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324 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ [sage] :2010/07/05(月) 06:44:52 ID:DMr/6fCk
「…………」
僕は便座に座ったまま、先輩からの手紙を見つめていた。
先輩はどうやら、僕が紅麗亜に監禁されていると思ったようだ。(確かにその通りではある。)
それで偽りの婚約を報道して、紅麗亜を油断させ、僕が外に出られるように計らってくれたのだろう。
――ありがたい。
手紙を拝むようにする僕。そしてすぐに、細かく千切って便器に捨てた。
先輩直筆の手紙だ。勿体ないことこの上ないが、これを紅麗亜に見られたら全てが台無しになる。致し方なかった。
さて。
手紙の文面から察するに、封筒の中身は婚約披露会の招待状と言ったところだろう。
その招待状の指定する場所に行けば、おそらく先輩に会える。
そこで僕がうまくやれば、紅麗亜がこの家で働くことを、先輩に認めてもらえる見込みがある。
問題は、紅麗亜が僕の外出を認めてくれるかどうかだ。
先輩は他の男性と婚約して僕を捨てたという設定だから、紅麗亜も前ほどは、僕の外出に気を立てることはないだろう。
しかし、僕を遠くの館に拉致しようとしている紅麗亜のこと。先輩がどうかに関わらず、僕の外出にいい顔をしない可能性はある。
そのときは、どうにかして説得しなければならない。
覚悟を決めた僕は、水を流してトイレを出た。
すぐそこに紅麗亜が待っている。
「大丈夫ですか? ご主人様」
「うん」
僕は頷いた。
「先程のお手紙を見せてください」
紅麗亜が手を出すので、封筒を渡した。彼女はすぐに封を切り、中身を読み始める。
「…………」
やがて紅麗亜が顔を上げたので、僕は彼女に尋ねる。
「何だって?」
聞かなくてもおおよその見当は付いているが、分からないふりをするのが得策だと思った。
下手なことを言って、「なぜ分かるのですか?」などと聞かれることになったら、捨てた手紙の存在が露見してしまいかねない。
「雌蟲は、婚約披露パーティーを開いて、婚約相手を公表するそうです。パーティーへの招待状が同封されています」
やっぱりそうかと思った。
「そ、そう……」
「やはりあの雌蟲は、ご主人様と私の間に、入り込む隙が全くないことに、ようやく気付いて身を引くことにしたのでしょう。この婚約披露パーティーは、雌蟲の敗北宣言に違いありません。蟲ながら、少々の知能はあるようですね」
相変わらず散々な言い方だが、婚約披露パーティーに対する紅麗亜の印象は、必ずしも悪くないようだ。
それに勇気を得た僕は、招待に応じることを切り出してみた。
「それじゃ、行ってこようかな……」
「その必要はありません」
「えっ……」
いきなり大否定された。



325 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ [sage] :2010/07/05(月) 06:45:20 ID:DMr/6fCk
予想はしていたものの、やっぱりショックは大きい。
しかし凹んでいる暇はない。ともかく理由を聞いて説得しないと。
「な、なんで……?」
「確かに、雌蟲の敗北宣言は殊勝と言えなくもありません。しかし、それなら他の男と婚約するだけで十分です」
「…………」
「ご主人様をパーティーに呼び付けるということは、ご主人様とメイドの貴重な交わりの時間を奪うということです。明らかに不埒な行いです。それに気付かない辺り、所詮雌蟲は雌蟲ということでしょう」
「で、でも……」
僕は食い下がった。ここで紅麗亜を説得できなければ、一生まともに外出できないかも知れない。必死だ。
「この様子だと学校のみんなに招待状送ってるだろうし、僕だけ欠席する訳には行かないよ」
「世間体など、気にする必要はありません。ご主人様は、ただメイドを受け入れることだけ考えていればいいのです」
まずい。取り付く島がない。
僕は懸命に、他の理由を考えた。
「で、でも……」
「今度は何ですか?」
紅麗亜の声が低くなり始めた。この件に関して僕が何か言えるのは、次が最後だろう。
それ以上続けたら、確実に紅麗亜は激怒して、僕を折檻する。
どうか紅麗亜が聞いてくれますように。祈りを込めて僕は言った。
「どんな人が先輩と結婚するのか、見たいな……なんて」
理由としては、弱いかも知れない。でも、思い付いたことを言うしかなかった。
ところが、紅麗亜の反応は予想外に上々だった。
「確かに、あの雌蟲がどんな男に身を売るのか、見てやる価値はあるかも知れませんね」
「で、でしょ? だから行ってこようかなって……」
「かしこまりました。では、私も警護として、同行させていただきます」
「え……? あ……」
喜びから一転、僕は焦った。紅麗亜について来られたら、先輩と話せないかも知れない。
いやむしろ、先輩の家で揉めてしまう可能性大だ。
しかし、紅麗亜に留守番をしていてもらう理由も思い付かない。
下手に同行を断ろうとしたら、パーティーに行く許可自体、取り消されてしまう恐れがあった。
かくなる上は、現地で何とかするより仕方がない。
消え入りそうな声で僕が「よろしく……」と言うと、紅麗亜は再び招待状に目を落とした。
「場所は雌蟲の自宅ですね。時間は……明日の午前中です」
ずいぶん急だった。確かに明日は休日なのだが。
これでは、来賓の人達はスケジュール調整が大変だろう。
ただし、僕に限っては、早いのがありがたかった。時間をおいていたら、紅麗亜の館に連れて行かれてしまうからだ。
できれば、この家にいる間に決着を付けたかった。
もちろん、そんな思いは口に出せないので、当たり前の感想を言っておく。
「ず、ずいぶん急だね」
「あえて無理な日程にすることで、誰が雌蟲の家に従順か、試しているのかも知れません」
「そ、そうかもね……うん。きっとそうだよ」
という具合に話を合わせておいて、その日は寝た。



326 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ [sage] :2010/07/05(月) 06:45:48 ID:DMr/6fCk
翌日、僕は紅麗亜と共に家を出た。
久しぶりの外出だ。気のせいだろうが、いつもより景色が生き生きして見える。
ちなみに服装は、僕が学生服で、紅麗亜はメイド服。
メイド服の紅麗亜と一緒に歩くと、案の定通行人の視線が集まった。
恥ずかしいと言えば恥ずかしいが、紅麗亜はメイド服以外の服を持っていない。さすがにクレームの付けようがなかった。
――今日のことがうまく行ったら、紅麗亜に服でも買ってあげよう。
と思う。もっとも、メイド服以外の服を、紅麗亜が着るのかどうかは分からないけど。
お屋敷の前に到着すると、黒服を着た、見るからに屈強そうな男性が何人かいて、来賓の受付をしていた。
すでに来賓はかなり来ていて、門のところで行列を作っている。
礼服を着た大人から、制服姿の、僕や先輩と同じ高校の生徒までいた。
彼らのうち何人が、先輩の婚約をカムフラージュだと知っているのかは分からない。
だが、何にしろ、わずか1日でこれだけの人を集めてしまうのだから、中一条グループの実力は、やはり大したものだ。
僕達も列に並んで順番を待つ。やがて僕達の番が来た。
「ここですか? 負け犬の雌蟲を飾り付けて見物する会場は」
ギャー!!
いきなり紅麗亜が、黒服の人に向かって嘯いた。のっけから挑発全開だ。
僕は慌てて紅麗亜を押し止め、急いで招待状を取り出すと、怪訝そうな顔をする黒服の人に見せた。
「ありがとうございます。どうぞ」
紅麗亜の挑発は、スルーしてもらえたようだ。事なきを得て、ほっとする僕。
だが、僕に続いて紅麗亜が中に入ろうとすると、黒服の人に止められた。
「申し訳ありません。招待状のない方はお通しできません」
よく考えてみれば、それが普通だった。
招待状は僕の分しかないから、入れるのは僕だけだ。
紅麗亜があまりにも当然のように“付いて行く”と言ったので、僕はついそのことを忘れていたのだ。
しかし、もちろん紅麗亜は、大人しく引き下がるタマではなかった。
「私はご主人様の所有物です。ご主人様がご自分の物を持って入るのに、何の不都合があるのですか?」
「いや、そういう訳には……」
紅麗亜に喰ってかかられた、黒服の人が苦笑する。もっともだ。
「付き添いの方のための会場も用意してございますので、そちらにご案内いたします。おい……」
黒服の人が、近くの同僚を呼ぼうとしたとき、突然紅麗亜はキレた。
「ご主人様から離れろと!? この私に!」
悪鬼の形相で黒服の人を睨み付ける。
「ひっ……」
黒服の人の股間から、見る間に液体が迸った。のみならず、口から泡を吹いてその場に昏倒してしまう。
倒れて動かなくなった黒服の人を、紅麗亜は路傍の石でも見るかのように見下ろした。
「フン。ご主人様とメイドの間を断とうとする者は、皆こうなるのです」
吐き捨てた紅麗亜は、傲慢な態度で周囲を見回した。
黒服の人は他にも何人かいたが、皆凍り付いたように動かない。
紅麗亜は満足そうに微笑むと、僕と手を繋いで、中に入ろうとした。
「さあ、参りましょう。ご主人様」
「「お待ちください!」」
そのとき、僕達の前、正確には紅麗亜の前に、2つの人影が立ちはだかった。
2人とも白人の女性だ。どちらも紅麗亜に劣らない長身で、過激なまでの体の凹凸が、服の上からはっきりと分かる。
片方はウェーブのかかった長い赤毛、そして赤のスーツ。
もう片方は短めのブロンド、そして青いスーツ。
言わずと知れた先輩の秘書、エメリアさんとソフィさんだった。



327 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ [sage] :2010/07/05(月) 06:46:21 ID:DMr/6fCk
「困りますね。勝手に入られては」
胸を張って紅麗亜に詰め寄るエメリアさん。凄い迫力だ。
「招待状のない方の来訪はお断りしますと、お手紙に書いてあったはずですが?」
ソフィさんも、威圧感が半端ではなかった。
「ですから、私はご主人様の所有物であって、招待状は必要ないと申し上げています」
もちろん紅麗亜も負けていない。言い返してエメリアさんとソフィさんを睨み付ける。
しかし黒服の人と違い、秘書の2人は微動だにしなかった。
「奴隷制度のあった時代ならいざ知らず、現代の日本でそんな理屈が通用するとでも?」
笑みさえ浮かべて、紅麗亜に反論するエメリアさん。彼女の言い分の方が、理屈は通っている。
紅麗亜にもそれが分かるのだろう。別の主張を始めた。
「私はメイドとして、ご主人様の警護をする義務があります」
「屋敷内のセキュリティは万全です。どうかご安心を」
「こんな人達を雇っているのにですか?」
失禁して倒れている黒服の人を、指差す紅麗亜。これについては、紅麗亜の方に分があるか。
僕個人としては、紅麗亜に対抗しろと生身の人間に言う方が、無茶に思えるのだが。
「「…………」」
「…………」
それはさておき、一歩も退かず、視殺戦を続けるメイドと秘書。
来賓の人達は、遠巻きにして見ている。
このままじゃいけない。僕は紅麗亜に話しかけた。
「あ、あの、紅麗亜……」
「はい。ご主人様」
「今日のところは、家に帰って待っててくれないかな?」
「しかし、ご主人様!」
「おやおや。ご主人様のご命令に逆らうのですね。よくできた所有物ですこと」
ソフィさんが、嘲るように言う。
ここに来て、ついに紅麗亜は折れた。
「……かしこまりました。ご主人様」
そして、秘書の2人に向かって言う。
「ご主人様のご命令ですから、忠実なメイドの私は服従いたします。しかし、ご主人様に僅かでも危害が及んだら、そのときは覚悟していただきます」
「「ご心配なく」」
エメリアさんとソフィさんは、微笑を浮かべて返した。
「ご主人様……非常に不本意ではありますが、ここで失礼いたします。パーティーの終わる頃に、お迎えに上がりますので」
「う、うん……」
僕は頷いた。
家の鍵は紅麗亜が持っているから、普通に入って待っていられる。
繋いだ手を放すと、紅麗亜は何度もこちらを振り返りながら、僕の家の方へと歩いて行った。凄く恨めしそうだ。
気の毒だが、ここは我慢してもらうしかない。
そして、彼女の姿が見えなくなったとき。
「「詩宝様」」
両側から僕を呼ぶ声がした。
見るとエメリアさんとソフィさんが、僕を挟んで立っている。
2人とも、満面の笑みを浮かべて僕を見下ろしていた。
「あ、あの……」
僕は何か言おうとするが、右腕をエメリアさんに、左腕をソフィさんに、ガッシと組まれた。
2人の巨大なバストの感触が、僕の両腕に伝わってくる。
「さあ、参りましょうか」
「ボスが首を長くしてお待ちです。フフフ……」
そして、僕は強引に屋敷の敷地に引っ張られていった。(ちなみに、例の失神した黒服の人も、同時に他の黒服の人に運ばれていった。)
僕の体は半ば浮いており、あたかも、2人の女看守に連行される罪人のようだ。
「あの……1人で歩けますから」
「お姫様抱っこで運んで差し上げた方がいいですか?」
「何なら、正面から抱きかかえて運んでもいいですよ?」
「…………」
2人の“脅迫”に、僕は沈黙した。
先輩に会って紅麗亜のことを話し、紅麗亜が僕の家で働くのを認めてもらえば、きっと事態は好転するはず。
そんな思惑を持ってやってきたのだが、果たしてよかったのだろうか。
言い知れない不安を抱えながら、僕はとうとう先輩の屋敷の玄関に入った。