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560 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/10(土) 00:14:24 ID:hUKrr8YJ

午後11時15分。海上娯楽施設『アクアマリン』内、アクアポート前。

…何かがおかしかった。
元々アクアマリンにはモノレールでしか来られないため、この時間になると人はほとんどいない。
モノレールが動かない夜中は、本島に帰れないからだ。
おそらくライムもそこを考えてアクアポート屋上を指定したのだろうが…。
「…!またか…」
全く人が、それこそ警備員までいないのはおかしい。
アクアポート前の警備室にも人影すらなく、ここへ来るまでに通った全ての警備室がもぬけの殻だった。
「まあ入りやすかったけどさ」
ここまでは問題無く来れた。後は屋上を目指すだけ。青白くライトアップされたアクアポートに向かう。
「……一人、か」
里奈や桃花、神谷には黙ってここへ来た。
今このアクアマリンにいるのは、俺とライムの二人だけかもしれない。
「…神谷には教えておいても良かったかな」
思えば神谷にはこの事件に随分付き合わせてしまった。
本来なら神谷にも知る権利はあるのだろうが…。
「今回ばかりは付き合わせるわけには、いかないからな」
「巻き込みたくないからですか?」
「ああ…………はぁ!?」
「先輩!静かにしてください!ばれたら不法侵入ですよ!」
「悪かっ…いや、違うだろ!何でお前がここにいるんだよ!?」
俺の横にはいつの間にか神谷がいた。何で毎回気が付かないのだろう。
「嫌な予感がしたので屋敷に張り込んで、先輩をつけさせてもらいました」
「どこのスパイだよ…」
「それより先輩。わたしに言わなきゃいけないこと、あるんじゃないですか?」
神谷は微笑んでいたが明らかに怒っていた。そりゃあそうだろう。
俺だって逆の立場だったら多分怒っている。
「…勝手に行動してゴメン。神谷には…言うべきだったよ」
「……はぁ」
神谷は大きくため息をついた。
「…許してあげます。その代わり、もう二度としないでくださいね」
「…分かった」


561 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/10(土) 00:16:16 ID:hUKrr8YJ

アクアポートには建設中ということもあって、すんなり入れた。
この建物は15階+テラスがある屋上となっており、エレベーターが動かないため階段で行くしかない。
「ありがとうございました。返します」
隣で神谷にライムから来たメールを見せていた。
ここは4階。時刻は11時29分。
ここの特殊な構造上、いちいちフロアと通らないと上へ行けないのが、タイムロスに繋がっていた。
「あと30分か…」
「まあ間に合うでしょうが…意外とワンフロアが広いですね」
「ああ…。ここは…宴会場か?」
広いフロアにはまだ建設中なのか鉄骨やセメントの類が転がっており、
右隅のバーカウンターのような物がかろうじて出来ているだけだった。
「窓もガラスがない部分がありますし…。先輩、気をつけてくださいね」
「ああ……?」
前を見ると人影があった。警備員か!?と一瞬焦るが
「やはり来ましたか」
氷のように冷たい声には聞き覚えがあった。右腕が疼く。
「………桃花」
月明かりがフロアに射し、俺達を照らした。
前には月明かりを浴びて輝く銀髪をもつ、桃花が立っていた。
「…後ろの小娘は大学で里奈様に盾突いた方ですね」
桃花はゆっくりと近付いて来る。
「…桃花。一つ聞きたいことがある」
「何故私がここにいるのか、ということですか?」
「いや、違う。…お前か?」
「…質問の意味が分かりかねますが」
言いたくは…ない。でも逃げるわけにはいかない。俺はライムを守るって決めたのだから。
「……ライムの事務所の社長達を殺したのは…お前か?」
桃花の動きが止まった。少し驚いたのか表情が強張っていた。
「………」
「この前、里奈が刺されたあの日。桃花は俺にこう言ったよな?"貴方はどちらの味方なのですか?里奈様ですか。…それとも血だらけだった鮎樫らいむですか"って」
「…それが何か?」
「…何で知ってたんだ?ライムが血だらけだったこと。そもそも桃花はいつ見た?血だらけのライムを」
「………それは」
「神谷に調べてもらったがそれらしいニュースはローカルでもやってなかった」
「………」
「そしてもう一つおかしなことがある。俺は実は桃花に右腕を折られた前日にも屋敷を抜け出してたんだ」
「………貴方という人は」
「でもその日は見つからなかった。明らかに屋敷の正面の方が見つかりやすいのにな」
桃花は俺を睨みつけていた。右腕が痛むが今は気にしている場合じゃない。


562 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/10(土) 00:18:30 ID:hUKrr8YJ
「その時思ったんだ。最初に抜け出した日、桃花は屋敷にいなかったんじゃないかって」
「………」
「だからわざわざ俺に脅しをかけてきたんだろ?抜け出すんじゃないぞってさ。…結局俺は抜け出したわけだけど」
「……本当に愚かな人」
神谷が俺の袖を握る。大丈夫だ。まだ桃花が攻めて来る気配はない。
「ここからは完全に俺の推測だが、あの日桃花は事務所に行った。そして桃花が事務所に着いた時、ライムが事務所から出て来たんだ。…真っ赤に染まってな」
「………」
「それを見た桃花はライムが"血だらけ"だって勘違いしたんだ」
「勘違い…?」
「ああ。本当はあれはただの赤いペンキだったんだけどな」
「ペンキ…。ありえない…」
「…まるで真っ赤なライムを実際見たような反応だな?」
桃花に初めて動揺の色が見えた。たたみ掛けるなら今しかないか。
「つまりライムは俺を探して彷徨っている途中に誤って赤いペンキに突っ込んだ。事務所に行ったが俺が何処にいるか聞き出せず、出てくるところを桃花が目撃した」
「…お待ちください。私が事務所に行く理由などございませんが」
流石に黙ったまま聞いちゃくれないか。
「桃花は俺の居場所をライムが突き止める手掛かりを無くすため、前日に誘拐に協力した事務所関係者を殺そうと火を放ったが失敗した。だから次の日、直接手を下すため事務所を訪れたんだ」
「…まるで知っているかのようですね」
この推測、どうやら通ったみたいだな。なら…
「桃花が事務所の様子を見に行くと真っ赤な跡はあったが誰も死んでいなかった。それを桃花は利用しようと考えたんだ。もし真っ赤な跡がライムの血なら彼女に疑いが及ぶ」
「利用…ですか」
「ああ。だから犯人はあえて痕跡を残したんだ。ライムが犯人ならそんな痕跡を残すわけがないからな」
「……………」
反撃は…ない。ならばこれで解決だ。
「そうやってライムに罪を着せることで俺の気持ちを里奈に移そうとした。それが里奈の幸せを心から願う、桃花の最大の忠義だったんだ」
「…ありえません」
俺の推測を聞いて、桃花は明らかに動揺しているようだった。
「…先輩」
小声で神谷が話し掛けてくる。
「…どうした?」
「…よく言えますね、そんなデタラメ。らいむさんが真っ赤だったのが赤いペンキのせい…そんな証拠ないって何度も言いましたよ、わたし」
…そうなんだ。結局は今言ったこと全てが推測、いや妄想に過ぎない。
桃花が事務所に行った理由も分からなければ、ライムが真っ赤だった原因もペンキかどうかは分からない。
所詮は俺の希望的観測なんだ。でも…
「証拠なんて必要ない。俺が信じられれば十分さ」
逆に言えばこれは"真実"ではない、という確かな証拠もない。
現段階では様々な可能性が残っていて、俺はその中で一番俺自身が望む結論を選んだだけなんだ。
これが俺がライムを守るために選んだ結論。ライムが犯人ではない信じる、俺の真実だ。
「…シュレーディンガーの猫、ですか」
「ん?なんだそれ?」
「…いえ、なんでもありません。…多分屁理屈ですよ、今の推測」
「俺にとっては"真実"なの」
「…はぁ」
神谷が呆れる気持ちも分からなくはない。こんな理屈でここまで来ている。
ある意味異常かもしれない。でも構わない。ライムを守れるなら、それでいい。


563 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/10(土) 00:20:06 ID:hUKrr8YJ
「……所詮、遠野様の行き過ぎた妄想。違いますか?」
気が付けばいつの間にか桃花が立ち直っていた。
「ああ、そうかもな」
「…くだらないです。私が素直に認めるとでも思いましたか?サスペンスの見すぎもいいところです」
「随分今日は喋るな。もしかして…図星だったりするのか?」
桃花の表情が歪んだ。本能で察する。来る。
「他に無いのでしたら……排除します」
「来たか!」
「先輩っ!」
一気に間合いを詰める桃花に対して、神谷は予備動作なしの蹴りでそれを止めた。
「神谷!?」
「お喋りはそこまでですよ先輩!早く行ってください!時間がありません!」
「………」
何となく分かってしまう。大学で二人の戦いを一瞬見ても…多分神谷は桃花には勝てない。
「いてもお荷物なんですよ先輩は!すぐ追いつきますから!さあ早く!」
「…分かった!先行くぞ!」
それでも立ち塞がる、神谷の覚悟を無駄には出来ない。俺は階段へ向かって駆け出す。
「私がそれを黙って見ているとでも…っ!?」
桃花が俺を阻もうとするが
「そこ、まだ射程内ですよ」
神谷の蹴りによってバーカウンターの方へ吹っ飛ばされていた。
「…美香!」
「っ!」
俺の声に神谷は思わず振り返る。
「必ず追いかけて来い!」
「…はい!」
俺は階段を駆け上がって屋上を目指した。



階段を見つめる。先輩はもういないようだった。
「…不意打ちは、卑怯ですよ先輩」
兄さん以外には呼んでほしくなかった自分の名前。今では先輩に呼んでほしいと思っている。わたしも十分異常かもしれない。
「邪魔をする理由が、貴女にありますか?」
桃花とかいうメイドがこちらに近付いて来た。
「…あれを喰らって平気なんだ」
「何か、なさいましたか?」
「…言うね」
冷や汗が出る。強がりではなくこのメイドには本当に全く効いてないから。
「貴女がいなければ全て上手くいったのです」
「わたしが…?」
「貴女さえいなければ…遠野様はあんな陳腐な結論にはたどり着かなかったでしょう」
「…それ、褒めてる?」
メイドは銀髪を揺らしながらゆっくりと近付いて来る。
「やはり大学で会った時に排除するべきでした。誰かが遠野様に入れ知恵しているのは、薄々分かっていたのですが」
「………」
わたしの射程外ギリギリまで詰める。…一発で見抜かれたか。
「仕方ありません。貴女を排除して、仕上げをしましょう。里奈様のためにも必ず」
「…来いっ!」
でも先輩のために、負けるわけにはいかない。


564 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/10(土) 00:22:24 ID:hUKrr8YJ

「はぁはぁ…!」
時刻は11時45分。桃花に随分時間を割かれたが、ようやく10階段まで来た。
「後少し…」
そういえば最近、頻繁に走っている気がする。逃げ出したり追いかけられたり…よく考えると何か情けないな、俺。
「…自分に出来ることをしよう」
神谷のことが気になるが戻ったところでどうしようもない。今はライムに会うことだけを考えよう。
「今行くからな…」
俺は屋上を目指して走り出した。



「ぐっ…!?」
弾き飛ばされる。自ら引いて衝撃を和らげてもこの威力。防いだ両腕が痛む。
「まだ終わっていませんよ?」
「…っ!!」
拳の一撃から高速の蹴りの連撃。
耐えられず神谷の華奢な身体は吹っ飛ばされ、受け身も取れず壁に激突した。
「…この程度ですか。笑わせますね」
「………うっ…!」
桃花と対峙してからまだほんの10分程度。
それでも神谷は圧倒的な実力差の前に為す術もなかった。
「時間の無駄です。お付き合いいただき、ありがとうございました」
「…間合いに……入れれば…」
壁を使って何とか立ち上がる。もう限界が近付いていた。
「間合い入れたところで貴女の攻撃が私に届きますか?」
「……ちっ」
「…それでは、ゆっくりお休みください」
桃花が驚異的な脚力で一気に近付いてくる。神谷は桃花を見つめる。…チャンスは一度。
もし桃花が蹴りを繰り出したら…諦めるしかない。
「……まだっ!」
「なっ!?」
桃花が神谷の頭部に向かって打ち出した渾身の右ストレートを、神谷は自らの両腕を犠牲にして食い止める。
同時に桃花の脚力を利用して予備動作なしの蹴りを、彼女の懐に突き刺していた。
「眠くねぇんだよ!!」
「っ!?」
自分のスピードをもろに腹部に受け、宙に浮く桃花の頭部に
「弾けろっ!!!」
神谷の後ろ回し蹴りが炸裂し、桃花は横に吹っ飛んだ。
「はぁはぁ…あ…」
今の一撃で限界を超えてしまったらしい。
両腕は桃花の右ストレートで骨折していた。痛みを感じない。そして感覚もない。
さらに足は立つことすら出来ず、その場にペタンと膝をついたまま動けなくなった。
「………あ、れ…?」
血を流し過ぎたのか、頭が回らず考えられない。
とりあえず今の一撃で桃花が倒れなければ…勝機はない。
「…流石に効きました。窮鼠猫を噛む、ですか」
桃花がゆっくりとこちらに近付いて来る。
口から血が垂れており、多少のダメージは与えたようだった。
「……そっ…か…」
しかしその程度。致命傷には至らず逆に神谷は虫の息だった。
「しかしそこまでですね。小娘の貴女が藤川家のメイド長の私に、抗うこと自体が愚かな行為…」
「……はは…」
わたし…死ぬのか…。結局…先輩の…役…に……たてな…かっ……た。
「貴女の髪の色そっくりに、貴女を染めて差し上げます」
…先輩……わた…し…先輩…のこ…と……。
「さようなら」
神谷はそっと目を閉じた。