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437 :僕は自分が大嫌いだ :2010/07/24(土) 13:41:45 ID:qUmUC2gt
   今日は登校日初日なので授業もなく終わった。
   藍里が来る前に帰宅しようと席を立ったところ、「兄さ~ん!」と声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声だな。よし。
「さあ、坂本。部活行こうぜ」
   できる限り爽やかに話しかけた。不満だが、一応こいつと僕は同じ部だからな。
「ん?今日は部室空いているのか?」
「先輩のことだからどうせ今日もいるだろ」
   あの人テスト期間中でも下校時間ギリギリまでいるし。
「まあそうだな。ところで、どうかしたのか?」
「なんのことだ?」
   質問に質問で返す。聞きたいことは分かっているが、嫌なことはできる限り先延ばしにしたい。まあこいつがそんな僕の気持ちを汲み取ってくれるはずがない。
「お前が部活に来ることってあまり無いだろ。いつもは俺が先輩に言われて連れて行く訳だし。それだけじゃなく自分から率先して俺を誘うなんていままでなかっただろうが」
   ……時間がない。奴がこちらに気がついたようだ。
   ここは無理矢理こいつを引っ張って行くしかない。
「説明なら後でする。取りあえず今は部活に行こうぜ」
「お、おう。じゃあそうするか」
   よし、これなら間に合うかもしれない。
   坂本が鞄を掴んだのを早足で歩き出す。
   坂本が「おい、まてよ!」と言っているが、無視だ。
   いまのところ奴が走ってきている気配はない。よし、いける!
   そして教室を出ようと踏み出す直前、
「兄さん。なんで逃げるの?」
   手首を掴まれた。
「聞こえてたよね?わたしの声」
   教室にいる生徒の視線が集まっているのが分かる。
   ゆっくりと振り向く。
    
「一緒に帰ろっ!兄さん♪」

   そこにはやはり、藍里がいた。



438 :僕は自分が大嫌いだ ◆3BXg7mvLg0RN :2010/07/24(土) 13:43:10 ID:qUmUC2gt
「なあ藍里」
「なあに?兄さん」
「僕はこれから部活に行くからお前は帰れ」
「部活?兄さん部活になんか入ってたの?」
「ああそうだ。だからお前は先に帰れ」
   まあ藍里がこの程度で帰るわけがない。
「お昼ご飯はどうするの?」
「部室で食べるから大丈夫だ」
「じゃあわたしもそうする!」
   ここまでは予想どうりだ。さて、これからどうするか。
   思案していると、不意にポカンとしている坂本が視界に入った。
「坂本。ちょっと来い」
   僕の声で正気に戻ったのか、「お、おう」と近づいてくる。
「な、なあ雨宮。この可愛い子だれだ?お前の知り合いか?」
   僕の近くに来ると僕にだけ聞こえる声でそう聞いてきた
   ……こいつはそれしか頭にないのか?
   それに兄さんと呼ばれているだろう。
「その話は後でだ。それよりお前にはちょっと頼みがある」
「頼み?」
「そうだ」
   これは僕の知り合いの中ではこいつにしか頼めないことだ。
   これから起こる惨劇に想いを馳せながら僕は坂本に言う。
「今度何か言うこと聞いてやるからここは任せた」
「は?任せたって何を……」
   ここで坂本の声が途切れた。
   その理由は当然僕にある。
   僕は蹴り上げたのだ。
   全力で。
   股間を。
   坂本の。

「ふぉおぉぉおぉぉぉぉぉあああああァァァァァァァァ!」

   坂本が悶絶し、叫んでいる。
   そちらに気を取られた藍里の手を振り払い、僕は思い切り駆け出した。
   背後から「兄さん!待って!」と聞こえるが、待ってと言われて待つ馬鹿はいない。いたとしても、それは坂本くらいだ。
   まあこれ以外にも良い方法はあったんだけど…。
   でもこいつが藍里に部室の場所を教えるかもしれなかったから。
   僕はそのまま全速力で『将棋部』の部室まで走っていった。


439 :僕は自分が大嫌いだ ◆3BXg7mvLg0RN :2010/07/24(土) 13:44:16 ID:qUmUC2gt
   将棋部の部員は僕と坂本を含む三人だけだ。
   それに、部員数が少ないという理由で、学校側からのは同好会扱いにされている。
   まあこれはこの部が出来てからずっとそうだったらしい。
   部の名前は『将棋部』としているが、実際に対局することはほとんどない。
   なぜなら、代々将棋部は部長から部長へと、ある『教え』が受け継がれるのだと言う。
   その教えとは、『将棋とはボードゲーム、つまりゲームの一種であり、将棋というゲームを極めるためには将棋以外のゲームもやり、様々な常識に囚われない感性と頭脳を持つことが必要なのだ』ということらしい。
   つまり、ただ遊んで過ごすだけの部である。
   しかも、この部室には種々多様なゲームがある。
   オセロやチェスの様なボードゲームはもちろん、プレ×テやドリームキャ×トのようなテレビゲームに加え、ニ×テンドーDSやPS×のような携帯ゲーム機とそれらのソフトなどもそろっている。
   さらに部室の隅には冷蔵庫やキッチン、折りたたみ式のテーブルと椅子まで常備されている。
   ちなみにこれらは将棋部のOB、OG方が提供してくれた物品だ。
   だから将棋部の部室とは、できる限り快適にゲームをできるような環境を提供してくれる場所なのだ。…まあ僕は時々しかゲームしないけど。
   そして、僕はいま将棋部の部室の前にいた。
   早く入らないと藍里に見つかってしまうのだが、どうしても入るのに躊躇してしまう。
   その理由は、いま部室にいるであろう人物が原因だ。
   僕はその人に少し負い目がある。
   僕があまり部活に出なかった理由も、そこにある。
   それでも、今朝の会話のせいでめんどくさい反応を返してきそうな藍里よりはマシだと思う。
   僕は自分に喝を入れるように「よし!」と言うと、部室の扉を勢いよく開けた。


440 :僕は自分が大嫌いだ ◆3BXg7mvLg0RN :2010/07/24(土) 13:45:37 ID:qUmUC2gt
   将棋部の部室には、予想どうり、『神崎湊』先輩がいた。
   先輩は、こちらに気づくと携帯ゲーム機を放り投げ、椅子ごとこちらに振り向いた。
   長く艶やかでポニーテールに結われたサラサラとした黒髪が揺れる。
「久しぶりじゃないか。そちらから出向いてくるなんてどういう了見だ?」
   先輩は俗に言う和風美人、大和撫子と表現しても大袈裟ではないくらいの美人だ。……まあ性格に少し難があるのが残念だが。
「なんかどこかの元敵キャラみたいな言い方ですね。まあ、たまたまです。深い意味はありません」
「そんな訳ないだろう。お前は家でダラダラ過ごすのが大好きな面倒くさがり屋の根暗人間だろう」
「ひどい言い草ですね」
「ん?違うのか?じゃああれか?久しぶりに愛しい美人の先輩といちゃいちゃしに来たとでも言うのか?大歓迎だぞ」
「あまりふざけていると帰りますよ。あと自分で美人とか言わないでください」
「本当の事じゃないか。事実を述べて何が悪い」
「……はあ、もういいです。帰ります」
   僕が部室から出て行こうとすると、先輩が僕の手を掴んできた。
「悪い。お前が久しぶりにきたもので、嬉しくてつい、な」
   少し照れたように言う先輩。
「まあ、いいです」
   僕は部室に入り、鍵を閉めた。
「ふむ、わたしはこれから襲われるのか」
   未だに僕の手を握っている先輩がそう呟いた。
「よし、お前の性欲は全てわたしが受け止めてやる。遠慮せずに…」
「せい」
   先輩の頭を軽くチョップする。
「なにをするのだね、ワトソン君。わたしなら好きなだけ犯して良いのだぞ?さあ来い!」
   めんどくさくなってきたので僕は何故か部室にあった縄で先輩の両手両足を軽く縛った。
「うむ?なんだ?SMプレイか?マニアックな趣味だな。あ、鞭なら引き出しの三番目だ」
   そして僕は先輩をそのまま放置してゲームを始めた。
「放置プレイか。わたしを焦らすつもりだな。ふふふ、少し興奮してきたな」
   ……あ、メタ×ンだ。珍しい。捕まえよ。いっけースーパーボール!メタ×ンゲットだぜ!
「……無視されると少し辛いんだが」
「自業自得じゃないんですか」
「相変わらず遠慮ないな。ところであの馬鹿はどうしたんだ?ようやく死んでくれたのか?」
   あの馬鹿とはもちろん坂本のことだ。
「残念ながら生きてます。男としては死にかけてますが」
   おもいきり蹴り上げたからなぁ……。
「何かあったのか?」
   先輩が聞いてきたので我が家の事情から坂本の悲劇までの一部始終を説明した。別に隠すような事でもなかったし。


441 :僕は自分が大嫌いだ ◆3BXg7mvLg0RN :2010/07/24(土) 13:46:41 ID:qUmUC2gt
   説明が終わり、視線をゲームから先輩に移すと、先輩はいつの間にか縄を解いて活動していた。
   今はカップに紅茶を淹れてくれている。
   辺りを見まわすと、部室に入った時より綺麗に整頓されていて、部屋の中心にテーブルと椅子が設置されていた。
   ……どうやって設置したんだろう。音もしなかったのに。
   先輩は紅茶を淹れ終えると、見るからに手作りのクッキーと一緒にテーブルの上に置いた。
「ほら、座りたまえ。紅茶が冷めてしまうぞ」
「そんなすぐには冷めませんよ」
「淹れたてを飲んで欲しいというのが分からないのか。早くしたまえ」
   仕方がないので先輩に言われた通りに椅子に座り、カップに口をつけた。
「どうだ?結構上達しただろう」
「味覚が狂ってるので分かりません」
「そうか、残念だ」
   先輩はそう言いながら僕の対面の椅子に座り、僕が紅茶を飲んでいる様子を嬉しそうに見つめていた。
   僕も馬鹿ではないので先輩が僕に恋愛感情を持っていることくらい分かっている。
   しかし、先輩の気持ちに答えることはできない。
   先輩も分かっているのか、僕に気持ちを伝えようとしてこない。
   僕もできる限り先輩のそういう優しさに甘えたくなかったから、あまり部活に出ないように決めていたのだ。
   まあ今日それを破ったのは今の状況を軽く説明するためだったりする。……あまりこの人に隠し事をしたくはない。

   僕は紅茶を飲みながらゲームの続きをやり始めた。