドがいないと、私、いや、いや、いや! た、ゴールド、いなくならないで! 私の傍にいて……いてよ!」
「ど、落ち着いて香草さん!」
「痛い、痛いの。寒くて暗くて寂しいの! ゴールドがいないと、わた、私生きていけない……だ、駄目、やだやだやだ、ご、ゴールド!」
 徐々に彼女の言葉は疑問から独白、そして嘆願へと変わっていく。
 痛々しいまでに彼女は僕を必要としている。
 支離滅裂な彼女の言行に、僕は恐怖を禁じえなかった。
 目の前にいるのがまるで得体の知れない化物で、全身をその化物に絡みつかれているような……
 同時に、目の前の少女が迷子になって一人泣いている童女のようにも見えてきて、童女の悲痛な叫び声がありありと鼓膜に響いてきて……
 咄嗟に、僕は全霊の力を込めて彼女に抱きついた。
 そして万魂を込めて彼女の耳元で怒鳴った。
「いなくならないよ! ずっと傍にいる! 僕は君を離したりしない! だから! だから大丈夫だ!」
 彼女は極寒の地に、着の身着のままで一人立たされたように、ブルブルと震えていた。
 そして、その振るえが急速に消えていくのが分かる。
 彼女の振るえは涙へと代わり、そのまま彼女は泣き崩れた。
 僕は、彼女の、攻撃を受け止めるにはあまりにも柔らかな肢体を、一人で荒野に立つにはあまりにも暖かな体を、ずっと力の限り強く抱きしめていた。


208 :ぽけもん 黒  23話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/06/11(金) 13:21:12 ID:XfAuM+yJ
「落ち着いた?」
 数十分後。
 僕に抱きついてしゃくりあげる香草さんに声をかける。
「うん……ありがと」
 声はまだ涙声だったけど、僕と会話が可能なんだから随分落ち着いたといえるだろう。
 ポケモンセンターを出たときにはまだ薄暗かったのに、辺りはもうすっかり明るくなっている。
 やどりさん、目が覚めてたら心配してるだろうな。
 昨日まで酷い状態で、これから半ば自首しようとしている人間が突然姿を消してるなんて。
 自暴自棄になって自殺……こんな想像をされても仕方ないだろう。
「じゃあ、ポケモンセンターに戻ろうか」
 やどりさんが香草さんにやったことを忘れたわけではない。
 だから二人を会わせることに不安はあった。
 でも、きっと、ちゃんと事情を説明すれば分かってもらえるはずだ。
 そう信じたい。
 もし駄目だったら、そのときは――
 腫れぼったい目をして、鼻を真っ赤にした香草さんがキョトンとこっちを見ている。
 ――そのときは、僕が彼女を守らなくちゃいけない。
 また香草さんをあんな目に会わせるわけにはいかない。
 香草さんよりはるかに弱い僕が彼女を守るなんて、滑稽に思えるかもしれないけどさ。
 僕は彼女に笑顔を向けると、彼女の手を引いて歩き出した。