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185 :キミノシアワセ [sage] :2007/12/17(月) 01:47:47 ID:Rd1S27f/

 遠見の舌が僕の唇を押し割った、と思うや否や、彼女の口の中で咀嚼された食べ物が、僕の口の中に押し込まれてきた。
 遠見が唇を離したので、僕は改めて、その食べ物を自分で咀嚼する。
 目の前のテーブルに載っているのは肉料理なのだが、他人が咀嚼した後のものを口に入れられても、正直味がよく分からない。
「ねえ、おいしい?」
 テーブルに頬杖をつき、かすかに顔を上気させた遠見が聞いてくる。その潤んだ瞳を見つめ返し、僕は微笑んで頷いた。
 嘘ではない。確かに食べ物の味はよく分からないが、代わりに遠見の口の中の熱と、唾液の味を感じる。
 それだけで、僕は十分に興奮していた。
 遠見がこんなことをするようになったのは、同棲を始めて一週間ほどした頃のことだっただろうか。
 同棲する前からも多少兆候はあったが、遠見は実に嫉妬深い女性だった。
 他の女と僕が話をするだけで、相手を睨み殺さんばかりの凄まじい視線を送ってくる、ぐらいはまだいい。
 同棲を始めるようになってから、彼女の嫉妬は空想の存在や無機物にまで向けられるようになっていた。
「隆明君。このマンガ、ヒロインが気に入らないから破いちゃった。いいよね?」
「隆明君。チラシに載ってる女、見てたでしょ? もう新聞取るのやめてね?」
「隆明君。あのニュースキャスター、そんなに美人だった? ごめんね、テレビ壊しちゃって」
「隆明君。他の女の歌声が、そんなにいい? iPod壊しちゃってごめんね。代わりに、これからはわたしが好きな歌を歌ってあげる」
 異常な独占欲である。僕の関わるありとあらゆるものが、彼女にとっては嫉妬の対象になるのだ。
 そして、極めつけ。
「隆明君。そのお箸、ずいぶん大事に使ってるのね? わたし以外のものが、隆明君の唾液に濡れるなんて許せない。
これからは、飲み物も食べ物も、全部わたしが口移しにしてあげるね?」
 こうして、僕は自分の手で物を食べることを禁じられた。
 今では、物を食べるのはもちろん、歯を磨くのまで全て遠見の口移しだ。
 正直言ってかなり不便だが、僕は非常に満足している。
 自分でも少し驚いているが、どうやら僕は、こういう風に独占欲を露わにされるほど、相手の愛情を実感できる性質だったらしいのだ。
「隆明君。そろそろ寝ましょ?」
 遠見の誘いに、僕は一つ頷いた。お互い黙って服を脱ぎ、裸で地べたに横たわり、抱き合って眠る。
「隆明君。毛布が隆明君を暖めてるのが気に入らないの。枕が隆明君の頭を支えてるのがたまらないの」
 そんな遠見の言葉がきっかけになって始まった眠り方だった。
 互いの温もりを感じられるし、いろいろと面倒がないので、個人的には凄く気に入っている。
 暖房代がかさむのが少し厄介といえば厄介だが、幸せに対する代価だと思えば安いものだと、僕は思っている。

 数日経って、遠見が言った。
「隆明君。隆明君の脳味噌を、頭蓋骨が包んでるのが気に入らないの。だから壊しちゃうね」
 遠見は微笑みながら、僕に向かってハンマーを振り下ろす。
 彼女はきっと、この後は僕の脳味噌に話しかけ、微笑みかけながら生きていくのだろう。
 自分の頭蓋骨が砕けるのを認識しながら、僕の幸福感はその瞬間に絶頂を迎えたのだった。