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446 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE :2010/07/07(水) 19:22:47 ID:J4CtRE3C

鮎樫らいむが藤川里奈を襲撃した事件から、二週間経った。
世間は鮎樫らいむがアイドル復帰出来ないのは、事務所の関係者を殺害した犯人がまだ捕まらないからだとして警察の調査を批判していた。



アタシは今とても幸せだ。
確かにここ数週間色々なことがありすぎて、とても疲れた。
挙げ句の果てにはお腹をナイフで刺されて、死にかけた。
でもアタシは幸せだ。なぜなら…。
「里奈、大丈夫か?」
「うん。もうかなり良くなったって先生が。予想よりも早い回復力でビックリしてたわ」
アタシの隣には彼、遠野亙がいてくれるから。
「見かけによらずタフだな、里奈は」
「亙がずっと看病してくれたおかげだよ」
彼はふざけるがアタシは知っている。
刺された後、疲労が溜まっていたのか高熱が出てしまったアタシを、亙が看病してくれていたこと。
だから彼の前では自然に笑えるのかもしれない。
「ははは、それは光栄だな」
「もう!ごまかさないでよね。まあ良いけど…」
たくさん酷いことをしたアタシを、それでも亙は許してくれた。
…勿論彼の中に鮎樫らいむがまだいるのは分かっている。
「これでやっと我が儘なお嬢様からも解放されるな」
「アタシだって、亙の不器用な看病なんて二度と受けたくないんだから」
でもいつの日か、彼があの子のことを忘れられる日が来るなら…。
「俺が気にしていることをぬけぬけと言いやがって!」
「病人に暴力は禁止よ!桃花助けて!」
「なっ!?」
「はい、里奈様。成敗です」
「ま、待ってくれ!俺が悪かった!だ、だから命だけは……ぐはぁ!?」
その時、隣にいるのがアタシだったら良いなって思う。


447 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE :2010/07/07(水) 19:23:48 ID:J4CtRE3C

一通り桃花の洗礼を受けた後、俺は出かける準備をしていた。
別に執事の仕事をサボっているのではない。ちゃんと半日だが休みを貰ったのだ。
「お出かけかな?」
振り向くとそこには藤川英が立っていた。
「はい。英様もですか?」
「ううん。僕は今帰って来たところ。やっと調査が進んでね。また少ししたら出かけなきゃならないんだけど」
迷惑そうに言う割には、藤川英は楽しそうだった。
「調査、ですか?」
「ああ。言ってなかったよね。僕は学校の仲間達と何でも屋みたいな物をやっているんだ。その調査だよ」
「そうなんですか」
「色々な依頼が来るんだ。くだらないものから、興味深いものまでね」
こんなに楽しそうに語る彼を初めて見た。
どうらやその"何でも屋"は、彼の生きがいのようだった。
「って、君に言いたいのはこのことじゃないんだ」
「言いたいこと?…俺にですか」
「お礼を言おうと思ってね。最近の姉さん、憑き物が落ちたみたく楽しそうなんだ。遠野さんのおかげなんだよね?」
「…俺はただ、彼女の側にいるだけです」
「それで十分だと思うよ。本当の姉さんを見てくれる人なんて、今までは桃花くらいだったからね」
「本当の…ですか」
「皆姉さんの家柄やルックス、頭の良さ…つまりは付属品にしか興味を示さなかったから。勿論お父様もだけどね」
「………」
「…はは、何か変だね僕。こんなこと言ってもしょうがないのに。とにかくお礼が言いたかったんだ、ありがとう」
「……はい」
微笑みながらお礼を言う藤川英の眼を、俺は見ることが出来なかった。


448 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE :2010/07/07(水) 19:24:40 ID:J4CtRE3C

喫茶店『向日葵』。
この二週間、俺は時間を作っては頻繁にここに足を運んでいた。理由は一つ、神谷美香と会うためだ。
「ここのコーヒーも随分飲んだな…」
今では常連と言っても過言ではないかもしれない。いつも座っているこの席にも、愛着が沸きつつある。
「ゴメンな!ちょっと長引いちゃってさ」
「…本当に時間にルーズだよね」
「まあまあ、結局来たんだからそれで良いじゃねぇか」
「生徒会も遅刻するようなら、何か罰を課さなければな」
「いつも遅刻してるわけじゃないですから!」
俺の他にもこの店が気に入っている人がいる。
例えば今後ろにいる4、5人の高校生らしき若者達は、大抵毎日この店にいるのだ。
今は学生がいるには早い時間帯だが、話を聞いているとどうやら今日から定期テストのため、午前中に終わったようだった。
「先輩!お待たせしました!」
そんなことを考えていると、いつの間にか神谷が来ていた。
「おお、また呼び出しちゃって悪かったな」
「いえいえ、先輩とのデートなら大歓迎ですから」
「デートってお前…」
「冗談ですよ、冗談。それで頼まれていた件なんですが…」
何故神谷と会うか。勿論ライムの件でだ。
神谷が二週間で集めてくれている情報を元に、事件の真相へたどり着くことができれば…。
「…やっぱりどこにも?」
「はい。そんなニュースはやってませんでした。一応ローカルも調べましたけど、どこにも」
「じゃあ…」
「先輩の予想した通りですね」
「…そうか」
……"真犯人"の目星はついた。後はライムと連絡が取れれば良いのだが。


449 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE :2010/07/07(水) 19:25:37 ID:J4CtRE3C

「いやぁ、面白かったですね!」
「そうか?俺にはヒロインが病んでるようにしか見えなかったが」
駅前の映画館。話が一段落ついたので気晴らしがてら神谷と映画を見ていた。
…決してデートではない。
「何言ってるんですか!あれは一種の愛情表現ですよ!」
「愛情表現…?明らかに主人公の兄貴、殺されかけてたけどな」
ちなみにタイトルは『僕は妹に恋される』という恋愛物で、神谷が見たがっていた。
「殺したいほど好きだってことですよ!…あんなに一途な想いを貫けるなんて、羨ましいな」
「お前は結構貫けるタイプじゃないか?俺を思いっきりビンタしたわけだし」
「…何か根に持ってます?」
「いや全然」
「…まああれは先輩が悪かったので。でもわたしだって貫けない想いくらい…ありますよ」
神谷は俺の少し前を歩いているので、彼女がどんな表情で話しているのか分からなかった。
「神谷でもあるんだな、そういうこと」
「わたしだって女の子ですからね。忘れてました?」
「…ゴメン。そういうつもりで言ったんじゃ」
「冗談ですよ。本当に単純なんだね、駿にぃ…あ」
「…駿にぃ?」
神谷に追いついて並んで歩く。
「…すいません。先輩が兄と似ているので…つい間違えちゃいました」
「お兄さんいたんだな」
「はい。先輩と似て鈍感で単純で馬鹿でどうしようもなく頼りなくて…」
「おいおい…」
「でも優しくて凄く暖かくて、一緒にいたいって思える人でした」
「…今は、どうしてるんだ?」
「…今は一緒じゃないんです。ちょっと遠くに行っちゃって」
神谷はどこか遠くを見つめていた。
「遠くって…海外とかか?」
「そんなとこです。実はこの事件が片付いたら、兄に会いに行こうと思ってるんです」
「そっか…。何か悪いな、こんなに付き合わせちゃってさ」
「気にしないで下さい。会おうと思えばいつでも会えますし。それにこれはわたしの意志ですから」
「でも…」
「…じゃあ、一つお願い聞いてくれますか?」
「神谷には随分世話になってるからな。俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
「じ、じゃあ…あの…。今日だけで良いので…その……しゅ、駿にぃって言って良いですか」
神谷は顔を真っ赤にしながら言った。もしかすると兄に会えなくて寂しいのかもしれない。俺は神谷の兄に似てるって言っていたし。
「別に神谷がそれで良いなら」
「…わたしのことも…み、美香って呼んでください…」
「分かったよ、美香」
「駿にぃ…」
神谷…いや、美香は俺の手を握ってきた。俺もその手を握り返す。
「美香の手って…凄くちっちゃいんだな」
「な、何言ってんの!?駿にぃ、馬鹿じゃない!?」
「悪い悪い。嫌なら離そうか?」
「……別に嫌じゃない」
「ゴメン、声が小さくて聞こえなかったんだけど…」
「別に嫌いじゃないって言ったのっ!!」
耳元でめっちゃ叫ばれた。
「ぐはっ!み、耳がぁ!」
「…駿にぃとじゃなきゃ嫌なんだからね」
結局俺達は手を繋いだまま駅前を散策した。
美香は終始恥ずかしそうにしていたが、それでも手を離そうとはしなかった。


450 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE :2010/07/07(水) 19:26:26 ID:J4CtRE3C

神谷と別れて屋敷に戻り仕事をこなした。黒川という医者の話では里奈の腹部の傷は完治したようだ。
明日からは大学に復帰するようなので、俺も忙しくなる。
「ふぅ…」
仕事を終え部屋に戻る。もうライムと連絡が取れなくなって二週間以上経った。
日々不安だけが心を支配してゆく。
「ライム…」
もう一度彼女の笑顔が見たい。声が聞きたい。抱きしめたい。
でも待つことしか出来ない自分が情けない。
「考えていても、仕方ないか……?」
携帯が震える。神谷からだろうか。開くとメールが一通来ていた。送信者の名前は…。
「…鮎…樫……らい…む」
一瞬頭が真っ白になった。携帯を持つ手が汗ばむのが分かった。
ゆっくりと下へスクロールしていくと本文が目に入った。覚悟を決めて読む。


題名:無題
本文:今夜12時、アクアポート屋上。一人で来て下さい。


「………」
アクアポートといえば駅前のモノレールから行ける海上娯楽施設、『アクアマリン』で建設中のビルだ。
ここからだと1時間ほどでつける場所だった。
「アクアポートか…」
ライムが初めて出したシングルが大ヒットした時、その記念で二人っきりでアクアマリンに遊びに行った。
彼女の正体が周りにばれないか心配だった俺に対して、当の本人は生まれてから一度も
娯楽施設に行ったことがなかったらしく、異常なテンションではしゃいでいた。
「…また約束か」
一通り施設を回った後、俺達は建設中のアクアポートの前にいた。
島の端に位置し海が一望できるテラスが屋上には出来るようだった。
ライムはアクアポートが完成していなかったことで落ち込んでいたので、俺は彼女に言ったのだ。
「今度は完成したら来よう」と。
するとライムは大喜びして「約束だからね!」と俺と指切りをした。
「…………」
もしかするとライムは覚悟を決めているのかもしれない。
二人の思い出の場所で待っている。嫌な予感しかしない。
「…俺が必ず守ってやる」
でも俺も決めたんだ。どんなことがあってもライムの側にいることを。
「待ってろよ」
俺は携帯を握り締めた。決着をつけなければならない。