701 : ◆fyY8MjwzoU :2010/09/08(水) 00:46:52 ID:qOFIA8eP
「はぁ……」
「どうしたんですか? 藍さん」
 今日は正敏と会長と一緒に藍さんの喫茶店に来ていた。
 どこか元気のない藍さん。どうしたのだろうか。
「きっとあれだな。ふむ。ズバリ恋の悩み」
「違いますよ。私は恋で悩んでいません」
「なら~どうして~悩んでいるのですか~」
 少し溜めてから藍さんはこういった。
「あなたたちが学校サボって私の店に来ているのに困っているんです」
「うぐっ」
 現在四時間目……正直悪いことをしたと思っています。
「別に~一回ぐらいサボたって~大丈夫ですし~」
「平気だ。生徒会に所属しているため学校のためにすることなら基本許される」
 俺はこの二人の暴走をいい加減止めたほうがいいのだろうか。
「ここでゆっくりすることがどう結びつくのですか?」
 藍さんは当然の質問をする。正直自分も聞きたい。
「ここでゆっくりするといい案が出るかもしれないだろう」
「なるほどー。それは一理あるかもしれませんね」
「いや! 一理もないから! 確実にサボりの口実ですから!」
 自分の周りには常識を持った人は少ないのだろうか。
「落ち着いて~」
「正敏……」
「あんな~つまらない~授業なんて~サボって当然だよ~」
「このばかやろっ!」
「げぶらっ!」
 ついついグーでなぐちゃった。まあ正敏だしいっか。
「会長。今日はいいですがさすがに二回目はないようにしてくださいね」
「ああ、わかった。今度からは卓也は誘わないようにしよう」
「いや、授業めんどくさいので誘ってください」
「本音出ていますよ卓也さん……」
 はっ! 何やっているんだ自分は!
「それで~本当のところは~どうなのですか~」
 正敏が珍しく真っ当に質問をした。珍しい。本来それこっちの役割なのに。
「えー……それはですね。嬉しい悲鳴ではあるのです。お客さんが多すぎて手が回らないというのが少々」
 なるほど。嬉しい悲鳴であることは間違いないだろう。けれども人が多くなると手が足りなくなるのも事実……
「そうか……それなら。私を使ってみないか?」
「葵……さんをですか?」
「ああ、私は基本的に暇人なのでな。それに暇人つながりで卓也も入れれば大分楽になるだろう」
 人の意見を聞かないで話進めるよね。ほんと。
「それはいい考えですね。なら自給700円でアルバイトしませんか?」
「いやアルバイト代は残ったデザートを毎日くれるだけでいい。残らなかったらつくってくれ」
「それはそれでいいですね。ではそれでお願いしますね。あ、今日からでよろしいですか?」
「ああ、かまわない。どうせ今日は生徒会会議なんてないからな」
「明日からなら僕も~参加するから~。僕のバイト代も同じくデザートで~」
「それなら自分はバイトしないので」
「「拒否権は無い」」
「ですよねー」
 ということで生徒会重要ポジションの三人はバイトに精をだすことになった。


702 : ◆fyY8MjwzoU :2010/09/08(水) 00:47:16 ID:qOFIA8eP
「はいこれ制服です」
 そう言われ手渡される制服。清潔感がある服装だ。……。
「店長、これ女ものです」
「ごめんなさい。男の子用の制服は在庫切れで」
 この人経営者として駄目だと思うのだが。
「すまない卓也。私がここの男子制服を買占め正敏に渡して屋敷のメイドに男装キャンペーン銘打ってタダで渡さなければ」
「狙ったよね! それ確実に狙ってやったね!!」
「なにを言うか。私は正敏の屋敷のメイドにはお世話になっているからこれくらい当たり前だ」
 しかしその行動は俺にむけてとても悪意あるものに感じてしまう。
「ごめんなさいね。卓也さん。私もついつい女装した卓也さんが見たくて。いいよね卓也ちゃん。女の子だもんね」
「俺は男です!!」
 このままじゃ話がすすまない……仕方が無い。
「エプロンだけ貸してください。学校の制服で働きますから」
「エプロンなんてありません」
「その腰の物体はなんですか!!」
「いいじゃないか。妹を助けた時だって女装したし去年の学園祭でも女装しただろう」
「ぐ、ぬー!!」

「これでいいかよ!!」
 渡された制服を着た。脛毛を剃り腕毛も剃りウィッグを装着してウェイトレス服を着る。
 なぜかサイズが少し小さい気がする。ニーソックスが少し食い込みすぎてる気もする。
「ぐっしょぶです~は~……」
 藍さんは顔がとろけきっているように見える。
 なんかむず痒い気もするが会長が笑いを堪えているので苛立ちしか覚えない。
「でもこれじゃばれると思いますよ。顔の土台が土台ですし」
 藍さんはどこからともなくポーチを取り出した。
「安心してください! 私が化粧しますから。それにかわいいですから平気です」
「い、いえ結構です。それより学生服じゃだめですか?」
 なんかいやな予感しかしないので逃げる準備をしようとする。
「ふふふ、逃げれると思うか」
「えへへ、そうですよ~」

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「二名だけど、壁際の席あいてるか?」
「ええ、あいていますよ。ご案内しますね」
 ……屈辱だ。物凄く。
「お嬢さん、もしよければ俺たちとお茶でもしませんか」
「あなた方のような気持ち悪くて男らしいところもなくナルシストでこのような場所をいかがわしい店と同じように扱うかたとのご同席は当店では実施していませんので遠慮したします」
「あ、ああそうですか……」
 ま、引き受けたことだし明日には男物も準備できてるだろうし頑張ろう……はっ! ……女装にそこまで抵抗がなくなっている自分がいないか!?
「ご注文はお決まりですか」
「あなたを一つ」
「ギャル男の丸焼き一つですね。今かまどへ持ち運びますので少々お待ちください」
「すいませんでしたー!」
「謝罪したいのならこの一番高いメニューを三つ頼んでくださいね。ディナーセットではなくて単品で」
「はい!!」
 たまたま懐に抱えていた担架を近くの壁の担架入れにいれておく。意外な使い道があったな担架。
 邪魔だから運んでおいてといわれたか運んでいただけなんだけど。
 それにしても男ってばれないのだろうか。って! またドアが開く音がしたよ。
「いらっしゃいませー」
 うう、がんばろう……
「九夜ちゃん、九夜ちゃん」
「なんですか店長。それに卓也と呼んで下さいよ」
「どうでもいいね。さて今から三回後に来た人にクラッカーで一万人目おめでとうございますといってくれないかな」
「分かりました」
 また俺はオーダーをとりながら出迎えに行く。


704 : ◆fyY8MjwzoU :2010/09/08(水) 00:48:07 ID:qOFIA8eP
「いらっしゃいませ」
 一人目か。そういえば学校も終わって結構時間経ったからすこし客足緩まってきたかもしれない。
 この店に来る客の7割が学生だと思うしね。
「今ご案内いたしますね」
「ね、ねえ。き、きみって新しく入ったひ、人ですか」
「ええ、杉岡九夜《すぎおかくや》と申します。九夜とお呼びくださいね」
「九夜ちゃんか……よ、よろしく」
「ええ、それではこちらの席に。こちらがメニューとなります。お決まりになったら呼んで下さいね」
「はひぃ」
 急にそばにいる会長が話しかけてきた。
「なかなか様になっているな。感心だ」
「うるさい会長。自己嫌悪しているんだから」
「そうかそうか。九夜ちゃんはバイト中にこぉんなこという娘だったのか」
「ぐぬ……」
 そうだ。今は九夜。うん九夜だからこんなセリフ言ったらいけないんだ。
「わかりました。精一杯仕事をしてまいりますね。葵さま」
「あ、ああわかった」
 自分は九夜。自分は九夜。

「いらっしゃいませー。何名様でございますか?」
「二名です」
「はいこちらにどうぞ」
 席へと案内しメニューを渡す。
「本日のオススメは季節のパスタですがどうしますか?」
「あ、ならそれであとドリンクに特製フルーツジュースを」
「私もー」
「かしこまりました。季節のパスタに特製フルーツジュース二つずつですね」
 伝票を藍さんのところへともって行く。
「あ、あのー九夜ちゃん、いいかな?」
「はい、何にいたしますか?」
 さっきのオタクっぽい感じのお客から注文がきた。
「この、ハヤシライスをお願いします」
「分かりました。ドリンクは頼みますか?」
「え、えっと…オレンジジュースを」
「ありがとうございます。それでは」
 カランカランと鐘の音が鳴る。三人目だな。カウンターからクラッカーをとりだしお客に近づく。
「いらっしゃいませー、おめでとうございます! お客様で一万人目となりますので我が店よりプレゼントがあります」
「そ、そうか」
 ん? 聴いたことある声だな?
「困ったな……目立つの好きじゃないのに……」
 って姉御かよ!! 違う違う。楓さん楓さん。
「お客様? どうしたのですか?」
「い、いやなんでもない……えっとプレゼントって一体何なんだ?」
「これになります」
 懐からチケットを取り出してそれを渡す。たぶんタダ権だろうなー。
「明日がお暇ならぜひいらしてください。そのチケット明日にしか使えませんので。来店時に見せてくれれば適用されますよ」
「は、はぁ……」
「一名様ですね。それではこちらへどうぞ」

「は~終わった~」
 午後9時になりバイトは終了となった。とりあえず初めてだけど上手く動けたと思う。
「お疲れ様です」
 前には藍さんが立っていた。
「藍さんこそ」
「そうかもしれませんね」
 笑顔で答えてくれるが少しぎこちない気がする。
「そういえば本当に悩んでいたのは何ですか?」
 何気なく聞いてみる。あれが本当の悩みだとは思えなかったから。
「やっぱりばれちゃうよね。……私ね。恋してるの」


705 : ◆fyY8MjwzoU :2010/09/08(水) 00:48:43 ID:qOFIA8eP
 少し胸がチクッとした。やはり自分自身この人が好きだったから少し残念だったのかもしれない。
 いやでも家族愛っぽいものかもしれない。姉を見送る弟みたいな感じかな。
「そうですか……がんばってくださいね。俺も弟として応援してますよ」
 少し悲しそうな顔をした。悪いと思っているのだろうか?
 本当の家族じゃないんだし、それにいつでも会えるのになぜこんな顔をしているのだろうか?
「そう……ね。でも少し叶いそうにないかも」
「そんなこと無いですよ! 藍さんは魅力的ですから」
「ねえ」
「はい?」
「今だけでいいからお姉ちゃんってよんでくれないかな?」
 どうしたのだろうか? どうしてここまで今日は言うのだろうか?
「自分でよければね。お姉ちゃんは魅力的だから大丈夫ですよ」
「うん……もしさ私が卓也くんにせまったらどうする?」
「それは……断るかもしれません。家族なら」
「そうよね……」
「でも……一人の男としてなら……付き合いたいですね。それほど魅力的な女性ですから!」
「……ん、ありがと」
 まだ顔が沈んでいるけど大丈夫だろう。藍さんならきっとまた笑顔になってくれると思うから。
「どういたしまして」
 次の瞬間藍さんが頭を撫で始めてきた。
「う、うわ! 藍さんやめっ!」
「お姉ちゃんでしょ! おりゃ、おりゃー!」
「あーはい! お姉ちゃんやめてください!」
「いやだー。かわいい弟があんなかっこいいセリフ言うから悪いのー」
「どっちにしろ撫でるんじゃないかー!」
「えへへー」
 それから開放されたのは午後十一時だった。
 思いっきり校則違反な時間だったがかなり精神が充実していた。
 楽しかったから。あんな姉弟のようにふざけあうのもなかなか面白いと思った。
 しかし遅く帰ってきたためか妹が泣きながら俺の腰に飛び込んできた。
 まったくもう少し上にずれていたらみぞおちにどーんだったぞ。
最終更新:2010年09月10日 12:47