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583 名前: ◆5EAPHNCJOY [sage] 投稿日:2010/09/05(日) 22:04:20 ID:OqtieVaV [2/8]
初めは好奇心からだった。
あの屋敷に少女の幽霊が居る、という噂を聞いたのが事の発端だった。
今考えれば小学生特有の噂話だったのに、当時の自分はそれを鵜呑みにして、屋敷へと乗り込む計画を立てた。
当然、話をしてきた友人にもその計画を話し、共に目的地まで向かおうと思った。
しかし本当に自分が行くとは思っていなかったらしい。若干額に汗をかきながら、身振り手振りを使って丁寧に断られたのが記憶に残っている。
仕方なしに自分一人で計画を進め、春休みに行くことにした。
春休みに両親は海外へ何日間か出張に出かけてしまう。その間自分一人だけで家を任されることになった。
「もう最高学年だから大丈夫よね」と母の少し不安げな顔。それとは対照的に自分の中では、あの屋敷へ行ける、という興奮で一杯だった。
どうやらそのエネルギーに満ちた表情が母への安心につながったらしい。夫婦二人で海外へと旅立っていった。
計画実行日、リュックの中に水筒とお菓子を詰め込み、懐中電灯と御信用のバット。
自分は嬉嬉として単身屋敷へと乗り込んだ。


585 名前: ◆5EAPHNCJOY [sage] 投稿日:2010/09/05(日) 22:08:42 ID:OqtieVaV [3/8]
夜の静けさに包まれた屋敷は、高い塀に囲まれており、中の様子は一切見えない。
大きな門にもしっかりと錠がかけられていて進入はできないように思えた。
――が、好奇心とは恐ろしいものである。広い屋敷の塀を学校帰りに毎回くまなくチェック。入れる場所を探し続けた。
結果、屋敷をぐるりと回った裏手。小さな木製の入り口を見つけた。もともと屋敷は少し町から外れたところにある。広い敷地の裏手に向かうひょうきんな者はいないと思ったのだろう、鍵は存在しなかった。
取手に手をかける――それだけで、異世界に繋がっているような気がして身が震える。恐る恐る自分は中へと入っていった。
広い庭があり、芝もしっかりと整えられ、綺麗に手入れがされている。
しかし何故だろうか、人の住んでいる気配は全くしない。屋敷の中は月明かりに照らされ懐中電灯など必要がなかった。ゆっくりと、芝の上を踏みしめるように進んでいく。
夜だからだろうか、急に幽霊の噂話を思いだし、バットを構え、辺りを見回す。
どうやら屋敷は門とは逆向きに凹の字型にできているようだ。
想像していた廃墟とは全く違う綺麗な屋敷に若干拍子抜けする。
しばらくすると、コの字の凹んだところに丁度たどり着いた。



586 名前: ◆5EAPHNCJOY [sage] 投稿日:2010/09/05(日) 22:10:44 ID:OqtieVaV [4/8]
――美しい光景に息を呑んだ。
正面からは死角になっていて決して見えないその場所。そこには沢山の満開の桜があった。
月明かりに照らされ、薄桃色の桜が幻影的に映し出される。風が吹く度に花びら一枚一枚がひらひらと落ちていく。光の屈折でそれはまるで白い雪の様にも見えた。
自分が住んでいるこの地域に、こんな美しい場所があったのか。無意識のうちに、その世界へと同化するように桜の木々達の中へと入った。


「あら、貴方はだあれ」
――不意に、澄んだ、玲瓏たる美声が静かなこの場所に響く。
今度は驚愕ではなくではなく、恐怖として息を呑んだ。
ギュッ、とバットを握りしめる力が強くなる。
背中には不快な汗。大丈夫、幽霊なんていないさ。そう思いこみ、決心して声のする方を見る。

その一夜だけで自分の寿命はどれほど減っただろうか。

春の雪の中、美しい少女がこちらを見ている。
純白のワンピース。白い陶磁器のような肌。そして特筆すべきは、雪白の長い流動的な髪と、鮮紅色の切れ長の目。
それは当時小学生でも分かる、美だった。


587 名前: ◆5EAPHNCJOY [sage] 投稿日:2010/09/05(日) 22:11:23 ID:OqtieVaV [5/8]
暫く口を開けながら少女に見とれてしまう。返事がないのを気にしたのだろうか。頭の上にクエスチョンマークがつくかのように、不思議そうに顔を傾ける少女。その動作一つ一つが綺麗で目を奪われてしまう。


――今思えば、このときから、既に彼女に心を奪われていたのかもしれない。

自分は――僕は勇気を出して彼女に一歩近づいた。
不思議なことに、未知の者に対する恐怖はなかった。

「ぼ、ぼく綾足(あやたり)一葉っていうんだ」
少しどもりながらも僕は自分の名前を伝える。
「い、ち、よう・・・?」
彼女は僕の名前を反復する、不思議な名前だったのだろう。確かに、男の子らしくない名前である。
「なんだか詩人みたいな名前ね」
そう言うと、気に入ったのか彼女は笑った。
「わたしは妹尾(せのお)咲夜っていうの」
名前を聞きながら、笑顔も綺麗だな、と僕は思った。

そう、これが僕/綾足一葉と、少女/妹尾咲夜の最初の出会いだった。



夜になす

開幕



588 名前: ◆5EAPHNCJOY [sage] 投稿日:2010/09/05(日) 22:12:59 ID:OqtieVaV [6/8]

高校生というのは実に活動的な時期である。
学業に勤しみ、部活動に励む、そして恋愛にも挑戦できる。そんな高校生活も3年目を迎えると進路という壁が自分達の前に立ちふさがる。
2年生まではなにも考えず一日一日を過ごすことができたけれど、3年生になると自分の目指す場所を考えなくてはいけない。
普段は騒がしかった休み時間の教室でも、一人また一人と机に向かう者が増えていく。
その中には無論、僕/綾足一葉、も含まれている。
今やっているのは英語、面白くも何ともないけれど、受験のためにはやるしかない。
長々と書かれた英文を読んでいく作業、怪しいところは線を引いて和訳と照らしあわせる。その作業を延々と繰り返す。
英文を読んでいると背中を細い何かでつつかれた。呼ばれたのだろう、振り返ると難しい顔をしている友人の顔があった。机には数学の参考書。
「一葉この問題が分からん。」
友人は参考書の向きをひっくり返しこちらに向けた。
僕は人よりも成績が良い。だからよく友達に質問されることが多い。いつものことなのですらすらと図を書きながら説明していく。説明し終わると納得したような顔をしてまた問題に取り組み始めていた。
体の向きを戻しまた勉強を再会しようとしたところで授業のチャイムが鳴った。

その後行幾つかの授業を聞いてHRを経て今日も学校が終わった。
2年生まではあんなに学校が楽しかったのに、3年生になって急につまらなくなってしまった。目ぼしい行事もなく、あるとしたら受験という大イベントがあるのみ。
これが後何ヶ月も続くかと思うと先が思いやられる。
机の中の参考書を通学鞄の中にしまい、僕は下校の準備をする。
そして、受験生になった今でも変わらず続いている。
――もはや日課になってしまったであろう、彼女/妹尾咲夜の家に向かうことにした。