8 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/28(火) 02:00:18 ID:Z38Oz+x4
修学旅行三日目。
天気は今までの二日間と打って変わってどんよりとした雲で覆われている。
厚い雲が今日は雨が降るということを俺達に知らせていた。
「白川君!大丈夫かい?」
廊下で佐藤先生に話し掛けられる。そういえば昨日は先生の前で突然倒れたんだっけ。
「はい。昨日はいきなりすいませんでした」
「いやいや、白川君が無事なら良かったよ!今日も無理そうだったら遠慮せずに言ってね」
「ありがとうございます」
佐藤先生のおかげで俺は記憶を取り戻せるかもしれない。
今はとにかく放課後が待ち遠しかった。だからかもしれない。
もしくは周りが全く見えてなかったのだろう。
「…………」
大和さんが濁った目でこちらをずっと見ていることに、俺は気付かなかった。



昼休み。
いつもは英と亮介と一緒に昼飯を食べるが、今日は誘いを断って一人屋上に来ていた。
二人は何も聞かずに俺を行かせてくれた。持つべきものは友達、といったところだろうか。
屋上はこの天気のせいか人っ子一人いなかった。一人で考え事をするにはちょうど良いのかもしれない。
「はぁ……」
鉛色の空を見つめる。まるで自分の胸中をぶちまけたような色合いだ。
「雨、降らないでくれよ」
もし雨が降ったらきっとライムさんはあの公園には来ない。
そうなると明日は昼前には帰るため、もう彼女とは会えなくなる。それだけは避けたかった。
「……"リバース"」
昨日からずっと考えている。
あの夢で鮎樫らいむが出した問題。果たしてあの時の俺は解けたのか。
「……一体どういう意味なんだ?」
真っ先に思い付いたのは"逆"という意味。でも何を逆にするんだ。
あの夢では名前について話していた。だからてっきり逆から読めばどうにかなると思ったんだが……。
「むいらしかゆあ……。ドラクエの呪文かよ」
全く意味を成さない。やはり考え方自体を変える必要があるようだ。だけどその方向性が分からない。
そもそもただの夢をこんなに真に受ける必要があるのだろうか。
「今日もありがとね」
俺が寄り掛かっている給水塔の反対側から声が聞こえてきた。
「気にすんなって。俺とお前の仲だろ」
「うん……。それじゃあ頂きます」
どうやら給水塔の陰に俺以外の生徒がいたようだ。
こんな天気の日に屋上で昼飯とは、俺と同じく変わり者なのだろう。給水塔に寄り掛かりながら話に耳を傾ける。
「……美味しい!相変わらず料理上手だね」
「まあな。元々ウチは海外事業で両親いなかったしさ」
よくいるカップルの会話に聞こえるが、何故か違和感を覚える。
話からしてどうやら男子が女子に弁当を作ってきているらしい。
「気のせいか……」
確かにそれも珍しいのだが、もっと根本的な何かが狂っているような……。
「……残念だったね、生徒会長さん。助からなかったんでしょ?」
「……あ、ああ。通り魔とか……信じられないよ」
落胆を隠しきれない男子の声とは対照的に女子の声は嬉しそうだった。
……いや、嬉しそうなわけないだろ。今の脈絡からしてどうやら西桜の生徒会長さんが亡くなったようだ。
誰か、それも身近な人が亡くなって喜ぶ奴が何処にいるっていうんだ。
「……会長さんがいなくなって、寂しい?」
「……灯(アカリ)がいてくれたら、俺はそれでいいよ」
「ありがとう。大好きだよ、蛍(ケイ)」
男子の抑揚のない声。それでも女子は嬉しそうだった。
寒気がする。天気のせいじゃない。ただこの給水塔を挟んだ反対側で起こっていることがあまりにも恐ろしい、本能的にそう感じた。
「……そろそろ戻るか。もうすぐ予鈴だしな」
自分に言い聞かせてその場を去る。
すぐ身近にある非日常。それを認めたくはなかった。
認めてしまえばこれから俺に起こることも認めてしまいそうだったから。


9 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/28(火) 02:05:36 ID:Z38Oz+x4
放課後。やはりと言うべきか雨が降り出していた。それでも僅かな望みにかけて公園へと走る。
途中まで走って教室に傘を忘れたことを思い出したが、時間が惜しいので諦めて走り続けた。
「はぁはぁ…!」
20分程走り続けてようやく公園に辿り着く。公園に着いた時には、既に雨が本格的に降っていた。
こんな雨の中ライムさんがいるとは思えない。それでもほんの僅かな望みに賭けて青いベンチを目指す。
「……いない、か」
青いベンチには誰もいず、地面には水溜まりが出来始めていた。
分かってはいたが、やはりいないと落ち込む。せっかく何かが分かりそうなのに。
「あら、こんにちは」
「あ……」
いきなり木陰から出て来たライムさんに思わず呆然とする。水玉柄の傘を差す彼女はヨーロッパの貴族のような雰囲気を醸し出していた。
「えっと、白川…君だっけ?ずぶ濡れだけど大丈夫?」
「え、あ、はい。……会えた」
ライムさんに言われた通り俺は全身ずぶ濡れだ。だけど今はそんな些細なことは関係ない。
会えたんだ、彼女に。本当に良かった。後は彼女に聞けば良い。そうすれば何か分かるはずなんだ。
「あの、ライムさん!実は聞きたいことが」
「あっ!来た!」
「ある……えっ?」
いきなりライムさんが走り出す。その先にはスーツを来た一人の男がいた。
「お帰り、亙(ワタル)!」
「ただいま、ライム」
亙と呼ばれたその男はライムさんを抱き寄せて――
「んっ……」
そのままキスをした。あまりの超展開に俺はただ二人を見つめるしかない。
雨の中抱き合う二人は何故かとても幻想的で、彼らとその周りだけが別世界のように感じた。
やがてライムさんが惜しむように離れると男がこちらに近付いて来る。歳は20代前半で佐藤先生とあまり変わらない感じだ。
少し長めの黒髪に端正な顔立ちだが、表情は強張っており俺を警戒していることが分かった。
「え、えっと俺!」
とりあえず誤解されているならば何とかしなくてはならない。そう思い口を開いたが先に男が俺に話し掛けた。
「…鍋、好き?」
「……はい?」
男の右手にはスーパーの袋があり、その袋からねぎの先っぽが出ていた。



公園から5分程歩いた所にライムさんと先程の男、遠野亙(トオノワタル)さんの住んでいる家があった。
「はい、タオル。拭かないと風邪引くよ?」
「あ、ありがとう……ございます」
そして何故か俺は彼らの家にお邪魔していた。というか亙さんに鍋に誘われたといったところだろうか。
「亙、後ちょっとで出来るからね!」
「はいよ」
台所ではライムさんが晩御飯の支度をしている。鼻歌交じりに料理する彼女は、まさに新妻といった感じだ。
リビングでは亙さんと俺が座って身体を拭いていた。
「急に降られちゃってね。やっぱり天気予報は信じなきゃ駄目だな」
「あ、はい……」
こうなったら亙さんでもいい。"鮎樫らいむ"について知っていることを聞き出さないと。
「あ、あの亙さん!実は聞きたいことがあって……」
「俺に聞きたいこと?……初対面だよね、俺達」
「す、すみません。でもどうしても聞きたいんです!鮎樫ら――」
本当は"鮎樫らいむ"まで、言うつもりだった。だけど"鮎樫"という単語を言った瞬間、亙さんが急に立ち上がった。
俺を見つめる冷たい目につい口を閉ざす。何故か分からないが"鮎樫らいむ"はこの空間では発していけない単語のような気がした。
「ライム、白川君が公園に忘れ物をしたらしいから、一緒に取りに行ってくる」
「……本当に?」
台所にいると思っていたライムさんが急に亙さんの背中から顔を覗かせる。
両手は彼を拘束するかのように腰に回されていた。そんなライムさんにも動じることなく亙さんは答える。
「ああ、勿論。俺が愛しているのはライムだけだから」
「……うん。分かったよ。早く帰って来てね?」
「了解。じゃあ行こうか白川君」
「……あ、はい」
亙さんに連れられる形で家を出る。ライムさんの視線はこの際気にしないようにした。


10 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/28(火) 02:07:30 ID:Z38Oz+x4

雨の中を歩くスーツ姿の男性と学生服の少年。端から見れば親子にでも見えるのだろうか。
やがて俺達は公園近くの喫茶店に入った。
店内はこの雨のせいか閑散としているが、こじんまりとした雰囲気はどことなく"向日葵"に似ていた。
亙さんが店員に慣れた口調で注文をする。どうやら彼はこの店の常連のようだ。
「ここ、俺のお気に入りなんだ。昔よく行った喫茶店に似ていてね」
「そうなんですか。俺も好きです、こういう感じ」
ちょうど珈琲が来たので飲んでみる。癖になりそうな苦さも"向日葵"そっくりだった。
まさか向日葵二号店かと思い、ついてきたナプキンに店名が書いていないか探す。
書いてあった名前は"tournesol(トゥールヌソル)"だった。
フランス語かロシア語だろうか。とにかく向日葵ではないようだ。
……まあそんな偶然あるわけないのだが。
「……急に連れ出してすまないね。でも禁句なんだ。ライムの前で"鮎樫らいむ"は」
「そうなんですか。でもライムさんは……」
確か俺の見た夢、そして佐藤先生の発言からもライムさんが"鮎樫らいむ"のはずだ。
「……ああ、ライムは確かに半年前まで"鮎樫らいむ"というアイドルだったよ」
「じゃあ何で……」
やはりライムさんは半年前引退したアイドル、"鮎樫らいむ"だった。じゃあ一体どういうことだ。
「……ライムはね、記憶喪失なんだ。アイドルとしての"鮎樫らいむ"の記憶は、今のライムにはない」
「記憶……喪失…」
記憶喪失。奇しくも俺と同じ症状だ。
……偶然、だよな。いやそうに決まっている。
「だから今のライムには……彼女の記憶を刺激するような単語は聞かせないようにしてる」
「そう…ですか」
窓の外を見つめる亙さんは何処か悲しそうだった。
本当は何故記憶喪失になったのか、それも聞きたかったが止めた。何となく聞いてはいけない気がしたから。
「……白川君はライムのファン?」
「いや、俺は知りたいんです。"鮎樫らいむ"の名前の由来を」
ライムさんは記憶喪失だ。ならばもう亙さんしかいない。
彼ならばどうして"鮎樫らいむ"という名前が生まれたのか、知っているかもしれない。
「名前の由来?何でそんなものを」
「お願いします!知っていること、何でも良いんです!」
思わず店内にも関わらず叫んでしまった。
亙さんは一瞬驚いたようだったがすぐに難しい顔をして、何かを考えている。
「……亙さん、俺!」
「まあ落ち着きなよ、白川君」
亙さんの言葉で始めて自分が身を乗り出していることに気がつく。
何事かと店員が顔を覗かせていたので、慌てて席に着いた。
「す、すいません……」
「俺が知っていることはほんの僅かだよ。殆どの人が"鮎樫らいむ"が偽名ということも知らないわけだし。むしろ白川君がそれを知っていることが俺には不思議だな」
……確かにそうだ。普通ならば"鮎樫らいむ"の由来はおろか、それが偽名だということすら知らないはずだ。
でも「夢で見たから」などと言って信じてもらえるのだろうか。
「それは……」
「……まあお互い細かいことは言いっこ無しだな。俺がライムから聞いた話は一つだけど、それで良いなら話そうか」
「は、はい!お願いします!あ……」
また乗り出しそうになるのを抑える。落ち着け。別に焦る必要はない。
「確か……"逆"にすると、とか言ってたな」
「逆……ですか?」
「つまり"鮎樫らいむ"を逆にするんだよ」
……"リバース"か。要するにライムさんが言ったことは鮎樫らいむの言ったことと同じ意味だったのだ。
全身の力が一気に抜けそうになる。結局、降り出し。自分で答えを考えるしかないってことなのか。


11 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/28(火) 02:10:29 ID:Z38Oz+x4
「それなら試しました。"鮎樫らいむ"をリバースして"むいらしかゆあ"ですよね。でも意味が分からなくて」
「そうなんだよ。……リバース?」
急に亙さんが考え込む。どうしたというのだろうか。
亙さんはそのまま1分程考え込んでいたが、突然「リバースか!」と叫びメモ帳を取り出して何かを書きはじめた。
俺はそれをただ見守るしかない。やがて亙さんは満足げな顔で俺を見てきた。
「な、何か分かったんですか?」
「……ああ。この謎が解けたよ」
何処かの推理小説にでも出て来そうな台詞を言う亙さん。しかし今の俺にはそんな些細なことは気にならなかった。
「ほ、本当ですか!?」
「まあね。まず"鮎樫らいむ"を平仮名で書いてみて」
亙さんにメモ帳とペンを貸してもらい、そこに
『あゆかしらいむ』
と平仮名で書く。
「出来ました」
「そうしたらそれをローマ字にしてみて」
「ローマ字……ですか?」
「ああ、なんたって"リバース"だからね。平仮名ではなく、ローマ字にするべきなんだ」
亙さんに言われた通り、『あゆかしらいむ』を
『ayukashi raimu』
とローマ字にする。一体これで何が分かるんだ?
「あ、"shi"は"h"を抜かして書いて」
「えっと……分かりました」
よく分からないが今は亙さんの指示に従おう。確かここを変えるから……
『ayukasi raimu』
こうなるな。……あれ?
「ま、まさか……」
「気付いたかい?後はこれを"リバース"。逆から読むだけだ」
逆から読む。つまり"リバース"すると
『umiar isakuya』
……これは。そういうことだったのかよ。
「いやぁ、一年越しの謎が解けてすっきりしたよ。ありがとう白川君」
「ま、待ってください!つまり…この名前って」
「ああ。"鮎樫らいむ"の由来はこの人の名前をローマ字にして逆から、つまりリバースしたものだったんだ」
「……この人、えっと…うみあ――」
瞬間頭に激痛が走り目の前が真っ白になる。あまりの痛さに目を閉じる。
「っ!!な、何だ……!?」
少しずつ痛みが引いてきたので目を開けると、そこは一面真っ白だった。

「……な、何だここ…」
「間に合ったみたいね」
振り向くとそこには腰ほどもある長い黒髪に真っ赤なワンピースを着た鮎樫らいむ……いや、鮎樫らいむ"だった"奴が立っていた。
「ここは何処だ?俺は確か喫茶店に……」
「安心して。ここは要の意識の中だから。用が済んだらすぐに帰してあげる」
微笑みながら彼女が近付いてくる。いや、こないだのあの夢と同じ意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「……一つ良いか?」
「何かな?」
「お前、本当は"鮎樫らいむ"じゃないよな」
「……いきなり直球来たね。要のそういうとこ、嫌いじゃないけど」
彼女が近付くのを止めた。表情もさっきのような笑みを浮かべてはおらず、無表情で俺を見つめていた。


12 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/28(火) 02:12:01 ID:Z38Oz+x4
「ごまかすなよ。お前、本当はうみあ」
「待って!」
急に大声で俺を制止する彼女。思わず口を閉ざす。一体何だって言うんだ。
「……要は今、幸せ?」
「えっ?」
「要が記憶を失ってから3、4ヶ月経ったよ。最初は分からないことだらけでその後もトラブル続きだったね」
「……ああ」
いきなり彼女は語り出す。まるで俺の今までの生活を全て見ていたような口ぶりだ。
「でも要は諦めなかった。それどころか周りを変えちゃうくらい、要は頑張ったよね」
「…………」
何なんだろう。どう考えてもおかしい。彼女の言っていることは確かに正しい。
正しいのだが何故全てを把握することが出来るのだ。
勿論、適当に言っている可能性もなくはない。
しかしどうしても彼女の言葉には何か確信があるように感じる。そしてその言葉を聞き流せない自分がいた。
「妹さんとも仲直りしたし、会長さんや春日井さんのことだって何とかなる。このまま何も思い出さずに暮らせば、要がずっと待ち望んでいた"平穏"が手に入るんだよ」
「お、おい……」
彼女は泣いていた。泣きながらも俺に訴えかける。泣いている彼女を見るのは初めて会う時以来で、何故か胸が締め付けられた。
……いや、待て。何故知っているんだ。彼女には潤や会長、遥のことは話していないはず。
何でそんなこと、彼女が知っているんだ。一気に色々なことが起きたせいで混乱する。
「要は……それでも記憶を取り戻したいの?」
「ち、ちょっと待て。俺が記憶を取り戻したら……何か起きるのか」
「……ううん。元に戻るだけだよ。何もかもね」
意味が分からない。彼女は"鮎樫らいむ"じゃない。彼女の本当の名前を言うだけだ。
なのに、なのにどうしてこんなにも彼女はそれを止めようとするんだ。
「それでも……平穏を犠牲にしても記憶を取り戻したいなら、私の名前を言って」
「……何だよ、それ。意味分かんねぇよ…」
"鮎樫らいむ"の由来が分かれば何かが変わるんじゃなかったのか。
この少女の本当の名前が分かれば何かが好転するんじゃないのか。
確かに変わるらしいが彼女の言い方だとまるで俺が悪いことを、自ら平穏を壊そうとしているように感じられる。
「少し時間をあげる。明後日の午前0時、要の家の近くにある公園で待ってる。その時に答えを聞かせて」
「お、おい!?」
途端にまた視界が真っ白になる。去ろうとする彼女の背中に手を伸ばすが――

「待てよっ!」
「……大丈夫?白川君」
「……えっ!?」
辺りを見回す。真っ白な景色は何処にもなく、先程の喫茶店に俺はいる。
目の前には亙さんがいて、心配そうに俺を見ていた。
「急に大声出して……何かあったの?」
「えっ……あ、あれ?」
何度見回しても真っ白な空間も"鮎樫らいむ"の姿もなく、俺はただ呆然とするしかなかった。


13 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/28(火) 02:14:22 ID:Z38Oz+x4

「色々とありがとうございました」
喫茶店を出て亙さんに向き合う。早くホテルに帰らないと夕飯に間に合わない。
「鍋は……まあライムと食べるか。それより白川君」
「何ですか?」
「俺とライムのこと、秘密にしておいてくれないか」
亙さんが俺をしっかりと見て言う。その言葉には何か決意のようなものが感じられた。
ふと思う。この人もまた、苦労してきたに違いない。そう思うと親近感が沸いて来た。
もし別の場所でこの人と会えたら、俺達はもっと仲良くなれたかもしれない。
「……分かりました」
「ありがとう」
「亙さん、何で初対面の俺なんかにこんなに親切にしてくれたんですか?」
そのまま立ち去ろうとする亙さんに俺は尋ねる。聞かずにはいられなかった。
「……似てたから、かな」
「……似てた?」
亙さんは振り返らずに続ける。
「君が、俺にね。その眼差しとか、すぐ熱くなるとことか。あ、それから右腕を骨折してるとこもかな。まあ原因は同じわけないだろうけどさ」
何故か亙さんは苦笑いをしていた。何か過去にあったのだろう。
「そんな君に先輩から一つアドバイスを」
「アドバイス…ですか」
背中を向けているので亙さんがどんな表情をしているのか分からない。
でも口調から彼が楽しそうなのは感じた。
「信じること。一度信じると決めた奴は最後まで信じる。たとえ事実がそれと違ってもね」
「信じる……こと」
亙さんの言葉はとても力強かった。
重みがあるというか経験者にしか出せない説得力がある。亙さんはライムさんを信じきったのだろうか。
「白川君には皆に認められる幸せを見つけて欲しいな」
「皆に認められる幸せ、ですか」
亙さんはどんな想いで話しているんだろうか。一体、何を想っているのだろうか。
「俺達は無理だったからね。……まあ今幸せだから良いんだけどさ」
「亙さん……」
「……そろそろ帰るわ。ライムが待ってるし。じゃあな白川君」
亙さんの背中がどんどん遠ざかって行く。何故かもう二度と会えない気がして思わず声をかける。
「亙さん!また会えますよね!?……俺、鍋好きです!」
亙さんは手を振りながら雨の中へ消えて行った。



「ただいま」
「お帰り亙!遅かったね。もう晩御飯出来てるよ」
帰ってきた瞬間、ライムに抱き着かれる。どうやらずっと玄関で待っていたようだ。
「白川君の忘れ物が中々見つからなくてさ。あ、彼時間がないからって帰ったよ」
「そう。とにかく早く食べよ?せっかくのお鍋が冷めちゃう」
「そうだな」
ライムに腕を引っ張られながら思い出す。彼、白川君のことを。
果たして彼は幸せを掴むことが出来るのだろうか。
「……信じること、か」
かつて後輩に言われた言葉。まさか誰かに言う日が来るとは。
もう会うことはないけれど、何となく俺に似ているあの少年には頑張って欲しいと思った。
「諦めんなよ、白川君」
届くはずはないけれど、それでも彼にエールを送った。


14 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/28(火) 02:16:32 ID:Z38Oz+x4
ホテルに帰ると既に夕飯が始まっていた。
初日と同じように黒川先生にたっぷりと叱られた後、皆に合流した。
でもあまり覚えていない。今夜で最後のホテルの夕飯も露天風呂も。"彼女"の言葉がひたすら頭の中に響いていた。

『それでも……平穏を犠牲にしても記憶を取り戻したいなら、私の名前を言って』

「……意味分かんねぇ」
思い出す度に同じ言葉を紡ぐ。何で名前を言うと平穏が壊されるんだ。
ベットの上で一人考え込む。英と亮介は修学旅行最終日の疲れからか既に眠っていた。
「……ちょっと散歩でもするか」
少し頭を冷やしたいし気分転換にもなる。せっかくだし修学旅行最後の星空だ。
まあ晴れていればだが。俺はそんな軽い気持ちでロビーに向かう。
部屋の隅にある俺の携帯にある50件以上の着信には気付かずに。
そしてその人物がロビーで待っているとも知らずに。

ロビーは降り続ける雨からか少し肌寒かった。結局散歩に行けたのは初日だけだったな。
そんなことを思いながらふと考える。
「……何か忘れているような」
そう。確か誰かと何かの約束を――
「こんばんは、白川君」
「っ!?」
こんな夜中に、しかもロビーに人がいるなんて思っていなかったため思わず声を出しそうになる。
ゆっくり振り向くとそこには
「……大和さん?」
「よく分かったね」
いつものように瑠璃色のポニーテールを揺らしている大和さんが立っていた。
「……大和さんのポニーテールは目立つから。こんな夜中にどうしたんだ?」
「どうしたんだ……か」
大和さんはゆっくりと一歩ずつ俺に近付いて来た。異様な雰囲気がロビーを支配している。
何だ、この感じ。凄く息苦しい。まるで縫い付けられたようにその場から一歩も動けない。
「や、大和さん……?」
「……罰ゲームだよ、白川君」
「罰ゲーム……?」
大和さんの言っている意味がよく分からない。罰ゲームってどういうことだ。
「あたし、待ってたんだよ。昨日も今日も、さ」
「待ってた……あ」
確か初日に大和さんと星空を見た後、明日もよかったらって言われた気がする。
……まさかずっと俺を待っていたのか。
「大和さんゴメン!俺……」
「もう遅いよ」
頭を下げて謝る俺の首筋に冷たい感触が――
「えっ?」
「おやすみ、白川君」
次の瞬間、バチバチと景気の良い音がロビーに響き俺の意識はそこで途切れた。



「もし生まれ変われるとしたら、何になりたい?」
俺の横で布団の中から顔だけを出して、彼女は言った。
「生まれ変わったら……忘れたい、かな」
「忘れたい?」
彼女はきょとんとした顔でこちらを向く。そんな些細な仕草も愛らしかった。
このまま何も考えずに彼女と……いや、結局それは何の解決にもならない。
「ああ。もし生まれ変われるなら……生まれ変わらなくてもいい。ただ忘れたい。嫌なこと、全部さ」
「……そっか」
彼女は俺をそっと抱きしめてくれた。
こんな小さな身体の何処にあんな力があるのか。間違いなく世界七不思議の一つだろう。
「***は生まれ変わったらどうするんだ?」
「私はね……生まれ変わったら――」


15 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/28(火) 02:17:47 ID:Z38Oz+x4

「…………」
目の前にはホテルの天井。
そっか俺、寝ちゃっていたんだな。また変な夢を見たなと思いながら起き――
「……あれ?」
起きられなかった。よく見るとロープによって手足が固定されている。何だこの状況は。
というかそもそも俺はロビーにいたはずじゃないのか。
「白川君、起きたんだ」
「あ、大和さん。このロープ……」
いや、落ち着け。俺は大和さんに何かされたんじゃなかったか。
そもそも何で目の前にいる彼女は全裸なんだ。
「ど、どうかな?自慢じゃないけど結構スタイル良いと思うんだけど」
「うん。…じゃなくて、な、何でそんな格好してんだよ!?つーか何だよこの状況……」
「静かにしてくれる?皆起きちゃうから。ね?」
突然目の前に出された黒い物体、スタンガンに思わず黙ってしまった。
……さっきのバチバチはこれか。周りをよく見ると他の女子生徒が何人か寝ている。
「皆よく寝てるでしょ。さっき盛った睡眠薬、効いてるみたいなの」
「睡眠薬って……こんなことしてもし誰かに知られたら!」
「レイプされたことにするよ?勿論白川君にね」
笑顔で言う大和さん。しかしその目は冷たく淀んでいた。
「……何、言ってんだよ」
「君に選択肢は無いんだよ?だってこれは罰ゲームなんだから」
「大和さ…んっ!?」
いきなりキスをされる。
大和さんの舌が俺の口に入って来た。抵抗しようとするが手足が動かせないため、どうにもならない。
俺の舌や歯茎を蹂躙した後、大和さんはやっとキスを止めてくれた。
唇からは透明な糸が俺の唇まで繋がっていて、大和さんは満足げな表情を浮かべていた。
「や、大和さん……」
大和さんは裸で俺に抱き着いてくる。豊かな感触が胸板辺り感じられ、彼女からは甘い香りがした。
「……ずっと君を見てたんだよ?」
「えっ?」
俺に抱き着いたまま、大和さんは上目遣いでこちらを見て話を続ける。
「白川君は忘れちゃったと思うけど、あたし達一年生の時も同じクラスだったんだ」
大和さんが俺を今までより強く抱きしめる。まるで自分のものだと主張するかのように。
「一目惚れ…だったのかな。理科実験で同じ班になった時から、君をずっと見てたんだよ?」
寒気がする。今日の昼休みにあの屋上で感じた狂気を、今目の前でも感じている。
「君が悪いんだよ。あたし、頑張ったのに。精一杯我慢したのに……」
そのまま身体を這わせて大和さんは俺のズボンを脱がそうとする。
「や、大和さんっ!?」
「……もう戻れないんだ。全部貰うって、決めたから」
抵抗するがそれも虚しく下半身を露出させられる。大和さんはすぐに俺のペニスをくわえた。
「くっ!?な、何だ……?」
くわえられた瞬間、下半身に異常な程の快感が与えられた。
いくら自慰じゃないからといって、ここまで感じるものなのか。
「……効いてきたみたいだね。さっき君にも注射しておいたんだ。即効性の媚薬をね」
「き、君にも?……うぁ!?」
「ふぃらふぁらふん、ふぁふぁふぃい」
おそらく「白川君、可愛い」と言ったのだろうが、俺のペニスをくわえながらなので上手く喋れないようだ。
というかこれはまずい。媚薬のせいか下半身に暴力にも等しいくらいの快感が与えられ続けている。
「うぁ!?や、大和さっ!?くぅ!」
急に身体が熱くなる。意識が朦朧として下半身の感覚だけがやけに鋭くなっていた。
「ふぃらふぁらふん……」
大和がストロークを速めて俺のペニスを舐め回す。
今までに体験したことのない快感に思わず無意識に腰を浮かせている自分がいた。
「くぅ…!?大和さん!もう……!!」
「っ!?」
止める隙もなくあっという間に精を大和さんの口へ吐き出す。
大和さんは苦しそうにしながらも、吐き出された精子を全部飲み込んでいた。


16 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/28(火) 02:22:14 ID:Z38Oz+x4
「はぁはぁ…!く、そ……!」
一回出せば収まると思っていたがペニスはますますいきり立ち、自分の考えが甘いことを思い知らされる。
「んっ…。ご馳走様でした。あんまり美味しくなかったけど、白川君のだもんね」
大和さんは舌で唇を舐めながら俺の上に跨がる。腹部に湿った何かが当たった。
「ふぁっ!?…い、言ったよね?"君にも"って。あたしもね、注射したんだ……」
大和さんがゆっくりと立ち上がる。陰部からは透明な糸が垂れており、瞳は潤んでいた。
「や、大和…さん……」
上手く頭が回らない。何も考えられない。意識は下半身に集中していて、ただ目の前の光景を見ている。
とにかく猛っている自分のペニスを何とかしたい。もうそれしか考えられなくなっていた。
「白川君……行くよ?」
大和さんが腰を浮かせて俺のペニスをあてがう。陰部に触れただけで強烈な快感が俺を襲った。
それは大和さんもだったようで小刻みに震えながらも、ゆっくりとそのまま腰を落としてゆく。
「んぁ……くっ…」
「ぐっ……!」
途中で何かを突き破るような感覚があった。どうやら大和さんの処女膜を破ったらしい。
大和さんは一瞬痛みからか顔を歪めたが、そのまま腰を落として俺と彼女はぴったりとくっついた。
「くぁ……あぁ……し、白川く…ん?ぜ、全部…入っ…たよ?」
「うっ…うぁ……」
あまりの快感に思考が停止する。ただ目の前の快楽を貪りたいが、手足が縛られているせいで自分では動けない。まさに性行為という名の拷問であった。
「動きたいん…だね?良いよ、ロープ…解いてあげる」
大和さんは繋がったまま俺に近付いて耳元で囁いた。
「あたしのこと……好き?」
「……えっ?」
大和さんはいつの間にかポニーテールを解いていた。意外と長い彼女の瑠璃色に染まった髪が俺の顔にかかる。
女性特有の甘い香りが俺の理性を溶かしてゆく。
「好きって…言って?言ってくれたらこのロープ、解いてあげる」
「……そ、それは」
僅かに残る俺の理性が警鐘を鳴らしている。このまま大和さんに従っていたら、取り返しがつかなくなるような気がして。
「うぁぁあ!?」
「……どうする?」
急に大和さんが腰を動かす。しかもギリギリ俺が射精出来ない程度の絶妙な加減だった。
為す術もなくただ大和さんに犯されてゆく。身体、そして精神までも。
「く、くぁぁあ!?」
「良いんだよ?我慢しなくて。だって媚薬のせいなんだから。白川君は、何も悪くないんだよ」
「…お、俺は…悪く……ない?」
溶けきった理性に大和さんの言葉が流れ込んで来る。……そうだ、これは俺の意志じゃない。仕方ないことなんだ。俺は悪くない。
「そう。……だから言って?あたしのことが好きだって」
「………好き…だ」
自分の中の何かが壊れたような気がした。大和さんは心底嬉しそうな表情をしている。
「誰が?ちゃんと言って」
「……好きです。俺は…大和さんの……ことが好き…です」
言ってしまった。でも仕方ない。これは仕方ないことなんだ。既に理性は無く、意識は下半身に集中していた。
「ふ、ふふふっ!あははははははは!!あたしも大好きだよ、白川……ううん、要君っ!!」
「あ……」
大和さんが俺の両手の拘束を解く。
それが合図だった。思考よりも身体が先に動く。自分の意志とは関係なく勝手に腰を動かしている自分がいた。


17 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/28(火) 02:23:18 ID:Z38Oz+x4
「ふぁ!?んああっ!!い、いいよ要くぅん!!」
「あぁぁぁあ!?大和さ」
「ま、待って!」
急に腰を浮かせて止まる大和さん。まだ焦らせるというのだろうか。もう彼女の言うことなら何でも聞いてしまいそうだ。
「"大和さん"じゃ駄目。ちゃんと"撫子"って……呼んで?」
「な、撫子……」
「よく出来ました」
そう言うと大和さん……いや、撫子は俺の両足の拘束を解く。俺には既に精を放つことしか考えられなくなっていた。
繋がったまま起き上がり、逆に撫子を押し出す。彼女の艶やかな瑠璃色の髪がベットに広がった。
「んぁ!?ひあぁぁあ!!もっとぉ!!」
ただ突く。目の前の肉に向かって何度も熱の塊を突き続ける。それ以外はもう何も考えられない。
早く、一刻でも早く精を放ちたい。段々と目の前が霞んでくる。
「あぁぁぁぁぁあ!!」
「っ!?ふあぁぁぁあ!!」
思いっ切り撫子を引き寄せて射精する。今までに経験したことのない快感に意識が薄れていく。急激な眠気が俺を襲っていた。
「んっ……要…君……これで……あたし達……」
意識を手放す直前に見えた撫子の顔は恍惚としていたが、それは黒い喜びから来ているように俺には思えた。



「…て、要君。起きて、要君」
「……ん?…撫子?」
目を開けるとそこには撫子の顔があった。そうか、俺あのまま――
「な、撫子だって!」
「おめでとう撫子!まさか両想いだったなんてね!」
「アタシも早く彼氏作んないとなぁ」
「……えっ?」
目の前の状況に頭がついていかない。
彼女達は何を言っているんだ。両想いって一体どういうことなんだ。
撫子は満足げな表情を浮かべていた。
「少し散歩しようか、要君」
「あ、ああ……」
「いきなり見せ付けるねぇ!アタシらはもう一眠りしますか」
状況が未だに理解出来ないまま、とりあえず撫子について行くことにした。


18 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/28(火) 02:24:16 ID:Z38Oz+x4

「やっぱり早朝の空気は美味しいね」
「………」
早朝の東雲町を俺達は歩く。新鮮な空気を吸っている内に段々と記憶が蘇ってきた。
昨日のあの、非日常を。
「……でも上手くいって良かった」
「……上手くいって?」
「ふふっ、これで状況証拠も証人もバッチリ。本当は行為中に見られたかったけどね。とりあえず添い寝にしておいたよ。それに……」
撫子は立ち止まって携帯の画面を俺に見せる。
「……どういうことだよ、これ」
「見ての通り。あたしと要君の愛の証拠だよ?」
そこには裸で絡み合う俺と撫子の映像が流れていた。
一体いつの間にこんな物が撮られていたのか。
……いや、最初から目的はこれだったのかもしれない。
「クラスメイトが寝ている目の前で性行為なんて……あたし達、バカップルだよね」
「カ、カップル?」
撫子は微笑みながらこちらに近付いて来る。思わず後ずさるが彼女は俺の耳元で昨日の様に囁いた。
「……それとも君が、あたしをレイプしたように見える?」
「なっ!?」
慌てて距離を取ると撫子は歪んだ笑みを浮かべていた。自然と冷や汗が出る。
もしかしたら俺は引き返せない所まで来てしまったのかもしれない。
そう考えた途端に、目の前の少女が怖くなる。一体彼女は俺をどうする気なのだろうか。
「別にそれでもあたしは良いよ?要君が自分の手で決めて。恋人か、それとも犯罪者か」
冷たい視線が俺を射抜く。俺が選ぶべきなのは――



こうして俺達の修学旅行は幕を閉じた。
最後に西桜高校の佐藤先生にお礼を言う。勿論"鮎樫らいむ"の話をしてくれたからだ。
当の本人はよく分かっていなかったようだが「また遊びにおいで」と言ってくれた。

「しっかしつまらなかったなぁ……」
亮介が車窓を眺めながら溜め息をつく。窓の外には行きと同じように田んぼが一面に広がっていた。
「そんなことないぞ、亮介。結構有意義だったしさ」
そう。この町は俺にとって大きな意味があった。
ライムさんや亙さんとの出会い。"鮎樫らいむ"の本当の意味。
「それは要に彼女が出来たからじゃないのかい?」
苦笑しながら俺を見る英。
俺がそれに答えるよりも早く、横に座って俺の左手ををずっと握り締めている撫子が口を開く。
「や、やめてよ藤川君!は、恥ずかしいじゃない……」
「……要、一日で良い!俺と代わってくれ!」
「亮介には耐えられないんじゃないかな……」
撫子は顔を真っ赤にして俯き、亮介と英はいつものように掛け合いをする。
そんないつもと同じ風景を見ながら俺は思う。
俺が望んでいた"平穏"はとっくに手の届かない所へ行ってしまったのではないのだろうか、と。

修学旅行を経て出来た"恋人"、大和撫子。
彼女がこれから起こる悲劇の引き金になるとは、今の俺には知る由もなかった。
最終更新:2010年09月28日 11:53