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16 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/27(日) 20:03:21 ID:5P1OH2qA
*****

 俺の家には4人が同時に暮らしている。そして、一人を除いて他の全員が何かしらおかしい。

 まず、考え方や行動が最もおかしいと言える人物を挙げるなら、両親だ。
 両親のどちらがよりおかしいかというと、どんぐりの背比べみたいな感じで断じにくい。
 両親のおかしいところ。
 二人は血の繋がった兄妹なのに、近親相姦し、俺ら兄妹を生み、育てた。
 戸籍謄本までは確認していないが、両親を育てた祖母が言うのだから、間違いないだろう。
 兄妹で子供を作った時点でどっちも犯罪レベルのおかしさだ。
 それでもあえて順をつけるなら、おかしい順に、母親、父親となる。
 理由はまあ、いろいろある。
 夜中にトイレへ行こうとして起きると、両親の部屋から母の嬌声が聞こえてくるとか。
 父が社員旅行で撮影してきた写真が、現像した翌日には女性の顔だけマジックペンで黒く塗りつぶされているとか。
 父の帰りが遅くなった夜、携帯電話に向かって独り言を言う母が玄関に座り込んでいるとか。
 そういうわけで、俺の目には母が最も変人として映っている。
 次が、変人の母に対して臆面もなく「好きだよ」と言ってのける父だ。

 そして、次に来るのは、俺になる。

 嘘ではない。両親のどちらに聞いても、弟に聞いても、妹に聞いても――心の中で、そう言うだろう。
 自分が過去にやったことは覚えている。
 後悔はしていないけれど、行動の結果、俺が人を傷つけたのは確かなのだ。
 妹を守るため。弟を守るため。誰の手も借りず、凶器を手にとり、憎い相手に憎しみをぶつけた。
 その件について、俺が誰かから責められたことはない。
 身内の誰一人として、友人の誰一人として、俺を責めなかった。
 むしろ、両親からは謝られ、弟と妹からは感謝された。
 俺が傷つけた相手さえ、少しの年月を空けて謝ってきた。
 事の起こった場に居た友人、いや幼なじみは、俺の行動を誉め称えた。

 周囲の人間がそう言ってくれても、俺のやったことは無くならない。
 他人に全治数ヶ月の怪我を負わせたのは事実として残っている。
 家族の中で、三番目におかしい人間は間違いなく俺だ。

 唯一普通と言えるのは、俺の妹だけだ。
 過去から今まで、妹が他人に迷惑をかけたとか、異常行動をしたといったことはない。
 未だに俺に対して「私、将来絶対お兄ちゃんと結婚するんだからね!」と言うぐらい純粋なのだ。
 中学三年になってまでそんなことを言うなんて、うちの妹は本当に子供っぽい。
 体は年齢相応なのに中身が幼いままでは、兄としては妹の将来が心配でたまらない。
 まあ、子供っぽいからといって、両親や俺みたいにおかしいわけではない。
 今後もそのまま健全に育ってほしいと俺は願う。

 同居している家族四人で、テレビのニュースをBGMにしながら朝食をとる。
 日本人の出生率が低下したというニュースから話が発展し、伯母が昨日女の子を無事出産したと父から聞かされた。
 帰ってきたら女の子の名前を教えてもらうという小さな約束を父と交わし、食器を流し台へ持って行く。
 その後、自室で家から出る準備をしている最中、妹から話を振ってきた。
 初めての子供は男の子と女の子のどっちがいいか、というお題だった。
 一姫二太郎が同時に生まれたら賑やかで楽しいよな、とか思い付きで答えてみる。
 なにやら腕を組んで悩んでいる妹を後にして、玄関から表に出る。
 辟易するほどの夏の暑さも、朝のうちならまだ大人しい。

 ――さて、今日もあいつと一緒にやるとするかな。



17 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/27(日) 20:04:27 ID:5P1OH2qA
*****

 僕が住み慣れた家を出て、遠くの高校に通うことにしたのには理由がある。
 一言で言えば、夢を叶えるため。もうちょっと現実的に言えば、将来就きたい職業のためだ。
 スーツアクターと呼ばれる俳優。僕はその仕事に就きたいと考えている。

 スーツアクターは、ただアクションができればいい、という仕事じゃない。
 物語上に登場する人物を演じる俳優。彼らと同じレベルの演技力がなければ務まらない。
 だから、スーツアクターと言うより、アクション俳優と呼んだ方が正解に近い。
 友達や先生から将来就きたい仕事を聞かれたら、必ずそう説明している。
 そうすると、顔を出せる俳優一本の方が楽じゃないの、そっちの方が見てみたい、お願いだからそうしてくれ、と言う人が出てくる。
 でも僕は、ドラマや映画に出てくる登場人物になりたいんじゃない。
 特撮ヒーロー番組に出てくるヒーローや、モンスター役を演じたい。
 初めて魅せられてから今まで、ずっと憧れているアクション俳優になりたいんだ。
 高校の進学先を選ぶ時、兄さんに問われて、僕は初めて自分の夢を自覚した。

 僕は兄さんに感謝してる。
 進学先を選ぶ時に一番熱心に相談に乗ってくれたのは兄さんだった。
 僕が家を出ることに絶対反対の姿勢だった母さんを説得出来たのは、兄さんが味方をしてくれたからだ。
 昔から、兄さんには世話になりっぱなしだ。
 いくら感謝しても、しきれないと思っている。
 これまで受けた恩は、もはや返しきれないほど。
 僕にとって、兄さんはヒーローだ。
 兄さんみたいに強くなりたい。圧倒的な恐怖を相手に戦えるような人になりたい。
 僕と妹のために戦ってくれた時から、テレビの中のヒーローよりも、兄さんに強く憧れるようになった。
 もしかしたら僕は、兄さんみたいなヒーローを演じたいのかもしれない。



18 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/27(日) 20:06:32 ID:5P1OH2qA

「――って感じの理由かな。僕が剣道部と空手部の強い高校に入ったのは。
 ほら、ヒーローや怪人のスーツって通気性ものすごく悪いから、夏場は体力がないともたないし。
 その点、空手とか剣道は色々着て他人と試合するから、暑さにも慣れるし、動きも身につくし、一石二鳥。
 この町の高校はさ、県大会でも成績良くないって兄さんが言ってたし」
「……うるさい。勝ち逃げしといて」
 道場の隅っこで壁に背中を預けて座り、肩で息をしながら、ききちゃんはそう言った。
 ききちゃんと違う高校に通う理由を問われたから答えてみたけど、果たしてちゃんと聞いていたんだろうか。
 姿見の前に立ち、今朝の特撮番組で見た立ち姿の真似をしてみる。
 うーん、いまいち様にならない。やっぱり身長が欲しいな、あと十センチぐらい。
 まだ身長は伸びると思うけど、このまま止まったら、演じられる役が絞られそうな気がする。
 戦隊ものの女性隊員役とかね。

「あなた、ちょっと強くなりすぎ。私と差が開きすぎてるじゃない。
 私だってあれからいっぱい稽古してるのに、なんで私がこの様で、あなたがピンピンしてるのよ……」
「それはまあ、全国大会常連の空手部には練習相手が豊富だから。
 普段から近いレベルの人と試合してると、ついつい負けん気が出てきてさ。
 負けないようにしようとするから、練習のモチベーションも続くし」
「だからってあれはおかしいわよ!」
 ききちゃんが突然立ち上がり、僕の鼻先に指をつきつける。
「絶え間なく打ってるのに全部はらわれるとか、躱されるとか、おかしいでしょ、変でしょ!
 近距離で足刀が届かないとかおかしいでしょ、上段をしゃがんでかわすとか何よ!
 あなたの高校の空手部、一体どんな練習してるのよ!」
「近くの大学の空手部の人とマンツーマンで一時間組み手したり、とか。
 あ、月に二回ぐらい警察のベテランの人達の練習に混じったりもしてる。
 部活がない日は、僕は剣道の練習をたまにしてるけど――」
 今ではすっかり慣れてしまった空手部と剣道部の練習メニューを説明していく。
 実は一日に一回ぐらい練習中に倒れそうになることは黙っておく。
 水を無理矢理たらふく飲まされてから先生と組み手をしたときの失敗談をしようとしたら、ききちゃんが手を上げて静止した。
「もういいわ、ごめんなさい。そりゃ強くなるわよね。
 あなたがこの道場で稽古してた時よりハードだわ。
 やっぱりやってる人はやってるのね、それぐらいのことは」
「そうだね。ハードな練習してる人がみんな強いってわけじゃないけど、強い人はみんな厳しい練習をこなしてるよ。
 葉月先生の言うとおり。努力を積むことで真の強さは得られる、ってね」
「ええ。私もそう思う。その言葉は真理だわ。
 ……でも、どうしてでしょうね、疑いたくなってしまうのは」

 ききちゃんが、窓の向こうへ視線を向ける。
 今まで待っていたみたいに、蝉たちの大合唱が始まった。
 窓枠からは蒼穹と白い雲だけが見える。太陽は高い位置にあって、今は見えない。
 道場に差し込んでくる太陽の光は一つもない。

「お父さんが、もう居ないから、なのかしら」



19 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/27(日) 20:09:22 ID:5P1OH2qA

 ききちゃんが遠い目をしていたので、「葉月先生まだ生きてるでしょ」というツッコミを躊躇った。
 現在この道場内に居ない、という意味ならその台詞は正しいのだ。ききちゃんの言い方は紛らわしい。
 葉月先生は健在だ。今朝久しぶりに道場を訪ねていったところ、玄関で竹箒片手に掃除をしている先生に出会った。
 近況を話し合っていたところに、ききちゃんがやってきて、どういうわけか勝負を挑まれた。
 煙に巻いてもよかったのだけど、先生の手前、それは躊躇われた。
 結局、勝負の申し出を受けてしまい、道着に着替えて待つことになった。
 けれど現れたのはききちゃん一人で、先生は姿を見せなかった。
「先生は今どこに? 何か用事があったの?」
「うん。急な用事で知り合いから呼び出されたから、ちょっと出てくるって。
 帰りは遅くなるとも言ってたわね。残念ね、あなたも積もる話があったでしょうに」
「話をしたいっていうか、手合わせをしたかったな」
 そう。今日葉月道場に訪ねていったのは、先生と手合わせするためだった。
 空手部での三ヶ月の練習の成果を、先生相手に確かめてみたかった。
 三ヶ月程度で埋まるような実力差ではないから、勝てないことはわかりきっている。
 それでも、春までの自分より善戦できれば、成長したことを実感できる。
 強豪空手部の内側にいると、感覚がマヒして、自分の実力がわからなくなってしまうのだ。
「あなたは強くなってるわよ、さっきも言ったけど。三ヶ月前に比べて、明らかに。
 前は運が良かったり調子が良い時しか、私に勝てなかったでしょう」
「うん、まあ……そうなのかな」
「なによその反応。えーえー、どうせ私じゃあなたの相手は務まりませんよ-、ふん」
「いや、拗ねないでよ。そういうつもりじゃないんだから。
 ききちゃんと久しぶりに試合できてよかったって思ってるよ、僕」
「……ふうん、そう」

 二人して道着から普段着に着替えて、ききちゃんの家にお邪魔することになった。
 すると、ききちゃんのお母さんが昼食を準備して待っていた。僕の分まで用意されていた。
 御膳立てされて断るわけにはいかず、昼食をいただくことにした。
 食卓を囲むのは、ききちゃん、ききちゃんのお母さん、僕の三人。
 運動後の渇いた喉に、麦茶と冷やしそうめんはありがたい。
「いただきます、おばさん」
「どうぞ召し上がれ。おかわりしたければ言ってね、あの人の分もあるから」
 はい、と返事してからそうめんを口に運ぶ。
 ううん。ただのそうめんなのに、どうして母さんが作るそうめんより美味しいんだろう。
 久しぶりにおばさんの料理を食べたから、美味しさが増している気がする。
 ついつい箸が進み、おかわりまでしてしまった。
 おばさんの料理をいつも食べられるなんて羨ましい、とききちゃんに話すと、こんな返答があった。
「私の家の味が好きなんだったら、うちにずっと住んでいればいいのよ」
「そうねえ。いっそのこと、うちの子になってみない? 娘をお嫁さんにもらってちょうだい」
「ちょっと、お母さん!? べ、別にそう言う意味で言ったんじゃないって!」
 じゃあどういう意味で言ったんだろうか。
 夏だからききちゃんは薄着を来ている。
 久しぶりに会ったせいか、その服装のせいか、より身体が成長したように見える。
 加えて、さっきのききちゃんの台詞。
 もしかしたら誘われているんじゃないか、なんて邪な考えを持ってしまう。
 でも、きっとききちゃんみたいに可愛い女の子には彼氏がいるだろうと思ったので、その場は苦笑してごまかすことにした。



20 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/27(日) 20:10:57 ID:5P1OH2qA

 また明日も道場にお邪魔することを約束してから、葉月家を後にする。
 僕は今日から一週間ほど、この町で過ごす。
 空手部の練習は、先生達がお盆休みで帰郷するため、それに合わせて休止する。
 自主練習することまでは禁じられていないけど、僕はせっかくなので実家に帰ることにした。
 高校入学してから今まで、一度も実家に帰っていなかったからだ。
 平日は練習があるし、休日は体力回復と一週間分の授業の内容を復習したりで、帰る余裕ができなかった。
 本音を言うと、月に一度ぐらいはこの町に帰ってきたい。
 理由は簡単だ。
 家族の身が心配なのだ。特に、兄さんの安否が。
 僕が特別に心配性なわけではない。でも、ここまで心配しているのはおそらく僕だけだろう。
 なぜならば。
 兄さんがどれだけモテているか、そして、兄さんが女の子の好意に気付かない鈍感だ、ということを知っているのが僕だけだからだ。

 兄さんは鈍いわけじゃない。むしろ、感性は鋭い方だ。
 しかし、自分に向けられている好意を受け取るアンテナだけは折れている。おそらく撤去済みだろう。
 それがいけないのだ。兄さんは女の子の好意に気付くことがない。
 そのくせに、相談してくる人間は誰であっても真剣に相手をする。
 結果として、相手からの好感度は右肩上がりなのに、兄さんの向ける好意がほぼ一定値のままというグラフが生まれる。
 せめて、グラフに描かれる棒が二本だけなら救いはある。
 春の時点では、僕が知っている限りで五本存在していた。
 少なくとも兄さんは四人の女の子から好かれ、それに気付いていない。
 もしかしたらだけど、僕の居ない間にまた違う女の子から好かれているかもしれない。
 そろそろ兄さんの鈍さに女の子が痺れを切らす頃じゃないだろうか。
 季節は夏だ。装いが薄着になるのと同じように、心の壁まで薄くなる。
 男も女も大胆になる季節。
 何かが起こる予感が、大挙して押し寄せてくる。



21 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/27(日) 20:12:56 ID:5P1OH2qA

 ききちゃんの家から僕の家までの道程。
 角を曲がったところで、自宅とは正反対の方向へ向かう兄さんの後ろ姿を見た。
 Tシャツとジーンズとスニーカーという、ラフな格好だった。
 兄さんはファッションに関してなんらかのこだわりを持っている人じゃない。
 兄さんのこだわりというと、趣味のプラモデル作りぐらいだったと思う。
 どれぐらい凝り性かというと、プラモデルをおもちゃと言い違えただけで、
口調を変えて「プラモデルは模型だ、ホビーだ」ということを相手に熱弁するぐらい。
 僕も説教されたことがある。本当にこの人は兄さんなのか、別人じゃないのか、と疑うほど変貌する。
 説教モードの兄さんを相手にして一歩も引かなかったのは、シンナーの匂いが嫌いな母さんぐらい。

 プラモデル作りを愛する兄さんは、バッグ片手にどこかへ向かっているようだった。
 昨年の行動パターンから予測すると、おそらく兄さんの行き先は女友達のところだろう。
 兄さんと同じぐらい、あるいは兄さん以上にプラモデル作りに情熱を注ぐ人、藍川京子さんの家のはずだ。

 僕の考えでは、兄さんから最も好かれている人は藍川さんだ。
 二人が知り合うきっかけは、当時中学一年生の兄さんと一年先輩の藍川さんが特別授業で同席したことらしい。
 兄さんが嬉々として「すっげえ先輩と会ったぞ!」と口にする姿が思い出される。
 二人はそれからの付き合いだから、もう四年ぐらい付き合っていることになる。
 付き合っているとは言っても、兄さんは親友程度にしか思っていないはずだ。
 反対に藍川さんは、どうにかして兄さんと恋人同士になりたいようだけど。
 事実上の恋人みたいなものなんだけどねえ、兄さんと藍川さん。
 しょっちゅう藍川さんと二人きりで買い物に出かけるし、一ヶ月に一回は必ずどちらかの家に泊まってるし。
 でも、泊まってすることというと、色気のあることじゃなくて、プラモデルに色を塗ることだけ。
 下着姿で誘惑すればさすがの兄さんも理性に負けると思うから、そうすればいいのに。
 このままのペースでいくと、兄さんと藍川さんは結婚して夫婦になるんじゃないかな。
 それはそれで見てみたい気もする。
 もっとも、そうなるには藍川さんの敵が減る、もしくは敵が何のアクションも起こさない必要があるため、実現するかは未知数。
 藍川さんの敵、つまり兄さんに好意を抱く人は、いつだって兄さんの周囲にいる。

 今だって――ほら。
 自動販売機や塀を壁にして兄さんを尾行している女の子がいる。
 僕にはバレバレな尾行だけど、肝心の兄さんにはバレていないから、あの子にとってはこれでいいのだろう。



22 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/27(日) 20:15:47 ID:5P1OH2qA

「木之内さん、こんにちは」
「ぅひっ!?」
 近づいて後ろから声をかけてみた。
 悲鳴を上げても咄嗟に逃げないのは、一応尾行中だという意識があったからなのか。
 木之内さんが振り向いて、怪訝な顔で僕の足下から頭まで観察してきた。
「……あ、も、もしかして、弟さん、ですか?」
「そうだよ。木之内さんは兄さんに何か用?」
「い、いえ、用はあるというか、でも、何ていうか」
「見てるだけじゃ、兄さんは木之内さんには気付かないと思うよ。
 何か用があるなら、兄さん、呼んでこようか?」
「えぇっ! だ、駄目です! まだ心の、心の準備が出来てないので!
 い、いきなり告白されても困りますから! 
 いえ、告白されるのは全然問題無いんですけど、今日はまだ駄目です! ひ、日が良くありません!」
「え……?」
 兄さんを呼んできて、どうして木之内さんが告白されるんだ?
 因果関係がわからない。それとも僕の知らない間に二人の関係が飛躍していたとでも?
 それはそれで構わないけど、進展してるならどうして木之内さんは尾行してるんだ?
 クエスチョンマークが浮かんだまま消えない。
 相変わらず言動が不審な女の子だ。
「と、とにかくいいですから。
 今日は偶然お兄さんを見かけて、ちょっとだけ観察したくなっただけですので」
「そう。まあ、そう言うならいいけど」
「そ、それじゃさようなら。ご、ごきげんよう」
 そう言うと、木之内さんは兄さんの進んだ道とは逆方向へ小走りで去っていった。

 彼女の名字は木之内。名前は……すみこ、だったかな。
 兄さんに好意を向けている女の子の一人で、兄さんを取り巻くハーレムの中では新メンバーに当たる。
 と言っても、もう一年以上は兄さんをああして追っかけているから、新メンバーと呼ぶのはふさわしくないかも。
 僕が知る限り、彼女の行動パターンは登下校中と休日の兄さんを追いかけるぐらい。
 そう、木之内さんは兄さんのストーカーをしている。
 実害がこれまで発生していないから、僕にはさっきみたいに追い払うしかできない。

 兄さんと木之内さんが知り合ったきっかけは、中学時代の兄さんの新聞配達のアルバイトで、木之内さんの家が配達先の一つだったこと。
 兄さんの説明では、木之内さんの家に新聞の集金に行ったら、木之内さんに新聞勧誘の男がしつこくつきまとっていたので追い払ったところ、
泣きながら何度も感謝されてしまった、ということだった。
 僕の考えでは、この説明には、一部に誤解が混じっている。
 木之内さんに新聞勧誘の男がしつこくつきまとっていた、という部分。
 たぶん、その男は、実は新聞勧誘の男ではない。
 ちょうど同じ時期に、この町にて婦女暴行未遂で逮捕された男。
 兄さんは木之内さんの家に集金に来た時、その男と邂逅したんじゃないか。
 木之内さんの視点では、兄さんは婦女暴行魔に襲われそうになっているところを助け出してくれたヒーローに見えているんじゃないか。
 そう考えると、木之内さんが兄さんに惚れてしまう理由に説明がつく。
 というか、恋の始まりとしては文句の付けようもないほど理想的だろう。
 犯罪の被害者になりそうになった人がストーカーになるっていうのはおかしいけど。

 ちなみに、兄さんのハーレムで好感度のランクをつければ、彼女は最下位に位置する。
 好感度を稼げているのかどうかも怪しい。
 たぶん兄さんは、木之内さんの顔の見覚えはあっても、なんらかの感情を覚えることはないはずだ。
 藍川さんや幼なじみみたいに一緒に遊んでいれば別だけど、木之内さんは兄さんに声をかけたりしない。
 そんなことで鈍感な兄さんが木之内さんを気にかけるなんてありえない。
 まあ、僕は兄さんじゃないから、絶対とは言えない。だけど、かなり的を射てるはずだ。
 今日兄さんが家に帰ってきたら、木之内さんのことを覚えているか聞いてみよう。



23 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/27(日) 20:18:39 ID:5P1OH2qA

 自宅。実に三ヶ月ぶりに帰ってきた。
 新生活の慌ただしさと、空手部の練習の密度のせいで、一年ぐらい家を空けていたような気になった。
 合い鍵を玄関の錠に差し込み、右に回す。
 あれ、手応えがない。鍵が開いてるから、妹か母さんが家にいるのかも。
 扉を開けると、屋内に閉じ込められた夏の熱気が肌を覆った。
 外にいるとき以上のペースで汗が噴き出してくる。
 クーラーを求め、靴を脱ぎ捨ててリビングへ飛び込む。
 ――ああ、涼しい。
 やっぱりこの家はこれがあるからいい。実家に帰ってきて良かった。
 学校の寮じゃクーラーを置いている部屋が食堂だけだもんなあ。

 風の当たる場所でシャツの胸元を広げたまま立ち尽くしていると、廊下の方から足音がした。
 妹あたりだろうと見当を付けて、リビングの扉を開ける。
「妹? 久しぶり、帰ってきたよ――」
「おかえり、アーニキーっ! 待ってたよーっ!」
 突然飛び出してきた黒い何かに反応できず、僕は声の主――幼なじみの女の子に押し倒された。
 幼なじみは僕の顔も確認せずに、胸元に頭をぐりぐりとこすりつけてくる。
 こいつ、もしかして僕と兄さんを勘違いしてる?
「ちょっと、こ、こら!」
「恥ずかしがるなってえ。アニキだって嬉しいんだろー? 私に抱きつかれてさー」
 嬉しいと言うか、それを通りこして幸せだ。
 特に相手の胸を押しつけられている部分。
 生地が薄いせいで柔らかさがダイレクトに伝わってくる。
 というか、柔らかすぎる。もしかして、これって――?
「ほれ、こうしちゃる、こうしちゃる」
 とか言いながら、より強く抱きついてくる。
 視線を下にずらし、幼なじみの胸元を観る。
 やっぱりそうだ。こいつ、ブラジャーしてない、ノーブラだ。
 白いシャツの中で双丘がひしめきあってる。
 こ、こぼれてポロリといっちゃうんじゃないのか、これ。
 でかいっていうのは知ってたけど、まさかここまでとは。谷間が深すぎだろ。
 ただの肉体の一部なのに、ちょっと近くで見ているだけなのに、どうしてここまでエロスを感じてしまうんだ。
「どーよ? いつも子供扱いするけど、私の身体はこんなに大人なんだよ?
 この間の測定結果聞きたい? 聞きたい? んー、どしよっかなー?」
 まずい。早くこいつを止めないと。
 僕の身体がやばい。下半身的な意味ではなく、もっと奥の、命に関わる部分で。
 今は暴走しっぱなしだからいいけど、もしも冷静になったら、こいつは僕の命を刈りかねない。
「アニキが私の言うこと聞くって言うなら、教えてあげてもいいんだけどなー?」
 しかし、この状況でなんて声をかければ僕は状況を切り抜けられる?
 一つ間違えればゲームオーバーだぞ……!
 こうなったら一か八か、一撃でこいつを昏倒させて――



24 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/27(日) 20:22:27 ID:5P1OH2qA

「あら? あれ、あら、あらら? 花火ちゃん、兄さんになにしてるのかしら?
 お兄ちゃんから、兄さんに乗り換えたのかしら? それはよかったわ、嬉しいわ、おめでとう」
 聞き慣れた声と、拍手の音。
 次に、僕の身体に圧力をかけていた幸せ感触が消え失せた。
「な……ア、アニキじゃない……」
 押し倒してきた犯人は、予想した通り花火だった。
 わなわなと震えながら、僕を見下ろしている。
 僕と兄さんを間違うなんて、花火のレーダーも鈍ったな。

 心配していた花火の攻撃もなく、僕は花火の下から解放された。
 その代わり、怒りの矛先は別方向へ向けられる。
「ちっさい妹、お前、図ったな」
「ふん。花火ちゃんがお兄ちゃんを好きなのがいけないのよ。フフフフフ」
「アニキと同じ匂いがしたから、てっきりアニキだと思ったら……」
 僕だった、と。
 僕と兄さんって同じ匂いがするのかな。友達からはあんまり似てないって言われてるのに。
 それとも、花火が僕の匂いを兄さんの匂いと勘違いしたのか。
 花火が兄さんと遊ぶ時は、結構僕も一緒してたから、それも無いとは言えないな。
「ちくしょう、弟、金だせ! サービスしてやったんだからサービス料!」
「花火はいつのまにヤのつくお仕事に就いたのさ……」
 勝手にサービスしといてお金取るとかありえないよ。

「あらあら花火ちゃん、みっともないわね。そんなことで取り乱すなんて」
 ちっさい妹こと、僕の妹が花火を挑発する。
 花火の顔が不機嫌に歪む。
 どうして花火の顔って、傷一つ無いくせに、怒ると任侠映画に出てきそうな感じに変貌するんだろう。
 空手部の先輩だって顔だけでここまで威圧感は出せないよ。
「あ? ちっさい妹の分際で調子に乗って生意気なことぬかしてんじゃねえぞ」
「花火ちゃんが騙されるのがいけないのよ。
 お兄ちゃんが今日一日家にいるなんていう情報、私が教えてきた時点で疑って然るべきじゃなくて?」
「そうだな……お前はアニキを独占したくてしょうがないんだもんな。実の妹のくせして」
「実の妹? 妹がお兄ちゃんを好きなのがおかしいの?」
「詭弁をぬかしやがる。アニキと私が付き合いだしたら、ちっさい妹、お前はアニキに絶対近づけさせないからな。
 家の中に閉じ込めてでもだ。アニキの妹は私一人で充分だ。大は小を兼ねる、ってな」
「本当に花火ちゃんは夢見る少女なのね。お兄ちゃんが私以外の女を選ぶことなんて、あり得ないのに」
「自惚れてると、足下をすくわれることになるぜ……ククククク」
「そうね、さっきの花火ちゃんみたいにならないようにしないと……フフフフフ」

 このように、花火と妹は兄さんのことが大好きだ。
 兄さんを慕う女の子のうちの二人は、言うまでもないけど、花火と妹にあたる。
 どちらが有利かというと、それは難しい話になってくる。
 花火は容姿の面で有利。幼なじみだから、妹と違って、いざ付き合おうという段になって兄さんが気後れすることもない。
 妹は、妹であること自体が有効な武器となる。兄さんは妹想いだから、妹が切実なお願いをしてきたら断らない。
 この二人の闘いは、決定打がないと決着が付かないと思う。
 リスクを恐れた小さな攻撃ではなく、捨て身の一撃。
 果たして先に賭けに出るのはどちらか。賭けを成功させるのはどちらか。機会を誤らないのはどちらか。
 まあ、藍川さんや木之内さんもいるから、二人だけの勝負っていうことにはならないだろうね。



25 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/27(日) 20:24:30 ID:5P1OH2qA

 家の固定電話が鳴り出した。
 言い合いを続ける二人を置き去りにして、電話機の元へ向かう。
 受話器を手に取る。聞こえてきたのは、兄さんの声だった。
「あれ、お前帰ってきてたのか。行ってくれたら迎えに行ったのに」
「いいよ、気を遣わなくても。兄さんだって何か用事があるんでしょ」
 たとえば、藍川さんと二人きりで一夜を過ごすとかね。
 こんな台詞、兄さんに言ってもあっさり肯定されるだけで面白くないから、言わないけど。
「ああ、まあな。……で、今日はお前ずっと家にいるか?」
「うん。今日から五日か、六日ぐらい家にいるつもりだけど」
「それなら良かった。悪いんだけど、今日は藍川先輩の家で作品の仕上げを徹夜でするから、お前が妹の面倒を見てやってくれ」
「いいよ。別に面倒みるようなことも……ないけど」
 食器の割れる音が背後からしたり、ソファーのひっくり返るような振動が伝わってきたけど、放置。
 ああ、二人がやり合った後でのリビングの片づけも、ある意味妹の面倒見なのかな。
 花火と妹って、兄さんが留守の時に限ってやり合うもんな。
 兄さんの目の前じゃ、やり合いたくないのか、大人しくしてるし。
 一度ぐらい兄さんもあの二人の醜い争いを見てくれたらいいのに。
「そんじゃよろしくな。金は立て替えといてくれ、後で返すから。
 明日の昼頃には帰ってくるから、吉報を待ってろよ」

 通話が終わり、兄さんの声が聞こえなくなる。
 受話器を置いて一息つくと、幼なじみと妹の声がよりはっきり聞こえてきた。
「ちっさい妹は不幸になーれ、葵紋花火は幸せになーれ!」
「お兄ちゃんが居る限り、私の幸せは約束されたようなものなのよ! アッハハハハハ!」
 今が平日の昼でよかった。この言い争いを近所に聞かれずに済む。
 ちょっとお菓子でも買ってこよう。
 エネルギー不足になった女の子を放っておくと僕に矛先が向きかねない。
 靴を履いて、玄関から外に出る。
 空は突き抜けるほど晴れていて、ますます勢いづく太陽と一緒に夏を盛り上げる気満々だった。

 暑いし、二人にはアイスでも買ってきてあげようっと。