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232 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十二話 ◆AW8HpW0FVA :2010/07/16(金) 20:01:43 ID:WbSBxrpW
第十二話『東方の小覇王』

エトナの町に凱旋した時、シグナムは町中の賞賛に包まれた。
女達を救い出しただけでなく、憎き山賊達を皆殺しにしたのだ。
町人達は溜飲が下がった思いだったのだろう。唯一の心残りとしては、火計を行なう上で、
集められた金目の物を回収する事が出来なかった事だが、その辺りは責められなかった。
とにかく、シグナムは町民達の期待に十二分に応え、町民の人身掌握は成功した。
それを実感したシグナムは、町民達に目を向け、
「喜ぶのはまだ早いです。山賊を滅ぼしたとはいえ、それはその他大勢の内の一部に過ぎません。
これから先も、この町には山賊だけでなく、群盗、海賊などがやってくるでしょう。
どうか皆さん、我こそはという人は名乗り出てください。
私と共に、この大陸から賊魁共を駆逐しましょう!」
と、よく通る声で呼び掛けた。
いきなりこんな事を言っても、おそらく誰も振り向きはしない。
仮に王家の紋章を見せたとしても、彼等は、
所詮あいつは王室という温室の中でのうのうと暮らしていた腑抜けだ、
と、思うだけで、まともに兵は集らないであろう。
そこで考え付いたのが、目に見える形でなにか実績を作るというものだった。
人心を掴むには、まず自ら身体を張る事だ、というのがシグナムの持論である。
事実、シグナムの呼び掛けに、一人が名乗りを上げ、後から二、三とそれに続いた。
結果的に、シグナムの下には二千という義勇兵が集った。
シグナムの目論みは見事に成功したという訳である。
後は、ファーヴニルで交渉しているブリュンヒルドが吉報を持ってくる事だけだが、
こればかりは運である。シグナムはその事を念頭からはずし、調練を開始した。
集った二千人は、今まで戦った事のない者達ばかりだったが、
彼等は必死に調練に付いていった。それだけ、賊共に対しての恨みが深い事が分かる。
義勇軍の調練は、一月ほどで終了させた。
本音を言えば、もう少し続けたかったが、こんな所で二年も三年も戦っている暇はない。
調練不足は、兵達の気力と怒りで補う事にした。
また、この頃にブリュンヒルドがエトナの町に到着した。
ブリュンヒルドが持ってきた報告は、吉報だった。
エトナの町には、大量の資金や食料、さらには武器が運び込まれた。
この時になって、シグナムは自分が王族の出身である事を町民達に告げた。
町民達は開いた口が塞がらず、我に返ると一斉に平伏した。
それはそれとして、シグナムは兵達の装備を統一させた。
ぼろ衣を身に纏い、木の棒などで調練していた時よりも、よっぽど見栄えがよくなった。
ちなみにシグナムは、それと平行し、新しい服を新調していた。
それは旗袍と道服を組み合わせた様な奇妙なもので、青と白が基調となっている、
誰が見ても振り向く様な、派手とは違った奇抜な服だった。
兎にも角にも、戦いの準備は整った。
閲兵式を行なったシグナムは、ブリュンヒルドに五百の兵を与え別働隊とし、
自身は千五百の兵を率いる事に決め、出発した。
シグナム達の初陣の相手は、西北に勢力を張っている山賊団である。
その数は、シグナム達の兵力の凡そ十倍である。
初っ端から、シグナムは困難な道を選んだのである。



233 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十二話 ◆AW8HpW0FVA :2010/07/16(金) 20:02:26 ID:WbSBxrpW
西北に行くまでに掛かる日数は、凡そ十日である。
別働隊であるブリュンヒルドは、シグナムの横にはいない。
ブリュンヒルド隊は、出発して早々、シグナムの命令により、別の道を通る事になったのだ。
七日ほど歩くと、ゴゴ川が見えた。この川を越えると、シグナムの軍は敵地に入る事になる。
シグナム達は気合を入れ直した。川を渡り終えると、目の前には林が広がっていた。
それをじっと見つめていたシグナムは、兵達に指示を飛ばした。
シグナム軍が林から出た頃には、兵力が五百にまで激減していた。
それにも構わず、シグナムは辺りに斥候を放ちながら軍を進め、
ついに山賊達の本拠地であるゾゾ山に到着した。
早速シグナムは、山賊達に向けて、一人の使者を派遣した。
手には書状が握られている。書状の内容は、降伏勧告だった。
かなり長い内容だったが、要約すれば、今すぐ降伏すれば命は助けるが、
降伏しないのならば撫で斬りにする、というものだった。
山賊達は笑った。たった三百の兵力で、そんな事が出来るはずがないと思ったのだ。
さらに、この討伐軍の大将がファーヴニル国の王太子であると知っても、
所詮は温室育ちのお坊っちゃんだ、と山賊達はその笑いを収めなかった。
使者を追い返した山賊達は、殆どの兵を率いて山から降りてきた。その数は、約二万だった。
山賊達の突撃が始まった。喚声が大地を揺らした。
シグナム軍は、この大軍に突っ込まず、算を乱して逃走した。
それを見た山賊達は、シグナムの軍を殲滅すべく、さらに追撃の速度を上げた。
一見すると、山賊達の圧勝の様に見えるが、
シグナム軍は算を乱しているにも関わらず、その集団にはまとまりがあった。
山賊達は、その奇妙な事に誰一人として気に留める事なく追撃した。
間もなくシグナム軍は、林に入り、遂には川を背にする形になった。
完全にシグナム軍を追い詰めた山賊達は、笑い声を上げながら、近付いてきた。
刹那、賊将の一人が、小さく悲鳴を上げて倒れた。首には、矢が突き立っていた。
山賊達が罠だと気付いた時、無数の矢が林の中から放たれた。
防御の備えをしていない山賊達は、次から次へと射殺されていった。
矢勢が収まると、左右からシグナムの兵が湧き出し、山賊達の側面を攻撃した。
今度は山賊達が算を乱す番となった。シグナムは突撃命令を下した。
前と左右から挟撃された山賊達は後退を始めた。
しかし、後退する先々でシグナムの兵が溢れ出ては、山賊達を襲い、その兵力を削っていった。
後退は、退却となった。
シグナム軍は、倒れている山賊達を踏み潰し、背を向けている山賊達を撃殺していった。
特にシグナム個人の武勇は凄まじく、シグルドで以って、
山賊達の肉を抉り、背骨を砕き、腸を引きずり出した。
ゴゴ川は朱に染まり、林は死肉で埋まった。
山賊達が林から出てきた時、最初に率いていた二万の兵は、一万五千までその数を減らしていた。
山賊達は、根拠地であるゾゾ山に向かっていた。
大敗北ではあったが、あそこに篭れば十分に挽回できる、と山賊達は考えたのである。
しかし、山賊達がゾゾ山に足を踏み入れた瞬間、再び矢の雨を受けた。
ゾゾ山の全ての砦は、既にシグナム軍の別働隊に占領されていたのだ。
山賊達は絶望した。前も後ろも塞がれ、逃げ道がなくなってしまったのだ。
突然、金属音が響いた。誰かが武器を捨てたのである。
金属音が大きくなり始めた。周りの者も武器を捨て始めたのだ。
シグナム軍の本隊が到着する頃には、山賊達は全員武器を捨ててその場に突っ立っていた。



234 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十二話 ◆AW8HpW0FVA :2010/07/16(金) 20:03:03 ID:WbSBxrpW
シグナムにとって、今回の初陣は非常に重要なものだった。
いきなり大勢力の山賊と戦った理由は、西方大陸の早期統一が目的だったからである。
ちまちまと小勢力の賊達と戦っていたら、統一が何十年と先になるか分からない。
シグナムにはそんな悠長な時間は残されていない。
否応なしに綱渡りをせざるを得なかったのだ。
だが、綱から墜ちない工夫はした。
追撃してくる事を想定し、林中に伏兵を置いたし、
その際には全軍で攻めてくるだろうと見越し、別働隊を遠回りで進軍させた。
読みが悉く当たったのは、単にシグナムに運があっただけではなく、
純粋にシグナムの才覚が傑出していたからである。
その対策の成果が、シグナムの眼前に広がる一万五千の降兵の列だった。
降兵を見下ろすシグナムの目は、異常なほど冷え冷えとしたものだった。
いったいどんな話を切り出すのか、と敵味方問わずシグナムに注目した。
その様な目を気にする事なく、シグナムが切り出したのは、
「穴を掘れ」
と、いうなんとも奇妙なものだった。
訳も分らず、掘削道具を渡された降兵達は、黙々とこの奇妙な命令に従った。
味方内では、戦死者を埋葬するための墓穴ではないか、という憶測が飛んだ。
今回の戦いで、最も被害を大きかったのは、山賊側の五千であり、
少なからずではあるが、シグナム軍側にも戦死者はいた。
だとしたら、シグナムという将軍は、随分と優しい人だな、と皆が囁きあった。
しかし、ブリュンヒルドだけは浮かない表情をしていた。
着々と掘削は進められ、穴の深さは兵達の腰ぐらいの高さにまでなった。
その頃になって、シグナムはブリュンヒルドに人気のない木陰に呼び寄せられた。
「あの命令は、いったいなんなのですか?」
開口一番に、ブリュンヒルドはそう切り出した。
シグナムはその問いに答える事なく、ただブリュンヒルドを見つめていた。
ブリュンヒルドがまた口を開いた。
「あの穴が墓穴だとしたら、こちら側からも兵を出せば、それだけ早く終わります。
だというのに、なぜシグナム様は降兵だけに穴を掘らせているのですか?」
ここに来て、シグナムは渋い表情になった。
相変わらず鋭い、というのがシグナムの思った事だった。
誰一人として感じなかった疑問を、ブリュンヒルドだけが抱いたのである。
憎らしいと言えば、これほど憎らしい事はない。
最早隠し立てする必要もない、と判断したシグナムは、冷えた口調で、
「書状に書いた事を、実行しようとしているだけだ」
と、言って、再び兵衆の中に戻ろうとした。戻ろうとして、腕を掴まれた。
振り向くと、今まで見た事もない様な表情をしたブリュンヒルドが、そこにいた。
それはまるで、親が自分の子供を諭す様な、厳しい表情だった。
気味が悪い、とシグナムは思った。ブリュンヒルドが今まで見た事もない表情をするだけで、
そのたびにシグナムは混乱しなければならない。まったくもって不愉快だった。
「なりません」
その不愉快な存在が、凛とした声を上げ、諫言を呈してきた。



235 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十二話 ◆AW8HpW0FVA :2010/07/16(金) 20:03:33 ID:WbSBxrpW
聞きたくもない諫言が耳に入ってきた。
「シグナム様、この国にとって、私達は部外者なのです。
その部外者が、いきなりその様な事を行なえば、シグナム様の威徳だけでなく、
間違いなくこの国における足場も失います。ですので、どうかお考え直しください」
そう言ったブリュンヒルドの目は、承諾しなければ放さない、と言外に物語っていた。
シグナムは、ますます不機嫌になった。
諫言もそうだが、シグナムを最も苛付かせたのは、
ブリュンヒルドが言った事が、まったくもって正論だった事である。
元々、シグナムが降伏勧告を出したのは、山賊を誘き出す事が目的であり、
仮にそれで降伏すれば、それはそれでよかった、というぐらいのものだった。
当然、書状に書かれていた事はどっちに転んでも実行するつもりだった。
あの穴は、そのためのものだったのだ。
所がここに来て、シグナムはある事に気付いた。
それがブリュンヒルドが指摘した事だった。
このまま実行すれば、間違いなくシグナムは近隣に恐れられる存在になる。
だが、それは恐怖の存在として恐れられるのであり、畏怖ではない。
そうなれば、近隣の勢力が連合して、自軍に当ってくる事は十分に考えられる。
逆に降兵全員を許したとしても、なんと惰弱な将軍よ、と周りから侮られてしまうのは必定である。
それほどシグナムの決定は、後々に影響を与えるほど重要なものだったのだ。
「では……、私に嘘吐きになれ、と言うのか……」
だというのに、シグナムは敢えてその事を億尾にも出さず、突っぱねる意志を見せた。
単純に意地というものもあったが、ブリュンヒルドの案に乗るのは、もっと嫌だったのだ。
しかし、ブリュンヒルドは、待ってました、と言わんばかりの表情をしていた。
「それでしたら、私に策があります」
そう言って、ブリュンヒルドはシグナムの手を放した。
「書状は、降伏すれば命は助けるが、降伏しなければ撫で斬りにする、という内容でしたね。
でしたら、その内容をこう解釈すればいいのです」
ブリュンヒルドはそこで一息入れ、
「降伏しなければ撫で斬りにする、の部分は、このまま読めば、全員皆殺し、という事になります。
ですが、これを小隊長クラスの将兵を撫で斬りにする、と解釈すればどうでしょう。
元々、原文には誰を、どの範囲まで撫で斬りにすると指定していないのですから、
それで十分に通ると思います」
と、言った。
シグナムは内心驚いた。戦う事と拷問ぐらいしか能がない、
生まれながらの戦闘兵器みたいなブリュンヒルドが、この様な策を挙げるとは思わなかったのだ。
この献策は、ブリュンヒルドを信頼する所か、ますます警戒を強めるだけとなった。
とはいえ、それを抜きにしても、ブリュンヒルドの策は、的を得ていた。
これならば嘘を吐いた事にはならないし、面目も十分に立つ。
唯一、ブリュンヒルドの献策であるという事が許せなかったが、
これ以上のものは考え付かなかった。しばらく黙考した後、シグナムは、
「降兵の坑兵が見れなくて残念だ」
と、呟いて、兵衆の中に戻っていった。
一時の意地より、後の事を優先したのである。
この後、シグナムは小隊長格以上の将兵を処刑し、その死体を他の死体と共に穴に埋めた。
さらに戦いたくない者と従いたい者を選別した。
残った兵は六千で、シグナムはブリュンヒルドの別働隊に千五百を振り分け、
自身は残りの四千五百を自身が受け持った。
こうして、シグナム軍の兵力は、八千にまで膨れ上がった。



236 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十二話 ◆AW8HpW0FVA :2010/07/16(金) 20:04:44 ID:WbSBxrpW
ゾゾの戦いの後、シグナムはゾゾ山に本拠を移し、各地の勢力に対して降伏勧告の使者を送り、
その反面で間諜を派遣し、周辺の地形や勢力の情報を集め、
さらに、新しく入った新兵の調練などを行い、いざという時に備えた。
一月ほどすると、シグナムの下に使者が帰ってきた。
ゾゾの戦いの噂が効いたのだろうか、
大半の使者が、シグナム軍に従属する、という返事を持って帰ってきたが、
中には、戦って勝敗を決さん、という賊もいた。
おもむろに立ち上がったシグナムは、一軍を率いて出撃し、降伏勧告を蹴った賊軍を急襲した。
降伏勧告を蹴った時点で、シグナム軍が攻めてくる事を予測したのだろう。
賊軍は戦の準備をしていた。しかし、それよりも早く、そして気付かれずにシグナムは動いたのだ。
完全に準備の整っていない賊軍は、不意を突かれ、壊乱した。
それを見ても、シグナムは攻撃の手を休めず、ついには降伏させた。
再びシグナムの威名が、西大陸に轟いた。
シグナムの下には、志願兵だけでなく、多くの賊の勢力が我先にと集り始めた。
この頃、シグナム軍の総兵力は、五万を超え、大陸東部一の勢力となっていた。
僅か三ヶ月で、東部最大勢力となったシグナムの下には、
兵だけでなく、知識人などもやって来る様になった。
シグナムはそれを大々的に受け入れ、各地の政務の担当官とした。
降伏した賊には、人を殺すな、虐げるな、物を奪うな、という三つの法令を出し、
厳守させているので、彼等はなんの抵抗もなく、その政務官を受け入れた。
シグナムの治世は、順調そのものだった。
そんな時、シグナムの下に、一人の使者がやってきた。
服装は皮の鎧という軽装で、一目見ただけで、その使者が何処の者か、シグナムはすぐに分かった。
その服装は、馬賊の物だった。馬賊は文字通り、馬に乗って草原を駆け巡る賊で、
歩兵が主であるシグナム軍にとっては、非常に厄介な存在だった。
その馬賊が、シグナムの下にやって来たという事は、従属を意味するものだった。
使者が言うには、今夜中に全軍を率いてこちらに来る事になっているらしく、
その時に頭領に一対一で会談を持ちたい、というものだった。シグナムはそれを了承した。
使者が出て行った後、シグナムの横に侍っているブリュンヒルドが、
「本当によろしいのですか?シグナム様一人になった所を襲ってくるかもしれませんよ」
と、言ってきた。だが、シグナムはまったく心配した様子もなく、
「大丈夫だ。あちら方に殺意はあるまいよ」
と、言って、ブリュンヒルドの言を退け、政務に戻った。
夜になった。遠くから馬の嘶きが聞こえてきた。どうやら、約束通りに来たらしい。
一人の男が、馬から下りて、シグナムの下にやって来た。これがこの馬賊を率いる頭領らしい。
顔は浅黒く、伸ばしっぱなし髯が野卑さを醸し出し、まさしく賊だな、とシグナムは思った。
シグナムは、その頭領を自分の部屋に導いた。
一瞬、男が口元を歪めた。シグナムはそれを見ても、なにも問わなかった。
男が部屋に入った後、シグナムは部屋の鍵を閉めた。これで部屋には誰も入れない。
こうして、一対一の会談が始まった。



237 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十二話 ◆AW8HpW0FVA :2010/07/16(金) 20:05:21 ID:WbSBxrpW
「よく来てくれたな。お前が我が軍に加入すれば、
やっと他の馬賊と対等……、いや、それ以上に戦う事が出来る」
シグナムはそう言って、男の手を握った。
しかし、手を握られた男はその事には無感動な目でシグナムを見つめていた。
「シグナム……様とか言ったか。あんたに二、三聞きたい事があるんだが……、いいかい?」
凡そ、従属しようとする者が口にするとは思えないほど、男の態度は傲岸だった。
しかし、シグナムはまったくその事を咎めなかった。
「なんだ、言ってみろ」
「あんた、ファーヴニル国の王太子とか吹聴しているみたいだが、本当なのかい?
証拠があるんなら、ぜひ見せてもらいたいものだね」
背もたれに踏ん反り返り言う様は、まるでこの男が部屋の主であると主張している様だった。
シグナムは、懐から紋章を取り出した。
「これが、ファーヴニルの王族だけが持つ事を許される紋章だ。
なんだったら手に取って見てもいいぞ」
テーブルに置かれた紋章を、男は無造作に手に取ると、じっくりと眺め始めた。
しばらくすると、男は怪訝な表情をシグナムに向け、
「こんなもの、適当に作っただけじゃないのか?」
と、どこまでも失礼な物言いをした。だというのに、シグナムは相変わらずの表情で、
「このプレートは銀、描かれているドラゴンと戦士の絵は金、
ドラゴンの両眼にはルビーとサファイアが、周りの星は全て異なった宝石が埋め込まれている。
普通に作れば二億は下らない。適当に作れるほど、安くはないと思うが」
と、わざわざ説明した後、男に微笑み掛け、
「馬賊をやっているから、この手のものには聡いと思っていたのだが、そうでもないみたいだな」
と、からっと皮肉を言ってみせた。
男の表情があからさまに曇り、シグナムに無言で紋章を返した。
「……もう一つ……、あんたはなんの目的でこの大陸に来たんだ?」
「書状に書いてなかったか?この大陸を再び統一する事だ」
「異邦の者であるあんたが、なぜわざわざそんな事をする必要がある。
あんたは国でのうのうと暮らしていればいいだろうに。なぜ介入する?」
男が身を屈めながら聞いてきた。
その目には、諧謔の色が浮かんでおり、なにかを企んでいるのかは明白だった。
シグナムは、小さく音を立てて笑った。
「なにがおかしい!」
男が目に見えて激昂した。シグナムは手で男を制し、笑いを収め、
「所で、質問の途中で悪いが、私からも一つ、聞いてもいいかな?」
と、言って、真剣な眼差しを向けた。
「お前はいったい、なにがしたいのだ?」
突然のシグナムの問いかけに、男は訳が分からないらしく、ぽかんと口を開けた。
シグナムは続けてた。
「殺しては奪い、殺しては奪い、殺しては奪い……、それを毎日の様に繰り返し、なにが変わった!?
大地は血で染まり、辺りには死肉が積もり、大気は腐臭で汚染されただけで、
根本的にはなにも変わっていないではないか!
それだというのに、この大陸の者は誰一人として立ち上がろうとせず、
狂った時間に犯されるがままに犯されている!
私はそれが忍びなかった。だから皆を救済するためにここに来たのだ!
そのためには、私だけではどうしても力が足りない。
その力を補うためにも、お前の率いる騎馬兵がどうしても必要なのだ!
……もう一度聞こう。お前はいったい、なにがしたいのだ!?」
シグナムの凄まじい言圧の前に、男は気圧される様に身を反らした。



238 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十二話 ◆AW8HpW0FVA :2010/07/16(金) 20:06:02 ID:WbSBxrpW
男はなにもしゃべる事が出来ず、ただ黙ってシグナムを見つめていた。
シグナムも同様に、男の事を見つめていたが、やおら立ち上がり、出窓の方に歩いていった。
シグナムは窓を開けた。窓から入ってくる風が、シグナムの服をたなびかせた。
「まぁ、今は答えられなくてもいい。ゆっくりと探す事だ」
先ほどとは打って変わって、穏やかな声だった。シグナムは出窓に手を置き、風に当った。
この時、シグナムは男に背を向けていたが、一向に気にする事はしなかった。
「最後に、もう一つだけ、いいか?」
男が、シグナムの背に向けて声を投げ掛けた。
「もしも今、俺があんたを殺そうと、武器を隠し持っている、と言ったら、……どうする?」
「どうもしないさ」
男の問いに、シグナムは即答すると、男の方に向き直した。その顔は笑っていた。
「お前は私を殺さない。だから私もお前を殺さない。それだけの事だ」
と、言うと、シグナムは男に近付き、手を差し伸べた。
「私がこれから行う事は、お前達が今までやってきた人殺しと同じだ。
しかし、目的が違う。お前達のしてきた目的なき殺人ではなく、目的ある殺人を行うのだ。
これから先、今までよりも辛い事がいくつも起こるだろう。
幾千幾万の屍の先になにがあるのか、共に見てみようではないか」
そう言ったシグナムは、今まで見せた事もないような美しい笑みを浮かべた。
その笑みに惹かれたのか、男はシグナムの手を握っていた。
この瞬間、男は完全にシグナムに降伏した。

「そういえば、お前の名前をまだ聞いていなかったな。なんという名前なのだ?」
思い出したように、シグナムは男に問うた。
「あぁ……、まだ名乗っていなかったな。俺の名前はボブ。ボブ・ジョンソンだ」
と、男が答えた。ここに来て、今まで表情を変えなかったシグナムが、初めて表情を変えた。
「ボブ……。ボブねぇ……。……ボブ……ボブ……ボブ……。…………………」
まるで呪文の様にボブを繰り返し呟き、考えがまとまったのか、ボブに向き直り、
「ボブ、お前に新しい名を与えよう。今日からお前は、バトゥ。バトゥ・サインハンと名乗れ」
と、言った。ボブ、もといバトゥは、よく分からないという表情をしたが、シグナムが、
「(掃いて集めて燃やしてもまた出てくるような名前の者を、
我が軍の将の一角に置く訳にはいかん)
バトゥには都を抜く、サインハンには偉大な者、という意味がある。
この改名には、お前にそうなってもらいたいと願う他に、
今までのお前を捨て、新たな人生を歩んでもらいたい、という願いも込められているのだ。
突然すぎるかもしれないが、納得してもらえないだろうか」
と、言って、バトゥを感動させた。
この会談は、バトゥを完全に従属させるだけでなく、シグナムの内面を垣間見る場ともなった。