79 : リバース ◆ Uw02HM2doE    2010/08/19(木) 01:34:39   ID:uG2ca43Y0

深夜。
とある研究機関。一人の男が液体に満たされたカプセルの前に立っている。
男は慈しむようにガラスを撫でて、その中で眠っている少女を見つめた。
「10年…か。長かった。…しかしついにこの日が」
「来た、というわけですね」
「だ、誰だっ!?」
この場所には許可無く男以外は入れない。しかし聞こえた女の声に、男は振り向く。
するとそこには美しい銀髪を携え燃えるような赤い目をした女がいた。
「お久しぶりです、旦那様。そして」
「お前は!?」
「さようなら」
一瞬だった。男が反応するよりも遥かに早く、女の蹴りが腹部に突き刺さった。
男の身体は吹っ飛び受け身もろくに取れず近くの壁に当たる。
「さてと……これが」
男が動かなくなったのを横目で確認した銀髪の女は先程まで男が眺めていたカプセルの前に立つ。
そして男がしたように、あるいはそれ以上にその中の少女を慈しむように見つめた。



会長と潤との睨み合いから一週間ほど経ち、クラスは約一ヶ月後にある修学旅行の話で持ち切りだった。
東桜高校は一般的な高校よりも修学旅行の時期が遅い。この地区ならば普通は10月の半ば、つまりちょうど今頃の時期に修学旅行がある。
どうやら他の学校と被らないようにしているらしい。個人的には他の学校との交流も疎かにしない方が良いのではと思うがまあ学校の方針なので仕方ない。
「それではさっきの時間で班を作ってもらったと思うので、それを班長が提出してください」
教壇にいる修学旅行実行委員が指示を出している。こんな期間限定の行事にまで委員会を作るとは、余程自主性を重んじているに違いない。
普段は騒ぐと怒る黒川先生も、今日はクラスの片隅で椅子に座って読書をしていた。
…勿論少しでも変な行動をしようとすれば即座に制裁されるのはこのクラスの面子ならば了解済みだが。
「勝手に英の名前書いちゃったけど良いよな」
「ああ、どうせいつもの3人だし」
手元にあるプリントには『修学旅行班名簿』と書いてあり班長には俺の名前が、班員には亮介と今日…というか一週間ほど休んでいる英の名前が書いてある。


80 : リバース ◆ Uw02HM2doE    2010/08/19(木) 01:36:14   ID:uG2ca43Y0

「…どうしたんだろうな、英の奴」
「まあ要っちが心配しなくても良いと思うぜ?メールには"諸事情で休む、理由は後ほど"ってあったんだしさ」
「…まあな」
諸事情って一体何だ?とか思うが亮介の言う通り、今はあまり追及しない方が良いのかもしれない。
それよりもこのプリント、早く出さないとな。
「待って」
急に腕を掴まれる。
誰かと思うと瑠璃色の髪をポニーテールにした女の子が俺の腕、正確に言えばプリントを持っている手を掴んでいた。
「えっと…」
「…こ、こんにちは」
「えっ?こ、こんにちは」
いきなり挨拶をされたので思わず俺も挨拶する。
…クラスメイトの名前をあまり真剣に覚えなかったことを俺は今更後悔していた。亮介は俺達のやり取りを見守っている。
「そ、その…良いプリントね!」
「…はい?」
「いや!そ、そうじゃなくて…そう!良い腕ね!」
何故か腕を褒められてしまった。良く見ると女の子の頬が紅潮している。
「大丈夫?顔赤いけど…」
「それは大丈夫!ってそうじゃなくて!」
机を叩く女の子。自分に突っ込む気持ちは少し分かる。気が付けばクラス中が俺達に視線を向けていた。
女の子の後ろには女子のグループがおり「撫子(ナデシコ)負けるな!」とか小声で囁いている。
「よしっ」
思い切り深呼吸する女の子。可愛らしいというか何というか。
黒川先生は相変わらず読書中である。…これは止めないんですか。
「修学旅行の班員って4人なんだよ!」
「そ、そうだっけ?」
いきなり声を張る女の子に思わず後ずさる。プリントを見ると確かに『班員は原則4名とします』と書いてあった。
「そうなの!…で、その…白川君達は…今3人なんだよね」
「ああ、良く分かったね」
「そりゃあいつも見て…あ!」
「いつも見て…?」
女の子がしまったみたいな顔をする。後ろの女子グループからは「バカ!それは言うな!」みたいな囁きが聞こえた。
「い、今のは忘れて!実はあたし余っちゃって!も、もし良かったら白川君…達の班に入れてもらえない…かな」
顔を真っ赤にして俯きながら言う瑠璃色ポニテの女の子。つまり俺達の班に入りたいということか。


81 : リバース ◆ Uw02HM2doE    2010/08/19(木) 01:37:22   ID:uG2ca43Y0

「えっと…」
「良いじゃんか要っち」
亮介が楽しそうに言う。…まあ亮介は基本楽しかったら何でも良いみたいなところがあるからな。
「まあ君が良いなら俺達は…」
「本当にっ!?ありがとう!」
手を力いっぱい握られる。後ろの女子グループは皆でガッツポーズをしていた。
「い、いや…そんなに感謝される覚えは…。あ、名前書いてもらえる?」
「う、うん!ゴメンね、あたし手汗凄くて!」
プリントとシャーペンを渡すと女の子は震えた手で自分の名前を書いていた。小声で「白川君の…」とか何とか言っている。
「はい、出来たよ!」
「あ、ありがとう。…あのさ」
「な、何かな!?」
「…シャーペン」
「あ、ゴメンね!つい…」
「…つい?」
「あ、あははは!何でもないの、何でも!」
女の子は顔を真っ赤にして横に振る。つられて瑠璃色のポニーテールが宙を舞っていた。
プリントには藤川英の下に少しいびつな字で『大和撫子』と書いてあった。
…やまとなでしこ?…偽名…な訳無いよな。
「よろしくな大和(ヤマト)さん」
「よろしくね如月君」
「…よろしく、撫子(ナデシコ)さん?」
「よろ…な、名前で…!」
どうやらやはり読みは大和撫子(ヤマトナデシコ)だったようだ。試しておいて正解だったな。
「…?大和さん、どうかした?」
「えっ…名前…」
何故かいきなりしょんぼりしてしまった大和さん。何かあったのだろうか。
後ろの女子達が信じられないといった様子で俺を凝視している。
「…なあ亮介」
他の人には聞こえないよう亮介に近付いて話す。
「なんだ?モテキング」
「モテキング?…いや、それよりも向こうにいる女子が俺を睨んでいるんだが」
「それがどうした」
「いや、何でだ?俺、大和さんに…何かしたか?」
「……信じられない。これが…主人公」
何故か亮介は地面に膝をついてしまった。大和さんは下を向いたまま「名前…」とか呟いているし、女子からは睨まれたまま。
こういう時にフォローしてくれる英がいかに貴重な存在か分かる。
「英…助けてくれ」
ぽつりと呟いた。


82 : リバース ◆ Uw02HM2doE    2010/08/19(木) 01:38:33   ID:uG2ca43Y0

放課後。校舎に隣接する体育館では女子バレー部が部活の準備をしていた。
「へぇ、じゃあ上手くいったんじゃん!良かったね!」
「でも白川君って想像以上に鈍感なんだよ」
「そうそう!本当に信じられない!ね、撫子」
ポールやネットを運ぶ女子の後ろでポニーテールを揺らしながらボールをカゴから出していた撫子が振り向く。
「まあ仕方ないよ。わたしは一緒の班になれただけで十分だから」
穏やかな笑みを浮かべる撫子。思わずその場にいた全員がその笑みに見とれていた。
「…白川君、幸せ者だね」
「本当…。私が男だったらこの場で襲ってるわ」
「はいはい。わたしちょっとトイレ行ってくるね」
そういうと撫子は小走りで体育館から出て行った。



「…………」
体育館から少し離れた女子トイレ。中には鏡の前に立っている撫子以外は誰もいなかった。
「………ありえない」
何かを呟く撫子。顔は濡れており水で洗っていたようだ。
「ありえない」
鏡に向かって呟き続ける。まるで誰かに話し掛けているような口調で。
「ありえないっ!」
いきなり叫び目の前の鏡を叩き割る。右手からは血が溢れ出るが構わず割り続ける。
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない」
目の前の鏡が砕け散り右手が血だらけになっていた。それでも彼女は気にも留めない。
「ありえない。……何で、何で白川君の話を楽しそうにするの?」
焦点の定まらない目で鏡があった場所を見つめる。
「何で…白川君の悪口を言うの?」
血だらけの右手を顔の前まで持って来てゆっくり傷口を舐める。まるで何かを労るように優しくゆっくりと。
「…落ち着かなきゃ。白川君の"好きな女の子"に成り切らなきゃ」
全ては彼のため。
元々臆病で人見知りだった性格も彼が好きだって言っていた"奥ゆかしい女の子"に変えた。
"明るい方が良い"って言うから嫌だけど頑張ってクラスの明るい女子グループに入って、女子バレー部にも入った。
彼が"ポニーテールが良い"って言うからこの髪型にした。
そう全ては彼に、白川君に気に入られるため。
「やっと…やっと掴んだんだ…」
彼はいつも部活や要組とかいうふざけた集まりで忙しそうだった。
でも修学旅行なら話は別だ。同じ班になれば確実にチャンスはやって来る。だから焦ってはいけない。
嫉妬の炎は今はいらない。今必要な物は氷のように凍てついた冷静さ。
「わたしは大和撫子。奥ゆかしくて、でも明るくてポニーテールが似合う女の子」
目をつぶる。イメージする。いつものわたしを。
白川君にだけじゃなく、誰に見られても良いように、いつも通りの"大和撫子"に戻る。
「…手、怪我しちゃったな。もう!割れたままの鏡を放置するなんて最悪だよ…」
まるで壊したのが自分ではない別の誰かのように撫子は振る舞った。


83 : リバース ◆ Uw02HM2doE    2010/08/19(木) 01:39:51   ID:uG2ca43Y0

放課後。いつものように生徒会室に行く。
テスト週間が近付いて部活が休みになったため、俺達は生徒会で集まって勉強したりくつろいだりしていた。
「…嘘みたいだな」
…そう。嘘みたいなんだ。
先週の会長と潤の睨み合いが嘘のように2人は仲が良い。まるであんなことなかったみたいに…。
「…訳が分からない」
一体2人は何を考えているんだ。あの冷たい目と凍てついた空気。
何かが思い出せそうな…雨の……冷たい…夜の……。
「入らないのかい?」
「あ、悪い……えっ?」
俺の後ろに立っていたのは間違いなく減らず口だが憎めない金髪天然パーマの…。
「久しぶりだね、要」
「…英」
藤川英だった。



「本当に心配したぞ。ろくに連絡も寄越さず…。大体英はな」
「まあまあ、会長。英も悪気があった訳じゃないですから」
「本当に良かった…」
「お帰り…心配した」
「あはは、遥にまで心配かけちゃうとは思わなかったな。…皆ゴメンね」
夕焼けが差し込む生徒会室。
実に一週間ぶりに英が帰って来たということで、皆勉強どころではなくなっていた。
「ったく心配かけやがって…。つーかその腕…」
「うん、実は皆に相談…いや、"依頼"があるんだ」
英の言葉で空気が変わった。右腕はギブスで固定されており骨折していた。
この一週間で何か事件に巻き込まれたのは明らかだった。…嫌な胸騒ぎがするのは俺だけなのだろうか。



一週間前。ちょうど会長と潤が衝突した日の夜中、事件は起こった。
英の父親で藤川コーポレーションの社長でもある藤川栄作が何者かに襲われ重傷を負ったらしい。
彼は一週間経った今も意識を取り戻していない。襲われた現場が厳重な警備下にあったことから犯人は相当の"やり手"だということが分かった。
「…目的は分からない。でも僕には犯人の目星がついたからね。学校を休んで探したんだよ」
英は何処か遠くを見つめていた。さっきから皆が黙って英の話を聞いている。


84 : リバース ◆ Uw02HM2doE    2010/08/19(木) 01:40:59   ID:uG2ca43Y0

「随分かかったけど…ようやく3日前に探し出してね。でも…返り討ちにあってこの様さ」
英はおどけるように骨折している右腕を見せる。…笑えないぞ。
「しかしそんな大ニュースやってたか?俺は全然知らなかったんだが。要っちは?」
「…多分むやみに報道しないようにしてるんじゃないか?」
「流石要。まあウチは大企業だからさ。真相が分かるまでは…ね」
どうやらこの一週間で俺達が気が付かない内にとんでもない事件が起こっていたようだ。
「で、英。依頼って言うのは…」
「…うん。何となく話の流れで想像がつくと思うけど…」
「犯人確保」
遥が英が言いにくそうにしていることをさらりと言った。
「…まだ公には出来ないから警察には届けられないんだ。でも僕はどうしても捕まえたい」
珍しく英が強い決意を示していた。
よっぽど父親が好き…な訳ないのは何となく分かる。じゃあ一体…。
「そういえば英、犯人の目星がついてるって言ってたよね?」
潤が英に尋ねる。確かにさっきそいつに腕を折られたとか言っていたな。
「…とりあえず今彼女が何処にいるか、皆に探して欲しいんだ」
そういうと英は一枚の写真を取り出した。
そこには黒髪の大学生くらいの女性と銀髪に燃えるような赤い目のメイドさんが写っていた。
「このメイドは…!?」
会長が写真を見て動揺していた。
…いや会長だけでなく俺以外は写真の中に写るメイドに見覚えがあるようだ。
「犯人は恐らく…彼女だよ。要には今説明するから皆には早速情報を集めて欲しいんだ」
「分かった。では亮介は…」
会長が割り振りをして皆生徒会室を出ていった。
残されたのは俺と英の二人だけ。俺は写真をもう一度見る。
微笑んでいる黒髪の女性は整った顔立ちをしていた。どことなく英に似ている。
そして銀髪のメイドさんは人形のような無表情をこちらに向けていた。
「…要は記憶喪失だから覚えてないと思うけど、僕には姉さんがいたんだ」
「…"いた"?」
「……半年くらい前にビルの爆発事故で行方不明になってさ。そこに写っているメイドと一緒にね」
「…爆発…事故」
初耳だった。
半年前にそんな事件が起きていたことも、そもそも英に姉がいたことも。
「別の事件の調査で僕たち要組が偶然その現場に居合わせてさ。だから皆メイドに見覚えがあったんだ」
「…そう、か」
「ゴメンね。別に隠すつもりじゃなかったんだけど…生存は絶望的だったからさ」
「…気にしてないよ」
家族が事故に巻き込まれたんだ。言いたくない気持ちも分かる。
「黒髪の女性が僕の姉、藤川里奈(フジカワリナ)。そして銀髪のメイドが桃花(トウカ)」
桃花…。
何だろう、つい最近何処かで見たような…。この燃えるような赤い目…。何処かで…。
「なぜ桃花がお父様を狙ったのかは分からない。でも…桃花が生きていたなら」
「英のお姉さんも…」
「…だからどうしても桃花の居場所が知りたいんだ」
折れた右腕を見つめる英。一体お姉さんとの間に何があったのかは分からない。
でも英の決意はひしひしと伝わってきた。
「…分かった。俺も協力するよ」
「ありがとう要。…それからもう一つ良いかい?」
「ああ」
「桃花は武道の達人だ。あの警備を破れるのは桃花ぐらいだと思う」
「…だから犯人はこのメイドさんなのか」
戦うメイド…もしかして師匠が言っていたのは…。
「うん。だから捕まえようとしてもまず返り討ちにあう。…僕みたいにね」
「…笑えねぇって。じゃあどうする?仲間に連絡か?」
「皆にはそうしてもらうつもりだよ。でも要には…戦って欲しい」
「………マジ?」
遠回しに死ねって言ってないか、それ。
「とりあえず今から海有塾に行ってくれ。手配はしておくから」
「…俺に出来るのか?」
相手は日本有数の大企業の警備を一人で破るような奴だ。果たして俺なんかが敵うのだろうか。
「大丈夫。要ならやってくれるよ。僕たちのリーダーだしね」
ウインクをする英。…いや、それ何の根拠にもならないと思うんですけど。


85 : リバース ◆ Uw02HM2doE    2010/08/19(木) 01:42:16   ID:uG2ca43Y0

10月にもなると日が暮れるのも早くなる。
生徒会室を出て海有塾の門まで来た時には、すでに辺りは真っ暗になっていた。
「お、来たか要君」
道場の入り口には師匠の源治さんが立っていた。どうやら俺を待っていてくれたようだ。
「師匠!すいませんいきなり。英…えっと藤川君からここに行けって言われたんですけど」
「聞いておるよ。さあこっちに」
師匠に案内されいつもの道場…を通り抜ける。
「あれ?ここじゃないんですか」
「ああ、今回はちょいと特例じゃからな」
道場の奥には扉があり中に入ると地下へと続く階段があった。
「さ、ここからは君だけで行きなさい」
「師匠は?」
「わしはここで見張っておる。…しっかりな」
師匠に促されて地下への階段を下りる。しばらく下りると扉が一つ現れた。
その扉を開けると目の前には上にあるのと変わらない道場が広がっていた。
唯一違うのはここが地下だということか。
「お待ちしておりました」
「うおっ!?」
急に声がしたのでその方向を向くとそこには金髪で赤い目をしたメイドさんがいた。
「…えっと君は確か…」
「はい。優お嬢様の専属メイドをさせていただいている、桜花です」
そう。一週間前に会長のメイドと名乗った桜花さんだ。同時に気が付く。
彼女の風貌はさっき写真で見たあのメイドに瓜二つだと言うことに。
「あの…桜花さんって…双子だったりしますか?」
「?…ああ、そういうことですか」
何がそういうことなのか全く分からないが桜花さんは納得したようだ。
「…いや、どういうことですか」
「つまり要様は私の外見に見覚えがあるのですね。それはそうです。私は桃花をモデルに作られていますから」
「作られて…?ってちょ!?」
いきなり脱ぎだす桜花さん。慌てて止めようとするが桜花さんの透き通るような白い肌が見え豊かな胸が弾力を見せ付ける。
「…どうかされましたか? こちらを見て欲しいのですが」
「な、何言ってるんですか!? つーかいきなり脱がないでくださいよ!」
「……仕方ありません。実力行使です」
「実力…? うわっ!?」
足払いをされ仰向けに倒れる。そこへ桜花さんがのしかかって来た。
無論服など着ているはずもなく二つの膨らみが俺を刺激する。
「触って頂きます」
「わっ!ちょ!?えっ!?なにっ!?」
突然の事態に混乱する俺を余所に桜花さんは俺の右手を掴み自分の背中へ導く。
「んっ…」
「わぁ!?……あれ?」
顔を赤らめる桜花さん。でも背中を触ったはずの俺の右手には冷たい感触があった。
「お分かり…頂けましたか」
立ち上がり背中を見せる桜花さん。
引き締まった身体とお尻に一瞬目が行ったが、背中が大きく開いており中にはコアのような青い水晶が収まっていた。
「背中が…」
「私は人間ではありません。桃花を元にして造られたアンドロイド、"桜花"です」
「……嘘だろ」
思わず腰を抜かしてしまった俺は情けない奴なんだろうか。


86 : リバース ◆ Uw02HM2doE    2010/08/19(木) 01:43:52   ID:uG2ca43Y0

海有塾の地下道場。俺はアンドロイドである桜花の話を聞いていた。
藤川家と美空家は昔から交流があったらしい。
桜花は10年ほど前に当時すでに相当の実力者だった桃花の能力を元に、「10年後の桃花」をイメージして造られたそうだ。
「上手く行けば戦力として大量生産予定でしたがコストがかかりすぎた関係で私が最初で最後のアンドロイドとなりました」
「さっきの青い水晶みたいなのは…」
「あれは私のコアです。記憶や制御など様々な管理、そして機能を果たしています。言うなれば心臓ですかね」
目の前に座っている桜花は誰がどう見ても人間にしか見えない。
でも彼女は確かにアンドロイドなのだ。
「10年前なのに今の桃花とそっくりなんだな」
「はい。そこは奇跡としか言いようがありません。ちなみに外観はしっかりしています。女性器もちゃんとありますが…」
「分かったからまた脱ごうとするな!」
メイド服を脱ごうとする桜花さんを慌てて止める。このアンドロイドはやたらと脱ごうとするから困る。
「会長や英は桜花さんのこと…」
「勿論お二人ともご存知ですよ。だからこそこうして私がここにいる訳ですから」
桜花さんが立ち上がり俺と距離を取る。…凄く嫌な予感がした。
「桜花…さん?」
「要様、構えて下さい」
「…やっぱりかよ」
英は言っていた。俺には桃花と戦って欲しいと。
そしてそのためにここにいて、目の前にはその桃花のアンドロイドである桜花さんがいる。
どう考えてもこれは…。
「それでは今から"対桃花実戦プログラム"を開始します」
平たく言えば"桃花"を倒すための特訓だ。
「やるしかないか…」
「行きます」
「っ!?」
それが合図だった。


87 : リバース ◆ Uw02HM2doE    2010/08/19(木) 01:44:54   ID:uG2ca43Y0

目にも留まらぬ超高速の動きで桜花さんが間を詰める。そして次の瞬間には
「はっ!」
「ぐっ!?」
同じく超高速の蹴りが鳩尾を狙って放たれていた。
反応…というよりほぼ防衛本能による反射で何とかそれを左腕で防ぐが堪えきれず吹っ飛ばされる。
「終わりません」
「…ちっ!」
壁への激突を受け身で何とか和らげるがその隙にまた間合いを詰められてしまう。
そして超高速の右足からの蹴りを
「っ!喰らうかよ!」
姿勢を低くして間一髪で避けた。俺だって師匠の元で鍛えているんだ。
一度見た技なら避けられる。そのまま右腕に力を込める。
「おらぁ!」
「甘いですね」
俺の右腕が桜花さんの腹部を捉える直前、彼女は身体を回転させた。
まるでダンスのように俺の右腕を避けて
「はぁ!」
「ぐはっ!?」
右足からの回し蹴りが俺の鳩尾を貫いた。
まさか最初の蹴りは回し蹴りの為のフェイク…か。俺はその勢いを殺せず壁にぶち当たった。
「…実戦プログラムを終了します」
「ごほっ!がはっ!」
鳩尾をもろに受けた為、息が出来なかった。そして強烈な嘔吐感を何とか堪える。
…ただ速かった。完敗だ。
「大丈夫ですか?」
気が付くと目の前に桜花さんがいた。手には救急箱を持っている。
「…はぁはぁ。いや、大丈夫…だ」
「無理をしないで下さい。腹部に痣を確認しました。処理します」
「…っ」
目にも留まらぬ速さで傷の治療をする桜花さん。近くで見ると本当に人形の様で何だがそわそわしてしまう。
…さっきの裸、綺麗だったな…いや、考えるな。考えちゃいけない。
「完了しました」
「あ、ありがとう桜花さん」
これ以上の接近は毒だ。桜花さんと距離を取る。
「いえ。…それから桜花さんは止めて下さい。桜花、とお呼び下さいませんか?」
「いや、でもさ…」
「………」
桜花さんにじっと見つめられる。…何か断りづらいな。
「…分かった。これからは桜花って呼ぶよ」
「ありがとうございます」
「その代わり俺も様付けは止めてくれない?何か慣れなくってさ。呼び捨てで良いから」
「分かりました。…要」
「おしっ!じゃあ改めてよろしくな桜花」
「こちらこそよろしくお願いします、要」
握手をする。彼女の手はとても冷たかったけれど何故か悪い気はしなかった。
「さあ、プログラム再開です」
「……ですよね」
とりあえず桃花と戦うまで身体が持つか心配だ。
最終更新:2010年08月22日 14:52