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546 : ◆0jC/tVr8LQ [sage] :2010/07/26(月) 09:18:09 ID:N8aXTVcj
「は、はい。ええと……」
僕は口ごもった。
今になって、先輩が紅麗亜のことを持ち出すのはどうしてだろうと思う。
確かに僕は、先輩を襲う前、紅麗亜のことを延々と話していた。
でも、そのとき先輩はほとんど無視していたはずだ。
嫌な予感がした。
「すぐに解雇してください」
「!!」
案の定、想定した中で最悪の台詞が、先輩の口から出た。
もちろん先輩の気持ちは分かる。
何しろスタンガンで攻撃されたのだから、先輩に紅麗亜をよく思えと言う方が無理だ。
しかし、僕が今日ここに来たのは、紅麗亜が僕の家にいられるよう、話を付けるため。
ここで唯々諾々と紅麗亜を馘首したのでは、何のために来たのか分からなかった。
「ま、待ってください」
僕は先輩を宥めにかかった。まずは先日の、スタンガンの件の謝罪から始める。
「この間は……いや、この間も本当に済みませんでした。しかし、あれは僕が悪かったのであって、紅麗亜は……」
「違います。そうじゃありません」
「え……?」
何が違うのだろうか。僕は先輩の言葉を解しかねた。
「詩宝さんには、今日からこの屋敷で生活してもらいます。身の回りのお世話全般は私達がやりますから、メイドは必要ありません。だから解雇してください」
「なっ……」
僕は驚愕した。
今日からずっとここに閉じ込められ、家には帰れないということなのか。
「……僕、ずっとここにいなきゃいけないんですか?」
「当然です。詩宝様のような性犯罪者を、外に出せると思うのですか? 無害になったと私達が判断するまで、詩宝様をこの屋敷に軟禁させていただきます」
「…………」
そう言われると、僕は黙り込むしかなかった。僕は先輩を襲った犯罪者。殺されないだけでも、感謝しなくてはいけない身分なのだ。
「では、善は急げです。詩宝様、早速お電話を」
エメリアさんは、部屋の隅にある机へ歩いて行った。
そして机の上にあった電話機を持ってきて、僕に差し出す。
「さあ、どうぞ」
「…………」
しかし、僕はまだ降伏しなかった。
最後の望みをかけ、抵抗を試みる。
「あっ、あの……」
「何でしょうか?」
「あの……もう少し、検討の余地があるかと思うんですが。例えば、紅麗亜にこのお屋敷に来て働いてもらうとか……」
「詩宝さん」
しばらく黙って聞いていた先輩が、ここで口を開いた。
「私のお願い、聞いてくれないんですか?」
振り向くと、先輩は涙目になっていた。



547 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ [sage] :2010/07/26(月) 09:18:48 ID:N8aXTVcj
僕は再度、自分の立場を思い知る。
今の僕は、一生かけて先輩に償う義務があるのだ。
先輩の意向に逆らうなど、決してやってはいけない。考えてもいけない。
「……分かりました」
僕は頷く。先輩は微笑を浮かべた。
「それでいいんです。詩宝さんはこれから一生、私の言うことだけ聞いていればいいんですよ」
「はい……」
僕は震える手で受話機を取り、自分の携帯電話の番号を押し始めた。
僕の携帯電話は確か、紅麗亜がいつも持ち歩いているはずだ。
紅麗亜がこの電話の番号を着信拒否にしていなければ、連絡が取れるだろう。
かけてみると、2回目のコールでつながった。
『もしもし?』
紅麗亜の声が聞こえた。気分が重くなる。
「く、紅麗亜……」
紅麗亜の名前を呼ぶ。息が苦しい。彼女からはきっと、押し殺したような声に聞こえたに違いない。
『ご主人様! 今どちらにいらっしゃるのですか!?』
電話の向こうで紅麗亜が叫ぶ。何か切羽詰まった様子だ。
「先輩の、お屋敷だよ……」
『すぐに逃げてください! 雌蟲の婚約は欺瞞でした。そこにいては危険です! 私もすぐ迎えに参ります!』
先輩の婚約は嘘だと、紅麗亜も気付いたらしい。どうやって知ったのかまでは、分からないが。
「ご、ごめん。紅麗亜……」
僕は、自分の目に涙が浮かんでいるのが分かった。
『ご主人様?』
「僕もう、紅麗亜のこと、雇ってあげられないんだ……」
そこまで言ったとき、不意に受話機が取り上げられた。
僕に代わって受話機を持った先輩が話す。
「聞いたわね? あなたはお払い箱よ。今すぐ詩宝さんの家から出て行きなさい。ちなみに、詩宝さんの家は今、私の名義になっているから、居座るなら不法占拠で警察を呼ぶわ。それじゃ」
ガチャン
先輩が無造作に受話機を置くと、エメリアさんが電話機を元の場所に戻した。
「…………」
僕はしばらく、茫然とその場に立ち尽くしていた。
先輩が正面から、僕を抱き締めてきた。
「これで、いいんですよ」
「ああ……」
いつしか僕は、先輩を抱き返していた。
と、そのとき、ソフィさんが戻ってくる。
ソフィさんは先輩に近づき、何事かを耳打ちした。
先輩はソフィさんに頷いた。それから僕の顔を見る。
「詩宝さん」
「はい」
「野暮用も片付きましたし、お披露目に行きましょう」
「お、お披露目って……?」
「もちろん、今日集まってくれた人達によ。舞華ちゃんと詩宝ちゃんが婚約しましたって」
華織さんが言うと、先輩は嬉しそうに腕を絡めてきた。
「うふふ……着替えないといけませんね」



548 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ [sage] :2010/07/26(月) 09:19:21 ID:N8aXTVcj
「はい……」
僕は観念した。事ここに至っては、万事先輩の言う通りにするしかない。
ただ、いくつか気になることがあった。それをすっきりさせたいと思う。
「あの、先輩……聞きたいことがいくつかあるんですけど、いいですか?」
「駄目です」
「…………」
犯罪者には、質問すら許されないのか。暗澹とした気持ちになりかけたが、そうではなかった。
「先輩なんて、他人行儀な呼び方はもう駄目です。これからは名前で呼んでください」
そういうことか。僕は、少しつかえながら言い直した。
「ま、舞華、さん……」
「はい。詩宝さん」
一転して、先輩が笑顔になった。これでないといけないらしい。
ずっと“先輩”と呼んできたので、慣れるのに時間がかかりそうだ。
「舞華ちゃん、旦那様の質問に答えなさい」
「あ、ごめんなさい。どうぞ」
華織さんに促されて、先輩は改めて尋ねてきた。僕はさっきから気になっていたことを聞いてみる。
「あの、僕の家が先輩の名義って……?」
「あ、はい。勝手だとは思ったんですけど、詩宝さんのご両親にお話しして、ご自宅を譲ってもらったんですよ。その方がメイドを追い出しやすいですから」
「そ、そうですか……」
うちの両親も、よく同意したものだと思った。
よほど法外なお金でも積まれたんだろうか。先輩ならあり得る。
「ええと、それから……」
「はい」
「うちの学校の生徒、みんな呼んだんじゃないんですか? 女の子しかいなかったみたいですけど……」
「ああ、それはですね」
答えたのはソフィさんだった。
「今日集まってもらったのは、学校と、中一条グループの系列企業の中で、ボスと特に親しい方だけなのです」
「本格的にお嬢様の婚約披露会を催してお客様を招待したら、各界の名士の方々をお呼びしないといけません。それではいくら何でも、今日に間に合いませんから」
エメリアさんが続ける。なるほど、と僕は思った。
先輩は学校では、ほとんど独裁者に近い権勢を誇っている。取り巻きの数は半端ではない。
中一条グループでも、先輩に服従する人は多いだろう。
今回はそういう人達を動員して、この婚約披露会をこしらえたというわけだ。
「もう大丈夫ですか? 詩宝さん」
「あ、はい」
結局、一番聞きたかったことは怖くて聞けなかった。
僕が先輩を襲わなかったら、どうするつもりだったんですか……と。

その後僕は、エメリアさんとソフィさんに、新しい制服(なぜか用意されていた)を着せられた。
着替え終わると、先輩が新しいドレス(今度は露出が少なめだった)を着て現れ、僕の手を引いて来賓の人達の前まで連れて行く。
先輩が、みんなに向かって幸せそうに話していた内容は、あまり僕の耳に入らなかった。体力的な限界が来ていたせいだろう。
お披露目が終わり、奥に引っ込んで間もなく、僕は気絶した。