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305 :森山家の青少年:2010/06/15(火) 01:34:30 ID:GLRNYcdj
「第一話」(少年編)


 兄曰く俺の家、森山家の家系の男衆は総じて女運が無いらしい。
 別に仲の良い異性がいないわけでもない。
 ただ、少なくとも曽祖父のあたりから女性に関してろくな事が無いそうだ。

 母は優しい。いつも笑顔を絶やさず、父と円満な家庭を作り上げている。
 ただし惚気かたが半端じゃない。
 5年前、俺が小5の頃、「母さんはどうして父さんと結婚したんだ?」と尋ねたことがあった。
 すると母は年齢に全く比例していない若々しい顔を赤らめて、当時の父さん争奪戦を語った。
 何人もライバルがいて、それでも愛の力で乗り越えた・・と語っていたが、遠巻きに見ていた父さんの苦々しげな表情が、内容を悪い印象に塗り替える。
 俺個人としては最初、恋愛ドラマを観るような感覚だったが、深入りするには覚悟が要ると知った。
 5時間くらい惚気続けて、やっとハッピーEND。俺は解放された。
 
 出て行くとき廊下ですれ違った6つ上の兄は苦笑交じりに「お疲れさん。」と言った。うん、疲れた。
 自分の部屋に戻ろうとしたら2つ上の兄と出くわした。「好奇心もほどほどに。」と言われた。うん、反省した。
 長男の賢一兄さんや、次男の宗司兄さんも、かつての父のように女性関係のトラブルで大変らしい。
 つまり女運は『有る』けど出会う女性と素直に幸せになれるか関しては『運が無い』。
 今では賢一兄さんは解決したっぽいけど宗司兄さんがなぁ・・・ずいぶんと内向的になっちゃったし。
 ここまでくるともう呪いなんじゃないかと思えてくる。
 俺はどうなんだろう・・・?
 「なんだ、私では不服かい?裕介君。」
 テーブル越しに向かい合った少女も例外ではなかった。
 「何か失礼なことを考えていないか?」
 「いや、そんな事はないですよ屋九嶋さん。」


306 :森山家の青少年:2010/06/15(火) 01:35:03 ID:GLRNYcdj
正面向かいの少女・屋九嶋(やくしま)は変わり者だった。
 男子の平均以上の身長、起伏に乏しすぎる体つきと男物の服装。
 整った顔立ちとダークブラウンのセミロングがなんとか女性であると認識させる。
 並んで立っても俺との身長差は僅かなもので、加えて成績優秀という羨ましい同級生だった。
 「さて、お兄さんたちは居ないのかな?」
 「賢一兄さんは研究室に泊り込み。宗司兄さんは・・・いつものとこだと思います。」
 「ご両親は?」
 「判ってると思うけど居ないですよ。海外に転勤なんてそう帰ってこられるものじゃないし。」
 両親は父の海外赴任とともに・・たしかアメリカに行った。帰ってくるのも基本的に正月くらいだ。
 言うまでもなく、母は付いて行った。よって当番制で家事が行われている。
 「そうかい、なら今夜は私たちで二人きりという事になるのかな。」
 「夜まで居座る気ですか?」
 「言ってみただけだよ。まぁ裕介君が望むと言うなら吝かではないけどね」
 「屋九嶋さんが言うと悪ふざけなのか判断がつきにくいね。あとそんな望みは持ちあわせてない」
 「それはさておき、夏休みもあと十数日。宿題の具合は?」
 「・・・・・・・・あ、飛行機雲。」
 「今日は珍しく曇りだよ。」
 「・・・・さて、一局始めますか。」
 「別にいいけど終わってないんじゃないかな?宿題」
 「さぁやろう。屋九嶋さんは六枚落で。」
 「自分から持ちかけといてハンデ要求するってのもどうかと思うけどね。」
 「いいじゃないですか、いつも圧勝してるんだから。」
 
 ドン!と音を立てて重苦しい将棋盤を置く。
 「じゃ裕介君が先攻で。」
 パチッと駒が小気味のいい音をたてる。2年前亡くなった祖父が遺した高級な盤と駒だ。
 でも祖父に勝てたこともないし、目の前の少女にも敗戦続きだ。無性に情けなく思えてくる。
 対局を始めて約10分。
 要求どおりに態々六枚落のハンデをとったのに屋九嶋の陣形は不落だった。
 部分的には崩せているのに本陣に近づけない。
 「ふふふ・・どうした裕介君。このままでは勝てないぞ?」
 得意げな面持ちで意地悪く現状を突きつけてくる。
 「うっ・・・何度やっても本陣が崩せない・・これが経験の差か!」
 「何度目だろうね?その台詞聞くの」
 透き通るような黒い瞳を細めて、口の端を僅かに吊り上げた。
 相手を弄んでいるような微笑で駒を動かし続けている。実際、弄ばれている戦況だったが。
 「う、今は負けてますが、俺は屋九嶋さんの戦術を観察していつか圧倒的勝利をしてやります!」
 「なら次は戦い方を変えてみるかな。」
 「なっ!?」


307 :森山家の青少年:2010/06/15(火) 01:36:14 ID:GLRNYcdj
その後、10局ほどやってみたが王手すらろくにできなかった。
 俺が完全に負けを認めたとき、屋九嶋は天使のような優しい微笑みを浮かべていた。

 「裕介君は意外と料理上手だねぇ。」
 「家庭環境が原因ですけどね。」
 「いやいや、理由はどうあれ料理ができるのは価値あることだよ。」
 6人がけのテーブルで向かい合って肉野菜炒めを食べている屋九嶋と俺。
 結局、夕食は食べてから帰ることになった。
 「そう聞くと屋九嶋さんは料理ができないように聞こえますが。」
 「できないね。」
 「臆面もなく即答しますね。そんなに酷いんですか?」
 「この間目玉焼き作ろうとしたら漆黒の固形物質ができた。」
 ようするに焦がしたのか。固形物質って・・・炭化?
 「今度ウチに来るときは料理教えますよ。」
 「将来は専業主夫になってしまいそうだね。」
 「ハハハ、それ以前にまず相手がいません。」
 軽く笑って返した。前例が多すぎる。酷い目に遭うくらいならそこまで求めるものではない。
 「なら私がなってあげようか?」
 「その台詞も何回目でしょうね。本気にしますよ?」
 「私は本気だよ?」
 「冗談です。・・・俺は誰とも交際する気はないですから。」
 そう言っても屋九嶋は気にした様子もなくハハハと笑ってた。
 屋九嶋は何気なく笑い合えるいい友人だ。だからこそ、俺なんかにかまわず良い男と付き合って欲しい。
 
 俺の母校たる地元の中学では、毎年一部の卒業生(俺も含む)と保護者が集まって黙祷する。
 かつて俺と付き合っていた女子生徒、鈴村が自殺した。
 俺と付き合って間もないことから、俺に容疑が向いた。
 容疑は晴れたが、自殺にしては状況が不自然すぎて捜査は一応細々と続く。
 しかし証拠どころか手がかりも皆無。遺書も無かった。事件は自殺ということで一応の決着。真相は闇の中。
 仲の良かった女子も、通り魔に襲われて全治3週間の重傷。もう一人、交通事故で全治1ヶ月。
 以来、卒業するまで女子と関わることは無かった。
 やっぱり俺も女運が無かった。
 『運が無かった』で済ます気はないが、そうとでも思い込まなければ罪悪感に潰れそうだ。
  
 屋九嶋が帰ったあと、憂いを流すように思い切りシャワーを浴びて、すぐに寝た。



309 :森山家の青少年:2010/06/15(火) 01:37:05 ID:GLRNYcdj
「兄貴、起きてよ」
 「ん~・・・もう少し寝さs・・ぐぼぁっ!?」
 いきなり腹部に鈍痛が走り、詰まった空気が口から吐き出される。
 「いてぇ・・・・和沙、いつ帰ってきた?」
 「ついさっき。ジョギングしてる山本さんと会ったよ。」
 朝帰りと誤解されそうな・・実際朝帰りなんだが・・事を言う活発そうな少女。
 俺の妹、つまりは末っ子の和沙である。
 兄弟は3人だが、正確には4人兄妹だ。実は腹違いの兄妹と知ったときは父を白い目で見たものだ。
 年齢差は1つで、逆算して中学3年。女子バスケットボール部所属のスポーツ少女だ。

 ちなみに山本さんとは近所で有名な超・健康爺さんだ。剣道6段との噂。

 「朝から兄を踏みつけるとは随分手荒な妹だ」
 「だって兄貴が起きないんだもん」
 「もっと双方被害のない起こし方はないのか?」
 「ない」
 「即答すんな!」
 和沙は愉快そうに笑う。屋九嶋とは対照的なライトブラウンのショートボブが、笑い声に合わせて小刻みに揺れていた。
 「じゃ、兄さんが朝飯作ってるみたいだから早く降りてきてね。」
 「あいよ」
 朝から元気な妹が出て行ったのを確認し、箪笥の引き出しをを開いた。
 夏のまだ淡い朝日を浴びながら着替える。小学生はまだラジオ体操に励んでいる時間帯だ。
 和沙は基本的に早起きで、毎朝俺を起こしに来る。
 登校時間の違いを配慮してほしいが、兄さんたちは早起きしても起こしてくれないので文句が言えない。
 和沙は生まれて間もなく両親が世を去っているので、実質ウチの両親が実の親と同義になっている。
 ただしまともにかまってやれたのは俺と母くらいのもので、兄二人と父には全く懐かなかった。
 そのせいか上の兄二人は「兄さん」と呼ばれ、俺だけ「兄貴」である。
 「おはよう、裕介。」
 いつも通りのあいさつだけど、宗司兄さんの声にはどことなく陰が差しているように思えた。
 「おはよう兄さん。元気ないみたいだけど大丈夫か?」
 「あぁ、疲れてるだけだ。心配しなくていい。」
 既に朝食を済ませていた宗司兄さんは壁に寄りかかるように自室へと帰っていった。
 


310 :森山家の青少年:2010/06/15(火) 01:37:58 ID:GLRNYcdj
朝食を手早く平らげ、一息つく。
 隣でやや遅れて完食した和沙が僅かに期待を含んだ瞳を向けてきた。
 「ん、どうした」
 「兄貴、今日は暇?」
 「・・・・暇・・だな。うん、今日は予定もないから暇だ。」
 「それじゃぁさ、買い物に付き合ってよ。」
 上目遣いに見つめられる。
 そんなふうに見つめられれば大抵の男子はオトせるだろ。俺じゃなくて「憧れの彼」とかに向けろよ。
 思わずため息が出る。
 「何買うんだ?」
 「夏服とマンガ」
 「友達と行けばいいだろ?」
 「兄貴がいい」 
 「俺じゃセンスなさすぎて駄目だろ。」
 「・・・・・・・」
 和沙は頬を膨らませてそっぽ向いてしまった。
 こうなると意地でも折れない。
 
 「で、いい加減疲れてきたんだが休ませてくれ。いや、休ませろ。」
 「ダメ~」
 結局買い物に付き合ったんだが、午前中かけて商店街をウィンドウショッピング。
 最寄のファミレスで昼食を済ませ、今度は商店街とは反対方向。
 住宅街のおよそ中央にあるデパートに来ている。
 妹は、
 「デートみたいだね♪」
 と、顔を少し赤らめながら言ったが兄妹ではデートとは言わない気もする。
 「黙ってくれ。とにかく休ませろ。」
 
 一刻も早く休息をとるべく店内に設けられた休憩用のベンチへと急ぐ。
 辿り着いたベンチには先客が居た。他のベンチは空いているので空いてる方へ腰掛ける。
 すると先客の女性はおもむろに辺りをキョロキョロと見渡す。
 すると一点でとまり、立ち上がった。
 軽やかな足取りで目の前を歩き去ってゆく・・と思ったら。思ったのに!思っていたのに!
 俺の目の前で立ち止まった女性は見知った顔だった。
 「奇遇ね。こんにちは裕介君。」
 月明かりのような笑顔を向けてくる。解りにくいが無理矢理にでもイメージしてくれ。
 「あ・・あぁ、こんにちは水瀬先輩。」
 「そんなに畏まらないでって言ったでしょ?」
 『畏まるな』要するに対等に接しろということらしい。
 「えっと・・水瀬さんは買い物ですか?」
 「ええ。明日は手作りのケーキでも作ろうかと思って。」
 「きっと誰が食べても大絶賛でしょうね。」
 思わず苦笑してしまう。
 水瀬先輩は人望の厚い人で、品行方正・文武両道・才色兼備・・・つまりは完璧超人だ。告白された回数は3桁に昇ると言われ、なんと悉くが撃沈したという。
 そんな先輩は料理の腕前も職人級らしい。・・食べたこと無いけど。
 「裕介君、そんな事言うと厭味にしか聞こえないよ?」
 「そんなつもりは無いんですけどね。」
 「なら裕介君のために作ってあげようか?」
 「遠慮します。それよりも好きな人にあげた方がいいですよ。水瀬さんにも好きな男子の一人くらいはいるでしょう?」
 「いるんだけどね。・・・全然振り向いてくれなくて。」
 この先輩が振り向かせられない男子がいるとは・・・世の中ってすごいね。
 本気でそう思った。この時は。



311 :森山家の青少年:2010/06/15(火) 01:38:29 ID:GLRNYcdj
「兄貴、その人誰?」
 声に振り向くと何時の間に来たのか、和沙がいた。
 「あぁ、この人は水瀬香奈子さんといって、顔見知りの先輩なんだ。」
 「だからなんなの?その人」
 和沙は何故か敵意を剥き出しで詰めるように問う。
 「おい、初対面で失礼だろ。」
 「いいのよ裕介君。じゃ、そろそろ失礼するね」
 そう言って水瀬先輩は去っていった。
 「兄貴、あの人は何なの?」
 「顔見知りの先輩で、学校で一番人気の高い女子。それだけ」
 「そう、ならいい。」
 「・・・なぁ和沙、お前いつも初対面の人にあんな態度なのか?」
 「違うわよ・・・・・」
 「何か言った?」
 「なんでもない。」
 否定の意は解ったがその後に続いた言葉は聞き取れなかった。
 まぁとりあえず空耳ってことで納得する。
 
 家に帰ってからも和沙は微妙に不機嫌だった。