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413 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/24(土) 01:29:34 ID:LvHK/g05

あの電話から一週間程が経ったある日。
あれから何の音沙汰もなく、俺は諦めかけていた。日課になりつつあるリハビリを終えて、俺は自分の病室に戻る。
病室の扉横には402のプレートと、その横には手書きで"白川要"と書いてある。
なんといびつな字かと思うが、同時にこれは俺が書いたんだということも思い出す。
鮎樫さんに名前を教えてもらった後、医者の黒川のとこへ伝えにいった。
しかし「成る程。これは再検査した方が良いかもね。現実と虚構が…」とぶつぶつ独り言を言い始めた。
埒が明かないので不審がられながらもナースステーションから油性ペンを借り、自分で書くことにしたのだ。
「これで大丈夫だな」
何が大丈夫かというと看護婦さんたちや同じ階の爺ちゃん婆ちゃんたちに「402号室の兄ちゃん」と言われなくなるということだ。
中々どうして、人っていうのは名前を呼ばれないと自分自身が保てなくなるらしい。
少なくとも俺は自分が果たして白川要なのかハッキリしなかった。
まあおまじないみたいな物だ。
「あれから一週間か」
取っ手に手を掛けたまま俺は考える。
同じ白川という少女との電話を一方的にぶっちぎってからはや一週間。
俺の周囲に変化はない、というか皆無だ。
耐え切れず何度か電話したが毎回留守という不運。
いや、もしかしたら…もしかしなくても避けられている気がする。
一応毎回律義にメッセージは残したが、聞いてくれているとは思えない。
「振り出し、か…」
あの少女、鮎樫らいむが残してくれた手掛かりは結局役に立たなかった。
…彼女を信用しない方が良かったんだろうか。
「…違うよな」
そうじゃない。
「ただ単に俺のやり方が悪かっただけだよな」
ゆっくりと、でもしっかりと言葉を紡ぐ。そう、これは決して彼女のせいじゃない。
だって現に、同じ白川の姓まで辿り着けたじゃないか。
「やっぱり鮎樫さんのこと、信じていい気がする」
最初から感じていた、初対面なはずなのにそうじゃない雰囲気。
知らない相手なのに信用出来てしまう俺。
ただの友達。鮎樫さんはそう言っていたけど、どうしても俺にはそんな風には思えない。
「…俺、もっと鮎樫さんのこと知りたいな」
俺は色々忘れてしまった。だけどこうして生きている。またやり直せる。まだ終わってない。
だからこそ色んな人達のことを知りたい。もう一度歩き出したい。電話やプレート、そして鮎樫さんとの出会いはその第一歩なんだ。
「何言ってるの?」
「おうっ!?」
急に背後から話し掛けられる。その凛とした声には聞き覚えがあった。


414 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/24(土) 01:31:52 ID:LvHK/g05
「鮎樫さん…」
「当たり。早く開けてくれる?廊下は寒いわ」
その言葉に自分が取っ手を掴んだまま、ぼけっとしていたことに気がつく。
「わ、悪い…」
ドアは力を入れずとも簡単に開き、視界にはベッドと医療機器しかない殺風景な部屋が広がる。
「プレートの名前、自分で書いたのね。中々お洒落よ」
クスクス笑いながら部屋に入る彼女、鮎樫らいむは確かにそこにいた。
相変わらず髪は長い漆黒のストレート。服装も前回と同じく真紅のワンピース。
殺風景な部屋にいる彼女はとても鮮やかで、そしてそれと同じくらい儚く見えた。
「人の病室に勝手に入るなよ。つーか、いつの間に俺の後ろにいたんだ」
「こう見えても私は伊賀の出身なの。特技は忍法隠れみの術とビーズを使ったアクセサリー作りよ」
「いや、後ろは伊賀関係ねぇだろ」
「メモしておくといい」
「しねぇよ」
一体何なんだ彼女は。
テンションが前回とは全く違う。…こっちは色々と思い悩んでいるっていうのに。
「…さっきの聞いていたのか」
「要が言ってたヤツ?残念ですけど独り言を聞くほど暇じゃないし」
「そっか…」
良かった。聞かれてなかったみたいだ。俺はてっきり
「ただ、私のことは信用して良いわよ」
全部聞かれて…たのかと……?
「それに要が知りたいなら私のこと、もっと教えてあげる」
「って、聞いてたんじゃねぇか!?」
「あら、てっきり私に向かって言ったのかと思って。独り言なんて思いもしなかったわ」
ベットに座り長い黒髪をかきあげながら、彼女は微笑んだ。
「……っ!?」
途端に身体が熱くなる。身体だけじゃなく心も疼く。
「なん…だ…」
「どうかした、要?」
彼女がベットから降りて俺に近づく。
「…っ!!?」
身体がさらに熱くなる。心が疼き火照る。
まるで彼女が俺に近づくにつれ、高まるかのように。耐えられなくなり膝をつく。
「ま…て…!あゆ…か…し…さん!!来ちゃ…」
「大丈夫?汗だくだけど?」
そう言って俺の横に屈む彼女。思わず顔を上げると彼女は微笑んでいて
「言ったでしょ」
「えっ…?」
いや、微笑みにしてはそれは妖艶過ぎて
「私を知りたいって」
彼女の息遣いが聞こえるくらいに距離が狭まって
「だから、教えてあげる」
キスをされた。熱かった。瞬間花火が散った。
比喩じゃない、本当に身体の中で何か熱いものが溢れてる。
彼女の舌が入って来て、俺の舌を捕まえる。俺と彼女の唾液が混ざり合い一つになる。
歯茎を舌で蹂躙されているのに、抵抗出来ない。
それどころか入って来る。伝わってくる。
彼女の、狂おしいほどの愛情が。
憎らしいほどの純粋さが。
そして愛らしいほどの狂気が。
「……っはぁ!」
やっとの思いで彼女を引き離した時には、息も絶え絶えだった。


415 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/24(土) 01:32:53 ID:LvHK/g05
「……っふぅ。私のこと、少しは分かった?」
相変わらず彼女は妖艶な笑みを浮かべていて、ワンピースと同じ深紅の唇からは透明な糸が俺の唇まで繋がっていた。
「…な、何を…」
「ふふっ、堪らないわね。要のその表情…」
「…っ!?また…!」
彼女に見つめられた瞬間、また身体が火照りだす。
心臓が痛いほど高鳴り、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けない。
「記憶は無くしたって身体は覚えている。心に刻まれている。そう簡単には忘れないわ」
「な…で…いき……りっ!」
もう何も考えてられず、頭が真っ白になる。このままじゃ俺は俺じゃなくなる。
でも動けない。彼女と俺の距離が0になり
「そろそろリハビリの時間ですよ~。今日も黒川先生が…どうしたんですか?」
「い、いや…別に何でもないです」
看護師さんが俺の病室に入った時にはもう彼女はいなくなっていた。そして病室には床で腰を抜かしている俺だけ。
「ここ4階だろっ!?」
そう、鮎樫さんは窓からあっという間に姿を消した、というか飛び降りたのだ。
「大丈夫かっ!……えっ?」
最悪の事態が頭を過ぎる中急いで窓から下を覗くと
「平気よ」
下には彼女、鮎樫らいむが何事も無かったかのように立っていた。
「…な、なんで…ここは…だってここは……」
「ふふっ、そんな要の顔も好きよ」
決して大声ではない、でもここまで届く澄んだ声。
それは彼女の瞳とあまりにも対照的だった。
「じゃあ…また、ね」
そしてそのまま病院を背に向けて歩きだす。
「一体何が…きゃっ!」
気付いたら走りだしていた。下へ下へ。
「ちょっと…!何処に行くんですか!?」
呼び止める声を無視して走り続ける。階段は飛ばし飛ばしで降りていき加速する。
「何が…何がまたね、だ!」
吐き出すように叫ぶ。
「まだ…まだ鮎樫さんには聞きたいことが!」
呼吸が乱れる。足がふらつきこけそうになりながら正面玄関を越えて
「山ほどあるんだ!!」
玄関を抜けた先には誰もいなくなっていて、代わりに蝉の声が初夏を伝えていた。
「はぁはぁ…くそっ!」
思わずその場に座り込んだ。息は絶え絶えで汗は止まらない。
「はぁはぁ…リハビリより…きつい…」
その呟きに応えは無かった。


416 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/24(土) 01:34:01 ID:LvHK/g05

「それで結局どうしたんだい」
終業式の帰り、夏真っ盛りの気温の中坂道を下る二人の男子の姿があった。
「それにしてもあっちぃーの!これから夏休みで助かったな」
二人とも半袖の白シャツをパタパタやりながら怠そうに歩く。
「あっちぃーのって…なんだい?流行語か何かかな」
「あっちぃーのはあっちぃーのだ。何か暑い感じがひしひしと伝わってくるだろ?」
「なんだいそれ?相変わらずだね、要は。…話を逸らさないで欲しいな」
一人の男子、明るい金髪で軽いパーマの方が立ち止まりつられてもう一方の黒髪の男子も立ち止まる。
「…逸らすつもりはないけどさ」
「じゃあ聞いて良いんだよね」
「……ああ」
夏の陽射しが照り付けても二人は全く動こうとはしない。
ただお互いに向き合っている。
「要…君、断ったのかい?」
「……何をだよ」
「とぼけないで欲しいな。決まってるだろ?」
「……ああ、断っ」
言い終わるより速く、鈍い音が青空に響いた。
「…っ、いてぇ」
殴られた黒髪の男子、白川要は自分の右頬を押さえながら呻く。
「痛い…?よくそんなことが言えたね。君、自分が何をしたか分かってるはずだよ?」
もう一方の生徒は冷たい声で要に言い放った。
「分かってるよ!」
「じゃあ何で断ったのかな。彼女の気持ち、分からない訳じゃないだろうに」
要を掴み上げる金髪の少年。
口調は冷静だがその瞳は、静かな怒りをたたえていた。
「分かるさ、痛いほどに!」
「じゃあ何で」
「だからに決まってんだろ!?俺とあいつじゃ無理なんだよ!それくらい英(ハナ)にだって分かるだろ!」
途端にそれまでの煩さが嘘のように静まる世界。まるでこの世界には二人しかいないようだった。
「…やっぱりあの女なんだね」
でも二人が争っているのは他の誰かのせいで
「…それとこれとは話が別だ」
「嘘をつかないでくれないかな。要…あの女が好きなんだよね?」
そしてその誰かさんは間違いなく
「好きじゃない。……そんな言葉じゃ足りないからさ」
俺の大切な人なんだ。



「……また同じ夢」
リハビリが始まって一ヶ月。
あの鮎樫らいむの突然の訪問からも、すでに二週間が過ぎていた。
あれから俺の周りでは相変わらず変化がなく、リハビリの毎日だ。
「相変わらず変な夢だな…」
もう8月後半だからだろうか。外は蒸し暑く、まだ夏真っ盛りといった感じだ。
「ま、気にすることじゃないか。所詮夢だしな」
その割にはやたらとあの金髪パーマが懐かしく思えるのは、果たして気のせいなんだろうか。


418 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/24(土) 01:41:23 ID:LvHK/g05

その夢は何かの予兆だったのかもしれない。
その日の午後、ちょうどリハビリを終えて俺はロビーにいた。
…白衣を着て。
「黒川さん…まだ吸ってるのか」


リハビリが終わって、帰ろうした俺を黒川さんは呼び止めた。
「あ、少年。ちょっと待ってくれ」
「…少年じゃなくて白川要なんですけど」
相変わらずこの医者は俺のことをちゃんと名前で呼んでくれずにいる。
彼いわく「もしも違ったら困るでしょ。とりあえず確証がない間は少年だから」だそうだ。
「まあまあ、それはさておき君に重大任務を授けよう」
「またタバコ買いに行け、ですか?」
「惜しいね。でも良い線いってるよ。流石パシ…好青年だ」
…今パシリって言いかけたな。この人本当に医者なんだろうか。
「そんなに睨まないで。ね、ほんのジョークだからさ」
「はぁ…」
「とにかく。僕はね、今タバコが吸いたいんだよ」
やっぱりじゃねえか、というツッコミを抑える。
「でも白衣のままだと匂いがついてしまうんだ…困った」
「…つまり俺に白衣を持ってろと。でもそれなら、そこら辺において喫煙室に行けば良いじゃないですか」
違う違うと手を横に振る黒川さん。何が違うんだろうか。
「それだとサボってるのバレるでしょ。だから君がそれを着てロビーに立っていてくれ」
「…………はい?」
「そういうわけだから、よろしく!」
言うやいなや、タバコとライターを掴み全速力で走り去る黒川さん。
そんなに早くタバコ吸いたかったんだ。つーかそれって医者としてどうなんだ…。
「って、そうじゃねぇ!」
この明らかにぶかぶかでサイズの合わない白衣を着てロビーに立ってろって?
「……絶対にバレるだろ。…まあいいけどさ」
バレても俺は関係ないしいいか。それにあの医者には結構お世話になっているし。なにより
「…暇だしな」
俺はサイズの合わない白衣を来てロビーへ向かった。


「それにしても遅すぎだろ…」
ロビーに来て30分。知り合いの看護士さんたちに好奇の目で見られ続けていた。
それに同じく知り合いの患者達には笑われる始末。
「まさか忘れてるなんてことは…」
憎たらしいほどに飄々としている黒川さんの顔が浮かんでは消える。
「……ありえる」
もしそうだったら絶対に許さない。まずあの澄まし顔に思いっきり…。
「…ません、すみません!」
「は、はい!?」
後ろからいきなり声をかけられて、思わず声が裏返った。


419 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/24(土) 01:42:09 ID:LvHK/g05
「えっと…とある病室の場所を聞きたいんですけど…」
明らかに警戒している感じの女の子の声。裏返ったのがダメだったか。
というか俺は医者じゃない。とりあえず振り返って正直に言おう。
「す、すいません。俺は医者じゃなくて…」
「だってこれって白衣……えっ?」
やはり女の子だった。しかも制服を着ているので学生。
背は低いけどスタイルは良く、出るところはしっかり出ている。
髪は淡い栗色で派手過ぎず彼女の容姿にピッタリだ。…って観察してる場合か。
「あー…実はこの白衣は俺のじゃなくて」
「………」
さっきから彼女は俺の顔に釘付けになっていた。
「…そんなに見られると…えっ!?」
「………っ」
今度は俺が釘付けになる番だった。何故なら彼女は無言で泣いていたから。
「な、なんで!?」
突然のことに慌てる俺に彼女は
「…なっ!?」
抱き着いてきた。しかも顔を埋めるように。そして
「うわぁぁぁぁぁん!!」
本格的に泣き出してしまったのだった。



402号室にはいつも通り"白川要"と書いてあった。
ただ今までのような雑な手書きではなくプレートにしっかりとした印刷文字であった。
何故ならばそれが証明されたからである。
「これで終わりです。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
黒川さんがそう言いながら席を立った。
片手には今さっきまで手続きしていた書類が入っている茶封筒を持っていた。
「いえ、家族として当然のことをしただけですから。それよりも」
そしてその書類に記入をし黒川と話しているのはさっきの女の子だ。
「ええ、お兄さんの体調はもう大丈夫ですよ。怪我も完治したしリハビリもしっかり終えたし。退院したければ今すぐにでも」
「じゃあお願いします!…その、兄さんのために」
この子は俺が三週間ほど前に電話したあの子らしい。
「分かりました。では下で手続きをしてくるので少しお待ちを」
「よろしくお願いします」
そして…なんと俺の妹らしい。


420 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/24(土) 01:43:19 ID:LvHK/g05

「…兄さん?」
「は、はい!?」
いつの間にか黒川さんがいなくなり部屋には俺達二人しかいなくなっていた。
「…どうかした?」
「い、いや別に!」
「そう。でも今日中に家に帰れそうで良かったね」
「そ、そうだな…えっと…」
「…潤、白川潤(シラカワジュン)。兄さんと同じ東桜の一年。バスケ部所属。趣味は料理で好きなタイプは…」
「わ、分かった。思い出せなくて悪かったよ」
「まあ…良いけど」
そう。この子…白川潤は俺の妹で俺を迎えに来てくれたのだった。
しかし俺が本当に記憶喪失で潤のことを何も覚えてないと知るや、もの凄い勢いで俺を殴ろうとした。
思わず病院のスタッフ達が止めたけれど。
「さっきは死ぬかと思ったぞ…」
「だからあれは兄さんの記憶を呼び覚まそうとして、刺激を与えようとしただけだって」
「嘘つけ!あれは確実に殺る気だっただろうが!」
「…だって私のこと忘れてるんだもん」
「だからそれはもう謝っただろ?」
「傷ついた!」
「わ、悪かったよ…」
さっきからこのやり取りの繰り返し。いい加減謝ったんだから許して欲しい。それに
「あ、あの潤…さん」
「潤っ!」
「…えっと、潤?」
「何で疑問形なのよ」
「いや、何か慣れなくてさ」
「慣れろ!…それで?」
「それで…何でこんなに俺達くっついてるのかなって」
部屋は個室にしては結構広い。
それなのに潤は俺の真横にピッタリといて、おまけに腕を絡めている。
「そう?そんなにくっついてないって」
「いやいや、十分だ!だって当たってるし…」
「当たってる?一体何が当たってるの、兄さん」
ニヤニヤしながら聞いてくる潤。そりゃスタイル良いんだから決まってるだろ。
…つーか、やっぱりわざとか。小悪魔的妹め。
「いや…そりゃ恥ずかしいだろうが」
「ふふ、可愛い兄さん」
「あんまりからかうなよな…」
「別にからかってないよ」
そう言いながら彼女は俺をじっと見つめた。
「…ど、どういう意味だよ」
「だって…私たち、付き合ってる訳だしこれくらい普通でしょ」
「まあ確かに付き合ってるんだったら……は?」
「だからそんなに恥ずかしがること」
「ち、ちょっと待て!?」
「何?」
意味が分からない。冗談だよな?
俺とこの子が付き合っているなんて。だって俺達兄妹だよな。
…そうだ、冗談に決まっているじゃないか。


421 :リバース ◆Uw02HM2doE [sage] :2010/07/24(土) 01:44:59 ID:LvHK/g05
「な、成る程な。そんな冗談に騙されるほど俺は」
「冗談じゃない!」
「だって俺達兄妹じゃ…」
「兄さんは!…兄さんはそれでも良いって言ってくれたから」
…何を言っちゃっているんですか、過去の俺。
「…それ本当か?」
「うん…。私、凄く嬉しかったよ。兄さんも私と同じ気持ちなんだって」
「…そっか」
「だから…だから私のこと覚えてないって言われた時、どうしたらいいか分からなくなって、凄く悲しくて…」
「もう、いいから」
俺は彼女をそっと抱きしめた。何故か身体が自然とそうしていた。
「あっ……」
「本当に悪かったな。…妹を泣かせるなんて兄貴失格だ」
「…妹じゃなくて彼女」
「俺さ、過去の俺が潤とどんな関係でどんな思い出を作ってきたのか、まだ思い出せないんだ」
「……やっぱり」
「殴ろうとするな!…でもな、それでおしまいって訳じゃないだろ」
「……」
「これから、また思い出作っていこう。勿論過去のことは思い出せるように努力するからさ」
「…分かった」
「…よし、じゃあ帰るとするか」
「…うん」
そうだ。忘れただけで無くした訳じゃないんだ。だったら大丈夫。また始めればいいだけなんだから。
「……これであの女も」
「ん?何か言ったか?」
「ううん、さあ早く下に行こう兄さん」
また始めれば…いいんだよな?



病院から自宅までは県を跨がなくては行けないこと。
そして俺がまだ退院したてということもあってタクシーを使うことになった。
「まさか違う県だったなんてな…」
それじゃあ県内の失踪届けを探しても見つからない訳だ。
「何かあったら電話しろ…か」
一通りの挨拶を済ませ、タクシーに乗る時に黒川さんがくれた連絡先を見つめる。
「別に何も起こらない…よな、潤」
潤は俺の手を握ったまま寝ていた。
やはり今日の疲れが溜まっていたのだろう。
「潤には感謝しないとな」
彼女が来てくれなかったら俺は一生病院暮らしだったかもしれない。
「あと…鮎樫さんにも」
鮎樫さんが電話番号を教えてくれなければ俺は潤に会えなかった訳だし。
「…今どこにいるんだろ」
もう一度あってお礼が言いたい。あの電話の…
「…電話?」
不意に何かが引っ掛かった。あの夜電話で確かに感じた何かを俺は忘れている気がする。
「…考え過ぎかな」
今日は色々あってくたくただ。とりあえず寝てしまおう。きっとこの違和感も時間が解決してくれる。
…潤の手は堅く握られ、俺の手を離そうとはしなかった。