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43 :迷い蛾の詩 【第八部・繭破り】  ◆AJg91T1vXs :2010/09/29(水) 23:29:14 ID:Z8K/4nxH

 あれから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
 気がつけば、この暗闇での生活に慣れつつある自分がいた。

 あの日、繭香に監禁されてからも、亮太は必死に平静を保とうと試みた。
 今は機会がなくとも、いつかはこの拘束から逃れる術が見つかるはずだ。
 そう、信じて心を強く保とうとした。

 人間は、誰もいない暗闇に三日ほど閉じ込められると、恐怖と孤独から精神を病んで発狂すると言われている。
 少なくとも、亮太は三日よりもはるかに長くこの生活に耐えていたが、それには列記とした理由があった。

 監禁しているとはいえ、繭香は亮太のことを放置しているわけではなかった。
 むしろ、暇を見つけては足しげく亮太のいる場所に通い、彼の身の回りの世話をした。
 それこそ、食事を与えることから身体を拭くこと、果ては下の世話まで、動けない亮太のためであれば何でもやった。

 自分の理性を保ってくれている存在こそが、この暗闇に自分を閉じ込めた張本人。
 奇妙な関係であると思ったが、それでも亮太は繭香の行為を拒むことはしなかった。

 今、この状況で繭香のことを拒絶すれば、それこそ自分は永遠に暗闇の中に閉じ込められかねない。
 闇に閉ざされたこの世界で生き残るには、繭香のことを頼るしかないのだ。

 自分は決して、脱出の望みを諦めたわけではない。
 全てを放棄し、人であることを止めたわけではない。
 これは、自分が自分であるために、仕方なく身を任せているだけのこと。

 幾度となく襲い来る狂気の呼び声に打ち勝つため、亮太は心の中で唱えながら自分を律し続けた。

 ここで自分まで狂ってしまえば、繭香の凶行を止める者は誰もいなくなる。
 破壊された日常から自分自身を、そして繭香のことも救い出すには、なんとか隙を見つけ、この部屋から脱出する他にない。

 湿った空気が、今日も亮太の鼻をくすぐった。
 肌にへばりつくような湿気を感じるが、そんなものに心を惑わされている場合ではない。

 繭香の話によれば、ここは彼女の家の地下室ということらしかった。
 なんでも、今は使われていない部屋の一つで、物置小屋同然に扱われている部屋だそうだ。
 扉を閉めれば中からの音は殆ど聞こえなくなるため、人を監禁するのには好都合だった。

 階段を下る足音が、今日も亮太のところへ近づいて来る。
 きっと、繭香が食事を運んできたのだろう。

「気分はどう、亮太君?」

 燭台を手に、繭香が亮太の前に立つ。
 相変わらず、こんな場所で見なければ、それだけで魅了されてしまうような笑顔を振りまいて。



44 :迷い蛾の詩 【第八部・繭破り】  ◆AJg91T1vXs :2010/09/29(水) 23:30:50 ID:Z8K/4nxH

「ねえ、亮太君。
 今日は、亮太君のために、私がご飯を作ったんだよ。
 いつもはお手伝いさんが作った残りものを持ってきているけど……やっぱり、私の作ったものを食べてもらいたから」

 言葉を返さぬ亮太に対し、繭香は一方的に自分の重いだけを告げる。
 そして、その更に盛られた料理を口にし、そのまま亮太に口移しで食べさせた。

 咀嚼された料理と共に、繭香の舌が亮太の中に入り込んで来る。
 初めは異質にしか感じられなかった繭間の行為だが、亮太はあえて、それを受け入れることにしていた。

 このまま何も食べなければ、それこそ自分は死んでしまう。
 例え、どれほど人としての尊厳を奪われようとも、ここで息絶えてしまってはどうにもならない。

 食事を与えている内に、繭香の息が徐々に荒くなってきた。
 皿に盛られた料理は既に眼中になく、その瞳はひたすらに、亮太だけを求めている。

 食事を与えている際に、気持ちが高ぶってそのまま情事に及ぶ。
 最近の繭香は、特にその傾向が強くなっていた。
 空腹も満足に満たされないまま、亮太はただ、繭香の行為に身を任せる他にない。

 この異様な空気の漂う状況下で、なぜか自分の下半身だけは素直に反応するのが不思議だった。
 繭香と身体を重ねながら、亮太はふと、何かの本で読んだ一説を思い出す。

 人は、生死に関わるような極限の状況に陥ると、性欲が異常に高まることがあるらしい。
 大きな災害に見舞われずとも、場合によっては単に貧しい暮らしをしているだけで、いつも以上に欲情することがあるようだ。

 自分が死ぬ前に、せめて少しでも多くの遺伝子を後世に伝えようという本能。
 それが、極限状況下での性欲を高めることに、一役かっているとの話だった。

 暗闇の中に監禁され、繭香の咀嚼した僅かな食事を与えられるのみの生活。
 肉体に負担がないと言えば、それは嘘になる。
 自分の身体が繭香の行為によって熱くなるのも、単に本能の成せる業に過ぎない。

(俺は、自分が死なないために、こうしているだけなんだ……。
 俺は狂っていない……。
 狂っているのは、この暗闇に閉ざされた世界の方だ……)

 繭香の指が、亮太の全身を舐めまわすようにして愛撫してくる。
 その刺激に耐えるようにして、亮太はひたすらに自分の心を律しようと努めていた。

 だが、そんな亮太の意思に反し、身体の方は否応なしに反応してしまう。
 そして、亮太のことを愛でる繭香の身体も、徐々に赤味を帯びてくる。

「今日は、ちょっと冷えるね、亮太君。
 こんな場所にいたら、寒いでしょう?
 可哀想だとは思うけど……でも、もう少しだけ我慢してね」

「可哀想って思うんなら……せめて、この縄を解いてくれよ……」

「それは、駄目だって言ったよね。
 だって、亮太君、縄を解いたら逃げ出すに決まってるもの」



45 :迷い蛾の詩 【第八部・繭破り】  ◆AJg91T1vXs :2010/09/29(水) 23:32:54 ID:Z8K/4nxH

 繭香の目が、下から覗きこむようにして亮太を見る。
 蝋燭の灯りに照らされているにも関わらず、その瞳はどんよりと淀んで光がない。
 そして、そんな灰色に濁った瞳の中に、亮太は自分の姿が閉じ込められているのを目の当たりにした。
 繭香の瞳が、まるで牢獄の役割を果たすかのように、自分のことをしっかりと捕えている光景を。

「ねえ、亮太君。
 縄を解くことはできないけど……その代わり、今日は私が温めてあげるね。
 私の身体で、亮太君のことを……たくさん、たくさん、たくさん、温めてあげる……」

 今まで亮太の下半身を撫でていた繭香の手が、すっと引いていった。
 しかし、亮太が安心したのも束の間、今度は一糸まとわぬ姿のまま、繭香が亮太の頭を彼女の胸で抱え込んできた。

「聞こえる、亮太君……。
 私の心臓の音……亮太君のことを想っていたら、今もこんなにドキドキしているんだよ……」

 胸の谷間で挟み込むようにして、繭香は亮太の頭をしっかりと抱きしめた。
 柔らかく、それでいて温かい胸の感触に、思わず亮太の理性も吹き飛びそうになる。

 繭香はあんなことを言っているが、正直な話、亮太には心臓の音など聞いている余裕などない。
 このままでは、ここから抜け出す前に、本当にこちらの方がおかしくなってしまう。

(くそっ……。
 こうなったら……)

 既に、手段を選んでいる場合ではなかった。

 亮太は自身の舌に歯を当てると、それを力いっぱい噛み締めた。
 同時に、自由に動かせる指の先を使い、掌におもいきり爪を立てる。

 口内と、それから両手にも、痺れるような痛みが走った。
 繭香の行為によって突き動かされる本能に打ち勝つには、もう自分の身体を傷つける他にない。
 自分自身に痛みを与えることで、狂いそうになる理性をなんとか繋ぎ止めるのだ。

 ここで繭香に屈してはならない。
 彼女に毒されたら、全ては終わる。
 痛みと快感のせめぎ合いの中、亮太はなんとかして繭香の行為が終わるのを待とうとした。

 だが、そんな亮太の変化に、繭香が気づかないはずもなかった。
 亮太の頭からそっと胸を離すと、その顔を撫でるようにして指を這わせる。

「亮太君……耐えてるの?
 でも、そんなことしなくていいんだよ。
 自分を傷つけてまで我慢するなんて……まだ、元の亮太君に戻ってないのかな……?」



46 :迷い蛾の詩 【第八部・繭破り】  ◆AJg91T1vXs :2010/09/29(水) 23:35:04 ID:Z8K/4nxH

 燭台の上で輝く蝋燭の火が、風もないのに揺れて見えた。

 椅子に縛られたままの亮太の膝に、繭香がそっと腰を下ろす。
 そのまま亮太のものを自分の敏感な部分に宛がうと、一気に腰を落として一つになる。

「今度は、我慢する必要はないからね。
 そんなこと……私ができないようにしてあげる……」

 そう言うと、繭香は亮太の頭を抑え、いきなり唇を重ねてきた。
 そして、口で口を塞いだまま、今度は両手を下に回す。
 後ろ手に縛られた亮太の手に、自分の指を絡ませるようにして重ね合わせた。

「んっ……んんっ……ちゅっ……」

 亮太の指を自分の指で、亮太の口を自分の口で抑え、繭香は自分の欲望を全身でぶつけてきた。
 こうなると、もう舌を噛むことも爪を立てることもできない。

 身体全身を犯されているような錯覚に陥り、亮太は自分の理性が物凄い速度で麻痺してゆくのを感じていた。
 繭香の中が自分を激しく締めつける度に、凄まじい快感が亮太の全身を襲う。
 身体の奥から溶かしつくしてしまうように、深く、温かく繋がって。

 いつしか、二人は同時に達していたが、繭香は亮太の身体から離れる様子はなかった。
 既に、自分も絶頂に達しているにも関わらず、なおも激しく身体を動かして亮太を求める。

 その、あまりに貪欲な欲求に、亮太も幾度となく繭香の胎内に精を吐き出させられた。
 それこそ、自分の生気を全て搾り取られてしまうのではないかと思う程に、半ば一方的に搾取され尽くした。

 いつも以上の激しい交わりを終え、繭香はゆっくりと亮太の膝から離れる。
 その目は未だ宙を見据え、どこか虚ろに視線を漂わせている。

「今日は……いっぱい愛してくれたね……。
 このままずっと……ずっと一緒にいようね、亮太君……」

 去り際に、椅子に縛られたままの亮太に向かい、繭香がそっと呟いた。
 亮太はそれに答えることなく、ただ暗闇の中で目を閉じている。

 階段を昇る足音が遠ざかり、繭香が部屋を出てゆくのがわかった。
 燭台の明かりは失われ、再び闇が辺りを包む。

 暗い、誰もいない、静寂だけが支配する空間。
 永遠の孤独を連想させる闇の牢獄は、その全てで亮太を飲み込まんと迫りくる。

 だが、しばらくすると、亮太の意識は徐々に鮮明なものへと戻っていった。
 繭香との行為を終え、中に溜まっていた欲望が急激に冷めたということもあったのだろう。
 それこそ、全身の煩悩という煩悩を全て吸い出される程に交わったのだから、今の自分の身体には、欲望の欠片さえ残っていないに違いない。



47 :迷い蛾の詩 【第八部・繭破り】  ◆AJg91T1vXs :2010/09/29(水) 23:36:12 ID:Z8K/4nxH

 身体の節々が痛み、思うように力が入らなかったが、心まで完全に折れたわけではなかった。

 ぎし、ぎし、と縄の軋む音がして、後ろ手に縛られた亮太の腕が激しく動く。
 連日、繭香との行為によって精を吸われていたにも関わらず、なぜこれほどまでに力が残っているのか、自分でも不思議でならなかった。

 縄目が手首に食い込み、椅子が悲鳴を上げた。
 亮太が動けば動くほど、その拘束は少しずつであるが効力を失ってゆく。

 縛り付けた時は強かった縛めも、日が経てばそれだけ弱くなる。
 その上、連日に渡る繭香との激しい結合も、縄目を緩くするのに役立った。
 生き人形のようにして繭香の行為に身を任せていたのも、全ては一度しかない脱出の機会を失わないための演技だ。

 手首を縛る縄が肉に食い込み、肌が擦り切れて強い痛みを感じた。
 それでも亮太は諦めず、ひたすらに腕を動かし続ける。

 ここで焦ってはいけない。
 焦って縄抜けに失敗すれば、脱出の機会は永遠に失われてしまう。
 そう、頭では理解していても、やはりどこかで焦りを覚えている自分がいる。

(落ち着け、陽神亮太……。
 繭香に知られたら、それで全ては終わりだ……)

 縄が擦れる音だけが、暗闇の中に響き渡る。
 その単調なリズムだけが、亮太の感覚を徐々に痺れさせ、奪ってゆく。

 痛みなど、既に気にしている場合ではなかった。
 程なくして、亮太は自分の右腕を、緩んだ縄から引き抜く事に成功した。
 手首には縄と擦れた時についた赤い痕が残り、皮が剥けて血が流れていた。

「はぁ……はぁ……。
 や、やった……」

 自由になった右手を使い、亮太はまず、自分の左手を縛る縄を解きにかかった。
 きつく結ばれているだけに、一筋縄では解けそうにない。
 が、それでもなんとか縄を解くと、最後に両脚の拘束も解き放つ。

 完全に自由になった身体を伸ばし、亮太は椅子から立ち上がった。
 時間にして、実に一週間以上は椅子に座っていたからだろうか。
 立ち上がった瞬間、身体のあちこちが悲鳴を上げて、骨が軋む音がしたような気がした。

 二歩、三歩と前に出ただけで、膝が笑って倒れそうになる。
 しかし、ここで行き倒れてしまっては、元の牢獄に逆戻りだ。

 壁に手をつき、亮太は手探りで階段を探した。
 物置代わりの地下室は、そこまで広い部屋ではない。
 脱出のための道はすぐに見つかり、亮太は足を踏み外さないよう、それを一歩ずつ昇って行く。

 扉を開けると、そこは繭香の家の廊下だった。
 今までずっと暗闇にいたため、外の明かりが妙に眩しくて敵わない。
 思わず片手で目の前を隠したが、やがて少しずつ、その明るさにも慣れていった。



48 :迷い蛾の詩 【第八部・繭破り】  ◆AJg91T1vXs :2010/09/29(水) 23:37:13 ID:Z8K/4nxH

「繭香は……いないのか?」

 足音を立てないよう注意しながら、亮太はそっと繭香の家の廊下を歩く。
 着ている制服は既に汚れきっていたが、そんなことは関係なかった。
 今は繭香に見つからないよう、この家を抜け出す事が先決なのだから。

 ふと、廊下にかけてあるカレンダーを見ると、日付は既に七月の半ばとなっていた。
 それまでの日にちには、黒いペンで大きく斜線が引いてある。
 やはり自分は、一週間以上の長きに渡り繭香に監禁されていたようだ。

 廊下を抜け、辺りに人がいないことを確かめながら、亮太は家の玄関まで出た。
 ここまでの過程で、人に出会わなかったのは奇跡に値すると言ってもよいだろう。

 もっとも、学校は既に夏休みに入っていたが、今日は平日である。
 今が日中であることを考えると、繭香の両親は仕事で出かけているのかもしれない。

 そうこうしている間に、亮太はついに家の玄関まで辿り着いた。
 ここを抜ければ、その先には外の世界。
 いつも通りの日常が待っている、壊れていない普通の世界だ。

 玄関のドアノブに手をかけ、亮太はそれをゆっくりと回した。
 靴を探して履いている暇などない。
 汚れた靴下も、既に地下室で脱ぎ捨ててしまった。

 裸足のまま、亮太は繭香の家を出るための一歩を踏み出した。
 が、次の瞬間、唐突に後ろから自分の名を呼ばれて愕然とする。

「亮太君……」

 そこにいたのは、繭香だった。
 例の、沼の底のように淀んだ瞳を携えて、亮太の方をじっと見つめている。
 その手には握られているのは、先の鋭く尖った刺身包丁。
 あの、天崎理緒を手にかけた時に使ったものと同じものだった。