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80 :ウェハース第四話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/13(月) 23:51:27 ID:JuuaUsde

僕らが付き合いを始めて二週間が経った。
期末試験のテスト日程が公開され、アンニュイな気分で平沢と昼ごはんの焼きそばパンを齧る。ちなみに母の手作りだ。朝の残り物をコッペパンにブチ込んだ漢気溢れる作品。

味は腐っても焼きそばパンと言うか、まあ焼きそばパンを不味く作るなんて逆に難しいけど。

「どこまでやったんだよ?」

「おいおい平沢、テスト勉強なんか中学以来してないだろ?俺たち」

僕が通うこの高校は、偏差値が意外と高く、『ちゃんとお勉強さえしておけば第一志望も夢じゃなかった』ぐらいの奴らが集まっている。
いわば、校区内で滑り止めの大御所といった感じの学校で、そう言った所は高校生になった途端勉強をさらにしなくなる奴が多い。

僕と平沢なんていい例だ。

高一の時は何とか追試は免れたけど、今回ばかりはもう駄目かもしれない。何しろ僕たちは勉強していない。自信すらある。

「そういえば、俺一年の夏休みに入る前から俺化学以外五十点以上見てねえな」

そういえば僕も数学と物理、化学以外の三教科以外でいい点数取ってないなぁ。
なんで理系科目かというと単に僕たちが理系科目が得意なだけであって深い意味は無い。

「俺、今度の三者面談どうしよう……」

将来なんて考えているわけがない。高校二年生なんてたかが知れている。
ギター職人になるべく学校を後にした友人だっている。彼は今ロシアに蟹の密猟に出稼ぎで日本から出て行っているらしい。
夢なんてそんなもんだ。高校二年生の本気なんてそんなもんだ。
何も知らないのに、何が決められる。何も聞いていないのに、何を答えられる。
テストで、たかだか十七年間の常識でこれから先を決めるなんて無謀すぎる。

うん?じゃあ、いつ決めるのがいいんだ?

「なあ、平沢」

「あん?んだよ」

ダルそうに、この灼熱にウンザリした様に、平沢は僕に気の無い返事を返す。

「留年決まったら、学校辞めるわ」

「そりゃ誰だってそうだろ?」

「いや、辞めない奴もいるって、多分だけど……」

そう、そんなの分かるわけがない。だから高校生ぐらいじゃ、分からないに決まっているんだ。

「って、そういうんじゃなくってさ、俺が聞きたいのはさ、マツコとどこまで進んだ?って話」

「前にも言ったろ?手ぇ繋ぐだけで満足しちゃうんですよ、童貞君は」

「ぜってー、ウソだ。朝のラブラブ登校から見ても分かる。ありゃかなり進んでるね」

前からずっとこの調子だ。本当に進んでないんだから仕方ない。僕としては現状維持が望ましい。
別に宗教の問題とかED、同性愛、異常性癖とかそんな理由で彼女との、藤松さんとの肉体関係を拒んでいる訳ではない。

ただ一つの考えが行為に歯止めを掛けている。
もしもその行為を行った時、次はどうすればいいのかが分からないだけだ。
何を持っていいか、その行為が正解かも分からない。
理解できない事は怖い。だから人は考えて、話し合って、情報を共有していく。

……多分。


81 :ウェハース第四話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/13(月) 23:52:14 ID:JuuaUsde

「平沢、一つ聞いていいかな」

「んだよ?」

「セックスって気持ちいいか?」

まだ理解出来ていない事を平沢に尋ねる。

「うーん、相手によるな。相性みたいなもんがあると思う、あれは」

「そうなのか……」

頭を珍しく捻っている平沢に僕はもう一つ質問した。

「お、オナニーとどっちが気持ちいい?」

「ぶっちゃけ、あんま変わらん。それこそ相性次第だな」

相性って何だよ、水属性とか火属性とかか?

「そうか」

「そうだ。いや気楽さと手軽さで言えばオナニーだな」

じゃあなんで、SEXなんてするんだ?

「そうか」

「ああ。しかし……なんでいきなりそんな事を聞く?」

平沢はいつに無く真剣に聞いてくる。

「ああ。実はな今日藤松さんの家に行く事になった」

バサッと何かが地面に落ちる音が聞こえた。平沢は落としたカレーパンが入った袋を拾わず、唖然といった表情で聞いてきた。

「…お前マジなのか」

「ああ。さっきココに来る前お前も会っただろう?」

「お前だけに用事って言ってノリで付いて行くフリしただけですごい剣幕で『真治君だけ、ね』って俺が睨まれた?」

少し藤松さんの真似を取り入れ平沢が確認する。

「ああ、うん。そう」

「なあ、神谷それってさ、多分な…」

平沢は意味ありげに言葉を切る。切った先は僕にも分かった。

「ああ、分かってる。きっとヤル気だよな、藤松さん」

「ああ、赤頭巾が『おばあさんの家に行くの』って言った時の狼だ。お前を喰う気だ、藤松さんは」

どうしよう、本当にどうしよう。

「こ、断ろうかな?ってか、断れるかな?」

「友人として、男として聞く。卑俗な奴だと思ってくれてもいい。マツコ……、藤松さんの”あの日”分かるか?」
「スマン」と僕。平沢は僕の肩を叩いて頷いた。

「そうだよな、知ってるぐらいだったら、もうお前が食ってるわ」

「とりあえずだ」

平沢は牛乳のパックを開け、豪快にラッパ飲みをする。

「お前は今日男になるかもしれない。それだけは覚悟しておけ」

それから平沢は財布を取り出し、札を入れる所から掌に収まるくらいの黒い包みを渡してきた。

「餞別だ。いいか、漫画とかビデオみたく『初めての生挿入!』なんて粋がったマネはするなよ」

何だかいつもより平沢が大人に見えた。錯覚だと思う。



82 :ウェハース第四話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/13(月) 23:53:06 ID:JuuaUsde

△△△駅と言えば芦屋みたいな感じで高級住宅街で有名だ。いかつい門が設けられている庭(芝が青々と生えてる)付き一戸建て、噴水がド派手に演出してみせるマンション。
僕の駅と一駅しか違わないのに土地の値段に雲泥の差が出るこの辺りは成金がものすごく多い。それと大型犬も多い。なんなんだ?ココに住むための条件に『大型犬の飼育』なんて馬鹿げた決まりが設けられてるのか?

「藤松さん、あのさ……」

「んー、なに?」横にいた可愛らしい彼女は嬉しそうに僕に素早く聞き返す。相変わらず学校の時とのギャップが凄まじい。

「ここに住む条件にさ…」耳打ちするように、小さく彼女に聞く。

「大型犬を飼うってのがあるの?」

「えっ?」と束の間彼女は虚を衝かれた様な顔になり、それからやっと意味が分かったのか馬鹿にするように笑った。

「違うよ、あれはね今の”流行”」

「流行?」鸚鵡返しで聞き返す。

「うん、この辺りではよくある事。つまらない見栄の張り合いみたいな…そんな感じ」

なんて、なんてお金持ちなんだここの奴ら。なんか友達の家に行って、晩飯をごちそうになるってなった時の驚くべき他の家の食卓!!みたいなそんな衝撃だ。

「もしかして、藤松さんの所も?」

「え?私?私の所は飼ってないよ、不毛だもん」

ここで僕は一抹の不安を感じた。もしかしたら、もしかしたらこの辺りで一番の金持ちって藤松さんなのかもしれない。

延々とオシャレなブロック詰めの道が続く。それとこのあたり柵がずっと続いている。庭が道路側から丸見えだ。
それにどの家の庭にもスプリンクラーやら、見た事もないぐらいでかい花壇やら、何かしらのギミックを搭載している。

『見栄の張り合いみたいな……』確かに。ここの人たちは誰と何を競っているのだろう?
そして何を目指しているのだろう?

不毛。確かに、この状況にこれ程合う言葉も無い。

「私ね、ここが嫌い」

「……。何となく分かるよ」

「でしょ?肩肘張って生きてるって感じがするの、学校にいる時に似てるっていうかずっと緊張しっぱなしで……」

憂鬱な表情を覗かせる藤松さん。僕の家にまで迎えに来る理由には地元の息苦しさを感じていたからかもしれない。

「あそこ、見える?」藤松さんが深い藍色の屋根の家を指差す。二階建ての一軒家、見た目はかなり立派だ。しかし他の家と違い庭が無い。
あるのは小洒落た西洋風の門と、そこから玄関に上がる階段。階段の横には車が二台ぐらい入るガレージ。

「もしかして……」

「うん」と藤松さんは頷く。

「私の家」

ちょっと待て。確か今から六年前、藤松さんが小五の頃は新聞配達で家計に助力をさせてしまうほど貧乏だったんだよな?この六年間で何があったんだ、藤松家。

「築三年でローンバリバリ。私のお父さんと、お母さんの努力の賜物」

確かに、この六年間尋常では無かっただろう。

「いらっしゃい、真治君」

僕はいつものウフッてかんじの藤松さんの笑顔を見て、平沢の言葉を思い出していた。

『お前は今日男になるかもしれない。それだけは覚悟しておけ』

僕は少し間を置いてから、門をくぐり言った。

「おじゃまします」




83 :ウェハース第四話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/13(月) 23:53:39 ID:JuuaUsde

一応、この大切な決戦の準備期間中に交際中の異性の自宅を訪問したのには安っぽい建前がある。

多分、メジャーリーガーの松井秀樹が言っても嘘だと思われるだろう。
建前と言うのは俗に言うところの『お勉強会』だ。

ちなみに僕の場合に限った事では無いが、このお勉強会というのは大概「家で、一人でやったほうがよかった」と散々な結果になる。

それも僕らは男と女。交際中の男女。いいのか?いいや、絶対駄目だ。
平沢には悪いが、アイツからの餞別を使うのは今日じゃない。

「ど、どうぞ」

スリッパを履いて、大き目の玄関に靴を揃える。緊張してきた。

「こ、こっち」

リビングを左手に、廊下をまっすぐ行くと階段に突き当たった。

廊下はかなり長かった。リビングどんだけ広いんだよ
二階に上がる途中、思わず藤松さんの制服のスカートから伸びる太股の内側、僅かだが影が出来たら分かる筋肉の分かれ目に目が行ってしまう。盛ってる場合か、神谷真治。
二階に上がって、可愛らしいアルファベットで『KOMACHI』と書かれた表札が掛かったドアの前に立つ。

「……入ってて、着替えてくるから……」

「え?ああ……、分かった。あの、急がなくていいから」

「う、うん。分かった」

ぎこちない二人。僕の家では全然緊張しなかったのに僕らは初対面の二人見たく緊張している。
意識しすぎだろ!僕もだけど、藤松さんも。

「じゃあ」藤松さんは階段をまた下りていった。

部屋に入ると、覚悟はしていたが、やっぱりいい匂いがした。僕は頬を叩いて、気を強く持って、十七歳にして始めて乙女のテリトリーに足を踏み入れた。
部屋を見渡す。ざっと見で八畳半。壁紙は白、部屋には結構な数の人形、シングルベット、勉強机、本棚、テレビ、小さめの机、(多分)最新のCDプレーヤー、全身が映るぐらいの鏡など標準的なオプションは揃っていた。

しかしやはり藤松さんも女子高生、目を引くのは可愛らしい人形の数々。

大きさ、種類、布の素材様々だが、数がスゴイ。
枕元には架空の動物、バクを模したフカフカの枕、クマのぬいぐるみ、部屋にはディズニ○やサン○オのキャラクターのぬいぐるみもある。クッションも二、三。不思議な事に部屋は埃っぽくない。

これが乙女マジックか。

とりあえず勉強机ではない方の机、そこに荷を下ろす。
座布団すらかわいく見えて、座るのを躊躇ってしまった。

とりあえず勉強をするために来たので、鞄から筆箱、ノート。それから苦手な英語の教科書を机の上に出した。
天井を見上げていると、壁に書けてある時計に目が留まった。
シンプルだが赤い外枠がお洒落に見えるその時計の短針は四と五の間を指している。

呼吸を整えると、嗅覚はもう部屋の匂いには反応しなくなっていた。環境への適応が一番早い感覚器官の強みでもある。

部屋に入ってまだ五分も経っていないのに、僕は疲弊していた。
それから十分ほどして、階段を登ってくる音に気が付いた。思わず身が固くなる。

「ごめん、真治くんここ開けてくれる?両手塞がっちゃってて……」

返事よりも先に、ドアを開けた。

「ありがとうー」

彼女は着替えてきたようで、胸元に小さいリボンをあしらった白のチュニックに七分丈のスリムジーンズという服装。
正直、私服姿は初めてと言うこともあって、ものすごく似合って見えた。というか、こうやって見ると足が長い。

こういうのをスタイルがいいって言うんだろうか?僕よりも十センチぐらい小さいのに、離れて見ると背が高く見える。

藤松さんはお盆に載せたコーヒーとチョコパイの入った皿を置いてから「どうかした?」とマジマジと見ていた僕に首を傾げた。

「いや、私服可愛いなあって感心してた」

藤松さんは照れながら微笑む。

「そんな……普通だよ、これくらい」

似合ってる服を選んで着れるのがファッションセンスって言葉を思い出した。そういう意味では彼女のセンスはピカイチだ。

「うん、いいものが見れた」



84 :ウェハース第四話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/13(月) 23:54:43 ID:JuuaUsde

勉強を始めると、予想通り藤松さんが僕に教えると言った形式になった。

まぁ、赤点なんて言葉を今まで知らなかった人と、平均点以上って言葉をすっかり忘れていた人が一緒に勉強したらそうなるに決まっているのだけれど。

それから驚く事に不思議と勉強に身が入った。久しぶりのシャーペンの握り心地に脳が驚いているのだろうか。

六時になる頃には試験範囲は大体目を通した形となった。

「スゴイな、分かる人がいるとこうも違うもんなんだね。いや、平沢とやるのとはワケが違うや」

「神谷君にもやる気があったから……。それに英語なんて使って欲しい文法を読み取れたら後は語彙力の問題だから」

「あはは、僕どっちも無いや」

それからまた僕の馬鹿話をした。チョコパイにも手を付けてなかったからそのついでに。
僕と平沢は中一からの付き合いで、あの高校を第一志望にしたのもノリだった。

しかし、ノリで来てしまったため夏休みに入るぐらいにはすっかりダレていて、テスト勉強に全く身が入らなくなっていた。

僕たちは互いにビビリだったので「流石に赤点はヤバイ」とクラスの有志を募りテスト対策委員会を結成した。
長時間(十分ぐらい)の議論の末、完璧なカンニングの模索を提案するタカ派と必要最低限の点数を取るために助け合って一夜漬けを推すハト派の二つに分かれる事となった。
しかし、大事な期末テストにカンニングを用いる度胸のある奴はタカ派にも一人か二人程度しか存在せず、已むを得ずハト派の一夜漬けが通った。

テスト当日、僕たち有志達は蓄積した疲労と、指先の疲れにかなりグロッキーになっていた。
そして試験の最終日。現代文のテストの時、事件は起きた。

そうカンニングがバレたのだ。
密告者はエミリーこと、長友恵美。
密告されたのは名著「宇宙からの帰還」を書いた立花さんと同姓同名の立花隆。あだ名はタカシブライアン、あだ名の通り馬面である。

タカシは掌一杯に赤いペンで答えを書き連ねていて、掌には百済や高句麗、漢字の書き写しやら、そういうので掌を真っ赤に染め上げていた。
タカシは速攻で職員室に拉致られ、その日の内に査問会まで開かれた。事の重大さにここに来てやっと気付いた隆は掌の事を聞かれて、とにかくこの場を収めるべく上手く言い逃れようと必死に考えた結果こう答えた。

「卵アレルギーで皮膚が爛れてしまって、それを隠すために爛れた皮膚と同じ色の赤いペンで答えを書いて患部を隠したんです」

教師達はブチ切れ、追試も落とした隆はギター職人になるべく家を出たものの、パワーストーンという胡散臭い事この上ない代物ででネズミ講に遭い、ロシアの択捉まで蟹の密猟に出稼ぎに出されているらしい。
もう藤松さんは涙を浮かべて笑っていた。よかったな立花、一矢報いたぞ。

立花のオチが付いて、テスト内容を軽く見直していると、時計の針がもう少しで七に届く所まで来ているのに気が付いた。
僕が時計を見ているのに気が付いたのか、藤松さんの表情が少し曇った。

「もう……帰る?」

「うーん、そうだね。少し考えてる」

藤松さんがソワソワしている様に見えた。

「あ、あの……ね」

ふいに、平沢の言葉が蘇った。

『ああ、赤頭巾が『おばあさんの家に行くの』って言った時の狼だ。お前を喰う気だ、藤松さんは』

「今日ね……、お母さん、帰りが遅いの」

ああ、狼がここにいた。