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39   名前:  ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十三話 ◆ AW8HpW0FVA   2010/08/02(月) 01:04:34   ID:qlPYhIj20

第十三話『ピドナ侵攻』

バトゥの従属により、シグナム軍の経略の幅が広まった。
バトゥの騎馬隊は、兵力は千と少ないが、圧倒的な機動力と精強さを誇り、
一介の馬賊ではなく、十分に軍として機能する、とシグナムは見た。
しばらくの間、シグナムはバトゥと騎馬隊を麾下に置き、反抗勢力を討伐していった。
バトゥの活躍は凄まじく、流石は馬賊の頭領をやるだけあり兵法は多少心得ている様だった。
それでも物足りなかったシグナムは、幕下では兵法を説き、
戦中は、机上の兵法と実戦の矛盾について教えた。バトゥはこれ等を真綿の様に吸収した。
ことさら、シグナムと兵法談義をする時のバトゥは、その浅黒い顔を笑みで染めていた。
一度、楽しいか、と聞いてみた事がある。
御大将の言う事ならなんでも、とバトゥは答えた。
シグナムとバトゥが一緒にいる時間が長くなった。
そのせいもあってか、軍中ではシグナムとバトゥが出来ているのではないか、という噂が流れた。
当然、デマである。シグナムには男色の気などない。
この噂は、三日もしない内に消え失せる類のものであった。
しかし、信じた馬鹿もいた。ブリュンヒルドである。
いつもの様に二人で地図上に軍隊を模した石を置きシミュレーションを行なっていると、
表情に怒気を宿らせたブリュンヒルドが、どかどかと幕下に入ってきた。
開口一番に、王族たる者が男色を好むなど、いったいなにを考えているのですか、
女に現を抜かさない……いや、女にも現を抜かしては駄目ですが、
男に現を抜かすなど、不潔でございます、下品でございます、汚らわしゅうございます、
どの様にしてシグナム様を誑かしたのかは知らないが、その行為、万死に値する、
さぁ、そこの醜男、そこに直れ。私が一刀の下に成敗してくれる、
などと、たった一息だけでよくもまぁ、とシグナムが呆れるほどの語気で捲くし立てた。
結局、ブリュンヒルドを納得させるのに三時間という無駄な時間を使ってしまい、
シミュレーションはおじゃんとなってしまった。
シグナムはますますブリュンヒルドが嫌いになった。
男色疑惑はともかく、一通りの教育が終わったシグナムは、バトゥに一軍を率いさせた。
バトゥを一軍の将に任命した理由は、西方攻略に、もう一手加えたいと思ったからである。
シグナムとブリュンヒルドは、比類ない武勇と戦略眼を併せ持った名将であるが、
流石の二人では広い西方大陸を完全に平定するのは不可能であった。
そこに現れたのがバトゥである。
元々の素質もあったが、バトゥは一軍を率いるには十分な才覚があった。
西方攻略の第三手として、これほど的確な人物は存在しなかった。
再び閲兵式が行なわれた。
この式において、シグナムとバトゥは三万五千を、ブリュンヒルドは三万を率いる事になった。
三軍はそれぞれ北・西・南の三方向から軍を進め、
ちょうど大陸の中央に位置するピドナという都市で合流する事に決めた。
既に季節は雪のちらつく冬の季節となっていた。



40   名前:  ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十三話 ◆ AW8HpW0FVA   2010/08/02(月) 01:05:41   ID:qlPYhIj20

大陸の北部を流れるゾーリン川を越えたシグナムは、
周辺の賊軍を従属、あるいは討伐し、確実に地歩を固めていった。
この北方でシグナムは、逸材と思える人物を二人見つけた。
一人は、トム・スミス。もう一人は、サム・スミス。苗字が示す通り兄弟である。
シグナムは、すぐさま二人の改名を行なった。
トム、改めトゥルイ・ダマスクス、サム、改めフレグ・ダマスクス、とした。
この改名も、バトゥの時と同じく、
あまりにもそこら辺にうじゃうじゃいる名前だったからというのが理由である。
それはともかく、ダマスクス兄弟の率いる元豪族崩れは、北部でも有数の勢力だというのに、
降伏の際、バトゥの時の様な一悶着は起こらず、静々と進んだ。
シグナムは、トゥルイとフレグの顔を見比べた。
トゥルイは栗色の長い髪を後ろで一つにまとめ、糸目でこちらをじっと見つめており、
フレグの方は、栗色のショートで、爛々と光る大きな目でこちらを見つめていた。
髪の色以外、どこも似ていない。兄が静なら、弟は動、とまさに正反対だった。
「あなたがシグナム様ですか。ご武名はかねがね聞き及んでおりますよ。
僅か四ヶ月で大陸の東方を従えたらしいですね。常人の出来る事ではないので、
おそらく鬼の様な人なのだと邪推していましたが、これほど佳麗だったとは思いませんでしたよ」
と、トゥルイが落ち着いた声を出した。どこかのほほんとした声で、気が抜けそうになった。
「それはどうも……。私としても、お前達の様な有力者が味方になれば、
それだけ西方の統一が早まるというも……」
「シグナム様、今までの武勇伝を聞かせてください!」
フレグが元気いっぱいに、シグナムの発言に割り込んできた。
「こら、人様の話はちゃんと最後まで聞きなさい、とあれほど言っただろう。
……すみません、シグナム様。弟がご無礼を……」
「いや……、別に気にしてはいないよ……」
シグナムは片手で頭を下げるトゥルイを制した。
「とりあえず、武勇伝は後でちゃんと話そう。
……それよりも、今、私が一番聞きたいのは……」
シグナムはそこで一息入れると、再びトゥルイに目を向け、
「お前ほどの英邁な人物が、なぜ未だにこの様な辺鄙な所で燻ぶっていたのだ?
お前ほどの実力があれば、もっと勢力を大きくする事など容易かろう。
なぜ私に降伏したのだ?それを聞かせてもらいたい」
と、言った。シグナムは、トゥルイもフレグも将として一級であると見ている。
だというのに、今までこれといった征服活動も行なわず、
あっけなくシグナムの軍に降伏しようとしている。それがシグナムには解せなかった。
なにかを企んでいるのではないか、と考えるのが自然だった。
シグナムの質問を聞いたトゥルイは、頭を掻きながら気恥ずかしそうに、
「実は私、天性の面倒臭がりでしてね。正直、こんな事をしたくなかったんですよ。
ですがどういう訳か、勝手に私の元に集ってくるんですよ、兵が。
そうなると、兵を無駄死にさせないために外敵と戦っていた訳ですが、
いつかは、私よりも優れた人に委ねたいと思っていたのです」
と、言って、そこでいったん区切ると、再びシグナムを見据えた。目には敬慕の色が浮かんでいた。
「そんな時に、あなたがやってまいりました。僅か四ヶ月で大陸の東方を従えた器量は、
私の器量を超絶しています。私はあなたの器量に惚れたのです。だから降伏しました。
これから先は、私達はシグナム様の命令に全て従いましょう。
敵を殺せと命じるのなら、喜んで殺します。死ねと命じるのなら、喜んで死にましょう」
と、トゥルイは言うと、椅子から降りて稽首した。弟のフレグもそれに倣った。
そんな二人を見つめながらシグナムは、変な奴に惚れられたものだ、と頭を掻きながら思った。



41   名前:  ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十三話 ◆ AW8HpW0FVA   2010/08/02(月) 01:06:39   ID:qlPYhIj20

大陸北部を寒波が襲った。寒波はゾーリン川を凍らせ、豪雪を降らせたので、
ついに前に進む事が出来なくなったシグナム軍は、
アンカラ川(ゾーリン川の支流の一つ)の近くにあるガドに駐屯する事になった。
諸事を終わらせれば、後は寝るだけなのだが、それはあまり出来なかった。
「シグナム様、ゾゾの戦いは、どの様にして戦ったのですか?」
夜になると、フレグが武勇伝を聞きに来るからである。
シグナムとしては、あまり他人に自分の事を話すのは好きではないのだが、
大きな目をキラキラ輝かせながら見つめられると、無視する訳にもいかなかった。
「あれは確か……」
遠い目をしながら、その時の事を語るシグナムはふと思う。
このフレグという男は、なぜここまで純粋なのだろうか、と。
フレグはシグナムより二歳年上の二十歳である。
大人然としていても問題ないはずなのに、時折軽率に動く様はまさしく子供である。
背の低さもそれに拍車を掛けている。
シグナムの身長は176cmなのに対してフレグの身長は165cmとかなり低い。
その上童顔となると、フレグはまさしく子供だった。
しかし、その子供っぽさがこの軍にとっては利になる事は多かった。
フレグの陽気さが、そのまま軍の陽気さとなり、それが周りに親しみやすさを生み、
シグナム軍の印象をよくしているのだから、侮れない。
これもある種の天才だな、というのがシグナムの結論だった。
武勇伝を語り終えて、フレグを見てみると、息をするのを忘れた様な表情をしていた。
顔を紅くしている所を見ると、場景を想像し、興奮している様である。
平和だな、と思いながら、シグナムはテーブルに置いてあるソルティ・ドッグを手に取った。
それを口に含もうとすると、少し息を切らしたトゥルイが部屋に駆け込んできた。
どうしたのだ、とシグナムが口にするより先に、トゥルイは息を整え、
「バトゥ将軍率いる西伐軍が、ウルスの町で包囲されています」
と、急報を伝えた。続けて述べた戦況は、絶望的だった。
ピドナの手前にはテルムという都市があり、そこにはジョニーという土豪崩れがいた。
バトゥはジョニーを降伏させたのだが、それは偽りの降伏だった。
ジョニーは背後からバトゥの軍を襲撃し、潰走させると、追撃し、ウルスまで追い詰めたのだ。
ウルスに篭るバトゥの軍は、離反者が次々に出て千人まで減ったのに対し、
包囲するジョニーの軍は、その離反者を吸収し三万の大軍に膨れ上がっていた。
このまま放っておくと、バトゥ軍は消滅し、三路攻略の構想が崩れてしまう。
しばし考えたシグナムは、おもむろに立ち上がると、部屋から出て行った。
トゥルイがその後を追い、シグナムの前で跪拝した。
だが、シグナムはそれを横目にトゥルイを通り過ぎた。
「シグナム様!」
それが気に食わなかったのか、トゥルイが立ち上がり、大きな声を上げた。
シグナムは足を止め、トゥルイの方に振り向いた。
シグナムの表情は大して変えず、なにも言わないが、不機嫌そうな雰囲気が醸し出ていた。
トゥルイは、失礼、と一言言うと、シグナムの耳に口を近付けた。
「シグナム様、テルム奇襲の任、私にお申し付けください」
トゥルイが耳語した内容とは、そういうものだった。



42   名前:  ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十三話 ◆ AW8HpW0FVA   2010/08/02(月) 01:07:40   ID:qlPYhIj20

シグナムは相変わらず表情を変えなかったが、
その場から立ち去らず、トゥルイの事を見つめていた。
トゥルイは耳語を続けた。
「北・南伐軍が救援不可能な場所にいる以上、西伐軍に対する援兵はない。
そう思っているが故にジョニーの軍は、全軍を率いてウルスを攻めている。当然、テルムは空。
百人の兵もあれば十分に占領できる。……シグナム様は、そうお考えなのではないですか?」
流石のシグナムも表情が変わった。
トゥルイがまだ誰にも言っていない作戦内容を言い当てたからである。
シグナムの頭には、兵は詭道なり、という言葉が当然ある。
相手の油断に付け込んでこそ戦いに勝てるのだが、シグナムにはもう一つ考えがあった。
それは、味方を騙す、という事だった。
仮に兵にこの事を伝えたとして、それで作戦がうまくいくとは限らない。むしろ、作戦の漏洩や、
そんな事が成功するはずがない、と言って逃亡する兵が出てくる可能性もある。
そうなったら、勝てる戦いも勝てなくなる。
シグナムは、ただなにも考えず、無心で付いて来る様な兵が欲しかったのである。
だから、シグナムは作戦内容を黙っていたのであるが、
トゥルイがそれを言い当てたのであるから、最早黙っている必要はない。
「よく分かったな」
「シグナム様の考える事でしたら、なんでも……」
トゥルイはそう言って、少しだけ糸目を見開いた。その瞳は、透き通った青色だった。
シグナムの表情がむっとしたものになった。
「私の考える事は分かる、と言ったな。ならば、なぜ察しようとしない。
この作戦は、言葉で表せられるほど簡単ではない。言うなれば、死ぬ確立の方が高い作戦だ。
その様な作戦だからこそ、私が直々に指示を出さなければならないのだ。
私の事を理解している割には、どこか矛盾しているのではないか?」
シグナムは、トゥルイの心の内を読む事が出来ないでいる。
トゥルイはシグナムの才覚を認めているはずであり、
本当に察したのであれば、なにも言わず見送ってくれるはずである。
だというのに、わざわざシグナムの出陣を止め、自らが行くと言うのが理解できない。
混乱するシグナムに対し、トゥルイは柔和な表情を浮かべていた。
「確かにシグナム様の才覚は認めます。ですが、シグナム様はこの軍の要石。
いなくなられては困るのです。それに……」
と、トゥルイは言って区切ると、続けて、
「シグナム様は、なんでもかんでも一人でやり過ぎなのです。もう少し部下を信用してください」
と、言った。まるで子供を諭す様な言い方である。
ブリュンヒルドの時に感じた嫌悪感を、この時シグナムは感じなかった。
むしろ、自分の事を心配してくれているという事に甚く感動した。
あまり感動した事のないシグナムは、俯きながらトゥルイをテルム奇襲部隊の将に任命した。
任命した後に、死ぬなよ、と小さく呟くと、トゥルイはそれを聞いていたのか、
過分なお言葉、感激の極みにございます、と言って、その場から立ち去った。
シグナムは顔を片手で覆い、小さく溜め息を吐いた。



43   名前:  ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十三話 ◆ AW8HpW0FVA   2010/08/02(月) 01:08:39   ID:qlPYhIj20

雪が解け、辺りは若草が萌え出づる春の季節となった。
北方の攻略を完了させたシグナムは、フレグを従えてピドナに向かった。
最早、抵抗らしい抵抗はなかった。シグナムの向かう所、相手は道を開け、従ったので、
三万五千だった兵は、膨れに膨れ、十万に達した。
ピドナの城郭が見えてきた。城壁には既にシグナム軍の旗が無数に棚引いていた。
シグナム達を出迎えたのはブリュンヒルドだった。
満面のブリュンヒルドの隣には、浅黒い肌の男が立っていた。どことなく塩っぽい臭いがした。
「ブリュンヒルド、隣の男は誰だ?」
「あぁ、これはハン(南方の都市)の近くを荒らしていた海賊の頭目にございます。
なかなか見所があると思いましたので連れてまいりました。ほら、シグナム様に挨拶なさい」
ブリュンヒルドが男を嗾けた。男は調子のよさそうな笑みを浮かべた。
「あんたがシグナムか。俺の名前はジョージ。ジョー……」
「お前の名前は、今日からハイドゥ。ハイドゥ・カイシャーンだ!」
間髪入れず、シグナムは男の名前を改めた。
「……ッシュだ。……って、はぁ?ちょ、ま……」
「ブリュンヒルド、バトゥの軍はまだ来ていないのか?」
不服を唱えるハイドゥを尻目に、シグナムは早速気掛りだった事を聞いた。
ブリュンヒルドは、露骨に嫌な顔をして、
「バトゥ……ですか?あれはまだ見えておりませんが……」
と、言った。それを聞いて、シグナムは小さく溜め息を吐いた。
まだトゥルイ軍の奇襲の成否、バトゥ軍の全滅の報告は聞いてはいないが、
状況はまったくよくないという事は分かっている。
シグナムは、ブリュンヒルドとフレグに軍議を開く事を告げた。
ブリュンヒルドは訝しげな表情を浮かべたが、シグナムが状況を説明すると、冷ややかな口調で、
「あの醜男……、シグナム様に抜擢されたというのに、その期待を裏切るだけでなく、
我が軍の顔に泥を塗るとは……。……このまま討ち死にした方があれの名誉になるのでは……」
と、これ以上もないほどの毒をぶちまけた。
シグナムは思わずむっとした。バトゥを貶すという事は、
それはそのまま抜擢したシグナムをも貶すという事に変わりがないからである。
シグナムは出掛かった怒りの言葉を喉で留め、
「そんな訳にはいかないだろう。バトゥの部隊が全滅すれば、三路軍の構想が瓦解するのだぞ。
くだらない冗談を言っている暇があったら、小隊長格以上の者達を早く集めてくるのだ」
と、かえって冷静な声で言った。
ブリュンヒルドは自分の失言に気付いたのか、慌てて跪拝した。
シグナムはそれを見てもなにも言わず、城内に入っていった。
「ちょっ、コラ、俺のなま……うごっ!」
「うるさい、黙れ」
空気を読まないハイドゥに、ブリュンヒルドの掌底が容赦なく叩き込まれた。
ハイドゥは前のめりになって倒れた。
そんな事はさておき、城の一室の作戦会議室には、
既にシグナムや隊長格の者達が、席に着いていた。
軍議の結果、ブリュンヒルドを大将に、フレグを参軍に任じ、
十万の兵で以って、バトゥを救援する事に決定した。
早速二人が軍を編成しようと立ち上がると、見張りの兵が駆け込んできて、
「申し上げます。バトゥ将軍、ご到着しました」
と、大きな声を上げた。
シグナムは急いで、作戦会議室から出て行った。その後を、ブリュンヒルドとフレグが追った。
ハイドゥは、庭で放置されていた。



44   名前:  ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十三話 ◆ AW8HpW0FVA   2010/08/02(月) 01:09:25   ID:qlPYhIj20

ピドナに向かってくる軍の先頭には、バトゥだけでなく、
奇襲部隊を率いたトゥルイも馬を並べて歩いていた。
遠目から見ても、バトゥとトゥルイの鎧兜はボロボロになっており、
それは、それだけ戦いが激しかったという事を意味していた。
シグナムは城門の外に出て、二人の将軍を出迎えた。
バトゥは消沈として俯いていた。戦いには勝ったが、
多くの兵を死なせてしまった事が、バトゥの心を病ませているのだろう。
その事を大いに理解しているシグナムは、バトゥの失策を責めず、
むしろ、よく生きて帰ってきてくれた、と褒めた。
褒賞の言葉を聞いて、バトゥは顔を上げた。
見てみると、やはり自害を覚悟していた様な表情をしていた。
それを見て、シグナムはあえて笑いながら、
「バトゥ、お前、髭が酷い事になっているぞ。
今日は宴会だから、それまでにちゃんと剃ってこいよ」
と、陽気に言ってみせた。それは言外に、この話題の打ち切りを告げていた。
シグナム達が城に戻った頃、一人立っていたバトゥは、その場に崩れ落ちてした涕泣した。
死ぬ覚悟でいたバトゥにとって、シグナムの温言はなによりも心に沁み渡った。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている顔をバトゥは拭うと、立ち上がった。
「ありがとう……ございます……」
と、バトゥは誰にでもなく言うと、城の中に入って行った。