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29 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2007/12/05(水) 22:01:43 ID:bpwQF8ee
鏡の向こうの自分は、自分と同じ顔をして、自分と同じ行動をする。
私が笑えば笑うし、私が泣けば泣いて、私が怒れば怒る。
私と同じ顔をした私は、やっぱり私。

「水樹!」
「瑞希!」
胸が熱いものでいっぱいになって、はじけた。頬を涙が滑り落ちる。
そう、3歳まで、私たちはいつだって一緒だった。半身だった。
瑞希も私を見て、しゃくりあげて泣いている。ゆっくり、二人とも同じタイミングで近づき、
しっかりと抱き合う。
「瑞希、瑞希、瑞希…」
「水樹、水樹、水樹…」
こーたのこともあり、母親は高崎家との繋がりを完全に絶っていた。
高崎家も、祖母が蛇蝎の如く母親を嫌っていたため、出て行った私達を完全に無視していた。
瑞希のことを忘れたことはなかった。本当に、記憶もないくらい小さな頃に別れた私達だけれども、
鏡に映る影のように、いつも気にしなくても自分の側に相手の存在を感じていた。
瑞希の顔を見た時に、瑞希もそうなのだとわかった。
涙と鼻水でぐしょぐしょの顔を見合わせて、照れくさそうに笑う。私も同じ仕草をしているのだろう。
私は、21年ぶりに再会した姉の顔を右手で自分の肩に抱きかかえると、玄関先でもらい泣きを
しているこーたに笑いかけた。
その時、私は確かに幸せだった。
瑞希は私の半身だし、愛していた。自分のように愛していた。

信じて欲しい。それは、まごうことなく、本当の気持ちだった。


30 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2007/12/05(水) 22:02:50 ID:bpwQF8ee
私達は、21年の時間を埋めるように、一緒の時を過ごした。
二人でショッピングに行って、必ず一瞬驚いたような顔をする店員さんに笑って、同じ服を買った。
映画の話をして、お互いに好きな美味しいお店を教えあった。
3歳の時には同じだった私達は、しかし、今では別人であることもわかった。
研究発表以外の場で主張するのが苦手な私と違って、瑞希はどんな時でも臆さずに自分を主張した。
母親と倹約生活をしていた私と違って、お金持ちのお嬢様の瑞希は、金遣いが荒かった。
こーたのバイト先で正社員をしているけど、きっと、稼いでいるお金より、使っているお金の方が
多い。
瑞希のいつもの格好は、雑誌に出ているような流行の服や、芸能人が持っているようなブランド物で
飾られていた。
研究のために、いつも動きやすい簡素な服装で、黒髪を伸ばしっぱなしで、パーマもかけていない
私とは違った。


そのうち、瑞希は私達の家によく来るようになった。
こーたのバイトが終わったら、仕事先からこーたと一緒に家に来て、私の料理を三人で食べる。
そして、瑞希はこーたにべったりとくっつくようになった。
バイトの帰りでなくても、私達の家に来る頻度が増えた。
私を見る目に疎ましさが走るようになった。
私ではなくこーたにばかり話しかけるようになった。
ただ、実家住まいの瑞希が、泊まっていかないのが救いだった。


違うところもあったけど、私達はやっぱり同じだった。
だから、瑞希がこーたに恋しているのもすぐわかった。
でも、私達は、大きな違いがあった。瑞希はこーたが弟であることを知らない。
瑞希は、私と同じなのに、私と違って、何も苦しまず、こーたに恋している。


許せない。
そんなの許せない。
私は、こーたのために、「優しいお姉さん」でいるつもりだった。
こーたに恋人ができたって、こーたが結婚したって、ちょっと泣いて喜んであげる、普通のお姉さん
でいるつもりだった。
でも、瑞希だけは許せない。瑞希がそこにいるのは許せない。
だって、瑞希なら、どうして私じゃないの?
瑞希が良くて、私が駄目なんて、そんなことはあるわけがない。

そうよ。瑞希だって、こーたのお姉さんなの。こーたに触れてはいけないの。お姉さんは、こーたを
そんな風に見てはいけないの。恋しては、いけないの。
だから、言わなきゃ。
瑞希ハこーたノお姉サンダカラソンナコトヲシテハイケナイノデス。

「駄目だよ」



31 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2007/12/05(水) 22:03:55 ID:bpwQF8ee
瑞希にも姉弟だと言うべきだ、という私の提案は、しかし、思いもよらず、こーたの強い拒絶に
あった。
「どうして?!だって、瑞希は…私と同じ、なのよ、だから、瑞希にも本当のことを」
「駄目だ!水樹、加奈子さん…俺達の母親がどれだけ苦労して、俺のことを隠したと思ってる?
 本当のことを知っていいのは、俺と父さんと母さんと水樹だけだ」
「でも…!」
「確かに、もう、俺達の母親を苦しめたババアは死んだ。でも、俺が息子だって知ったら、
 高崎家は俺を息子として迎えようとするはずだ」
こーたは、下を向いた。
「そんなことになったら、俺を本当の息子として育ててくれた父さんと母さんに、つらい思いを
 させることになる…」
「あ…」
こーたは、暗い顔をして、膝の上に置いた手を、ぎゅっと握り締めた。
そんな顔をさせたのが自分だと思うと、死にたくなる。
なんてことを私は言ったのだろう。母さんの願いも、伯父さんと伯母さんの恩も、こーたの思いも
無視して、自分の邪な思いだけを貫こうとしてしまうなんて。
「ごめん…こーた、ごめんね」
ゆっくりと俯いた。泣きたい。でも、泣いたら、同情してほしいみたいで、すごくイヤな女になって
しまう。悪いのは私なんだから、こーたに気を使わせてはいけない。
でも、それならば、言わなきゃいけないことがある。
こーたは、ひょっとしたら、瑞希の思いに気づいてないのかもしれないから。

…もし、気づいてたら、どうする?
その可能性に思い当たって、私は体をこわばらせた。
もし、気づいていて、こーたも、瑞希を、…だとしたら。
瑞希は、姉だけど、ずっと一緒にいた私と違って、ずっと二人は会ってなかったから、だから、
こーたも、瑞希を姉として見られないかもしれない。
だから、瑞希に姉弟だと言いたくないのだとしたら?
駄目。許せない。そんなの許せない!
私と瑞希は同じなのに、どうして私じゃないの。私じゃないの?!そんなの駄目。
だって、こーたと瑞希は姉弟なんだもの。姉と弟は恋をしちゃいけません。そう、しちゃいけない
のです。だからこーたと瑞希は離れなければいけません恋をしてはいけません。
瑞希に言えないのならば、こーたを、何をしてでもこーたを瑞希に近づけちゃいけない。
…もし、こーたが嫌がったって、そんなの駄目だ。
そう、これは正しいことなのだから、私はこーたに言ってもいい。
こんなことを知ったら、伯父さんと伯母さんだっていっぱい悲しむはず。
私はこーたのお姉さんなんだから、注意しなきゃ、注意していいはずだ。
震える指を、ぎゅっと握り締める。




32 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2007/12/05(水) 22:04:54 ID:bpwQF8ee
「こーた、私、こんなこと言いたくなかったんだけど…瑞希は、多分、こーたのことが好きなんだと
 思う」
言ってしまって、後悔した。こーたの顔から、一瞬で表情がなくなった。
軽蔑…された?変なことを言ってると思われてる?
…でも、もう言ってしまった。だから、こーたに笑われても嫌われても、言わなきゃ。
瑞希ガこーたト一緒ニイルヨリハ、自分ガ嫌ワレタ方ガズットイイ。
「瑞希はこーたのこと、弟だって知らないから…ほら、こーた、カッコいいでしょ。私もさ、自慢の
 弟ーってやつで、皆にうらやましがられるくらい…ってまあ、皆、従弟だって思ってるんだけど。
 でも、ほら、瑞希は知らないから、お姉さんだって知らないから、だから、駄目だって、知らない
 だけなんだと思う」
こーたは、変わらず、私をじっと見ている。真剣な目で私を見ている。怯みそうになって、ぐっと
こらえる。
そうよ、だって私が言ってるのは『正しいこと』なんだから。
「こーたが瑞希のことをどう思ってるかは知らないけど、瑞希…は私と同じだし、顔も似てるし、
 そりゃ、雰囲気とかは全然違うけど、でも、お姉さんなんだから、わかるよね。姉弟だって
 わかってたらいいけど、このままじゃ、駄目だよ」
私は、ただ、瑞希が駄目で、私がこーたと一緒にいて良い理由を言っているだけなのかもしれない。
私をまっすぐ見ているこーたにそれを見透かされているのではないか、それだけが怖かった。



33 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2007/12/05(水) 22:05:26 ID:bpwQF8ee
こーたは、ふっと私から視線を外した。そのまま、言う。
「水樹、心配させて、ごめん」
「あ…ううん、私も、変なこと言って、ごめん」
どうしてだろう、こーたは、本当に苦しそうな顔をしている。
「俺はただ、水樹が瑞希と会いたいのかと思ってたから。別に俺が瑞希と会いたかったわけじゃ
 ない」
「…ごめん、気をつかってくれてたのに、私…」
こーたは、本当にいい子だ。私がこんなに汚い思いを抱いているのに、私のために気をつかって
くれていたなんて。
なのに、私が、こーたの気遣いを無にしてしまった。
こーたは、私のためにと思ってしたことが、私を苦しめていたと知って、こんなにつらそうな顔を
している。こーたに、こんな顔をさせてしまうなんて。


…いや、違う。
私じゃない。瑞希だ。瑞希さえこーたに恋なんかしなかったら、こーたにつらい思いをさせることは
なかったのに。私がこんなことを言う必要も、こんな思いをする必要もなかったのに。
姉で、いられたのに。
瑞希さえ、いなければ。


こーたは、私から目を逸らしたまま、搾り出すように言った。
「俺は瑞希のことを好きじゃないよ。瑞希とは、できるだけ距離を置く。バイトもやめる。
 彼女ができたことにしてもいい。瑞希は、姉でしかないから、女としてなんて、見られない」
それは、待っていた言葉のはずだった。こーたが瑞希に恋していないのなら、許せるはずだった。
なのに、その言葉は、私を完全に打ちのめした。

瑞希のことを好きじゃないよ。瑞希は、姉でしかないから、女としてなんて、見られない。
水樹のことを好きじゃないよ。水樹は、姉でしかないから、女としてなんて、見られない。

わかっていたはずなのに、そんなこと、最初からわかっていたはずなのに。
どうやって、話をうちきったのか覚えていない。
どうやって、自分の部屋に戻ったのか、覚えていない。
ふらふらと平衡感覚をなくす三半規管。ベッドに崩れ落ちて、私は、声を殺して泣いた。



34 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2007/12/05(水) 22:07:19 ID:bpwQF8ee
こーたは、「彼女ができて、誤解されるから遊べなくなった」と言ったらしい。
瑞希は、その日以来、家に来ない。あれから1週間、瑞希からは何の連絡もない。
元々、私は世間話やメールが得意でなく、研究で忙しい。私達の連絡は、基本的に瑞希からだった。
瑞希のことを忘れることはなかったが、会いたくないのも事実だったので、嬉しかった。
こーたに失恋して、ショックなのだろう。こーたと一緒に住んでいる私に会うのがつらいのだろう、
そんな風に思っていた。
いや、思おうとしていた。


私は理系で、実験が多いので、実験棟に泊り込んだり、そこまでしなくても帰りが遅くなることは
よくある。私の家は大学から徒歩10分だけど、研究がたてこむと、ちょっと家に帰ってこーたに
ご飯を作って一緒に食べるのも難しくなる時がある。
それはとても寂しい。でも私が忙しい時は、逆にこーたが夜食を作って残しておいてくれたり、
ちょっとしたおやつを冷蔵庫に入れておいてくれることがある。
もちろん「お疲れ様」のメモつきで。
それも、すごく嬉しいから、たまにはそういうのもいいかなって、頑張れる。
その日も最後まで残り、研究室に泊まろうか迷って、やっぱり帰ることにした。
ちょっとしんどいけど、やっぱり朝ごはんはこーたと食べたい、なんて理由だったりする。
夜中2時過ぎの大学は、閑散として恐ろしい。近くに住んでいる学生などの姿がないわけではないが、
基本的に、誰もいない。
廊下を歩いていると、いくつかの研究室から光が漏れていたので、まだ人がいるのだろう。
でも、扉の向こうは別世界。誰がいるのか、ただの電気の付け忘れかわからない。
大学ですごして6年目、最初は怖かった。今は、全く怖くないわけではないが、少し慣れた。
と言うか、慣れないとやっていけない。
最近改修されたばかりのエントランスホールは、闇に沈んでいる。
ただ、実験棟には不似合いなほどお洒落な照明が発する淡い橙色の光だけが、ぼうっと浮かび上が
っていて。

その照明の下に、私がいた。




35 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2007/12/05(水) 22:08:29 ID:bpwQF8ee
「水樹」

人影は、生気のない顔をあげ、私と同じ顔で私の名前を呼んだ。雑誌のモデルのように綺麗に
かかっていたパーマは見る影もなく、長い髪はすっかり乱れてしまっている。
まだ、たった1週間しか経ってないのに。
ごくり、と唾を飲む。瑞希は、この大学の学生ではない。実家だって、大分遠い。
それに今は、夜中の2時だ。
「瑞希…こんなところで、何をしているの?」
瑞希は、私の質問に答えなかった。瑞希の顔が、歪む。
瑞希が、ゆっくりと近づいてくる。
「水樹…ねえ、私達、双子だよね」
体中が震える。頭の中で、赤いアラームが点滅する。キケン、キケン、と。
「生まれる時に、ちょっと順番が違っただけだよね。だから、私が水樹でも、よかったんだよね」
コツン、コツン、と瑞希のヒールと床が不吉なリズムを刻み、私に近づいてくる。
「ねえ、水樹、私と変わって?私だって水樹なんだから、こーたくんと一緒に住んで、こーたくん
 にご飯を作ってあげるの。水樹じゃ、こーたくんを誑かす女からこーたくんを守れないでしょ?
 だから、私が水樹になって守ってあげるの」
どうして、私は逃げられないのだろう。ひたり、と私を見据える瑞希の目から、視線を外せない。
瑞希は私の肩を、突き飛ばした。受身もとれず、硬いエントランスの床で背中を強打する。
「…っ!」
一瞬、痛みに息ができなくなる。
瑞希が私に馬乗りになる。慌てて瑞希の体のあちこちを掴んで抵抗したけれども、恐怖のあまりか、
力が入らない。
なんて、情けない私。
「私が水樹になるんだから、水樹は二人いらないよね」
瑞希の手が何かを私に翳す。その手を掴んで、必死に防ぐ。


大きな衝撃と小さな音と共に、「私」の意識は、闇に沈んだ。



36 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2007/12/05(水) 22:10:16 ID:bpwQF8ee
私は、目を開けた。

荷物は全てなくなっていた→Aルート
荷物はなくなっていなかった→Bルート