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712 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15:22:48 ID:FVc3vYTG
空の色がすっかりオレンジ色に染まった頃。
時間で言えば、5時を少し回った辺りだろうか。
体育館裏の倉庫で荷物の出し入れを行っていた俺は、ふと空を見上げながら思った。
(きれいな夕暮れだな……)
特段、夕暮れを見る事が少ないわけではない。
だが、普段放課後にはさっさと帰宅する自分にとって、学校にいながら見る夕暮れというのは、なんだか別のもののように思えた。


ホームルームが終了し、各々が鞄を手に教室を出ていく中、それに倣い帰ろうとする自分を、担任兼体育教師の森井直弥が引きとめた。
「おい、榊原」
「えーと……、何ですか?」
「お前、これから何か用事があるか? なければ手伝いを頼まれてほしいんだが……」
「今日は特に急ぎの用もありませんし、いいですよ」
「すまんな。あいにく他に暇そうな奴もいないし……じゃあついてきてくれ」
そんなやり取りがあり、自分は担任と供に体育倉庫の整理を行うことになった。
本当ならば、放課後に学校に居残ることなどしたくはないのだが、それもこのクラスでは仕方のないことだ。
自分が通っているこの学校は、普通校ながら、全員部活制という制度を取っている。
その内容は、高校入学後の4月末までに、必ずどこかの部活に入部しなければいけないというもの。
そのため、この学校の全校生徒は、基本どこかの部活に所属していなければいけないことになるのだが、俺はこれを「一人暮らしのため」という理由で断っている。
そう、俺はどこの部活にも所属していない帰宅部であり、クラスでそれは俺一人なのだ。
ただ、その全員部活制が強要されるのはあくまで最初だけだ。
入った部活を、「性に合わない」などといった理由で退部する生徒は何人もいて、自分のように理由があるわけでもなく、無所属の連中は何人もいる。
だが、残念なことに、クラスの中にはそういった生徒はいない。
結局、白羽の矢は自分に立ってしまうことになるのだ。



713 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15:25:15 ID:FVc3vYTG
「もう5時過ぎか……。粗方整理は終わったし、後は先生がやるから、お前は帰っていいぞ。今日はありがとうな」
「いえいえ。それでは自分はこれで」
夕焼け空を見上げつつ作業をしていると、先生から帰っていいというお達しが出た。
この場はその言葉に甘え、倉庫を後にする。
(案外早く終わったな。帰ったら何しよう……)
そんな事を考えながら、校舎へと続く外廊下を歩く。
廊下にもやはり夕陽は差し込んでいて、部活動中なのだろう、生徒達の声も木霊してくる。
放課後であれば当たり前なのだろうその光景に、何故か気分が高揚していくのを感じる。
俺は、祭りを外から眺めるのが好きだ。
祭りの中心に行って盛り上げようとするでもなく、盛り上がりにまざろうとするでもなく、ただ外から眺めて満足するだけ。
昔から目立つのを避けて生きてきた為に身に付いてしまった、ある意味自分にとって仕方のない楽しみ方だった。
この場においても、放課後に部活動に励む生徒達を遠くから眺めるという自分の行動に、多少酔ってしまった部分があるのかもしれなかった。
そして、そんな事を考えながら歩いていた時だ。
彼女と初めて出会ったのは。



714 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15:27:40 ID:FVc3vYTG
外廊下の途中に、三人の男女がいる。
内二人は男子で、ブレザーのネクタイの色から同学年である事が分かる。
知った顔ではないので、別のクラスの生徒なのだろう。
そして、残りの一人が女子で、リボンの色からやはり同学年である事が分かる、のだが……。
俺の目はそんなものよりも、その子の髪に釘付けになっていた。
腰まで届くほどの長さを誇るその髪は、赤みがかった黒色をしていた。
地毛としても、校則という規則からしても有るまじき色だ。
しかし、俺はそれを純粋に綺麗だと思った。
それに、その女の子からは親近感というか、自分に近いような何かを感じる。
気がつけば俺の足は一歩を踏み出し、その方向は彼らの方へと向いていた。
(こういうのはあまり柄じゃないんだけど……)
本来、自分はこんな他人の間へ割って入る事などしない。
自分の存在が目立つ事へ繋がるような行為は、俺は極力避けてきたからだ。
でも、その事を振り切ってしまうぐらいに、何故か彼女の存在を、俺は酷く放っておけなかった。
歩きながら、改めて三人の状況を確認する。
男子生徒二人は、女の子を囲んで口々に話しかけている。
だが、女の子の方は俯いていて、二人の話に反応している様子はない。
そんな彼女の反応に対して、男子生徒二人は顔を曇らせている。
どうやら、楽しくお喋りをしているというわけではないようだ。
だが、かと言って、いじめがなされているような険呑な雰囲気でもない。
とはいえ、彼らを取り巻く空気が良いものであるとも思えなかった。
(何にせよ、事は穏便に済ませないと……)
そう思い、俺は男子生徒二人に声をかけた。



715 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15:29:48 ID:FVc3vYTG
「あの、ちょっといいかな」
「ん?」
俺の声を受けて、男子生徒二人はこちらを振り向く。
自分に近い場所にいる男子は、こちらの姿を一瞥すると、もう一人に小声で話しかけた。
「お前の知ってる奴か?」
「いや、僕も知らない」
そう返事を受けると、改めてこちらを見遣り、話しかけてくる。
「なんだよ。こっちはあまり暇じゃないんだけど」
「えーと、特にそちらのやり取りに口を挟むつもりはないんだけど……」
そう前置きし、話を続ける。
「俺さっきまで森井先生を手伝って、体育倉庫の整理をやってたんだ。もう後は片づけと戸締りだけだったし、そろそろこっちに来るんじゃないかな」
「まじかよ」
二人は顔を青くする。
それもそうだろう。
森井先生は絵に描いたような熱血教師で、規則にも厳しく、多くの生徒から恐れられている。
今の彼らの状況は、周りから見ていてあまり良い気のしないものだし、声をかけられるのは確実だろう。
例えやっていることが悪い事でなくても、先生に見つからないに越したことはない。
「仕方ねえ、今日はもう帰るぞ」
「う、うん」
「じゃあな、蕗乃」
少し慌てながらも彼女に一声かけると、二人は手早く帰って行った。
「…………」
自分と『蕗乃』と呼ばれた彼女が残り、その場を沈黙だけが支配する。
蕗乃は顔を上げてこちらを見ていて、今はその全体像を確認する事ができる。
先程は俯いていて見えなかった顔は、その小柄な体に似合う、可愛らしいものだった。
それでいて、服の上から見ても分かるぐらいにスタイルは良く、美少女と評価しても申し分ないくらいだ。
(おっと、いつまでも見てるわけにはいかないな)
そう思い直し、蕗乃に声をかけようする。
「えっと……」
だが、続く言葉が出てこない。
こんな時にどう言葉を掛けてよいか分からないうえ、そもそも自分は女子と話す事さえ少なかった。
どうしようという焦りが頭の中をぐるぐると回り、余計に何も浮かんでこない。
そんな折、先に言葉を発したのは蕗乃の方だった。
「助けてくれたことに関してはお礼を言います。ありがとうございました。でも…………私には、あまり関わらないで下さい」
言葉ほどにはとがっていない、弱々しい口調でそう言うと、蕗乃は踵を返して校舎へと去って行った。
(拒絶、されたんだよな。じゃあなんで……)
振り返り際の彼女の顔を、俺は確かに見ていた。
(なんで、あんなに悲しそうな顔をしてたんだろう)



716 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15:34:55 ID:FVc3vYTG
翌日の昼休み。
昼食のパンを購買で買い終えた俺は、教室への帰り道、昨日の男子生徒二人と廊下で出くわした。
「お前は昨日の……」
「や、やあ」
相手の言葉に対し、ぎこちない返事を返す。
まさか、昨日の今日で出くわすとは思ってもいなかった。
(さて、何を話したものか)
そんな事を考えていると、あちらの方から先に話しかけてきた。
「お前って、蕗乃と付き合ってんのか? それとも、友達か何かか?」
思ってもいなかった問いが投げかけられる。
何故そんな事を聞かれるのだろうか。
(昨日仲裁役みたいなのをやったからかな? だとしても安直な考えだとは思うけど)
「いや、そんな事はないし、彼女と会うのは昨日が初めてだけど」
「まあそうだよな、あいつに彼氏なんているわけないか。そもそも、友達すらいないだろうしな」
「そうだね」
自分に話しかけてきた気の強そうな方は、詰まらなそうな顔でもう一人の線の細い方に話しかける。
(『友達すらいないだろうしな』か。とすると、昨日の事もそれに関係するのかな……)
本来ならば、関係のない自分が立ち入っていい事ではないかもしれない。
だが、
(彼女のあんな表情見たら……)
立ち入らずには、いられなかった。
「あのー、差支えなければ、昨日何の話をしていたか教えてもらってもいいかな?」
自分の言葉を聞くと、二人は顔を見合わせた。
「他のクラスの奴には関係のないことだけど、まあ隠しておく事でもないか」
「そうだね。うちのクラスの皆は知ってることだし、後々の事を考えたら、別に言っておいても悪い事ではないと思うよ」
そして、気の強そうな方が話を始める。
「あいつ、名前は『蕗乃火乃花(ふきのほのか)』って言うんだけど、入学当初から今まで、クラスの奴らと関わろうとしたことが全くないんだよ。大概どのクラスにもいつも一人でいる奴っていると思うんだが、蕗乃と比べたら全然ましだ。」
今までの事を思い出しているのか、一拍おいてから話を続ける。
「授業では自分から発表することなんかしないし、同じくクラスの話し合いとかで進んで意見する事もない。クラス委員と係りも、最後まで余ったどうでもいいような奴をやってる。それぐらいならいいんだよ、俺もそんなもんだし。だけどあいつは……」
「ほら、クラスの皆で頑張らなきゃいけない行事とかあるでしょ。文化祭のクラスでの催し物とかさ。蕗乃さんってそういうの全然やってくれようとしないんだ。僕ってクラス委員長やってるんだけど、そういうことがあるたびに蕗乃さんに言い聞かせなくちゃいけなくてさ」
苦笑しながら、線の細い方が言う。
昨日の様子から見ても、その結果は芳しくなかったのだろう。
「一人でやる仕事は真面目にやるんだけどな、皆でやる事になるとすぐ逃げ出すんだよ。昨日はいい加減その態度を改めてほしくて放課後呼び出したんだ」
「2年への進級、まあつまりクラス替えを再来月に控えた今になって言うのもどうかと思ったんだけど、今後の事を考えれば、むしろ今の方が彼女の為でしょ」
「なるほど……」
話は納得できた。



717 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15:37:49 ID:FVc3vYTG
だが、となると昨日の自分の行動は、彼らにとって邪魔なものだったのではないだろうか。
「じゃあ、昨日は俺邪魔な事を……」
「いや、別にいいんだよ。そこまで期待してたわけじゃないし、実際あの結果だしね」
「ああ。それに森井に目を付けられても厄介だしな」
「それならよかった」
二人の返事にほっとしつつ、今の話から蕗乃火乃花について考える。
蕗乃と俺は、ある意味似ていた。
自分も、クラスでは割りと一人でいる事が多い。
彼女は人との接触を拒むことによって、自分一人でいる空間を多く作ろうとしているようだ。
それに対し自分は、目立つ行動をせず、話しかけられる機会を極力減らす事で、人と親密になる事を避けている。
どちらも、人との関わり合いを避けているのだ。
だが、蕗乃と俺が似ているのはそこまでだ。
俺は蕗乃ほど徹底してはいない。
クラスで積極的な行動こそしないが、クラス行事では目立たないながらも皆でやる事にはちゃんと従事している。
それに、少ないながらもクラスの連中たちとは話もする。
唯一人ではあるが、親友と呼べる者も存在する。
蕗乃と俺とでは、社交性という部分で大分やり方が違ったのだ。
ただ、それでも、その根底にあるものは一緒なのだろう。
そんな事を、何の根拠もないというのに、俺は納得してしまった。
「なあ、それよりもよぉ」
気の強そうな方が、俺の頭を指さしながら言う。
「昨日初めて会ったときから気になってたんだが、それって……」
蕗乃の話の最中から、二人の視線は時折自分の頭の方へ向いていた。
恐らく、尋ねたくてたまらなかったのだろう。
「ああ、これは――」
俺は何の事もなく、いつものようにその問いに答えた。


次の日。
昼休みの来訪を告げるチャイムが鳴り響いてから、既に5分ほどが経過した。
教室の中では既に大半の生徒が弁当を広げ、昼食を取っている。
自分はというと、昼食をどうするかという問題で、一人思案していた。
昨日と違い、弁当はある。
冷凍食品ばかりを詰め込んだ、非常に雑な弁当ではあるが。
問題は、一緒に昼食をとる相手がいないことだ。
小学校来からの友人であり、いつも食事を供にしている『小笠原博人』は、今は教室に居ない。
博人は部活動無所属の自分と違い、弓道部に所属している。
今日は部のミーティングがあるので、昼食を一緒にとれないとの事だった。
こういった事は今回が初めてではなく、今まではその度に教室で一人で食事をとっていた。
だが、今回は場が悪かった。
教室の隅の方に席があれば問題はなかったのだが、2月の頭に行われた席替えで、自分は見事に教室のど真ん中の席を獲得してしまったのだ。
これでは、周りがうるさいうえに、非常に肩身の狭い思いをしながら食事をしなければいけない。
かと言って、博人の他に気軽に食事を供に出来る相手は居ない。
(どうしたもんかな……。あ、そうだ)
思案の末、一つのアイデアが思い浮かぶ。
俺は弁当の入った鞄を担ぐと、そのまま教室を後にした。
目指すのは、校舎裏だ。



718 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15:40:25 ID:FVc3vYTG
自分が通うこの学校の校舎は、H字型に建っており、一方はグラウンドを挟んで校門と面していて、もう一方はちょっとした林と面している。
林と面している方は、そこからは外との通り抜けが出来ないので、もっぱらそこが校舎裏らと呼ばれていた。
外で昼食をとる時に使われる場所は、大体が校舎と校舎に挟まれた中庭だ。
校舎裏にも一応食事スペースはあるのだが、そこはほとんど使われていない。
林に面したその場所は、中庭ほど広くなく、更には木々や植物が多いせいか、年中じめっとしている。
その陰気な雰囲気が、多くの生徒には受けていないらしい。
そのため、昼休みを除いても、校舎裏には人が居ないのが常だった。
とはいえ、冬真っ盛りの今の季節では、中庭ですらそう人は居ない。
そして、校舎裏ならば輪をかけて誰も居ない筈だ。
この寒さの中外に出るのは多少辛い部分もあるが、以前から校舎裏のような静かで緑に囲まれた場所で、一人で食事をとるということをやってみたいと思っていた。
今がその絶好のチャンスなのだ。


一階の廊下を進み、外廊下へつながる扉を開く。
「……寒い」
外から冷え切った空気が入ってくる。
おもわず外へ出るのを躊躇ってしまうが、流石にここまで来ておいて引き返すわけにもいかない。
幸いにも今日は風が吹いていないので、幾分寒くはないだろう。
歩みを再開し、外廊下を進む。
ここを数メートル進めば、そこはもう校舎裏で、すぐそばにベンチが一つある筈だ。
今日はそこで昼食としよう。
そう考えながら、校舎裏へと辿り着いたとき、
「あっ……」
そこには、思わぬ先客が居た。
彼女はベンチの真ん中に腰を下ろし、膝の上に弁当を広げ昼食を取っていた。
寒さ対策なのか白いコートを着ていて、その白さ故、腰まで伸びる赤みがかった髪が綺麗に映えている。
それはまるで、雪上に落ちた赤い椿の花のようだった。
そう、蕗乃火乃花が居たのだ。
「あなたは……」
蕗乃も自分に気付き、箸を止める。
そして、一昨日に続き、またも沈黙が流れる。
非常に気まずい。
(これは、帰った方がいいのかな。でも、今さら戻るのもなぁ……)
そう思った俺は、思い切って蕗乃にある提案を出した。
「あの、良かったら弁当一緒に食べてもいいかな?」
「えっ……」
精一杯の笑顔で、そう申し出る。
恐らく、蕗乃の目にはぎこちない笑みを浮かべる俺の顔が映っていることだろう。
そんな俺を見る蕗乃の表情は、驚きに満ちていた。
それもそうだろう。
大して知りもしないような男に、いきなりこんな事を言われたのだから。
だが、しばらく考えている様子を見せた蕗乃は「隣で良ければ」と言い、ベンチの端の方へと体をずらした。
「あ、ありがとう」
こちらも、ベンチの端へ腰を下ろす。
自分が弁当を鞄から取り出し、食事を始めるのを見届けた蕗乃は、ようやく食事を再開した。



719 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15:42:48 ID:FVc3vYTG
寒さの所為だけじゃない、緊張の所為も相まって、箸の動きがぎこちない。
(なんで、蕗乃さんは俺の申し出を断らなかったんだろう)
ちまちまと箸を動かす蕗乃の姿を横目で眺めながら、俺はそんな事を考えていた。
校舎裏なんて所で蕗乃に出会った事ですっかり頭の中から飛んでいたが、一昨日自分は蕗乃に『関わらないで』と言われていたのだ。
昨日聞いた話からしても、ここは俺の申し出を断るのが本来の彼女の反応ではないだろうか。
(気まぐれ……ではないか。入学してからずっと人を遠ざけていたんだろうし。じゃあ一体――)
「あの、何か?」
「えっ?」
まずい、ちらちら横目で見るのが、考え事をしていた所為でガン見になっていたようだ。
蕗乃は怪訝そうな顔でこちらを見ている。
俺は取り繕うように、頭に浮かんだ事をそのまま言った。
「いや、その髪、すごく綺麗だなぁと思ってさ」
嘘は言っていない。
実際一昨日はその髪に惹かれ、そしてその髪を持つ彼女に惹かれたのだから。
蕗乃はまたも驚いた顔をすると、すぐに俯き、こう言った。
「おかしな事を言いますね、この髪が綺麗だなんて」
「そうかな? 今まで言われたことなかったの?」
「ありますよ。でも、大体の人が、私と最初に会った時に珍しがって言うだけで、あくまでその程度のものでしかないんです」
「そんな言い方をするって事は、やっぱりその髪は……」
「はい、地毛です」
「立派なものだね」
「それを言うなら貴方だって」
蕗乃は俺の髪を見ながら言う。
「紺色の髪の人間なんて、普通は居ませんよ」
「あはは……まあそうだよね」
視界にちらりと映るその前髪を右手で摘まむ。
そう、俺の髪も蕗乃と同じで、地毛にしてはありえない色をしていた。
その色は、紺。
「これも君と同じで、地毛なんだ」
「そうでしょうね。でなければ、真っ先に先生に注意されて元に戻されるでしょうから」
そう言うと、蕗乃はまた俯き、黙り込んだ。
(『この髪が』か……。その言葉からして、あまり自分の髪を好きじゃないんだろうな……)
周りに驚かれるのはもう慣れたが、自分だって、この髪を大好きであるわけではない。
だが、なんとなくではあるのだが、彼女にはその髪を嫌いになってほしくはなかった。
「でも、やっぱり俺は、その髪は綺麗だと思うよ」
蕗乃は、またか、とでも言いたげな顔でこちらを見る。
「その赤い髪、君の象徴だと思うんだ」
「私の……象徴?」
「そう、君の象徴。君を表す君自身。だからこそ、君には似合うし、君にしか似合わないと思う」
俺の言葉を聞いた蕗乃は、まるで呆けてでもいるかのように、口を開けたままの表情で固まっていた。
驚いているのだろうか。
そして自分はというと、今しがた自分が言ったことのあまりの恥ずかしさに、言ってしまってから気付いた。
「……なんて、たいして君を知らない俺が言っても何も説得力ないよね。ごめん、今のは――」
「蕗乃」
「え?」
「蕗乃火乃花です、私の名前。貴方の……名前は?」
俺の目を見つめながら、蕗乃は言う。
「俺の名前は、葵。榊原葵」
「そう、ですか……」
そう言ったきり、蕗乃はまた俯く。
その、俯いた蕗乃の頬が朱に染まっていたのは、自分の見間違いだったのだろうか。



720 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15:45:10 ID:FVc3vYTG
結局、その後は特に会話もなく、昼食と昼休みは終わった。
だが、別れ際に「それでは、また」と蕗乃が言ってくれたが、自分は嬉しかった。
また、昼休みにお邪魔してもいいということなのだろう。
今の時刻は、7時を少し回ったところ。
買い物などで町を周っていると、すぐにこんな時間帯になってしまった。
空は既に暗く、星も瞬き始めている。
家であるアパートまでの帰途に着く中、俺は改めて今日蕗乃に言った事を思い返していた。
それは、『象徴』という言葉。
あの時は、蕗乃に自分の髪の事を嫌ってほしくなくて、あんな事を言ったが、自分にとってのこの髪……紺髪は、決していい意味での象徴ではなかった。
何故ならば……。
俺は、辺りに誰も居ない事を確認し、買い物袋を持っていない右手の手の平を見つめる。
すると、蒼白い光が僅かに走り、その後の手の平には、先程まではなかった筈の氷の塊が鎮座していた。
「こんな変な力の、象徴なんだから……」