122 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/06/29(火) 22:23:24 ID:5OwW6byE
何かの物音で、私は目を覚ました。
自室で机に突っ伏したまま、寝入ってしまったらしい。
窓の外は明るい。どうやら朝のようだ。
立ち上がり、部屋の外に出る。
「あっ、お嬢様」
「お早うございます」
秘書のエメリアとソフィが控えていた。
「お早う。朝から苦労をかけるわね」
「お嬢様。お顔の色が優れませんが、昨日はよくお休みになりましたか?」
エメリアが心配そうな顔で聞いてくる。
「……詩宝さんがどんな目に遭っているか分からないときに、おちおち寝てなんかいられないわ」
若干の気だるさを覚えながら、私は答えた。
3人で別室に移動する。
使用人に淹れさせた珈琲を飲みながら、私はソフィの報告を聞いた。
「……という訳で、詩宝様は昨夜も外出されませんでした。これで、我々が詩宝様のお宅を最後に訪れてから1日半、詩宝様は外出されていないことになります」
「そう……」
私は溜息をつく。

2日前の夕方。
詩宝さんの家に駆けつけた私は、世にもおぞましい光景を見た。
大きな図体のメイドが詩宝さんにまたがり、彼を犯しながら、醜い胸を無理やりに揉ませていたのだ。
いや、あれはメイドなんて上等なものじゃない。
詩宝さんを汚す最悪の害虫。
そう。巨大なコックローチ、ゴキブリだ。
ゴキブリは愉悦に顔を歪ませ、嫌がる詩宝さんを無理やりに凌辱していた。
詩宝さんは悲鳴を上げて、私に助けを求めている。
私の怒りは、すぐさま頂点へと達した。
一思いに蹴り殺そうとしたが、ゴキブリは小癪にも私の足を受け止め、スタンガンで攻撃してきた。
普通のスタンガンなら耐えられる自信があったのだが、ゴキブリのそれには改造が施してあったのだろう。威力が市販品の数倍も強力だった。
さしもの私も体が痺れ、足元がふらついた。
そのまま追撃されていたら危ないところだったが、詩宝さんが命がけでゴキブリを止めてくれたおかげで、私は車に戻り、屋敷に帰りつくことができた。
やはり詩宝さんは、いつでも私のことを大事にしてくれる。だが、それを喜んでいる場合ではない。
屋敷で回復した私は、すぐに詩宝さんの家へ舞い戻ろうとした。
身を挺して私を助けた詩宝さんが、あのゴキブリにどんな目に遭わされているか。
それを思うと、一刻も早く彼を救い出したかった。
私の乳房に触れてもらい、ゴキブリの胸の感触を忘れさせてあげたい。
ゴキブリの生殖器で汚れた詩宝さんの男根を、私の膣で洗い清めてあげたい。
しかし、エメリアとソフィに止められた。
「あのメイドが、どんな危険な罠を用意しているか分かりません」
そう言われると、私は強いて出て行くことができなかった。
極めて腹立たしいが、私はゴキブリの仕掛けた罠に、一度引っかかっている。二度も同じ轍を踏むわけにはいかない。
私はすぐに詩宝さんの家に行くのを諦めた。
その代わり配下の者達に、詩宝さんの家を24時間体勢で見張るよう命じる。
詩宝さんが出てきたら、即座にこの屋敷に連れて来させるため、車も待機させた。



123 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/06/29(火) 22:23:52 ID:5OwW6byE
しかし、そのまま一晩中待っても、ついに詩宝さんが出てきたという報告はなかった。
翌朝も、もちろん私は学校に行くどころではない。
屋敷で待機し、断続的に仮眠を取りながら、引き続いて報告を待った。
だが、相変わらず動きはなし。ゴキブリも出てこない。
報告によれば、ゴキブリは宅配で食料を届けさせているらしい。
長期戦に臨むつもりなのだろう。
私は、詩宝さんの携帯に連絡を入れてみた。
私の番号は着信拒否にされていたので、エメリアの携帯を借りてかけてみる。
すると、またしてもゴキブリが出た。他の携帯からかけても同じ。
許し難いことに、ゴキブリは詩宝さんの携帯を強奪しているらしい。
パソコンのメールアドレスにメールも送ったが、詩宝さんからの返信はなかった。

「……現在まで、詩宝様のお宅を訪れたのは、スーパーの宅配業者、および詩宝様と同じクラスの男子生徒、堂上晃のみとなっております」
「分かったわ」
結局これと言って収穫のないまま、この朝に至ってしまった。
すでに、丸一日以上を無為に過ごしている。
もはやこれ以上、手を拱いていることは許されない。
今この瞬間にも、詩宝さんはゴキブリに虐待されているに違いないのだ。
「どうしたらいいかしらね」
私は、エメリア、ソフィに意見を求めた。
するとソフィが発言した。
「いっそ人数を催して、詩宝様のお宅に突入しましょう。罠を張っていたとしても、相手は1人。精鋭を向かわせれば制圧できます」
タカ派のソフィらしい、過激な意見だ。
私としても、強行突入で一気に解決という手法には強く惹かれる。しかし……
「そう簡単には行かないわ」
エメリアが反対意見を述べた。
「今の段階では、我々が詩宝様のお宅に突入するだけの正当性はないわ。犯罪が行われているという、確たる証拠があるならともかくね。下手をすると、こちらが不法侵入になりかねない」
そうなのだ。まだ強行手段に打って出られるだけの情報が、こちらにはない。
不満そうなソフィに代わり、私はエメリアに尋ねた。
「エメリア、代案はある?」
「はい。ここはあのメイドを油断させ、詩宝様を外に出すよう仕向けることだと思います。例えば……」
エメリアが意見を言いかけたとき、ドアが開いて父が姿を見せた。
「失礼、邪魔するよ」
「「これは、会長……」」
エメリアとソフィが起立する。緊急にして重要な会議を中断させられた私は、イライラした。
「何、お父様?」
「舞華。今日も学校を休むのかな?」
「そうよ」
「それならちょっと、私の部屋まで来なさい。話がある」



124 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/06/29(火) 22:24:19 ID:5OwW6byE
皆様、初めまして。
紬屋詩宝様の忠実なるメイド、神添紅麗亜でございます。
詩宝様、すなわちご主人様にお仕えして今日で3日目。
ご主人様にお仕えできるメイドの幸せを噛み締めながら、精一杯ご奉仕しております。

私の両親は、私が幼い頃に他界しました。
ある親切な女性が私を引き取り、養育してくれました。
その方は、私の他にも2人の少女を引き取って育てていました。3人の中では、私が一番年長でした。
私達に血の繋がりはありませんでしたが、本当の親子、姉妹のように暮らしていました。
ところが、幸せな日々が唐突に終わりを告げました。
養母が悪い男に騙され、財産を失ってしまったのです。
失意のあまり、養母は病に倒れ、亡くなってしまいました。
残された私達3人は、すでに働ける年齢になっていましたが、養母の仇討ちをすることに決めました。
すなわち、メイドとしてその男の元に潜入し、寝首を掻こうと考えたのです。
私達はメイドとしての修行に明け暮れました。
立ち居振る舞いから家事全般に至るまで、メイドとして完璧になるまでに身に付けました。
さらに、復讐に備えて、格闘術、殺人術、諜報術、拷問術も密かに学びました。
修行の甲斐あって、私達3人は、男の家に雇われることができました。
表向き礼儀正しく、よく働く私達を、男はすぐに信用しました。
もちろん、指一本触れさせはしませんでしたが、色仕掛けで保険金と遺産の受取人を、私達に指定させました。
そして、男を事故に見せかけて殺害する計画を立て、実行に移す前日。
男は殺されました。
何のことはありません。男を恨んでいた者が他にもいたのです。
出会いがしらにナイフで刺すという、何の捻りもない方法で、男は死にました。
私達に残されたのは、莫大な遺産と保険金、そして、努力が水泡に帰した絶望感でした。
仇を討ち損ねた私達は、生きる目標もなく、抜け殻のように街を彷徨っていました。
そんなときでした。偶然に詩宝様をお見かけしたのは。
一目見て、確信しました。
この方こそ、私が一生をかけてお仕えするお方だと。
一緒にいた義理の妹2人も、同じ気持ちになったようでした。
すぐに飛び付いて、「私達をあなた専用のメイドにしてください」と言いたいところでしたが、メイドとは奥ゆかしくあるべきもの。そのようなはしたない真似は許されません。
一週間ほど、私達は詩宝様を尾行し、詩宝様の個人情報と生活パターンの把握に努めました。
3人で相談した結果、私が最初に詩宝様にお仕えし、後の2人は、遺産として例の男から奪った屋敷で、詩宝様をお迎えする準備をすることにしました。
そしてついに、私が詩宝様に接触する当日。
詩宝様とお近づきになるのは、実に簡単でした。
帰宅される時刻を見計らい、詩宝様の家の前に寝転がる。ただそれだけです。
空腹で倒れたと申し上げると、お優しい詩宝様は、すぐに私を家に入れて介抱してくださいました。
実際にはお金は無尽蔵にあるわけですから、空腹というのは、多少無理があったかも知れません。
いずれはばれるでしょう。しかし、一度お仕えしてしまえばどうにでもなります。



125 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/06/29(火) 22:24:48 ID:5OwW6byE
とは言え、全てが順調だった訳ではありません。
尾行していたときから薄々は分かっていましたが、詩宝様改めご主人様には、汚らしい雌蟲がたかっていました。
それも1匹ではなく、2匹です。
雌蟲その1については、今さら申し上げるまでもないでしょう。
中一条舞華とかいう、どこぞのお嬢様です。
あろうことか、雌蟲その1はご主人様とメイドの愛の巣に、土足で踏み込んできました。
私としてはその場で駆除したかったのですが、私と離れたくない一心のご主人様に止められました。
私はご主人様のご厚情に深く感謝いたしましたが、その後も雌蟲その1は、執拗にご主人様との接触を企ててきました。
私がお預かりしたご主人様の携帯に、何度も何度も着信を入れてきます。
雌蟲からの着信だと分かると、私は即座にその番号を着信拒否にしました。
しかし、雌蟲その1の執念は凄まじく、100以上の違った番号から、ご主人様の携帯にかけてきました。
雌蟲以外からの連絡であれば、ご主人様に取り次ぐつもりでいたのですが、こうなっては已むを得ません。
私はご主人様の携帯の電源を切りました。

雌蟲その2は、晃とかいう女です。
初めて私の前に現れたとき、男の姿をしていましたが、どこか違和感を感じました。
違和感の正体は、すぐに分かりました。
雌蟲その2はご主人様を見て、明らかに発情していたのです。
同性愛ではありません。
「この人の精子で妊娠したい。この人の子供を産みたい」という女の目です。
雌蟲その2は自分が女であることを巧みに隠していました。
並みの人間であれば、気付かなかったかも知れません。
しかし、修練を積んだメイドの目には、明らかにそれと分かります。
そして、本性を現した雌蟲その2は、私に喰ってかかってきました。
あまつさえ、ご主人様と2人きりになろうとしました。
おそらくご主人様に性行為を強要した挙句、私と縁を切るように脅迫するつもりだったのでしょう。
当然、私は体を張って雌蟲その2を止め、追い返しました。
ご主人様も、雌蟲その2が女であることは知っていたようですが、ご主人様に邪な思いを抱いていることは、ご存じないようでした。
お伝えしようと思いました。しかしご主人様が、雌蟲その2が女であることを知られたくない様子だったので、あえて黙っていることにしました。
よくできたメイドは、いつでもご主人様の思いを優先するのです。



126 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/06/29(火) 22:25:11 ID:5OwW6byE
ご主人様は魅力的な男性です。蟲がたかりたがるのも無理はありません。
私は心の広いメイドですから、百歩譲ってそこまでは認めます。
しかし、メイドがお仕えした時点で、メイド以外の雌は諦めるべきなのです。
ご主人様とメイドとの繋がりは、この世の何にも増して神聖であり、侵してはならないものだからです。
それを理解しない雌蟲の片割れが、懲りずに今日もやって来ました。
「詩宝に会わせろよ」
「ご主人様のご病気は重いのです。お引き取りください」
雌蟲その2です。確かに毎日来ると言っていたのですが、本当に来なくてもいいでしょうに。
「そんなに重いんなら、病院に連れてかないと駄目だろう?」
「そうですね。検討いたします」
「話にならん。今から俺が連れていく!」
そう言うと、雌蟲その2は強引に家に上がろうとします。私は力ずくでそれを押し止めました。
「いい加減にしてください! 警察を呼びますよ!」
「くっ……」
やっとのことで雌蟲その2は退散しました。
ご主人様をお守りするのは、当然メイドの職務ですが、こう毎日ではさすがに疲れます。
早く妹達に、ご主人様をお迎えする準備を整えてほしいものです。
ドアを閉める前に、ふと郵便受けを見ると、夕刊が入っていました。
ご主人様にお届けするために、私はそれを取り出します。
何気なく記事を見てみると、こんな見出しが目に留まりました。
『中一条グループご令嬢 婚約発表へ』
まさかと思ってよく見ると、雌蟲その1が写真に写っていました。
記事を読むと、雌蟲その1が婚約をしたようです。
お相手はさる大政治家の息子であり、近日発表されるとのこと。
ご主人様のご両親は政治家ではありませんから、お相手はご主人様ではありません。
雌蟲その1は、ご主人様には適当にちょっかいを出していただけで、本命は権力者の息子だったのでしょうか。
それとも、グループの勢力拡張のために、親が勝手に決めたのでしょうか。
まあ、どちらでもよいことです。
いずれにせよ、雌蟲その1がご主人様にたかることは、もうないでしょうから。
私はほっとした気持ちで、新聞をご主人様の元に持って行きました。
最終更新:2010年06月30日 13:45