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373 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11:03:00 ID:4PrH9vJV

「ジミー君、今から君の家に行ってもいいかな?」
 そんな用件の電話が藍川からかかってきたのは、部屋に置きっぱなしにしていた携帯電話の電源を入れてすぐのことだった。
 妹の手伝いをする前に、携帯電話も持っていこうと思い部屋に入ったのだ。
 弟や葉月さんから電話がかかってくるかもしれないし。

 昨日、葉月さんに破壊された携帯電話はスクラップ置き場へ直行している。
 あれを直せるような技量は俺にはない。購入した店に頼むにしても、新品を買った方が安いと言われてしまうことだろう。
 今手元にあるのは、ちょっと前まで使用していた携帯電話である。
 SIMカードを入れ替えるだけで電話番号・メールアドレスを入れ替えられるというのは素晴らしい。
 なんとなくもったいなくて、買い換え時に古い携帯電話を捨てず、持ち続けていて良かった。
 今後も、いざという時のために予備は控えておくべきである。
 前触れもなく、知人から携帯電話を奪われて、止める間もなく真っ二つにされるかもしれないからな。

「藍川、何が目的だ」
「ずいぶんな言いぐさだな。単に君の家に遊びに行きたいと思ったから、電話したのに。
 連絡せずに訪ねていって、誰も居なかったら無駄足になるだろう。
 ジミー君にはジミー君なりの事情というものがあるだろうし。
 先日デパートで会ったジミー君の彼女と、二人きりで遊びに出掛ける予定と被ったら嫌だからな」
 ……あ、そういえばまだ藍川は勘違いしたままだったっけ。
「言い忘れてたけど、この間俺と一緒に居た女は妹だぞ」
「そうなのか? ……嘘っぽいな。全然君とは似ていないじゃないか」
「余計なお世話だ。顔が似てない兄弟なんかよく居るだろ。
 性格が似てない兄弟はそれ以上たくさん居るはずだ」
 弟は父親似、妹は母親似なんだよ。生き写しのように顔がそっくりなんだ。
 弟と妹がもっと大人っぽくなったら、男同士と女同士で、ツーペアになってしまう。
 風呂上がりや寝起きに、相手を誤って声をかけてしまうおそれあり。
 ついでに。
 祖母や親戚曰く、俺は祖父に似ているそうだ。
 実の父親に似ていなくて安堵している、心の底から。

「そうか。そうだった。忘れてたよ。うん。
 いくら血の繋がった姉弟だと言っても、顔や行動が必ずしも似通うわけじゃない、ってね」
「藍川にも兄弟がいるのか?」
「……いいや、居ないよ。今となっては、それ以上でもそれ以下でもない」
「ふうん……?」
 何か気になる言い方だな。居ない、の一言で済みそうな話なのに。
 実の兄弟ではないけど、兄弟のような存在ならいるとか、そういうことかな。
 それについては、後でもう一度聞いてみるとするか。

「で、私は遊びに行っても構わないのかな?」
「ああ。別に構わないぞ。
 と言っても、今日は弟が居ないし、特に面白いものもないから、遊びようがないと思うが」
「それならそれで構わないよ。私は君の部屋を物色できればそれなりに楽しめるだろうし。
 右腕の怪我で一緒に作れないのが残念だけど、それは怪我が治ってからにしよう。
 では、一時間以内に君の家に到着すると思うので、よろしく」
「おう。手土産もよろしくな」
「もちろん。ちゃんと君の大好きな玲子を連れて行ってあげるよ」
 ……は? なんで玲子ちゃん?
「ちょっと待っ…………切りやがった、あの女」
 すぐにリダイヤルしても繋がらない。携帯電話の電源まで切ったのか。

 藍川と一緒に、玲子ちゃんも来る。仕返しのチャンス、到来。
 先日は伯母と両親がいたせいで仕返しできなかった。
 今日は今日で妹と藍川がいるが……まあ、二人の目を盗んで色々するのなんて簡単だろう。
 病院で脛を蹴られた時の恨み、今日こそ晴らしてやる。
 大人を甘く見ていたらどうなるか、幼いその身に刻んで教育してくれよう。



374 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11:04:26 ID:4PrH9vJV

 妹の部屋の前にやってきた。
 ここは弟と妹が二人で使用しているので、実際は二人の部屋である。
 妹も間もなく高校生になるのだから、そろそろ部屋を分けてほしいと考えているかもしれない。
 しかし、我が家の部屋割りは、妹が弟と同じ部屋に住みたいと言ったからこうなっている。
 同じ部屋が良いというのなら、止める人間は居ない。もちろん俺も。
 最近、妹が俺に心を開いてくれるようになったが、それでも俺と弟で比較すれば、弟の方が好きだろう。
 自分の部屋に不満を覚えない俺としては、今のままの部屋割りがいい。
 妹が自分だけの部屋がほしいと言い出さないことを願うだけだ。
 もしそんなことになったら、弟が俺の部屋に居着くか、弟が俺の部屋に来て俺には部屋無し、ということになる可能性大。
 前者ならともかく、後者の場合は、抗議せねばならん。
 部屋に詰め込んでいるプラモデルの完成品と工具・塗装ブースをどこにやればいいんだ。
 それら一切を捨てるのは無しだ。俺がプラモ作りをやめるのも無しだ。
 そうなったら、毎日藍川の部屋に通うことになってしまうじゃないか。
 通い妻ならぬ……通いモデラー? にはなりたくない。

 扉に向けてノックを二回。すると中にいる妹から返事があった。
「入ってきてもいいわよ。もう着替え終わってるから」
 了承を得たので、入室。
 部屋の中は、先日花火に荒らされた部屋とは思えないほど、整頓されていた。
 弟と妹のそれぞれの机、椅子。使用する人間の性格を表しているような様だった。
 妹の机は入学前と言うことで、机の上を片づけたのだろう。筆記用具や参考書が然るべき場所に落ち着いていた。
 弟の机には何も乗っていない。机の未使用疑惑。
 あいつはちゃんと勉強してるのか。よく二年に進級できたものだ。
 本棚。先日は床にダウンしていたが、今では壁に背中を預けて立っている。
 それぞれの棚には、本が隙間無く収まっていた。
 それ以外の家具・小物など、全て定位置にあった。
 だが、破壊された二段ベッドまでは元通りになっていない。
 かつてベッドの置いてあった床の上だけが、周りの床から浮いて、色あせていなかった。



375 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11:08:13 ID:4PrH9vJV

 妹が高校入学前ということで、床上には高校指定の制服やカバンなどが置かれていた。
 妹はというと、私服ではなく、女子専用制服を身に纏って立っていた。
「なに、部屋の中じろじろ見てるのよ」
「いや、あれだけ荒らされたっていうのに、よくここまで直ったもんだって思って。
 お前と弟の二人で全部片づけたのか?」
「そんなわけないでしょ。お兄さんが入院してる間に、家族全員で片づけたの」
 ふうん。両親も花火が部屋を荒らした件については知ってるわけか。
 損害の請求とか花火宛てに送ったりしたのかな。
 ……送ってなさそうな気がするんだよなあ、あの両親だと。
 本人達が社会のルールから逸脱してるせいなのか、面倒な手続きや、社会との接触を避けたりするんだ。
 そんな両親なのに、よく俺ら兄妹をここまで育てられたもんだ。
 金を払って、近親相姦した人向けアドバイザーでも雇ってるんじゃないのか。
 もしそんな人間が居るなら、俺はそいつに感謝しなければ。
 第三の親みたいなもんだし。第三の親ってのもおかしな表現だが。

「それで、言うことは部屋の様子についてだけなの?」
「ん。そうだな……」
 改めて、妹の全身を捉えてみる。

 高校の制服を着た妹を見るのは初めてだ。
 中学の制服ばっかり見てきたから、妹が背伸びしてるみたいに見える。
 肩幅が合ってないし、スカートが固まったまま動きたがってないように見える。
 はっきり言って、違和感有りまくりである。
 着慣れていないのだ。妹の体と制服のサイズが合っていないのではなくて。
 調和していない。妹の体と制服のそれぞれが自己主張し合ってる。
 大昔の皇帝は、人は着ている制服通りの人間になる、と言ったそうだ。
 今の妹は制服通りの人間になっていない状態である。
 そして、制服の方も妹の体を包もうとしていない。新品の制服はまだ固い。
 妹が制服を着て学校生活を送らないかぎり、この違和感は残ったままだろう。

「黙り込んでどうしたのよ。もしかして、無理矢理褒めるところを探してる?」
「違う。そんなことしたらお前、俺に怒るだろ」
「よくわかってるじゃない。その通りよ」
 たまに、本当にごくたまになんだが、こいつは妹じゃなくて実は姉なんじゃないかと思ってしまう。
 さっきの会話だと俺の方が下の立場みたいだし。
 ここは兄としての格好をつけるために、ビシッと言ってやるとしよう。



376 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11:10:00 ID:4PrH9vJV

「まあ、はっきり言うとだな。お前の制服姿は様になっていない」
「……そう」
 妹が落胆したように視線を落とす。
 しかし、まだ俺の言葉は続くのだ。
「でも、それは仕方ないことだと思うぞ。
 制服は私服と全然違うんだから、簡単に体に合わないんだ。
 何日か制服を着て生活を送って、何回も洗濯して、ようやく違和感なく着られるようになるんだ。
 制服着るの、今日で何回目だ?」
「まだ、二回目ぐらい」
「なら慣れるのはまだまだ先だ。気にすんな。弟の制服姿だって去年の今頃は違和感バリバリだったんだ」
「バリバリとか使う人、久しぶりに見たわ……」
「うるさい。ともかく、お前の制服姿が様になってくるのは、高校入学してからだよ。
 肩幅が合ってないように見えるとか、スカートにやる気がないとか、
 馬子にも衣装という表現もできないとか、全部仕方ないんだ。
 高校に通って一ヶ月もすれば違和感もなくなってくるから、それまでの辛抱だ」
「この機会に私をけなそうとしてない?」
「そんなわけないだろう」
 けなすつもりだったらもう一言ぐらい付け加えてる。胸の部分について。
「本当かしら。たった今も馬鹿にされたような気がするんだけど」
「それは気のせいだ。それに、違和感はあるけど、お前の制服姿が悪いとは言ってない。
 堂々として入学式に行ってきて良いよ。恥ずかしい部分なんか一つもないから」
「……ほんと、お兄さんって変よね」

 妹が後ろへ振り返る。
 一瞬だけ、もしかしたら錯覚かもと思うぐらいの瞬間に、頬が紅くなっているのが見えた。
 今となってはもう、妹の顔は見えないのだが。
「人を落ち込ませたかと思えば、次は持ち上げてさ。
 なんにも期待なんかしてなかった、って言えば嘘になるけど。でも、ほとんど期待してなかったのに。
 そんなこと言われたら、私は。私は、なんか、もう…………」
 妹が何か呟いている。ほとんど聞こえない。
 調子に乗って言い過ぎてしまったか? 早いうちに謝っておいた方がいいのでは。
「あー、妹よ。気を悪くしたのなら……」
「お兄さん、ちょっとだけ部屋から出てて。着替えるから。
 後でまた呼ぶから、その時は入ってきて」
「あ、ああ」
「絶対、入ってきてね」



377 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11:11:18 ID:4PrH9vJV

 妹に部屋を追い出され、一人たたずむ。
 主人公一人でのRPGの戦闘中に、死刑宣告をされたような気分である。
 自分では助言をしたつもりだったが、余計なお世話だったのか。
 謝るより先に部屋から追い出されてしまった。着替える、と言われては出て行くしかない。
 それに、絶対入ってこい、と言われた。言い換えれば、逃げるな、だ。
 暴力を振るわれることについては怖くない。葉月さんに比べれば妹は非力な方だ。
 俺が恐れているのは、再び家庭で妹からないがしろにされることである。
 せっかく、卒業祝いの食事、入学祝いプレゼントで妹のポイントを稼いできたというのに、ふりだしに戻ってしまう。
 実は家庭でないがしろにされるというのは、結構ショックなのである。近頃は妹が優しいから忘れていたが。
 今朝妹が朝食を作ってくれていたことだって、実はかなり嬉しかった。
 間違いなく、一口ごとに三十回は噛んでいた。幸せを長く噛みしめていたかったのだ。
「それがもう、明日からは……」
 やばい。涙腺がやばい。泣きそう。
 肘が曲がってはいけない方向に曲がった時だって泣かなかったのに、今ならすぐに涙腺決壊させられる。

 ――ええい、泣くな。シスコンめ!
 今はどうやって妹の機嫌を直すか考えるのだ。
 ひとまず弟を呼び寄せて、妹との会話中に支援させよう。
 通話履歴から弟の番号を呼び出す。こうすると電話帳から呼び出すよりも早く電話をかけられるのだ。
 呼び出しをかけると、弟はすぐに電話に出た。
「もしもし、兄さん?」
「ああ。悪いけど今から家に帰れるか? ちょっと助けてほしいことがあるんだ」
「何があったの?」
「……妹を怒らせた」

 弟が説明を要求してくるので、事細かに説明してやった。
 俺が妹のためを思って感想を述べてやったこと。
 口が滑ってちょっと言い過ぎてしまったこと。
 後になってフォローしてやったこと。
 たった今妹は俺を断罪するための衣装に着替えていること。
 全部聞き終えると、弟はこう言った。
「それだけじゃいまいちわからないな。事情はわかったけど、妹がどういうつもりなのかが」
「いや、絶対あいつは怒ってる! 頼む、去年のテストの範囲をリークしてやるから、帰ってきてくれ!」
「そこまで言うのならいいけど。あんまり深刻に考える必要もないと思うよ、僕は」
「なんでもいいから! とにかく、早く! ハリー! 」
「はいはい。一応急ぐけど、間に合わなかったらごめんね」
 通話を切る。
 救済策は一つ確保した。だが間に合うかがわからない。
 妹の着替えが終了する時が、タイムリミット。
 弟が帰宅するのが先か、妹の着替えが終わるのが先か。待つしかできないのがもどかしい。
 叶うなら、起床する時まで時間が巻き戻ってほしい。
 もしくは、今日これまでの出来事が夢であってほしい。



379 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11:14:38 ID:4PrH9vJV

 玄関に座り、叶わぬ事を願いながら頭を抱えていると、話し声が微かに聞こえた。
 玄関の向こう側に誰かがやってきたようだ。
 話し声がするということは、複数人でやってきている。
 妹が怒っている状態でインターホンを鳴らされると、さらに刺激を与える恐れがあるので、自分から応対することにした。
 玄関の戸を開ける。
 そこにあったのは、我が家の庭と、三人の女の子だった。
「……なんだ、藍川か」
「なんだとは随分失礼な台詞じゃないか。
 遊びに来ても良いというから来たというのに、一向に歓迎する気配がないな」
「お前が電話してきてから今まで、いろいろあったんだよ」
「そうなのか。じゃあ今日の所は日を改めた方がいいのかな」
 そう言った藍川を押しのけ、代わりに俺と対峙したのは小さな女の子だった。

「……初めまして。君は藍川の知り合いかな?」
「そうやってとぼけて通用すると思ってるの、ジミー?」
「ごめん。君が何を言っているのか俺にはわからないな」
「セイカク悪っ。ジミーって女の子にもてないでしょ?」
「何を! まだキスも済ませたことのない小学生の玲子ちゃんに言われたくないな!」
「ほら、知ってるじゃん、ボクのなまえ」
 ちっ。
 言葉のやりとりで俺をはめるとは大したものだ、玲子ちゃん。
 得意そうに胸を張る姿を見ていると、手で押してひっくり返してやりたくなる。
 そのボリュームの足りない胸に照準を合わせて。
「ジミーがすごく怪しい目でボクを見てる……テイソーがあぶないような気がする……」
「貞操なんて言葉を知っているのか。偉いな。
 だけどそれは気のせいだよ。ほら、お兄さんのところへおいで」
 たっぷりこの間の仕返しをしてやるからさ。

「……ギルティ」
 小さな呟き。
 少し遅れてやって来た殺気を感じ、左に一歩踏み出した。
 体が移動すると同時、さっき立っていた場所を、一筋の光が通りすぎた。
 光の通り過ぎた部分。そこには丁度俺の顔があったところだった。
 呟きを漏らしたのは誰なのか、そして今の光の正体がなんなのか。
 そんな疑問は、この場にいる彼女の存在を認めてしまえば、全て解決する。
「……ちっ。避けないでくださいよ、先輩。アタシの愛を受け入れてください」
「うん。もうちょっとソフトで、心がこもっていたら受け入れないでもないんだけどね。
 いきなり凶器を投げるのはやめてくれないかな、澄子ちゃん。警戒してなかったらどこかに刺さってたよ、あれ」
「狙ってたんだから当たり前です。
 心はこもってますよ。今のには、先輩への強烈な思いがこもってました」
「……俺は一応、君の好きな男の兄貴なんだけど」
「知ってますけど、それが何か?」
 笑顔で首を傾ける澄子ちゃん。彼女の性格を知っている俺にとっては何の感慨も湧かない仕草である。
 澄子ちゃんが見た目通り、小柄で可愛いだけの女の子だったら騙されるんだろうけど。
 本性を知っている俺は、彼女の行動全てに疑いの目を向けずにはいられない。
 そもそも、何をしに来たんだ、澄子ちゃんは。
 藍川のついでに玲子ちゃんが来るだけで、俺一人で歓迎できる定員をオーバーしているというのに。



380 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11:16:18 ID:4PrH9vJV

「先輩。一言言っておきます。
 アタシは小さな女の子に魔の手を伸ばすような男の人には容赦しませんから。
 トドメの必殺技を喰らわせて爆殺するまで、アタシは先輩から目を離しません」
「ちなみに君の必殺技は?」
「マウントポジションからの両目への致命的な一撃です。
 名付けてジス・イズ・マイペン。然るのち、先輩の身を遠隔操作で爆発させます」
「……あのさ、俺ってそこまで悪いことした?」
「してないとでも、お思いで?」

 まあ、冷静になってみれば、九歳児に仕返しする高校生なんて大人げないと思う。
 だけど澄子ちゃんの言葉を聞いていると、年齢ではなく、男が女に乱暴するのが悪いのだと言っているように感じる。
 俺だって、女性に一方的な暴力を振るうのは良くないと思ってる。
 しかし、いつ如何なる場合でもタブーになるとは思わない。
 男尊女卑の社会は良くないと言うが、いつまでもそんなことを言っていたら、男は虐げられる側に回ってしまうのではないか。
 男女平等の精神が美しいなら、女性が男に叱咤される場合だってあって然るべきだと思う。
 
「先輩はこれぐらいで凝りましたか? それとも、もうちょっとアタシの愛が欲しいですか?」
「わかったよ。金輪際玲子ちゃんにおかしなことはしない。約束するよ」
「……まあ、いいでしょう。今日の所は許してあげます。
 それじゃあ京子。あとはよろしくね」
 澄子ちゃんはそう言い残すと背中を向けて家の敷地から出ていこうとする。
「澄子はジミー君の家に上がっていかないのか?」
「彼が居ないなら、先輩の家に用なんか無いわ」
「そんなつれない態度をとるからお前には友達がいないんだ。ちょっとはジミー君と仲良くしろ」
「アタシにはとっくに親友がいるから、これ以上友達が要らないの。
 じゃあね。帰りは自分の足で帰るから、待ってなくていいわよ」
 澄子ちゃんの親友って――藍川のことだろうな、たぶん。
 一緒にこの場に来てるし、この間は病院でも一緒にいたし。
 不思議な縁というか、世間は狭いというか。
 弟を誘拐するぐらい好きな女の子と、俺と趣味の合う女の子が、親友同士。
 全然性格が違うのに、なんでこの二人は仲が良いんだろう。
 仲良くなったきっかけとか、聞いちゃっても良いのか?



381 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11:22:48 ID:4PrH9vJV

「お兄さんっ! 助けてっ!」
 唐突な叫び。家の方から聞こえてきた。
 振り向くと、部屋から飛び出した妹が玄関にいる俺の方へ駆けてくるのが見えた。 
 前触れのなさにも驚いたが、それ以上に妹の格好に驚いた。
 こいつ、なんで中学の制服なんか着てるんだろう。
 さっきまで高校の制服を着ていたが……着比べしてみたかったのか?
 改めて見直すと、中学を卒業したばかりの妹にはやはり中学の制服が似合っている。
 もう二度とあの制服姿の妹を見られないんだな、と思うとちょっとばかり寂しくなる。

 そんな保護者じみた感慨にふけっていると、妹が俺の懐に飛び込んできた。
「いきなりどうした? 部屋に大量の油虫でも沸いて出たか?」
「違うわよ! 、誰かが……誰かが、窓から着替えてるところ、覗いてた!」
「み、見間違えじゃないのか? 野良猫か何かが通り過ぎていったとか」
「そんなわけないじゃない! あ、あれは……あれは!」
 もしも見間違えじゃなければ、この場に居る人間の総力で以て撃退せねばなるまい。
 しかし、覗きにしては堂々としている気がする。
 窓から覗き込むとか、見つかることを覚悟してやっているとしか思えん。
 それとも知恵の回らない近所の小学生か中学生か?
 まあ、なんでもいいか。
 この場には女性の権利にうるさい少女がいることだし、一緒に覗き魔を袋だたきにしてやるとしよう。
「澄子ちゃん、ちょっと手伝ってくれ」
 人を失明させてまで信念を全うしようとする熱い少女、澄子ちゃんに声をかける。
 次に、振り向く。



382 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11:23:32 ID:4PrH9vJV

 想定外の事態というものは、必ず、突然やってくる。
 突然やってくるからこそ、想定外だと言えるのだ。
 俺だって身を以てそのことをわかっていた。
 だが、何度経験を重ねても、予兆を感じ取ることはできないし、慣れることはない。
 あえて経験が生きていると言える部分があるなら、事態の深刻さを少しだけでも感じ取れるようになったぐらいである。

 我知らず、絞られた声が出た。
 この場では、それすら難しかったが、なんとか喉が動いてくれた。
「……手伝って、くれないかな」
「そんな暇はありません」
 にべもない返事が澄子ちゃんから帰ってきた。
 認識が事態に追いついて、状況を理解していく。
 己の視界に捉えているその光景が、どれほど緊迫しているかということをじわじわ自覚していく。

 生存本能が、この場から急いで逃げろ、と急かしてくる。
 逃げようにも妹が抱きついているから逃げられないのだ。
 妹の抱擁から逃げるなんて、なんてもったいない!
 いかん。完全に混乱している。意味不明な台詞ばかり浮かんでくる。
 妹が俺の身体に抱きついている理由がわからない。
 ――それより何より、弟がこの場に花火を連れてきた理由がわからない。

 何しに帰ってきやがった、弟。
 帰ってこいとは言ったが、花火を連れてこいとまでは言ってないぞ。
 花火と澄子ちゃんが対峙したまま、一向に動かなくなってしまった。
 なんとなく想像してた通り、お前の取り合いでこの二人の中は険悪じゃねえか。
 どうしてくれるんだこの状況。
 お前のせいで、お前のせいで――なんだかもう、いろいろと、最悪だ!



383 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11:25:51 ID:4PrH9vJV
 *****

 花火が兄さんのことをどう思ってるのか。
 小さい頃、僕は花火に問い質したことがある。
 返ってきた答えは、「お前ら兄妹全員、私は好きだ」だった。
 でも、花火の言動をよく観察していたら、その言葉は偽りだということに気付いた。

 たしかに、花火は僕ら兄弟に分け隔て無く接していた。そう感じていた。
 だけど、実はそれには差があった。
 兄さん、僕、妹。その順番に、花火は僕らに親しく接していた。
 いいや。もしかしたら、花火にとって、僕と妹は同じような存在だったのかもしれない。
 僕は、兄さんじゃなくて、兄さんの代わりだったから。
 妹は、小さな女の子だったから。

 花火にとって、兄さんは一番だった。
 僕よりも優先すべき存在で、妹よりも大事にすべき存在だった。
 伯母さんに虐待されているころ、花火が僕らの異常に気付かなかったのは、そのため。
 虐待されてからおかしくなったのは、僕と妹だけ。兄さんは唯一人変わらなかった。
 兄さんばかり見ていた花火が、僕と妹の変調を悟れなかったのも当然だ。
 暗い毎日が終焉を迎えたあの日。兄さんが伯母さんを刺したあの日。
 花火はようやく、僕と妹が虐待されていることに気付いた。
 伯母さんがどれだけ酷いことをする人なのか、花火にはわかっていなかった。
 そして――その時に、兄さんの心がどれだけ追い詰められていたのかも。

 兄さんが伯母さんを刺した時、花火は止めに入り、顔に傷を負った。
 傷口が大きく開いていたこと、泣き疲れるまでいつまでも泣き止まなかったことを覚えている。
 花火がそれから引きこもったのは、その傷が原因だ。
 花火は女の子だ。顔の傷を小学校の子供達には見せたくなかったんだろう。
 家から出すために、僕は毎日花火の家に通った。
 好きだったから。毎日一緒に登校して、遊びたかったから。

 花火を励ますために、僕は何でも言った。
 初めのうちは何を言っても応えてくれなかったけど、次第に態度は軟化した。
 今になって思えば、きっと花火は兄さんに拒絶されたことを気にしていたんだろう。
 だから、僕はこう言った。
 僕は花火の傍にいるよ。僕が兄さんの代わりになるから――と。
 兄さんの代わりで良かった。
 花火が立ち直ってくれるなら、兄さんの代わりの人形でよかった。

 そう思ってたけど、花火が心を開いてくれることが嬉しくて、僕は花火だけを優先するようになった。
 他の人は全て後回しになった。
 妹は後回し。一番尊敬している兄さんでさえ後回し。
 いつしか僕は――花火の中にある兄さんの居場所を奪い取ろうと、強く思うようになっていた。
 花火の中にある兄さんへの未練なんて、全て消し去ってしまおうって、考えるようになった。

 兄さんと葉月先輩が付き合いだしたと知ったら、きっと花火の中にある未練は残らず消えるはず。
 お願い、兄さん。
 花火に、兄さんのことを忘れさせてやって。
 そうすれば、花火は幸せになれるんだから。