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70 :森山家の青少年 [sage] :2010/07/12(月) 22:54:31 ID:4CQ6Cn47
第4話(少年編)

 八月末・いまだ残暑がつらい昼前

 八月もまだ終わらないが、我が校では始業式が行われた。
 夏休みが七月前半に始まるという日程のため、始業式は八月中に行われる。
 「やっと始業式が終わったねぇ」
 「やっぱ高校も校長は、話が長いよね」
 疲れの色を全く見せない屋九嶋。
 始業式の終了という開放感に喜色を全面に出す久堂。
 「あ~~・・・疲れた・・死にそうだよ」
 「・・・昨日の夜何してたんですか」
 他の生徒とは一線を画した倦怠感を見せる啓。
 啓のことだから恐らく深夜までゲームしてたんだろう。
 「で、今日はこれで放課。そこで皆集まって何かしよう!」
 「いつもと変わらねぇじゃん」
 久堂の提案を真っ向から迎え撃つ啓。
 「で、何処で何をするかだけど」
 「俺のツッコミはスルーか!?」
 あの倦怠感は何処へやら、既にいつものテンションに戻っている。
 「すいません、俺はパスします」
 「なんだよ裕介、付き合い悪いな~」
 「・・今日だっけ?アレ」
 啓はばつが悪そうに苦笑した。俺は軽くうなずいて応える。
 「なんだよ!男二人で納得しちゃってさぁ!」
 久堂は不満をあらわに文句を並べる。
 「早い方がいいだろ。行ってこいよ」
 空には俺の胸中を映すように、薄暗い雲が広がっていた。



71 :森山家の青少年 [sage] :2010/07/12(月) 22:55:06 ID:4CQ6Cn47
 午後・鬱屈とした曇天
 
 見慣れていたはずなのに懐かしさを覚えてしまう。
 風雨に汚れ、黒ずんだ白い校舎。俺の母校たる中学校。
 まだ夏休みの校舎内にいるのは一部の教員と運動部の生徒くらいだ。
 普段は昼休みに生徒たちが屯す絶好の場所となる校舎裏に、いつもとは異質な人だかりができている。
 校舎に隣接する、花の咲いていない花壇。
 そこに置かれた小奇麗な花束。
 花束の前で立っていた男性が俺を見て、睨むように目つきを険しくした。
 実際、睨まれたのだろう。睨まれても仕方ないと思っている。
 この花壇で二年前に死んだ鈴村の父親だ。
 
 遺体発見当時、鈴村は真っ赤に染まっていた。
 傷は手首。リストカットとか言うヤツだった。赤一色に染まった衣服が一目で致死量だと教える。
 近くに落ちていた小型のバタフライナイフには鈴村の血と指紋だけがベットリと付いていて、誰もが自殺だと思った。
 捜査が進むにつれて、次第に他殺の疑いも出てきた。
 自殺のリストカットにしては傷が深すぎる。
 反対側に貫通する寸前という異常なまでに深い傷跡。
 大抵の自殺者は中途半端に痛みを恐れて深く切らない。それで自殺未遂になる人も多いらしい。
 そして当時は俺という交際相手がいた。
 少なくとも俺はうまく付き合えていると思っていた。鈴村はいつも笑顔だったはずだ。
 そして何の前触れも無い鈴村の自殺。
 物的証拠はよく揃っている。誰もが自殺だと思う状況。
 状況証拠は不十分極まりない。自殺にしては不自然すぎる。
 一時は俺に向いた容疑も、次第に晴れた。
 公的には自殺で結論付けられた。もちろん俺は納得していない。

 鈴村の死から一ヶ月くらい経った頃

 鈴村の母親はもともと病弱で、俺と鈴村が付き合い始める何年も前から入院していた。
 肉体的には限界寸前。一人娘の死で心労もピークに達したのだろう。
 『貴方には未来がある。ウチの子の事で悲しんでくれるのは嬉しいけど今は前を向いていなさい。』
 俺にそう言って・・・言い残してその一週間後に亡くなった。
 深夜に容態が急変したらしい。
 そして鈴村の父親は独りになった。手元には多額の保険金。
 厳しいながらも家族思いだったあの男性にとってはたいした価値も無かっただろう。
 生き甲斐を失うとはこういうことかと思わせるほどに今、花壇の前に立つ後姿は霞んで見えた。

 しばらくして、集まっていた人だかりも疎らになってきた。
 ・・・帰ろう。これ以上居ても居心地悪いし。
 十数秒、両手を合わせて黙祷し、その場をあとにした。
 歩き始めると雨が降り始め、次第に勢いを強めていく。
 傘を持っていて良かった。



72 :森山家の青少年 [sage] :2010/07/12(月) 22:55:37 ID:4CQ6Cn47
 朝・山の陰から太陽が顔を出す頃


 腹の痛みに耐えながらいそいそと制服を纏う。
 当初は激痛に他ならなかった痛みも徐々に引き、今は鈍痛というレベルだ。
 しかし痛みは依然として強い存在感で俺の体を蝕む。
 心臓の鼓動に合わせるように痛みの波が満ち引きを繰り返す。
 少しでも気を緩めればすぐさま呻きながら悶絶し動く事を諦めてしまいそうだ。
 原因はおよそ15分ほど前に遡る。

 「起きろ兄貴~!」
 ドスンと鳴った。30kgの米袋(半俵)を落としたような音だ。
 腹部への強烈な衝撃を感知した痛覚神経が1秒足らずで全身に警報を発する。システム・オールレッド ワーニング!
 「ごっ…ぶはぁぁっ!!」
 詰まった息が一気に吐き出される。
 俺の腹に腰掛ける体勢の和沙を見て原因が判明。
 ヒップドロップだ。あの有名な某・アクションゲームの攻撃手段のひとつ、堅牢なブロックをも粉砕するヒップドロップ。
 絶賛爆睡中の無防備な相手に…いや、標的がどんな状況であろうと決して腹部を狙ってはいけない必殺技だ。
 「これでまだ起きないなんて……しからば奥の手!」
 あまりの激痛に悶え苦しみ、声すら出せない状態の俺をよそになにやら不穏な物音が…
 硬くて重いものが床にぶつかる音。
 恐る恐る振り返るとそこには赤褐色の1メートルくらいある細長い八角柱。
 剣道などの筋力トレーニングに用いられる八角棒だ。
 おおよそ重量4キロ以上。立派な凶器だ。
 いまだに俺が目を覚ましたことに気付いていない様子の和沙。
 アレで目覚ましをされて起きない者は居ない筈だ。もし起きなかったらソイツは死んでいる。
 和沙が震える腕で八角棒を最上段に振り上げた。絶体絶命の危機である。
 そんな時、救いの手が差し伸べられた!
 部屋のドアが荒々しく開け放たれ、賢一兄さんが乗り込んで来たのだ。
 突然の闖入者に驚いたらしい和沙が八角棒を取り落とし、部屋に鈍い音が響き渡る。
 「朝から五月蝿ぇぞ……お前ら……」
 賢一兄さんは朝に限りいつも非常に機嫌が悪い。この騒ぎでその逆鱗に触れてしまったらしい。
 以前賢一兄さんと兄弟喧嘩した宗司兄さんが朝方に奇襲をかけに部屋へ突撃し、数分後に痣だらけになって戻ってきたのをよく覚えている。
 完全に意識を失う直前に言い残した「あそこは……魔窟だ。決して朝は近づくなよ」とは数日後に身をもって体験した。
 そんな不機嫌な状態の賢一兄さんが和沙の襟首を掴んで引きずって行く。
 「ギャーーーっ助けて兄貴ぃ~~っ!!」
 いまだ声を出す事も叶わず、ただ見送るしかできなかった。
 さらば我が妹。来世では幸せになれよ……
 少しの間をおいて和沙のやかましい断末魔が聞こえてきた。

 結局、痛みに耐えられず欠席する。



73 :森山家の青少年 [sage] :2010/07/12(月) 22:56:13 ID:4CQ6Cn47
「………というわけなんです。心配かけてすいません。」
 夕刻、いつもの3人…屋九嶋、啓、久堂…が見舞いに来てくれていた。
 俺はいまだに痛みの引かない腹を抱え、ベッドに横たわっている。
 「裕介君はいつも絵に描いたような健康体だからねぇ。心配したよ」
 「しっかし和沙ちゃんも怖ぇな。どっから八角棒なんか出てきたんだ?」
 「ところで……久堂さんはどうしたんですか?部屋から出たきり戻ってこないようですが」
 言われて思い出したような顔をして屋九嶋は「あぁ…」と頷く。
 「律花なら和沙ちゃんのところへ行ったよ。意外と仲いいからね、あの二人」
 そう、今朝賢一兄さんの逆鱗に触れた和沙は床に涙の跡を残しながら苦しげな表情で横たわっていた。
 第一発見者の宗司兄さんによると左右で足首と腿を紐で縛られており、両肩が脱臼していたらしい。
 一体何をしたんだ賢一兄さん
 紐はすぐさま鋏で切らた。
 なんとすぐ近くに賢一兄さんが使っている医学書が置いてあり、その手引きに従い脱臼を治すことができたらしい。
 …そもそも本置いていく優しさがあるなら自分で治してから大学に行ってくれよ兄さん。
 ちなみに賢一兄さんは医大生だ。
 和沙が受けただろう拷問に同情しつつ嘆息する。


74 :森山家の青少年 [sage] :2010/07/12(月) 22:56:54 ID:4CQ6Cn47
「じゃ、お大事にね」「じゃぁな裕介。」「明日はちゃんと学校に来なさいよ」
 と言って三人は帰っていった。
 大分痛みも引いていたので和沙の様子を見に行く。
 「和沙、入るぞ。」
 ノックして部屋の扉を開ける。
 「かz「兄貴ぃ~~~!」
 部屋に入った途端に何故か既に寝巻きを着ている和沙が飛び付いてきた。
 「兄貴兄貴兄貴ぃ~~!」
 「ちょ、く…首が絞まっ………!」
 「何で来てくれなかったの?痛かったし寂しかったんだよ!?」
 「やめ……腹に響く…」
 今にも決壊しそうな程に涙を浮かべる和沙。
 頭でも撫でて落ち着かせようかとも思ったが、それよりも本能が生命的危機を訴える。
 そして和沙が泣き出した。押し殺すような泣き声の合間に嗚咽が漏れ、それに合わせて僅かに痙攣を繰り返す。
 兄に甘えて思いっきり泣くのはいいとしよう。
 だけど物凄く腹に響くんです。痛いんです。原因は貴方のヒップドロップです。
 思いっきり泣いてもいいんです。でもその前に離して下さい。
 
 十数分後、やっと落ち着いた和沙から開放される。
 その間ずっと抱きしめられる体勢が続き、痛みのあまり冗談抜きに2、3度意識が遠のいた。
 その和沙は現在ベッドに腰掛ける俺の手を握りながら横で安らかな寝息をたてている。
 …いい加減コイツのブラコンぶりも直さなくちゃいけないな。
 顔立ちは整っているし、スポーツ趣味だから話の合う男子も多い筈だ。
 あとは完全に兄離れできれば文句なしだ。 
 「余計なお世話かもしれないが、兄として幸せになって欲しいよ」
 「ヤダ。兄貴と一緒がいい」
 むくりと上体を起こしながら和沙が眠そうに目元を擦る。
 「なっ!…起きてたのか!?」
 「兄貴知らないの?ブラコンは死んでも治らないって言うでしょ」
 「言わねぇよ!ってか聞いてたのかよ」
 「いやぁ、兄貴があんなにもアタシの事思ってくれているとはね。私も兄貴が大好きだよ」
 「…マジで洒落にならないからやめてくれ」
 理性とか、兄としての不文律とか、法律とか、世間体とかさぁ。
 「あぁ…兄貴が見つめるからお○んこが濡れてきちゃったよぉ」
 「バカなことを言うんじゃありませんっ!」
 上目遣いの潤んだ視線を、和沙の脳天にチョップを叩き込んで強制排除。
 まったく何て事を言い出すか。もはや異常者の域だぞ。
 「うぅぅ…兄貴ぃ痛いよぉ……」
 「知るか痴女」
 「痴女扱いされた!?実の兄に痴女扱いされたよ!!」
 「実の兄って言っても腹違いだろうに」
 「そんなの関係ないもん!………フヒヒ」
 「な、なんだその不気味な笑いは!?」
 俯いて怪しい笑いを零し始めた和沙。
 そのままトリップしたような状態の和沙を置いて部屋を出ていく。
 


75 :森山家の青少年 [sage] :2010/07/12(月) 22:57:43 ID:4CQ6Cn47
「ただいま………」
 部屋を出るのとほぼ時を同じくして宗司兄さんが帰ってきた。
 「あ、兄さん」
 「プリント貰ってきたぞ」
 2、3枚のA4紙を受け取り、内容を見る。
 宗司兄さんはさっさと部屋に閉じ篭ってしまった。
 「そろそろ三者面談の時期か」
 両親は居ないが、賢一兄さんが代行してくれるだろう。
 大人びた…と言えば聞こえはいいが、若干老けた顔立ちなので現役大学生なのに「中堅職員」とまで言われている程だ。
 多分保護者で通る。
 …もちろん本人の前では絶対禁句だ。
 
 本日、賢一兄さんは帰ってこなかった。泊り込みで何かしてるんだろう。
 帰ってきたら和沙の事を相談しようと思う。
 眠気に歪む意識の中で、誰かが部屋に入ってきたような気がした。