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527 名前:白い翼 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/08/19(木) 12:38:21 ID:yatrOoVJ [2/10]
 〈あたかも偶然たる過去の始まり〉
中学に入って初めての夏休みだったんだ。

―――母親が死んだ。父親が壊れた。ただ、それだけのことだった。

何も変わらないと思っていた俺の人生は、十二歳、いや十三歳の八月二十四日に変わってしまっていたのだろうか? この日は母親が事故死した日だ。
仕事を終え、家に帰る途中に酔っぱらった奴が乗っている車にぶつかって……。
車は大破。中に乗っていた母は、ぐちゃぐちゃだ。でもその手の中には、確かに青いリボンのついたプレゼント用のラッピングがされていた箱があった。この日は俺の誕生日でもあったからな。中身は何だったんだろう? ちょっと気になった……。

通夜や葬式なんて、すぐ終わる。
終わらないのは……残された方の心の傷だ。
 「お、ぉお兄……ッ……ちゃん」
妹は毎晩のように俺の布団にもぐりこんできた。
すすり泣く妹の体を、ギユッ、と抱きしめてやっていた覚えがある。
安心できるように、この細い体を壊さぬように……俺は優しく抱きしめた。

528 名前:白い翼 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/08/19(木) 12:39:10 ID:yatrOoVJ [3/10]
そして気がつけば、親父は酒に溺れる毎日であった。
必要最低限の仕事しかせず、ただただ酒に溺れた。紛らわせるために、己の悲しみを。
そんな親父に俺は腹を立てた。―――なんて弱い人間なんだ……と。
こんな人間のそばにいて俺は毒されてしまわないだろうか? 俺の心が弱くならないだろうか。そう不安で頭がいっぱいになる。だってそうだろ……。

―――たかが母親が死んだくらいで、何だって言うんだ?

美咲は別に構わない。美咲は俺の年より一個下で、まだ小学生だ。
泣きたければ泣けばいいし、すがりつきたければすがりつけばいい。
でも、親父は違う。親父は働かなければいけないだろ?
(今は生命保険とかでもらった金でやりくりしている)
元々裕福ではなかったから、両親ともに働いて生活をやりくりして……。
それでも、確かに俺たちは幸せだったはずなんだ。笑い合えていたはずなんだ。
それなのに……今の親父はなんだ? それこそ草葉の陰で母親が泣いてるぞ。


529 名前:白い翼 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/08/19(木) 12:39:39 ID:yatrOoVJ [4/10]
 「お兄ちゃん……どうしたの?」
 「ん?」
不意に、弱弱しく俺の服をつかんでいた美咲が、顔をあげて呼び掛けてくる。
ずっと頭の中でいろいろ考えていたから忘れていたが、
俺は今、美咲と共に親父のありさまを眺めているところだったな。
酔いつぶれて机に伏している姿、
幼い頃おんぶしてもらったあの広い背中はもう見る影もない。
そんな姿を見せつけられて俺は……。
ああ、そうだな。決めた。決めたぞ、俺は。
 「お兄ちゃ―――」
不意に笑いだした俺の姿を見て美咲は恐る恐る声をかけようとするが、俺はそれを許さない。
 「離して、この手」
すぐさま美咲の手を離す。美咲が一瞬信じられないといった表情を見せたが、関係ない。
俺はもう決めたんだ。
 「お兄ちゃんなぁ。ここから出ていくことに決めたわ……美咲も元気にしてろよ」
頭を撫でる。撫でまわす。
 「えっ……何それ? お兄ちゃん、私嫌だよ。お兄ちゃんと離れるなんて、お兄ちゃんが私の前からいなくなるなんて、そんなの嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!」
美咲からの完全なる拒絶。今まで聞いたことのないような叫び声。
でも関係ない。俺が弱くなるのは俺自身が一番許せないから。
 「まぁ、時々見に来てやるさ……じゃあな」
俺はすぐさま家を出た(ちょうど財布は持っていたからな)。
親父の姿を反面教師として、目に焼き付けながら。
自転車にまたがり、ゆっくりとこぎだす。
家では美咲が泣いてるのかな? と、早くも妹のことが心配になってしまう兄心というものがあった。だがしかし聞こえると思っていたはずの泣き声はしなかった。

―――キャハハハハハハハハッハハハハハハハ

変わりに狂いに狂った笑い声が聞こえたのは、俺は予想外だった。
俺は全身に冷や汗がにじみ出たが、この声を早く忘れるために空を見上げた。

―――そこには夕焼けに染まる綺麗な空に、まるで大きな白い翼のような雲があった。

 「俺も君みたいになりたいよ」
あたかも雲の翼に人間のように話しかけた俺は、全力でペダルをこいだ。

530 名前:白い翼 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/08/19(木) 12:40:11 ID:yatrOoVJ [5/10]
〈あたかも偶然たる過去の始まり〉 裏Ⅰ
私が小学生最後の夏休み。

―――母親が死んだ。父親が壊れた。ただ、それだけのことだった。

 「やった、やった、やったあ!」
私は大いに喜んだ。
自室のベッドの上で、隣にいる兄さんには聞こえないように、必死に枕に顔をうずめて。
だってだってだってだってだってだって、母親が死んだんだよ!
通夜の時も、葬式の時も、私はずっとお兄ちゃんのそばにいられた。
手を握って、泣いてるふりして、慰めてもらって、頭なでてもらって!
あーーーもう、最高! 幸せすぎるわ!
お母さん、ありがとーー!

―――死んでくれて、ありがとーーーーーーーー!

 「むへへーーーお兄ちゃぁん」
甘い声を出しながら枕をギュッと抱きしめる。匂いを嗅ぐ。
(ちなみに、枕は家族全員同じものなので、毎日毎日私はお兄ちゃんの枕と変えているよ!)
 「んふふぅー……ふへぇ」
これはいつまでやっていても飽きな――――しまった、もう夜の十一時だ!
私は時計の時刻を見て驚き、飛び起きた。
早くお兄ちゃんの布団に潜り込んで抱きしめ……ゴホンッ、慰めてもらわないとね。

531 名前:白い翼 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/08/19(木) 12:40:51 ID:yatrOoVJ [6/10]
私は今日も兄の扉を叩く。
 「……どうぞ」
 「う、う……ぅわああああん」
そして今日もばっちりな泣き真似で兄の懐へ飛び込む。
「お、ぉお兄……ッ……ちゃん」
そして今日もまたどきどきして胸が苦しくて、でも幸せな気分になれる魔法の時間が始まるんだ。

―――そう、これがいつまでも続くと信じていたのに……。

お兄ちゃんと一緒に父の背中を見ていた。
もちろん私は兄の袖をギュッとつかんでいる。
そうだ、この父にも感謝しないとね。
私たちを生んでくれたことと、こうやって壊れてくれたこと!
おかげで私はお兄ちゃんに依存できる。 何て素晴らしい両親なんだろうか!
 「お兄ちゃん……どうしたの?」
 「ん?」
でもどうしてか、お兄ちゃんが父に向ける視線を外さない。
……その視線は私だけに注がれるためにあるのに。
若干、父への憎しみが生まれたが……そんなことよりも私の心を揺れ動かす一言が、お兄ちゃんの口から飛び出た。
 「お兄ちゃ―――」
 「離して、この手」
……………………………………………………ハ?

532 名前:白い翼 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/08/19(木) 12:41:26 ID:yatrOoVJ [7/10]
今何て言ったの? お兄ちゃん。
 「お兄ちゃんなぁ。ここから出ていくことに決めたわ……美咲も元気にしてろよ」
頭を撫でられる。撫でまわされる。
いつもなら嬉しいはずのこの行動が、今は何も感じない。
そ、そんなことよりも……と、私の口からは自然と言葉がこぼれおちた。
 「えっ……何それ? お兄ちゃん、私嫌だよ。お兄ちゃんと離れるなんて、お兄ちゃんが私の前からいなくなるなんて、そんなの嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!」
私の真実、偽りのない気持ちをお兄ちゃんにぶつける。
こんな風に、気持ちをぶつけることになるなんて……ッ!
冗談だよね、冗談だよね? たちの悪い冗談だよね?
お兄ちゃんときどき私に対して意地悪だから……。
 「まぁ、時々見に来てやるさ……じゃあな」
お兄ちゃんはすぐさま家を飛び出る。

―――待って!

声にならない叫びが、脳内に響き渡る。
そして私はこの小さな体を最大限まで伸ばし、お兄ちゃんの服を……
しかし、無情にもこの小さな体ではつかめない。
私の手は空をつかんだ。
バタンッ、と無情にもドアが閉まる。
私は床に膝をつく。
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。
この思いだけが体中を駆け巡る。

533 名前:白い翼 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/08/19(木) 12:42:17 ID:yatrOoVJ [8/10]
…………………
…………
…そっか。
そうだよねー。そっかそっかそっかそっかそっかそっか

―――「キャハハハハハハハハッハハハハハハハ」

全く駄目だなあ、危うく勘違いしちゃうとこだったじゃない。
お兄ちゃんの意地悪ぅ。
でもそんなお兄ちゃんが私は――――キャーーーーーー
 「さてと、じゃあとりあえずは父親(このひと)……殺しちゃおっか!」
私は幸せいっぱいな気分で、酔いつぶれた個体を静かに見降ろした。

―――だってそうでしょ、お兄ちゃんは私と……………………。

〈あたかも偶然たる過去の始まり〉 裏Ⅱ
神様は基本、暇である。
不老不死であるし、別にすることもない。
遊ぶか食べるか寝るか……下界を見下ろすか。そんなとこだろう。
 「相変わらず汚いなあ、下界は」
私こと〈ミハネ〉は下界を見下ろす。本当に汚い世界だ、と私は素直に思う。
神々の住むこの〝天界″は、辺り一面雲に囲まれたかのようで、その雲が大地となり、緑や川を創る。とにかく、下界なんかとは違い、とっても澄みきった世界。
だから私は、その反対である汚い下界が嫌いだ。
 「そろそろ夕焼けだぁ、私一度でいいから、夕焼けを見上げてみたいな」
そう、この天界はよくは知らないが、全ての上にある存在らしいのだ。
何物にも見下すことはできない、この世の頂点たる場所。
何かを、見上げることはできない。
だからだ。
こんな嫌っている下界にも、この夕焼けだけを見上げに行くという理由なら行ってやってもいいと思っている。
見下ろすのにも飽きてしまったしね。

 「あ、夕焼けだ」

534 名前:白い翼 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/08/19(木) 12:43:24 ID:yatrOoVJ [9/10]
いろいろ考えているうちに夕焼けに至る空。
その空には、どこかの神様が通った後なのであろう。
大きな白い雲の翼が、夕焼けに染まった空をバックに存在していた。
 「そういえば、神が通った後にできる翼雲(つばさぐも)は、白色以外に染まらなかったんだっけ?」
確かそんなことを昔誰かに聞いた覚えがある。……どうでもいいけど。

不意に、下界の方から少年の声がした。
私を見ているかのような、その濁った瞳をこちらに向けて……。
 「俺も君みたいになりたいよ」
 「!」
一言つぶやいた少年は、自転車を再び漕ぎ出した。
 「君みたいに……か」
私は背中に生えた、白く大きな翼をバタバタさせてみた。
どうやら私は、この少年に少し興味を持ってしまったらしい。