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90 : Hi! JACK!! ep.00 ◆ s6tsSccgEU    2010/08/19(木) 21:42:41   ID:AnxQDhIY0

 ピンチである。いわゆる生命の危機とかなんとかってのだと思う。
 僕は生れて十八年、拳銃なんか見たことなかったし、ましてその口が自分に向けられるなんて考えてみたことすらなかった。
 それが、である。生れて十八年と一日が経って、僕はめでたく本物の拳銃を見ることができ、
一瞬ではあるけれどその銃口が自分に向けられるという事態まで一気に経験することができた。
 これで発砲シーンまで見ることができた日にはパンチアウト、ともすると人生がゲームオーバーになりかねない。
 そんなぼくらの文字通り命がけのゲームが行われているステージはどこか。
 答えはバスの車内である――そう、バスジャックだ。

* * * * * *

 バスの先頭部にいる犯人グループ――グループと言っても三人しかいない――の首領と思わしき人物が
社内無線だかケータイだかを使って警察の方々とゴネている間に、話をちょっと前の時間に戻したいと思う。
 今から三十分ほど前、僕を含む多くの乗客はJRの駅を始発とするこのバスの到着を待っていた。
 丁度帰宅ラッシュの時間で、バス停はいつも通りに混み合っており、バスはいつも通り少し遅れて到着した。始発なのに。
 そうしていつも通り知らない人――知らないといっても通学・帰宅時間が被っている人たちなので顔に見覚えはある――と肩を並べて座席につき、
いつも通り音楽を聴こうとするとウォークマンの電池が切れて舌打ちをする。
 バスが発車して数分後、始発から三番目の停留所でいつも通りの車内にいつも通りでない三人の招かれざる客が乗り込んできた。
「動くな!」
 テレビではもはやお馴染みすぎて使われることのなくなった景色が目前に展開される。
 こうして僕らの乗ったバスは見事に乗っ取られたのであった。

* * * * * *


 犯人たちはまだ車内前方で恐れ多くも警察の方々と下手くそな言葉のキャッチボールに専念している。
 この異常な事態に慣れてきたのか、僕には辺りを見回すことができる程度に心のゆとりができてきた。
 バスはほぼ満員の状態、老若男女問わず大勢が乗り合わせている。流石に皆顔が青い。
 その中でも特に生気のなさそうなのは、僕の隣の窓際の席に座っている女の子だっただろう。
 高校生だと思う、制服も着ているし。僕よりやや年下、といったところか。
 始発から僕と一緒に乗っている彼女は、見るも無残にガタガタと震えていて、そのきれいな長い黒髪まで震えているようだった。
 初対面の子と思ったけれどよくよく見ると違う気がする。
 通学時間が被っているのだろう、何度かバスを乗り合わせた子だ。
 あんまり怯えているものだから、気づけば大丈夫かと声を掛けてしまっていた。
 女の子は今にも泣きそうな顔でこちらを見ると、はっとした顔をして
急に僕の左腕に渾身の力で抱きつき、こくこく俯いたままぶるぶる震え続けた。
 言っておくが僕は女性経験に乏しい。
 そんな僕でもこの状況下で抱きつかれて驚いてその手を振りほどくなんてことをするほど愚かでもないし、
また変な下心など抱くはずもない。
 嘘、少しばかり下心に似た感情は抱いた。可愛い女の子に抱きつかれて冷静沈着で居られるほど僕は女性経験が豊富ではない。
 でも、やっぱりここはこの子を安心させることが第一であるし、僕自身不安でないと言えばそれこそ嘘になるし。
 とりあえず、彼女に向かってひたすら大丈夫を連呼するというよくわからない図式が出来上がった。

 無線だか電話だか越しの警察に散々の罵声を浴びせることにまんまと成功した犯人たちは、
運転手にあれこれと指図をして空き地なのか駐車場なのかなんだかよくわからない場所にバスを停めさせた。
 空き地の真ん中よりちょっとズレたところに停まっているバスをパトカーと警官隊がぐるりと囲んでいる。テレビではもはや以下略。
 犯人の首領はどこで身につけたのかわからない威厳ある態度で乗客たちに向かって告げた。
「これからお前らを解放することにした。ただしこれから指定する奴を除いて、だ」
 どうやら人質を減らす作戦らしい。某名探偵少年漫画で予習でもしたのだろう。
 そうやって首領は「解放しない」人質探しを始めた。
「じゃあ、お前」
 初老の女性がもうそれだけで死んでしまうんじゃないかというような表情でその声に答えた。
「あと、お前」
 もう一人、今度は中年の女性である。人質として女性を選ぶのはそれなりに正しい判断なのだろうけど、
こうなってくるともう嫌な予感しかしない。
 僕の腕に巻きついている女の子の腕の力が一段と強くなる。
「じゃ、もう一人お前な」
 そらきた。三人目の人質になったのは隣に居る女の子だった。
 何だお前、彼氏か、残念だったな。首領がそんな目で僕を見たような気がした。
 僕は彼氏ではないけどそこまで舐められては男が廃る。いや、実際はそんなこと考えている暇もなかった。
 気づいたら立ち上がっていた。
「この子の代わりに、僕が人質になる」
 何言ってるんだよ僕。それこそもはやテレビで以下略ではないか。
「それはお前が決めることじゃない」
 首領の声は冷ややかだった。
 急ごしらえのヒーローの出現を楽しんでいるようでもある。
「お前はこいつの恋人か」
「違う」
「じゃあ何だ」
「……」
 ここで反射的に本当のことを言ってしまうのは僕が根っからの善人であるということを示す格好の資料たり得るのではないだろうか。
 いや、ともすると根っからの愚者としての証拠か。心の中で数秒前の自分を罵る。
 正直、拳銃を持っている相手とここまで対等にキャッチボールができた自分を褒めたいぐらいであるから、
これ以降もうどんな発言をしたとしても仕方のないことなのだと思う。
「この子は、僕の……妹だ!」
 一瞬、車内が騒然とした。
 隣の彼女が一番驚いた顔をしていた。

* * * * * *


91 : Hi! JACK!! ep.00 ◆ s6tsSccgEU    2010/08/19(木) 21:43:19   ID:AnxQDhIY0

 結論から言えば、事件はこの僕のものすごくとんでもない嘘から十分しないうちに解決した。
 僕の嘘にまんまと引っ掛かった――実際に信じていたかはわからない――首領は、「じゃあもういいやお前も来い」というわけで、
当初三人の予定であった人質枠を四人へと増やした。
 なんだかよくわからないグダグダなまま犯人一行がバスを出たのと、警官隊の突撃のタイミングは奇跡としか思えないほど一致した。
 その騒ぎに乗じて真っ先に脱出を計ったのは他でもなく初老のお婆さんである。
 お婆さんは年寄りとは思えないほどの速さで走った。
 これは逆にお婆さんの命が危ないのでは、と思えるほど見事な走りだった。
 今のうちに僕らも脱出を、と考える間もなくいつの間にバスの背後に回り込んでいた警官隊に保護されて、
僕らの命がかかったゲームはなんだか不完全燃焼の気を出しつつも終了となった。
 ちなみにこの騒ぎの間中、そしてその後も、女の子はふるえたまま僕の腕にしがみついて、決して離れようとはしなかった。

* * * * * *

「家、どの辺なの」
 死傷者も出なかったのでそれほど大きな事件として扱われたなかったらしい。
 警察署で簡単な事情聴取をされた後、僕と彼女はパトカーで最寄りの停留所まで送り届けられた。
 調書を取っていた警察の人にはきちんと説明をしたのだが、僕らを送り届けてくれた婦警さんは絶対僕らを本当の兄弟だと勘違いしていて、
何のためらいもなく僕らをいっぺんに車から降ろしてさっさと帰って行ってしまった。
 というわけで幸か不幸か女子高生に抱きつかれたままの帰路である。
 僕が「あの」とか、「ねえ」とか言ってるのにしびれを切らしたのか、彼女は「あやか」と、ほとんど声に聞こえない声で自分の名前を呟いた。
 僕は声を聞いてというより、口の形から彼女の名前を読み取った。ついでに、僕の「たくみ」という名前も紹介しておくことにした。

「ねえ、あやかさん」
「あやか」
「ええっと……」
「あやか」
「……ねえ、あやか」
 あやか、は、んふーとか、ふふーみたいな機嫌のいい声を出しながらこくんこくん、と頷いた。
「家まで送るよ。悪いけど案内してもらえるかな」
 断じて言うけどこれは押しかけではない。事件に巻き込まれたかわいそうな少女が無事家に帰れるように護送するという使命なのだ。
 そんな誰に言うわけでもない言い訳を心の中で唱えながら、あやかの案内のもと彼女を家の玄関先へと送り届けることに成功した。
「……ねえ、あやかさん」
「あやか」
――いや、そういうことじゃなくて。
「あの、このままだと僕帰れないし君を送り届けることもできないんだけど」
 彼女の腕は事件の時からずっと僕の左腕に絡みついたままだ。
 さすがにこの姿を彼女の両親にお見せするわけにはいかない。
 バスジャックから生還した娘さんをジャックしちゃいましたとか、なんて笑えない冗談。
「……いいです」
 よくないだろ。
「と、とりあえず腕を解いてくれないかな。ほら、……大丈夫だって! すぐ帰ったりしないから!」
 なるべくやんわりと言ったつもりなのに、あやかはもう泣きそうな顔をしてる。
 これじゃあまるで僕が血も涙もない人みたいじゃないか。
 ほら、と、僕なりの精一杯で彼女の右手を握ってみる。あやかが結構な力で僕の手を握り返す。
 そしてそのまま僕に寄りかかる、これじゃあさっきと変らないじゃないか。
 僕があやかを引っ張るような形で彼女の家――郊外のベッドタウンによくありそうな一軒家だ――のインターホンを押そうとした。
「たくみ、さん」
 あやかが初めてまともな口をきいた。
 インターホンを押そうとしていた手が止まった。

* * * * * *


92 : Hi! JACK!! ep.00 ◆ s6tsSccgEU    2010/08/19(木) 21:43:55   ID:AnxQDhIY0

「この子は、僕の……妹だ!」
 怖かった。怖かったけど、私の隣にはたくみさんがいてくれたから怖くなんかなかった。
 私たちは、はたから見られるとなんの交流もない女子高生と男子大学生で、
現時点でそれは事実なんだけど、事実ではなかった。

 私から言わせてもらえば、私とたくみさんとの出会いは、いつも私が贔屓にしている学校近くの喫茶店だ。
 恐らく四月の大学入学に合わせてこのあたりに越してきたのだろうたくみさんは、なによりも先にこの喫茶店でアルバイトすることを決めたみたいだった。
 場所がちょっとばかり入り組んだところにあるので、お店のお客さんは私を含め多くても十人程度しかいない。
 本を読んだり、学校の課題をやったり、何かと時間をつぶすのには丁度いいお店なのだ。
 そんなひっそりとした喫茶店にいきなり入りこんできて「良かったらここで働かせてもらえませんか」とか言っちゃう人がたくみさん、マスターいわく。
 このお店のマスターはそろそろ三十路に差し掛かりそうな、でも見た目からするとまだまだ二十代前半のはるかさんで、
陽気な性格と時々垣間見せるやたら鋭い洞察力で多くの常連さんを生み出してきた凄い美人なのだ、独身だけど。
「ねねっ、あやかちゃん。あのバイトの子可愛いでしょ、たくみっていうんだけどねー」
 たくみさんが働き始めて初めて私がお店に来た時、はるかさんは開口一番にそんな事を言った。
「かわいいって……。マスターはいったいどうやってバイトの人選んでるんですか」
「そりゃ、私の好みに合うかだよねー」
「……」
「ああっ、厳しい。あやかちゃんの目がこのお店の経営並に厳しいっ」
 このお店の財政そんなに厳しいんだ。
「でもねでもね、彼とっても仕事できるんだよ。一昨日から入ってもらってるんだけどね、もう研修生待遇なのが申し訳ないぐらい。高学歴は違うねー」
「というかこのお店アルバイト募集してたんですね」
「してないよー。彼が勝手に来て勝手に頼み込むんだもん。びっくりしたよねー」
「そうですか……」
「でもあやかちゃんは彼をそういう目で見てはいけませんよ。あなたは学校でもっと若い子でも発掘してきなさい」
 その幼顔でいきなり真面目な顔されてもおどけてるようにしか見えない。
 しかもこの人は、私が女子高に通っていることを知っておきながらこんなことを言うのだ。
「まっ、冗談だけどね。人見知りしすぎて彼を困らせないようにしてあげてねー」
 そう言い放つとはるかさんはカウンターへと戻って行った。たくみさんは箒を持って店の外を掃除していた。
 店内にいる客は私一人。
 バイト雇う意味、あるのだろうか。

 はるかさんも言ってた通り、私はどちらかと言わずとも人見知りがとても激しい類の人間で、
初対面の人と話せるようになるのにとても時間がかかるから、たくみさんとはなかなか話せずにいた。
 話せずとも顔はお店にそれなりに通っていると覚えるし、私の特等席であるお店の一番すみっこの席は
店内が一望できる大変眺めのいい立地であったので、気づけば私は仕事をしているたくみさんを目で追うようになっていた。
 もちろん話すなんてことは無理だ。お店のお喋り役ははるかさんだから、たくみさんから私に話しかけてくるなんてこともなかった。
 家の最寄り駅のバス停でたくみさんをみかけたときは凄く驚いた。
 もちろん、自他共に認める人見知りの中の人見知りな私は、それぐらいのことをきっかけに話しかける甲斐性なんか持ち合わせていなくて、
結局バスの中でも目で追うだけだったのだけど。
 そんなことを二週間ばかり繰り返していると、バスジャックに遭遇したのだ。

 バスに乗ってすぐ、変な男の人たちが乗り込んできて騒ぎ出して、ニュースで聞くようなバスジャックそのものだと分かったときには
もう体の震えが止まらなくなっていた。
 こわい、たすけて。
 がたがた震えている私を見かねて、隣に座っていた男の人が声を掛けてきてくれた。
 しかも、なんと、その人はたくみさんだった。パニックになっていて全然気づけてなかったらしい。
 私は、知っている人を見つけた安心感からか、いつもの人見知りはどこへやら、いきなりたくみさんの腕にしがみついていた。
 たくみさんはかなり驚いたみたいだったけど、振り払うことなくずっと私に励ましの言葉を掛けてくれた。
 ああ。
 たくみさんが居てくれると、安心。
 怖いけど、嬉しい。
 しあわせ。

 すき。

* * * * * *