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105 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十五話 ◆AW8HpW0FVA :2010/10/03(日) 18:33:13 ID:TDSsLryv
第十五話『エロスの弓矢』

ピドナに帰還してから、数日が経った。
ブリュンヒルドは未だに各地を転戦しており、ここにはいない。
そんな中、シグナムはバトゥとハイドゥを自分の執務室に呼び寄せた。
だというのに、その中にハイドゥはいない。呼びに行ったが、不在だったのだ。
まぁ、いいか、とシグナムは思い、やって来たバトゥに向かって、
「バトゥ、お前は妻帯をしていたり、思い人がいたりするか?」
と、切り出した。あんぐりと口を開けているバトゥを尻目に、シグナムは、
「いないのなら、お前には結婚をしてもらいたい」
と、言った。
そんな大した事を言ったつもりはないのに、バトゥは顔を赤くし、激しく動揺していた。
「しっ……シグナム様、いきなりなんて事を言うのですか!
こういう事は、お互いがもっと信頼し合える様な関係……、
……いや、確かに私はあなたの事を信頼していますが……」
「あぁ……、いきなりこんな事を切り出してすまなかったな。
だが、これは重要な事だからな、避ける訳にはいかないのだ」
そう言うと、バトゥは黙り込んでしまった。随分とシャイな奴なんだな、とシグナムは思った。
しばらくすると、バトゥも落ち着いてきたらしく、
「それでシグナム様、重要な事とはなんですか?」
と、冷静な言葉をいえるくらいまで回復していた。シグナムは咳払いを一つして、
「お前はこの度の功績で、高い位を与えられる。つまり、貴族となり政治に参加できるのだ。
そこで聞きたいのだが、お前は儀礼についてどこまで知っている?」
と、尋ねた。バトゥは首を傾げてしまった。
「そういう事だ。軍事ならばまだしも、政治となると、そこは儀礼の世界、
小さなミスで、全てを失ってしまう紙一重の世界だ。
貴族でも豪族でもないお前に、その様な事が分かる筈もない」
そこまで言って、シグナムは人差し指を立てた。バトゥがその指を注視した。
「故に、結婚が重要になってくるのだ。お前が貴族の息女と婚姻関係を結べれば、
その力を借りる事ができる。なに、身分の事は心配するな。
お前は私と共に大陸統一に尽力した英雄の一人だ。誰もお前を見て嫌な顔はするまいよ」
「なんだ、……そっちの方か……」
「そっちの方?」
奇妙な単語が聞こえてきたので、シグナムは思わず聞き返した。
独り言が聞こえたと分かったのか、バトゥは顔を真っ赤にして、
「あっ、いや、なんでも……ありません……」
と、的を得ない答えを返してきた。シグナムはそれ以上追求はしなかった。
「まぁ、とりあえずはお見合いからだな。日時は決まったら知らせるから、
お前は今日中にでも新しい服を買っておけよ」
シグナムがそう言って、この話は終わりである。バトゥは頭を下げて退出した。
バトゥと入れ違いに、大量の書類をトゥルイとフレグが運んできた。
今日中に目を通しておいてくれ、との事らしい。
シグナムは、それ等の書類に目を通す事に必死になり、ハイドゥの事を忘れてしまった。
ハイドゥが執務室にやってきた時には、シグナムは顔を見る事なく追い出してしまった。



106 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十五話 ◆AW8HpW0FVA :2010/10/03(日) 18:33:45 ID:TDSsLryv
翌日、シグナムは王に内謁した。
内謁の理由は、バトゥ、ハイドゥのお見合いの許可を取る事である。
幾ら、軍権と政権を掌握しているとはいえ、シグナムは王臣である。筋を通す必要があったのだ。
王はシグナムがお見合いをすると言い出したので、多少驚きながら、
「臣下の結婚を斡旋する宰相など、初めて見ましたよ」
と、多少皮肉混じりに言った。シグナムはクスリと笑いながら、
「今回のお見合いには、それなりの理由があります」
と、言った。それなりという割には、その表情には真剣味は感じられない。
「第一に、バトゥ、ハイドゥ両将は、平民にございます。
平民である彼等に、政治が行えるはずがございません。
それゆえ、貴族の息女と結婚させ、彼等を助けさせるのです」
シグナムの言ったそれは、バトゥに言った事と殆ど同じであった。
だが、その次の事を言おうとした時のシグナムの表情には感情の色が消えていた。
「第二に……、彼等が平民だからです」
それは、無表情で言った割りにはあまりにもお粗末なものだった。
「宰相殿、理由が重複していますよ」
思わず王もクスリと笑ってしまった。
しかし、相変らずシグナムの表情は無表情で、放たれる威圧感は凄まじかった。
「では、正直に申しましょう。……私は、彼等に政治を任せる気はありません」
このシグナムの発言には、流石の王も驚いた様だった。
なにせ、今まで自らの手足の如く使ってきた忠臣に、
政治を任せたくないというのだから当然である。
そんな王を見ても、シグナムはかまわず続けた。
「彼等平民は、政治を知らない。……これは表向きの理由に他なりません。
本当の理由は、彼等が実権を握り、他の平民が政治に参入してくる事です」
いつも以上にシグナムは饒舌になっていた。王が口を挟む暇もない。
「もしも平民が政治に介入するようになれば、王族、さらには貴族の力が急落します。
これは、断じて認める訳にはいきません。
平民とは、貴族が与えるものをなにも考えずに享受していればいいだけの存在です。
それを、平民が貴族の上に立ち、命令を出すなど、絶対にあってはならない事なのです。
なので、彼等を貴族の息女と結婚させて、監視を付ける事によって、
彼等の自立の芽を事前に摘もうという訳です」
そこまで言って、シグナムは口を閉じた。
その凄まじい口舌に、王は押されるばかりであった。
「……なるほど、それほどこの結婚は重要という訳か……。
宰相殿、先ほどは失礼な事を言って、すまなかった」
「畏れ多い事です」
シグナムはそう言って、頭を下げ、そのまま何事もなかったかの様に部屋から出て行った。



108 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十五話 ◆AW8HpW0FVA :2010/10/03(日) 18:34:25 ID:TDSsLryv
ブリュンヒルドはまだ帰ってこない。鬼の居ぬ間の洗濯は続く。
お見合いの手続きも全て完了し、あとは開催日を待つのみである。
だというのに、未だにハイドゥには結婚の話を持ち掛けられずにいる。
どういう訳か、忙しくない時に限って、ハイドゥは不在のため、話を切り出せないのだ。
ならば、口伝に誰かに言ってもらえばいいではないか、という者もいるかもしれないが、
この様な重要な事柄を、他人の口から言わせるのはどこか味気ない。
なので、シグナムは自分の口から伝える事にこだわった。
だが、相変らずハイドゥは不在の時が多く、部屋にいると分かって呼びに行こうとすると、
高確率でトゥルイかフレグが書類の山を運んでくるか、
それでなくても、王直々の諮問を受けたり、陳情の処理などで、それ所ではなくなってしまう。
こうなると、ハイドゥは自分の事を避けているのではないか、とさえ思えてしまう。
この様な事が五回連続で続いた時には、ハイドゥに対して怒りが湧いた。
今度こそ、ハイドゥにこの事を話さなければならない。
シグナムは万全を期すために、今回の事にまったく関係がないトゥルイ達に頼み事をした。
それは、トゥルイには書類の整理を、フレグには陳情の処理を、
一日だけ一人で裁いてもらいたい、というものだった。
「そういう事でしたら、お任せください」
「シグナム様のお手は煩わせません」
と、二人は言って、快諾してくれた。
ふと、シグナムはこの二人から浮いた話は聞いた事がないな、と思い、
「二人は、結婚はしているのか?」
と、まるで独身男性が聞く様な質問をした。
「子供の頃は、幼心に結婚の約束した相手がいましたが、
今となってはトンと縁がなくて。……私には、魅力がないのでしょうかね……」
「私も兄上と同じです。今頃は、その人達も結婚しているのでしょうね」
と、二人は答えた。
「なんだったら、お前達もお見合いに参加するか?」
なんとなしに、シグナムは誘ったが、二人は遠慮しておきますと断った。
余計な事を言ってしまったか、とシグナムは思ったが、取り合えずこれで準備は万端である。
シグナムはハイドゥの部屋に向かった。ハイドゥがいる事は、既に分かっている。
シグナムが戸をノックしようとした時、
「宰相閣下」
背後から兵士に声を掛けられた。
こんな時に、とシグナムは思ったが、声を掛けられたのだから答えなけばならない。
「どうしたんだ?書類の整理はトゥルイが、陳情はフレグが、
王からの諮問は昨日答申したから、今日はないはずだが……」
「宰相閣下、両将軍のお見合いの件ですが、
皆様の都合上、今日の夜でなければ出来ない事になりました。
ですが、現場監督殿は風邪で倒れられ、後任の方々もなぜか身体を壊してしまったので、
最早、指揮が出来るのは宰相閣下しかおられません。お手数をお掛けしますが、お願いします」
またか、とシグナムは思った。ここまで来ると嫌がらせの域を超えている。
それでもシグナムは、跪いている兵士に微笑みかけ、
「ハイドゥ将軍に用があるので、少し待っていてもらおう」
と、言って、戸を叩こうとしたが、それよりも先に兵士が、
「将軍でしたらおりませんよ。先ほどどこかに出掛けて行くのを見掛けましたから」
と、言って引き止めた。
シグナムは眩暈を覚えた。まさかのニアミスを食らったからだ。
倒れそうになるのを耐えて、シグナムは兵士を連れて会場に向かった。



110 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十五話 ◆AW8HpW0FVA :2010/10/03(日) 18:35:26 ID:TDSsLryv
お見合い会場は騒然としていた。
大体の準備は終わっているというのに、そこら中でトラブルが続発していたからだ。
なぜこの様な事になっているのか、シグナムには理解できなかった。
そもそも、給仕達は一週間ぐらい前から少しずつ準備をしていたにもかかわらず、
その動きは恐ろしいほどぎこちない。
まるでわざとやっているようにしか思えない。
しかし、彼等の目は本気そのものであり、わざとらしさは微塵も見えない。
シグナムは、不穏な考えを捨て、気分を切り替えた。
とりあえず、殆どの作業は終わっているのだ。後はちょちょいと終わらせて、
ハイドゥを探しに行けばいい。まだ昼前、夜までには時間がある。
探し出して、結婚の事を話し、参加させればいい。
シグナムはそんな事を思いながら、給仕達に指示を出した。
だが、シグナムの思惑通りには行かなかった。
シグナムが指揮をとっても、給仕達は思いの外スムーズに動かなかったのだ。
どこかで誰かが転び、なにかをぶちまけ、絨毯やテーブルクロスを汚す。
それを替えようとした給仕がまた転ぶ。遠くではガラスの割れる音が聞こえた。
厨房では怒鳴り声が響き、何人かの見習いが紙を片手に外に出て行った。
まるで戦争だった。それも大が付くほどの。
シグナムは、頭の中から雑念を捨てた。その中には、バトゥやハイドゥの事も入っていた。
すると、急激に給仕達の動きがよくなった。
シグナムはそんな事にも気付かず、的確な指示を飛ばし、給仕達を動かした。
日が傾くにつれ、給仕達はさらに動きがよくなり、
大地が赤く染まる頃、会場の準備は全て整った。
「宰相閣下、御骨折り、ありがとうございました」
椅子に座ってぐったりしているシグナムに、給仕の一人がそう言って水を差し出した。
シグナムはそれを一口に飲み込むと、その給仕に、
「お前は今すぐ、バトゥ将軍にお見合いの準備が出来た、と伝えてきてくれ。
私は、……もうしばらくここで休んでいる」
と、言って、テーブルに突っ伏した。
あぁ、そういえば、とシグナムはハイドゥの事を思い出した。
結局、ハイドゥには話しそびれてしまった。
これでは、ハイドゥを貴族として朝廷に上げる事が出来ない。
しばしの思考の後、
「もういいや……、面倒臭い」
と、完全に投げやりな結論に到った。

お見合い開始の時間が近付き、疎らだった会場は貴族達で埋め尽くされた。
ちょうど時間にもなったので、シグナムは、一段高い所から貴族たちを見下ろすように、
「会場の皆様!」
と、大きな声を出した。片手にはグラスが握られていた。貴族達がシグナムに注目した。
「今宵はお忙しい中、このお見合いの席に来て頂き、実にありがとうございました。
本来ならば、この場にはもう一人、ハイドゥ将軍がいるのですが、
こちらの不手際で呼ぶ事が叶いませんでした。その事をこの場でお詫びいたします。
ですが、今宵はバトゥ将軍にとっても、皆様にとっても、
素晴らしい出会いの日である事には変わりありません。どうか楽しんでいってください。
さあ、長い挨拶はこの程度にして、不肖、このシグナムが乾杯の音頭を取らせてもらいます」
と、シグナムが言うと、貴族達もグラスを取り始めた。
「乾杯!」
「乾杯!!!」
貴族達の歓声と共に、空前のお見合いが始まった。



112 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十五話 ◆AW8HpW0FVA :2010/10/03(日) 18:36:26 ID:TDSsLryv
シグナムは何ヶ所かテーブルを廻って、挨拶を済ませると、会場から出て行った。
今回の主役はバトゥであり、それを配慮したというのもあるが、
実際の理由は貴族達と会談を開く事だった。
シグナムと貴族達は、会場から離れた会議室に集った。
内容は、バトゥがどの貴族の息女を見初めるのかは分からないが、
そうなった場合、バトゥには極力自立した考えを持たせないように、と懇願する事だった。
この会談自体はすぐに終了し、そのまま小宴会的なものになった。
その席で、シグナムは縁談を持ち掛けられた。
いきなり振られた縁談話に、シグナムは少し驚いた様な表情をした。
シグナムには自覚はないが、この大陸でシグナムの評判は頗る良い。
超大国ファーヴニルの王太子という血筋も然る事ながら、
女と見間違うほどの容姿と、オゴタイ王国を復興させたという実績は、
貴族だけでなく庶民の女達の心をも射止めた。
そして以上に、貴族の当主達もシグナムの事を欲した。
当然といえば当然である。
シグナムはオゴタイ王国の宰相である。それを自分の一族に取り込む事が出来れば、
一朝にして朝廷の重職を自分の親族で埋める事も夢ではない。
それに、例えシグナムがファーヴニルに帰って即位したとしても、
自分達は外戚として権勢を振るう事が出来る。
どっちに転んでも絶対に損はしないという訳である。
そういう打算もあって、貴族達はシグナムに縁談を持ち掛けたのである。
シグナムは、貴族達の思惑を知ってか知らずか、笑いながら、
「私は、女を愛するとか、そういう崇高な事が出来るほど立派な人間ではありませんよ」
と、言って断った。
貴族達は首を傾げたが、それでも穏やかな表情で、
心の底では必死になりながらシグナムを説得した。
だが、結局はシグナムの首を縦に振らせる事は出来なかった。
こうして様々な思いが錯綜したお見合いは、朝近くまで続き、お開きとなった。

翌日、政務が一段落したシグナムは、早速バトゥに相手は見付かったか、と聞きに行った。
バトゥは多少顔を赤くして頷いた。それを見たシグナムは微笑みながら、
「そうか、それはよかった。では早速、お前の選んだ相手を見に行こうか。
その当主にも会っておかねばならんからな」
と、言うと、バトゥを連れて、馬車を走らせた。
ちょうどその時、シグナム達は馬車の行列と入れ違った。
その馬車は、政庁の門前で止まり、一人の貴婦人が降りてきた。
空色の短髪と、釣り目が印象的なその貴婦人は、門衛に向かって、
「私はソフィア・ローレライ。
トゥルイ・ダマスクス将軍に目通りしたいのだが、よろしいかな?」
と、凛とした声で言った。
門衛達は驚いた。ローレライ家は、古の史書にも名を残すほどの名族で、
魔王軍襲来の際は、その比類ない忠誠心でよく旧主を助け、
旧主が敗死した後も、軍をまとめて人民を災厄から守り続けた忠臣である。
しかしその忠臣も、シグナムにとっては降伏勧告を拒否し、郡県制の進行を滞らせ、
それを討伐しようにも手を出しにくいという目の上のたんこぶの様な存在だった。
そのため門衛達は、この西方で知らぬ者のいない貴族の息女に恐縮の体を見せながら、
将軍になんのご用件なのですか、と聞いてみた。
するとソフィアは、涼しい表情のまま、
「子供の頃に交わした結婚の約束を果たしに来ただけだ」
と、とんでもない事をぶちまけた。門衛達は開いた口が塞がらなかった。



113 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十五話 ◆AW8HpW0FVA :2010/10/03(日) 18:36:53 ID:TDSsLryv
トゥルイが大変な事に巻き込まれそうになっている一方で、
シグナム達は件の相手の屋敷に着いて唖然としていた。
「バトゥ、……お前の選んだ相手とは、聖人君主かなにかか?」
と、シグナムが言うほど、その屋敷はオンボロだったからである。
そう言ってみてシグナムは、聖人君主は言いすぎか、強いて言うならば貧乏……いや清貧か、
などと、どうでもいい事を考え始めた。
そんな言葉遊びをしているシグナムをさらに驚かせたのは、
出迎えに来たのが、なんと当主本人だった事だ。
当主曰く、家臣どころか、使用人を雇う金がないとの事らしい。
屋敷の中に入ると、当主の言う通り、その清貧さはますます明らかになった。
所々で穴が開いていたり、壊れていたりして、本当に人が住めるのかと思うほど酷かったからだ。
応接室に案内されたシグナムとバトゥは、綿の飛び出たソファーに座って待たされた。
清貧なので、菓子どころかお茶も出ない。しばらくすると、当主が入ってきた。
「申し訳ございません。娘の着付けに時間が掛かってしまいまして。
……ほらヘカテ、入ってきなさい」
当主の声と共に、一人の女性が入ってきた。
やはり父親同様、継ぎ接ぎだらけのドレスを着ていたが、
萌黄色の長髪といい、くりっとした緑眼といい、その容姿はかなりのものだった。
「ご挨拶を」
「………………」
当主が促すが、ヘカテは一言もしゃべらず、ただ手に持っている紙になにかを書いていた。
書き上がったのか、その紙には、
「ヘカテ・ハルクラテスと申します。お初にお目に掛かります、宰相閣下」
と、書かれていた。シグナムは不快に思いながらも、
「彼女は恥かしがりなのですか?」
と、聞いた。シグナムの機嫌を損ねたと分かった当主は慌てて、
「娘は極度の無口でして、滅多に口を開かないのです。娘の無礼、お許しください」
と、宥める様に言った。ヘカテも紙に、申し訳ありません、と書いていた。
不快な気分の抜けないシグナムは、後は二人だけに、と言って退席した。その後を当主も追った。
外に出たシグナムは、追ってきた当主に対し、
「昨晩の誓い、忘れてはいないでしょうな」
と、感情を消した声で言った。当主も慌てて跪き、
「もちろんでございます、宰相閣下の命令に背くはずがございません」
と、言った。
しばらく、当主に背を向けていたシグナムは、不意に振り返り、
「バトゥとヘカテの縁組が成れば、散り散りになったあなたの家臣達も戻ってくるでしょう。
……どうか、バトゥを支えてやってもらいたい」
と、先ほどとは違い、血の通った声で言った。
当主は、目に涙を浮かばせ、頷いた。
シグナムと当主が応接室に戻ってくると、バトゥの胸に顔を埋めるヘカテの図が目に入ってきた。
バトゥはあっと驚いた様だが、ヘカテはシグナムを一瞥すると、再び胸に顔を埋めた。
「なるほど、無口ではあるが、恥かしがりではないというのはそういう訳か……」
多少呆れた様にシグナムは言った。