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「大丈夫? しみて痛かったら、言ってね?」
「ああ、まだ平気だよ。そのまま続けて」
 高校の保健室。ただいまの俺は、そこで葉月さんの治療を受けている。
 保健室の鍵は、都合良くかけられておらず、俺と葉月さんはあっさり中に入ることができた。

 主に顔の具合が酷い。普段は誰にも顔の造りについて言及されないが、今の顔を見たら一転、誰が見ても酷いと言うだろう。
 それぐらい、弟に殴られた。擬音で表わすなら、ボコボコと。
 幸いなことに、ところどころ変色しているものの、腫れは酷くない。口の中はずたずたに切れているけれど。
 兄に対してここまでやるとは、弟のキレっぷりは半端じゃない。
 あそこで葉月さんが、マウントポジションを取った弟を蹴り飛ばさなければ、この程度の怪我じゃ済まなかった。
 溜まりに溜まった鬱憤は爆発するととんでもない威力になるという、わかりやすい実例である。

 ガーゼを両の頬に貼り付けると、葉月さんは言った。
「とりあえず、おしまい。お疲れ様」
「ありがとう。上手だね、怪我の治療するの。経験があるから?」
「うん。お父さんと稽古して怪我したら、お父さんが手当してくれるけど、自分一人の時は自分でやるしかないから。
 これでも、結構体に痣とかあるんだよ。見てみる?」
「いや、いいよ。わざわざ見せなくても」
「そう言わずにさ、ほら」
 ぺろりと、葉月さんがセーターをめくり、お腹を見せた。
 躊躇いがない。ブラがちらりと見えている。
 葉月さん、もうちょっと恥じらおうよ。あけっぴろげすぎる。
「ほら、この肋骨の所とか」
「いや、あの」
「背中も見てみる? 背中は着地に失敗することがあるから、よく痣ができるんだ」
 そう言うと、葉月さんは振り返り、背中を見せた。
 見ると、たしかにうっすらと怪我の跡のようなものがある。よく見ないと、さっぱりわからないが。
 遠目に見るぐらい、たとえば葉月さんが水着を着たとしても、他人の目にその傷跡は留まらないだろう。
「どう、かな」
「……どう、と言われても」
「どうでしょう?」
「どうでしょうじゃないし」
 なんて答えようか迷ってるだけだし。
「あ、いっそのこと、全部見てみる? そうしたら、どれだけ怪我してきたかわかるかも」
 静止の声はなぜか喉に引っ掛かり、咄嗟に出なかった。
 そして、葉月さんはセーターを脱ぎ、ぽいっと後ろに放り投げた。
 彼女の上半身を隠しているのは、淡いピンクのブラだけだった。
 はっきり言おう。俺が女性の下着姿を、一対一の状況下で目にするのはこれが初めてだ。
 当たり前である。女性と深い関係を結ぶまで、親密になったことがないのだ。
 そんなわけだから――葉月さんの姿を見て、劣情を催すことになるわけで。
 胸の谷間がいやらしいとか、膨らんだそれがどんな感触なのか知りたいとか、もちろん思うわけで。
 今は弟と幼なじみの非常事態だというのに、それを投げ出したい気分になっているわけで。
「……寒くないの?」
 我ながら実に間抜けで、的確でないツッコミ。
 よくそこまで朴念仁を気取ることができた、と褒めてやりたい。
 しかし、もっと他に言うことがあるだろうに。
「寒くなんかないよお。もうとっくに熱いし、早く脱ぎたいと思ってたの。
 それに、それにね……早くこれ以上脱ぎたいな、なんて。そして――」
 あなたに見せたいな、と。
 にじり寄ってきた葉月さんは、耳元でそう呟いた。
 俺が座っているのはパイプ椅子の座面で、背後には壁しか無くて、これ以上下がることができない。

 葉月さんが俺に抱きついてきた。
 柔らかかった。最初に抱いた感想はそれ。
 抱きつかれたまま、腰が椅子からずり落ち、床に二人揃って倒れる。
 ここでも葉月さんは俺の身体の上にいた。なんだか既視感を覚えるのだが、気のせいか。
「ねえ……このまま、二人でさ。その……せ、せっ……く、す、しない……?」
 長い髪が垂れていて、その隙間から葉月さんの、これまでになく紅潮した顔が見えた。
「そうしようよ。あなたは経験あるかもしれないけど、私はない。
 だけど、体力には自信があるから。なんでもできるよ。あなたのしたいこと、なんでも受け入れるよ。
 本当はちょっと……だけど。呼び方を変えて欲しいんなら、そうするから。ねえ……お、お兄さん?」
 ――うわ、不覚にも心臓が高鳴った。
 お兄さんとか呼ぶの、妹だけだ。
 なんだこれ、なんだこれ。葉月さんは妹じゃないのに、葉月さんは葉月さんなのに。妹は妹なのに。
 なんでここまで興奮するんだ。
 やめろ、俺! これじゃまるで、妹に迫られて困ってる兄みたいじゃねえか。
 俺はそんな汚らわしい輩とは違う。妹は守りたい大切な存在なんだ。

「お……お兄ちゃん、私ね……お兄ちゃんと寝たいの。……ダメ?」
 ちょ、やめて。お兄ちゃんとか言わないで。
 妹から呼ばれたい代名詞ナンバーワンだけど、この場では言っちゃいけない。

「先輩。葉月は……葉月は、先輩と、えっちなことを、その……したい、です」
 ここでなんらかの台詞を吐かない自分を褒めてやりたい。
 今なにか言おうとしたら、きっと気持ち悪い笑い声が飛び出すに違いない。
 というか、なんでいきなり妹から後輩キャラへシフトしたんだ?
 これはこれでアリなんだが……いや、違う違う。興奮なんかしないって。
 音がするぐらい、ぎゅーっと抱きしめたいとか、思ってない。俺をそう思わせたら、たいしたもんだよ。
 実際、今の葉月さんはたいしたもんだけどな!

「ご主人様。最近ごぶさたではございませんか?
 葉月は寂しいです。……飽きてしまったのですか? そんな無体なことはおっしゃらないでください。
 葉月はいつだって、ご主人様のために、我慢してきたんです。
 屋敷に訪れる殿方の誘いは全てお断りして、夜にご主人様が呼んでくださることを、待っていたのですよ」
 次はメイドさんか! 葉月さんは美人メイドか!
 メイドに手を出す屋敷の主人とか、鼻で笑っていた俺であるが、これは笑えない。
 葉月さんの脳内でどんな舞台設定があるんだろう。聞いてみたくてたまらない。
 いやしかし、はしたないメイドさんだな。
 結婚した屋敷の主人と夜の営みをするとか、浮気どころか不倫だよ。はしたないより、いけないという言葉が相応しい。
 そんなはしたないことしちゃいけないよ、メイドさ――葉月さん。

「先生! 私、卒業しても先生と別れたくなくって……だから、言います!
 好きです! 結婚してください! 先生の体が欲しくて、火照って、どうしようもないんです!
 卒業したから、もう子供の心配なんかしないで。私を、生身で愛してください」
 駄目だよ、葉月君。僕には葉月さんという女性が――じゃねえ。
 教え子、生徒役? こりゃまた、後輩とメイドさんに匹敵するレベルの、人を選ぶ属性キャラだ。
 俺には教師の気持ちはわからないから、フロイトさん的リビドーは覚えない。
 でも、葉月さんが可愛いからよし。しかし君はまだ高校生だろう。もうすぐ三年生になるんだから。

 なんだかじわじわと、自分が駄目な人間になっていくような気がする。
 このあたりにしておくとしよう。
「どうしたの、お父さん?」
「今度は娘役ですか。……あの、聞いてくれないかな、葉月さん」
 葉月さんの肩を掴む。柔らかく、俺の手よりも冷たい。
「なあに? やってほしいキャラクターがあるの? にゃあにゃあ?」
「猫は嫌いじゃないけど、そうじゃない。俺の言いたいことは違う。
 葉月さん、今は葉月さんとくっついている場合じゃない。わかるだろ?
 このままだと、弟は駄目になる。家族から離れていってしまう。そんなの、俺は認めない」
「……弟君の意志は?」
「意志も何もあるもんか。あいつが独り立ちするのは、その時期が来てからだ」
「それは具体的にいつなの?」
「さて。あいつが高校を卒業する頃か、進学して一人暮らしする頃か、就職する頃か。どれだかわからないよ。
 けど、少なくとも今ではないことは確かだ。あまりにも無計画すぎる。あれじゃ、花火と共倒れするだけだ。
 ……力を貸してくれ、葉月さん。君の力が必要だ」
「誘い方、上手ね。でもいまいち、納得できないかな。
 私は、弟君の気持ちがよくわかる。あなたがいいって言ったら、すぐにでも家を出て、二人で暮らすわ。
 一年待てばいいって言うかもしれないけれど、待っていられないの。
 仮に、あなたが私のことをいっぱい愛してくれたとしても――」
 キスされた。
 油断していたわけじゃないのに、避けることもできなかった。
「それとこれとは別。今の生活じゃ、邪魔をするものがあまりにもありすぎる。
 あなたとこうやって二人きりになれる機会を、私がどれだけ待ち望んでいたと思ってるの?
 手伝って欲しいのなら、私を納得させてみて。
 それができないなら、私はあなたを手伝わない。このまま、最後までしちゃうわよ」
「わかった。言うよ。俺がどうしてここまでして、弟を止めたいと思うのか」
 理論立てて、これこれこういうことだからこうなんだ、とは説明できない。
 だから――俺が口にするのは、ただの感情論だ。
 野球の試合だったら、九回裏の一点差で追い詰められた状況で、何の工夫も凝らさない球を投げるようなもの。
 打たれたらそれまで。三振なら万歳。
 そんな馬鹿げた行いだからこそ、信じて言うしかない。

「俺は、まだ家族と一緒に暮らしていたい」
「……それが理由?」
「ああ。それ以上に強い理由はない。
 節操なしの父親と、常識無しの母親と、阿呆な弟と、お子様な妹と一緒に、もうちょっとだけ暮らしたい。
 いつかバラバラに生活すると思う。その時は、きっと受け入れる。
 でも、今じゃない。無計画のまま、恋人と暮らしたいなんていう、無鉄砲な考えを持って飛び出した弟は、止めなきゃいけない。
 それが、弟を家から出したくない理由だ」
「……実に独りよがり。他人の気持ちを考えない、浅慮ぶりね」
 でも、と前置きして、葉月さんが言う。
「その単純な思いと、堂々と主張できる強さに、私は惚れたのよ。
 そんな部分が無いと、あなたじゃないもの。今の言葉、あなたらしくて、最高よ」
「…ありがとう」
「手伝ってあげる。弟君には悪いけど、私は弟君よりもあなたの方を優先する。
 言っておくけど、今回だけだからね。またこんなことがあっても、たぶん手伝わないわよ」
「十分だよ、それでも」
 そう言って、葉月さんの体を抱いて、感謝の意を込めてキスをした。
 自分からするのはこれが初めてだな、なんて思いながら。


 止めに行く、とは言ったものの、肝心の弟がどこに行ったのか、そこまでは掴んでいない。
 弟と妹を捜していて、偶然遭遇するというケースが、最近はままあった。
 しかし今回ばかりは弟の行き先がわからない。花火も一緒に居るから、勘が働かないのだろうか?
 どうしたものか、と考えながら学校の正門から出て、街へと続く坂道を下っていく。

 車道が見えた。ひっきりなしに車が行き交うほど、住民に使われているわけではない道路。
 そこから、俺の居る方向、学校へ向かって入り込もうとする車があった。
 白の四駆。車種名は知らないが、たぶんお高いんだろう。ルーフが俺の身長より高い位置にあるし。
 その車が結構なスピードを出して坂道を登っていく。徐行しろや、暴走車両。
 一体どんな阿呆が乗っているのかと、運転席を見てみると――見慣れた顔があった。
 ボリュームたっぷりの四駆には似つかわしくない、やせ細った女――藍川京子である。
 だが、名前を浮かべた時点で車は俺の横を通りすぎており、手を振って合図することもできなかった。
 寂しさを覚えつつ、振り返って車の背中を見送る。
 すると、耳障りな音と一緒に、車が急旋回した。
 坂道の舗装が削れたんじゃないか、と心配させる類の音。
 あれはスピンターン、とか言うんだろうか。自動車世界の用語に明るくない俺にはわからない。
 しかしまあ、よくやる。車の全長と坂道の幅はほとんど変わらないっていうのに、車体の何処もぶつけてない。
 ああいう曲芸を見せられると、ジェラシーを覚える。同じ趣味の友人がやると、特に。

「ジミー君! 澄子を見なかったか?」
 俺の目の前に車を着けた藍川は、開口一番にそう言った。
「澄子ちゃんか? いや、今日はまだ見てないが」
「じゃあ……君の弟は!」
「あいつならさっきまで一緒だったけど、それが?」
「あの女、人をタクシー代わりに使っておいて、いきなり飛び降りたんだ。
 ジミー君の家に向かっている途中だ。何かを見つけて、即座に動いたように見えたんだが……あのAカップめ!
 人をなんだと思ってる! おかげで張り込むしか脳のない白バイに呼び止められてしまった!
 点数は引きませんけど、走ってる時は扉をロックしてくださいね、じゃない! 
 そんなどうでもいいことに労力を使っているから、お前らが嫌いなんだ!」
「……落ち着け、藍川。俺の弟がどうかしたのか?」
「もしかしたら、道中で君の弟を見かけたんじゃないかと。だったら、車からいきなり飛び降りる理由がわかる。
 今の澄子が必死になれるのは、君の弟に関することだけだ」
「じゃあ、澄子ちゃんは弟を追ってるのか? 俺もあいつを捜してるんだ」
「なら、ついでだ。乗れ、ジミー君と……彼女さん。一緒に捜そう」
 
 藍川の車は、後部座席まで広かった。この車に乗る時は、いつも助手席だったが、今日は後ろの席だ。
 天井が高いし、足下に余裕がある。ドリンクホルダーに、エアコンの通風孔まである。
 この車、どうみてもうちの父の車より高い。
 父は十年ぐらい同じ車に乗ってる。もし、あの車の新車価格を全額投入しても、藍川の車は買えなさそうだ。
 藍川はどう見てもお嬢様という雰囲気じゃない。プラモ作りが趣味のお嬢様がいたら、それはそれで……いいが。
 しかし、良いとこ育ちでなくても、この車を所有しているのは事実。
 まあ、他人の懐事情について首を突っ込むつもりはさらさらない。
 親に買ってもらったんだろう。そういうことにしておく。
「なあ、ジミー君」
「ん、なんだ?」
「隣に居る彼女はどうしたんだ? なにやら俯いてばかりだが、乗り物酔いしやすい質なのか?」
「葉月さん、どうした?」
 葉月さんは一言も喋らないどころか、藍川に見られないように前座席の影に隠れるように、縮こまっていた。
「気分が悪いんなら、一応エチケット袋を持っていてくれないかな。あまり汚したくないから」
「だ……大丈夫よ。なんでもないから、気にしないで頂戴」
「無理はしないでくれよ。無理してもらったら、私が困る。いやもう、本当に困るから、やめて」
 車酔いしやすいという話は聞いたことがない。
 もしや、葉月さんは藍川が嫌いなのか? 昨日家で遭遇した時はそんな素振りを見せなかったが。
「こんな形で、またこの車に乗ることになるなんて……」
 と葉月さんは呟いた。
 ……もしかして、過去に父親がこの車と同じ車種に乗っていて、乗り物酔いしたことがあるとか?
 それならば、葉月さんがこうしているのは、乗り物酔いしないためなのだと理解できる。
 今の葉月さんには、あんまり喋りかけない方がよさそうだ。

「ジミー君、君の弟が行きそうな場所は?」
「それが、今回ばかりはさっぱりと。今までは勘が当たってたんだけどな。
 澄子ちゃんが飛び降りたのはどのあたりだ?」
「ああ、たしか――」
 藍川が説明した場所は、藍川の家から俺の家へと続く道の途中にある、個人経営の店が並ぶ商店街のようなスポット。
 商店街とは言っても、おしゃれだったりするわけではない。
 お店の経営者は年配の人ばかりで、お店に入りにくく、なかなか足を運べない。
 数年前に、街の人口に合わせた規模のデパートができたせいでもあるだろう。
 そっちはショッピングモールだから、店舗が集中していて、買い物をしやすい。店員が若い人ばかりだから、中高生にも立ち寄りやすい。
 デパートが出来ようと出来まいと、あの商店街には影響がないと思われる。
 ああいう店舗は横の繋がりで成り立っているから、固定客を確保している。
 それに、デパートで買い物をする層は、商店を利用していなかった人間ばかりのはず。
 浮いている顧客層がデパートに流れただけであり、商店街の人々がデパートを敵視するのはお門違いだ、というのが俺の見解だ。
 そんなことを堂々と言ったら、地元の商工会の人々にボコボコにされるから、決して言わない。
「あの辺りだと、バスに乗って移動できる」
「行き先の予想はできるか?」
「無理だ。だって、あいつらが行きそうな場所なんて――いや、待て」
 バスで移動するとしたなら、ひょっとして。
「藍川、澄子ちゃんが車から飛び出した時刻は?」
「……午後一時は過ぎていたかな。正午に昼食をとってから、澄子と一緒に出掛けたから。
 最後に時計を見たのは、車のエンジンキーを回して、オーディオに表示されたデジタル時刻を確認して、十二時五十五分。
 私の家から商店街に着くまで、十分から十五分。だからあいつが降りたのは、午後一時五分以降ってところじゃないかな」
 と、いうことは――もしかして。

 携帯電話を取りだして、写真フォルダに残ったままの、バス停の時刻表を確認する。
 なんでこんなものを写真撮影しているのかというと、商店街に何度か足を運んだことがあるからだ。
 盆や正月の時期、他の家族が祖母の家に帰ったのに、俺一人でたまに家に残ることがある。
 年内に終わらせておきたい作業が残っているのだ。主に趣味関連で。
 すっきりさせないと年を越せないという思い、日本人ならわかるはずだ。
 すると、俺はたった一人で実家に帰らなければならなくなり、移動手段を確保しなければならないわけだ。
 その移動手段こそが、バスなのだ。駅のないこの街においては、遠出するために必須の手段。
 商店街のバス停は、長距離移動するバスの停車する、この街で唯一の場所。
 そこの時刻表を携帯電話のカメラで撮影し、保存するのは当たり前。
 なにせ、一本逃してしまったらそれから一時間、下手すれば二時間以上は待ちぼうけすることになる。
 到着十分前にバス停で待っているのは、利用者間限定の常識だ。

 バス停の時刻表では、午後一時台に到着するバスは一本のみ。
 ――午後一時三十五分。これだ。弟と花火が利用するなら、これしかない。
 反対の車線にもバス停はあるが、こっちを利用することは考えにくい。
 そっちを利用しても、たった十分走って、バス会社の敷地に着くだけ。終点。他の交通機関への乗り継ぎは無し。
 午後一時頃に、澄子ちゃんは藍川の車から降りた。三十五分に発車するバスを待つ、弟たちを見つけて。
 そうなると、弟たちは澄子ちゃんと遭遇して、おそらくバスに乗ることを諦める。
 次の行き先はどこだ?
 花火と澄子ちゃん、あの二人が遭遇したなら、何をする?
 あの二人は弟を巡って、ぶつかり合う。それでは、その場所は?

「――藍川、場所がわかった。道案内するから、そこに向かってくれ」
「早いな。やはり君を拾って正解だった。
 澄子の憧れの弟君を捜すなら、ジミー君をカーナビ代わりにするのが一番だ、ってね」
 俺の案内に従い、藍川が車を加速させる。
 現在時刻は、午後一時三十分。
 去年の年末も、俺はこの時刻にはバスに乗って祖母の家に向かうために、バス停で待っていた。
 また今年も利用したいものだ。現在の混乱した状況を解決して。