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362 :サトリビト ◆sGQmFtcYh2 :2010/07/05(月) 22:16:36 ID:EReNh1BU
あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか?
家を出たときはまだ人が歩いていたこの道も、今では僕一人しかいない。
「・・・姉ちゃん・・・」
自分のしたことは分かっている。もちろん、後悔もしていない。
だってこれは姉ちゃんのためなんだから。
しかし頭では理解できたが、体の方は理解できていなかった。
目の前には見慣れた我が家。
結局のところ、僕の居場所はここだけのようだ。
玄関のノブに手を掛ける。
今は午前3時を過ぎていた。きっと姉ちゃんも寝ているころだろう。
できるだけ音を立てずにドアを開ける。
その先、家の中の明かりはすべて消えていた。音も聞こえない。心の声さえも。
「・・・やっぱり寝てるか」
姉ちゃんがいないことを確認した後、目的の物を探すことにした。
案の定、それは予想通りの場所から出てきた。
ゴミ箱に入っていたそれは原形をとどめておらず、周りには他のゴミも付いている。
でもそれを口に入れることにためらいはなかった。
姉ちゃんが僕の事を思って作ってくれたおにぎり。例えゴミ箱から出てこようとその事には変わりないのだから。
まるで何日も食べていないかの如く、僕はそれに喰らいついた。
はっきり言って食べれたものじゃない。
今度はご飯が固すぎる。固くて噛むのに一苦労する。
でも僕にとっては最高においしかった。次から次へと手が出てしまうくらいに。
とそのとき、後ろで何かが動いた。
心臓を跳ね上げて振り返るが、誰もいなかっ―――いや何かいる。
ソファの上に何か大きなものがある。
恐怖に駆られて電気をつけると、そこには信じられない光景が映し出されていた。
「・・・ぃ・・・・・・・・は・・・・らい・・・・・」
「ね、姉ちゃん!?一体いつからそこにいたの!?」
ソファに座っていたのは紛れもなく姉ちゃんだった。
だがどこか様子がおかしい。
「・・・は・・・らい・・・慶太は・・・が嫌い・・・慶太はウチの事が嫌い・・・慶太は・・・」
電気をつけたことにも気が付いていないように、そして僕にも気付いていないように、ずっと姉ちゃんは膝を抱えて震えていた。
同じ事を呟きながら。
「お、おい・・・」
「慶太はウチの事が嫌い・・・慶太はウチの事が嫌い・・・慶太はウチの事が嫌い・・・」
姉ちゃんの様子はまるで、あのときの恭子ちゃんそのものだった。
僕の大嫌いという言葉がそれほど姉ちゃんを傷つけたのか?
何か大事なものが壊れてしまった気がする。それも一つじゃなくいくつも。
それほど今の姉ちゃんは別人だった。
だけど僕にはどうする事も出来なかった。
今はつらいかもしれないけど、ここを乗り越えたらもう僕の事で悩まなくなる。
もう・・・僕の事なんか興味がなくなる・・・んだよね・・・
姉ちゃんを一人リビングに残したまま、僕は自室に戻って行った。


363 :サトリビト ◆sGQmFtcYh2 :2010/07/05(月) 22:17:06 ID:EReNh1BU
だが姉ちゃんの事が気になって結局眠れなかった。
そのまま朝を迎える。
僕が部屋に戻ってからも姉ちゃんが2階に上がってきた気配はなかった。
眠たい目をこすりながらも階段を下りていくと、やはりというか姉ちゃんの声が聴こえてきた。
(慶太はウチの事が嫌い・・・慶太はウチの事が嫌い・・・慶太はウチの事が嫌い・・・)
だがそのセリフはやはりどころではなかった。
僕は慌ててリビングに向かう。
そして・・・数時間前と同じ格好でソファに座っている姉ちゃんの姿を見つけた。
驚いたなんてもんじゃない。あまりの異様さに、夢じゃないと気がつくのに時間を要したくらいだ。
「姉ちゃんっ!」
だが今回は僅かながらにも僕の声に反応を示してくれた。
姉ちゃんは声の聞えた方に向こうと視線を彷徨わせる。
そして僕を見つけた。
「あ・・・慶太・・・」
(あれ・・・?慶太はウチの事が嫌いになって・・・出て行ったんじゃ・・・?)
「・・・ただいま」
「っ!?」
(慶太が言葉を返してくれた・・・ただいまって言ってくれた・・・!)
姉ちゃんは徐に立ち上がると、フラついた足で僕に近付いて来た。
「あ・・・あぁ・・・お帰り・・・慶太・・・」
(そうだよ・・・慶太がウチの事を嫌うはずないじゃないか・・・だってあの時、ウチの事好きだって言ってくれたじゃないか・・・)
ゆっくりとだが一歩一歩確実に、まるで昨日の夜にできた溝を埋めていくように、こっちに向かってくる。
揺らいでしまう気持ちを抑え込むかように、そんな姉ちゃんを僕は拒絶した。
「勘違いすんなよ。ただ学校があるから帰ってきただけで・・・姉ちゃんを嫌いな事に変わりはないから」
痛む心をおくびにも出さず淡々とそう告げる。
「・・・一日で姉ちゃんの事、好きになるわけないだろ」
「あ・・・あぁ・・・」
(そんな・・・一体ウチが何したって言うんだよ・・・!慶太のためにおにぎり作っただけだろ・・・!)
「っ!・・・こ、これからは学校で話しかけてくんなよ!」
「な!?・・・」
(・・・なんでだよ・・・なんでいきなりそんな事言うんだよ・・・!)
姉ちゃんがすごい形相でこっちに歩み寄ってきた。
殴られる事を覚悟したその時、突然姉ちゃんの姿が視界から消えた。
いや、なんてことはない。ただ―――あの姉ちゃんが僕に頭を下げただけだった。

「悪かった!お前に暴力をふるった事、悪かった!謝るから・・・謝るから、そんな事・・・言わないで・・・お願いだから・・・」

姉ちゃんが頭を下げた姿を初めて見たかもしれない。
いつも天上天下唯我独尊な生き方をしていた姉ちゃんだ。
そんな姉ちゃんが頭を下げた。
それの意味する事は僕が誰よりも理解できる。
だからこそ、僕はこう答えた。
「ふざけんな!今さら謝られて、はいそうですかってなるか!いい加減にしろよ!」
「足りないのならもっと謝るから!何でもするから!だから・・・ウチのこと嫌わないでくれよ!」
「無理だっつってんだろ!お前なんか大嫌いだ!」
「・・・どうしても・・・ダメか・・・?どうしても・・・ウチのこと・・・嫌いにしか・・・思えない・・・か・・・?」
(嫌だ・・・慶太にだけは・・・他の誰に嫌われてもいいから・・・慶太にだけは・・・)
「ぐっ・・・思えない!嫌いにしか思えない!もう家でも俺に話しかけてくんなよ!」
「・・・そっ・・・か・・・」
(もう駄目だ・・・完全に・・・嫌われてる・・・)
それを機に僕たちの間で会話がなくなった。
朝ごはんのときも、家を出る時も、姉ちゃんが僕に話しかけてくる事はなかった。


364 :サトリビト ◆sGQmFtcYh2 :2010/07/05(月) 22:18:12 ID:EReNh1BU
「今朝何があったの?」
いつものように陽菜を迎えに行った際、開口一番にそう訊かれた。
「・・・え?なんで?」
「さっき、慶太の家から大声が聞こえてきたから・・・嫌い、とか」
「あぁ・・・聞こえてたのか。・・・実は―――」
僕は昨日の晩から今までに起こった事を全部話した。
陽菜にこんな事を話して、僕は一体どうしたいのだろうか?
慰めてもらいたいのだろうか?それとも・・・
僕の言葉に神妙な面持ちになった陽菜は、それから考え込んでしまった。
気まずい沈黙が続く。
そしてそろそろ耐えられなくなってきた僕を察するように、陽菜は口を開いた。
「慶太ってさ・・・私の味方なんだよね?私の事・・・何があっても助けてくれるんだよね?」
「え?」
質問もそうだが、なにより陽菜の表情の変化の方が唐突だった。
「・・・最近の慶太って、なんだかいい加減だな~」
「!」
「だってそうでしょ?結局、慶太はみんなにどうなってほしいの?」
「お、俺はただ全員が不幸にならないようにって―――」
「そんな抽象的な事聞きたいんじゃないの!もっと具体的にどうしたいのよ!どうなってほしいのよ!」
「っ!?」
具体的。そう言われると何も浮かんでこない。
「もしかして・・・最後には私にも冷たくするの?」
「そ、そんなことない!俺は何があろうと絶対に陽菜の味方になる!」
「・・・今の慶太じゃ信じられないよ」
「・・・」
確かに陽菜の言うとおりだ。言ってる事とやってる事が大きく矛盾してるんだから。
そんな奴のセリフのどこに重みがあるって言うんだ。
「・・・どうすればいいのかな・・・どうすればよかったのかな・・・?」
もう子供じゃない。こんな大事なことは自分で考えて行動するしかないと分かっている。
でもその先が全く分からない。
僕の焦燥しきった顔にあきれ果てたのか、はたまた同情したのか、陽菜が語り始めた。

「・・・一人の人間が幸せにできる人間の数は一人だけ。どんなに綺麗事を言ったとしても・・・たった一人しか幸せにできない。何人
もの幸せを願ったら、一人も幸せにできないんだよ。もし慶太にとって特別な人がいないのなら、別に構わないのかもしれない。だけど慶
太にとって本当に大事な人がいるんなら、その人の事だけを考えないといけないんじゃないの?その人がどんな事をしたら喜ぶか、どんな
事をすればその人が幸せだと感じられるか、そう言う事をもっと考えなくちゃいけないんじゃないの?」

「ま、私の考え何だけどね」と最後は軽口で締めくくった。
だが僕にはなぜか有無を言わさない重みを感じた。
たった一人・・・それ以外は幸せにできない。
確かにそうかもしれない。
恭子ちゃんや岡田、そして姉ちゃん全員の希望をかなえる事は出来ないのだから。
「ありがとう、陽菜。肝に銘じておくよ」
「どういたしま―――っ!?」
会話の途中で急に陽菜の目が見開いた。
「ごめん慶太!私今日風邪で学校休むって事にしといて!」
そしてそのままどこかに走り去ってしまった。


365 :サトリビト ◆sGQmFtcYh2 :2010/07/05(月) 22:19:16 ID:EReNh1BU
学校に着き自分のクラスに入ると、僕の横の席に姉ちゃんがいた。
いや、正確には今朝の姉ちゃんと同じ表情をした岡田だった。
「あ!早川・・・君、おはよ・・・」
「・・・おはよ」
無愛想に挨拶を返す僕に岡田はどう感じただろうか?
席に着いてから一度も岡田の方を見ようとしない僕に岡田はどう思っただろうか?
(どうしよう・・・やっぱり冷たい気がする・・・)
岡田がチラチラと僕の様子を窺うように見てくる。
(それとも私の勘違いかな・・・声・・・かけても大丈夫かな・・・?)
「・・・そ、そう言えば陽菜ちゃんは?今日は一緒じゃないんだね?」
「・・・今日は風邪をひいたから休むんだって」
「そ、そうなんだ~・・・」
「・・・」
会話が終わる。
もしクラス全員がサトリだったら、僕はあっという間に非難されただろう。
それくらい―――岡田は心の中で泣いていた。

授業が終わり下校組と部活組とが分かれる時間がやってきた。
下校組の僕が帰ろうと席を立つと、隣から声をかけらる。
「これから陽菜ちゃんのお見舞いに行くの?」
今朝の陽菜は明らかに風邪をひいたとは思えないくらい元気だった。
あの様子からすると、きっと今日しか売ってない物とかを買いにでも行ったんだろう。
だから陽菜の家に行くつもりはなかったが、岡田がそう訊いてくるなら僕の予定は変更だ。
「そうだけど?」
「あ・・・あはは!そ、そうだよね~!なんたって愛しの陽菜ちゃんが寝込んでるんだもんね~・・・」
(な、泣いちゃだめ!あきらめないって決めたんでしょ!ここで泣いたら・・・あの子に負けを認める事になる・・・!)
ごめん岡田。僕は決めたんだ。これからは陽菜の事だけを考えていくって。
「・・・もう行ってもいいかな?」
「え?・・・う、うん!な、なんか変な事言ってごめんね!」
(・・・どうして・・・どうしてあの子の事がそんなに好きなの・・・どうして・・・私じゃないの・・・)
岡田は泣いてこそいなかったが、その手は小刻みに震えていた。
こんな時どうすればいいか僕にだってわかる。サトリじゃない普通の人だって分かるはずだ。
でもそれはきっと間違いだ。
僕には陽菜を不幸にすることはできない。
「じゃあな」
そう告げて帰る・・・つもりだった。
「待てよ早川。ちょっとついて来いよ」
だけどできなかった。
なぜか太郎君が僕の腕を強引につかんで引っ張っていったからだ。
太郎君は目的地も明かさないまま、教室を出て、階段を上がっていった。
「ここらへんで・・・いっか」
屋上につながる扉の前。僕たち以外誰もいない空間。
そこで僕は胸倉を思いっきりつかまれた。
「いいかげんにしろよ!」



366 :サトリビト ◆sGQmFtcYh2 :2010/07/05(月) 22:19:51 ID:EReNh1BU
「・・・何の事?」
「とぼけんな!さっきお前と岡田の話を聞いたんだぞ!」
「それが・・・何だって言うのさ?」
「お前と岡田は付き合ってんだろ!それなのに佐藤の家に一人でお見舞いに行くなんて・・・てめぇ何考えてんだよ!」
ここでようやく太郎君が僕を呼び出した理由が分かった。
「何って・・・お見舞いだって聞いたんだろ?」
「俺は彼女を置いて他の女の家に行く事を言ってんだよ!」
太郎君は今までに見たこともないくらい激昂していた。
きっとそれほどまでに岡田の事が好きなんだろう。だからそんな岡田を悲しませている僕が許せないのだろう。
その時、僕達の後をついてきたのか岡田が現れた。
「ちょっ、何やってんのよ二人とも!」
岡田は僕たちが喧嘩しているように見えたみたいだ。実際、間違ってはいないのだが。
「さっきの二人の様子がおかしかったから後をつけたら・・・何で喧嘩なんかしてるの!?」
信じられないといった表情で僕たちを見つめてくる。
「コイツが岡田と付き合ってるのに、のこのこと一人で佐藤の家に行くって言ったから・・・」
「そ、それは太郎君には関係ないじゃない!」
「関係ないけど・・・けど俺は岡田が好きなんだ!だからそんなことを淡々と告げたコイツが許せなかったんだ!」
「っ!?」
あまりの出来事にこの場にいた全員が口をつぐんだ。
そしてさっきまでの勢いを完全に失った太郎君は、辛苦の目を岡田に向けながら思いの丈を打ち明ける。
「そうだよ・・・俺は岡田の事が好きだ・・・なぁ、岡田もこんな奴の事諦めて俺と付き合わないか?」
太郎君の目が真剣なものに変わっていく。
「俺は絶対にこんなことは言わない・・・だから・・・」
「・・・ごめんなさい」
申し訳なさそうに岡田はそう答えた。
僕もいたたまれなくなり俯いてしまった。
だから一瞬反応が遅れた。
「なんでだよ!」
太郎君が岡田の肩をおもいっきりつかんだのだ。
「俺よりこんな奴のどこがいいって言うんだよ!」
「あ・・・あぁ・・・」
「頼むよ!絶対に後悔はさせないから!」
太郎君は自分の事でいっぱいになっていたから岡田の変化に気が付いていない。
「・・・あ・・・ぅあ・・・」
「やめろ!」
思いっきり太郎君を突き飛ばす。
「な、何すんだよ!?」
今にも殴りかかってきそうな太郎君を無視して、僕は岡田をなだめる。
「大丈夫だ!ここには岡田を傷つける人は誰もいない!」
「・・・あ・・・ぅあ・・・」
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い・・・)
「ほら、ちゃんとこっちを見て!俺だよ!分かるだろ?」
「・・・は・・・早川・・・?」
「そう早川!だから何にも怖い事ないだろ?」
「・・・う・・・うん・・・」
岡田がぎゅっと僕の制服を掴む。
「お、おい、今のって―――」
「ごめん、太郎君。この事は誰にも言わないで帰ってくれないか?」
今までしてきた事を考えたら、僕が口にしていいセリフでもなかったが、それでも岡田をこのままにはできない。
「お願いだから・・・この事は内緒にして帰って下さい」


367 :サトリビト ◆sGQmFtcYh2 :2010/07/05(月) 22:20:28 ID:EReNh1BU
「もう大丈夫か?」
「う、うん、ごめんね?『また』助けてもらっちゃって・・・」
あれから太郎君は僕のお願いを聞いてくれた。
そうして今はこうして二人っきりになっている。
「・・・なら帰るか」
さすがに『あの』状態になった岡田を一人で家に帰すのは危険だ。
これでは朝陽菜に誓った事に反することになるが、でもやっぱり岡田を見捨てる事はできなかった。
「あ!ち、ちょっと待って!」
岡田は立ち上がろうと足に力を込めるが、なかなか立ち上がれそうにはなかった。
「あ、あはは///腰が抜けちゃった・・・みたい・・・」
恥ずかしそうに顔を赤く染める岡田を見たのは初めてかもしれない。
それからもチャレンジをするが、一向に腰が上がらなかった。
そんな岡田の前に、僕は背中を向けた。
「・・・え?」
「嫌だったら別にいいけど・・・おんぶ」
「う、ううん!ぜ、全然嫌じゃない!」
岡田の手が僕の首にかかった事を確認して一気に立ち上がる。
「わ、わわ!・・・っと」
なんとか岡田の方もバランスを取るくらいはできたようだ。
「歩けそうになったら言えよ?さすがに誰かに見られるとまずいからな」
「う、うん、分かった!」
僕は背中に岡田を感じながらゆっくりと階段を下りて行った。
その間、久しぶりだった岡田の嬉しそうな声を聴きながら・・・


「ありがとう。もう大丈夫だよ」
玄関まで来た時、岡田はそう言った。
岡田を下した背中が、なぜかさびしく感じる。
「せっかく陽菜ちゃんのお見舞いに行くつもりだったのに・・・私のせいで・・・ごめんなさい」
(どうしよう・・・さらに慶太に嫌われちゃったかな・・・)
岡田の言った陽菜と言う言葉に、僕はある事が気になった。
この世で幸せにできる人間はたった一人だけ。陽菜が僕に教えてくれた摂理。
それに対しての岡田の答えが無性に訊きたくなったのだ。
「・・・なぁ、もし・・・もしもこの世で一人だけが幸せになれるとしたら・・・誰にそうなってほしい?」
「え?」
「友達?家族?恋人?それとも・・・命の恩人?」
「う~ん・・・難しい質問だな・・・全部はダメなんだっけ?」
「一人だけで」
岡田はそれから必死にその質問に考え込んでいた。
僕の質問一つに対してでもこんなに真剣になって考えてくれる。
そんな岡田の気持ちが嬉しかった。
当の本人は結局、自分の家についてもはっきりとした答えを出さなかった。
「多分好きな人なんだろうけど・・・命の恩人も捨てがたいな・・・」
「いや、そんなに考え込まなくてもいいよ。どうせくだらない質問なんだから」
「待って!思いついた!」
岡田は自信満々に答えた。
「やっぱり全部だよ!」
「だからそれはなし―――」
「ううん!慶太が言ったのは『たった一人』でしょ?なら友達でもあって家族でもあって恋人でもあって命の恩人でもある人だよ!」
岡田の出した答え。
それは僕にとって予想外の答えだった。


368 :サトリビト ◆sGQmFtcYh2 :2010/07/05(月) 22:20:58 ID:EReNh1BU
岡田を送った後、僕は自分の家に向かっていた。
ずっと一つの事を考えながら。
友達でもあって家族でもあって恋人でもあって命の恩人でもある人。
確かに全部該当する人がいれば間違いないかもしれない。
でもそうだと陽菜は不適合になる。陽菜は家族ではないし、ましてや恋人でもない。
なら僕が陽菜の事だけを考えるのは間違いなのか?
「・・・分からない・・・」
そうやって考え込む間に家に着いてしまった。
家に着いたという事はまた姉ちゃんと顔を合わせると言う事。
憂鬱な気持ちになりながらも家に入る。
「・・・ん?」
いつもなら玄関に脱ぎ捨ててあるはずの姉ちゃんの靴が見当たらない。
僕が学校から帰るころには、必ずと言っていいほど家にいるはずなのに。
なぜか嫌な予感がする。
「姉ちゃん!」
叫んでもやっぱり返事はない。
嫌な汗が止まらない。
とにかく姉ちゃんの部屋に直行する。もし中にいたらぶち殺されるかもしれないが・・・
「姉ちゃん!」
叫ぶと同時にドアを開ける。
やっぱり誰もいない。
「くそっ!・・・ん?」
だがベッドの上に置いてある一通の便箋が目に入る。
咄嗟に手を取って中を見る。
「っ!!そ、そんな・・・嘘だろっっ!?」
僕は帰ってきたばかりにもかかわらず、慌てて家を飛び出した。
部屋に残された便箋にはこう書かれていた。

[慶太へ

 今まで本当に迷惑をかけたな

 謝ってすまないかもしれないけど、本当にごめん

 もう2度と慶太の事殴ったりしないから
                                    
 もう2度と慶太にクソ不味いご飯喰わせたりしないから

 もう2度と慶太の目の前に現れないから

 そして今度生まれ変わったときは、お前に優しくするよ

 だから、その時はよろしくな! 

 p.s.

 嘘でも慶太がウチの握ったおにぎりをおいしいって言ってくれた時、すごくうれしかったよ
                                                  
                                                  祥子]