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286 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:41:39 ID:l+2rZwWw

修学旅行と聞いて皆さんはどんな気持ちになるのだろうか。
嬉しい?
ワクワクする?
待ちきれない?
まあ様々な気持ちはあるだろうがプラスの感情を抱く人が殆どだと思う。
いつもはクールぶってる秀才君も悪ぶってる不良君も修学旅行と聞けば少しはプラスの感情になるのが一般的ではないだろうか。
そういう意味では俺は、いや俺達東桜高校二年生一同は少数派に入るのかもしれない。
「修学旅行かぁ……」
窓の外を見つめながら亮介が呟く。
電車の窓はかれこれ一時間ほど、同じような田んぼを写し続けている。
「まさかこれほどとはね……。去年が羨ましいよ」
「言うな英!気が滅入るからそれ以上は言わないでくれ……」
英の恨み言を咄嗟にシャットアウトする。
去年が沖縄だったのに対して今年が僅か二時間ほど電車で行ったところにある姉妹校で二日間授業を受けるだけ、
と聞いたら今の俺なら発狂してしまう可能性があるからだ。
「ま、まあ元気だそうよ!授業が終わった寝るまでは自由時間だし向こうで友達作ろう!ね?」
大和撫子さんは何が嬉しいのか俺の隣でウキウキしていた。瑠璃色のポニーテールを嬉しそうに揺らしている。
「……大和さんはポジティブなんだね」
「はい!白川君とだったら何処でも楽しいです!……あ、えっと…」
いきなり顔を真っ赤にする大和さん。忙しい人だけど見ていて飽きないな。
「お世話でも嬉しいよ、ありがとう」
「えっ、あ…はい…」
今度はしょんぼりとしてしまった。一体どうしたっていうんだ。
「主人公って何で決まって朴念仁なんだろうね」
英がこちらを見ながら笑顔で何か言っている。意味はよく分からないが言葉に棘があるような気が…。
『次は終点、終点、東雲(シノノメ)~東雲です』
アナウンスがしてようやく二時間にも及ぶローカル線の旅が終わった。



西桜(セイオウ)高校。
東雲町のちょうど中心部に位置するこの学校は約30年前、
つまり東桜高校と同じ年に創設された伝統ある高校で東桜高校の初代創設者とは昔から親友だったそうだ。
そこで二人の創設者はお互いの高校の親睦を深めるため何年かに一回、交互にお互いを招待しようと誓いあったらしい。
そしてそれは30年経った今でも両校の伝統として脈々と受け継がれているのだった。
「それで今年がちょうど俺達東桜側がこの西桜高校に招待される年だった、って訳だね」
西桜高校の廊下を歩きながら英が感心したように言う。
校舎には所々にヒビが入っており改築中だった。
「しっかし大きいな!ウチの二倍くらいあるんじゃねぇか!?」
亮介の言う通りこの高校はとにかく大きかった。教室の数も東桜の倍近くあるんじゃないだろうか。
「東雲町は田舎だからね。土地が安いってのもあるし、創設者が元々は地主だったらしくてね。町に学校を作る為の土地を無料で提供したらしいんだ」
先頭に立って俺達2年4組の生徒を先導してくれる西桜高校の先生が説明してくれた。
歳はとても若くまだ二十代前半で教師に成り立てと言った感じだ。
その後も先生は西桜の色々な場所を案内してくれた。
当人も二年前からこの学校で教鞭を振るっているらしく「まだ見習いなんだけどね」と苦笑いで話していた。
その割に生徒、特に女生徒からよく声をかけられるのはその中性的で整った外見のせいかもしれない。
学校紹介を終えて西桜高校の校門に戻った俺達。どうやら今日はこれで終わりらしい。
「とりあえず学校案内はこんな感じかな。明日からは時間割通り授業だから、遅刻しないようにね」
こうして俺達の東雲町での生活が始まった。


287 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:43:15 ID:l+2rZwWw

東雲町はありふれた田舎町といった感じだった。コンビニはあまりなく田んぼがちらほらと見える。
俺達が泊まるホテルはビジネスホテルといった感じでその周辺だけが微妙に都会だったが。
「やっぱり空気は美味しいな」
ホテルに着いた後、夕食まではひとまず自由時間らしいので一人で散策することにした。
本当は英や亮介も誘った方が良かったのだか、何となく今は一人になりたい気分だった。
大和さんに呼ばれていたような気もしたが……まあ気のせいということにする。
「公園か……」
町をぶらぶらと歩いていると公園が目に留まった。
家の近くにある公園と似ていて何だか懐かしくなったので寄ってみることにする。
決して広くはない公園にはブランコや砂場、滑り台などがあり端には青いベンチがあった。
「……あれ?」
そしてそのベンチに人が座っていた。地元の人だろうか。いや、あれは……。
「外国…人……?」
風邪になびく金髪に透き通った青い目。
まるでよく出来た西洋人形のような女性がそこに座っていた。
「……何か用ですか?」
「え、えっと……」
話し掛けられて始めて女性をずっと見ていたことに気が付く。
しかも彼女の声もまた美しく透き通っていて、聞くものを皆魅了してしまいそうだった。
「……制服?」
「あ、その……俺、修学旅行でこっちに来ている高校生なんです」
緊張しながらも女性の問いに答える。
会長も日本人離れした容姿をしているがこの女性はとても日本人には見えない。
もっと声を聞きたくて自然と彼女の隣に座っていた。
「修学旅行……。こんな田舎に?……嘘みたいね」
「俺もそう思います。でもウチの高校の伝統行事みたいなもので」
「伝統行事?」
「はい。何でも30年くらい前に……」
見ず知らずの人とこんなに会話するのは初めてだ。
女性も俺の話に興味があったようで気が付けば二人で意気投合していた。

「じゃあライムさんも最近この町に?」
「ええ。旦那がね、この町は空気が綺麗だからって」
女性はライムさんといって、想像通り日本と外国のハーフだった。
ここでも"ライム"だなんて最初に名前を聞いた時は驚いたが、ここ最近起こっていることに比べれば大したことはないのかもしれない。
むしろ日本人で"らいむ"なんて名前の方が珍しいだろう。思わず鮎樫らいむの顔が浮かんだが考えないことにした。
何処の国とのハーフなのかは教えてもらえなかったけれど、旦那さんがいて今妊娠6ヶ月らしい。
よく見ると確かにライムさんのお腹は膨れていた。
「本当はね、外に出るのは禁止されてるの」
「今の時期、危ないですもんね。事故にでも遭ったら大変ですし」
「……まあ、そんなところかな」
ライムさんは何処か寂しそうに呟く。ちょうどその時、5時を知らせる鐘が町に響き渡った。
「やっべ!もう5時か!?急いでホテルに戻らないと!あ、ライムさんは?」
「私は旦那をここで待つから」
「じゃあ気をつけて!今日はありがとうございました!楽しかったです!」
ライムさんに一礼をしてから公園を走り去る。
「私も楽しかったよ!ありがとう、白川君!」
あの透き通った声で名前を呼ばれたのが嬉しくて、帰り際にまた一礼をしてしまった。


288 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:44:49 ID:l+2rZwWw

「ふぅ、良い湯だなぁ。なっ、亮介!」
「お、おうっ!」
夕食の時間ギリギリにホテルに着いていつものように黒川先生にお説教(公開処刑版)をくらった後、俺と英と亮介は露天風呂に来ていた。
他にも結構な数の男子がいるのだがこのホテルの露天風呂は泳げるくらい広く、おまけに室内風呂まであるので意外とゆったりと湯に浸かれた。
「……要、何だが今日はやけに上機嫌だね?」
「まあな。ここのところ有り得ないような出来事が連続しただろ?」
「確かにな。アンドロイドにクローンにめっちゃ強いメイドさん……。正直今でもあんまり実感ないぜ」
「そうそう。だからたまにこうやってのんびり出来るだけで、そりゃあ上機嫌になるさ」
本当は今日のライムさんとの出会いが少なからず影響しているのだろうが、そのことは何となく秘密にしておきたかった。
「……そういうものかな」
「そういうものさ!……ん?何だこの穴……」
「穴?」
背中に違和感を覚えて移動すると俺が座っていた部分に穴が空いていた。
お湯の中にぽっかりと空いているその穴は、ちょうど人一人が通れるくらいの大きさだった。
「……何だろうね、これ?」
英が不思議そうに頭を傾げる。
亮介が潜って先を見てみたがお湯の濁りであまりよく見えないようだった。
「謎の穴、だな」
「……どうしたの要?」
たまたまそういう気分だったのかもしれない。
もしくは旅行先の思わぬ出会いで浮かれていたのかもしれない。とにかく無性にこの穴の先が気になった。
「……俺、ちょっと行ってくるわ」
「おう……っておい!?」
「か、要っ!?」
英と亮介が止める隙もなく俺は潜って穴の中に進んだ。
穴は途中から少し曲がっていたが何とか通れる。問題は息継ぎだ。無我夢中でお湯の中を泳ぎつづけるが中々穴の出口にたどり着かない。
(さ、流石にこれは……あっ!)
息止めも限界に達しそうになった時、やっと穴の出口にたどり着いた。上には光が見える。
(ま、間に合えぇぇえ!)
こんな所で死んだら洒落にならないからな。全力で進みようやく――
「っぷはぁ!!……はぁはぁ、た、助かった……」
息を吸うことが出来た。
何回か思い切り深呼吸をして地上の素晴らしさを実感した後、周りを見回してみる。
「……同じ露天風呂、か」
潜る前と同じような景色が目の前に広がっている。露天風呂内を繋ぐ穴だったのか。
「……とんだ無駄骨じゃねぇか」
溜息をつきながらその場から動こうとする。今頃英と亮介が慌てている頃だ。早く二人の元に戻らなければ。
「……タオル?」
岩影からタオルが流れてきた。誰かのが流されたのだろうか。岩影から顔を覗くと人影が見えた。
「やっぱり同じ露天風呂かよ……」
タオルを掴んで近付いて来る人影に放り投げようとしたその瞬間
「あ、ありがとうございます!タオル流されちゃって」
「っ!!?」
聞こえてきた声に反応して咄嗟に岩影に身を潜めた。
……何だ今の声は。まるで……まるで女の子の声だったような。
「あ、あれ?確かこの辺に人影が見えたんだけどな……」
「……マジかよ」
どうやら俺の耳は正しかったようだ。近くで女の子の声がする。
まさか……ここは露天風呂でも女湯の方でこの穴は禁断の……。


289 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:45:50 ID:l+2rZwWw
「あっ、あったあった!あたしのタオル」
「っ!!」
自分がタオルを持っていることに気が付いた。これが声の主が探しているタオルか。
というか声の主がこちらに近付いて来る。こうなったら――
「えっ!?」
「………」
突然岩影からタオルを持った手が出て来たら誰でも驚くだろう。しかし今の俺にはこれが限界だった。
もし右腕が骨折してなかったら衝撃波で女の子を吹き飛ばすという選択肢も……いや、これしかないだろ。
「あ、ありがとう」
「………」
恐る恐るタオルを受け取る女の子。よし、そのまま帰ってくれ。
「……貴女、一人で入ってるの?」
「………」
良いじゃないか一人だって。人間誰しも独りになりたい時くらいあるだろうに。
とテレパシーで伝えようとするがそれに反するように女の子は岩影に近付いて来る。
「もし良かったらあたし達と一緒に入らない?これも何かの縁だと思うから」
「………」
何と言うお節介を。いや、決して悪い人ではないのだが今の俺には悪すぎた。
一体どうすればこの窮地を脱することが出来るのだろうか。
仕方ない少々辛いがこの穴を通って戻るしかない。
(かなり疲れるが仕方ねぇ……せーの!)
「とりあえず隠れてないで出て来なよ」
「なっ!?」
潜ろうとしたその瞬間、出したままにしていた左腕を引っ張られ、態勢を崩してしまった。
勢い余ってそのまま岩影の外へ――
(……ありえねぇ………)
どうやら走馬灯というのは本当に存在するらしい。音も光も全てがゆっくりと動く。
そして見事に女の子の目の前に引っ張られた勢いのまま飛び込んだ。
「……へっ?」
呆然とする女の子。
そりゃあそうだろう。女子だと思っていた奴が女湯にいるべきではない男子なんだから。
このまま叫ばれて俺の高校生活は終わりか……。
「し、白川……君?」
「……えっ?」
「や、やっぱり白川君だ。こんな所で何してるの……?」
瑠璃色の髪を束ねたその女の子は何と大和さんだった。
何と言う偶然。大和さんの頬は紅潮し目は獣を見るようだ。
これは神様が俺にくれた蜘蛛の糸かもしれない。慎重に答えないと……。
「あ、えっと……。そこにある穴がさ!」
「穴?……!黙って!!」
「なっ!?」
「撫子~?タオル見つかった?」
「おっ、あったみたい……ってアンタ、何してんの?」
一瞬だった。
近くに友達がいること瞬時に感知した大和さんは巻いていたタオルをカーテンのように広げて俺の姿を隠してくれたのだ。
まさに早業。
しかし急に広げられたので思わず目の前に現れた彼女の引き締まった身体を凝視してしまった。どうやら大和さんは着痩せするタイプのようだ。
……これはもしかしたら潤よりあるかもしれない。
「い、いやぁ何か暑くて!こうすると涼しいかなぁ!?」
大和さんの声は少し震えていた。
彼女が顔を真っ赤にして目に涙を溜めながら射殺す勢いでこちらを見ていることに気付いてすぐさま目を閉じる。
……いかん、どの道死亡エンドだ。
「大丈夫?私たちもう上がっちゃうけど」
「う、うん!わ、あたしはもう少し入るから!」
「じゃあロビーで待ってるからね」
そう言うと大和さんの友達は離れて行き、周りには誰もいなくなった。
「……た、助かった」
「………白川君?」
どうやら助かったと思うのはまだ早いようだ。


290 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:47:13 ID:l+2rZwWw

「……ということなんだ。本当にゴメン!」
「…………」
あれからしばらく気まずい、というかひたすら無言で睨まれ続ける。
このままではやがて死亡エンドに成り兼ねないので必死にここまでの過程を大和さんに説明していた。
「でもさっきも言ったけどわざとじゃないんだ!偶然ここに繋がっていて!」
「……見たでしょ?」
「うっ……」
何を?なんて馬鹿な台詞は死んでも言えない。この状況で"見た"物なんてたった一つしかないのだから。
「見たんだ。見たんだ。……み、見たんだ!?」
さっきのように顔を真っ赤にさせて俺を殴ろうとする大和さん。
「た、確かに見た!見たけど忘れた!いや、忘れます!」
それを躱しながら必死に弁解をする俺。端から見ればじゃれ合っているようにも見えるがお互い必死だ。
一方は羞恥心と怒りをぶつけようとし、一方は上手い打開策を考えている。
「はぁはぁ……。な、何で全部避けられるの!?」
「……鍛えてるから?」
つい最近まで桜花と一緒に特訓していたし、彼女や桃花に比べたら大和さんは全然速くない。
まあそもそもあの二人を基準にすること自体が間違っているのだが。
「何で疑問形なのよ!……もういいっ!」
「あ、大和さん!」
俺を殴ることを諦めて立ち去ろうとする大和さんの腕を、俺は咄嗟に掴んでいた。
このまま終わっても誤解されたままだ。それだけは何とか解かなければ。
「……何よ」
「その……本当にゴメン!俺、何でもするから!」
頭を下げて謝る。我ながら情けないとは思うが仕方ない。パンチでもキックでも受けるしかない。
「……何でも?」
「ああ!…あ、家買えとかは無理だけど」
「じゃあ付き合って」
「勿論!………へっ?」
顔を上げると大和さんが俺を見つめていた。
何故だろう。彼女の目を見た瞬間、言葉では言い表せないような身の毛のよだつ寒気を感じた。
俺は周りに誰もいないこの状況をすっかり忘れていたんだ。
時折聞こえるシャワーの音が唯一俺達をこの世界に繋ぎ止めてくれているようだった。


291 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:49:00 ID:l+2rZwWw

「うわぁ…。やっぱり綺麗だね、星空」
「ああ、そうだな」
深夜。俺と大和さんはこっそりとホテルを抜け出して東雲町を散歩していた。
「桜ヶ崎から見る星空とは全然違うんだ」
「こっちの方が空気は澄んでるからな」
大和さんの言う通り夜空には満天の星が広がっており、それぞれがキラキラと輝いている。
「ゴメンね、付き合わせちゃって。一人だと、抜け出す勇気なくって」
「それ分かるわ。まあ何でもするって言ったしさ」
あの後大和さんの協力により、何とか女湯を誰にも見つからず脱出した。
英と亮介は脱衣所にいて、俺を見た途端亮介は「友よっ!」と言って抱き着いて来た。
英は俺が無事戻って来たことに安堵しているようだった。
二人に一部始終(大和さんの名誉の為に一人で脱出したことにしたが)を話すと、
英には「よく生きて帰って来れたね」と感心され、亮介には「主人公補正って恐ろしい…」と何故か怖がられた。
「でも迷惑じゃなかった?いきなり星空を見たい、だなんて」
大和さんが不安げな表情で俺を見てくる。
瑠璃色のポニーテールを揺らしながら聞く彼女は、バックの星空と相まって中々絵になっていた。
「むしろ最近バタバタしてたから良い気分転換になったよ。ありがとな」
「……それなら良いんだけどね」
大和さんは顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。
……結局「付き合って」というのは"散歩に"という意味で彼氏彼女の関係とか、そういうものではなかった。
安心したような残念なような、複雑な気持ちだ。これだから思春期はいかんな。
何でもすぐ好意やフラグだと思ってしまう。冷静にならなければ。
「白川君ってさ」
「ん?」
「白川君って……す、好きな人とかいるの?」
「……はい?」
思わず間抜けな返事をしてしまった。大和さんはまた顔を真っ赤にしながらも、俺を真っすぐ見つめている。
「い、いるの!?」
「いや、そうじゃなくて……いきなりどうしたの?」
「い、いいから質問に答えて。何でもするんでしょ!?」
「……マジっすか」
「マ、マジっす…!」
おいおい。いきなり何だこの展開は。
何でクラスメイトの前で好きな人を言わなきゃならない。修学旅行の夜の恋話でもあるまいし……。
あれ、今って修学旅行の夜か。じゃあ、あながち間違っては……いやそういう問題じゃねえだろ。
「いるの?いないの!?」
大和さん、目が血走っています。しかし好きな人って言われてもな。
ふと鮎樫らいむの顔を思い浮かべる。透き通るような長い黒髪に端正な顔立ち。たまに浮かべる妖艶な笑み。
そして――

『記憶はなくしたって身体は覚えている。心に刻まれている。そう簡単には忘れないわ』
『…本当の要を、知りたい?』

……何でこんな時に鮎樫さんのこと思い出すんだ。
「……白川君?」
「あ、えっと……好きな人なんていないよ」
「そ、そうなんだ。へぇ…そうなんだ。ふふっ、そうなんだ」
何が嬉しいのか、にやけた顔を隠そうともしない大和さん。
結局そのまましばらく星空を見た後、ホテルに戻った。
大和さんが別れ際に「良かったらまた明日も」と言っていたので、どうやら明日も散歩しなければならないようだ。
部屋に戻ると英と亮介はすでに寝ていた。
俺も二人を起こさないようにベッドに潜り込んで寝ようとしたが、鮎樫さんのことが頭から離れない。
「鮎樫らいむ……か」
今日公園であったライムさんとは全くの別人だ。
なのに名前が似ているだけでこんなにも気になるものなのか。
「……考え過ぎだよな」
関係があるわけがない。
今日偶然会ったライムさんと、あの鮎樫らいむの間に繋がりなんてない。
そのはずなのに得体の知れぬ不安感は拭い去れなかった。


292 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:51:35 ID:l+2rZwWw

修学旅行二日目。俺たちは西桜高校で授業を受けていた。
結局のところ、2年4組がそのまま東桜から西桜に移動して勉強するだけだ。
まあ先生が違ったり前もって決めておいた班で実験やディスカッションしたりと、細かい箇所は違うが些細なことだった。
つまり修学旅行というなの通常授業なわけで、そりゃあ盛り上がるはずもなく放課後を迎えた。
「悪かったね、色々手伝って貰っちゃって」
「いや、好きでやってるんで」
社会科準備室に地図や資料などを運び込む。
昨日学校を案内してくれた、佐藤晧(サトウコウ)先生の手伝いをしていた。
まあ手伝いと言っても右腕が使えないので、左腕で軽い教材を持つくらいなのだが。
「せっかくだからこの東雲町のこと、知ってもらおうと思ったんだけど……」
俺と先生の持っている資料の殆どには"東雲町郷土史"と書いてある。
「失敗したんですか?」
「……大多数の人達が寝てたかな。やっぱり郷土史は退屈だもんね」
苦笑しながら社会科準備室の鍵を閉め、歩き出す佐藤先生。俺も後からついていく。
確かに郷土史は退屈だったが俺は佐藤先生が好きだ。
これといった理由はないが何となく先生の話を聴き入っている自分がいた。

佐藤先生とたわいのない話をしながら昇降口へと向かう。
ふと先生を見ると星型のストラップが一つだけ付いている、シンプルな黒い携帯を開いているところだった。
「そのストラップ……」
「ああ、これ?綺麗だろ。好きなアイドルのコンサートに行って買ったんだよ」
誇らしげにストラップを見せてくる先生はいつもとギャップがあって面白い。
まさか先生の中に"好きなアイドル"なんてものが存在していたこと自体が驚きだ。
「先生に好きなアイドルなんていたんですね」
「まあね。芸能界を引退した、とか言われているけど僕は彼女の復帰を信じているよ」
佐藤先生をそこまで熱中させるアイドル。一体どんな人なのか気になった。
「先生、そのアイドルって……」
「ああ、分かっちゃった?やっぱり半年前くらいまでは大人気だったもんね、鮎樫らいむは」
「いや、知らな………えっ?」
急に息が苦しくなる。心臓が痛いくらい鼓動しているのが分かる。
今先生は何て言ったんだ。
「でも仕方ないと思うな。あの金髪に澄んだ青い目。そして透き通る歌声。コンサートに行った時はそれは大興奮だったね」
「……………」
冷や汗が止まらない。頭が割れるように痛いし、心臓の鼓動もより激しい。
つまり……いや、待てよ。金髪に澄んだ青い目?俺の知っている鮎樫らいむとは全くの別人じゃないか。
やっぱり俺の勘違い――

『ええ。旦那がね、この町は空気が綺麗だからって』

「っ!!?」
「し、白川君!大丈夫か!?」
息苦しい。呼吸が出来ない。自分の心臓の音が頭の中で鳴り響いていて先生が何を言っているのか分からない。
ライムさんは……あの人は一体何者なんだ。そして鮎樫らいむは……いや、本当の"鮎樫らいむ"は誰なんだ?
薄れゆく意識の中でそんな疑問がぐるぐると渦巻いていた。


293 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:52:33 ID:l+2rZwWw


雨が降る町の中を一組の男女が歩いていた。
一本の傘の中、二人は寄り添うように歩いている。
「何でわざわざ傘に入ろうとするんだよ。自分で避けられるだろ」
要は文句を言いながらも隣を歩く彼女が濡れないように傘を持つ。
「全く分かってないわね?避けられる避けられないの問題じゃないわ」
そして彼女もまた、要が濡れないようになるべく彼に寄り添っていた。
「じゃあ何が問題なんだよ?」
「それはね、男子が女子をエスコートしなければならないということなのよ。この雑誌にもね……」
長い黒髪を携えた彼女が鞄から一冊の雑誌を取り出す。それを見た要は溜め息をつきながら彼女を制した。
「もうCamCamはいい。その雑誌には嘘しか載ってないって何回言えば分かるんだ」
「いやいや、要。これさえあれば誰でもモテかわガールになれるんだよ」
その雑誌はCamCam、通称"キャム"と呼ばれる10代後半から20代前半の女性をターゲットにしたファッション雑誌で、若者の愛読書とも言われている。
よって世俗の知識が皆無な彼女が、それをまるでハウツー本のように崇める気持ちも分からないではないのだが。
「その雑誌には嘘が多過ぎるんだよ」
それでも『モテる笑顔術☆』や『男を一発で落とす表情と仕草!』など読んだ結果、
どう考えてもふざけている様にしか見えない特集の数々を要は認めることが出来なかったのだった。
「この前見せたのはたまたま駄目だったけど今度は……あ」
「ん?どうした?」
急に立ち止まり大きなビルのスクリーンを見上げた彼女につられて要も見上げる。
そこには今や国民的アイドルとなった"鮎樫らいむ"の姿が映っていた。
煌めく金髪に澄んだ青い目。そして透き通る歌声は、今いる日本のどんなアイドルも到底敵わない。
「鮎樫らいむ、またアルバム出すのか。凄い人気だな」
周囲を見回すと皆、立ち止まってスクリーンを見つめている。
この異常な光景もまた、鮎樫らいむの人気を物語っていた。
「私、彼女と知り合いなんだ」
「ふーん………はぁ!?」
彼女の爆弾発言に要は思わず公衆の面前で叫んでしまう。
「要、うるさい」
「あ、わりぃ……じゃなくて!本当に鮎樫らいむと知り合いなのか!?」
「うん。だって私が"鮎樫らいむ"って名前、考えたんだよ?」
次々と彼女の口から飛び出す爆弾発言に要は呆然とするしかなかった。
そんな要を尻目に彼女は話を続ける。
「あの子、本当はライム=コーデルフィアって名前で小国コーデルフィアの王家……あ、これオフレコだ」
彼女があまりにもリアリティのない話が逆に真実味を醸し出していた。
「じゃ、じゃあ……鮎樫らいむって名前は……」
「鮎樫らいむという人物は存在しないわ。どう?中々良い名前でしょ」
スクリーンでは鮎樫らいむ、もといライム=コーデルフィアが新曲を歌い終えて挨拶をしている所だった。
「……らいむは本名だから分かるけど、鮎樫って」
何とか爆弾発言の数々を受け止めた要は至極当然の質問をする。
"鮎樫"は珍しい、というかアイドルとしては致命的なくらい覚えにくい名字だ。
「それはね……凄い偶然だったんだよ」
彼女はスクリーンを見ながらその時のことを思い返すように目を細めていた。
「偶然……?」
「そう。つまり"リバース"の関係なのよ。彼女と私はね」
こちらを向いた彼女は意地悪そうな笑みを浮かべていた。こういう時の彼女は謎掛けをして要をからかっているのだ。
溜め息をつきながらも要は考え始めるのだった。


294 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23:53:29 ID:l+2rZwWw

「……ここは?」
「お、目覚めたか。どうだ、気分は?」
目の前には黒川先生の顔。部屋の作り的にここは俺達が泊まっているホテルのようだ。でも何か良い香りがするな。
「俺……」
「西桜高校の佐藤先生から連絡があってな。とりあえず私の部屋で寝かせておいたんだ」
「……今、何時ですか?」
「8時くらいだな。それより何処か悪いところはないか?」
「大丈夫です。ただの寝不足だと思うので」
8時か。じゃあライムさんには今日はもう会えないな。
夢…にしてはリアリティのあったな。もしかすると今まで見てきたのも全て夢じゃないのか。
「白川、大丈夫か?」
「あ、はい。ご迷惑をかけてしまい、すいませんでした」
「とりあえず部屋に戻った方が良い。何かあったらすぐ私に言うんだぞ?」
「はい。失礼します」
部屋を出て扉を閉める。英と亮介、心配してるかな。早く戻らないと。
「……リバース、か」
さっきの夢に出て来た少女。あれはどうみても鮎樫らいむだった。
でも本当の鮎樫らいむはアイドルの偽名でそれはライム=コーデルフィア。
……そしてそのアイドルは俺が昨日会ったあのライムさんとそっくりだった。
「……一体どういうことなんだよ」
わけが分からない。じゃあ鮎樫らいむと名乗ったあの少女は何者なんだ。

『…私たちはね、生まれ変わったんだよ』

「っ!!?」
頭が割れそうだ。思わず廊下に倒れ込む。
あの少女のことを考える度に激しい頭痛が俺を襲う。まるで身体が思い出すことを拒否しているようだ。
……思い出す?一体何を思い出そうとしているんだ。
「…はぁはぁ」
何とか立ち上がることは出来た。だがまだ鋭い頭痛は止まない。
「……明日、行こう」
ライムさんの所へ。それではっきりするはずだ。
ライムさんの正体や鮎樫らいむの正体。そして俺の記憶も取り戻す。
潤や英、亮介や会長や遥。皆との日常を俺は絶対取り戻してみせる。



深夜。ホテルのロビーには人影が一つあった。
その人影はしばらくロビーをうろうろとしていたが、諦めたのか瑠璃色のポニーテールを揺らしながら部屋に戻っていった。
「……罰ゲーム、だからね?白川君…」