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14 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:14:33 ID:3MRI2eKK

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
「俺はホットコーヒーで。二人はどうする?」
 喫茶店に入ってわざわざコーヒーを注文する。
 こんな経験をしたことは、十七年間蓄えてきたの記憶の中には、ひとつもない。
 俺がコーヒーを飲む機会と言えば、大きく分けて三つある。
 気分転換に、インスタントなり、コーヒーメーカーなりを使って、自分でコーヒーを淹れて飲む。
 自分で買った、もしくは友人知人が奢ってくれた缶コーヒーを飲む。
 たまに弟が淹れてくれる濃いめのコーヒーを、温くなるまで待ってから飲む。
 いずれの場合も、ちびちびと口をつけて飲むので、一杯あたりを飲み干すのに時間が掛かる。
 そのため、俺が喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、店の回転率はかなり鈍ることだろう。
 だが、それは喫茶店に立ち入らない理由ではない。

 喫茶店のコーヒーは美味くても、高い。これが、俺が喫茶店に行かない理由だ。
 たまに、高橋の奴が美味しいコーヒーを淹れる店を見つけた、という話題を振ってくる。
 店舗が街から離れているから美味しく飲めるとか、雑な味が一切無いところがいいとか、
わかるようなわからないような言葉で褒めちぎる。
 いくら賛辞の言葉を聞かされても、俺は喫茶店へ行くつもりにはならない。
 喫茶店のコーヒーの相場、おおまかに四百から五百円。
 コーヒーが飲みたくなったら缶コーヒーで済ませてしまう俺には、とても出せない。
 差額でエナメル塗料と塗装用の筆を買った方がずっといい。

 そんな価値観を持つ俺がこうして喫茶店にやって来ている。
 偶然喫茶店のコーヒーを味わいたくなったわけではない。なりゆきでここに来ているだけだ。
「私もお兄さんと同じの」
「じゃあ、私はアイスコーヒーをもらおうかしら」
 ついさっき、妹と葉月さんが、デパートの通路に居ることも気にせずに喧嘩を始めてしまったのだ。
 放って置いたらいつまで経っても終わりそうにないので、俺が二人を喫茶店まで連れてきた。
 デパートに来ているお客の注目を避けるための処置だったが、場所を移動したのは正解だった。
 正解ではあったけど、事態は収束していない。次ラウンドに移行しただけである。



15 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:15:52 ID:3MRI2eKK

 俺と妹と葉月さんで、一つのテーブルを座って囲む。
 妹と葉月さんは向かい合って座っている。
 俺はテーブルの横で、二人の緩衝材代わりをしている。妹は左、葉月さんは右。
 三つのテーブルを挟んだ向こう側の壁に貼ってある、カツサンドのポスターが遙か遠くにあるように感じられる。
 当店人気メニュー、カツサンド。お値段七百円。お持ち帰りもできます!
 ポスターには、衣にソースをたっぷりしみ込ませたカツサンドが都合良く三つ並んで写っているじゃないか。
 ここはカツサンドを注文して、三人で仲良く分けて食べてみようか?
「そういえば、葉月。私あんたのケイタイの番号とアドレス知らないわ。赤外線で送ってくれない?」
「いいわよ。でも赤外線で番号交換とかしたことなくてやり方わからないの。
 仕方ないから妹さんの腕に赤ペンで書いてあげる。赤ペン持ってないかしら?」
「都合良く赤ペンなんか持ってないわよ。お金渡すから、あんた買ってきて」
「そんな、妹さんにお金出させるなんてできないわ。
 お金は私が出してあげる。だから妹さんが買いに行ってきて頂戴。
 ちゃんとここで待っててあげるから……ね?」
「本当にいい性格してるわね、あんた」
「妹さんこそ、その度胸は素晴らしいわ。ちょっと羨ましくなっちゃうかも」
 イヤイヤ、ハハハハハ。
 そんなににらみ合ってないでさ。仲良くやろうぜ。
 せっかく同席してるんだから、親睦を深めようよ。

 おかしい。喫茶店ってこんなに緊張する場所だったっけ?
 たしか、高橋の話じゃ落ち着いた雰囲気の店内の中、有線から流れる名曲に耳を傾けつつコーヒーを飲むような場所のはず。
 もしかして、ここは喫茶店じゃないのか? 間違って怪しいバーかクラブにでも入っちまったのか?
 俺は今、どこに迷い込んでしまっているんだ。



16 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:18:58 ID:3MRI2eKK

 やがて、背中に冷たい汗をかいた俺の前に、ウェイトレスがやってきた。
 彼女はコーヒーを三つ置くと、俺に一瞥をくれた後で、ごゆっくり、と声をかけて去っていった。
 あの目は、明らかに俺を哀れんでいなかった。
 なに女二人も連れ込んでんのよ、やるならよそでやれ、とでも言いたげだった。

 言われてみれば、妹と葉月さんに挟まれている状態は、まさに両手に花という有様だな。
 両手に花って、もっと華やかなものだと思うんだが。
 そりゃあ、葉月さんは美人だよ。妹だって年の割に整った顔してる。
 だけど片方の花がトゲだらけだったり、もう一つがでかい口で威嚇してくるような花だったらどうだ。
 早く解放されたいって誰だって思うはずだ。少なくとも俺は今そう思っている。
 もしや、両手に花状態って、喧嘩する女性に挟まれて困惑する男の有様を指しているのか?
 てっきりハーレムの中で馬鹿笑いする男を指しているのだと思っていた。
 これは脳内辞書を更新する必要がありそうだ。
 両手に花。読み、りょうてにはな。
 意味、一人の男性が犬猿の仲にある女性二人を連れていて、かつ緊張して困り果てている様子のこと。

「お兄さん、砂糖とミルクとって」
「おう」
 言われるがまま、シュガースティックとプラカップ入りのミルクを二つずつ妹に渡してやる。
 すると、葉月さんが咎めるように言った。
「妹さん、それぐらい自分でとったらどう?」
「自分でとれるんならそうするわよ。ただ、無言で手を伸ばしたら何かに噛み付かれそうだったからやめたの」
「なんだ、そうだったの」
「ええ、そうよ」
 妹は砂糖とミルクをすべてカップの中に投入し、それでも足りないと感じたのか、シュガースティックをもう一本とった。
 その瞬間、葉月さんの肩がぴくりと動くのを俺は見逃さなかった。
 しかし、肩はただ動いただけ。それに続く動きはなにもなかった。

 もしも妹が俺に何も言わず、自分の手で砂糖とミルクをとっていたら、どうなっていたのか。
 ……ふうむ。どうなってたんだろう、本当。
 葉月さんって武道をやってるそうだけど、座ったままで技をかけたりもできるのか?
 俺は格闘技事情について明るくないから、葉月さんの腕前がどれほどのものなのか知らない。
 おそらくだが、一対一で人をあっさり倒すぐらいのことはできるはず。身をもって味わったことがあるからわかる。
 その道に踏み込んだ人間の真の実力を知るには、その道に踏み込んで知るしかない。
 昔、特撮ヒーローや漫画に影響され、格闘技の道に踏み込もうとして入り口手前でこけた程度の俺には、葉月さんの実力はわからない。
 よって、座ったままでも何か技を仕掛けられるんだろうと考えておく。
 嫌だなあ。余計な思考のせいで警戒レベルが上がってしまった。緊張が恐怖に変わりそうだ。



17 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:22:57 ID:3MRI2eKK

「妹さんはいつもそんなに甘くして、コーヒー飲むの?」
「そうよ。甘い方が美味しいんだもの」
「さすがに甘すぎるんじゃないかしら。コーヒーの元の味が消えてるでしょ?
 いっそのことオレンジジュースの方がいいんじゃない? 太っちゃうわよ」
「余計なお世話よ。で、あんたはブラック? いつもそうなの?」
「そう。喫茶店のちゃんとしたコーヒーぐらい、素のまま味わいたいもの」
 お、なんかいい感じだぞ。
 まだ堅いところが残ってるけど、ちゃんと会話が成り立ってる。
 よし、ここで俺が世間話を振ってやれば二人の仲も――――
「あんた、体重でも気にしてるの? 小っちゃいわねえ」
「いやだわ、妹さんったら。
 私があなたぐらいのころには、もっと大っきかったんだから。変なこと言わないで」
「私の、どこがあんたより小さいって……?」
「言って欲しいの? うーん、言ってもいいけど、ショック受けないかしら?」
「言ってみなさいよ、いいから!」
「私、あなたより五センチぐらい身長高かったわよ。
 でも気にしないでもいいと思うわ。高校に入って一気に身長が伸びる人は多いから」
 ――上手くいくはず、と思っていた俺は、どうやら甘かったようだ。

「あんた、カンッペキに私を馬鹿にしてるでしょ!」
「お、落ち着け妹。葉月さんだってそういうつもりで言ったわけじゃないんだから」
「はあ? なにこの女の味方してんのよ、お兄さん。この間言ってくれた告白、嘘だったわけ?」
「お前は何を言ってるんだ。あれは良き兄であろうとする俺の言葉であってだな――」
 妹に向いていた顔が、前触れもなく向きを変えた。
 視点が高速で移動する。目の前には葉月さんの笑顔。
 顔は笑ってるのに、葉月さんの右手は力んでる。掴まれた顎に細い指が突き立ってる。
 骨に被ってる皮と肉が潰れて痛い。というか、骨が軋んでいるような。



18 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:24:09 ID:3MRI2eKK

「ねえ? 告白って、どういうことなのかしら?」
「ら、らから……」
「妹さんに告白? 一体何を告白したのかしら。私、興味津々で、思わず力んじゃうわ。
 早く言ってくれないと……指が言うこと聞かなくなっちゃいそう」
「ひひはくへほひへはへん」
 言いたくても言えません。
「お兄さんから手を離しなさいよ、葉月!」
「ちょっと黙ってなさい、貧乳」
「なっ……この暴力女! さっきの、やっぱりそういう意味だったんじゃないの!」
「他にどんな意味があると思ってたわけ? 頭の中がお花畑で大変結構ね」
「そんなんだから振られたってことが分かんないの? 馬鹿でしょ、あんた!」

 違う。違うんだ、二人とも。
 喧嘩するほど仲が良いという言葉もあるけど、俺はそんなの認めない。
 だって、ずっと喧嘩しっぱなしじゃ、本当にただ仲が悪いだけじゃないか。
 俺は罵詈雑言で親睦を深めて欲しいわけじゃないんだ。
 もっと女の子らしくウインドウショッピングとか、話題の美味しいデザートのお店を巡るとかさ、いろいろあるだろ。
 ああいうのがいいんだよ。頼むから俺の神経をすり減らさないで。
 あと葉月さん。俺の骨をこれ以上折らないで。砕かないで。
 マジ痛い。痛い痛い。痛いなんてもんじゃない。
 超痛い。足の小指を打つ痛みがレベル一なら、レベル十ぐらい。いや、レベル二十。というか、もうよくわからない。
 痛みでいっぱいいっぱい。二人が何を喋ってるのかもわからない。
 瞳に何かが写ってもそれを認める余裕がない。そもそも、まぶたが開いてるんだろうか。
 意識が全て顎の痛みに集中してて、すべてが虚ろだ。
 
 そうして、痛みが快楽に変わりそうになった頃、喫茶店のマスターとウェイトレスの二人がかりで、俺の顎はようやく解放された。



19 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:26:38 ID:3MRI2eKK

 あれだけ騒いだのだから、三人揃って喫茶店から追い出されるのは当然である。
 妹は一人で先に帰ってしまった。
 俺も一緒に帰るように誘ってきたのだが、断った。
 なぜなら、ここで俺が妹と一緒に帰ってしまったら、葉月さんはそのまま付いてくるだろうから。間違いなく。
 これ以上二人の喧嘩に巻き込まれるのも、戦禍を拡げるのも御免だ。
 ならばここで俺がなんとかするしかない。

 妹と葉月さんの件は、先送りして良い問題ではない。
 四月から二人は同じ学校に通うのだ。必然的に、二人の喧嘩は学校内でも勃発するようになる。
 上級生と喧嘩する妹は、新学期から周囲に奇異の目で見られ、孤立していく。
 葉月さんに憧れる生徒達の抱く、彼女のイメージは崩れ去ることだろう。あんな醜い喧嘩をする人なんだ、と。
 喧嘩を止めに入るのは、もれなく俺になることだろう。俺じゃなければ弟だ。
 新学期に移行する前に二人の仲を修復、もしくは小康状態にしておかなければ、あらゆる人に被害が及ぶ。
 荷が勝ちすぎてる。俺みたいな奴になんとかできる問題じゃないだろ、これ。
 女同士の仲を修復させるなら弟の方が適任だ。
 いつだったか、あいつへの告白がブッキングしたことがあったらしい。
 それもトリプルブッキング。告白の場所と時間まで重なった。そこまで重なるとイタズラに思えるが、本気だったそうな。
 俺だったら戸惑うだけだが、弟は冷静に対処した。
 まず興奮する女の子達を落ち着けて、返答を保留。
 後日、一人一人に断りの返事をした。
 まとめるとものすごく簡単だが、ここまでスムーズに収拾をつけられるのは、知る限り弟しか居ない。
 だが、妹と葉月さんの喧嘩に関して弟は一切触れていない。頼ることはできない。
 頼れるのは自分だけ。俺の判断に全てが委ねられている。

 ここ最近の経験からして、また痛み分けで解決することになるのだろうか。
 解決するならなんでもいいや――と考えないよう、思考をポジティブに切り替える。
 これ以上痛い目に遭うのは、俺は嫌だ。
 ここで終わらせるんだ。伯母の問題も解決したんだから、俺はこれ以上面倒に関わらないようにするんだ。
 葉月さんを何とかする。
 何をすればいいのかは分からない。
 分からないから、これからそれを調べる。
 言葉を選んで聞き出して、ベストではなくても、間違った対応をしないように。



20 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:28:51 ID:3MRI2eKK

 場所を変えて話をしよう、という誘いに葉月さんは乗ってくれた。
 住宅街の中にある公園。時刻は夕方の六時近くになっているので、遊具で遊ぶ子供の姿はない。
 早くも日が落ちて隠れてしまいそう。これから散歩に出掛けるなら誰もが明るい服装を選ぶことだろう。
 ベンチに腰を下ろす。葉月さんは腰を下ろすと、俺の膝にくっつく位置まで近づいた。
「ねえ? さっきの続きだけど」
 続きと聞いて、顎に幻痛が走る。まだ痛みの残滓は残ったままだ。
「妹さんに告白したっていうのは、嘘? 本当?」
「嘘じゃないよ」
「何を告白したの?」
「そもそも、告白という言い方がどうかと俺は思うけどね。
 妹をどう思っているか、その辺について聞かれたから答えた。ただそれだけ」
「もしかして……これからは恋人として付き合おうって言った?」
「それはない。そういう気にはならないよ、妹とは。
 葉月さんは勘違いしてる。葉月さんに兄弟がいないからわからないのかもしれないけど、ありえないんだ。
 血の繋がった家族とそういう関係になるっていうのは」
「じゃあ、血が繋がってなければ? 恋人になろうと思うの?」
「家族は家族だ。血の繋がりが云々なんて、関係ない」
 家族ってのは、血縁や結婚や養子縁組という繋がりだけで結ばれてるわけじゃない。
 もっと深いところで繋がった関係だ。
 仮に弟や妹の身体から魂が抜けて人形に宿っても、俺は家族だと思える。
「妹を恋人として見る、なんてことになってたら、俺は妹の事を家族だとは見てないよ。
 家族でも何でもない、ただの他人の、女の子だ。
 そして俺は、妹のことを、二つ下の妹として見てる。年頃で、難しい時期だよ。
 大事にしたいって思ってる。好きだよ、あいつのことは」
「じゃあ、あなたは妹さんを妹以上の存在としては見ていない、ということ?」
 葉月さんの目を見る。深く頷いて、また目を合わせる。
 これ以上なく、真摯な気持ちで。

「そう……よかった。ちょっとだけ安心した。
 あなたを見てると、妹さんと一線を越えそうな雰囲気までしてたの」
 葉月さんの表情が和らいだ。微笑みが怖くない。
 自然に俺の警戒心も緩くなる。
「あのさ、聞き逃せないこと、言わなかった?」
「しょうがないじゃない。今日のあなたと妹さんを傍から見てると、誰だってそう思うわよ。
 どう見たってデートだったもの。一緒にご飯食べるし、プレゼントまで贈るし。
 何度邪魔しようと思ったかしら。一度や二度じゃきかないわ」
「邪魔する理由がわかんないな、俺」
「本当にわからない? それとも惚けた振り? ……まあ、どっちでもいっか。
 妹さんに嫉妬してたからに決まってるでしょ。私はね、あなたの隣に居たかったの。
 妹さんだけじゃない、木之内澄子も、葵紋花火も近づけたくない。名前は知らないけど、他の女も。
 私はね――――」

 どんなときも頭から離れないぐらい、あなたのことが好きなのよ。

 言葉が直接頭の中に響いてくるぐらい近い距離で、囁かれた。
 葉月さんの何度目かの告白だった。



21 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:33:13 ID:3MRI2eKK

「それこそ、あなたの行方が気になって、ついつい、ついて行っちゃうくらいね」
 なんで行き先がわかるかってのは、問うまでもないか。
 弟の奴が教えたんだろう。今日の俺と妹の行き先を知ってるのは弟しか居ない。
 たしかに口止めはしなかったけど、あいつは教えるのを躊躇ったりしないのだろうか。
 まさかとは思うが、俺を困らせるために葉月さんを送り出したわけじゃないよな。
 あいつ、俺と葉月さんの接触を増やそうとしてないか?
 高橋とは違う意味で、あいつの考えは読めない。
 迷路に例えるなら、高橋の考えは一本道だけど曲がり角ばっかりで、ただ時間がかかるだけの面白みのないもので、
弟の考えは、構造は簡単なのに、目隠しをしなきゃいけない決まり事があるものという感じ。
 弟の思考を読むには、情報が不足しすぎてる。高橋よりも厄介だ。

「前、あなたは私に言ってくれたわね。友達として好きだって。
 だけど私はね、あなたとの関係を、ただのお友達で終わらせたくないの。
 一番仲の良い友達じゃなくて、それ以上の、恋人になりたいの。
 もうすぐ私たちは高校生活最後の一年をスタートさせる。
 どうせなら、最高の一年にしたいじゃない?」
「……そうだね」
「いくら考えても、どんな可能性を探っても、あなたが彼氏じゃなきゃダメだった。
 断られて落ち込んでも、一度も諦めようなんて考えられなかった。
 しつこい女なの、私。それに欲張り。
 気が済まない。忘れられない。好きな気持ちが溢れてくる。
 付き合ってくれないかしら、私と。答えが聞きたいわ」

 正直に答えることはできない。
 俺は、葉月さんを友達だと思ってる。葉月さんが望むような関係を、築きたいと思わない。
 だからって、付き合うのは嫌じゃない。満更でもない。
 前に告白された時断ったのは、葉月さんを独占したいほど好きじゃなかったから。葉月さんと同じ気持ちじゃなかったから。
 こんな気持ちのままで付き合うなんて、悪いことだと思ってた。
 ――でも、今は違う気持ちもある。
「聞きたいんだけどさ。俺がもしも、葉月さんの理想通りの人じゃなかったら?」
「それなら、私の理想をねじ曲げるだけだわ。
 理想を押しつけても、相手は受け入れてくれない。私は同じ轍は踏まないわ」
「俺が……人を深く傷つけるような最低な人間であっても、そう言える?」
「もちろん。あと、あなたは最低じゃないわ。
 最低の人間は、自分が最低だと考えられないぐらい、最低な奴なんだから」
「……はは、それもそうか」



22 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:34:28 ID:3MRI2eKK

 ああ言えば、こう言う。敵わないな、葉月さんには。
 暴力を振るうところは良くないけど、それ以外は、拍手を送りたくなるぐらい、すごい女性だ。
 俺なんかを好きになって、何回振られても諦めず、また告白してくる。根性があり過ぎる。
 こんなすごい人とは付き合うなんておこがましい――なんて思う。そこは変わらない。
 でも、この人のことをもっとよく知りたい、とも思うようになってる。
 今の関係、友達のままでは、決して知ることのかなわないことを知りたい。
 愛着は好きという純粋な気持ちだけで生まれるとは限らない。
 さすがは俺の親友だ。良いことを言ってくれる。最高の台詞だ。
 あまりにも最高だから、俺の生き方の参考にさせてもらうぜ、高橋。

「……あのさ、葉月さん」
「なあに?」
 こんなんでいいのかってぐらい、リラックスしてる。
 罪悪感はたしかにあるのに思考が軽すぎる。
 余計な台詞まで言ってしまいそうなぐらい、舌が滑らかに動いてくれる。
「付き合おうぜ、俺たち。
 いつからいつまで、なんて期間も設けないし、後で嘘だって言うのもなしだ。
 葉月さんのこと、もっと知りたいんだよ。今よりたくさん」



23 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:36:08 ID:3MRI2eKK
*****

 ……………………、……ほぇ?

 嘘。
 夢?
 それとも正夢?
 嫌よ、そんなの。
 というか、夢じゃないでしょ。
 じゃあ嘘かって言うと、彼がたった今否定したところだし。

「あの、あなた……私のこと好き、だったの?」
「ま、まあ。そういうことになるかな、うん」
 この、照れてはっきりものを言わないところ、偽物じゃない、本物だわ!
「な、なんで?」
「ごめん。何について聞かれてるのかわからない」
 私だって、自分が何言ってるんだか分かんないわよ!
「俺、そんな顔されるほど変なこと言ったかな」
「いえ、別にそんなこと……って、変な顔してるなら早く言って! バカぁ!」
 慌てて彼から顔を逸らす。ベンチの上に正座して隅っこまで移動する。
 やばいわ、どんな顔してるのよ。彼がそんなこと言うってよっぽどじゃないの!

 ああでも、どうしよ。
 どうしよ、どうしよ。どうしよ、どうしよ? どうしよ、どうしよおっ!
 と、とうとう彼と付き合うの? 付き合っちゃうの? 付き合うことになっちゃった!
 無性に叫びたい。幸せで身体が膨らんで破裂しそうよ!
 ていうかもう、爆発しなさい、私!



24 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:38:56 ID:3MRI2eKK

 し、死にそう。
 顔がおかしい。熱が籠もりすぎ。体温、今何度よ?
 付き合うってことは、デート行き放題、手をつなぎ放題、むしろ姫だっこで移動?
「幸せすぎる、幸せすぎるわ!」
 好きって言ってくれるの? 今まで妄想の中でしか言ってくれなかったのに?
 愛してるとか、結婚しようとか、はい誓いますとか、行ってきますとか、ただいまとか、夕飯より先にお前が食べたいとか!
 そんなのハレンチよ! もちろんアリだけど! ただし私を倒してからにすることね!
 それでわざと負けちゃったりするのよ! うふ、うふふふふ!
「っ……きゃぁっほおぉぉぉう!」
 ベンチベンチ! ベンチ殴っちゃうわ、嬉しすぎて! 
 ちっとも痛くない! これが無念無想の境地!
 え、違う? でもいいの、私は無敵だわ!

「葉月さん、落ち着いて!」
「えっへへへへヘ。私は落ち着いてるわよ、心配しなくていいわ」
 彼が優しく私の手を握って、労ってくれる。
 これからは私だけに、その優しさを向けてくれるのね。
 でも、彼は妹を大事にしてたわ。好きとか言ってたし。
 妹にも優しいものね。そこがまたいいんだけど。ああ、ジレンマ。
 まあ、彼の生涯の伴侶になった私には、あの子なんて恐るるに足りない存在ね。
 あ、そうだわ。せっかくだから。
「ねえ、お願いしてもいい?」
「お願い? なに?」
「……キス、して頂戴」



25 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:41:22 ID:3MRI2eKK

 夕闇の中、彼と見つめ合う。
 もう一瞬たりとも待ってられないぐらいなんだけど、初めてぐらい彼からしてほしい。

 数秒間の沈黙の時間。
 彼に両肩を掴まれた。目を瞑り、顎をちょっとだけ上げる。
 ああ、とうとうこの時がやってきたのね。
「いくよ、葉月さん」
 来なさい! あなたの思いを存分に込めて!

 彼の手から、小さな揺れが伝わってくる。いえ、もしかしたら私の震えなのかも。
 何度もシミュレーションしてきたけど、本番はやっぱり緊張するわ。
 私から舌を入れていいかしら?
 駄目よね、そういうのは場所を変えて、二回目からじゃないと。
 ここは我慢よ。我慢するのよ。彼を立てるためにも、我慢しなきゃ!

 彼の唇が、触れた。
「ん、ふ……」
 柔らかくって、暖かい。
 心臓の鼓動が伝わってくる。きっと彼にも私の鼓動が伝わってる。

 駄目。
 我慢……でき、ないっ!
 もっと近づいて、もっと抱きしめて! もっと強引に、私の中に入ってきて!
 右手を彼の頭に、左手を彼の背中に。
 そのまま、力一杯抱きしめる。
「んん! んっんっ! んふぅっ!」
 彼を感じる。ずっと求めてた温もり。
 やっと手に入れた。
 欲しがって、求めて、さまよって、それでも諦めないでよかった。
 今こうして、私の手の中にある。
 彼も私に応えてくれてる。痛いぐらいに肩を強く掴まれてる。
 そう、いっぱい暴れて。私の上で、力尽きるまで。
 もっと頂戴! 渇きを癒して、潤いを私に与えて!
 大好き!
 でもこんな言葉じゃ足りない!
 言葉じゃなくてあなたの温もりを、尽きるまで、果てるまで私に注いで!
 私もあなたにあげるから! 全部、ぜんぶっ!



26 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10:43:17 ID:3MRI2eKK

「…………ぷ、はあぁぁぁぁぁ」
 ひとしきりキスを続けた後で唇を離し、抱く力を緩める。
 暗いせいで照れた彼の顔が見えないのが非常に残念。
「どう。まだ……したい? それとも、続きをしたい?」
 彼は応えない。
 私の身体に体重を預けてくると、そのまま余韻を楽しむみたいに動かなくなった。
「……そう。今日はまだここまで、ね」
 お楽しみは先に取っておかないといけない。
 初めてが公園なんて、ロマンチックじゃないし。
 やっぱり、彼の家でやるのがいいかな。
 それとも私の家? それだと、お父さんがやってくるかもしれないわ。
 いえ、むしろその緊張感を楽しむっていうのも、捨てがたい。
「楽しみだわ。これからよろしくね」

 誰もここに来ないようにと、私は願った。
 そうすれば、彼と抱き続けていられるから。
 誰かと一緒に居てこんなに安心するなんて、久しぶり。
 お母さんに抱きしめられてるときより、ずっと幸せ。

 幸せよ。どうかお母さんのように、どこかに言ってしまわないで。
 寂しさよ。願わくはもう私の元にはやってこないで。
 いつまでも、彼とこうしていられますように。