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97 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/13(火) 23:03:19 ID:oAd3xcH3

あの一夜、世間的には"アクアポート爆発事故"と呼ばれる出来事から半年が経った。
藤川コーポレーションはこの爆発を機械の誤作動という"事故"で片付けた。
藤川栄作がマスコミ各社や警察関係者に圧力をかけ、事実を捩曲げだのは明らかだったが、誰もそれを追求しようとはしなかった。
それだけ藤川栄作、藤川コーポレーションの力が強かったせいなのだろう。
そしてその裏で"鮎樫らいむ関係者殺害事件"は世間から忘れ去られていった。
当の鮎樫らいむも本人が姿を現さずに突然の引退を事務所が発表した。
この件に関しては半年経った今でも、様々な憶測が出回っている。
小国コーデルフィアは手を返したように無関係を貫いた。
僅か半年で平成の歌謡界に衝撃を与えたトップアイドル"鮎樫らいむ"は、同じように僅か半年で歌謡界を去った。
まるで彼女の存在が幻だったように。


98 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/13(火) 23:04:20 ID:oAd3xcH3

「…ということで続いて、今人気急上昇中のモデル、神谷美香さんで~す!どうぞ~!」
スタジオ中の拍手を受けわたし、神谷美香はテレビに映る。
あの後、わたしは病院で目を覚ました。誰が助けてくれたのかは分からない。
…中学生と認識されていたのはムカついたが。
とにかくわたしは死ねなかったのだ。折角駿にぃに会えると思ったのに。
「いやぁ、可愛らしいねぇ!神谷さん、幾つでしたっけ?」
大物キャスターがわたしに質問する。…喧嘩売ってるのかコイツ。
「…19歳です」
スタジオ中から驚きの声が上がる。わざとらしい。
「本当に可愛らしいですねぇ!今度公開される映画『先輩(僕)は後輩に恋される』で主演されるお二人です!」
「先輩の瀬戸内太陽(セトウチタイヨウ)役をやらせてもらいました、山田亮(ヤマダリョウ)です!」
顔だけが取り柄の男が自己紹介する。いくら宣伝といってもコイツと一緒にいるのは虫酸が走る。
何かと食事に誘ったり、ベタベタしてきたり…下心丸出しだっつーの。
「後輩の夏目優乃(ナツメユウノ)役をさせてもらいました、神谷美香です」
いつものように作り笑顔でやり過ごす。
そう、わたしはあの後モデル事務所の意向で芸能界へ進出した。
本当は死んでもゴメンだがギャラは数倍だし、何より体験してみたかった。
かつて鮎樫らいむがいたこの世界を。
「じゃあよくお二人でお食事とか行かれるんですか?」
「はい、神谷さんは素晴らしい女性なんで色々と話を聞きたいんですよ」
「もしかして…結構良い感じだったりしますか?」
「いやぁ…どうでしょうね」
ニヤニヤしながら話す瀬戸川…いや、瀬戸際だっけ?とにかく隣の男。
考え事をしている内に話が進んでいた。まあ興味ないけど。
「今作は半年前に大ヒットした『僕は妹に恋される』の続編ということですが、では最後に全国の先輩後輩達にメッセージをお願いします!それでは山田さんからで」
「えっと、全国の後輩諸君!この映画には先輩後輩の甘酸っぱい恋物語が詰まっています。是非とも僕の先輩っぷりを見ていってくれよな!」
スタジオからは歓声が聞こえる。こんな男の何処が良いのか…。
「ありがとうございました!それでは続きまして神谷さん、お願いします!」
「はい。…先輩、お久しぶりです。見てますか?…どうせ先輩のことだから"神谷がテレビなんて似合わないな"とか言うんでしょうね」
スタジオが静まり返る。どうやらわたしが演技をしてると勘違いしているらしい。
でも違う。
…これは先輩へのメッセージ。
「…先輩、生きてますよね?わたし、先輩のこと…好きです。あの時は言えなかったけど…わたし先輩が大好きでした」
誰もがわたしの熱の入りように魅入られていた。
「本当に馬鹿ですよね…。今頃気が付くなんて、本当に…。だから決めました。先輩が自分で決めたように」
中には泣いている人もいた。…何も分からないくせに泣かないでほしい。
「…わたし、待ってます。いつまでも先輩を待ってます。そう決めたんです。だから、さよならは言いません。また…会いましょう!」
笑顔でカメラ…その先にいる先輩へ語りかけた。そうなんだ。どうしたいかは自分で決めること。
駿にぃには会いたいけど、まだ生きていたい。この世にはきっとまだ、先輩が生きているから。
例えこの先一生会えなかったとしても構わない。わたしの願いはたった一つ。
先輩と…生きていきたいだけだから。


99 :名無しさん@ピンキー [sage] :2010/07/13(火) 23:04:48 ID:txjJHLZD
支援


100 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/13(火) 23:07:01 ID:oAd3xcH3

『ということで山田亮さんと神谷美香さんでした~!』
テレビにはあの時と同じく、血のように赤い髪をツインテールにして揺らしている神谷が映っていた。
「ねぇ、亙。あの神谷ってモデルさん…」
「…彼女がどうかした?」
ドキッとする。ライムは神谷と面識はなかったはずだが…。
「ちっちゃくて可愛いよね!」
「…そうだな」
…心配して損した。ライムが神谷を知っているわけないもんな。
それにしても驚いた。まさか神谷が芸能界にいたなんてな…。
つい最近まで全く知らなかったので、初めて見た時には思わず飲んでいたオレンジジュースを吹き出してライムに叱られた。
「この子も可愛いと良いよね」
そう言いながら愛おしそうに自分のお腹を撫でるライム。彼女のお腹は膨らんでいた。
「まあ俺とライムの子だから、大丈夫だろ」
あぐらをかいている俺の膝の上にちょこんと座るライムの頭を撫でてやる。
「うーん…。父親がちょっとねぇ…」
「おい、何だそのフォロー出来ないジョークは?」
「冗談だよ。私が選んだんだから間違いないしね」
「…そりゃどうも」
一見半年前の生活に戻ったような俺達。だけど実際は何もかも違う。
ライムは妊娠六ヶ月だし、もうアイドルでもない。そして…
「…ねぇ亙?」
「なんだ?」
「亙の好きな"ライム"ってこんな感じで良いんだよね?」
…ライムは記憶を失っていた。
俺たちは海から奇跡的に生還しその足で病院に直行してライムを治療してもらった。
手術は成功したがその代償としてライムは記憶喪失になってしまったのだ。
原因は分からない。
出血多量かもしれないし、海に落ちた時の衝撃かもしれない。
いずれにせよ、俺がライムと病室で会った時彼女は何も覚えていなかった。
…俺のことも一切。


101 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/13(火) 23:08:50 ID:oAd3xcH3
「…まだ気にしてんのか?俺が好きなのは今のライムだからさ」
ライムを抱きしめる。記憶喪失になっても相変わらず華奢な身体だ。
「…ありがとう、亙」
この関係に戻るのに半年かかった。でも結局ライムは何も思い出せていない。
自分が小国コーデルフィアでどんな思いをしてきたのか。
俺と出会ってアイドルになって…。今までのことを何一つ覚えてないのだ。
正直、最初は絶望した。運命を憎んだし、ライムを守れなかった自分が情けなかった。
「そういえばもうすぐだな」
「…一周年の記念日、だよね?」
「そうそう。俺とライムが初めて会ってから一年だ。何か早いな…」
「どういう出会いだったんだっけ?」
「よくぞ聞いてくれました!あの日、俺はヤンキーに囲まれて困っていたライムをさ…」
「…私に記憶がないのを良いことに改ざんしてない?」
「いやいや、本当なんだって!何で毎回疑うかなぁ…」
それでもライムは俺を必要としてくれた。
記憶がないのに病室で俺の袖を掴んで「一緒に…いて」と言ってくれた。
だから俺はライムといる。彼女が望む限り、俺は彼女と人生を渡り続けるのだろう。
「本当は信じてるから大丈夫。…だからね」
ライムは俺に抱き着くと耳元でいつものように囁く。
「私の側にずっといてね?…死ぬまで、ううん。死んでも」
記憶喪失になったライムと住み始めて分かった。
彼女はしばらく俺といないと気分が悪くなり、悪化すると嘔吐や精神不安定になる。
一度急用で帰るのが1日遅くなった時があった。あの時のライムの狂気を俺はまだ忘れられない。彼女のあの表情も。
だから今の仕事も定時には必ず上がるし、飲み会や出張は拒否する。
そうしなければ彼女はまた、壊れてしまうのだ。
「…ああ、ずっと一緒だ」
だから俺はライムと歩み続ける。いつか彼女が壊れてしまっても、それを受け止められるように。




人は皆、欲しいものがある。

人は皆、何処が壊れている。

でもどうか、欲しがることを恐れないで。

でもどうか、壊れることを恐れないで。

きっとどこかにそんな貴方を受け入れてくれる人が、いるはずだから。


102 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/13(火) 23:10:39 ID:oAd3xcH3

2009年9月、遠野亙と鮎樫らいむの出会った日。

「私は鮎樫らいむ。よろしくね」
「鮎…樫…。変わった苗字ですね」
俺は美少女に手を握られた恥ずかしさをごまかす為に質問した。
「ああ、これは偽名なの。一人だけ日本に知り合いがいてね。ここに来る前に訪ねたんだけど、その時に考えてもらったの」
嬉しそうに笑う鮎樫さん。その知り合いとは仲が良いのだろう。
「そうだったんですか」
「ええ。その人が面白くてね?逆にすると…」
「逆、ですか?」
"あゆかしらいむ"…別に回文じゃないよな。ウチのサークルには回文がいるが。
「…まあその話はいいわ」
「…気になるんですけど」
「それよりも覚悟してね!これからは私のマネージャーとしてバシバシ働いてもらうわよ!」
「…あの、断ることは…」
「出来ません!」
「…やっぱり」
何だろう?いつの間にか自然と受け入れている自分がいる。
鮎樫さんといれば今までの日常が変わるんじゃないだろうか。そんな期待。
「さ、敵は多いわよ?しっかりと私を守ってね」
「は、はい!」
ウインクをされて思わず返事をしてしまう。
…でも悪くない。鮎樫さんとなら、どんな障害でも渡れる気がするから。
「よーし!さっそく明日から事務所回りよ!契約なんて、すぐ取ってやるんだから!」
「お、俺も頑張ります!」
一年後、俺はどんなことをしているんだろう。ちゃんとこの娘をアイドルに出来ているんだろうか?
「…ま、やってみなくちゃ分からないよな!」
月はどこまでも輝いていて俺と鮎樫さんを照らす。まるで月だけが俺達の行く末を知っているようだった。



願わくば二人にひと時の平穏を











きみとわたる ~完~