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203 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01:02:33 ID:i1zitTcv
*****

「何が食べたい? 今日はお前の卒業祝いだから、なんでも奢ってやるぞ」
 住んでいる町にあっても普段はまず立ち寄ることのない、ファミレス。
 中学校を出て、家から中学校を結ぶ距離よりも長く歩き、私とお兄さんはそこにやって来た。

 お兄さんの言葉に甘えて、メニューに書かれてある値段を気にせず、やって来たウェイトレスの人に今食べたいものを注文した。
 ドリンクバーに、スパゲティカルボナーラに、サラダ。
 たったそれだけでいいのか、とお兄さんは言っていたけど、私にはこれぐらいの量で充分。
 お兄さんは、私の分まで食べるつもりでいるのか、あれもこれもと注文していた。
 これじゃ、まるでお祝いされてるのがお兄さんみたいじゃない。
 かと言って、私が負けん気を発揮するはずもなく、それぞれの注文は終わった。
 ウェイトレスが居なくなってから、お兄さんは立ち上がった。
「お前、何がいい? 飲み物入れてきてやるぞ」
 ウーロン茶、とだけ伝える。
 お兄さんが席から離れる。しばらく背中を目で追う。それから、空になった向かいの席を見る。
 見えるのはレストランの壁。不規則なパターンの模様をぼんやりと見つめる。
 
 そう。あの日はちょうどこうやって、お兄さんと二人きりで食事をした。
 お兄さんが病院を退院した帰り、二人で通り道にあったファミレスに寄った。
 その席で、葉月を振った、ってことを聞いた。
 意外でしかなかった。てっきりお兄さんは葉月と付き合うものだと思っていた。
 葉月は、同性の私から見てもレベルの高い女だ。
 出来る範囲の努力を重ねても同じレベルに到達できるかわからない、と私に感じさせた。
 葉月は外見がいい。それに、一時期一緒に登校するぐらい、お兄さんとも仲が良かった。
 だから、病室でお兄さんが葉月をベッドに押さえつけているのを見て、ああやっぱりって、納得できた。
 お兄さんはやっぱり葉月が好きなんだ。病院の中だってことを忘れるぐらい、葉月に夢中なんだ。

 けれど、真実は全くの逆だった。
 びっくりした。お兄さんが葉月を振っただなんて、信じられなかった。
 好きになれなかったから告白を断った、とお兄さんは言っていた。
 なに贅沢なこと言ってるの、馬鹿じゃない――と、あの時は咄嗟に言いそうになった。
 
 心のどこかで安堵のため息を吐いていたくせに。
 お兄さんは、まだ私の知っているお兄さんのままなんだと、構う女は私だけなんだと、思っていたくせに。
 あの時はわからなかったけど、今なら自分の気持ちの輪郭が掴める。
 私はお兄さんに変わって欲しくなかった。
 小さい頃みたいに、私だけを構ってくれる人のままで居て欲しかった。
 視線を、言葉を、気持ちを、差し伸べる手を、私だけに向けてくれる人であって欲しかった。
 そんな考えが、心の奥底には眠っていた。
 親に甘える子供に似た、ただの幼稚な独占欲だった。
 
 お兄さんを独占できたら――と心に問いかける。
 たちまち、顎の下あたりを甘い痺れに襲われる。何かに引っ掛かったみたいに息が吸いにくくなる。
 単純すぎる。たったこれだけのことで、幸せで満たされた気分になってしまうなんて。
 どれだけわがままで勝手なのよ。
 ついこの間まで、お兄ちゃんのオマケで家にいる人、って認識で見ていたくせに。
 心変わりが過ぎるのよ、あんたって女は。
 疑わしいったらありゃしない。

 あんた、本当にお兄さんのことが好きだと思ってんの?



205 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01:05:34 ID:i1zitTcv
*****

 どうも妹の様子がおかしい。
 いつもと違う。さっきから大人しすぎる。
 こっちから話しかけても、「そう」とか、「ええ」とか、短い返事しかしない。
 注文した品を食べ終わるまで、妹はずっとそのままの調子だった。
 まあ、たしかに食事しながらだらだら話し込んでいるのは、マナー違反と言えばマナー違反である。
 しかし、妹がそんなポリシーを持っているとは思えない。
 妹が弟と食事する時の様子を見ていれば、喋りはするし、身振り手振りのリアクションはする。
 マナー違反と聞くと、ずっと昔、もういつのものか思い出せないぐらい過去に読んだ漫画の内容が思い出される。
 内容は、食事中のルールについて説くものだった。いわゆる教育目的で書かれたもの。
 箸で食べ物を突き刺さない、自分の箸を用いて相手に食べさせない、机に肘をついて食べない、噛みながら喋らない、など。
 今でも、食事中に思い出され、態度を戒めさせる漫画である。
 今日の妹の態度は、あの漫画的には免許皆伝の出来であった。
 ふうむ。もしかしたらだが、弟と同席している時のマナー違反を自覚したのかもしれないな。
 気付かないうちにあの教育漫画を読んでいたのかもしれないし、今日卒業式を迎えたことで自分の態度を見つめ直したのかもしれない。
 それならそれで、別に構わないか。
 だったら俺は妹に合わせて大人しく食事するだけだ。

 いささか盛り上がりに欠けたまま、俺の分の料理まで無くなった。
 後は胃の動きが落ち着くまでここでゆっくりしていくだけである。
 ストローで紅茶をすする妹の顔を見る。特にすることが無かったからそうしただけである。
 というか、一緒に食事しに来ているんだから、向かいに座る相手を見ても構うまい。
 妹が俺の視線に気付き、半眼になる。
 俺を前にして自動的に嫌そうな顔を浮かべる機能は常時活動しているらしい。
「何、お兄さん」
「別になんでもない。……紅茶、美味いのかなって思っただけだ」
「美味しいわよ。ま、中学の友達から言わせると、ペットボトルに入って売られてる紅茶なんか紅茶じゃない、ってことらしいけど。
 でも私は紅茶の味に詳しくないし。こっちの紅茶の方が飲み慣れてるから好き」
「そりゃよかった。美味いならいいんだ、それで」
 ペットボトルで売られている紅茶は紅茶じゃない。
 カーモデルのキットにペイント済みボディを入れるなとか、あらかじめ細かく色分けされたキットは認めないとか、そういう考え方と同じだろうか。
 あれ、上から塗り直すのは気が引けるんだよなあ。
 そのまま組み立てるのにもいまいちなものも、たまにあるし。
 ちなみに俺は着色済みならそのまま活かす派。藍川はどんなキットに対してもサーフェイサーを吹く派である。



206 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01:08:11 ID:i1zitTcv

「ねえ、お兄さん。一つ聞いても良い?」
「いいぞ。俺に答えられることなら、二つでも三つでも。遠慮するな」
「ありがと。じゃあ聞くけど……真面目に答えてね。
 私、お兄さんのことが好きなんだけど。
 今更こんなこと言って、お兄さんは私のこと、許してくれる?」

 妹の言葉が終わる。と同時に鳴ったベルの音に引かれて、俺はファミレスの入り口に目を向けた。
 女性が一人、来店していた。彼女の手に収まっているのは、ビニール袋。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「一人です。本を……いえ、壁際の席に座りたいのですが。それと、あまり人がいないところで」
「申し訳ございません。ただいま喫煙席しか空いておりません」
「ああ、それならそこで」
「では、ご案内いたします」
 そんなやりとりの後で、ウェイトレスと、担任の篤子女史に似た雰囲気を漂わせた女性は、視界に入らないところへ消えた。
 
 唐突に俺の耳が壊れた訳ではない。ウェイトレスと女性のやりとりは一字一句聞き漏らさなかった。
 俺の観察眼がなまったというわけでも、ない。
 さっきの女性が持っていた袋は、近所の本屋でもらえるビニール袋である。
 白地に緑色の文字が書かれてある袋は、この町ではあの本屋でしか使わない。
 そもそも、でかでかと本屋の名前が袋に刷られてあるから間違えようもない。
 うむ。やはり俺の目は鈍くも鋭くもなっていない。
 ということは、たった今テーブルを挟んだ向かい側に座っている少女は妹だ。
 もしも俺の目がおかしくなっていたら、妹と赤の他人の少女を見間違えた、と確信するところである。
 視覚と聴覚は平常通りであっても、俺の頭は混乱しっぱなし。
「なあ、妹よ。その質問の前提は何だったっけ。お前が俺のことを好き……だったか?」
 妹が頷く。視線は紅茶の入ったグラスに向いている。
 若干頬が紅くなっているように見えるのは、見間違えではないのだろうか。
 いっそのこと、今日見たものは全て幻なんだ、とでも言われた方が気が楽だ。



207 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01:11:00 ID:i1zitTcv

 妹が俺を好き、ねえ。
 てっきり弟だけが好きで、俺のことは食玩に付いてくるラムネ程度の存在として捉えていると思っていたが。
 好きと言われたら、嬉しい。小憎らしい妹が相手であっても同じである。
 正直に言って、非常に現実感がなくて、疑わしく感じられる。
 だが、疑い続けてもこの現実がいつまでも終わらないので、疑問は放っておくことにする。

「で、えーと、なんだ。お前はラムネが好きなのだと、言いたいわけだな」
「は、ラムネ? ラムネじゃなくってお兄さんよ」
「ああすまん。それで、それが?」
「だから、私がそう言ったらお兄さんは私のこと、許してくれるのかなって」
 ああ、なるほど。
 俺がこんなに混乱してるのは、妹の質問が突拍子もないうえ、意味が分からなかったからだ。
 妹が俺のことを好き。そこまでは理解できる。
 続けて、好きだったら許してくれるか、と聞かれたもんだから理解不能になった。
「許すも何も、俺はお前に怒ったりしてないぞ」
「だって私、今まで散々辛くお兄さんにあたってきたじゃない。
 今更こんなこと言っても、お兄さんは許してくれないんじゃないか、って。
 都合の良いことを言って許してもらおうなんて、甘いんじゃないかな、って」
 そう言うと、また妹は俺から視線を逸らし、俯いた。
 まるで弟みたいな気のつかい方。妹は妹で、俺に対して気を遣いすぎだ。
 弟は俺に遠慮してる。伯母の一件が起こってからずっと。
 妹は俺が怒ってると勘違いしてる。これまでの自分の行いを省みて。
 どっちもどっちだ。俺のことなんか気にせずに、自分の好きにすればいいっていうのに。

 俯いた妹の頭を左手で撫でる。
 すると、上目遣いの瞳が俺へと向けられる。
「ちょ、っと……何? 何で撫でられてるの、私」
 俺は答えない。そのまま妹の髪のさわり心地を堪能する。
 ううん。こいつは落ち着く。
 そういえば、小さい頃の妹を泣き止ませるためによくこうしてやった。懐かしい。
「い、いつまで撫でるつもりなのよ……お兄さんの馬鹿」
 と言いつつも、妹は俺の手をはらう気配を見せない。
 それどころか、目を瞑り頬を紅くして、受け入れる体勢を維持したままだった。
 可愛いなこいつ。こんなに小さかったか? それに、俺に対して無防備すぎるんじゃないか。
 このまま隣の席に移って押し倒しても抵抗しなさそうな気がする。

 ――ふうむ。

 撫でる手を止める。妹はまだ目を開かない。
 妹の頬をつねって引っ張ってみることにした。うん、極上の柔らかさ。
 押し倒すわけがない。公衆の面前だし、そもそも妹相手にそんなことをするわけがない。
「ひょ? にゃにふるにょよ、ひきにゃひ!」
 今度はすぐに拒否反応があった。払われた左手を戻す。



209 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01:12:49 ID:i1zitTcv

「人が真剣に聞いてるのに! どういうつもりよ!」
「今ので許すよ」
「はあ?」
「これまでお前が俺にやってきたこと、全部」
「今ので、って……お兄さんはそれでいいの? これまで、私にいっぱい馬鹿にされたのに。
 たったこれだけの仕返しで気が済むの?」
「ああ。これだけだ」
「どこまでお人好しなのよ。何されても無抵抗な男を、女は好きなんだって勘違いしてる?
 言っておくけど、そんな男、カモにされて捨てられるだけよ」
「でもお前は俺が好きなんだろ?」
 妹に右側の頬を張られた。
 仮に右腕がギブスから解放されていても反応できないぐらいの速度で。
「やっぱり真面目に聞いてないんじゃないの!」
「いいから聞け。台詞には続きがある」
 表情を固める。ちょっと怒っているように見せるため。
 妹は一瞬顔をしかめたが、聞く姿勢に移ってくれた。

「これだけの仕返しでいいのか、って言ったな」
「ええ、言ったわ」
「お前がこれまで俺にやってきたことは、俺にとってはその程度のことだった、ってわけだ。
 ちょっと頭を撫でるのと、一瞬頬をつねるのだけ。
 気に病むな。弟もそうだが、お前ら二人はどうも俺に気を遣いすぎてるところがある」
「で、でもでも」
「それに、だな。弟が俺に無礼な態度をとろうもんなら、張り倒すところだが――」
 兄貴っていうのも面倒くさいもんだ。
 我慢して、こんなこと言わなきゃいけないんだから。
 まあ、とっくに慣れっこだから、恥ずかしい台詞だって噛まずに言えてしまうんだけどな。
「お前が俺にやることは、どれも可愛いもんだ。
 遠慮するな。俺は抵抗しないって思って、堅く考えず、精神的に甘えてみろ。
 もちろん、全面的に甘えてくれても構わないけどな」 

 まるでお父さんみたい、と妹は言った。
 なんと不名誉な、あんな節操無しと一緒にするな、と言ってやりたかった。
 実の妹との間に子供を設けるなんて、俺は絶対に御免だ。
 どれだけ妹が可愛かろうと、手を出すなど兄貴失格というやつである。



211 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01:17:23 ID:i1zitTcv

 妹が食後のデザートのアイスクリームを食べた後、ファミレスを後にする。
 さて、この後は家に帰るだけなのだが、それをしてしまうともったいない気がする。
 だって、妹と二人きりで歩くなんていう珍しいイベント、今度はいつ発生するかわからない。
 二度と発生しない可能性だってもちろんある。むしろ、これまでの出来事を鑑みれば、そっちの方が可能性が高いだろう。
 そうだ。せっかくだから妹に卒業祝い――はさっきやったから、入学祝いをあげよう。
 これで口実はバッチリ。後は妹を誘うだけである。

「なあ、来月からお前、俺と同じ高校に通うことになるよな」
「うん、そうだけど。何回も言ってるじゃない」
「ならあれだ。兄としてはお前に高校で必要なものを買ってあげる必要がある。
 というわけで、これから買いに行くぞ」
「悪いけど、そういうのとっくに準備終わってるじゃない」
 言われてみればそうである。
 二週間ほど前から、妹の高校入学のための準備を家族で行ってきたのだ。
 だから理由としては弱いかもしれない。だが、ここで退くわけにはいかんのだ!
 決意を新たにし、妹を誘おうとしたときだった。
 妹が俺の手を握り、引っ張って歩き出した。
 俺の左腕と俺の胴体はがっちりくっついているので、引っ張られると身体まで一緒に動く。
「でも、そこまでお兄さんが言うからには準備してないものがあるわけね。
 一緒に行きましょ。ほら、早く早く」
「お、おう」
 妹が甘えてきてくれた。
 以前なら俺が説得を延々続けて、文句を言いながら渋々ついてきてくれるぐらいだったのに。
 ファミレスでの会話が、早くも実を結んだようである。

 妹は俺の手を握ったまま、人通りの少ない歩道をずんずんと前へ進んでいく。
 さっき妹は俺のことを、父――いや、父とはまったく別の、ごく一般的なお父さんみたいだと言った。
 ならば、お父さんの手を引いている今の妹は、娘というところだろうか。
 娘。連想。玲子ちゃん。
 玲子ちゃんは伯母と一緒に、祖母と両親の家族旅行について行ったのだろうか。
 俺だったらそのメンバーに混ざって旅行なんて行きたくない。伯母がいるから。
 だけど、玲子ちゃんだったら変な先入観を持っていないはずだから、旅行を楽しめるだろう。
 母だって、まさか九歳児を相手に妬いたりはすまい。
 先週俺の家にやってきた玲子ちゃんは何事もなく無事に帰っていったんだから、問題なしだ。
 土産を俺に持ってきてくれるなら、一人で家に来て貰いたい。
 伯母まで一緒だと、俺は顔も手も出せないからな。



212 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01:20:44 ID:i1zitTcv

 ――とかなんとか考えてると。
「会ったりするんだ、これが」
「どうかしたの、お兄さん」
 どうかしてるとも、妹よ。
 なんていうかね、デパートの自動ドアを通過した途端に、藍川と一緒にいる玲子ちゃんがいるとか、
しかも入り口付近に居たから目がバッチリ合ったとか、奇妙な縁か、引力が働いているかのどちらかでしか考えられなくなる。
 もしそうだったら、この場合、誰と誰が引かれているんだろうか。
 俺と藍川? もしくは俺と玲子ちゃん? それか妹と藍川か? 妹と玲子ちゃんかも。
 目前の身長差アンド年の差あり過ぎペアと俺は、これまでに繋がりがある。
 しかし妹とは、どうだろうな。妹の顔を見る限りでは、藍川と玲子ちゃんを知っているようではなさそうだが。

 どうしようかね、この状況。
「あー、ジミーだ! ジミーが女の子と歩いてる! でーとだ!」
「へええ。ジミー君には彼女が居たのか。ふうん、そうか。よかったね」
 二人ともしっかり反応してるからスルーとかできないし。

 デートだデートだ、と玲子ちゃんは騒いでいる。
 藍川は大人しい。ただし、俺に向ける視線を除いては。
 睨んでいるとか、羨んでるとか、そういうのが一切無い熱意の籠もらない瞳。
 かといって冷たい訳でもない。
 どこかに違和感を覚えるのに、俺にはそれが何なのかがわからない。
「妬けるな、ジミー君」
「非常に薄っぺらくて嘘っぽいぞ、その台詞は」
「いやいや、これでも妬いているんだよ。異性と二人きりで買い物にでかける、なんてね」
 また、違和感。
 今度は藍川の言葉に、少しだけ感情が交じっていた。
 でもそれが一体何なのかがわからない。
 ボトルコーヒーに一滴だけミルクを垂らしたみたいに、あっさり飲み込まれて混じり合い、少しの変化ももたらさない。

「あっついなあ、なんでこんなに熱いんだろう。ねえ、ジミー?」
「さて、まだ春だっていうのに、どうしてだろうね。
 ちなみに玲子ちゃん、人生の先輩として言わせて貰うけど、熱いって言っても暑いって言っても涼しくはならないからね」
「熱くさせてる本人がなに言ってんの? 早くどっかいっちゃいなよ。熱いから」
「いいや、それはできない。暑さのあまり玲子ちゃんがその服を脱ぎ出して、脱ぎ終えるまでは」
「うわあ……そういうこと、ボクの前だけじゃなくてカノジョやお姉ちゃんの前でも言えるんだ、ジミーって」
「――は!?」
 シィット! やってしまった!
 この間、感情にまかせて玲子ちゃんに馬鹿なことを言って、澄子ちゃんの手で反省させられたばかりだというのに!

「あ、あのな、藍川」
「うん、ジミー君の言いたいことはわかっている。今すぐここに澄子を呼べばいいんだな」
「伝わってない! 頼むからやめてくれ!」
「しかしだな、今朝方澄子が言っていたんだ。そろそろ先輩が私に会いたがるころね、って」
「それ逆! あの子が俺にトラブルを持ち込みたいだけ! 俺怒られたくない!」
「怒られたくないなら発言を慎むべきだと思うのだが。
 まあ、そこまで言うのなら。反省会をやるのは私の家にしておけ、と澄子に頼んでやろう。
 よかったな。君の過ごし慣れた環境で反省会を行えるぞ。やったね」
「親指立ててんじゃねえよ! ちっとも良くないわ!」



213 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01:23:16 ID:i1zitTcv

 妹を置き去りにして会話していることを、唐突に思い出した。
 左手首に圧迫感が無い。妹の手からいつのまにか解放されていたようだ。
 代わりに、疑わしいを通り越した、犯罪者を見る目が向けられていた。
 妹におそるおそる声をかけてみる。
「あ、あのな」
 妹が遠ざかる。声をかけただけで後退されてしまった。
 しまった、さっきのやりとりはなにも知らない妹からすれば、俺が変態みたいに見えていたかも。
 今日一日でせっかくここまで稼いできた妹の好感度ががっつり減ってしまったのではなかろうか。
「ご、誤解だぞ。俺はこの二人に何か言っても、直接何かしたりはしない」
「何かしそうになったことはあったが」
 黙れ藍川。今、俺の今後の人生がかかった説得をしているところなんだ。
 一歩踏み出す。すると、妹も後ろへ一歩下がる。
「そんな引かないでくれ。お前が心配してるようなこととかなにもないぞ。この二人と俺はなんでもないんだ」
「そうそう。ボクはただパンツ見られただけのヒガイシャだから、気にしないで」
 玲子ちゃんがさりげなく俺を追い詰める。
 いっそのこと妹の手を取ってこの場から逃げだそうか。
 なんて考えた瞬間だった。

 妹のまぶたがゆっくり閉じた。
 そして、しっかり見ていなければ気付かないぐらいの遅さで、身体が俺の方向へと傾いだ。
 二歩駆け寄る。倒れそうになっている妹の身体を抱いて支える。
「おい、どうした!」
 全体重を俺に預けたままの体勢で、妹は切れ切れに呟いた。
「お、にい、さん。その――」
「どうしたんだ。目眩がするのか、どっか痛いのか?」
「その子達、だれ、なの?」

 それきり、妹は黙り込んでしまった。
 俺は周りの目も気にせず妹に声をかけ続けた。
 藍川が近くの店員を呼んでくれるまで、ずっとそうしていた。
 医務室に連れて行くまでの間にも、医務室のベッドの上に運ばれても、妹は目を覚まさなかった。



214 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01:25:18 ID:i1zitTcv
*****

 おそらく寝不足による過労ですね、とデパートの医務室の人は言った。
 寝不足。思い当たる節はたしかにあった。
 近頃は、お兄さんのことで悩んでいて、食事をまともにとれない、眠れないまま朝を迎える、ということが頻繁にあった。
 昨夜はしっかり睡眠をとりましたか、と聞かれても、わからないとしか答えられない。
 覚えていないんだ。お風呂に入って、布団に潜り込むところまでしか記憶にない。

 情けない。こんなことで倒れて、お兄さんに負担をかけてしまった。
 でも私が謝ったら、「気にするな、負担になんかなってない」なんて言うに違いない。
 お兄さんが、私に対してどれだけ甘いか、どれだけ優しくしてくれてるか、今日のことでわかった。
 おそらく、どんなことを頼んでもお兄さんは聞き入れてくれる。自分自身の良心に反しない限り。
 同じベッドで寝て、ってお願いしたら多分叶えてくれる。キスして、ってお願いしたら断る。
 そういう線引きをして接しているんじゃないかな。私に対して。

 倒れてしまった原因は寝不足に違いない。
 でも、倒れるスイッチを入れたのは、知らない女とお兄さんの会話。
 お兄さんの言葉と優しさに酔っていた時に、私を放って置いて女との会話を続けるお兄さんを見た。
 とてもじゃないけど、昨日今日知り合ったような関係の人間同士が交わす会話じゃなかった。
 葉月と花火ちゃん以外の女。私が全然知らない女。そんな女達と話すお兄さん。
 見ているだけで頭が痛くなった。声を荒げたくなった。
 気がついたら、私は倒れてて、お兄さんの腕で支えられてた。
 そしてまた目を瞑って、次に目を開けたら医務室のベッドの上に居た。

 お兄さんは目の届く範囲には居なかった。
 医務室の壁掛け時計は六時を差していた。
 食事をしたのが一時ぐらいだったから、デパートに着いた頃はだいたい二時ちょっと前。
 それからすぐに倒れたわけだから、四時間は眠っていたことになる。
 四時間はたしかに長い。お兄さんは私が起きるのを待ちきれなくなったのだろうか?
 ケイタイでお兄さんに電話をかけてみる。
 すると、着メロがすぐ近くから聞こえてきた。
 このタイミングで着メロが聞こえるってことは、すぐ近くにお兄さんのケイタイがある?
 発信を止めると、着メロも止まった。



215 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01:27:21 ID:i1zitTcv

「よう、起きたのか。心配したぞ」
 お兄さんが白い仕切りの向こうからやってきた。
 手近にあったパイプ椅子を組み立てて、そこに座り込み、私と対面する。
 まず、ごめんなさい、と謝った。
 倒れた原因について、お兄さんは医務室の人に聞いて知っているはずだから言わない。
 寝不足になった理由は、悩みがあったから、とだけ伝える。
 お兄さんのことで悩んでいた、なんて言えない。
 どんな反応をされるか楽しみだから、言ってみたかったりするけれど。

「俺こそ悪かったよ。よく見てやってれば、お前が具合悪いことに気付いたはずだし。
 無理して連れてきて悪かったな」
「いいのよ。誘ったのはお兄さんだけど、それに乗ったのは私なんだから」
「それでも、だ。妹の異常に気付かないなんて、お前の保護者としてはダメダメだ」
「責任感が強いのね。
 ……じゃあ、一つ質問に答えてくれたら、お兄さんのダメっぷりを許してあげる、ってことにしようかしら」
 おうなんでも来い、と言ってお兄さんは腕を組んだ。
 本当はこの質問は、ファミレスでしようと思っていた。
 お兄さんは私を許してくれるのか、って質問の後で。
 許してくれるどころか、もっと甘えろと言われてしまったから、続けて問うことができなかった。
 でも今なら、お兄さんの目を見て問いかけられる。
 これまでのお兄さんの言葉を聞いていて、どんな答えが返ってくるかわかるけど、どうしても聞きたかった。

「お兄さんは、お兄さんは……私のこと、好き、なのかな」



216 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01:30:26 ID:i1zitTcv

 すぐに返答されるとは最初から思っていなかった。
 お兄さんは毎回、大事な質問をされたら熟考する時間を置いて、答えてくれる。
 今回もそう。今頃お兄さんの頭の中ではいくつもの言葉が飛び交っているはず。
 ここでお兄さんの邪魔をしたら、ファミレスの時みたいに、ラムネとか、とんでもない答えが返ってくるんだろうか。
 悪戯心が働いた。制服の胸元のリボンを解いてみる。
 続いて布団をどけて、女の子座りをしてお兄さんと向かい合う。
 お兄さんは私の動きを見ていたけど、面白いリアクションをとってくれることはなかった。

 そのまま、一分か二分、時が経過する。
 これ、おかしくない? もしかしてお兄さん、固まっちゃってる?
「お兄さん? 答え、待ってるんだけど」
 はっ、とお兄さんが目を覚ます。頭をぶんぶんと振り、私と目を合わせた。
 大丈夫かな。ちょっとやり過ぎた?

「俺は、家族としてお前が好きだ」
 返答は、さっきまで固まっていた人とは思えないぐらいしっかりしていた。
 家族として、か。
 まあ、そんなものよね。
「お前が傷つくぐらいなら、俺がキャッチボールした方が気が楽だ」
 ……はあ?
「きゃっちぼーる? だ、大丈夫、お兄さん?」
 キャッチボールって、球を投げ合うあのキャッチボールのこと?
 それとも、何かの隠語?
「あの、もうちょっとわかりやすく言って欲しいんだけど」
 要求すると、お兄さんは逃げるみたいに立ち上がって、私を見た。
 人差し指を私の顔に向け、言いたくないのか、歯噛みしていた。
 やがて、決意が固まったのか、その口が開いた。

「俺はお前を大切に思ってる! 大好きだ!
 だけど勘違いするんじゃないぞ! 俺の義務だからやってるだけなんだからな!」



217 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01:31:34 ID:i1zitTcv

 勢いのいい音と一緒に、医務室のドアが閉まった。お兄さんが出て行ったのだろう。
 まったく、あんな大声で言わなくてもいいじゃない。今の告白、お店の人に聞かれてたんじゃないかしら。
 告白。正真正銘の告白だった。
「ふふ、大好き、ですって。ふふっ……」
 私もお兄さんのこと、大好きよ。

 でもね、さっきの告白で、気付いてしまったの。
 お兄さんがあんなに顔を紅くして告白するのって、私にだけ。
 葉月に対しても、今日会った女に対しても、あんな顔はしない。
 それは、私が妹だから。
 妹に正直なことを言うとか、ましてや告白とか、お兄さんぐらいの歳の人には恥ずかしいことのはず。
 あのお兄さんの顔を、他の女にとられたくないなあ、なんて思っちゃった。
「ごめんねえ、お兄さん。告白、断っちゃって」
 恋人同士にはなれないわ。
 お兄さんは私のこと好きでも、妹と付き合うなんて嫌って言うだろうし。
 でも、お兄さんが私のこと、そんなに好きなら――ずっと一緒に居てあげる。もちろん、妹として。
 今なら、微笑むぐらいの余裕を持って、こう言える。

「駄目よ、お兄さん。私たちは兄妹なんだから、ね」

 目の前にお兄さんが居るつもりで声にしたから、医務室の外に居るお兄さんに聞こえたかもしれない。
 それでも構わない。これが私の気持ちだから――表面上のね。

 じゃあ、そろそろ帰ろうかしら。
 お兄ちゃんの待つ、私たち兄妹の家へ。
 気分が良いから、今日だけは私が晩ご飯を作ってあげるからね、お兄さん。