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506 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2010/07/25(日) 10:08:25 ID:6XlpIfwN
*****

 何回、あの二人の間に割り込んでやろうと思ったのか、自分でもわからないわ。
 どういうことなのよ。
 あの人と、あの人の妹が二人きりでデートに出かけるだなんて。

 彼の行方は弟君に教えて貰った。
 弟君は、妹と買い物に出掛けただけ、なんて言っていたけど、それは間違いだわ。
 弟君の台詞が嘘なんじゃない。買い物に出掛けた、っていうのが間違った認識なのよ。
 あの人と妹さんが、二人で買い物に行く。
 相手が誰だろうと、女と一緒にどこかへ行く時点で、それはデートよ。
 それに、妹さんが彼と二人きりで歩くっていうのがおかしいわ。
 妹さんは、弟君のことが好きだったはず。
 この間、彼の家の中で妹さんが弟君を押し倒していたんだから、間違いない。
 いいえ――正しくは、あの時は間違いなくそうだった、ね。
 あれから彼と妹さんの間に、何かが起こったんだわ。
 好意の行き先が、弟君から彼の方向へ一気に切り替わるような事件が。

 あの女。妹という立場を利用して一体どんな策を使ったのかしら。
 私がいくら誘っても落ちなかった彼をデートに誘うだなんて、そうとう上手いことをしたに違いない。
 物で釣った? お金を払った? 脅した? それとも、誘惑した?
 どれを実行したにしても許せないけど、どれも成功しそうにないわね。
 なおさら気になってきたわ。今後のためにも、彼を誘える手段を覚えておかないと。

 最初に彼と妹さんを見たのは、デパート内のパン屋の中。
 二人一緒に、テーブルで向かい合って昼食をとっていた。
 気付かれないよう、窓ガラスの向こうから覗き見する。
 うーん……何を喋っているのか聞き取りづらい。
 とは言っても、中に入るわけにも。
 あら、妹さんが彼のパンをじっと見てる。
 彼に向かって何か言ってるわね…………あああああ!

 あああ、あのちび女!
 彼のカレーパンにかぶりつきやがったわ!
 美味しい物食べて幸せだって顔してるんじゃないわよ! 上品そうに口元を隠すなあ!
 ああ、しかも彼ったらその食べかけカレーパンに口をつけた!
 それ、それ間接的な、き、キスじゃない!
 しかも歯と歯、舌と舌が絡み合って、混じり合って……なんてディープなことを!
 なに、なんなのこの悪夢は。
 どうして妹さんは、あそこまで彼に対して積極的なの?
 どうして彼は、妹の食べかけを平然として口に運んでるの?

 いいえ、落ち着きなさい。
 妹さんは彼のパンを奪いたかっただけ。
 彼は妹のやることだからって目を瞑ってるだけ。
 そう考えれば、さっきのだってなんでもない兄妹間のやりとりに見えるはずよ。

 心を落ち着けて二人の様子を観察する。
 彼が妹さんの紅茶を一気飲みした。妹さんも彼のコーヒーを一気飲みした。
 いつの間にか私は歯ぎしりをしていたらしい。歯の擦れ合う音が止まらない。
 体の震えが止まらない。頭の後ろがメキメキと音を立てそう。
 もはや心を落ち着けられる心境じゃないわ。
 あんたたち……兄妹だっていうんならストローぐらい使って飲み比べしなさいよ!
 どう見たって、完璧に、恋人同士じゃないのよ!



507 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2010/07/25(日) 10:09:32 ID:6XlpIfwN

 その後、二人のところに入りこまなかったのは、幸いにも二人が本屋に入ったからだろう。
 妹さんはファッション誌のコーナーへ、彼はホビー誌のコーナーへ。
 全くの別行動をとっていたから、私の気が大人しくなった。
 今の二人だったら、ただの兄妹というふうに見えるんだけど。

 さっきから、妹さんの考えが読めない。
 一緒に食事したり、間接キスしたりしていたくせに、今は彼とは別行動をしている。
 私だったら、彼とデートする時はたとえ本屋の中であっても一緒に行動する。
 そして、人がほとんどやってこない棚の前に行って、二人きりでアレコレする。
 でも、妹さんは全然そういうことをしようとしない。
 そもそも、デートで本屋に行くのってアリなのかしら。
 待ち合わせ時間までの暇を潰すにはいいけど、デート中にやるのはおかしくない?
 もしかして、本当に買い物が目的で、二人ともそのつもりだとか?
 これはまだまだ見極める時間が必要ね。

 午後二時になるちょっと前、二人に高橋君が合流した。
 高橋君は普段何をしているのかわからないけど、私の目にはよく映る。
 高橋君と彼は仲がいいから、そのせいでしょう。二人が仲良く話す姿はクラスでは多く目にする。
 彼と、妹さんと、高橋君。
 この三人が一緒ってことは、本当にただの買い物だったのね。
 ああ、よかった。

 それから、ほっとなで下ろした胸の裡がざわつきを取り戻すまで、そう時間は掛からなかった。
 時計のお店で、彼が、妹さんに時計をプレゼントしてた。
 妹さんがどれにするか選びかねていたところで、彼が一つの時計を選んだ。
 そして妹さんは、彼が選んだ時計を購入することに決めたみたいだった。
 上手いものね。どれにするか悩んでみせて、困った振りをして、彼に時計を選んでもらうなんて。
 それ、プレゼントと同じじゃない。
 あんなに悩んで選んだんだから、本物のプレゼントよ。
 私なんか、私なんか……まだ彼から何かを贈って貰ったことなんて、一度もない。

 どうして?
 どうしてあなたは、私じゃなくて、妹さんにプレゼントするの?
 どうして妹さんは、彼からプレゼントを貰えるの?
 どうして私は、彼にプレゼントを贈って貰えないの?



508 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2010/07/25(日) 10:11:56 ID:6XlpIfwN

 時計店から離れて、一人きりになれる場所まで行って、通路に置いてある手近な椅子に腰掛ける。
 途端に周りの情報が鮮明に感じられるようになった。
 遠くから聞こえる人の声、店内の音楽、壁を塗り尽くすベージュ。
 私、こんなところで何してるんだろう。
 彼に会いたくてしょうがなくなって、弟君に行き先を聞いた。
 いざ行ってみると、彼は妹さんと仲良くしてて、一緒に食事して、プレゼントまで贈っていた。
 私は一人きり。
 人がいっぱい居る店内に居るのに、周りには誰も居ない。
 彼はもちろん居ない。居るわけがない。

 迷子になったみたいだった。
 昔、まだお母さんが生きている頃も、私は迷子になったら、お母さんを求めてた。
 お母さんは私を探しに来てくれた。
 家族だったから。お母さんはお母さんで、私は娘だったから。
 だけど、お母さんと違って、彼は探しに来てくれない。
 妹さんと一緒に、時計を買うことに夢中になってる。
 私がここにいることなんか、知りもしない。探してもくれない。
 もしも、私があなたの娘だったら――家族だったら、あなたは私を捜してくれるのかしら?

 あ、そっか。わかった。
 どうしてプレゼントを貰えないのか。彼が捜しに来てくれないのか。
 彼の隣に居ないからいけないのよ。
 当たり前よね。見つからないように隠れてたら、プレゼントを貰えるはずがないわ。
 私が近くにいるってことを知らないから、捜しに来てくれないのよ。
 私を家族だって勘違いするぐらい一緒に居れば、きっと大事にしてくれる。

 じゃあ、さっそく偶然を装って彼の所へ行こうかしら。
 ケータイで話している最中に顔を合わせれば、偶然会ったふうに見えるはず。

 あら、彼のケータイにかけても繋がらないわ。
 彼ったら、こんな時に限って誰かさんと仲良く話してるのね。
 彼と話できないなら、こんな道具は要らないわ。
 あなたもきっと、私と同じ事を考えて、そう言ってくれるわよね?

 困った人。私が会いたいと思った時に限って、いつも誰かと一緒に居るの。
 今日だけは、いえ、今日からはそんなのダメ。
 私と一緒に居てもらう。これからは離れないって、言ってもらう。
 プレゼントは要らない。誓いの言葉が欲しい。
 
 これ以上言うこと聞いてくれないと、私、きっと崩して、壊しちゃうわ。
 あなたも、あなたの家族も、友達も、私自身さえも、何もかも。



509 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2010/07/25(日) 10:13:19 ID:6XlpIfwN
*****

 高橋や妹の言うとおり、俺はカカシなのかもしれない。
 突然現れた葉月さんが、その手に持っていた携帯電話をへし折ったところで、危険を察知して逃げるのが賢い人間の対応だ。
 なのに俺は何もせず、高橋との通話を切ることもなく、呆然と立ち尽くしていた。
 結果、俺は葉月さんに携帯電話を奪われ、彼女の手によって携帯電話を破壊された。
「はい。これ、返すわね」
 葉月さんが俺から奪った携帯電話を返した。
 もはやそれは、携帯電話としての体を成していない。
 ヒンジの部分で二つに別れた機械を繋げるのは、細くて頼りないコードだけ。
 どのボタンを押しても画面はブラックアウトしたままだ。
 完全に死んでしまっている。

 葉月さんの足下に転がっているのは、葉月さんが使っていた携帯電話だ。
 俺の携帯電話と同じ型、同じ色のもの。
 そっちも俺の物とほぼ同じ有様だった。
 違うところは、二つの残骸が未練を残さずおさらばしているところだろう。
 俺の携帯電話ももう少しであれとおそろいである。さっぱり笑えん。ちっとも嬉しくない。
 データが消えていないことを望んでから、ポケットに携帯電話の残骸をしまう。
 
 さて、どうしようかな。逃げようかな。
 でもここで逃げたら今の葉月さんの機嫌を損ねてしまいそう。
 いまだ固定したままの右腕がハンディキャップになってるから、走って逃げてもすぐに追いつかれるだろうし。
 人の携帯電話を破壊しておいて、まったく葉月さんは悪びれる様子がない。
 せめて謝ってほしい。微笑みを浮かべて俺を見つめないで欲しい。
 携帯電話を壊されたことについて怒りそうになっている俺の方が、おかしいみたいじゃないか。
「あの……」
「なあに?」
 口を開いたものの、何を言えばいいのかわからない。
 いや、どういう順番で言いたいことを言えばいいのかわからない。
 なんで葉月さんはここにいるの? なんで携帯電話を壊したりなんかした? 俺が何か怒らせるようなことした?
 どの問いを一番に持ってきても、間違っているような気がして、何も言えない。

 ああ、そうか。
 こういうことで悩んで、何も言わないところも、傍からはカカシっぽく見えているわけか。
 俺が何を考えていようと、他人はそんなことは知らない。
 俺に何らかの評価を下すのは、いつだって他人である。
 たとえ世界崩壊を食い止めるための方策を脳内で考えているとしても、他人からはぼうっとしているようにしか見えない。
 世の中、そんなもんである。
 俺の思考を完全に悟れる人間なんて、いるはずがないのだ。



510 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2010/07/25(日) 10:15:50 ID:6XlpIfwN
 
 葉月さんが左手を、俺に向けて差し出した。
 手のひらが天井を向いていないということは、金を催促しているというわけではなさそう。
 むしろ携帯電話を壊されたのだから、こっちが催促したいぐらいである。
 では、一体どういうつもりでその手を動かしたのか。

「一緒に行きましょ。せっかく会ったんだから、遊びに行きましょうよ」
「いや……ちょっと待って。考えさせてくれ」
「どうして? 私と歩くの嫌?」
「嫌とかじゃなくて、それよりも先にすることがある」
「妹さんのお買い物の続き? 私のことなんて、後回しなの?」
「いや、妹のこととは別だ……って、どうして妹がここにいることを知ってるんだよ?」
「だって、ずっと見ていたんだもの」
 葉月さんは、その言葉がどれだけの衝撃を俺に与えるか知らず、そう言った。
 見ていた? 妹と居るところも、高橋と居るところも?
 もしや、ここにやってきたのは俺と会うためだったとか?

「見ていたなら、どうして声をかけなかったのさ」
「あなたと妹さんが、なんで二人きりで買い物に来たか、わからなかったからよ。
 だって、昔は妹さんとそんなに仲良くなかったでしょう。
 それなのに、今日は二人きりで買い物に来てる。一体どういうこと?」
「二人きりじゃなかった。高橋も居た」
「知ってるわよ。話を逸らさないで。
 どうして妹さんとそこまで仲良くなったの? いつから? どうして仲良くなろうと思ったの?」
「あの、妹と仲が良いのって、そんなにおかしいことじゃないと思うんだけど」
 そりゃまあ、たしかにほんの二ヶ月前ぐらいまでは仲が悪かった。
 仲が悪い状態でバランスがとれているような感じだった。
 でも、その間に色々な事件が起こったせいで、そのバランスが崩壊した。
 バレンタインデイから数日は、弟誘拐事件に奔走させられた。
 治療のため入った病院では、伯母に再会した。
 弟誘拐事件、伯母と出会ったこと。
 この二つの出来事のおかげで、俺と妹は昔のことを思い出した。
 俺と妹の仲が悪かったのは、過去の出来事を思い出せなかったせいで、誤解が生じていたからだろう。
 誤解が解けてからは、妹とはそれなりに仲良くなった。
 妹に好きと言われるとは思わなかった、さすがに。
 だけどなにもおかしいところはない。特別な関係になったわけじゃない。
 高橋を前にした今日の妹の態度なんか、懐かしさを覚えるぐらいに尖ってた。
 ちょっと口論する程度には仲が良くなった。そんな感じである、俺と妹の仲は。

「おかしいことじゃないって? 私から見れば十分におかしいわ。
 そもそも――」
「別に何もおかしくないわよ。っていうか、変な風に疑うの、やめてくれない?」
 葉月さんが振り向く。
 肩越しに、憮然とした顔をつくっている妹が立っているのが見えた。
 妹の左手首には、時計が巻かれている。右手にはさっきの時計店の紙袋。
 どうやら、トイレに入っていると見せかけて、時計を身につけていたらしい。
 鏡を前にして、入学祝いに貰った時計を身につけ、はしゃぐ妹。
 トイレの中だという設定がなければ、ちょっとはイイと思える。



511 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2010/07/25(日) 10:19:19 ID:6XlpIfwN

「あら、妹さん。ごきげんよう」
「ええ、最高にご機嫌よ。私は」
「……どうして?」
「さあ? 今日がいい天気だからじゃないかしら」
 今日の天気は快晴だった。
 邪魔になる厚着をする必要もない、外出しやすい気候だった。
 もし妹へのプレゼントを買いに行く用事がなければ、外でエアブラシを存分に活用していたことだろう。
 本日は、俺にとっても望ましい天気である。
 そういえば以前、妹は小雨の降る天気の方が好きだって言ってなかったっけ。
 でも、今日は快晴の天気なのにご機嫌だと言う。
 二番目ぐらいには好きなのかな、青い空と白い雲のある日。

「葉月、あんたケイタイ落としてるわよ。はい」
 妹が、床に放置されていた葉月さんの携帯電話の残骸を拾い、持ち主の手に渡した。
「あんたのケイタイ、変わってるのね。
 二つで一つのケイタイなんて、見たこと無いわ。どこのメーカーの最新型?」
「知ってても内緒にするわ。あなたには」
「あっそう。まあ別に私も知りたいわけじゃなかったから、どうでもいいわ。
 さて、用事も済んだから帰りましょ。お兄さん」
 妹が俺の手を掴もうと手を伸ばした。
 他人の指先の熱を皮膚で感じた――ところで、その小さな感覚は消え失せた。
 葉月さんの手が割り込み、妹の手を払っていた。
「妹さん。そんなこと言わないで、しばらくご一緒してくれないかしら?」
「ええー……面倒だから断りたいんだけど。こんな暴力的な女とは一緒にいたくないわ」
「そんなこと言わないで、ねえ? 彼だって、私と一緒したいみたいよ?」
 ……は? え、俺?
「そうなの? お兄さん」
「待て。何を言っているんだ、二人とも」

 落ち着け。混乱してるぞ、俺。状況整理だ。
 まず、妹が俺の手を引いて帰ろうとしたところで、葉月さんが止めた。
 葉月さんが妹を誘ってみたが、妹の反応はかんばしくない。
 葉月さんは食い下がる。俺が葉月さんと一緒に居たがっている、と言って。
 妹はその言葉に乗り、俺に判断を委ねた。
 うん、よくわかった。
 よくわからないなりゆきで選択肢を与えられた、ということがわかった。
 二人で話をつけていたんじゃないのかよ。
 携帯電話を壊されるわ、突然選択を迫られるわ。
 慣れ親しんだ錯覚までするぞ、この理不尽な展開。



512 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2010/07/25(日) 10:21:02 ID:6XlpIfwN

「久しぶりに会ったんだから、付き合ってくれないかしら。たまにはいいでしょう?」
 人の携帯電話を壊しておいて、よくこんな台詞が口から出るものだ。感心してしまいそうだ。
「お兄さん、疲れたから私、帰って休みたいんだけど」
 妹、俺はこの場から逃げ出したいよ。別に携帯電話を弁償してもらわなくてもいいから。
 さっきの電話で異常を察知した高橋が戻ってきてくれないかなあ、なんて思ってしまう。
 大抵の場合、そう都合良くいかないものだってわかってるんだけど。

「妹さん、わがまま言わないで。彼の気持ちを無視しちゃ行けないわ」
「無視してるのはあんたじゃない、葉月」
「どうしてそう思うの?」
「見てたらわかるわよ。ちょっとあんた、強引すぎる。
 他人に言うことを聞かせるために暴力振るったり、いきなりお兄さんに話を振ったりね。
 わかりやすく、卑怯って言い換えてもいいわ」
「ふうん。あっさり心変わりするような子がよく言えたものね、そんなこと」
「……あんたにだけは言われたくなかったわ、そんなこと」
「私は一度も心変わりしたことないけど?」
「むかつく。喧嘩売ってるの、あんた」
「きっと、高すぎてあなたには買えないわよ。むしろ噛みついてきてるの、あなたの方じゃない」
「なんですって……」
「なんでもないわよ。ただ思ったことを口にしてるだけ」

 まずい。ここが人がひっきりなしに行き交うデパートの通路だと言うことを、二人とも忘れてる。
 ほとんどの人は無視して通り過ぎるけど、数人が遠巻きに成り行きを見てる。
「あのさ、二人とも、ここじゃまずいからどこか別の場所で話さないか?」
 努めて優しく提案してみる。
 しかし、二人は揃って俺を睨み付けて、口論をやめようとしない。
「お兄さんは黙ってて!」
「ちょっとだけ口を出さないで。大事な話をしてるのよ」
 ふうむ――そろそろ、腹が立ってきたな。
 こいつら、俺を使って喧嘩したいだけじゃないのか。
 便利な道具とか、ゲームのパワーアップアイテムとしてしか俺を見てないんじゃないのか。
 ちょっとは仲良くしろってんだ。
 なんで、一番ろくな目に会ってない俺が蚊帳の外なんだ。
 最近は携帯電話も安くないんだぞ、くそったれ。

「……妹、ちょっとだけでいいから、俺と葉月さんに付き合え」
「はあ? お兄さん、それってこの女の言うことに従うってこと?」
「どうとでも受け取れ。移動するぞ」
「何いきなり怒ってるのよ。わけわかんない」
「わけわかんない、って言いたいのはこっちだ。それに俺は、まだ、怒ってない」
 まだ、を強調して言った。
 妹は俺の苛立ちを察したのか、言い足りない風の不満顔ではあったが、それ以上は何も言わなかった。
「葉月さんも、それでいいよな?」
「え、ええ」
 じゃあ行こうか、と言い残して歩き出す。
 後ろから二人分の足音が聞こえてくる。
 俺の歩調に会わせて歩いているのを感じ取ってから、二人に向けて言う。
「二人は仲が悪すぎるんだよ。一緒にお茶でもして、親睦を深めろ」

 流れ出してくる感情を抑えず、勢いで発言した。
 一緒にお茶を飲んだぐらいで仲直りするとは思えなかったが、もしかしたらということもある。
 そんな風に楽観的に考えてしまいたい時だってあるのだ。
 今みたいに苛立っている時は、特に。