※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

387 名前:ヤンデレホテルへようこそ 前編 ◆9znZNYtb1U [sage] 投稿日:2010/10/15(金) 01:48:30 ID:l1qmokTu
 イギリスのとある街。
 雷鳴轟く深夜。
 ぬかるんだ石畳に足を取られそうになりながら、オリヴァー・フォレストは無人の街を余裕の1つ無く走っていた。
 なかなかにハンサムな男である。
 雨でぐしょぐしょになった部屋着は、明らかなブランドもの。
 ギリギリの逃走劇を成立させている、適度に鍛えられた均整の取れた(ややマッチョ寄り)体つきは、モテるために大学でテニスをしていたから。
 髪はやや地味な色合いの赤毛だが、見事なグリーンの瞳は学生時代『エメラルドの都のオリヴァー』と言われたほどだ。
 ただし、そのあだ名の由来は羨望一割やっかみ一割失笑四割嘲笑四割。
 彼のことを少しでも知る人間ならば、口をそろえて顔「だけ」はハンサムな男と言うことだろう。
 現に……
 「ちくっしょおおおおおおおおおおおおお!(SHIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIT!)」
 オリヴァーは品性下劣な慟哭を夜の街に響かせていた。
 「ありえねえ!マジありえねえ!どうしてこうなったどうしてこうなった!今頃俺は人を超え、セレブを超えて超獣合身してるはずだろうがよ!それが何でひーこらと逃げ回ってんだよぉ!俺の人生クソゲーか!」
 オリヴァー・フォレスト、自分のクリアできないゲームは全部クソゲーとか言っちゃう人である。
 「それもこれもみっんなあいつのせいだ!」
 後ろをチラと振り向いて言うオリヴァー。
 スポーツで鍛えた足で随分と相手を引き離したが、それもいつまで待つか分からない。
 どうした理屈か、相手は確実に彼の後を追ってくるのだ。
 耳を澄ませばひたひたという彼女の足音が聞こえるようだった。
 「ンなところで殺されてたまるかってんだああああああ!」
 豪雨の音を上回る勢いで絶叫するオリヴァー。
 バレるバレる。
 「こーなりゃ、どっかに匿ってもらうしかねぇ!」
 そう言って辺りを見回すオリヴァーだが、時間が時間だけに街には人っこ一人出歩いていない。
 夜盗1人いない治安の良さがこの街に訪れた理由の1つなのだが、結果としてそれが仇になったのかもしれない。
 その上、家の明かりさえ見られない。
 ―――いや、一箇所だけある。
 レンガ作りのやや大きな屋敷。
 何やら赤い意匠の看板がかかっていることから、何らかの店舗か何からしい。
 オリヴァーは藁にもすがる思いで、その屋敷の扉を開けた。
 「助けてくれ!」
 オリヴァーはその建物の中に飛び込むと同時に叫んだ。
 「ほぅ…こんな夜分にお客様とは」
 オリヴァーの耳に良く通る声が聞こえた。
 屋敷内のソファに座っている、黒髪の男からだった。
 その男が優雅に立ち上がり、オリヴァーの方を見る。
 男は、オリヴァーよりも背が高く、均整の取れた体つきをしていた。
 どんな名工が彫ったのかと思える形の良い目鼻。
 切れ長の、光を反射しない漆黒の瞳。
 白磁に白い肌。
 何より鴉の濡れ羽色をした艶やかな髪。
 さらに、その一挙一動には誰もを魅了する華がある。
 日本にいる時に一度だけ見た「カブキ」というものを、オリヴァーは思い出した。
 オリヴァーを中々のハンサムと言うのなら、男は絶世の、いや浮世離れした美形といえた。
 美形と言えるのだが―――どうにも胡散臭い雰囲気がある。
 「まぁ、ともあれご挨拶させていただこう」
 言って、男は芝居がかった所作で両手を広げる。
 「クレセント・インにようこそ!」






388 名前:ヤンデレホテルへようこそ 前編 ◆9znZNYtb1U [sage] 投稿日:2010/10/15(金) 01:49:48 ID:l1qmokTu
 英国のとある街にある宿。
 住人全員が行方知れずとなった貴族の屋敷を改装した建物。
 看板は血濡れた三日月の意匠。
 狂気と狂喜を孕んだ客が集う場所。
 去る者は許すが来る者は決して拒まない。
 オーナーは謎めいた男、ミスタークレセント。
 建物の名をクレセント・イン。
 またの名を―――



389 名前:ヤンデレホテルへようこそ 前編 ◆9znZNYtb1U [sage] 投稿日:2010/10/15(金) 01:50:42 ID:l1qmokTu
 「ってそんなナレーションはいいから俺を助けろ!匿え!」
 役者のように朗々と言葉を紡ぐ男にオリヴァーは叫んだ。
 オリヴァーよりも背が高く、中々にサマになってはいるのだが、生憎オリヴァーに三文芝居に付き合う余裕は無い。
 「何だ、風情のない。テレビアニメにナレーションは付き物だというのに」
 カラン、と白手袋をした手でウィスキーの入ったグラスを傾ける男。
 どうやら、ここは宿泊施設で、男はロビーのラウンジスペースで酒を飲んでいたらしい。
 「アニメじゃないわよ、コレ」
 そうため息交じりにツッコミを入れるのは、彼の横に立つドレスのようなワンピースを着た若い女。
 絹のような肌に鮮やかな金髪、遠目からも目鼻立ちが整っていることが分かるが、その目元はなぜか黒い目隠しがされている上、右手には男の左手と繋がる手錠が施されている。
 テーブルの上にはなぜかボールギャグまでおかれており、完全にSMの世界である。
 「無粋なことを言わんでくれよ、マイワイフ」
 男が言った。
 どうやら、男の妻らしい。アクセサリのせいでステロタイプな奴隷にしか見えないが。
 「では改めて自己紹介させていただきましょう。私がこの宿のオーナーのミスター・クレセント。こちらは我が細君のレディ・クレセント。ああ、ヴァイオラくん。お客様のチェックイン手続きを頼むよ。ついでにお客様のお洋服を拭いて差し上げてくれ。ぬれ鼠状態だからな」
 ひょい、と控えていた従業員に指示を出すクレセント。
 「俺は匿えと言ったんだ!泊るなんて一言も……」
 「当クレセント・インは万全の防犯防災防音設備が自慢ではありますが、その恩恵を受けられるのはスタッフと宿泊客の方々のみとなっております」
 「泊らせてもらう!」
 ヴァイオラの言葉を受け、乱暴に専用用紙に記入するオリヴァー。
 「お部屋はいかがされますか?最上級のスーペリアロイヤルスイートがお勧めとなりますが…」
 「シングルでいい!」
 あからさまな営業トークだった。
 「お支払いのほうは?」
 「明日払う!」
 「かしこまりました」
 横柄なオリヴァーに鉄面皮で応じるヴァイオラ。
 いやな客といやな店員だった。
 「とにかく、早く鍵を閉めてくれ。アイツが来る」
 「アイツ、とは?」
 ヴァイオラが鍵をする間、我関せずという顔で妻と酒を飲んでたクレセントが言う。
 ほとんど営業時間外とはいえ、見事なまでに施設を私用に使っていた。
 「……アンタたちに関係無いだろう」
 ラウンジのソファに身を投げ出し、オリヴァーは言う。
 「悲しいことをおっしゃる」
 芝居がかった動作で首を振るクレセント。
 一々決まっているのだが、洋画かとツッコミを入れたくなる動作である。
 「我が国の諺に『袖すりあうも他生の縁』という言葉もあります。偶然にもここに飛び込んできたのも何かの縁。私たちに事情を話してみませんか?話すだけでも楽になると言いますし」
 ウィスキーを片手に言うクレセント。
 「……日本人だったのか」
 「よくご存じで」
 驚くオリヴァーに飄々と答えるクレセント。
 『ミスター・クレセント』というアメコミまがいの名前が本名だとはオリヴァーも思っていなかったが、クレセントの言葉は意外だった。
 クレセントは東洋人離れした顔立ちをしているが、なるほど、確かに黒曜石のような目と鴉の濡れ羽色の髪は言われて見れば日本人的と言えた。
 「確かに、俺たちにはそっちの言う縁というやつがあるらしいな」
 首を振ってオリヴァーは言った。
 「少し長い話になるが、いいか?」
 「かまいませんよ、夜は長い」
 オリヴァーに用意したグラスにウィスキーを注ぎながら、クレセントは言った。

390 名前:ヤンデレホテルへようこそ 前編 ◆9znZNYtb1U [sage] 投稿日:2010/10/15(金) 01:51:10 ID:l1qmokTu





 俺がアイツ、三条エリと出会ったのは一年前、留学で日本に来た時だった。
 え、何で留学したかって?
 ぶっちゃけ、向こうの大学がつまらなくなったからな。
 どの道、大学を出れば父の会社に就職できるのは決まっていたし。
 その留学先に通っていた学生がエリだったってわけだ。
 初めて会ったときから、コイツのことは狙っていた。
 もとい、好感を持った。
 今まで俺の周りにいた女共は我が強いわ俺の金にたかりに来るわ、色んな意味で「うるさい」連中ばっかりだったわけだわ。
 エリはそいつらとは全く逆の女だった。
 常に一歩引いた態度。
 穏やかな所作。
 面立ちに関しちゃキレイな目とデカい胸が取り得名だけであとは普通より少し上って感じだったが、その分ヘンに思い上がった所が無いのはポイント高い。
 あだ名が『ナデシコ』ってのも納得ものだぜ。
 ま、そういうわけで一目で思ったね。
 こんな、いかにも清純そうな娘が俺のものになったらどれほど痛快だろうと。
 あらゆる手練手管を駆使して、俺はエリを落とそうと奮闘した。
 すぐにコロっと行っちゃうかと思ったら、意外と困難だった。
 高い服を買ってやっても、高い車を買ってやっても「そんなもの受け取れません」の一点張り。
 奥ゆかしいを通り越して自己評価が低いから、自分が男に狙われてるって発想自体が無い。
 どんなにアプローチしても、そういう意味だと捉えないんだわ、これが。
 「オリヴァーさんとは仲の良い友達です」なんて、オイオイ。
 2人きりでディナーに行っておいてそりゃないだろ。
 そのときも食事代自分で払おうとするし。
 奨学金でやっと大学に通ってるくせに無茶するなと。
 そんなわけで、俺は半年で思い知った。
 こいつにゃ金じゃどうにもならん。
 俺が金無しでもどんだけクールでカッコいい(意味重複)のか。
 俺がエリにどんだけ夢中なのか。
 それをアイツに思い込ませることが重要だと方針転換したわけよ。
 手練手管を駆使して、俺はエリに優しくてクールでカッコ良くてイケメンな俺ちゃんを見せまくった。
 ゴロツキを雇ってエリを襲わせて、それを颯爽と助ける俺様、なんてベタな演出をしたこともあった。
 エリの好きなドラマや漫画をそれとなく聞いて、ソレと同じようなセリフを言ってやったこともある。
 そうして、やっとアイツに言わせたわけだ。
 「愛しています、私と添い遂げてください」
 ってな。








391 名前:ヤンデレホテルへようこそ 前編 ◆9znZNYtb1U [sage] 投稿日:2010/10/15(金) 01:52:08 ID:l1qmokTu
 「ねぇ、クレセント」
 酒の勢いのまま話を続けるオリヴァーを見ていたレディ・クレセントが言った。
 「たたき出さない、この勘違い男?」
 「何だとこのSM女!」
 「だってそうじゃない」
 立ち上がるオリヴァーに向かって、ひょい、と肩をすくめるレディ。
 「キャラが薄っぺらい癖に一々女をナメたこと言っちゃって。大体、女の子の気持ちがそうそうモノやカネで動くはず無いじゃない。ま、今まであなたがお付き合い(笑)してきた女の子たちはみんなあなたのお金目当てだったんだろうけど」
 立て板に水を流すようにオリヴァーを言葉で粉砕していくレディ。
 「し、失礼、ご夫人…。あんまり人を馬鹿にしたことを言うものじゃありませんよ……?」
 青筋を立てながらも何とか丁寧口調を保つオリヴァー。
 「まぁまぁ、マイスイートレディ。本当のことでも言わないでやる優しさというものもある」
 「お前が一番優しく無ぇ!」
 無駄に慈愛に満ちた表情のミスター・クレセントに怒鳴るオリヴァー。
 こいつら明らかに自分よりも年下の癖に、とオリヴァーは思った。
 「それに、ミスター・オリヴァーのお話はまだ終わってはいない。今の段階で結論を出すのは早計というものだろう。主にミスター・オリヴァーの人間性に対して」
 「そうね、結論を出すのは早いわね。主にオリヴァー・フォレストの人間性に対して」
 「そうですね、結論を出すのは結末を聞いてからでも遅くは無いでしょう。主にお客様の人間性に対して」
 クレセントの言葉に、レディとのみならず今までずっと黙っていたヴァイオラまで同意する。
 「俺が生きるか死ぬかの瀬戸際の話なんだぞ!」
 屋敷の外にも聞こえんばかりに叫ぶオリヴァー。
 「それでは、続けていただこうか、ミスター・オリヴァー。三条エリ嬢の物語を」
 クレセントは三日月型の笑みを浮かべて、先を促した。
 その笑みは、どこか悪魔のそれに似ていた。


 to be continued