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159 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:03:06 ID:N6hpsFd+0

学校は退屈だ。授業はつまらないし制服も好きではない。
何より私には周囲全てが"敵"に見えるのだ。だからこの教室にいる限り私が落ち着くことは決してない。
外は大粒の雨が降り注いでいて窓に当たった雨粒が心地好い音を奏でる。
こんな時だけはこの窓側の席に感謝する。
元々雨は好きだった。だって雨が降れば兄さんは外で遊べなくて家にいてくれる。
そうすれば兄さんは私に構ってくれた。
だから雨は好き。
「……ということで今日はここまで。来週は二年生の修学旅行があるが君達は休みじゃないからな」
眼鏡をかけた中年の教師が教室から出ていく瞬間、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。



「潤~!お昼食べよ!」
「とりあえず千秋は落ち着きなさいよ」
昼休み。二人の女子が左右から私の席に寄って来る。
左のいかにも活発そうなショートボブは佐藤千秋(サトウチアキ)。
そして右側の大人びた黒髪ロングヘアーは長谷部理香子(ハセベリカコ)。
いずれも私のクラスでもある1年1組に所属している、いわゆるクラスメイトというやつだ。
「そうだね、食べようか」
「よっし!机くっつけるからね!」
「ほらほら、焦らないの」
今日は生徒会室が会議で使えないと会長から要組の皆にメールがあった。
だからお昼は別々だ。私は席を立ち同じくクラスメイトで"仲間"の春日井遥に声をかける。
「遥、お昼食べよ?」
「……うん」
そう一言だけ発すると遥は私の席まで椅子を持って来る。
「おっ、今日は春日井さんも一緒かぁ!こりゃあ嬉しいね!」
「はいはい。いいから早く席に着く」
千秋と理香子のやり取りは亮介と英のやり取りに似ていて結構好きだ。
遥以外の仲間に会えない日はこうやって彼女達の話を聞いて気を紛らわす。
……彼女達とは決して分かりあえないだろうし、"敵"であることに変わりはないのだけれど。


160 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:04:40 ID:N6hpsFd+0

「良いよね~。二年生は来週、修学旅行かぁ」
「でも旅行先、そんなに遠くないらしいよ?去年は沖縄だったみたいだけど」
千秋が卵焼きを摘みながら羨ましそうに話す。
それに返す理香子のお弁当は見た目とは随分ギャップのある可愛らしいものだ。
「そういえば潤のお兄さん、二年生だから修学旅行だよね?」
「……うん。あんまり修学旅行の話はしないけど」
「良いなぁ~。早く来年にならないかなぁ」
呑気に話す千秋とは正反対で私は憂鬱だった。
……修学旅行になんか行ってほしくない。しばらく兄さんに会えないなんて堪えられない。
そういう意味では私も千秋と同じく、今年の修学旅行に着いて行きたい気持ちだ。
「でも潤ってお兄さんと凄く仲良しなんでしょ?」
「えっ?」
「本当にっ!?」
理香子の急な問い掛けに思わず言葉が詰まる。
千秋は目を大きく開いており、遥は黙々とお弁当を食べていた。
「う、うん…。そうだけど…」
「部活の先輩が言ってたんだよね。この学校の中で1番美形かつ1番仲良しな兄妹が白川兄妹だ、って」
「へぇ、潤のお兄さんって格好良いんだ!羨ましいなぁ。ウチの兄貴なんかさぁ……」
千秋が何か言っているようだったが既に私の耳には届いていなかった。
私と兄さんがそんな噂となって学校に広がっていると思うと自然と頬が紅くなる。
「…って感じでこないだもさぁ……潤?」
「へっ!?な、何の話?」
気が付いたら千秋の顔が目の前にあった。
「さっきから上の空だったね。まあ千秋の話じゃ仕方ないよ」
「理香子さんそりゃあんまりですって!」
「……潤、大丈夫?」
遥が心配そうに私を見つめてくる。
「だ、大丈夫だよ。昨日夜更かししちゃったから」
「……そう」
私の答えに遥は若干納得いかないといった表情をしていたが、それ以上は聞いてこなかった。
「次は黒川先生の科学かぁ……。潤、寝ないように気をつけてね!」
「潤は千秋じゃないから大丈夫じゃない?」
「……理香子のサディスト!鬼畜眼鏡!」
「いや…眼鏡かけてないから」
また始まった千秋と理香子のやり取りを見ながら私は兄さんを想う。
兄さんがさっきの噂を聞いたらどんな反応をするのだろう。そして何と答えるのだろう。
もし私と同じ気持ちだとしたらどんなに嬉しいことだろうか。
「兄さん……」
早く兄さんに会いたい。
幸い今日は要組の活動もなければ雨で部活もない。
兄さんは右腕を骨折しているから海有塾にも行かない。
きっと今日は兄さんとゆっくり過ごせるはずだ。
「……潤、凄いにやけてるけど」
「千秋の話に……って訳じゃなさそうね」
「………」
そんな潤を二人は呆れたような、そして後一人は射抜くような目で見ていた。


161 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:06:27 ID:N6hpsFd+0

目の前には目が血走った男が一人。
どうやら激昂しているようでその矛先は自分に向けられていた。
「潤…お前はいつもいつも……俺が…俺がぁぁぁあ!!」
「きゃぁぁぁぁぁあ!!」
意味が分からない単語の羅列を吐き出しながら私を殴ろうとする男に思わず叫び声を上げる。
……相手は実の父親だというのに。
「やめろっ!!」
殴られる直前に男の子が私の前に立って代わりに父の拳を受けていた。
「お、おにいちゃん!?おにいちゃん!?」
「ぐっ…じゅ、じゅん…だいじょうぶ…か?」
その男の子、兄さんが苦しそうに腹部を押さえて呻く。小さな私はただ彼の背中を摩ることしか出来なかった。
「何だぁ?そうか要…お前も俺に逆らうのかぁ!?だったらお前も仕置きだ!!」
「あ、あなた止めてっ!」
「うるせぇ!!」
至る所が痣だらけの母が飛び出して父を止めようするが簡単に払いのけられてしまう。
よく見ると兄さんも私も母と同じくらい痣だらけだった。
そういえばこの痣が原因で小学校ではよく虐められていたんだっけ。
「も、もうやめろ!!かあさんもじゅんも、なぐらないで!!」
「……じゃあてめぇなら良いのか!!?」
一瞬だった。父の拳がまだ小学生の兄さんの腹部に吸い込まれ、兄さんは宙に舞う。
小さくてどうしようもなく役立たずで使えない私はただ叫ぶことしか出来なくて――



「兄さんっ!!?」
「……白川、大丈夫か?」
辺りを見回すと教室中の視線がこちらを向いていた。
黒板にはよく分からない科学式が並んでおり、黒川先生が近付いて来る。
……どうやら授業中に寝てしまったらしい。
「あ…えっと……私…」
身体中に嫌な汗をかいている。気持ち悪い。
よりによってあの時の、あの屑の夢なんか見るなんて。手は震えていて自分では抑えられなかった。
「……顔色が悪いな。ちょっと保健室に行ってこい。おい、保健委員は」
「一人で行けます。……すいません」
「おい、白川!」
急いで席を立ち逃げるように教室を出る。
早足でトイレまで行き顔を洗う。何度も。何度も何度も何度も何度も。
「……忘れろ」
また顔を洗う。あの記憶を忘れられるまで。
それが出来ないのなら、せめてこの手の震えが収まるまで。
「……兄さん…助けて」
結局私はチャイムがなるまで顔を洗い続けた。
あの記憶を、兄さんが記憶喪失で忘れてしまった悪夢を私も同じように洗い流せるまで。


162 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:07:57 ID:N6hpsFd+0

体調不良ということで学校を早退することにした。
結局手の震えは収まらず黒川先生に半強制的に早退させられた、と言った方が正しいかもしれない。
雨の中を歩くと心が落ち着く。雨が傘や木々や地面に当たって奏でる雨音は私の心を癒してくれるから。
「……公園…か」
歩いていると小さな公園が目に入った。昔は兄さんと二人で日が暮れるまでよく遊んだものだ。
「…懐かしいな」
久しぶりに公園の中に入ってみた。昔と何も変わっていない。
あの赤いシーソーも、少し低めの鉄棒も。そしてよく二人で遊んでいた砂場も。
砂場には誰かが忘れたであろうスコップが一つぽつんと放置されていた。
「……あ」
砂場に幼い頃の私たちがいる。
あれは遠い昔の記憶。
『きょうはおしろをつくるからな!でっかいのつくってかあさんにみせるんだ!』
『うん!おかあさん、よろこんでくれるかな?』
『よろこんでくれるにきまってるだろ?かあさんはおしろがだいすきなんだから!』
……いつも二人きりで遊んでいた。
仲が良いから。確かにそれもあったが何より私たちには友達がいなかった。
父の悪い噂は近所に広がっていたし、四六時中近隣に響く彼の怒鳴り声が近所の話題にならないはずがない。
そしてそれは子供たちの間にも広がっていき皆が私たちの環境や身体に出来る痣を馬鹿にしていた。
だから私たちはいつも二人ぼっち。
『よっし!これで完成だ!……じゅん、どうした?』
『……何でわたし、いじめられないといけないのかな?わたし、なにかしたのかな?』
『……じゅん』
『ひとりは……つまらないしさみしいよ…』
当時の私の心は既に限界だった。確かこの頃から周囲が敵に見え始めたような気がする。
震えながら訴える私を兄さんは優しく抱きしめてくれた。
『ひとりじゃ……ないだろ?』
『おにいちゃん…?』
『みんないなくなってもおれがいる。おれはずっとじゅんのそばにいるから』
『うん……』
『だから…その…か、かなしそうなかお、すんなよな!』
『……うん!』
砂場には抱き合って笑い合う、ちょっと変だけど暖かい二人の姿があった。
「兄さん……」
傘を差しているはずなのに頬が濡れていることに気が付いた。視界もぼやけてあまりよく見えない。
昔から変わらず泣き虫な自分に嫌気がさす。
気を落ち着かせる為、あの場所に行くことにした。


163 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:11:24 ID:N6hpsFd+0

この公園の隅には小さなベンチがある。
昔私がちょっとしたことで泣いてしまった時は兄さんがここまで私を連れて来て慰めてくれた。
だから私にとってこのベンチは少し特別な場所なのだ。
「………?」
ベンチに近付くと違和感を覚えた。
何故かベンチの周辺だけ全く濡れていない、というかそもそも雨が降っていない。
そしてこんな雨の日なのにベンチには既に先客がいた。
腰ほどもある黒髪で真っ赤なワンピースを着た女の子だった。
とても端正な顔立ちをしていてこの雨の中で一際存在感を放っている。
「こんにちは」
「え、えっと……こんにちは…」
いきなり話し掛けられて思わずたじろいでしまった。女の子は微笑みながら隣を指差している。
「座らないの?」
「あ、はい……」
女の子に促され隣に座る。
ベンチから見ると雨がカーテンのように公園とこのベンチを区切っておりまるでここだけ別世界のような感覚に陥る。
「ここ、良い場所よね」
「は、はい……」
何だろう、この違和感は。
隣に座っている女の子は確かにすぐ傍にいるはずだ。
なのに、どうしてこんなにも遠いのだろう。手が届きそうで届かない。まるで雲を掴むような感覚だ。
「貴女もよく来るの?」
「たまに……」
「そう」
女の子はずっと公園の方を見ている。
つられて私もその方向を見るが雨のカーテンを除けば特におかしな物はない。
「私は鮎樫らいむっていうの」
「鮎樫……ってあのアイドルの…」
「同姓同名なのよ。毎回言われるから、もう慣れたけどね」
こちらを見ながらさっきのように微笑む女の子、鮎樫さん。
でも有り得ない。鮎樫らいむは半年前突然失踪したトップアイドルだ。
私たち要組も偶然彼女に関わる事件に遭遇したことがあるが目の前の女の子は全く知らない。
何よりアイドルの鮎樫らいむは金髪と澄んだ青い目が特徴だったはず。
確かに彼女の言った通り同姓同名という可能性もあるが鮎樫なんて苗字、滅多にいない。
では一体この女の子は何者なんだろうか。
「貴女の名前は?」
「……白川、潤」
「…潤。良い名前ね」
本当は名前なんて教えるべきじゃなかった。でもそんな心とは裏腹に口が動いていた。
本来ならばこのベンチは安らげる場所だったはずなのに今私は何故か目の前の女の子、鮎樫さんに恐怖のような感情を抱いている。
「ねえ、潤?」
「な、何?」
「……お兄さんのこと、好き?」
「えっ?」
心臓の鼓動が高鳴る。
何故?何故彼女が兄さんのことを知っている?いやそもそも私に兄がいることが何故分かった?
頭に疑問の渦のようなものが出来る。


164 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:12:41 ID:N6hpsFd+0

「ふふっ、怖がらなくていいよ。ただ潤がお兄さんのことを好きなら一つだけ覚えておいて欲しいの」
「……な、何よ」
声を出すのがやっとだ。とにかく怖い。
このベンチから一刻も早く逃げ出したいのに身体が言うことを聞かない。
そんな私に女の子、鮎樫さんは耳元で囁いた。
「貴女を守ってくれた"兄さん"はもういないのよ?」
「………あ」
私の中の何かが壊れそうになる。
そうだ、昔私を父から、周囲から守ってくれた兄さんはもういないんだ。
今の兄さんは記憶を失ってあの時のことをすっかり忘れてしまっている。
つまり私が大好きな兄さんはもう……。
「……今日は会えて楽しかったわ。また今度会いましょう。お兄さんによろしくね」
「……えっ?」
顔を上げると既に鮎樫さんはいなかった。そしてそれが合図かのようにベンチにもたちまち雨が降り始める。
私は傘を差すのも忘れてしばらく呆然とするしかなかった。



重い足取りで通学路を歩く。家に帰るのが何となく憂鬱だった。
……いや、理由ははっきりしている。ただ認めたくないのだ。
自分が大好きだった兄さんがもうこの世にはいないという事実を。
鮎樫らいむと名乗る少女の言葉が私の心に深く突き刺さっていた。
「……潤?」
「……あっ」
振り向くとそこには兄さんがいた。息が荒く傘も差さずに何をしているんだろう。
いつも通りの兄さん、私だけの兄さんが近付いて――
『貴女を守ってくれた"兄さん"はもういないのよ?』
足が止まる。思い出してしまったから。
目の前にいる兄さんは私の知っているあの"兄さん"ではないんだ。
「潤か!やっと見つけた!黒川先生が潤は早退したって教えてくれたんだけどさ」
見知らぬ男が兄さんの顔をして近付いて来る。
「でも家に帰ったらいないから急いで探しに来たんだ。何かあったんじゃないかって…」
「……うるさい」
見知らぬ男が兄さんの声で私に話し掛ける。
一体コイツは誰? 兄さんに限りなく近い、それでも兄さんじゃないならば誰なのだろう。
「潤?……大丈夫か?」
「触るなっ!!」
肩に置かれた冷たい手を払いのける。私に触って良いのは兄さんだけだ。
コイツは……違う。
「わ、わりぃ…。でも体調不良なんだろ?だったら早く」
「兄さんのふりをするなっ!!」
何かが私の中で爆発した。兄さんによく似た誰かは呆然と立ち尽くしている。
「何も知らないくせに!!父さんが私たちにしたことも!母さんが私にしたことも!
私がどれだけ苦しんで来たのかも!!何も知らないくせに兄さんのふりをするな!!」
目の前の男に思い切り掴み掛かる。男は抵抗せず私たちは倒れ込む。
男はとても辛そうな、そして何処か悲しそうな顔をしている。
そんな男に私は叫び続ける。
「兄さんを返してよ!兄さんだけが私を救ってくれるのに!約束したのに!兄さん!!兄さん……助けてよっ!!」
返事は返って来ない。聞こえるのは雨音だけ。
目が段々と霞んできて視界がぼやける。また泣いているのだろうか。
身体から急速に熱が奪われていくのを感じる。同時に意識が朦朧としてきた。
「……潤?潤、しっかりしろ!?おい潤!?」
最後に私が聞いたのは叫ぶ誰かの声。遠い昔に聞いた、誰かの……。


165 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:15:02 ID:N6hpsFd+0

「……んっ」
目を開けると見慣れた天井があった。
どうやらここは自分の部屋らしい。身体を起こす。自分の身体がとても重く感じる。
頭も鈍痛がする。とりあえず立とうとするが怠さからか、中々立ち上がる気になれない。
「おっ、気が付いたか」
扉が開いて兄さん……男が入って来た。両手のお盆に小さな鍋を乗せている。
「……何、それ」
「お粥だよ。体調不良なんだろ?しっかり食べないとな。味は……まあ何とかなる」
「……いらない」
そのまま布団を被る。今は兄さんのことは考えたくなかった。
「……そのままで良いから聞いてくれ」
「………」
ベットが少し揺れる。男がベットの端に座ったようだった。
「ゴメンな。自分のことで手一杯で潤の気持ち、考えられなかった」
「………」
「俺は潤の知ってる白川要じゃないし、潤の苦しみは分からない」
歯を食いしばる。例え事実だとしてもそれを兄さんの声で聞きたくはなかった。
「潤と過ごしてきた日々も知らなければ、潤の知ってる"兄さん"にも……なれない」
もう止めて。それ以上は……。
「……でもさ、これからだと思うんだ」
「………?」
「俺は確かに今までのこと、全然知らない。でもそれで終わりじゃないだろ」
何だろう。この気持ちは。コイツは兄さんじゃないはずなのに……。
「例え記憶を失っても俺は潤の兄さんで潤は俺の……俺の大事な妹だよ」
「………」
心臓が高鳴る。さっきの恐怖とは違う。
兄さんの言葉を確かに聞いている自分がいた。
「だから、すぐにとは言わないけど……俺のこと、また兄さんって呼んで欲しい」
ベットが揺れる。兄さんが出てっちゃう。
何か言わないと。別に気にしてないよって言わないと。
「……お粥、ちゃんと食べろよ?」
扉が閉まる音と共に起き上がる。
そのまま机の上のお粥に目がいった。無言で口に入れる。
「……熱っ」
少し水っぽくて味が薄かったけどちゃんとお粥になっていた。
……それにとても暖かくて心に染みてきた。
「…あれ?」
いつの間にか涙を流している自分がいる。何で気が付かなかったんだろう。
お粥を作ってくれたのも、雨の中傘も差さずに私を探していたのも全て私の為なんじゃないか。
払いのけた時の兄さんの手はとても冷たかった。きっと私のことを雨の中ずっと探してたんだ。


166 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:16:12 ID:N6hpsFd+0

「兄さん……!」
いてもたってもいられなくなり扉を開ける。
そのまま一階に降りリビングに入る。ソファーでは兄さんがテレビを見ていた。
「ん?潤、どうし」
「兄さんっ!」
そのまま兄さんに抱き着く。
雨に濡れた兄さんの身体はとても冷たくてお風呂にも入らず私を介抱してくれたことが分かった。
「じゅ、潤?」
「ごめんなさい!私…私…兄さんに酷いことを言った!兄さんだって苦しんでたのに……!」
そう。兄さんだって苦しんでいたはずなんだ。
記憶喪失になって何も分からず苦しんでいたはずなのに。私は自分のことしか考えなくて。
私こそ妹失格なんだ。
「……ありがとう」
「…えっ?」
顔を見上げると兄さんと目が合う。私の大好きな兄さんが確かにここにいた。
「許してくれてありがとう。やっぱり俺の妹だな。それともお粥効果かな」
私をぎゅっと抱きしめる兄さん。私も負けじと抱きしめ返す。
少し照れ臭かったけどとても暖かくて幸せな気分になれた。
「兄さんも苦しんでいたんだよね……」
「……まあ、な」
兄さんは何処か悲しそうな笑みを浮かべた。
本当は分かっていた。兄さんが記憶を失って苦しんでいること。
でも気付かないふりをしていた。きっと兄さんを誰にも取られたくなくて、他のことを気にする余裕がなかったんだと思う。
「これからいっぱい思い出作れば良いんだもんね」
「ああ、そうだな」
二人で笑い合う。まるで昔に戻ったみたいに。
そう、例え記憶を失っても兄さんは兄さんなんだ。
「……あの、潤さん?」
「どうしたの、改まって?」
「そろそろどいて欲しいんですが……」
言われて私が兄さんに覆いかぶさっていることに気が付いた。
兄さんは右腕を骨折している為私を退かせられないようだ。
「……ふふっ、成る程ね」
「今何か良からぬこと、考えませんでしたか潤さん!?」
「……熱って汗をかくと下がるらしいよ」
「思い切り良からぬことじゃねぇか!」
兄さんをソファーに押さえ付け顔を近付ける。
心なしか赤くなっている兄さんが私をさらに良からぬことへ走らせようとする。
「ちょ、待て!?」
兄さんとの距離が縮まって――
「おはよう~……あれ?」
「お、おはよう里奈!」
「……おはよう」
里奈がリビングへと降りてきた。どうやら二階でお昼寝をしていたらしい。
瞬間、私と兄さんは距離を取っていた。流石に昼間から小学生に濡れ場を見せるわけにはいかない。
「……プロレスごっこ?」
思わず二人同時に吹き出した。


167 : リバース ◆ Uw02HM2doE 2010/09/13(月) 18:17:38 ID:N6hpsFd+0

夜。里奈を先に寝かせ私の部屋で兄さんと話す。里奈は……何故か分からないが苦手だ。
まだ2、3日しか一緒に暮らしていないからかもしれないが、妙に兄さんに懐いているのも気になる。
だから兄さんと二人きりになれて正直ほっとした。
「だから修学旅行っていっても全然大したことないんだよな」
「そうだね。去年は沖縄だったらしいけど」
「有り得ないぜ……。何で今年に限ってこんなにショボいのかな」
あれから兄さんは過去に何があったのか、私に聞こうとはしない。
遠慮しているのかもしれないし、私が話すのを待っているのかもしれない。
どちらにせよいずれは話さなくてはならない。両親のことも兄さんに起こったことも。
「ふふっ、それじゃあ亮介が可哀相だよ」
「でも亮介の奴、いつも女のことばっかでさ……」
でも今だけは、この安らぎだけは守りたいから。
きっと本当のことを話したら兄さんは壊れてしまうから。だから、良いよね?今はまだ……。
「おっ、もうこんな時間か。じゃあまた明日な。夜更かしすんなよ」
「うん。……兄さん、今日はありがとう。おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
扉が閉められて部屋を暗闇が包む。今日は疲れたからぐっすり眠れそうだ。



深夜。潤の部屋。ベットには潤が幸せそうな顔で眠っている。
そしてその顔を見下ろす影が一つ。
「……上手く行ったみたいね」
部屋に射した月光が彼女の真っ赤なワンピースをより一層際立たせている。
「これで後は……」
月光に照らされた彼女、鮎樫らいむの笑みはとても妖艶で、まるで一輪の真っ赤な薔薇のようだった。