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229 :騎士と王女、忠義と偏愛 ◆KaE2HRhLms :2010/08/31(火) 01:27:55 ID:F10oRcq2

 少年は迷っていた。
 自分より身分の高い少女のお願いを断るべきか、叶えるべきか。
「お願い。私を連れて、お城の外に行って。外に連れて行って」

 少女は、一国の王女だった。
 娘を溺愛する王の元に生まれたため、城から滅多に出られない。
 外の世界に出られるのは、せいぜい年に二回。王の誕生日と、王女の誕生日のみ。
 王女は城の外の世界に憧れを抱いていた。

 去年の誕生日パレードで見た、美味しそうな飴を売る売り子さんの居るお店に行きたいわ。
 お父様が誕生日に食べていた、美味しそうな果物を食べてみたい。お城の中じゃなくて、お外で。
 パレードの行列はとっても長く続いているけど、どれぐらい長いのかしら。一度で良いから走ってみたい。
 お城の中じゃ、どれも味わえないんだもの。
 いっつも同じ場所で食事してるから、飽きちゃった。走ってもすぐに壁に当たっちゃうから、つまらない。

 野心に燃え、大陸の中で分裂した国家を、一代で制圧しまとめた王。その男の娘。好奇心は人一倍強い。
 いくら城内が広かろうと、十歳の誕生日を迎えた王女にとっては、退屈な場所でしかなかった。
 これまで遊ばなかった場所は、一つもない。

 少年は、王女の遊び相手として王に迎え入れられた、孤児だった。
 王女が生まれた日、戦争の後で荒廃した国を視察していた王が、気まぐれで拾った赤ん坊が、彼だった。
 そのため、二人の誕生日は同じ日になった。
 王女のように盛大に祝われることはなかったが、城の使用人全員から祝われた。
 少年と王女は、家族のように仲が良かった。
 王女のわがままとわんぱくぶりに振り回される役目を、彼は負っていた。
 そして、ついでと言わんばかりに、王女を止める役目まで任されていた。

「駄目です。外につれて行ったら、僕が王様に怒られてしまいます」
 王女が外に出たがる度に、少年はその台詞を口にした。
 今まではそれで引き下がるのだが、この日だけは引き下がらなかった。
「いや。連れて行ってくれるまで、ずっと今日は付きまとう」
「じゃあ、こうしましょう。いつか僕が王女を外の世界に連れて行きます。それまでは我慢していてください」
 あまりに王女がしつこいため、少年はそう言った。
 とりあえずこの場をしのげば、明日にはこんな約束は忘れているだろう。
 少年は、王女の性格をよく理解していた。
「わかった。絶対よ。絶対に私を、外につれて行って。その時は、あなたも一緒だからね」

 王女はそう言うと引き下がった。
 少年はそれきり、王女に言った約束を忘れてしまった。
 幼い少女の心に、どれだけ強く言葉が刻みつけられたか、理解せぬままに。



230 :騎士と王女、忠義と偏愛 ◆KaE2HRhLms :2010/08/31(火) 01:29:58 ID:F10oRcq2

 時は流れ、王女と少年は十八になった。
 少年はたくましい青年に育ち、騎士になっていた。国を守るために闘い、王族に忠誠を誓う職業に就いた。
 騎士になるまでは、平坦な道程ではなかった。
 様々な苦難があった。己の血を幾度も飲むほど、厳しい経験を経た。
 乗り越えられたのは、拾ってくれた王への感謝と、王女への愛情のおかげだった。
 王に報いるためには、騎士として生きるしかない。騎士になれば王女を守って戦うことができる。
 青年は、騎士になるための修行を毎日欠かさなかった。
 剣を振り、槍をかざし、弓を引き、盾を携えて走り、強くなった。
 そのために、多くのものを青年は犠牲にした。
 美味しい食べ物も、娯楽をもたらす書物も、若い女との会話も、全て、全て。
 犠牲にしたものの中には、もちろん、王女と過ごしたはずの日々も含まれていた。

「汝、これよりいつ如何なる時も、王の剣となる覚悟を負うと、誓うか?」
 厳正な空気に包まれた王の間。
 手を縄で縛られた鎧姿の青年が、大仰なドレスに身を包んだ王女の足下に跪いていた。
 騎士任命の儀は、王族の人間が執り行うしきたりだった。
 新たに騎士となる人間は、忠誠の証を見せなければならない。
「その覚悟を伴い生きると誓うなら、汝、行為で示せ」
 青年が恭しく、縄で繋がれた両腕を掲げる。
 王女は、天に向けて大剣をかざす。

 剣が振り下ろされる。
 青年の髪が数本床に落ちる。刃は青年を戒める縄を断ち切った。
「……汝、天に許された。今この時、王の剣は新たな力を得た」
 王女が大剣を鞘に収め、青年に差し出す。
「この剣を折らぬことを願い、我はこれを託す。受け取れ、王の剣よ」
「……確かに、御剣を賜りました。私は王の剣。
 王と民を守り、国の平和を尊び、発展のために命を賭し、生きる騎士となりました。
 天におわす主神と、王の信頼を裏切らぬ事を、ここに改めて誓います」

 王女が跪く青年の背中に手を伸ばし、抱きしめる。
 騎士任命の儀の、最後の締めだ。
「――今度は、二度と破ることの無いように」
 王女が耳元で呟いた言葉を、青年は確かに耳にした。
 それに確かな強い恨みが籠もっていることを、青年は感じ取った。



231 :騎士と王女、忠義と偏愛 ◆KaE2HRhLms :2010/08/31(火) 01:31:49 ID:F10oRcq2

 王国がパニック状態に陥ったのは、王女の十九の誕生日だった。
 城下町の大通りを行進するパレードが終わり、王女が馬車から降りた時、臣下の一人が王女の首を掴み、短剣を突きつけた。
 臣下は、王に制圧された国からやってきた刺客だと言った。
 王女を無事に返す代償として、自分たちの国の領土を解放するよう要求した。
 言い残し、刺客は立ち去った。王女と、王女を乗せていた馬車を道連れにして。
 警備についていた大勢の騎士は、誰一人として動けなかった。
 もちろん、王女を守るため騎士となった、新米騎士の青年も一緒だった。

 誘拐当日のうちに、王女救出のために国は総力を挙げた。
 国を守る最低限の戦力を残し、全ての騎士と兵士が捜索に向かった。
 単身で捜索に向かう騎士が居た。彼らは騎士の中でも、選りすぐりの実力を持つ人間達。
 例外も居た。
 複数人で捜索に出たのに、はぐれた振りをして、単独で行動を開始する無謀な騎士。
 まだ若く、実戦経験の少ない新米騎士。王女の幼なじみの青年だった。
 王女を目の前でさらわれたことが悔しくて、いてもたってもいられなかったのだ。
「絶対に助け出します、王女、待っててください」
 青年には、騎士の倫理より、個人的な感情の方が、行動に駆り立てるだけの説得力があるように思えたのだ。

 突発的な行動だったため、青年には食糧も貨幣も無かった。
 ある物は、全身を包むライトアーマーと、王女から授かった大剣のみ。
 行軍するために簡素化された鎧であろうと、朝から晩まで飲まず食わずで歩き回れば、力は尽きる。
 とうとう青年は喉の渇きに耐えきれなくなり、どことも知れぬ森の、大木の根元に座り込んだ。

 そして、眠りについた。
 喉の渇きのせいで、その晩に見た夢は、兜を被ったまま水瓶に頭を突っ込んで、抜けなくなるという滑稽なものだった。



232 :騎士と王女、忠義と偏愛 ◆KaE2HRhLms :2010/08/31(火) 01:34:49 ID:F10oRcq2

 水の跳ねる音を聞き、青年は目を覚ました。
 熟睡していたせいで、喉の渇きは限界に達していた。
 近くに水、おそらく河原がある。いったいどこだ、どこにある。
 水の音はまだ止まない。欲求で研ぎ澄まされた聴覚が、体を音源へ導く。
 青年は河原へ辿り着いた。山から流れ出る湧き水が河へ流れていた。底にある岩が見えるほど、透き通っている。
 水際に滑り込み、顔を水面に突っ込んだ。
 そして、思う存分青年は体を潤した。水が美味しいと感じたのは、久しぶりだった。

 喉を潤した青年は、ふと嗚咽の音を耳にした。若い女性の声だった。
 声のした方向を向くと、森の茂みから女性が姿を現わした。
 ところどころ破けた、かつては白かったであろう、ボロボロのドレスを身に纏っていた。
 青年は、そのドレスに見覚えがあった。
 女性の金の髪は乱れ、砂がこびりついていた。見たことのある意匠の施されたティアラが、女性の頭部に斜めに乗っていた。
 足には何も履いていない。裸足だ。無数の赤い線が、女性の白い脚に走っていた。

「王女! ああ! なんてことだ!」
 青年は女性に駆け寄った。近くで見ると、確かにその人は、王女だった。
 命を賭して守り抜こうと誓った、大切な王女だった。
「いったい……一体何が!」
「逃げてきたの。あいつらの目を盗んで」
 王女の喋り方は、王女らしさを失っていた。
 まるでどの町にでも居る、年頃の娘のよう。上品さなど、欠片もない。
「逃げてきた、とは」
「あいつらが寝静まった時に逃げたの。疲れていたみたいで、逃げるのは難しくなかった」
「それでは、体はなんともないのですか?」
「…………穢された」
「え――」
「あいつら、よってたかって私を犯したの。手を縛って、目隠しをして。
 ドレスを裂いて、大事なところをさらけ出して――貫いて、処女を奪った」

 青年は、どこまでも墜ちていくような、そんな絶望の心地だった。
 弱々しい目で、淡々と王女は語る。
「笑ってたわ。王女様、どんな気持ちだ、下賤な人間に犯されるのはどんな気持ちだ、って。
 答えたくなかった。でも言わされた。気持ち悪い、死にたい、って言った。
 そしたら、男達はまた笑うの。ドレスを全部脱がして、全裸にして、地面にねじ伏せて。
 股を強引に開いて、腰を叩きつけてくるの。動きが止まると、中に出されて。
 次の男が汚いモノを入れて、今度は下から貫いて、そのまま犯してくる。
 やめて、やめて、出さないでって、何度も頼んでも、やめてくれなかった。
 そうやって、地べたの上や、汚い男の上で強姦されるのが、王女様にはお似合いだ、って――」
「王女、もう、もう言ってはいけません!」
 青年が王女の体を抱きしめる。歯を食いしばり、涙を堪えて。
「思い出してはいけません。もう、もう!」
「忘れられると思う? こんな屈辱、忘れられない。
 もう、嫌。死んでしまいたい。こんな穢れた体で、お城には戻れない。お父様には会えない」
「それは……」

 黙っていればわからない。そう言おうとして、青年は口を噤んだ。
 王に隠し事をする、王に偽りを報告する。それは、騎士として最も重い罪。
 裏切りがばれてしまえば、極刑の後、死骸を無惨にさらされる。。
 過去、王に背いた者達は皆そうなってきた。王が重用していた臣下であろうと、それは変わらなかった。
「お願い。何も言わないで、私に従って――お願いを聞いて。
 私は城に戻らない。これからは、庶民の女になる。
 王族も、お城も、煌びやかな衣装も、全て捨てる。
 遠くへ行きましょう。お父様から逃げるの。お父様の目が届かないぐらい、どこか遠くへ。
 一緒に来て。これは王女としての命令じゃなくて、家族としての、お願い」
「……わかりました。行きましょう」
 青年はこの時、騎士としての誇りを捨て去った。
 王女は青年の返事を聞いて、満足そうに微笑んだ。嬉しくてたまらない、という風だった。



233 :騎士と王女、忠義と偏愛 ◆KaE2HRhLms :2010/08/31(火) 01:38:03 ID:F10oRcq2

 青年と、元王女は、小さな集落で居場所を見つけた。
 そこは離れた町と町を結ぶ、宿場のような場所だった。
 あるものは家屋、食糧、水ぐらいのものだったが、二人にとってはそれだけでありがたかった。
 そこに長く住んでいるのは、町での生活に飽きた人間ばかり。全部で六人。
 うち、男性は二人、女性は四人。
 そこに青年と元王女が住むようになり、男女一人ずつ増えた。

 小さな宿場とは言え、人が住んでいる以上、蓄えはある。
 わずかな蓄えを狙って襲ってくる野党を遠ざけるのが、男達の仕事だった。
 今は騎士ではないが、青年は厳しい試練を乗り越えて騎士になったほど、腕が立つ。
 元王女は、好奇心旺盛な性格もあり、物事を覚えるのが早かった。
 豪奢な料理を味わってきたため、舌が肥えていて、味覚が鋭かった。
 料理は、元王女の負けん気を刺激する最高の趣味となった。
 青年と元王女は、すぐに集落の人間に気に入られた。
 素性が明らかでなくても、集落の人間にとっては、それは些末なことだった。

 だが、元王女には気になることがあった。
 この集落には、男が少ない。若い男は、青年一人だけだった。
 残る女達は、指導役を請け負う経験豊富な中年の女性を除き、全員が若い女ばかり。
 中には、元王女より年下の女まで居た。
 それだけならまだ、元王女の心は平静でいられただろう。
 しかし、男日照りの環境にいた、若い女の情欲が青年に向くまで、それほど時間は掛からなかったのだ。

 ある日のことだ。
 元王女は集落を訪れた大勢の商人のための料理を作り、青年から長い間目を離してしまった。
 ようやく料理を作り終え、青年の元へ向かった時、彼女は見た。
 青年と、自分より年下の若い少女が、森の茂みから出てくるところを。
 二人が何をやっていたのか。そんなことはどうでもよかった。
 青年の隣を歩く少女を見て、元王女の怒りは真っ赤に燃え上がった。
 すぐさま少女を押しのけ、青年の隣の位置を取った。
「おう……いや、どうしたんだい、そんなに顔を赤くして?」
 青年の服から漂ってくる、少女の匂いがうっとおしくて、たまらなかった。
 
 翌朝、商人達が出発する直前。
 元王女は、一人の商人に、小さな宝石と小包を手渡した。
「その宝石はあげる。好きに使ってくれて良いわ。
 ただし、条件があるの。その小包を、この国の王様のところへ届けて。
 上手く届けてくれたら、そんな小さな宝石よりも素晴らしいお宝を、あなたは手に入れる。
 頼まれてくれるかしら? なんなら、もう一つ宝石をあげましょうか?」
 元王女の自信に満ちあふれた言葉に、商人は力強く頷いた。



234 :騎士と王女、忠義と偏愛 ◆KaE2HRhLms :2010/08/31(火) 01:39:54 ID:F10oRcq2

 それから、青年と元王女が城に連れ戻されるまで、三日ほどかかった。
 青年は、すぐさま牢屋に閉じ込められ、拷問にかけられた。
 その全ての責めを、青年は受け止めた。
 王女が穢されたのは、自分のせいなのだと、青年は信じて疑わなかった。

 王が問題としているのは、青年が王女を連れて集落に紛れていたことだった。
 王女を連れ戻したなら、すぐさま城に戻り、その旨を報告する義務が、騎士にはある。
 義務を怠り、王を欺いた者は全て反逆した者だと、王は厳格に決めていた。
 しかし、青年の場合は私情を挟まざるを得なかった。
 青年を殺してしまえば、王女が悲しむのではないか。それに、長年育ててきたから、情もある。

 王族のみの会議の場で、王はとうとう、青年の処分を口にしようとした。
「お待ちください、お父様」
 王女は、物怖じせず、大勢の王族を前に告げた。
「私を見つけ、あの集落に連れていったのは、彼ですわ。その責は問うべきでしょう。
 しかし、彼が最初に私を発見したのも事実。そこは彼の功績でしょう。
 皆様は納得されないでしょうから、ここは私に処分を任せていただけないでしょうか?
 彼の忠誠心を試すために、最適の方法があります」
 王族は、黙って王女の言葉を聞いていた。
 毅然とした態度を取る王女の言葉からは、青年に対する甘さが一片たりともにじみ出ていない。
 しかして、王女は青年への処分を口にする。

 その言葉は残酷なものだった。
 王を含む王族にとってはもちろん、口にした王女にとっても。
 王女は、自分がこれほどに黒い考えをできる人間なのだと知った。



235 :騎士と王女、忠義と偏愛 ◆KaE2HRhLms :2010/08/31(火) 01:43:24 ID:F10oRcq2

 青年が人を殺めたのは、その日が初めてだった。
 それまでは模擬戦闘ばかりで、真剣を他人に向ける機会がほとんどなかった。
 生身の人間に対して、真剣を向けるなど――もとより優しい性格の青年には、非常に辛いことだった。

 王族に背くものに、死を。
 騎士の甲冑を纏うことを許された青年に課せられた使命は、王国に危機をもたらす不穏分子の抹殺。
 青年と王女が隠れ住んだ集落は、反乱分子の巣窟である。殲滅せよ。
 それが、国の最高権力者である、王の命令だった。
 騎士にとって、王の命令は絶対。青年は王の命令に、盲目的に従った。
 集落の人間が反乱分子だと王が決めたなら、そうなのだ。
 どれほど世話になった人達であっても、王の剣なら、殺さなければいけない。
 それが、この国の騎士の倫理だ。

 大剣を振りかぶり、切りつける。
 この辺の地面には石ころが多いから、倒れたら投げろ。そう教えてくれた、ルイスさん。
 彼の大きな腹から内臓が飛び出し、地面を赤黒く染めた。

 振り返り様、水平に一閃。
 もうすぐこの集落に人間がたくさん来る。それまでは一緒に頑張ろうぜ。ゲインさんは肩を叩いて励ましてくれた。
 彼のこめかみに大剣が食い込み、頭が爆発して、目玉と脳漿が宙に飛んだ。

 鉄兜に小さな衝撃。青年にダメージは無い。
 遠慮しないでたくさん食べな。ちょっとでも残したら承知しないよ。ロザリーおばさんの言葉はきついけど、暖かかった。
 今飛んできたばかりの包丁を手に取り、投擲。彼女の悲鳴と一緒に、ドサリ、という音がした。

 これは僕の罰だ。僕が悪い。
 僕が騎士の倫理を裏切って、単独で行動したから、全ておかしくなった。集落の人間を殺したのは、僕の意志だ。
 一人一人、青年は集落の人間の命を奪っていく。
 深夜の奇襲だったため、住人は皆、家屋の中で寝ていた。
 この時間を選んだのは、自分の姿を見られないため、そして親しんだ人の死に様をできるだけ見ないため。
 しかし、逆効果だった。
 外では激しい雨が降り続け、雷まで鳴っている。
 暗闇、激しい雨、体を揺さぶる雷。全てが、青年にとって忘れられない記憶として刻まれるだろう。
 初めて人を殺したという、忌まわしい記憶と共に。

「あ……あぁぁ……」
 最後の一人は、一番仲の良かった少女だった。
 名を、エイミーという。ファーストネームだけしか、彼女は教えてくれなかった。
 あの夜。大勢の商人が訪れた夜、エイミーは青年を誘った。
 彼女の身体は暖かかった。
 王女を守れず、自分を責めてばかりいた心を、癒してくれた。
「おねがい、たすけて……」
 助けたい。でも、それはいけないんだ。
 もう僕は、国を――王女を裏切れない、傷つけられない。
 騎士になったその時に、僕は誓ったんだ!


 そして、叫びは雷鳴にかき消される。


236 :騎士と王女、忠義と偏愛 ◆KaE2HRhLms :2010/08/31(火) 01:45:36 ID:F10oRcq2

 それからずっと、青年は騎士であり続けた。
 忠誠を誓った王が死に、新たに女王が王位に即位した時には、女王の側近の地位についていた。
 女王の傍に居て、守り続ける。いつまでも変わらない、彼の騎士としての誓い。
 他の騎士は、彼のことを血も涙もない人間だという。
 女王の言うことを忠実に守るだけで、己の意志を持たない、剣みたいだと。
 その中傷は、彼の姿を的確に言い表していた。

 後輩の騎士が噂話をしていても、彼は何も感じない。
 青年の生き方こそが、青年にとっての、騎士の在り方だからだ。
 女王に逆らわず、純粋な王の剣として、玉座に座る王に頭を垂れる。
 彼は、そうやって生きていくしかないのだ。
 誰かに間違っていると言われても、老齢の騎士団長にねじ伏せられても、彼は考え方を変えない。
 正義とは、自分自身で決めるものだから。

 夜が訪れ、青年は女王の部屋を訪ねる。
 王族の誰も通されない、二人きりの会議。
 何が行われているのか、城内の誰も知らない。
 知っているのは、女王と側近の騎士の二人だけ。
 二人だけの、秘密の遊びだった。

 女王は最も忠実な騎士をベッドに招く。
 そして、全く同じ言葉で、誘うのだ。

「今夜も、私と一緒に居てくれるわね?」