※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

388 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/22(木) 01:41:31 ID:WTpz/NJg

目を開けると白い天井が広がっていた。何色にも染まっていない純白。俺はそれを眺めて思った。
世界はこんなにも白かったのかと。
「…………あれ?」
静の空間を切り裂いた何とも間抜けな声は俺自身のものらしい。しかしそんなことはどうでもよい。
今一番の問題は
「……俺、誰だっけ?」
俺が何も覚えていないということだった。



「いやぁ、まさか意識が戻るとはね。診察したところ、記憶喪失みたいだけど…いやぁ、とにかく意識が戻ってラッキーだったよ」
とりあえず病室を出て廊下をふらふらとしていたら看護師に捕まり、この黒川という医師のところに連れて来られた。
「…はぁ」
どうやら俺の担当医らしい。
しかし俺は自分が誰とかいう前に何でここにいるか分からないんだ。
これの何処がラッキーなんだろうか。
「そんなに暗い顔をするものじゃないぞ?なんせあんなに出血して、生きている方が奇跡だからね」
今、出血って言ったような…。
「…出血、ですか」
「ああ君、自分が何でこの病院にいるかも覚えてないのか。失敬失敬。君はね、ここに運び込まれた時には出血多量だったんだ」
「…何で出血したんですか?」
「腹部を刺されていたからね。そのせいだと思うよ。…誰かの恨みでも買ってたのかな?」
黒川は笑ってごまかすが俺は何か嫌な感じがした。
…何かの事件にでも巻き込まれたのだろうか。しばらく何も言えなかった。



病室に戻された俺は仕方なくベットで安静にしている。
よく見ると腹部には治療の後がありガーゼが貼ってあった。触ると確かに痛い。
…やはり刺されたことは事実のようだ。
「……訳が分からない」
さっきの黒川という医者によると、俺の記憶喪失は出血多量が原因らしい。
「俺、誰かに怨まれてたのかな…」
もし以前の俺が多少なりとも怨まれていたとしたら、こちらは何も覚えていない。
最悪の状況だった。
「あ、まだ俺の名前…」
自分の名前を聞くのを忘れていたのを思い出したが、急な眠気によりそれは阻止された。


389 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/22(木) 01:43:46 ID:WTpz/NJg

雨が降る町の中を一組の男女が歩いていた。
一本の傘の中、二人は寄り添うように歩いている。
その姿は誰が見ても微笑ましいものだった。二人の後ろに有る影以外には…。



「…………夢、か」
目を開けると相変わらずの天井が視界に入った。
「…そっか…。病院にいるんだっけ…」
…さっきのは一体何だったんだろう。やけにリアルな夢だったけど…。
「…まあ、夢は夢だしな」
人の見る夢には何か意味があるっていう人もいるみたいだが、そんなの関係ねぇ。オッパッピーだ。
「…くだらないことは覚えてるのにな」
今にも消えそうなピン芸人のネタは覚えているのに、自分の名前が思い出せないとは…。
「とりあえず…あの医者に聞きに行くか」
彼なら俺のことについて何か知ってるはずだ。少なくとも名前くらいは…。



「君の名前か。こっちが聞きたいくらいなんだけどね」
「…どういうことですか」
「急に来るから何かと思ったけど。まあ君は何も覚えてないんだもんね」
「…身分を証明するもの、携帯とか財布とかになかったんですか?」
「無かったよ。…携帯や財布自体がね。君が発見された時、君は何も所持していなかったらしいし、君を見舞いに来る人も今のところいない」
……つまり手がかりゼロ…ということらしい。
「一応県内の失踪届けも当たってみたが、君らしき人はいなかったし」
「…そう、ですか」
「…まあ、まだ事故から一週間ほどしかたっていないし、警察も動いているみたいだからすぐに分かるよ」
‘事故’。警察がたかが事故なんかで動くのだろうか。それに……腹部を刺されて‘事故’な訳無い。
「……戻って寝てます」
「そうか…。元気を出すことだ、少年。きっと近い内に何か分かるさ。なんだったら私が名付けてあげようか?」
…意外と優しい人だったんだな、この人。もっと冷たいタイプかと思ったけど。
「…気持ちだけ、受け取っておきます」
「そうか。もし身分が分からないと、何処に治療代を請求すればいいか困るんだよなぁ」
「……失礼します」
…そんなことだろうとは思っていたけど。


390 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/22(木) 01:46:03 ID:WTpz/NJg

「…確かここだったよな」
見上げたプレートには402の数字のみが書かれている。名前は……やっぱり書いてない。
「自分の病室を間違えたら、流石に恥ずかしいからな…」
行く時に病室の番号を確認しておいて良かった、なんて思いながら俺はドアを開けた。



部屋の中にはひとりの少女が窓際に佇んでいた。
髪は黒いストレート。腰ほどもあるそれは風になびいている。
真っ赤なワンピースは純白の病室の中では一際目立っていて、彼女の存在をより明確にしていた。
「………!」
もしかして病室を間違えたのか、と焦ってしまい咄嗟に動けない。振り向いた彼女は驚いていた。
「あ、す、すいません!間違えました!」
「……おかえり」
「本当にすいま……えっ?」
急いで病室を出ようする俺に向かって彼女は‘おかえり’と言った。しかも
「な、泣いてるのか?」
泣いていた。確かにここは俺の病室のはず。…まさか…俺のことを…知っているのか。
「君、もしかして…」
「……おかえり、要(カナメ)」
俺の……名前なのか?


391 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/22(木) 01:48:54 ID:WTpz/NJg

太陽は沈みかけていて空は茜色に染まっている。
病室にもその茜色が広がっていて、いつもは純白な部屋をせつなげな色で飾っている。
そんな幻想的な空間の中に俺と少女はいた。
「もう一度確認していいか」
「どうぞ」
俺と赤いワンピースの少女は茜色に染まったベットに腰掛けていた。
「まず俺の名前は白川要(シラカワカナメ)。県立東桜(トウオウ)高校に通う2年4組。部活は硬式テニスをやっていて趣味は…パソコン。
家族構成は父親、母親、妹、そして俺。ここまでは合っているか?」
「少し違うわ。趣味はパソコンではなくエロゲーだし。正確にいうと両親は海外で仕事のため家には要と妹しかいない」
「…だぁー!エロゲー言うな!俺はまだその件は信じてねぇから!」
「でもこの前、あと少しでCGコンプって…」
「ストップ!とりあえず続き行くぞ!」
少女の追求もとい拷問をはぐらかし、俺は事実確認を再開する。
「えっと…そうそう。で、君の名前が確か…」
「鮎樫(アユカシ)らいむ」
「鮎樫…。何か珍しい名字だね」
「…よく言われるわ。同姓同名だしね」
「…誰と?」
「そっか、何も覚えてないんだっけ」
「…いや、基本的なことは覚えてると思うよ。ここが日本だとか、天皇は国民の象徴だとか…あ、それからオッパッピー」
目が醒めてすぐ黒川にそこら辺は検査された。
結果的には基本的な知識は覚えており、忘れているのはおそらく自分やコミュニティに関することという話だった。
「くだらないことは覚えているのに、鮎樫らいむは知らないんだ」
「…鮎樫さんは有名なの?」
「…いや、今のは忘れて。それよりも他に聞きたいことはないの?」
こちらを見つめてくる鮎樫さん。…ちょっと恥ずかしいな。
「…聞きたい事が幾つかある」
そう言いながら鮎樫らいむを見つめ返すと疲れたのか、彼女はベッドに身体を預けた。
「どうぞ」
「…鮎樫さんは何で俺の事知ってるんだ?…俺とどんな関係だったんだ?」
質問した俺に対して彼女、鮎樫さんはベットに沈んだまま少し悲しそうな顔をして黙っていた。
「……………」
「………」
茜色の病室はしばらくの間、静寂に包まれていた。…気まずい。何とかしないと。
「………あ、あのさ」
「私と要はね」
「えっ?」
「私と要…君はね、知り合いだった。それ以上でも以下でもない。…そ、ただの知り合い」
「………そっか」
本当は色々聞きたかった。
いつ知り合ったのか、どういう関係の知り合いなのか。
そもそも家族でさせまだ探せてない俺の所在を、何故ただの知り合いである鮎樫さんが知ってるのか。
でも今は聞いちゃいけない気がした。
彼女がそう言っているんだ、それでいいじゃないか…そう思うことにした。



でも後になって俺は思う。
この時もっと彼女のことを聞けたなら、結末は変わっていたんじゃないかって。



392 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/22(木) 01:50:19 ID:WTpz/NJg

夜の病院は静かだ。
皆が寝静まっているということもあるが、何より明かりが少なく一寸先は闇、というのが静けさをより際立たせている。
そんな病院の廊下のひんやりした感触を足に感じながら、俺は電話をかけていた。
かけているのは昼間鮎樫さんに教えてもらった番号だ。
初対面の、しかもなんだか訳ありの女の子から教えてもらった番号にかけるなんて無用心かもしれない。
でも俺は何となく彼女を信用してしまったのだ。
この電話が一体俺に何をもたらすのだろう。良い知らせであることを願うしかない。
「……廊下、寒いな」
音がする。相手が電話に出たようだ。
…呼吸を整える。もしかしたら受話器の向こうの奴は俺を刺した犯人かもしれないから。
「………もしもし、白川です」
「えっと…白川…?」
「…はい、白川ですが」
聞こえてきた声はまだ幼さを残した女の子の声だった。中学生くらいだろうか。
…なんで分かる俺。いや、それよりも相手は白川。俺の苗字も白川。まさか…。
「…もしもし。何か御用ですか」
「えっと……白川、要です」
後から考えればもっと良い返しがあったはずだが、相当焦っていたんだろう。
「…………えっ?」
「だから……白川…要です」
相変わらずの返し。だか俺にはそれ以上の返事が出来なかった。
「………兄さんじゃないでしょ。あの女なんでしょ?」
「あの女?…いや、だから俺は…」
「嘘っ!兄さんの訳ないじゃない!だって…だって!…兄さんは死んだんだから!!アンタのせいで!!」


393 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/22(木) 01:52:20 ID:WTpz/NJg
世界が、凍り付いた。
白川要が…死んだ…?じゃあ俺は……誰なんだ…。
「どうせその声も機械で兄さんに似せてるだけでしょ!?絶対殺してやる!!私はアンタを一生許さない!!私の兄さんを返してよ!!!
返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ
返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ!!!!!」
冷え切った廊下に響く冷たい憎悪が篭った声。そして凍りついてしまった俺。
…一体何が彼女を支配しているのだろう。怒りだろうか、それとも…。
「兄さんは…兄さんは私だけのものなのに!!」
「……俺は」
「何よ!!?」
「白川、要だ」
「………っ!!」
確かに俺は記憶喪失だ。
それに俺が"白川要"である証拠なんて一つもない。だけど
「俺は…白川要だ!」
「っ!!いい加減にしてよ!!アンタが兄さんだっていう、確かな証拠でもあるっていうの!?」
「ない!それに実は俺は記憶喪失なんだ!だからお前が誰なのか、俺とどんな関係なのかは分からない!」
「な、へっ…?」

そうだ、記憶がなければ証拠もない。でも"分かる"んだ。俺は白川要だって。何でかって?そりゃあ…。
「でも俺は白川要で、今頼れるのはお前しかいないんだ!」
「えっ…何言って…」
「頼む!もしお前が白川要のことを大切に思ってるなら…俺に会いに来てくれ!場所は…」
俺はこの病院の住所を一方的に言った後、一方的に電話を切った。
受話器からは「ち、ちょっと待ちなさいよ!!」とか聞こえていたけど、多分気のせいだ。
「…ふぅ」
さっきの熱はどこえやら。廊下はまた静寂に包まれていた。
「まあでも…やれることはやったかな」
後は向こうがどんな反応をするか、それを待つだけ。
きっと何とかなる。確かに不安じゃないと言ったら嘘になる。
でも俺は絶対"白川要"できっと何とかなるはずだ。
「彼女が、鮎樫さんが…言ってたしな」
突然病室に現れて俺の正体を教えた少女。信じる要素なんて一つもない。
でも俺は感じる。彼女のことは信じていいって。何故かは分からないけど、そう思えたんだ。